王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十八話 霧に映る者

「オーリンを、守れ!」

 

 王の指示が飛ぶ。

 僕の目の前に舞い降りた屍食鬼が、長く鋭い爪を首筋めがけて振り下ろす。

 咄嗟に脇に避けたが、屍食鬼の醸し出す黒い渦が、何よりも僕に痛手を与える。

 苦しみに身動き出来なくなり(うずくま)る。

 

 周りの騎士達が僕を助けるために駆け寄り、襲いかかろうとする屍食鬼に剣で応戦し、戦闘が始まった。

 上空から舞い降りる屍食鬼に向け、火矢が放たれる。

 

「大丈夫ですか? オーリン様」

 

 モラスの総騎士隊長ルディーナに助け起こされ、気分の悪さを振り切って僕は叫ぶように聞いた。

 

「ルディーナさん、この街は襲われていたのか? 屍食鬼に……」

「オーリン様、その事より殿下が果たすべき事に集中して下さい。陛下を助ける方法を探し出すんじゃないんですか?」

 

 マールが口にした事をそのままに、彼女が言うのに驚き、人形めいた美少女を見つめる。

 

「陛下を助け出す方法を探すのは、薬師殿だけじゃありません。でも《王族》にしか出来ない事が多くて……。王弟ドゥラス様が亡くなられてからは特に、皆が殿下を待っていたんです」

 

 青紫色のルディーナの目は、怖い程真剣に僕に訴えていた。

 《王族》でない自分を歯痒く思っているのだろう。

 強力な魔力を身の内に湛えていながら、なぜ彼女は《王族》ではないのか……、僕には不思議に思えた。

 

「ルディーナさん……。解ったよ、じゃあ皆で探そう」

 

 彼女は可愛い顔でにっこり微笑み、僕は嬉しくなった。

 

「エランは、何処に?」

「彼は安全な場所にいます。アルマレーク人と会う事は、まずありません」

「……うん。でも、竜がいる事に気が付いてしまうね」

「モラスの騎士が、何とかします」

 

 僕は頷く。

 エランの事は、僕にはどうする事も出来ない。

 焦燥感を感じても彼の役には立たず、返って苦しめるだけなのだ。

 落ち込もうとする心を叱咤(しった)して、前へ進もうとした。

 

 僕の馬が歩兵によって手綱を掴まれ、戦場から逃れる事なく留まっていた。

 馬の元へ行こうとした時、新たな屍食鬼が僕の行く手を阻み舞い降りる。

 ルディーナはその屍食鬼を、赤く光る剣を使い一撃で倒す。火を使う事なく、屍食鬼が灰塵のように消えて無くなった。

 《ソムレキアの宝剣》以外でも、それが出来る事に驚き、彼女の強さを感じる。

 

「凄い! そんなに小柄なのに、一撃?」

「剣が良いんです、それだけです。さ、早く馬にお乗り下さい。陛下がお待ちです」

 

 剣が良いだけではない、彼女の気迫と魔力が屍食鬼を消滅させたのだ。

 モラスの騎士の総隊長が、如何に凄い存在であるかを目の当たりにした。

 

 馬に乗った時に、向こう側に見える霧の中から火矢が飛び、霧の上空にいる屍食鬼に当たる。

 まだ国王軍が到達していない先でも同じ光景が繰り広げられていた。

 僕は王の側に駆け付け、その不思議さを聞く。

 

「彼等も、戦っているのだ。そなたは大学図書館の結界を解く事だけを考え、先へ進め! 後は霧が守る」

「……」

 

 王が霧を消さない理由が、解る気がした。

 霧がこの街への屍食鬼の侵入を阻んでいる。

 この戦場を作り出したのが霧の晴れた事にあるのなら、僕の新たな魔力のせいだ。

 早く移動しなければならない。

 

「この大学街で……、生き残った人達もいるのですか?」

「それは後だ。出立!」

 

 王は先に立って霧の中に突入し、僕も後に続く。

 戦闘中の騎士達も屍食鬼をやり過ごし、それぞれの従者達が手綱を掴んでいた馬に跨り王の後を追った。

 

 兵達の周りに薄らと霧が侵入してきたかと思うと、その中から影の兵達が屍食鬼に向けて火矢を射る。

 その的確さに、地上にいた屍食鬼達は堪らず上空に舞い上がる。

 上空には二頭の竜が待ち構え、炎を浴び墜落する屍食鬼。

 上空の屍食鬼は、徐々に数を減らしていった。

 

 

 

 王の前を進む案内役の騎士が、霧の中で突然叫び声を上げ馬から落ちた。

 王は馬を止め、剣を抜きながら前方の敵を迎える体勢を取る。

 僕が到着した事で、徐々に霧が薄くなっていく。

 焦りが募る中、進行方向に一人の少年が現れた。

 

 〈契約者〉ハラルド・ボガードだ。

 

「また、そなたか。今度は幻ではなく、本物の屍食鬼を引き連れているようだな」

 

 セルジン王は(さげす)むように、彼に向かって言う。

 霧の中の影の兵士達が、ハラルドに向って矢を射るが、彼の手前で矢は全て消え失せた。

 そしてハラルドのいる上空で、黒い影が飛び交う。

 彼が屍食鬼を呼び寄せているのだ。

 霧の守りは〈契約者〉には効かず、上空を飛び交う屍食鬼に矢で撃つ影はいなくなる。

 ハラルドの周りにバラバラと燃えた屍食鬼が降り注ぐ。

 

「ふん、また邪魔をするか、竜め!」

 

 ハラルドは溜め込んだ怒りの波動を、一気に放出した。

 何かが爆発したように、周りにいた歩兵達が吹き飛ぶ。

 僕はまた馬に振り落とされそうになり、手綱で馬を制御しながらバランスを取る。

 一度目は何とか持ちこたえたが、二度目の波動でバランスを崩し、再び〈堅固の風〉を使う羽目になる。

 

 霧の守りが無くなったが、ハラルドの出現でどちらにしても霧の中の兵士達の攻撃は役に立たない。

 視界が開け敵の数の把握に役立ったのかもしれない。

 上空には旋回する屍食鬼の群が、薄くなった霧を汚すように黒々と存在を主張する。

 ハラルドの放った波動をものともせず、二頭の竜は襲い来るそれらと戦っていた。

 王が指示を出す。

 

「モラスの騎士の第二隊、第三隊は〈契約者〉を排除せよ。第一隊はオーリン王子を守れ。アレイン・グレンフィード、後は任せる」

「はっ」

「オーリン、馬に乗るのだ。ロイ・ベルン、こちらに参れ!」

「はい」

 

 僕は驚き、振り返って声のした方を見る。

 ベルン長官はハルビィンの指揮下レント騎士隊と共に後衛部隊ではなく、王直属の部隊の中にいた。

 王の前で(ひざまず)き最敬礼する彼は堂々としてとても目立つ。

 

「そなたはどの馬にも乗れるか?」

「もちろん乗れます、国王陛下」

「では私の馬の一頭を貸し与える。これに乗って、オーリンを大学図書館へ急ぎ案内せよ」

「畏まりました」

 

 僕は馬に乗りながら、ベルン長官を不思議そうに見ていた。

 僕の横に引き回された王の馬に、長官は颯爽と跨る。

 これで朱色の国王軍の服装を身に着けていれば、皆は国王直属の部下だと思い疑わないだろう。

 

「さ、参りましょう。オーリン殿下」

「……ベルン長官、出世したんだね」

「一時的な事ですよ」

「レント領の優れた人材を、私が放っておくと思うか? 最初から案内人として、そなたの後を追わせたのだ、私の目としてな」

 

 セルジン王は微笑み、僕は頭を抱えた。

 図書館に案内してもらった時から、長官は王の密偵だったのだ。

 

 最初から案内人として付けてくれれば良かったのに……。

 あ、あの時は陛下に内緒だったっけ。

 

 ベルン長官は襲い来る屍食鬼を、馬上から剣と小型の盾で防ぎながら、王の近衛達の先頭の一団に紛れた。

 何となく釈然としないままに、僕は馬を走らせる。

 王とモラスの騎士第一隊が僕を守る。

 大将アレインは王の一団が進む方向へ屍食鬼達を向かわせないよう陣形を組み、大量の矢が上空を飛んだ。

 ハラルドを囲むモラスの騎士達。

 

 僕は再び霧に紛れた。

 霧の中に再び国王軍とは別の兵士達の影が浮かび上がる。

 彼等は霧に侵入しようとする屍食鬼達に火矢を浴びせかけ、霧の中に入る事を阻む。

 僕は安心しながら、長官の後を追った。

 僕の未熟な技量のせいで、馬は王の集団から遅れがちになる。

 モラスの騎士が馬足を合わせ共に後れを取り、道に迷いそうになった時、不思議な事に霧の中の影の兵が進む方向を指差し教えてくれる。

 

 味方してくれている。

 

 僕は感動しながら、心の中で影の兵士達にお礼を言った。

 ようやく王とベルン長官の姿が見えた時、彼等が戦いの最中にある事に気付く。

 モラスの騎士達が馬上で一斉に剣を抜いた。

 王と対峙しているのは、屍食鬼を引き連れていないハラルドたった一人だ。

 

「逃すと思うか、オーリン」

 

 ハラルドが再び怒りの波動を飛ばす。

 僕は馬から振り落とされないように、手綱を操作し何とか持ちこたえた。

 

「ロイ・ベルン、オーリンを連れ図書館へ向かえ! モラスの騎士も続け。ここは私が引き受ける。早く行くのだ、オーリン。やる事は解っているな?」

「はい!」

「では、行け。早く!」

 

 王と近衛騎士達がハラルドを囲む。

 ルディーナが僕を促した。

 

「早く参りましょう。この霧も長くは保ちません」

 

 彼女の言う通りで、霧は徐々に薄くなりつつあった。

 〈堅固の風〉の影響である事は確かだ。

 セルジン王と離れる事に不安を感じながらも、ベルン長官と共に僕は大学図書館へ向かった。

 そうしてその古い塔が薄い霧の向こうに影を現した時、上空に大きな羽ばたきが聞こえた。

 

 二頭の竜が僕の頭上を(かす)めるように飛び、馬列が乱れる。

 旋回する竜は、明らかに大学図書館前の広場に舞い降りていた。

 僕は怒りを覚えながら、馬を進める。

 誰よりも一番会いたくない、テオフィルスが待っているのだ。

 

 


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