王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十四話 竜の指輪の約束 (新)

 僕は思いっきり嫌そうな顔をして、テオフィルスを睨み付けた。

 父の居場所を知ってしまった彼は、旅の同行を願い出るだろう。

 今以上に付きまとわれる。  

 

「いくら《王族》で王太子でも、僕の意見は通らないぞ。条件は国王陛下に直接言え!」

「お前との約束が必要だ」

「約束?」

 

 彼は左手を差し出し、左手中指にはまる指輪を見せた。

 竜が絡みついた太めの銀色の指輪で、異様な存在感を放っている。

 まるで七竜リンクルの威厳が、そのまま凝縮されたような。

 

「俺の竜の指輪に約束しろ。左手を置け」

「え?」

 

 魔法にかけられるとかの、罠じゃないのか?

 竜の指輪の約束の意味が解らない以上、不安要素は増やしたくない。

 

「何の約束だ? 場合によっては断る!」

「それじゃあ、竜は呼べないな」

 

 主導権は彼にある。

 僕は顔を(しか)めながら、戸惑いがちに指輪に左手を近付けた。

 どことなく熱気を感じ、躊躇(ためら)っていると低く安心させる声がした。

 

「竜の指輪の約束は、人間同士の約束だ。七竜の魔力は介入しないし、この約束にアルマレークは関与しない。俺個人のものだ」

「……本当に?」

 

 彼は無表情に頷く。

 僕は真青な瞳を見つめ、嘘ではない事を感じ取る。

 思い切って竜の指輪に、手のひらを乗せた。

 熱気を感じていたのに、触ると感触は普通の指輪だ。

 どことなく安心した。

 

[俺達は手を組む。お前はオリアンナ姫を捜し、俺はお前に(・・・)協力する。共に約束する。お前もアルマレーク語で約束しろ、王太子なら語学堪能(たんのう)だろ?]

 

 確かに語学は堪能だが、この場でオリアンナ姫の名前が出るとは思わなかった。

 僕は知らない素振りを通す。

 

「そのオリアンナ姫って、何者だ? 知らない存在を捜す事は出来ない」

「エドウィン・ルーザ・フィンゼルの娘で、七竜が定めた俺の婚約者だ」

 

 七竜が定めた婚約者とは、初めて聞いた。

 七竜――――アルマレークの神が決めたという事になる。

 僕の中で、例えようのない警戒心が芽生えた。

 僕は竜の指輪から、手を離す。

 

「婚約者?」

「そうだ。セルジン王は、オリアンナ姫は《王族狩り》で亡くなったと伝えてきたが、死んだ人間を七竜が婚約者に定めると思うか? エアリス姫がおそらくオリアンナ姫だ」

 

 僕は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「エアリスはオリアンナ姫じゃない。陛下の未来の妃だ、君の婚約者じゃない! 亡くなった姫君を、どう捜せって? 約束なんて出来ない!」

「彼女は生きている。俺には解る」

 

 テオフィルスに見詰められ、僕の鼓動はなぜか激しく高鳴る。

 僕は怒った素振りで、横を向く。

 

「そんな約束は出来ない!」

「では、勝手に滅びろ。マシーナ、トムニ爺、帰るぞ!」

 

 彼は(きびす)を返し、随行者達はホッとしながら、共に竜の影に向かう。

 僕は拳を握りしめながら、約束を受け入れるしかない事に憤る。

 

「待て、約束する!」

 

 テオフィルスはまるで楽しんでいる様子で振り向いた。

 左手を握りしめ、竜の指輪を僕に向けて見せびらかし要求する。

 

「では、竜の指輪に誓え」

 

 ほんと、嫌な奴!

 僕は渋々彼の左手に、左手を乗せ、先程の続きをアルマレーク語で口にした。

 

[共に約束する]

 

 竜の指輪がまるで祝福するように光り始めた。

 驚き手を離そうとしたが、彼に手首を掴まれる。

 

「安心しろ。七竜リンクルが約束を認めた、それだけだ」

 

 いつも無表情なテオフィルスは、引き込まれるような程満面の笑みを浮かべた。

 こんな顔をするんだと、どことなく心を動かされながら、気が付かないふりをした。

 

「若君、殿下を守るって約束、それは旅に同行する意味じゃないですね?」

 

 マシーナがわざとエステラーン語で質問する。

 他のエステラーン人に、抗議してほしいからだ。

 トキとエランが、共に怖い顔で睨み付けてくる。

 

「当然、同行する約束だ。お前達は帰って、父によろしく伝えてくれ」

[何がよろしくですか! 私も、もちろんついて行きますとも! 老トムニ、お館様に必ず連れ戻しますとお伝えください]

[しょうがないのぉ、わしが怒られ役か]   

 

 テオフィルスの旅の同行は、両国にとって負担にしかならない。

 接点を持つべきでない二人が、竜の指輪の約束という繋がりを持ってしまった。

 僕とテオフィルスを引き裂くように、エランが繋いだ手を引き離す。

 

「お前の同行は認めない! そんなもの、誰も望まない!」

 

 庇うように僕の目の前にエランが立ち、まるで喧嘩を始めそうな様子に、僕は彼の腕を掴んだ。

 

「エラン、レント領を救うには彼等の協力が必要なんだ。解ってくれ」

 

 テオフィルスは皮肉な笑いを浮かべる。

 

「なんだ、お前? 王太子の腰巾着か?」

 

 (あざけ)りの言葉にエランは剣を抜こうとする。

 その右手を僕は素早く押さえ、テオフィルスに警告した。

 

「口を慎め! 問題を起こす奴は、連れて行かないぞ!」

 

 テオフィルスは薄笑いを浮かべながら、右手を胸に当て素直に謝る。

 不服そうに睨むエランを無視して、テオフィルスの前に立つ。

 

「旅の同行は認める! でも、何処の配属になるかは陛下が決める事だ。僕は関与出来ない。最前線に送られる覚悟はあるんだろうな?」

 

 脅しとも取れる言葉に、彼は声を出して笑い始める。

 

「最前線? 望む所だ。俺の大切な仲間を奪い去った屍食鬼共に、目に物見せてやる!」

 

 テオフィルスは復讐の闘志を漲らせて同行の覚悟を伝え、マシーナはがっくり項垂(うなだ)れ頭を抱えた。

 

「早く竜を呼べ、テオフィルス!」

 

 故意に彼の名を呼び捨てにし、周りに仲間になった事を悟らせた。

 彼は満足げに微笑みながら頷き、随行者達に指示を出す。

 マシーナは大きな溜息を吐き、不承不承大声で警告する。

 

「今から竜が咆哮します。近くでまともに聞くと耳が聞こえなくなる、合図をしたら全員耳を塞いで下さい。馬にも耳栓をして逃げ出さないように、馬止めにしっかり繋いで下さい」

 

 警告を受け、トキは大声で部下達に指示を出す。

 僕が仲間と認めた以上、従わざるを得ない。

 アルマレークの竜を討たぬよう、早馬を各所に出す指示もする。

 周りの騎士達は迅速に指示に従い、臆病な馬達に耳栓をする。

 

 不機嫌なエランは背を向け、トキの元へ引き返そうとした。

 そんな彼に追いすがるように腕を取る。

 

「エラン、僕を守ってくれ」

 

 なんてわがままだと自嘲しながらも、心の不安を打ち明けられるのは彼だけだ。

 竜に乗る恐怖感、そしてテオフィルスに対応する不安感に苦しむ。

 不満そうなエランが言葉を呑み込むのが見て取れる。

 嘲りでもいいから彼の言葉が欲しかった。

 僕の腕を掴み引き寄せ、エランが耳元で(ささや)く。

 

「当然、守るさ! だから、絶対に悟られるなよ」

 

 心配そうに顔を覗き込まれ、不安げな笑顔で(うなず)き返した。

 

 

 アルマレーク人三人で打ち合わせした後、テオフィルスは大声で竜を呼ぶ事を告げる。

 

「全員背を低くして、耳を塞げ!」

[リンクル、竜を呼べ!]

 

 テオフィルスに頭を押さえられ、共に片膝を付きながらしゃがみ、耳を塞ぐ。反発心が無性に沸き起こる。

 

 竜は大きな翼を広げ、地上から浮き上がった。

 羽ばたきで巻き起こす強風が、土埃と枯れ枝を吹き飛ばし、松明の灯りを消した。

 人々は目も開ける事が出来なくなり、気配と耳を塞いでも聞こえる音でこれから何が起きるかを想像し、より姿勢を低くする。

 

 竜は思いっきり息を吸い込み……、

 そして地を揺るがす大音量の雄叫びが、人々を倒す勢いで発せられた。

 

 凄まじい咆哮を間近に浴びて吹き飛ばされ、危うく耳から手を離しそうになるのを誰かが支えた。

 薄ら目を開けると、テオフィルスが抱え込むように守ってくれている。

 弱い月明かりの中、彼の耳のある位置に羽のような文様飾りが髪の間から見えている。

 彼がいつもしている、首飾りと同じ模様だ。

 

 あれは、耳栓だったのか?

 

 ぼんやりそんな事を考えている間に竜の咆哮が止み、今度は遠くから別の竜の(いら)えが返ってくる。

 七竜の影は満足そうに地上に足を着け、テオフィルスを見る。

 彼が立ち上がり褒めるように竜の足を叩くと、竜は小さく炎を吐く。

 

 それが合図でマシーナ達は人々に終了を伝え、皆は汚れを払いながら立ち上がった。

 吹き消された松明に、再び火が灯される。

 竜の影が松明に色濃さを増し、騎士達の目に脅威となって映る。

 

 あんなものに攻め入られたら、王国は一溜りも無い。

 

 皆が一様に緊張した。

 中でも一番緊張しているのは僕だと思える。

 竜に乗った経験等、もちろん無い。

 テオフィルスの提案が一番有効に思えたから受け入れたが、竜の咆哮の激しさは予想以上だ。

 竜に乗れるのか不安が大きく芽生えた頃、本物の竜がやって来た。

 

 芽吹き始めたばかりの木々の枝をへし折り、二頭の竜がリンクルの横に舞い降りた。

 その圧迫感に人々は後退り、剣に手を掛けながら警戒する。

 二頭はリンクルより幾分小柄な竜だ。

 一頭はまるで礼を取るように頭を下しリンクルを見上げ、もう一頭は頭こそ下げないが明らかにリンクルを恐れ、身を縮めている。  

 不意に竜達の影から、横柄な子供の声がした。

 

[やい、テオフィルス! こんな夜中に、呼び出しなんかすんな! いきなり竜が叫ぶから、耳が痛くてしょうがない]

[ルギー! 若君を呼び捨てにするなと、何度言えば分かる? お前も竜騎士見習いになったんだ、礼儀を弁えろ!]

 

 マシーナが身を縮める竜に向って怒鳴る。

 するとその方向から、小石が投げつけられた。

 慣れているのかマシーナは難なく避けたが、小石は国王軍の騎士に当たり、彼は謝る羽目になる。

 テオフィルスは低い声で笑いながら、竜に向って叫ぶ。

 

[ルギー、降りて、こいつの横に立て]

 

 僕の横を指した。

 ルギーと呼ばれた少年は、竜から飛び降りる。

 僕より明らかに年下だ。

 黒い目で悪戯っぽく、好奇心剥き出しに上から下までジロジロ観察している。

 

[誰? こいつ、竜騎士……、じゃないよな。俺様の子分にでもしてくれんの?]

[いいから、横に立て]

 

 そう言ってテオフィルスは、二人を見比べる位置まで移動した。

 背丈は丁度同じくらい、彼は満足げに微笑む。

 

[ルギー、お前の鎧をこいつに渡せ]

 

 事の成り行きに、悪い予感を覚えた。

 僕はこの場で、竜の鎧に着替えるという事なのか?

 


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