「この鎧がなきゃぁ、死んじまうところだったな」
ガガーランがそう言いながら自らの鎧をバシバシと叩く。
《魔眼殺し/ゲイズ・ベイン》の名を持つ、超一級品の鎧だ。
その圧倒的な防御力だけでなく、様々な状態異常を防ぐ効果も持っており、冒険者からすれば、どれだけの大金を積んでも惜しくない垂涎の鎧である。
「NINJAじゃ無ければ死んでいた」
ティアは両手の指を合わせ、変な形に印を結んでいる。
恐らく、特に意味はないであろう。
ガガーランとティアが歩いているのはエ・ランテルの街である。
目指す目標は、バレアレ薬品店。
多くの職人が鎬を削る、王都の店にも負けないポーションがあると評判だ。
普段は遠くて来る機会がなかったのだが、今回の任務で近くまで来たのでこれ幸いと品定めするつもりらしい。
「あの蹴りは効いたわなぁ。この体が片足で浮き上がる日が来るなんざ、夢にも思わなかったぜ。ドライブっつーか、空中で軌道が変わって錐揉みしながら林に突っ込んでったしな」
「愛の鞭。愛はドライブ」
愛の鞭どころか、そのせいで二人は手持ちのポーションを使い切ったのだが、何処か楽しげである。むしろ頬を紅潮させて興奮している素振りさえ見せた。
やはりアダマンタイト級ともなれば、その性的嗜好もアダマンタイト級なのだろう。
「一物からも星が出んのか?」とか「きっと七色に光る」など、交わす言葉もアダマンタイト級に相応しい野太いものであった。
「ここが噂の店か。工房と一体化してるたぁ……随分と本格的じゃねぇか」
「ポーションは青色。私の友達」
「言われてみりゃぁ、同じイメージカラーだわな」
「ズッ友」
ティアとティナは双子であり、その容貌も声も、体格も何もかもが一緒である。
故に区別しやすいようにティアは青を基調にした扇情的な忍者コスチュームを着ており、ティナは逆に赤を基調にした装備をしているのだ。
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ガガーランが「邪魔すんぜ」と勢いよく店の扉を開け、のっしのっしと店内に入る。
傍から見れば凶悪な強盗が入ってきたとしか思えなかった為、この店で働くンフィーレア少年は悲鳴を上げそうになった。
ぐっ、と声を堪えたのは一流のポーション職人としての意地であろう。
その体格と重厚な鎧で圧迫感を振りまくガガーランであったが、店内をぐるりと見回すと、意外と静かに一つ一つの品を手に取り、丁寧に品定めをはじめた。
―――――ガガーランは“超”が付く程の優秀な戦士である。
戦闘時の攻防だけでなく、咄嗟の状況把握にも優れているし、相手を見て上手く戦い方も変える器用さも持っている。また、弱者を踏みにじる強者に対しても、恐れずに立ち向かう勇気がある。
味方として、これ程に頼もしい存在は居ないであろう。
その豪快とも言える外見とは裏腹に、多くの冒険者がその面倒さを嫌って適当に処理しがちな装備品の手入れも彼女は欠かさない。
当然、いざと言う時に使うポーションや各種の薬草にも一切の妥協はない。
彼女が一つも文句を言わずに見ているという事は、置いてある品を気に入ったからだろう。
彼女を知る者からすれば、これは大変珍しい光景であった。
王都では客となる冒険者が多い分、ふざけたまがい物や、表面だけ取り繕った物、
品質の悪い物を高値で売るような店が後を絶たない。
当然、そんな物を売りつけてくる店主は彼女に半殺しにされてしまう訳だが。
ガガーランは周囲の騒音を意識的に遮断し、真剣な目で品定めを開始した。
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一方、ティアは空いた扉の前でじっと突っ立っていた。
彼女はその職業上、嗅覚に優れている。
そんな彼女にとって、雑多な薬品や薬草を使うこの店の刺激臭はちょっと耐え難い。
大人しく、ガガーランが出てくるのを待っていた。
―――――ティアは黙っていれば“超”が付くほどの美少女である。
何処か物憂げな横顔、純度の高い氷のような青色の瞳。扇情的なコスチューム。
道行く誰もが彼女の美貌に足を止め、盗み見するように店先を歩いていく。
放っておけば、黒山の人だかりになりかねない。
そんな姿を見て、ンフィーレア少年が勇気を振り絞って声をかけようか、かけまいかと必死に頭を回転させていた。
彼は思春期真っ最中であり、女性との接触や会話が苦手だ。
しかし、苦手といっても仕事なのだからそんな事を言ってられないのも事実。
少年はありったけの勇気を振り絞り、遂に声をかけた。
「よ、良かったら……な、中に入って見て下さい」
「臭そう」
「う゛ぅ……た、確かに匂いはキツイかも知れませんが、その分、効能は……」
「臭そう」
「し、新鮮で質の良い物を使っているので、薬効のある汁や樹液が新しくてですね……」
「臭い(確信)」
「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!何なんですか貴方はぁぁぁぁぁ!」
遂にンフィーレア少年が泣きながらカウンターに突っ伏す。
その体は生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。
せっかく勇気を振り絞ったのにこの結末である。少年の心はズタボロだ。
しかも、100人いたら100人が振り返るような、とんでもない美少女が真顔で言うのである。
少年は泣いていい。
「何だなんだぁ?こんな童貞坊主を泣かせてどうすんだっつーの」
「ガラスの十代」
「まぁーた訳のわかんねぇ事を。それより坊主、今度慰めてやっから先に会計を済ませてくれや」
「えっ、は、はい………ポーションが6本で、金貨が……」
「細けぇ計算はいいからよ。こんだけありゃ足りんだろ」
そう言って投げ出された金貨は20枚以上あった。明らかに貰いすぎだ。
これだけで一般庶民ならどれだけの生活が出来る事か。
「ま、初見だしな。挨拶代わりみてぇなもんだ。坊主、この店は王都に配達も頼めんのか?」
「は、はい……定期馬車に頼めば運ぶ事も出来ます。ですが、結構な輸送料がかかってしまうので正直、余りお勧めは………」
「構わねぇよ。良いポーションはいざって時の命綱だしな」
「ガガーランが気に入った。なら、私も買う」
そう言って投げ出された革袋にも金貨が20枚以上入っていた。
少年は仕事上、これまで色んな冒険者を見てきたが、ここまで羽振りのいい冒険者を見たのは初めてである。
二人は王都での宿泊場所を告げると、風のように去って行った。
(オリハルコン級……いや、まさかと思うけどアダマンタイト級とか………?)
カウンターの上に投げ出された小山のような金貨を見て、少年は唖然とするのであった。
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「んじゃ、そろそろ王都に戻るとすっか。他の連中も戻ってる頃だろうしな」
「私は少し、仕事が残ってる」
「ん、何か依頼でも受けてたのかよ?」
「忍者は執拗」
二人が小声で何かを話し、お互いが納得したのか頷き合った。
「そりゃあ良い。やって来たところを落とし穴……って寸法か」
「忍者の十八番」
「しかし、穴か……王子にも穴はあんだよな」
腕を組み、ガガーランが野獣のように目を光らせる。
それが何を意味しているのか、余りにも恐ろしくて考えたくない光景だ。
「穴と穴。ガガーラン、哲学的」
「だろ?こう見えて学があるって言われんだよ」
「奇遇。私も」
ドッ、と二人が笑い声をあげる。
傍から見れば果てしなく頭の悪い会話であったが、二人とも学があるらしい。
アダマンタイト級冒険者に突っ込める者など居る筈もなく、二人は何処までもゴーイング・マイウェイだ。
「んじゃま、王都で朗報を待ってっからよ」
「任務を遂行する」
こうしてガガーランは王都へと帰還し、ティアはこの街で暗躍を始めた。
前話は沢山の応援、本当にありがとうございました!
私は最新刊が出るまでの間、オーバーロードに飢え過ぎて、
先月から二次小説を読むようになったタイプでして。
色んな素晴らしい作品のお陰で、オバロ充電(?)する事が出来て本当に救われてきました。
お馬鹿な作品ではありますが、少しでも楽しんでくれる人がいれば嬉しいです。
尚、この作品をはじめてから集中する為に一切、ネット小説を読まなくなったので、
読んでいた色んな作品がどうなっているのか非常に気になってます。
私、気になります!!