王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第九話 モラスの騎士の代行者

「大丈夫か?」

 

 王の天幕へ戻った僕に、迎えたレント領主ハルビィン・ボガードが、心配した様子で声をかけてきた。

 僕とエランの事を一番よく知っている、僕の養父だ。

 息子ハラルドが魔王アドランに取り込まれ、〈契約者〉として国王軍を苦しめる存在となった事で、国王軍の中では肩身の狭い思いをしている彼は、少しやつれて見えた。

 

「大丈夫だよ、義父上(ちちうえ)

 

 久しぶりに義父上(ちちうえ)と呼ぶ。

 セルジン王に禁止された呼び方だが、今の僕には必要に思えた。

 セルジン王を奪われ、エランまでいなくなると、肉親に近い存在が恋しくなる。

 僕は彼の手を取り、気がかりな事を打ち明ける。

 

「ベルン長官に、エランを責めないように言ってほしいんだ。エランは騙されているし、苦しんでいる。長官に責められるのは、辛いと思うんだ」

「解っている。ハラルドが掛けた呪いのせいだろう? ベルンも理解しているはずだ、驚いただけだよ。私の方から伝えておこう」

 

 僕は頷き、彼の手を放して会議の席に着いた。

 

 

 

「では、反乱者二名の罪は問わないという事でよろしいですか、殿下?」

 

 宰相エネス・ライアスが、優しく同意を促し問い掛け、僕は無表情に(うなず)く。

 会議の場では極力無用な発言は控え、表情も崩さないようにしていた。

 セルジン王の代行を務める都合上、迂闊な発言は極力控えている。

 

 水晶玉に取り込まれ絶大な魔力を持つセルジン王は、自分の感覚が人の感覚からずれる事を避けるために会議を好んだ。

 その王のように皆の意見を微笑みながら聞く余裕等、僕にはまったくない。

 大人達を前に、気後れした素振りだけは見せないように、必死に取り繕う事しかできない。

 

「言葉で答えろ、エアリス姫。書記官が困っている」

 

 テオフィルスの低い声が、先程とは打って変わって冷たく聞こえる。

 きっと偽名で呼ばれているからだろう。

 彼の言っている事は的確で、僕を見つめる書記官が戸惑いがちに僕に頷く。

 会議の席で知らぬ素振りを見せながらも、国王軍の一員として発言しているテオフィルスは、反発も感じさせないほど、自然に解け込んでいる。

 

 アレインさんの気持ちも解らなくもない。

 いつの間にか人を惹き付けているところなんて、気後れしている僕より、よほど《王族》に見えるよ。

 

 軽い嫉妬心を覚えながら、僕は言葉を選び発言する。

 

「二人の罪は問わない。問題はどうやって説得し、仲間に引き戻すかだ」

 

 皆が頷き、それぞれの意見を口にする。

 

「和睦の使者を送りましょう。私で良ければ、いつでも参ります」

 

 アレインと親交の深い騎士が、名乗りを上げる。

 

「その前に、前衛部隊の様子は?」

 

 僕の問いかけに、別の騎士が答える。

 

「今のところ《聖なる泉》の前に陣営を構えてから、大きな動きはないとの偵察隊からの報告です」

「そうか。では、和睦の内容を……」

 

 エネスが僕の指示を、手を上げて制した。

 

「殿下、その前に皆に確認しておく事があります。宜しいですか?」

 

 僕は頷き「構わない」と伝える。

 四十代の白髪の宰相は、セルジン王不在の状況で、国王軍の中核を担っている。

 

「反乱者の目的は、殿下を奪い天界の意志に従わせる事にあるようですが、目的が漠然としていて、あまりにも唐突に見える。アルマレーク共和国に、反旗を翻す行動とも取れますが……」

 

 テオフィルスが静かに頷く。

 

「だが、我々の知るアレイン・グレンフィードは、そんな半端な行動を取る男ではない」

「その通りだ。このくらいの人数のアルマレーク人なら軍は動かさずに、難癖付けて決闘に持ち込み、自らの手で一人ずつ倒す。彼はそれを楽しみながら実行する男だ」

 

 トキの言葉に、テオフィルスが鼻で笑った。

 

「俺達はそんな挑発には乗らないし、決闘には発展させない」

 

 テオフィルスが如何にアルマレーク人達を統率しているかが窺い知れる。

 彼の後ろに立つマシーナが頷く。エネスが微笑みながら、先を続けた。

 

「反乱者二名は、天界人に踊らされているように見えますが、本当にそうかを突き止める必要があるでしょう。アレインは王命に背く男ではないし、陛下に一番忠実な存在でもある」

 

 皆が頷く。

 

「我々のこの地での本来の目的は、《聖なる泉》に辿り着き、殿下が泉の精から導を受け取る事にあります。それを阻止したい意志が働いていると、私には思える」

 

 僕はエランの事ばかりに気を取られ、肝心の目的の事をすっかり忘れていた。

 そしてエネスの洞察力に感心しながらも、疑問が湧き起こる。

 

「魔王アドランの罠っていう事? でも、エランは完全に天界人の意志に、翻弄(ほんろう)されているんだよ。それは確かなんだ」

 

 夢に現れた〈ありえざる者〉オーリンは、僕とエランを天界人にする意志を伝えてきた。

 その夢が、魔王の見せた夢とは到底思えない。

 

「アレインに限って言えば、そのように見えるのです。誰か、ここ最近の彼に不自然さを覚えた者は? 私が確認したいのはその事です」

 

 皆が一様に首を傾げた。

 思い当たる節が無いのだ。

 僕には最近のアレインは、アルマレーク人に苛立っているように見えた。

 でも、それは決闘に導くための演技かもしれない。

 

「……《聖なる泉》で何かあったのかもしれない。エランと以前から打ち合わせしての反乱だろうが、彼等が接触していた形跡はない。ただエランのいるモラスの騎士に関しては、調べられなかった。当人達が不在だからな」

 

 トキが顔をしかめながら、唸るように報告する。

 アレインは本隊にいる事が多かったため、彼の情報を得る事は容易いが、エランは僕を守るモラスの騎士達から離れ、後衛部隊の最後尾で魔力の高いモラスの騎士達と修行に励んでいた。

 故にエランに関する情報は乏しい。

 

 トキはエラン率いるモラスの騎士の造反が、余程気にいらないのだ。

 セルジン王に僕を守るように言い渡された者達の中で、モラスの騎士の守りが無くなるのは痛手だ。

 トキの率いる近衛騎士だけで、魔界域の住人に対抗しなければならない。

 

「じゃあ、反乱を宣言したアレインさんは、別人の可能性があるって事? それじゃあ、エランは……、二重に騙されているって事なのか?」

 

 アレインに化けた誰かが、エランを共謀者に選んだ。

 その誰かは魔界域の住人かもしれないし、魔王本人かもしれない。

 

「その可能性もある」

 

 トキの答えに、僕は会議の椅子から立ち上がった。

 

「エランが危ない! 早く《聖なる泉》へ……」

 

 話し合う暇など無いように思え、天幕の入口に駆け出そうとしたが、低い声に一喝される。

 

「慌てるな! 今の話は、推測に過ぎない。それより早く和睦の使者を出し、回答を一時待って、《聖なる泉》へ軍を動かす。モラスの騎士の代わりは、俺が務める!」

 

 テオフィルスの言葉に、誰もが息を呑んだ。

 アルマレーク人が会議を仕切ってしまったのだ。

 立ち上がり移動しかけた僕は、凍り付いたように動けなくなった。

 皆の視線が集中する中、彼は微笑みながら青い瞳を僕に向け問い掛ける。

 

「それで良ければ、すぐに行動に移すべきだ。そうだろう、王太子殿下?」

 

 

 

 

 

 和睦の使者は、なかなか帰って来ない。

 僕は苛立ちを募らせながら、騎乗し横にいるトキに顔を向けたまま、もう片側は見ない事にしていた。

 その片側から低い声が、僕を罵る。

 

「おい、真直ぐ前を見ろ。また、落馬したいのか? そろそろ出発の時間だ」

「…………君に仕切られる覚えはない。モラスの騎士の代わり等いらない!」

 

 会議の席でエネスがテオフィルスの意見に賛同し、僕に強く薦めたため、モラスの騎士の代わりを彼が務める事になった。

 若い《王族》がいくら反対しても、宰相の意見に敵う訳がない。

 僕は仕方なく折れたが、テオフィルスに対する反発は必然的に増大した。

 トキが大きな溜息を吐く。

 

「残念だが殿下、モラスの騎士の代わりは必要だ。近衛騎士だけでは魔王の魔力に対抗出来ないし、狙われているのは殿下だ」

「そんな事は、解っている! けど、僕の天幕に彼が居座るのを、なんとかしてほしいんだ!」

 

 勝手に馬を走らせて、テオフィルスから逃げ出したい衝動に駆られる。

 会議の後から、彼が必要以上に僕から離れない、僕の天幕にまで、ずうずうしく入り込む。

 

「モラスの騎士の代わりだからな」

「天幕の中までは、許可していない!」

「俺の事は、気にするな。空気だと思え」

「そんな事、無理だろう! だいたい、エランが怒る!」

「モラスの騎士を連れて行った、あいつが悪い。文句なら、あいつに言え」

 

 テオフィルスの言葉に、僕の苛立ちが頂点に達しかけたその時、後衛部隊から知らせが届く。

 

「殿下、ロイ・ベルンをお見掛けしなかったかと、レント領主からの問い合わせです」

「ベルン長官? エランがいなくなってから、見てないけど……」 

 

 丁度同じ時に、テオフィルスの元にマシーナが急ぎ駆け付け問い掛ける。

 

[若君、ルギーを知りませんか? 何処を探してもいないんです]

[知らん……。おい、タイミングが合いすぎないか?]

 

 僕達は緊張しながら、顔を見合わせた。

 国王軍から一人また一人と人がいなくなっている事に、僕達はようやく気が付いたのだ。


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