王子な姫君の国王救出物語【水晶戦記】    作:本丸 ゆう

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第九話 姫君の眼差し 

 緊張感を出さないように平静を装いながら、僕はひたすらセルジン王の横顔を見つめた。

 周りの騎士達も同様に、テオフィルスを見ないふりをしながら警戒を強める。

 王が少し不機嫌な様子で、彼の質問に高圧的に答えた。

 

「竜の反応など、我等には知らぬ事。ここにいるのは、私の婚約者のエアリス姫だ、亡くなった姫君と同一視されては困る。エアリス、顔を見せてあげなさい」

「はい、セルジン」

 

 この時だけは王を名前で呼ぶよう言われていて、緊張しながらも、嬉しさに自然と微笑みが湧き起こる。

 付き添っていたミアに手を取られ、立ち上がる。

 少し高めの靴底で実際より長身で年上に見せ、顔の輪郭を柔らかい濃い栗色の髪が覆い、同じ色合いに睫毛と眉も染めた。

 「母のオアイーヴにそっくりだ」と王に言われた、凄く嬉しくなる変装だ。

 ミアがヴェールを持ち上げた。

 視界が鮮明になり、アルマレーク人が食い入るように見つめてくるのが分かる。

 テオフィルスの冷静な青い瞳が、問いかけるように直視している。

 微笑んで、彼に貴婦人の礼を取った。

 

「エアリス・ユーリア・ブライデインと申します」

 

 彼は優しく微笑み、胸に手を当て挨拶を返す。

 

「麗しい姫君、あなたに良く似た少年と、レント領で会いました。ご親族の方でしょうか?」

「…………どなたですか?」

 

 僕は一瞬、言葉に詰まった。

 彼の鋭さに、顔が強張る。

 さり気なく王が立ち上がり寄り添い、頬にくちづけをするふりをして耳元で囁く。

 

「落ち着け、オーリンとは似ていない。鎌掛けだ、気にするな」

 

 王にそのまま抱きしめられた。

 

「それは未来の私の妃が、少年に見えるという事かな?」

「いいえ。私はこの国でアルマレーク人に会ったのです。姫君の印象的な灰色の眼差しと、とても良く似ていたのでお聞きしました」

 

 いくら変装しても、瞳の色や眼差しまでは変えられない。

 彼は鋭い観察眼を持つ、怖い存在だ。

 

「領主家の養子の事か。確かにアルマレーク人の体型だが、彼はエステラーン人だ。《王族》の落胤(らくいん)であるが、母親にアルマレーク人の血が混じっていたようだな」

 

 王はあえてオーリンの名前を出さず、養子としての表向きの出自を教えた。

 オーリンへ意識を向けさせるのを避けるためだ。

 

「その母親に、お会いできますか? 確認したい事があります」

「無理だな。《王族狩り》で、やはり殺されている」

「では、彼をアルマレーク人として、もらい受ける事は可能でしょうか? 良い竜騎士になると思います」

 

 テオフィルスの考えに、僕は驚きを覚えた。

 王に願い出るという事は、よほど真剣なのだ。

 

 そんなに僕を、竜騎士にしたいのか、どうして?

 それとも、やはり僕が、オリアンナだと気付いているのか?

 

 馬に乗るのも下手なのに、竜に乗れるとは思えず、理解に苦しむ。

 王が即座に否定した。

 

「残念だが、それは不可能だ。《王族》の血を引く者は、国外に出る事は許されない」

「それは、なぜでしょうか?」

「当然、国を守るためだ。《王族》はそのために存在している。貴殿の国でも、領主家の血統は大切なのではないか?」

「確かに、その通りですが……」

 

 彼は考え込むように、王を見ていた。

 アルマレークの領主家は、竜騎士の血統だ。

 国外に出るのは当然の環境で育つが、血統が絶えた事は一度もない。

 絶えそうになった時は、事前に〈七竜の王〉が生まれ危機は回避される。

 

「もしオリアンナ姫がご存命であった場合、やはり出国は叶わないでしょうか?」

「当然、無理だな。母親は我が妹、つまり《王族》では無理に決まっている」

 

 テオフィルスは王を睨みつけた、まるで諸悪の根源でも見るように。

 王の意図が理解出来たのだ、「《王族》に近付くな!」という意図が。

 やんわりと微笑みながら、王が釘を刺す。

 

「貴殿の国と我が国の常識は違う、まして我が国は戦時下にある。不用意な行動は、命に係わるという事を心得よ」

「解りました。では、エドウィン様の住居に、立ち入る許可を頂きたい。何か手がかりが残されているかもしれません」

 

 王の腕の中で、僕の身体が強張った。

 父の館は今も、第一城壁内のレント城から少し離れた場所に存在している。

 惨劇の後、セルジン王の命令により立ち入りが禁止され、誰も近付く事が出来なくなった。

 今では幽霊屋敷のように誰もが避けて通る場所、そこにテオフィルスが立ち入ろうとしている。

 僕は姫君の表情が保てず、身体が小刻みに震え始める。

 

 あの館に人が入る!

 彼なら忍び込める。

 

 八年前の惨劇が心の中で甦り、息が苦しくなった。

 王は異変に気付き、秘かに抱きしめる力を強める。

 テオフィルスに気付かれれば、オリアンナ姫と知られてしまう。

 解ってはいても、恐怖を心から追い出す事が出来ない。

 

「残念だが館はもう何年も前から、別の人間の住居だ。エドウィン殿の持ち物は存在しない」

 

 王は嘘を吐いた。

 それを彼が信じたかは解らない。

 

「そうですか。レント領主様は、何か預かってはいませんか?」

 

 王の横に参列しているレント領主ハルビィンは、首を横に振りながら否定する。

 

「お預かりしたのは、陛下の妹君と姫君だけです。他にはございません。……お二人を、私は守る事が出来ませんでした。今でもその悔しさに、悪夢にうなされます」

 

 恐怖に震える僕は、王の抱きしめる温もりに、徐々に冷静さを取り戻し、領主の言葉が心に届いた。

 僕を必要以上に過保護にしたのは、その悔しさが原因なのだ。

 義父上(ちちうえ)も《王族狩り》で、心に傷を受けた一人だ。

 僕だけじゃない、きっと他にも大勢いる。

 そう思うと、身体の震えが止まった。

 王はそれを感じ取り、抱きしめる力を緩めた。

 

「気に病むな、ハルビィン、悔いても二人は戻らぬ。それより今以上に警備を強化せよ。侵入者は容赦なく殺して構わぬ」

「承知しました」

 

 王の言葉は、城へ安易に入り込んだテオフィルスに対しての警告でもある。

 

「エドウィン殿はアルマレークとの関わりを断った。レント領には何も残してはいない」

「……そうですか。では我等を、国王軍に参戦させていただけないでしょうか? アルマレーク共和国には、エステラーン王国へ協力する用意がございます」

 

 テオフィルスの真剣な申し入れに、王は声を上げて笑った。

 

「ハハハ、屍食鬼に覆われた王国の戦いに、どうやって参戦する? 竜の炎で空一面を焼き尽くしても、魔界域から次々湧いて出て(きり)がないぞ」

「承知しております。ただ、空を飛べるのは我等の強み、戦い以外でもお役に立てる事がきっとあると思います」       

 

 彼の後ろで控えていたアルマレーク人二人が、真剣な眼差しで王に頷く。

 アルマレーク共和国は、本気で魔王と戦うつもりなのだ。

 それは、テオフィルスの意志なのだろう、初めて会った時もそれを口にしていた事だ。

 

 《俺はあの屍食鬼の群を、打ち破る!》

 

 竜が協力してくれれば、王国の各地との連絡が容易になり、国王軍には有利に働くはずだが、僕という存在がアルマレークの協力を阻んでいる。

 どう持ちかけても、二国は協力し合えない。

 僕がいる限り。

 王は暗い表情で、首を横に振った。

 

「参戦は断る! アルマレーク人とは百年前に戦った経緯がある。昔の遺恨は、軍の規律を乱す」

「規律は乱しません。必ずお役に立ちます!」

「肝心な事を忘れているな。エドウィン殿が我が国に留まっていると思うか? こんな危険な地に、十一年も? 他国を捜索した方が、可能性があるのではないか?」

「…………」

 

 王は笑って扉を指し、接見の終了を促す。

 出入り口の兵士達が、終了の合図と見なし外への扉を開く。

 少し暖かい春の風が、騎士の大広間に流れた。

 

「国外の事態を知らせてくれた事には感謝するが、貴殿達の要請には答えられぬ。新たな血筋を見つけ出し領主に据えればいい、テオフィルス殿」

 

 二人のアルマレーク人が王の前で再び跪くが、テオフィルスは反抗するようにその場に立ち動こうとしない。

 青い瞳に厳しさが表れる。

 

「新たな血統等、ありえません!」

「なに?」

「竜の指輪は領主となるフィンゼル家の人間を引き寄せる。私が欠けた指輪に引き寄せられ、エステラーン王国まで来たように!」

 

 それは王国に父がいる事を確信している物言いで、彼は王ではなく僕をじっと見つめていた。

 僕は連れ去られるかもしれない恐怖に、王にしがみ付く。

 

「領主家の直系はいずれ七竜レクーマの声を聞き、指輪をはめる。その時に私が必要となるのです」

 

 僕がオリアンナ姫だと、確信しているように。

 

「貴殿の思い込みに、私の(・・)エアリス姫が怯えている。もう少し表情を和らげてもらえぬか? 使者として相応しくなかろう?」

 

 王の言葉にテオフィルスは、僕から視線を逸らした。

 彼の苛立ちが、手に取るように解る。

 エアリス姫を自分の婚約者(オリアンナ)だと確かめたいから、父の指輪の話をしているのだ。

 

 七竜レクーマの声?

 そんなの僕には聞こえないよ。

 

 王の影に隠れ、彼を見ない事にした、怖い存在から身を隠すように。

 

「何度も言うが、オリアンナ姫は亡くなっている。貴殿の言う欠けた竜の指輪が、王国のどこかに在るとしても、私は参戦を許可しない」

「なぜですか?」

「貴殿の思い込みは、周りの者達を危険に晒すと判断したからだ。国に帰り別の方法を考えられよ、その方が賢明だ」

「……」

 

 立ち尽くす彼の後ろで、(ひざまず)く随行者が注意を促す。

 

「若君、ご挨拶を……」

 

 敗北感を(にじ)ませながらテオフィルスは跪き、肩を落として礼を取った。

 

「陛下に拝謁(はいえつ)(たまわ)り、感謝致します。別の方法を考えたいと思います」

「貴国にこれ以上迷惑が掛らぬように、こちらもアドランの動きを今以上に阻む努力をしよう。それだけは約束する」

「ありがとうございます」

 

 そう言って顔を上げた彼は、今まで以上に無表情だ。

 三人のアルマレーク人は一礼した後、踵を返して騎士の大広間を出て行った。


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