王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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この話は本編の始まりより、半年ほど前にあった出来事です。
主人公はエランです。
オリアンナの印象が本編と少し異なり、かなり甘えん坊になります。


番外編はコメディです。


番外編 魔物狩り前夜

「ねえ、もぐり込めないかな、エラン」

 

 ボソリと可愛い声が言う。

 疲れ切った僕は返事をするのも億劫で、横も見ずに否定した。

 

「込めない!」

 

 目の前のスープに顔を突っ込んでこのまま寝てしまいたい、そんな誘惑に駆られる。

 今日のロイ・ベルン指揮長官の従騎士に対する訓練は、とてもキツかった。

 月に一度、騎士隊で行われる魔物狩りの前日は、地獄の一日と言われている。

 猛特訓を何とか乗り切り、明日は本番の魔物狩りだ。

 寝過ごして遅刻したら、懲罰を受ける事になる。

 その事を考えると憂鬱になり、早く横になって寝たい、ただそれだけを願って、食事をしている。

 肉を切るナイフを手にしたつもりが、スプーンで肉を切っていた……、切れる訳がない。

 もはや何を食べているか、判らない。

 

「なんで? エランだって見習い騎士の時にもぐり込んだじゃないか。僕だって参加したいよ、魔物狩り!」

 

 オリアンナがワクワクと目を輝かせているのを無視しながら、大きな溜息を吐く。

 毎月魔物狩りが近づくと、彼女は騒ぎ始める。

 

「エランがもぐり込めたのに、なぜ僕はダメなんだ?」

 

 毎度お馴染みの質問。

 それに対する答えも、毎回同じだ。

 それなのに、聞き入れない。

 トルエルド公爵家に仕える大勢の召使達がいる広間で、全員での食事は楽しい……、ただし元気な時は。

 突然の来訪を嫌な予感と共に受け入れた僕は、脳天気に機嫌の良い彼女を、今すぐ館から追い出したい衝動に駆られた。

 

 魔物狩りの凄まじさを、知らないのだ。

 

「あの時はもぐり込んだんじゃない、ベルン長官に特別に許可されたんだ。君は騎乗が下手だから許可は出ないよ、オーリン」

 

 疲れて機嫌の悪い僕は、遠慮なく欠点を指摘する。

 彼女は動じる事無く、にっこり笑った。

 

「へへへ……、これ、義父上(ちちうえ)からもらったんだ。後はエランに頼めだって」

 

 義父上と聞いて僕は眉を吊り上げ、彼女の手にした書類を引っ手繰った。

 

 第三城門の通行許可証!

 

 養父である領主ハルビィンが、魔物狩りへの参加を認めたのだ。

 僕の書類を持つ手がワナワナと震え、許可証を握りつぶす。

 オリアンナを巡って事有る毎に対立してしまう、トルエルド公爵クリスベイン家とレント領辺境伯ボガード家。

 無理も無いと、平常時の僕だったら思う。

 領地内に目の上のたんこぶのように、大貴族の後継者が館を構えているのだから。

 だが、今の僕には余裕がない。

 食卓の椅子を蹴飛ばして立ち上がり、大声で領主に対する怒りを叫ぶ。

 

「正気か、あのバカ領主! どこまで、オーリンに甘いんだっ。僕に責任転嫁するなっ!」

「エラン様!」

 

 家令ディンの叱責が飛んだ。

 

 

 

 

 

「やあ、クリスベイン。来ると思っていたよ」

 

 豪華な書斎に、涼しい顔をした領主ハルビィンが立っていた。

 僕は怒りで顔が真っ赤になる。

 ラフな絹の半ズボンに上半身は胸毛が見えるほどラフに上着をひっかけた領主は、明らかに寝ていたのだ。

 眠くて仕方ない僕が、未成年夜間外出禁止にもかかわらず、無理してここまで来ているというのに。

 「来ると思っていたんなら、寝るな!」と言いたい。

 

「なんでオリアンナに、通行許可証を出したんだ! 魔物狩りに参加させたいのかっ」

 

 不機嫌な僕は、自然と語尾が荒くなる。

 領主は余裕でにっこり笑いながら、軽く言った。

 

「仕様がないだろう、通行許可証を出さないとすぐに城出するって言うんだ。最近、私や妻の言う事なんか聞いてくれないんだよ、いわゆる反抗期って奴でね。女の子は、難しいよ。ホント……」

 

 困った風を装いながらも上機嫌の領主は、僕の肩にポンと右手を置いた。

 

「本気で城出されても行く先はどうせトルエルド公爵家だろう? 君に止めてもらうのが、一番だと思ったんだよ」

 

 領主は口角を吊り上げたが、目はどう見ても笑っていない。

 僕は顔をしかめて、睨みつけた。

 

「甘いんだよ! 厄介事は僕に回せば、解決すると思ってるんだ。明日の朝、魔物狩りが始まっても、僕は知らないよ! オリアンナは、参加する気でいるんだ」

「あきらめさせればいいじゃないか、夜の内に。これは、君にしか出来ないよ、クリスベイン。共同戦線を張ろうじゃないか、対オリアンナ反抗期戦のな。」

 

 そう言って領主は「夜間演習場使用許可証」を、僕の目の前に差し出し微笑む。

 僕は顔を引き攣らせて叫んだ。

 

「僕の寝る時間を、奪う気か?」

「オリアンナ姫が魔物に殺されるのと、どっちが大事だ?」

 

 

 

 

 

 ひどい領主だ。

 いつかあいつの所業の全てを、国王陛下に訴えて裁いてもらおう。

 未成年者を夜に働かせて、自分は今頃高いびきで寝ているんだ。

 そう思うと城に向って石でも投げたくなってきた。

 もっとも投げても届かない、ここは第三城壁内にある演習場だから。

 眠いと訴えるオリアンナを引きずって、ついでに僕達の護衛六人も引き連れて、領主命令でこの演習場にやって来た。

 事前に連絡を受けていた夜警たちは、より厳重に見張りを強化している。

 

「今から、魔物狩りを再現する」

 

 多くの松明で明るく照らされた演習場の片隅で、僕は怒ったように宣言する。

 

「え~っ、明日魔物狩りするから、今やらなくてもいいよ~。僕、眠いよ」

 

 眠そうな彼女は、抱きしめたくなるくらい可愛い。

 思わず手を伸ばしそうになるが、グッと堪えた。

 心を鬼にして従騎士の鬼教官を演じるのだ。

 そうでなければ明日の魔物狩りで、狩られるのは僕達になってしまう。

 早く終わらせたい。

 

「眠いのは、僕の方だ! いいから今すぐ馬に乗って、全力で走れ。僕は魔物と同じ速度で、君を追う。追いつかれたら、魔物狩り参加はあきらめろ!」

「え~、なんでエランが魔物なの? エランはエランじゃないか、魔物に見えないよ」

「何でもいいから、僕を魔物と思って逃げるんだ! 魔物の走る速度を体感しておかないと、明日の魔物狩りで君は死ぬよ」

 

 オリアンナは頬を膨らまして、ブツブツ文句を言いながら馬の横に立つ。

 そのまま、しばらく動かず、鞍に手を掛ける様子もない。

 

「なんで乗らないんだ? まさか…、怖いの?」

 

 先に騎乗した僕は、不思議に思って問いかける。

 

「だって、誰も補助してくれないじゃないか。僕、一人で馬に乗れないんだ」

 

 耳を疑った。

 一人で馬に乗れない?

 見習い騎士になる前、一人で台を使って乗れてたじゃないか。

 今は身長も伸びて、台も必要ないはずだ。

 

「一緒に(なみ)(あし)の練習をしただろ、どうして……?」

「父上に禁止されたんだ、だいぶ前に。乗馬と下馬は、一人じゃ危ないって」

 

 不服そうに訴える。

 

「僕だって、このままじゃいけないって思ってるんだ。だから魔物狩りに参加したい。馬ぐらい、一人で乗りたいんだ!」

 

 あのバカ領主っ!

 過保護も、大概にしろっっ!

 

 胸の奥底で憤りが、激しく沸き起こる。

 彼女は単なる我儘から魔物狩りに参加希望した訳じゃない。

 過保護になる周りと、距離を取りたいだけだ。

 自分で出来る事を、自分の手でつかむために。

 

「判ったよ。じゃあ、左手で両手綱とたてがみを持って、右手で鐙を持って、左足を鐙に掛けるんだ。やってみなよ、覚えてるはずだよ」

 

 僕は下馬してオリアンナの側に立つ、落ちた時に受け止めるためだ。

 彼女は言われた通りやってみようとする。

 意外と身体は覚えているものだ。

 

「そうだよ、右手で鞍を掴んで、勢いよく身体を持ち上げるんだ」

 

 うまくいかない。

 

「勢いが足りないんだよ。(あぶみ)を少し長くして、後で調整すればいいから。今より乗りやすくなるよ」

 

 僕は助言しても手助けはしない、やるのは彼女だ。

 文句も言わず、オリアンナは指示に従う。

 何回かの失敗の後、ようやく何とか乗馬出来た。

 達成感で笑顔になる、その姿が僕の心に響く。

 

「よし、次は常歩。馬場を一周してみよう」

 

 馬場といっても演習場の狭い範囲の円周だ、こんなものは簡単と思いきや、彼女の馬は速歩で真直ぐ走り始める。

 

「なんで(はや)(あし)になるんだよ。常歩だよ!」

「知らないよ! わああぁぁ、助けて―――っ」

 

 慌てて馬に飛び乗り、並走して彼女の馬を止めた。

 下手だとは思っていたが、ここまでひどいとは……。

 あまりの前途多難さに眩暈がした。

 今日から毎日特訓だ、もうバカ領主家に任せておけない。

 何度かそんな事を繰り返すうちに、白々と夜が明けてきた。

 

 結局、完徹……。

 

 世の中の明るさが目に染みて、涙が出てくる。

 もう魔物狩りが始まる。

 こんな状態で乗り越えられるほど、魔物狩りは甘くない。

 僕の顔が、げっそりやつれている気がした。

 

「もういいよ……。僕は魔物狩りに、出ない。もう、寝る」

 

 オリアンナが()を上げて、その場で寝ころび寝てしまう。

 その言葉、もっと早く言え。

 僕は彼女から第三城門通行許可証を奪い取り、ビリビリに破いて……、ぶっ倒れた。

 

 ―――領主の声が聞こえた。

 

「甘いのは私ではなく君だよ、クリスベイン」 

 

 

 

 

 

 懲罰部屋の中で、扉を背に僕は真っ青になって固まった。

 部屋に一人の男が立っている。

 彼の名は、キース・オルトス。

 一部変わった嗜好の者達から大人気の男色家で、地獄の拷問官の異名を持つ。

 本当の拷問官ではない、彼は立派なレント領の騎士、第二城門守備隊隊長だ。

 その嗜好から付いた異名は騎士達を震え上がらせ、規律を犯す者の数が減った。

 

「エラン・クリスベインね。ロイ・ベルンから話は聞いているわ。安心しなさい、あなたは好みじゃない。私の世界に引き込んだりしないわ、ロイに嫌われたくないもの」

 

 その言葉にホッとした。

 

「私の好みはオーリン様よ。でもお館様に殺されたくないから、我慢してるの。彼に関わるのは、お館様に歯向うのと同じよ。だってオーリン様、あんなに愛されているんですもの」

 

 何が愛されてるだ!

 過保護を愛と勘違いするな!

 

 そう思いながらもオーリンの名前が出た事で、別の緊張を覚えた。

 彼はオーリンが女だと、知らないはずだ。

 

「あなたもバカね、お館様に張り合おうなんて十年早いわ。このレント領で一番恐ろしいのはお館様よ。最高権力者に逆らってどうするの? もっとうまく、立ち回りなさい」

 

 別に逆らったつもりはない。

 共同戦線という名の、罠にはめられただけだ。

 最後まで魔物狩りに参加するつもりでいたのに、まさか寝過ごして集合時間に遅れるとは考えてなかったのだ。

 懲罰の免除を取り付けなかった、僕のミスだ。

 そんな事は判っている……、判ってはいるはずだが……。

 

 キースは鞭を取り、近寄ってくる。

 彼は書類に目を通しながら、意外な事を口にした。

 

「鞭打ち十回……? 懲罰としてはずいぶん軽いわね。あなた、実はお館様に気に入られてるんじゃなくって?」

 

 その言葉に、僕は切れた。

 

「あんな奴に、気に入られたくない!」

「ほほほ……、気に入ったわ。あなた、よく見ると私好みかも。綺麗な顔をしてるわね」

 

 鞭の端で僕の顎を持ち上げるキースは、残忍な笑みを浮かべている。

 冷や汗を流しながら、僕はこれ以上後退できないのに後退る。

 

「オーリン様に近づきたいの。取り次いでくれない?」

「絶対に、ダメですっ!」

「言ったでしょ、もっと要領良く立ち回りなさいって」

 

 ――――鞭打ちは、なぜか十一回に増やされた。


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