王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第八話 竜騎士の血

 セルジン王の部屋は、僕の部屋の隣にある。

 泉の精の魔力で回復した僕は、ゆっくり王の部屋の扉をノックした。

 大事な会議中に入るのはとても勇気がいる事だが、何かに突き動かされるように僕は行動した。

 ただ、王を助けたい、それだけだ。

 

 マールの言いたい事はよく解る。

 セルジン王を助けたい気持ちがあるから、生きる事を否定する王を欺こうとする。

 養母サフィーナの言葉が、一番正しく思えてくる。

 

《陛下の希望の光に、おなりなさい!》

 

 セルジン王の希望の光になる事は、今の僕には難しいかもしれない。

 でも王の行動に寄り添う事は出来る。

 

「入りなさい」

 

 扉を開けると、豪勢な家具が並ぶ広い部屋が目に飛び込んでくる。

 応接室なのだろう。

 中央の円卓には宰相エネス・ライアス、レント領主ハルビィン、大将アレイン、王の近衛騎士隊長トキはじめ、王の側近逹が集まり、僕の来訪を珍しげに皆が見ていた。

 一人離れて窓の外を眺めていた王が、優しい緑の瞳を僕に向ける。

 長い黒髪が王の動きに合わせて、さらりと揺れる。黒紫色の長衣の裾の銀刺繍が、王が歩く度流れるように煌めく。

 僕の鼓動が、自然と早くなった。

 

「寝てなくて、良いのか?」

「もう平気です。それより、何かあったのですか?」

「マールから聞いたのか? 余計な事を……」

 

 王はそう言いながらも、微笑んでいる。

 彼のマールに対する信頼は厚い。

 

「僕にも、何か手伝わせて下さい」

「未成年者は、寝る時間だぞ」

 

 まるで親のように言う。

 僕は拗ねた顔で「子供扱いしないで下さい」と王に訴えた。

 

「もう充分寝ましたから、寝むれません。それに〈成人の儀〉で、僕は未成年ではありません」

「良いではありませんか陛下。姫君には良い機会です、我々の会議に参加して頂きましょう」

 

 宰相エネスが、面白がるように助け舟を出してくれた。

 

「殿下、こちらへどうぞ」

 

 アレインが気遣い、王の隣の席を譲ってくれる。

 

「ありがとう」

 

 王が円卓を囲む席に戻った。

 そして隣に座った僕を迎え入れるように、微笑みながら言う。

 

「そなたが参加すると、会議が華やかになるな」

 

 僕は少し頬を赤く染めながらも、会議の進行を妨げないように緊張の面持ちで、円卓を囲む王の側近達の顔を見る。

 養父ハルビィンと会うのが、とても久しぶりに感じる。

 

「アルマレーク人の言っていた事が、真実と判明しました」

「え?アルマレーク人が言っていた事?」

 

 エネスが僕にも解りやすく説明してくれた。

 

「はい。アルマレーク共和国で起きたレクーマオピオンの臣下達を、我が国の避難民が襲撃殺害した事件と、同様な事件が他国でも起きていたのです」

 

 僕は緊張しながら呟く。

 

「それは、まずい。どこで?」

「イミル王国です。難民を受け入れた領地先で、領主逹が襲撃されたのです。難民が起こした事として、かなりの人数が捕らえられ処刑されました」

 

 僕は顔をしかめた。

 

「避難民が魔王に操られている?」

 

 王は溜息を吐きながら、腕を組んだ。

 

「おそらく、そうであろう。私の魔力より、アドランの魔力の方が上回っていると言う事だ」

 

 エネスは王の失望を気にしつつ、議論の要点を伝える。

 

「避難民逹をレント領に引き上げさせる事になりました。ただ問題は各国に親書を出した時、信用してもらえるかどうかです」

 

 僕は頷く。

 

「疑うと思います、暗黒に支配された国の言葉なんて」

「今まで幾度となく他国と交渉はしており、特にイミル王国は我らに傭兵と武器を提供し、協力的ではありました。しかし魔王の手が伸びたとなると、どこまで信用してもらえるか疑問です」

 

 トキがエネスの後を引き取る。

 

「アルマレーク共和国にはテオフィルスの様子から、引き上げの話は容易に伝わるが、問題は我が国に隣接する、イミル王国とダザール王国、ジェイルダン共和国だ」

 

 アレインが提案するように手を上げる。

 

「イミル王国にはナルザ辺境伯の奥方ベネー様に行ってもらってはどうでしょう? 奥方はイミル王家の血縁です」

「確かにイミル王家出身の方だが、高齢で荷が重すぎる。ご子息はどうでしょう?」

 

 別の側近の意見に、王が顔をしかめる。

 

「彼に務まるか? 行軍要請を、病気を理由に一度も応じた事がないぞ」

「……姉君はどうでしょう? 才女で名高い、エイル伯爵家に嫁いでいるが、昔から弟君より領主向きと聞いております」

 

 エネスの提案に、王は頷いた。

 

「ふむ、では彼女に王命で任じよう。ダザール王国は、適任がダーリア辺境伯か……。彼は曲者だ、法外な要求をしてくるぞ」

「行軍にも参加しておりますし、他におりません。彼が適任かと……」

 

 皆が頭をひねった。

 

「ジェイルダン共和国は、我妻の義妹が元首補佐官の元へ嫁いでおります。サフィーナが適任かと」

 

 レント領主ハルビィンが提案した。

 

「サフィーナは《王族》の血を引く者、国の外へ出る事は禁止されている。それに、ジェイルダンは徹底した貴族支配での共和制だ。あの国で避難民が問題を起こした報告はないが、国会の認証を得る事に時間がかかりすぎる。避難民受け入れ地で、レント領主夫人が長期不在になるのは問題なのではないか?」

 

 王の反対意見に、ハルビィンは頷いた。

 

「ジェイルダンで信用を得ている人物が同行すれば、解決は早いかとは思いますが……、適任が他に見当たりません」

 

 僕は何となく頭に浮かんだ考えを、口にするべきか迷っていた。

 対面に座っていたアレインが気付き、にっこり笑いながら言う。

 

「殿下、お考えを聞かせて頂けますか?」

 

 急に意見を求められて、僕は真っ赤になった。

 

「あ、あの……、テオフィルスに頼んでみたらどうでしょう? 前もって親書を運んでもらえば、認証は早いと思います」

 

 テオフィルスの名前を出した途端、皆が顔を(しか)めた。

 予想通りの反応に、口にした事を後悔し項垂(うなだ)れる。

 

「すみません、軽率な意見でした」

「提案としては、悪くはない。そなた……、彼に助けられた事を、覚えていたのか?」

 

 王が僕を見ないで尋ねる。

 先程の件を話すべきか迷った末、エランの汚名を晴らすために切り出した。

 

「覚えてはいません。でも、先程、テオフィルスが僕の部屋に現れました。僕以外には姿も見えないし声も聞こえない。ただエランだけは、気が付きました。今は覚えてないと思いますが……」

「なるほど。エランは彼を見て、ああなった訳か」

「はい」

 

 アレインとトキが無表情に、警戒し周りを窺い始める。

 

「モラスの騎士の障壁は、テオフィルスには通じないようだな。私の目も欺く、再度処刑命令を出したくなるほど侮れない存在だ。そんな輩を、そなたは信用出来るのか? 交換条件にそなたを要請してくるかもしれぬ」

「…………」

 

 僕の中で、テオフィルスとの「竜の指輪の約束」が心に息づいていた。

 

《俺達は手を組む。お前はオリアンナ姫を捜し、俺はお前に協力する。共に約束する》

 

 彼はきっと、これ以上の条件を出さないと思える。

 

「僕がアルマレークへ行けば、魔王が追いかけて来る事を伝えてあります。だから魔王がいる間は、僕を連れ去る事はしません」

「魔王がいる間は……だな」

 

 セルジン王が一同を見渡す。

 宰相エネスが頷き、賛同の意を示した。

 

「今のアルマレークは交易国として他国から信頼を得ています。竜騎士が前もって陛下の親書をお届けし、彼等の特使も同行すれば、信頼は増して解決が早くなる」

 

 アレインも頷く。

 

「少し後が怖い方法ですが、早い解決を目指す場合は悪くありませんね。アルマレーク次第と言うところでしょうか」

 

 セルジン王は額に手を当てながら、しばらく考え込んだ。

 

「事は急を要する、使える手は全て使おう。サフィーナは特例で、ジェイルダン共和国への出国を許可する」

 

 僕の意見に賛同してくれた事に、王に微笑みかけると、答えるように彼も微笑みを返す。

 

「そなたがオリアンナ姫である事に気付きさえしなければ、彼等との交渉は問題ない。竜騎士が王国に入ったとしても、数の上では圧倒的に屍食鬼の方が多い。今のエステラーン王国に、共和国も無謀な手段は取らぬだろう」

 

 王の言葉に、一抹の不安が僕の心に()ぎる。

 

 テオフィルスは、僕がオリアンナだと知っているはず、アルマレークは呼び込むべきでないと、言いようのない不安が頭をもたげてくる。

 セルジン王は感じ入るように、僕を見ながら言った。

 

「そなたの半分はアルマレーク人なのだ、それは否定するべきではないのかもしれぬ」

「え?」

「誰も竜騎士を使う等、考えもしなかった。空を飛ぶと考えが変わるものなのか? それとも、それが本来のそなたなのか?」

「それは……」

 

 竜イリに乗って、空を飛んだ時の感覚を思い出した。

 イリの可愛らしさを思うと、無性に会いたくなる。

 父エドウィンとテオフィルスの姿が、同時に心に思い浮かぶ。

 二人の真青な瞳は、空を映している。

 

「僕は多分……、半分竜騎士なんです」

 

 否定は出来なかった。

 


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