王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第二十一話 唯一の希望 (新)

 《ソムレキアの宝剣》の光が消え、テオフィルスの持つ月光石の柔らかい光が、辺りを照らし出す。

 館は惨劇の残滓(ざんし)から解放され、分厚い埃と張り巡らされた蜘蛛の巣に人が立ち入った形跡だけを残し、何事も無かったように静まり返っている。

 

「お前のおかげで命拾いした。屍食鬼を追い払う貴重な石だ、凄い物を持っているな。ありがとう、これは返すよ」

 

 マールの希少石を受け取り、割れてないか確認する。

 希少石とは知らずに投げてしまったが、月光石に似て簡単には割れない石のようだ。

 僕はホッとして、内懐に仕舞った。

 

「ここはお前にとって、つらい場所だったんだな。無理やり連れてきて、本当に悪かった」

 

 不意にテオフィルスに優しい声で話しかけられ、小さい声で呟いたつもりだったのに、しっかり聞かれていた事に驚く。

 謝った?

 意外な反応に戸惑いながら、僕は宝剣を鞘に納め、わざと強がるように彼を睨みつける。

 

「君には処刑命令が出ている、僕を誘拐した罪だ。捕まったら確実に殺されるぞ、早く逃げろ」

 

 それだけ言って、僕は出口に向かって走る。

 外には国王軍が待機しているはずだ。

 テオフィルスの危険性はよく判った、故国を救うためなら何でもするだろう。

 王太子を人質に、自分達の要求を通そうとするかもしれない。

 だが、扉に到達する前に、マシーナに阻まれた。

 

「残念ですが王太子様、まだ解放する訳にはまいりません。私達が無事逃げ延びるまで、お付き合い願います」

 

 それでも逃げようとすると、宝剣を持つ腕を背後からテオフィルスが掴んだ。

 興奮が冷めやらぬように、青い目がギラリと輝く。

 

「この剣は何だ? 凄い魔力を持っている。これがあれば、俺にも屍食鬼を追い払えるんじゃないのか?」

 

 彼は宝剣を取り上げようとする。

 両手で必死に宝剣を掴み彼と揉み合ったが、鍛え上げられた男の力に敵うはずもなく、振り払われそうになる。

 あまりの横暴さに怒りを覚え、傷だらけの左手に思いっきり噛み付く。

 これには彼も余裕を失い、容赦なく僕を床に蹴り飛ばす。

 宝剣はテオフィルスの手に渡った。

 

「このっ!」

 

 彼は痛みと怒りに、思わず自分の剣を抜く。

 マシーナとトムニは緊張しながらお互いの顔を見、様子を見る。

 相手は一国の王太子、無用な争いは避けるべきだが、〈七竜の王〉であるテオフィルスに口答えするのは、もっと勇気がいる。

 腹を蹴られ痛みに苦しみながら、僕は訴える。

 

「その剣は、僕以外は扱えない!」

「だったらお前ごと、さらってやる。お前も竜騎士の体型だ、鍛えれば竜騎士になれる。アルマレークの竜騎士として魔王に立ち向かう方が、より早く打ち破れる。お前にとっても効率的だろう?」

 

 彼の自分勝手な意見に、僕は憤った。

 

「そうして、王国を自分の物にするつもりか! 僕は王太子として、そんな事は絶対に許さない!」

「ふんっ、エステラーン王国等いらん! 俺は空に屍食鬼がいる事が許せないだけだ。アルマレーク防衛のために、屍食鬼と戦った竜騎士が何人死んだか知っているのか? エステラーン王国だけの問題じゃないと、なぜ判らない!」

 

 セルジン王の対応への怒りを、ぶつけるように言い放つ。

 傷だらけの痛みに堪え、彼は剣を僕に突き付けた。

 

「一緒に来てもらおう。この宝剣を取り戻したければ、俺に従え!」

 

 生れながらの執政者の傲慢さで、見下すように命じた。

 僕はその剣を手で振り払い、怒りを込めて脅した。

 

「僕を王国から連れ去れば、魔王はアルマレークへ向かうぞ。その宝剣を、喉から手が出るほど欲しがっているんだ。地の果てまでも、追いかけてくるぞ!」

「……」

 

 テオフィルスは一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。

 先程、宝剣の魔力を見せつけられたばかりで、王太子の言葉には説得力がある。

 魔王がこの剣を恐れ封じたがるのは当然、そしてこの剣を扱える者を抹殺したいと思うだろう。

 マシーナが恐る恐る進言する。

 

[若君、悪い事は言わない……、これ以上、エステラーン王国に関わらない方がいい。我々の目的はエドウィン様を捜し出す事で、アルマレークに魔王を呼び込む事ではないはず]

[そんな事は、判っている]

 

 彼はまるで評価でも下すように、僕をじっと見詰めている。

 戦いで服がボロボロになったのは僕も同じで、女だと知られる可能性に緊張する。

 

「お前が、唯一の希望か?」

「え?」

 

 意外な言葉に驚いていると、彼は(うずくま)る僕に合わせて膝を折り、剣を置いて顔を覗き込む。

 

「魔王を打ち破れるのは、お前とこの剣だけなのか?」

 

 真実を見極めるように問質す。

 彼の中で何かが変化してきている事を感じ取り、僕は意外に思った。

 

 

 この(ひと)、本気で魔王を倒したいんだ。

 

 

 僕は蹴られて痛む腹を押さえながら立ち上がり、頷き答えた。

 

「そうだよ! 僕は《ソムレキアの宝剣》を持って王都ブライデインへ行き、魔王を打ち破るために存在している! ……そのために、生まれてきた」

 

 正確には生まれ変わったのだろう。

 王の子オーリンが、僕の命を生まれ変わらせた。

 オリアンナではなく、オーリンとして暗黒を打ち破るために。

 そしてセルジン王を助け出すために生きる。

 テオフィルスは頷き立ち上がり、自分の剣を鞘に収め、宝剣を返しながら薄笑いを浮かべて言った。

 

「判った。ではその旅に、俺も同行しよう」

「……はぁ?」

 

 宝剣を手にした僕と、マシーナ、トムニは絶句した。

 

「君には処刑命令が出ているって、言っただろう! 行軍参加以前の問題だ!」

 

 からかわれている気がして、僕は憤りながら否定する。

 

[若君、冗談じゃありません! 何かあったら、父君にどう説明すればいいんですか? だいたいこれだけの罪を犯して、国王が許すと思いますか? 絶対に反対です!]

[お前とトムニ爺は帰れ! 俺一人で行く]

[若君!]

 

 マシーナは僕の側を離れ、彼に詰め寄る。

 

[もう決めたんだ。こんなひ弱な王太子に、自分達の未来を預けるくらいなら、俺がブライデインへ、こいつを送り届ける! それにエドウィンは、ブライデインの《聖なる泉》にいるかもしれない。丁度いいじゃないか、彼と指輪も見つけられる。帰って父にそう伝えろ]

[絶対に、駄目です!]

 

 父の居所を知られている事に愕然としながらも、マシーナが離れた事で逃げるチャンスが出来た。

 テオフィルスにこれ以上付きまとわれないためには、逃げるしかない。

 僕は館の入口に向かって走る。

 彼がそれに気付き、僕を捕らえようと走り出す。

 

「待て! マシーナ、追え!」

 

 負傷しているテオフィルスは、素早く動けない。

 マシーナにもう少しで追いつかれそうになったところで、僕の手がドアに触れる。

 すると……、

 

 バン!

 

 という大きな炸裂音がして、扉が勢いよく開いた。

 セルジン王の結界が破れたのだ。

 テオフィルスは即座に、撤退を命じる。

 

[お前達は、逃げろ! 王の結界が破られた、国王軍が来るぞ! リンクル、俺の傷を癒せ] 

 

 彼の竜の指輪から光が溢れ出し、全身を包んだ。

 テオフィルスは竜の魔法を使えるようになったのだ。

 僕は急いで、館の外へ出る。

 マシーナは素早くテオフィルスの腕を引っ張り、引き摺りながら走り出す。

 

[離せ! 俺は残る。お前達だけ、逃げろ!]

[そんな事をしたら、私がお館様に殺されますよ! だいたい今度こそ処刑されます。自分が何をしたか、解っていますか? 逃げるんですよ!]

 

 次の瞬間、数か所の出入り口から国王軍が(せき)を切ったようになだれ込む。

 無数の松明(たいまつ)の灯りで、館内部が急に明るくなった。

 

「誘拐犯を捕えよ! 抵抗する者は、討って構わん!」

 

 待ち構えていた王の近衛騎士隊が館に入り、兵達の指揮を取る。

 竜の魔法で、彼等は逃げ(おお)せるだろう。

 国へ父エドウィンの情報を持ち帰られるが、彼等に成す術はない。

 屍食鬼に覆われたエステラーン王国の奥深くへ、入り込むのは至難の業だ。

 

「ご無事で何より、オーリン様」

 

 トキ・メリマンが《王族》に対する礼を取り、僕に近付いた。

 心に引っかかる疑念を、僕は彼にぶつける。

 

「この罠を張ったのは、陛下? 護衛の数を減らした?」

「御意。陛下のご指示は、的確にアルマレーク人を討つ事にあります」

 

 大勢の部下達の手前、彼の口調が《王族》に対するものになっている。

 

「城内で彼を捕える事が難しかったため、結界に閉じ込める策です。護衛は殿下の部屋の隠し部屋で、待機しておりました」

「僕も彼を巻き込んだから、覚悟の上だったけど。……隠し部屋? つまり、あの部屋は監視されているって事?」

「《王族》の部屋は、警護のため全てそのように」

「…………」

 

 少し怒った調子でトキを睨み付ける。

 近衛騎士隊長は無表情に胸に手を当て、頭を下げた。

 僕はげんなりしながら、トキの元を離れた。 

 

 

 多くの松明が焚かれ、外は明るい。

 物々しい数の国王軍とレント騎士隊が集結している。

 夜の冷たい風に、松明のきな臭さが混じる。

 

「オリアンナ!」

 

 夜目にも判るほど、青ざめた顔のエランが立っていた。

 彼は僕の腕を掴み、館から少し離れた場所まで無言で連れ出す。

 鬱蒼とした木々に囲まれて松明の灯りに浮かび上がる父の館は、その幽霊屋敷ぶりを際立たせている。

 不意にエランに抱きしめられ、その腕の力に息を詰まらせる。

 心配していたのを察して、僕は優しく言った。

 

「……エラン、離してくれ。苦しいよ」

「アルマレークに、連れて行かれたかと思った。気を失っている間に、君がいなくなっていて……」

 

 腕の力を緩めた彼の顔が、苦悩に歪んでいる。

 

「なんとか、やり過ごしたよ。君こそ、大丈夫か? あの魔法使いに、眠らされていたんだと思うけど」

「僕は大丈夫だよ。オリアンナ、守れなくて、ごめん」

 

 エランの腕の中で、身体が震え始める。

 テオフィルスの襲撃、父の館での《王族狩り》の再体験。

 どれも間一髪のところを何とか切り抜けた。

 心の張り詰めた糸が緩むように、目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「……怖かった」

「うん」

 

 エランが再び優しく抱きしめる。

 兄弟のように、幼馴染のように、幼い恋人のように。

 王に(そく)される王配候補の事は心から締め出し、エランの腕の中でいつもの自分に戻る。

 涙は次々溢れ、心に受けた沢山の傷を洗い流すように泣き続けた。

 

「僕が守るよ、この先ずっと……、オリアンナ」

 


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