王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十九話 書箱の秘密

 駆け付ける僕達を待つように、薄い霧の中で二人の男と一頭の竜が立っていた。

 テオフィルスとマシーナ、そして竜エーダ。

 大学図書館の前の小さな広場の入り口を、アルマレーク人が塞いでいる。

 

「よお、ヘタレ小竜」

 

 テオフィルスは腕を組んで、無表情に僕を迎えた。

 

 彼に会いたくない!

 

 《君達は出会った瞬間に、自然に惹かれあう》

 《七竜の定めた一対は、運命そのものだ。君達は国を越えて、結ばれる。私は君を、セルジン王に渡す気はない》

 

 《聖なる泉》で父エドウィンが言った言葉を、僕は完全に否定した。

 

 テオフィルスが運命の相手だなんて、僕は絶対に認めないぞ!

 

 いつの間にか僕を引きずり回してしまう目の前の男を、出来れば今すぐ消し去りたいと思えた。

 セルジン王と僕を引き裂く、許せない存在に見えてくる。

 案内役のソル・トルカが初めて間近に見る竜に驚きながら、恐怖に怯える馬を制御し僕を振り返った。

 

「どうしますか、殿下?」

「どけ、テオフィルス! 先を急ぐ、竜を退けろ、時間が無いんだ」

 

 僕は苛立ちを押さえながら、テオフィルスを睨みつける。

 彼は全く応じる風もなく、意地悪く笑う。

 

「お前の動きは上空から丸見えだ。突然旋風を巻き起こし、お前の動きに合わせて霧が薄れる。一体、何の魔法だ?」

「そんな事はどうでもいい。早く退いてくれ!」

「なぜ、そんなに急ぐ?」

「……え?」

 

 彼に言われて、確かになぜ急がなければならないのか、解ってはいない事に気付く。

 王が霧の晴れる前に、図書館の結界を解く事を望んでいるから急いだのだ。

 この霧は大学街を守っているが、消えてしまった場合はどうなるのだろう。

 

「と……、とにかく図書館に行かないといけないんだ。退いてくれ」

「俺も行こう、お前の周りは何か変だ。上空から動きは丸見えなのに、屍食鬼はお前を狙っている訳じゃない。狙いは王だ」

「なに?」

「……オーリン様、お急ぎ下さい。霧が晴れます」

 

 ルディーナの言葉通り、緩やかに風が吹いて来た。

 霧が消えて辺りの惨劇を露わにし、僕は顔を(しか)めた。

 

 大学街は屍食鬼に襲われているのに、なぜケイディス学長はその事を伝えてこない?

 それにテオフィルスの言う事が本当なら、王を助けに行く方が良いんじゃないか?

 

「オーリン様、彼等に同行してもらいましょう」

「ルディーナさん?」

「陛下は霧が消える前に、結界を解く事を望んでおられます。足止めされる時間はありません。陛下が負ける事はありえませんから、ご安心を」

 

 目的――――それは陛下を助ける方法を探す事だ。

 僕は嫌々ながら、ルディーナに頷いた。

 テオフィルスは出来るだけ遠ざけておきたいが、同行を認めるしかない。

 彼はマシーナに竜を退かす指示をし、僕達は大学図書館に辿り着く。

 あんなにいた屍食鬼の姿は、どこにも無かった。

 

「ソルさん、守衛の自警団の人がいない、どうしたんだろう?」

「ええ、私もそれが気になっていたんです。本は高価だから、警備はいつも厳重なのですが……」

 

 マシーナは竜エーダと外で待機する事になり、テオフィルスのみが僕達と中に入った。

 独特の本の匂いは変わりなく、ここが古い図書館の証明であるように整然と佇んでいる。

 静かな中に特有の緊張感と活気があるのが図書館だと思っていたが、足を踏み入れた先はまるで死んだように誰一人いない。

 ソルが狼狽える。

 

「どこへ行ったのでしょう? 司書も、守衛も、一人ぐらい居そうなのに……」

 

 そう言って彼は奥の塔へと通じる扉を開けた。

 そこも無人。円形の壁に本がずらりと並んでいて、修復を行っている本が今まで人がいたように置かれていた。

 突然、人だけが消えてしまった感じがして、緊張感が増した。

 二階へ続く階段を上る。

 

「セイゲル教授、いますか?」

 

 答えは何も返ってこず、僕達の到着が遅すぎたのかと不安になる。

 セイゲル教授の部屋の前で、変なリズムのノックをしながらソルが叫ぶ。

 

「教授、入りますよ!」

 

 答えも待たず扉を開けた。

 

「あ……」

「何事かね、ソル・トルカ君」

 

 扉を開けた先に書見台に向って本を手にしたセイゲル教授が、不機嫌そうに訪問者達を見ていた。

 この図書館に入って初めて人に出会えた事に、僕はホッとする。

 

「一体どうしたんですか? 図書館は、閉館しているんですか?」

「何を言っておるのかね、トルカ君。閉館? こんなに人がいるのに?」

 

 教授がそう言った途端、突然人があちこちに現れた。

 僕はケイディス学長の館の門をくぐった時と、同じ感覚に襲われた。

 魔法を掛けられている……そう思ったが、その魔法に抵抗する事がどうしても出来ない。

 突然現れた人々を、最初から存在していたと思い込む事を僕は受け入れた。

 

「勘違いだろう? 図書館は今まで通りの運営だ。そうだろう? トルカ君」

「……はい、セイゲル教授。今まで通りです」

 

 ソルも自然と魔法に掛けられた。

 教授は満足そうに頷いて、自分の後方にある上階への階段とつながる扉を開けた。

 

「陛下から四階の調査をする要請があったと、ケイディス学長から聞いております。お入り下さい、オーリン殿下」

 

 教授は迷う事無く、僕を見つめながらそう言った。

 

「あ……、はい」

 

 なぜ、オーリンの名前を知っているんだろう?

 この前はエアリスとして会ったのに。

 学長から聞いたのかな? 

 

 不思議に思いながらも、僕は四階へ続く階段を上った。

 足の悪い教授は相変わらず上るのが遅く、僕は彼の腰ベルトを掴みながら上るのを手伝う。

 僕と教授の後を、階段をゆっくり上りながらテオフィルスがついて来る。

 後ろを気にする僕には、無表情な彼の感情は読み取る事が出来ない。

 

 こんな所までついて来なくてもいいのに……。

 大体、ここは《王族》以外立ち入り禁止の場所だってある。

 ルディーナさんはなぜこの男を止めないんだ?

 

「おい、後ろを見ながら階段を上ると転けるぜ。それとも俺に見惚れているのか?」

「ふんっ、誰が!」

 

 彼の軽口に僕はぶりぶり怒りながら、教授を抱えて上るのを少し急いだ。

 ルディーナは先に階上にいて安全を確認してから、僕と教授が来るのをまるで綺麗な女神像のように見守っている。

 モラスの騎士達が、僕を囲むように階段を上る。

 

 階上まで辿り着いた時、数人の図書館司書が本整理の手を止めて、教授の指示を待っている。

 教授は階下に司書達を下ろし、鍵束を取り出して中央仕切りの扉に付いた錠前に鍵を突き刺した。

 前回に比べて鍵に迷う事が無かったのは、きっと目印を付けておいたからだろう。

 扉が開き、中にモラスの騎士が入り、異常が無いか確認する。

 

 問題はこの後だよ。

 どうやって四階に行くんだ?

 階段も無いし、まさかこの仕切りを登るって事ないよね。

 

 僕は仕切りの向こう側の、マールが持ち込んだ空の書箱を眺めた。

 分厚い埃は部屋中綺麗に片付けられ、木の床の木目が見えている。

 細長い窓のガラスも磨き上げられ、日の光が差し込んでいた。

 上空は霧が晴れているのだ、間もなく全ての霧が消えて無くなるだろう。

 僕は焦りを感じた。

 

 ここの窓には、鉄格子が無い。

 隣の窓の外をテオフィルスが眺めていた。

 僕は何か手がかりが無いか、あちこちの壁を触りながら見て回る。

 特に気になる所はないが、中央の仕切りの下にわずかな隙間がある事に気が付いた。

 中央仕切りのこちら側には、前回結界を破った時からあった、黄金の本の首飾りが入った書箱が置かれてある。

 

 まさか……ね。

 

 僕はその箱を覗き込む。

 中身はセルジン王が持ち出し空だ。

 綺麗に掃除された箱の蓋の上にはベイデル家の紋章なのだろう、首を絡ませ合う二頭のグリフォンが画かれている。

 前にこの書箱を見た時は、埃のせいでこの紋章に気付く事も無かった。

 

 何気なくその書箱を、僕は動かそうとした。

 通常の書箱では考えられないくらいの重さに、ほんの少ししか動かせない。

 モラスの騎士の一人が僕の意図を汲み取って、書箱を横に動かす。

 すると仕切りを床に繋ぐ二つの留め金が現れた。

 よくよく見ると、多くの書箱が置かれている棚の二本の柱板に隙間があり、その隙間に目隠しのように書箱が置かれている。

 

「ルディーナさん!」

 

 辺りを警戒していたルディーナが可愛らしく僕の横で膝を折り、現れた留め金を覗き込む。

 

「この仕切り……、可動式じゃないかしら? 騎士達、仕切りを調べて。どこかに蝶番が無いかしら?」

 

 騎士達が仕切りを調べ始める。

 

「総隊長、ありました。こちらに」

「ルディーナ様、こちらにも!」

 

 二人の騎士は共に仕切りのこちら側で発見した。

 僕とルディーナは顔を見合わせ頷きあう。

 僕は仕切りの二つの留め金を、床から外した。

 ルディーナの指示で、騎士達は隙間にある重い書箱と棚板を取り除く。

 隙間の書箱が全て取り除かれた時、柱板の中央部分にまた二つ留め金が現れた。

 それを外すと、重い仕切りが動く事に、皆が驚きを覚えた。

 

 騎士達が蝶番の部分を、そして反対側の柱板部分を別の騎士が押す。

 仕切りは重い音を立てながら、ゆっくりと動き始めた。


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