OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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いつかは星に願いを込めて

―――エ・ランテル 冒険者組合

 

 

ただ一枚の絵を見る為だけに、黒山の人だかりが出来ていた。

高まる評判と突き上げに耐え切れなくなったのか、組合が遂に大英雄の肖像画を一般公開したのだ。朝から人が途切れる事なく訪れ、その場で売買の交渉を始める者も多い。

白金貨100枚という浮世離れした価格であったが、多くの人の目に触れた事もあり、既にとある商会からは倍の値を提示されている。この調子でいけば三倍、四倍、となるのも時間の問題であろう。

 

多くの者が肖像画の神がかった出来栄えに感嘆の声をあげていたが、その中に一人の老婆が居た。

老婆は肖像画に手を合わせ、遂にはさめざめと泣き始めたのだ。周囲の者は大英雄に命を救われたのだろうと、特別奇異なものであるとは思わず、訳知り顔で頷く者すら居た。

 

老婆の正体はスレイン法国のカイレである。

エ・ランテルの接収部隊の一人であり、大英雄の肖像画を“見世物”にしているとの不遜すぎる噂を聞き、“肖像画の救出”のついでにアインザックを八つ裂きにする為に訪れたのだ。

勿論―――本気で殺すつもりである。

 

だが、肖像画の余りの神々しさに遂には涙が溢れ、気持ちが揺らいでしまったのだ。

この絵を血で汚す事は、神への侮辱になるであろう。

カイレは深々と肖像画に頭を下げ、組合を後にした。

 

 

 

―――翌日

 

 

 

冒険者組合に、一人の長髪の男性が現れた。

非常に整った容貌をしていたが、その眼は常人とは思えぬ光を湛えており、美貌と言うよりも、一種の近寄り難い雰囲気を放っている。男が軽く手を振ると、大きな木箱を持った男達が現れ、それらを次々に床へと下ろしていく。

 

時ならぬ騒ぎにアインザックが慌てて飛び出してきたが、男の姿を見て顔面が蒼白となった。

纏っている空気が違う、自分とは、自分達とは、異なる存在。

多くの修羅場を潜り、数え切れない程の冒険者を見てきたアインザックだからこそ、この男がいかに危険であるかを察してしまい、密かに体を震わせた。

 

 

「白金貨1000枚を用意しました。神の絵を頂きたい」

 

 

何かパンでも貰っていくような雰囲気であり、その言葉に険はなかった。

だが、その言葉を聞いたアインザックは体の震えなど消し飛ばし、臓腑の奥底から怒号をあげた。

 

 

「ふざけるなッ!その絵は私の……いや、組合のものだ!」

 

「では、幾らなら納得して頂けるので?」

 

「金など要らん!帰れッ!」

 

 

アインザックからすれば、絵を見たいと言う街の人間の声に渋々ながら応えたものであり、よもやこの絵を誰かに売ろうなどと考えた事もない。

金でどうこう出来るような品ではないのだ、と彼の魂が叫んでいる。

 

アインザックは引退したとはいえ、冒険者であった。

そして、冒険者という職業の者はレアな品には目がない。アインザックからすれば、間違いなく世界に一つであろう稀代の名画であり、例え国王から命令されても譲る気は欠片もなかった。

 

 

「白状しますと、私としては一枚の絵に何を大袈裟な、と思っていた面もあるのです。このような事を言いますと、カイレ殿から大変なお叱りを受けてしまうでしょうが」

 

男の口調は何処までも淡々としており、まるで明日の天気でも語っているようでもある。

だが、その目の鋭さは増していくばかりであった。

 

 

 

ですが、この絵を見て気が変わりました―――――

 

 

「ここに居る全員を殺してでも、奪い取らせて頂きます」

 

 

 

無造作に男が槍を構えた瞬間、アインザックの全身から汗が吹き荒れた。

男の姿は本気としか思えない。

この男がその気になれば、アインザックどころか、建物内の全員が瞬時に殺されそうであった。

 

余りと言えば、余りの態度に、アインザックの心が遂に折れる。普通に考えれば、先日買った絵が10倍の値段で売れるという幸運極まりない話であるが、アインザックは自分以外の組合員の命を守る為に、苦渋の決断を下す。

 

 

 

そこまで言うならば、譲ろう―――――

 

 

「だが、そんな値ではまるで足りんッ!その倍を持ってこい!この大馬鹿野郎ッッ!」

 

 

 

アインザックの堂々たる啖呵―――いや、絶叫であった。

それを聞いた男も見事なもので、ありえない値段を聞かされたにも拘らず、軽く頷く。

 

 

 

「本国に連絡し、すぐさま持ってこさせましょう」

 

 

 

男が涼しげな顔で、何事も無かったように組合を出ていく。

その背中を見送ったアインザックは、その姿が扉の向こうに消えた時、膝から崩れ落ちた。

無理もない。彼が前にしていたのは“神人”と呼ばれる一種の怪物。それを知る由もないとはいえ、本能が叫ぶ恐怖を必死で堪えていたのだ。

 

 

僅かな時間で、白金貨2000枚という馬鹿げた絵が出来上がった。

しかし、この絵が法国に齎したものは大きい。

 

 

後日、法国の接収部隊は先頭に“肖像画”を美々しく掲げながら入城したのだ。

その為、予想されていた混乱も殆ど起こらず、エ・ランテルは共同統治という名の下、実質的にはスレイン法国が統治していく事となっていく。

 

 

この後、長い時間を掛けて王国と法国は一つの連合国となっていくが、験を担ぐ意味もあったのか、大きな合併が起こる入城の際には、肖像画を掲げて入城するのが習わしとなった。

この肖像画を巡る売買の話はあちこちから寄せられ、その値は天井知らずとなっていくが、法国がこの絵を手放すなど、天地が引っくり返ってもありえないであろう。

 

一枚の絵が、時に歴史的な役割を果たす事もある。

それを考えれば、白金貨2000枚という値は非常に安価と言えた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――トブの大森林

 

 

モモンガがこめかみに指をあて、様々な人物に伝言を飛ばしている。

こちらの言葉だけを届ける、一方的な伝言だ。もし、一人一人の返答を聞いていたら日が暮れても終わらないであろう。いや、一生終わらないかも知れない。

伝言の内容は至ってシンプルだ。

 

 

旅に出る事。

それほど待たせず、戻るという事。

-?-という事。

 

 

全ての伝言を終えたモモンガが一つ息を吐き、コテージへと歩みを進める。

目立たぬよう、王都の前でコテージへと転移させたハムスケもそこで待っているだろう。

 

 

 

 

 

「遅かったな、悟」

 

 

 

 

 

コテージの屋根には、そこに居る筈もない吸血姫が居た。

だが、モモンガの顔に驚きはない。

吸血姫―――イビルアイはその事に僅かな不満を覚えた。驚かそうとした相手が、しれっとした顔をしている事ほどつまらないものはないだろう。

彼女からすればもっと慌てふためき、狼狽する姿を見たかったのだ。

 

 

「探す手間が省けて助かりました」

 

「……探す?私をか」

 

 

その言葉に、イビルアイが目を細める。

今日は仮面はつけておらず、美しい金の髪が夜風に揺れていた。

言葉の真意を探らんと訝しげな表情をしていたが、すぐにモモンガが答えを出す。

 

 

「―――――旅に出ます」

 

 

イビルアイの目が大きく開き、動かない筈の心臓が締め付けられるような痛みをあげた。

彼女にとって別れとは日常であり、その多くが不幸な別れであった。彼女は人間ではなく、一般人から見れば人類の敵たる吸血種なのだ。

著名な種族であるからこそ、それに対する偏見と迫害と悪意は凄まじいものがあった。

 

 

 

「そ、そうか……お前も、ア、アダマンタイト級の冒険者だしな……」

 

 

「一緒に来てくれませんか」

 

 

 

間髪入れず、モモンガがはっきりと告げる。その言葉にイビルアイの体が揺れた。

その言葉が何度も再生され、頭の中で鐘が鳴っているような感覚に陥ったのだ。遂には揺れに耐えられなくなったのか、イビルアイの体が屋根から落ちる。

 

落下してきた小さな体をモモンガが優しく受け止めた。まるで、以前にも屋根から落ちた人を救った経験があるような、見事な落ち着きっぷりである。

 

 

「い、一緒に、とはどういう意味だ……だ、大体だな、お前は!」

 

 

イビルアイには言いたい事が一杯あった。

だが、いきなり無様にも屋根から転がり落ち、挙句にお姫様抱っこされている状況に顔が赤面してしまって、うまく言葉が出ない。

今では無意識の内にモモンガの首に抱き付き、体を密着させている始末だ。

本当に―――手に負えない二人である。

 

 

「詳しくは後で話します―――ハムスケ、デコスケ!」

 

 

主の呼びかけに、空気を読んでコテージ内で待機していた魔獣と死の騎士が出てくる。

イビルアイはそれらを見て、改めて思った。

―――こいつは何でもアリか!と。

イビルアイから見ても凶悪極まりない大魔獣に、伝説のアンデッドである。それらをまるで、犬猫のように可愛がって従えているのだから。

 

 

「殿が漢気を見せたでござるな!某は立派な主君をもって嬉しいでござるよ~」

 

「オォォォ!(意訳:このヴァンパイア強い!子作りはよ!)」

 

「お前らな……」

 

 

モモンガがイビルアイを地面に降ろし、頭痛を抑えるように額に手を当てたが、ようやく気を取り直したのか、次々と指示を下していく。

几帳面なモモンガらしく細かい指示であったが、要約すれば自分が戻るまでこの森を守護しろ、と言っているようである。

 

モモンガが外で戦っている間も、疲れ知らずのデコスケは精力的にパトロールを続け、今では森の全域をほぼ傘下に収めている。ゴブリン部族は言うまでも無いが、リザードマンの集落などデコスケの姿を見ただけで降伏し、愚かにも剣を向けてきたトードマンなど一刀の下に頭をカチ割られ、これまた降伏した。

 

 

―――入ってきた人間は殺さずに追い払え、モンスターを外に出すな、森の安寧を守れ。

 

 

モモンガが与えた指示は大雑把に言えばそんな感じであったが、デコスケが行く所、全ての異形種が降伏していくので、傍から見れば国獲りゲームのようになっていた感は否めない。

最早、死の騎士と言うよりは、人類未踏の地を支配する“地獄の王”であった。

 

 

「ここで待っていて貰えますか。因縁を終わらせてきます」

 

 

モモンガが振り返ってイビルアイに声をかけた時、森の一角から異様な気配が広がった。

それは―――単体で世界を滅ぼしうる破滅の目覚め。

“カタストロフ”の名を持つ、竜王の咆哮であった。恐怖を感じないデコスケは、敵意に満ちた目でそれを見つめ、ハムスケは相手の巨大さに毛を逆立たせていた。

 

 

「な、何だアレは!悟、お前……まさか、あんなものと戦おうとしてるのか!」

 

 

イビルアイは見た事もない化物に絶句した。

かつて大陸を焦土と化した魔神戦争であっても、あそこまでの化物は存在しなかったのだから。

正確に言えばかつて十三英雄と呼ばれた一部が、この破滅の一部とは戦ったが、六本の巨大な触手を含めた本体全てが目覚めたのは、空を切り裂いて現れた時以来、初めてである。

 

イビルアイはかつての魔神以上の存在に驚愕していたが、モモンガは無言で幾つもの魔法を唱え、相手の戦力を冷静に測っていた。

 

 

《生命の精髄/ライフ・エッセンス》―――測定不能

 

 

「面倒だな………レイドボスじゃあるまいし」

 

 

体力を測った時のみ、モモンガが小さく呟き、破滅を一瞥した。

足元の木を押し潰しながら、破滅がゆっくりと歩き出す。どうやら植物や動物を食べながら進んでいるらしく、破滅が通った後はまるで更地であった。

 

 

「悟、この場は一旦退こう……あれは普通じゃない!」

 

「心配要りませんよ。あんなガラクタは、一秒たりとも残しておきたくないので」

 

 

モモンガが今感じているのは怒り―――相手からすれば理不尽なまでの激情であった。

かつての仲間である、ウルベルトの代名詞とも言える“カタストロフ”を名乗りながら、あの有様は何であろうか?体力にのみ特化したトレント系の成れの果てに過ぎない。

以前に“空間斬”などと称し、つまらない手品を披露してきた男が居たが、これで二度目である。

 

 

(お前らは何度、俺の仲間を侮辱すれば気が済むんだ………)

 

 

モモンガは怒りを押さえ込むように、アイテムBOXの“それ”に触れた。

よもや彼女の前で、また激情に駆られるまま暴れるなど出来る筈もない。

あの娼館での出来事は結果的に二人を強く結び付けたが、モモンガからすれば二度と繰り返すまいと誓った出来事でもあった。

 

 

「旅立ちの門出だ。お前には―――“塵殺”をくれてやる」

 

 

そこから取り出されたのは、数多の宝玉と黄金に彩られた至高の宝杖。

世界一つに匹敵する、とまで称されるワールドアイテムに限りなく近い究極のギルド武器であり、手にした途端、モモンガの全ステータスが爆発的に上昇していく。

神器級の軍服によって高められたステータスに更に上乗せされ、そこに居るのはもはや、この世界における全知全能の神としか言い様のない存在であった。

 

 

「さ、悟……それは……」

 

 

禍々しくも神々しいほど美しい宝杖を前に、イビルアイは動くはずもない心臓が感動のあまり動いたかのような感覚にとらわれていた。

それを手にしたモモンガの姿を見ていると、どうしようもない程の安心感に包まれるのだ。先程まであの化物から感じていた威圧感すら、何処かに消えてしまったかのようである。

 

 

「見ていて下さい―――――貴女の目の前で、全ての決着をつける」

 

 

モモンガが優しく杖を握り、遠い日を思い出すように目を閉じた。

 

 

(皆さん―――――どうか俺に、一度だけ力を貸して下さい)

 

 

その想いに杖が応えたのか―――

極色の光が杖から放たれ、辺りを黄金の色で染め上げていく。

余りの眩さにイビルアイは思わず目を閉じたが、次に目を開けた瞬間、そこには驚愕の光景があった。

 

 

(あぁ……そうだったのか……)

 

 

イビルアイの目から、とうに枯れた筈の涙が零れた。

歪む視界の中、煌くような空間にモモンガが一人、立っている。

その周りに幾つもの光が集まり、複雑な姿形を取っていくのだ。光は様々な異形の姿となり、時には騎士や忍者となり、全員がモモンガを見守るようにして立っていた。

 

 

(これが、お前のかつての仲間だったのだな………!)

 

 

イビルアイの胸中に得体の知れない感情が込み上げ、もう涙が止まらなくなる。

そんな震える体をデコスケが優しく掴み、その体を肩へと乗せた。

泣いている姿を見て心配したのか、それとも、戦いから守ろうとしてくれているのか。

 

 

だが、そんな考えを―――全てを――吹き飛ばすような煌く詠唱がはじまる。

 

それはまさしく―――破滅を、破滅させる力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実(こたえ)は何処へ―――――《上位硬化/グレーターハードニング》」

 

「見えない心と―――――《天界の気/ヘブンリィ・オーラ》」

 

「確かに在る体―――――《竜の力/ドラゴニック・パワー》」

 

「信じたいものを己に誓え―――――《上位抵抗力強化/グレーター・レジスタンス》」

 

「無情を行け―――――《超常直感/パラノーマル・イントゥイション》」

 

「手に入れろ全てを―――――!《魔法詠唱者の祝福/ブレスオブマジックキャスター》」

 

「失くした物を取り戻せ―――――!《加速/ヘイスト》」

 

「何処まででも、この足が行く限り―――!《上位全能力強化/グレーターフルポテンシャル》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガの全身が幾つもの光に包まれ、その体が矢のような速さで破滅へと向かう。

そこで行われたのは―――――瞬きほどの攻防で地形が変わる、神話の戦い。

それも、一方的な戦いであった。

300Mにも達する六本の強力無比な触手も、種子のようなものを飛ばし、広範囲を爆発させる攻撃も。その全てがモモンガに一度も掠る事なく、僅かな時間で巨体が沈んだ。

 

 

《朱の新星/ヴァーミリオンノヴァ》

 

 

モモンガが指をパチリと鳴らし、破滅の残骸を地獄の業火で焼き尽くす。

文字通り、塵一つも残さない完勝であった。

 

遠くからこの戦いを見守っていたリザードマンやトードマンは神話の戦いに驚愕し、その戦いが終わるまでひたすら頭を垂れ、嵐が過ぎ去るのを待ち続けた。

後に彼らは不器用ながらも光の存在を称え、集落のあちこちに像を作って崇める事となったが、その事が後に彼らの身を守る事になるなど、その時は想像もしていなかったに違いない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

モモンガが振り返り、何事も無かったかのようにイビルアイの許へ足を進める。

それを見たデコスケは肩から少女を下ろし、ハムスケを連れてコテージの中へと戻った。

死の騎士とは思えない程に気が利いている。

 

 

「それで、先程の答えを聞きたいのですが」

 

「えっ……た、旅だったな。ど、どうしてもと言うのなら、考えんでもないが」

 

 

イビルアイはもう、自分が何を言っているのか分からないままに虚勢を張ったが、何かを伝えてくるようなモモンガの強い視線が、イビルアイの心を締め付けていく。

イビルアイは自分の目を、真正面からこれ程に強く見つめてくる存在に、涙が出そうになった。

この、人ではない証を、迫害と悪意しか齎さなかった瞳を。

 

 

―――――何故、それ程に愛しく見つめてくるのか。

 

 

「お、お前が何処まで行くつもりかは知らんが、どうせ永遠の時間があるんだ。付き合うさ」

 

 

彼女の時間は止まっている。今後も動き出す事はない。

だからこそ、全ての繋がりは―――やがて訪れる“別れ”と直結していた。

永遠に存在していられる人間など、この世には存在しないのだから。

 

 

「貴女は多くの別れを経験してきた、そう言ってましたよね」

 

「フン………そういう意味では、お前と私は似た者同士なのかも知れんな」

 

「いえ、似てなんていませんよ。貴女に一つ、言っていない事があったんです」

 

「……隠し事の多い奴め。この期に及んで何だと言うのだ」

 

 

 

 

 

―――――私はとても、“我儘”なんですよ。

 

 

 

 

 

「―――I WISH―――――我は願う」

 

 

モモンガが二度と使うまいと決めていた指輪を取り出し、装着した指を夜空へ掲げる。

瞬間、世界の理を捻じ曲げる―――超位魔法《星に願いを/ウィッシュ・アポン・ア・スター》が発動し、周囲に超魔力が吹き荒れた。その凄まじさに、イビルアイの頭が真っ白になる。

 

 

「星よ―――!どうか俺に、時を操る力を!」

 

 

その願いを聞き届けたかのように、周囲に吹き荒れた超魔力の全てがモモンガの体へと集まる。

イビルアイには、一体何が起きたのかは正確には分からない。

ただ、今の行為が自分の為に―――“世界の理”を捻じ曲げた事だけは分かった。

 

 

「悟、お前………」

 

「いつまで経っても子供でしょ?」

 

 

モモンガが自虐するように笑ったが、その目には強い意志が込められている。

今の行為も、奇跡を呼ぶ指輪を使った事も、まるで後悔していない姿だ。

 

 

「だから―――貴女との別れなんて認めない。()()()()()()()()

 

 

 

 

 

―――――鈴木悟は、キーノ・ファスリス・インベルンと、生涯共に居る事を誓います。

 

 

 

 

 

「キーノ―――――YESなら、この手を掴ん……って、うわぁぁぁ!」

 

 

モモンガ―――いや、悟の言葉が終わる前に、キーノがその胸に飛び込んだ。

飛び込んだと言うより、突撃した、と言う方が近かったかも知れない。現にその手には凄まじい力が込められており、もう二度と離すまいという、鋼の意思が込められていた。

だが、その顔は真っ赤であり、単に泣き顔を見られたくなかっただけなのかも知れない。

 

 

「お前は、今日だけで何度、私を泣かせる気だ……」

 

 

全くその通りである。

鈴木悟は女性に対し臆病であるし、それなりに警戒心も強く、非常に奥手であった。だが、開き直った時の彼はスキルなど足元にも及ばぬ、天性の女殺しであったであろう。

現に今も、“国堕とし”と呼ばれた存在を、ものの見事に堕としてしまっている。

 

 

「え、えっと……その、返事を聞かせて欲しいんですが」

 

「い、YES……YESに決まっているだろう!私も、ずっと―――悟と居たい」

 

 

抱き合った二つの影が少しずつ近付き、遂に重なる。

まるで夜空が二人を祝福しているかのように、目の覚めるような流星雨を降らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Wish Upon a Star―――――

モモンガのスキルに追加されました。

 

 

 

 

 

《運命の輪/Wheel of Fortune》

 

運命対自由意志―――あらゆる生命の時間を操るスキル。

自身を含め、対象となる生命を若返らせる事も、老いさせる事も自由自在となる。

使用回数は一日に四回まで。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

悟が伝言を一つ追加し、キーノを左手で抱え、右手にギルド武器を握り締めたまま飛行を唱えた。

二人の体が夜空へと舞い上がり、流星雨が降り注ぐ中を高速で駆けていく。ギルド武器を握ったモモンガのMP自動回復量は凄まじく、魔力切れなど気にせずにそのまま飛翔を続ける。

 

 

「……悟!これから何処へ行くんだ!」

 

「冒険者ですから―――世界の果てまでも!」

 

 

叩き付けるような風の中、その音に負けないような大声で二人が会話を交わす。

 

 

「それと、どうしてもやりたい事が一つだけあるんです!」

 

「やりたい事……?それは何だ!」

 

 

 

 

 

「もう一度、一から作るんですよ!ダンジョンを!家を!皆の居場所を!」

 

「―――ダンジョン!?」

 

 

 

 

 

二人の飛行は止まらない。朝焼けが大地を照らしても、大きな海を幾つ越えても。

巨大な森林を越え、朽ちた遺跡を越え、砂漠をも越えて。

自分達だけの、新天地へ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星に愛された王子は、やがて新しい大陸へと辿り着く。

 

そこは貴方だけの新天地だ。

 

広大な大陸の中、幾つもの大国が犇く大舞台。

 

大陸の中央には大きな戦跡が残されており、今にもアンデッドが大量発生しそうであった。

 

貴方は静かに笑い―――――愛しい少女へ“始まり”を告げるだろう。

 

 

 

 

 

PAGE70―――TRUE ENDへと進め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、完結です。
最終回では彼ら、彼女らのその後を覗いてみようではありませんか。
きっと、そこには相変わらず大騒ぎしている面々と、幾つものドラマがあるに違いありません。



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