OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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二章 銀河
ニヤニヤ


「本当に助かりましたよ。ニニャさんは命の恩人です」

 

「もうっ、大袈裟ですよ。モモンガさんって面白い人なんですね」

 

 

そう言って()がクスクスと笑う。

モモンガは今、ニニャと言う男の子と木陰に座り、平穏な時間を過ごしていた。

本来はそれなりに人見知りするモモンガではあったが、異世界で会った初めての同性という事で、今ではリラックスして話している。

さっきの二人が酷すぎた所為か、ことさら同性には安心感があったのだ。

 

少しばかり時を遡ろう―――――

 

 

 

 

 

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「何処に街があるんだ………」

 

 

街を探そうと思い立ったものの、地図もなければ、土地鑑もない。

折角の自然に溢れた世界なんだから、とピクニック気分で歩いて行こうと思ったのが運のツキだった。あの時の自分はどうかしていたのだろう。

共に歩んできた仮面から突き放されたのがショックだったんだろうか?

 

何とか顔を隠そうと魔法で戦士化し、全身鎧を創造したりもしてみたのだが、

何故か頭部だけが生成されず、顔が剥き出しになってしまうのだ。

そのクールな外見と相俟って、漆黒の鎧は実に似合っていた。

似合いすぎていて、穴でも掘って隠れたくなるほどの恥ずかしさである。

 

 

(俺じゃない……あんなのは俺じゃない……)

 

 

必死でそう思い込みながら結局は何の効果もない茶色いローブを纏い、

深々とフードを被って誤魔化している。

顔を隠せないなら、魔法で全身鎧を纏っても30lv程度の強さにダダ下がりするし、

おまけに魔法も5つしか使えないようになるので、デメリットしかない……。

 

指輪も目立ちすぎるので、必要なもの以外は外した状態だ。

杖も腰に挟めるようなコンパクトな物にしている。

これ以上、悪目立ちしたくない……少しばかり人間らしい生活が出来るなら十分なんです………。

 

醒めない悪夢に苛まれるアンデッドのようにフラフラと歩き続け、

遂に空腹と喉の渇きに耐え切れず、木陰に座り込んでいたところに彼から声を掛けられたのだ。

 

 

 

 

 

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「あの、だ、大丈夫ですか……モンスターにでも襲われたのですか?」

 

「い、いえ……ちょっと空腹で……」

 

 

と答えながら、モンスターが居るのかと驚く。

そりゃ、魔法が使える世界だもんな……居てもおかしくない。

色んな事がありすぎて、いきなり襲われて、星が降り注ぐわで、本来なら最初に考えてもおかしくないモンスターの存在なんて欠片も浮かばなかったよ……。

 

 

むしろ、人間に襲われたじゃないか!しかも性的な意味で!

 

 

一般人である自分の処理能力を遥かに超える事態が、余りにも多すぎる……。

それにしても、この人……随分と中性的な顔をしてるけど、どっちだ??

髪こそ短くて男っぽいけど、顔が整いすぎてる気がする。

かと言って、いきなり性別を聞く訳にもいかないし……。

 

 

 

「く、空腹ですか………えと、干し肉ぐらいしかありませんけど、良ければ」

 

「肉ですか?!」

 

「えっ……!あ、はい。すいません、保存食ぐらいしか今は……」

 

 

いかん、肉と聞いてつい興奮してしまった。肉なんて最後に食べたのはいつだろうか。

ゴムのような食感しかない合成肉だったけれど、リアルじゃあれも贅沢な類だったしな……。

靴底を食ってるようなもんだ、と会社の先輩が愚痴ってたっけ。

 

 

「少し塩っ辛いですけど、どうぞ」

 

「あ、その、今は持ち合わせが………」

 

「気にしないで良いですよ。旅の道中は助け合いが基本ですし」

 

「あり………がとう……ございます」

 

 

凄く親切な人だな……警戒していた事に罪悪感が湧いてくる。

やっぱり、あの二人が異常だっただけで、この世界の人は普通なんだよな?

差し出された干し肉を受け取ると、濃厚な肉の香りがした。

 

 

(天然モノの、肉だ………)

 

 

思わずゴクリ、と喉が鳴る。

思い切って噛り付くと、口の中にこれまで経験した事もない芳醇な肉の味が広がった。

余りの美味さに目を見開く。天然の肉とは、これほど野性味溢れる味だったのか。

贅沢に使われている塩が、疲れ切った体に染み込んでいくようだ。

夢中で噛り付いていると、水の入ったコップを差し出されていた。

 

 

「堅いし、喉が渇くと思って」

 

「す、すいません……何から何まで……」

 

 

こんな年下の子に気を使われるなんて、ダメな大人だなぁ……俺は。

大体、水なら《無限の水差し》を持っていたじゃないか。

考える事が多すぎて、自分の足元すらちゃんと見れてない。しっかり、しなきゃな……。

色々とこの世界について聞いてみたいけど……その前に一つだけ確認させて貰おう。

 

今こそ、営業職で培ったスキルで……。

さり気ない会話の中で、相手の性別を探るのだ!

 

 

「本当に助かりました。えと、私はモモンガと言います」

 

「僕はニニャと言います。モモンガさんは……その、お一人で旅をしているのですか?」

 

 

よし、まずは僕という一人称を聞き出せたぞ。高確率で男だろう。

だが、世の中には僕っ娘という存在も居るからな………

まだ油断は出来ないか。

 

 

「えぇまぁ、男の気楽な一人旅ですよ……ははっ。ニニャさんも、そうなのですか?」

どうだ?さりげない会話の中で聞いてみたつもりだが。

 

「今日は所用で一人ですが、普段は男だけのチームで冒険者をしていますよ」

よし!男だけ発言頂きました!

 

 

ふぅ……これでやっと本題に入れるぞ。

と言うか、やっぱり異世界では冒険者という職業があるんだな……。

そりゃありますよね、と思ってしまったのはラノベの読みすぎだろうか?

 

 

 

 

 

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「実は遠くから旅をしてきまして……良ければ、この辺りの事を聞かせて貰えませんか?」

 

「えぇ、良いですよ。と言っても、僕の知っている事なんてたかが知れていますけどね」

 

 

こうして、さりげない会話の中でこの世界の様々な事を聞いていく。

モンスターの事、冒険者の事、近くの街や周辺の国の事。

ユグドラシルに非常に似ている部分もあるが、まるで違う部分も多い。

 

 

(魔法は第三位階を使えれば一流、か……)

 

 

第二位階を使えれば十分に一人前であり、

第三位階ともなれば魔法詠唱者として大輪の華を咲かせ、大成した者として扱われるようだ。

 

第三位階の魔法って、プレイを始めた頃に使ってた魔法だったっけ……?

12年もやってる廃人プレイヤーだったので、使わなくなって久しい魔法だ。

なら、第十位階や超位魔法まで使える自分は、この世界ではどうなるんだろう……化け物のような存在だと言う事だろうか?

 

ロール重視で死霊系に特化した身ではあるが、通常の100lvプレイヤーが会得する魔法が300付近である所を、自分は700近くを会得してたりする。

下手をしたら国から化け物認定されて、討伐とかされかねない気がしてきた……。

やはり、目立つのは良くない。絶対に良くない。

 

 

(それに、《武技》とか《タレント》とか……ユグドラシルにない力も怖いな)

 

 

未知の相手と戦う事は、どちらかと言うと得意ではある。

PVPでも相手の力を探り、能力を見極め、弱いと見せかけて調子に乗ってきたところを、最後には魔王として叩き潰す、というプレイを何年もしてきたのだから。

むしろ日課であった、と言っても良い。

 

だが、相手の力を探る前に一撃で意識を奪われたり、

魔法を使えなくされたりしたら、流石にどうしようもない。

出来る限り、戦闘自体を避けるべきだろう。

何が悲しくて異世界に来てまで殺し合いをしなきゃならないのか。

 

 

 

 

 

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「本当に助かりましたよ。ニニャさんは命の恩人です」

 

「もうっ、大袈裟ですよ。モモンガさんって面白い人なんですね」

 

 

いや、本当に恩人なんですけどね。

右も左も分からないまま放浪する訳にもいかなかったし。

自分はこう見えても受けた恩は忘れないタイプだ。必ず恩返しをしよう……。

仕事を見つけて、給料でも貰ったらご飯でも奢らせて貰おうかな。うん、この世界での最初の目標としては実に良いんじゃないだろうか。

男同士、のんびりお酒を飲むってのも良いかも知れない。

 

 

(実際、後輩に慕われる先輩とかって憧れてたんだよなぁ……)

 

 

そんな風に考えていると、木々の奥から何かの気配を感じた。

(まさか、あの二人じゃないだろうな………!)

思わず身構える。

 

 

 

「モモンガさんっ、オーガのようです……!すいません、油断して《警報/アラーム》を唱えておくのを失念してました……!」

 

「あぁ、何だ……オーガですか。つい、あの二人かと思いましたよ」

 

「二人??」

 

 

 

ゴブリンと並ぶ、初心者エリアでよく見かけるモンスターだ。

プレイを始めた頃に草原や森林エリアでよく狩ってたっけ。

 

 

(しかし、警報って何だ……この世界の特有の魔法かな?)

 

 

オーガなどより、そっちの方が余程気になる。自分も新しく会得出来たりするんだろうか。

《武技》などは魔法詠唱者である自分には難しいだろうけど、魔法ならワンチャンあるか?

何にしても、少しでも恩を返すのに良い機会だ。サクっと退治してしまうか。

 

奥から出てきたオーガをまじまじと見る。

緑色をした大きな胴体、丸太のような太い腕。

その両手には何も持ってはいないが、その腕力そのものが武器なのだろう。

リアルでこんなのを見たら、小便を洩らしてもおかしくないような存在なんだろうけど……。

何故だろうか……全く負ける気がしない。

 

 

 

―――――いや……相手の攻撃など、自分には1ダメージも通らない。

 

 

 

強く、そう確信する事が出来た。

胸に手を当て、その圧倒的な防御力を確認する。

 

 

《刺突武器耐性Ⅴ》

《斬系武器耐性Ⅴ》

《上位物理無効化Ⅲ》

《上位魔法無効化Ⅲ》

《冷気・酸・電気属性攻撃無効化》

 

 

 

長い戦いの果てに《死の支配者》を極め、

会得してきた数々のスキルが今も自らの中でありありと息づいているのを感じる。

この体は、自分の歴史だ。

 

12年にも渡り、数々の魔法を会得し、自らを磨いてきた。

最後には一人になっても、ギルドの名を背負い、戦い続けてきたのだ。

そんな自分が、こんな雑魚モンスターに負けるだろうか?

 

 

 

 

 

否。

答えは断じて―――――否、である。

 

 

 

 




と言う事で、モンスターとの初遭遇です。
でも、本当のモンスターになるのは隣に居る子かも知れないよ!



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