王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第十六話 希望の魔剣

《入場を拒否する!》

 

 エランの頭の中で、《聖なる泉》の〈門番〉のしわがれ声が何度も響き渡る。

 心に邪心を持つ者は《聖なる泉》に入れず、〈成人の儀〉を終える事が出来ない、そう聞いたのは何時だっただろう。

 

 多分、ディンから聞いたんだ。

 

 家令ディンの顔を思い出し、無性に会いたくなった。

 孤児の彼にとって、親にも等しい存在だ。

 王の天幕でマールから出された薬草茶の入った杯を手に、エランは先程から物思いにふけっていた。

 

「お気に召しませんか?」

 

 マールは優しく飲むように勧める。

 エランは首を横に振りながら、杯に口を当てた。

 少し酸味のある爽やかなお茶は、彼の気分を変えようというマールの心遣いだろう。

 味わいながらも、心は別の思いに囚われたままだ。

 

 自分の心に巣食う邪心って、どんなものだろう?

 オリアンナの周りにいる、男達への嫉妬心か?

 周りの大人達に、ついて行けない焦燥感か?

 環境が変わった事へのストレスか?

 

 考えると、きりがない。

 

「エラン」

 

 セルジン王が彼に向かって歩いて来る。

 忙しい王の手には大量の書類と糖菓が持たれ、優雅な手付きでそれらを円卓に置いた。

 

「まあ、これでも食べて落ち着くのだ。こんな事は、良くある事だ」

「え?」

「ふふ、宰相エネスも拒否された一人だ。若い頃は悪さばかりしていたから、私より年上なのに成人していない」

「……陛下、そんな大昔の話は今更なしです!」

 

 近くにいたエネスが、憮然としながら国王を睨んだ。

 王は笑いながらエランに糖菓を渡し、自分も椅子に座って書類を見ながらマールの出したお茶を飲んだ。

 

 僕は、悪さなんてしていない。

 

 王の軽口も、エランの心を軽くはしなかった。

 彼は無意識に額飾りを触った。

 冷たいそれは、考え過ぎて熱のこもった頭を冷やしているように思える。

 

「これを外したら、僕はどうなるんですか?」

「王配候補のままでいたければ、外してはならぬ」

 

 エランは驚きながら、王を見た。

 セルジン王は冷静な緑の瞳で、彼を見つめている。

 

「オリアンナ姫を欲しくはないのか?」

 

 エランの心に痛みが走った。

 王を前にして口にして良い言葉でないのは解っていたが、苦しみが大きすぎた。

 

「彼女の心は、別の(ひと)のものです」

「……その男は、すぐにいなくなる。そなた以外、彼女を支えられない」

 

 エランは首を横に振りながら、顔を(しか)めて自分の異常を訴える。

 

「僕は……、呪われているんです。時々、記憶が無くなるし、オリアンナは倒れてばかりいる。僕が何かしているんじゃないですか?」

「……確かに今のままでは、オリアンナ姫を任せる事は出来ないな」

「教えて下さい。僕は何をしているんですか? ……知りたい」

 

 影の王が一瞬揺らめき、伝える事に迷いがあるのかとエランが思えた時、王の影が一層濃さを増した。

 

「ハラルドの呪の魔法は不完全だ、そなたの意志の方が強い」

「不完全?」

「そうだ。不完全な魔法ではあるが、その額飾りを外せばそなたは徐々に屍食鬼になる」

「えっ?」

 

 身体が沈み込むような衝撃を覚えた。

 自分が屍食鬼になる……、考えられない事だった。

 トキが半変化(はんへんげ)の殲滅を指示したレント城塞での戦いで、彼は夢中で半変化を殺した。

 魔物じみた屍食鬼も、躊躇なく殺したのだ。

 今度は自分が殺される側になる。

 トキに殺されるイメージが、否応なく頭の中を支配した。

 

「僕の記憶が無くなっていた時、まさか……屍食鬼になっていたんですか?」

「いや、だが毒を放っていた。オリアンナがそれをくい止めていた」

「そんな……」

 

 エランは頭を抱えて、身を縮める。

 彼女が度々倒れていたのは、自分の放った毒のせいだったのだ。

 

「僕は……、オリアンナを苦しめた」

「エラン、自分を責めるな、そなたのせいではない。呪を解く方法はある」

 

 エランは救いを求めるように、顔を上げて王を見る。

 

「……これを、授けよう」

 

 セルジン王は一本の剣を腰の剣帯から外し、エランに差し出した。

 

「私の剣の一つだ。影の私が使っても効果は半減するが、生身のそなたには効果は絶大だろう。呪を解くにはこれを使ってハラルドを葬り去る、そなた自身の手で」

「僕の手で?」

 

 王は頷く。

 

「そなたには出来るだろう。呪を解き、オリアンナ姫の元に戻るのだ」

 

 エランは剣を受け取った。

 剣は簡素な紋様が鞘に描かれたよくある剣に見えるが、薄らと朱の光を帯びて、それが魔剣である事を示している。

 どこかで見た事があると思った。

 

 モラスの騎士達が、帯びている剣?

 

 彼は、剣を目の位置まで掲げた。

 

「ハラルドを葬り去る……」

「そうだ。《王族》の血を引く者である、そなたになら出来る! 魔剣を扱うには、魔法を制御する事が必要だ」

 

 エランは戸惑った。

 魔法等、扱った事がない。

 

「ルディーナ・モラス」

「はい、セルジン様」

 

 モラスの騎士の総隊長ルディーナ・モラスが、ちょこんとセルジン王の後ろから姿を現す。

 自分と大して年齢が違わないのに、なぜこの娘が総隊長なのか、エランには意味が解らなかった。

 

「エラン・クリスベインを、急ぎ鍛えろ」

 

 ルディーナは恥ずかしそうに愛らしく彼を見つめ、まるで小悪魔のように言った。

 

「悪くない波動ね、真黒だわ。ふふ、あなた《聖なる泉》の〈門番〉に、よく殺されなかったわね」

「ルディーナ!」

「闇の魔法が得意かも、騎士隊(うち)には珍しいタイプだわ。あなた一度死にかけた事があるんじゃなくて?」

 

 エランはハラルドに殺されかけた事を思い出し、嫌な気持ちになった。

 

「そんな波動を持つ人は、死の闇を覗いたのよ。だから余計強くならないとね。覚悟してね、私は厳しいから」

 

 エランは得体の知れない彼女に警戒心を抱きながら、無表情に頷いた。

 

 呪を解くためなら、何でもする!

 

 今の彼にはそれ以外の選択肢はなかったのだ。

 手にした希望の魔剣を、食い入るように見つめた。

 

 

 

 

 

 行軍の前衛部隊から後衛部隊に移動させられた時、テオフィルスは霧の只中にいた。

 竜を使って霧を吹き飛ばさないと、また霧魔に襲われる危険を主張しても、大将アレインは聞き入れない。

 マシーナが怪訝な様子で怒っていた。

 

[どうなっているんでしょう? ここの司令官は]

[知らん、王の判断だろ。それとも、俺達に見せたくない何かがあるのかもな]

[胡散臭いなぁ、何を隠しているんだろう]

 

 テオフィルスはマシーナの正直さを笑った。

 リンクルクランの竜騎士の中でも精鋭の彼は、信じられない程口数が多く常に弱腰だ。

 言葉だけ聞いていると[お前は本当に精鋭か?]と言いたくなるが、竜の扱い、乗りこなし、剣、弓、そして何より判断力は素晴らしい。

 きっと彼は弱腰が自然体なのだろう。

 

 最後尾に移動して、ずいぶん時間が経ったように思えた。 

 

[本当に霧魔が出そうな程の霧の濃さですよ。その辺にいるんじゃないですか?]

 

 丁度マシーナがそう言い始めた頃、心地良い風が吹き始め、霧が徐々に薄くなる。

 全てを覆い隠していた霧が姿を消した。

 そして、テオフィルスは周囲の異変に気が付いたのだ。

 

[おい、マシーナ。ここは、屍食鬼に襲われた場所じゃないのか?]

[え?]

 

 燃え上がった木々の跡、木に残る爪のような鋭い物で傷つけられた痕、多くの弓の残骸、武具がいたる所に散乱し、それらには生々しい乾いた血の跡が大量に付いていた。

 

[これは……] 

 

 マシーナが茫然と辺りを見回した時、駈歩(かけあし)で走る三騎の馬が彼等目掛けて駆け付けて来た。

 アレインが優しく微笑みながら馬を降り、二人に話しかける。

 

「申し訳ない、アルマレークの御二方、状況が変わったようだ。出来れば今すぐレント領に向けて、出立してもらえないだろうか? 親書はここに入っている」

 

 そう言った後、前もって用意されていたのだろう、親書の入った鞄を差出した。

 

「一体、どのように状況が変わったのだ? ここは屍食鬼に襲われた地だ、何か俺達がいると都合の悪い事でも?」

 

 テオフィルスは食下がる。

 

「そう、都合が悪い。貴殿達にはエステラーン王国にとって、重要な役割を依頼した。それを果たしてもらうためにも、危機を回避して頂きたい。もうすぐここに屍食鬼が来るからだ」 

 

 テオフィルスはマシーナと顔を見合わせる。

 屍食鬼が来るのなら、当然竜に乗って追い払うべきだと目で語り合った。

 彼は微笑みながら、手を差出した。

 

「判った。親書を受け取ろう」


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