OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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終わりの始まり

―――リ・エスティーゼ王国 王宮

 

 

六大貴族の一人、レエブン侯は執務室で頭を抱えていた。

いや、彼だけではない。六大貴族の誰もが苛立ち、周りの従者などへ八つ当たりを繰り返している者もいるようだ。―――返書が、少ない。少なすぎる。

彼らは自らの領地だけでなく、周辺の小さな領主達を傘下に収め、己の派閥ともいうべきものを作って影響力を保持してきたのだ。

 

王宮に詰めている間は、自分の派閥に所属する者らと書簡で様々なやり取りをしてきたが、返事が芳しくない。中には、返書すら返してこない者すら居る。

ありうる事ではない。

六大貴族の、それも筆頭と目されている自分へ返書すら返さないとは何事であろうか。

 

 

(あのパレードから、何もかもが変わってしまった……!あの女狐め!)

 

 

ラナー王女の救出、それに伴って行われた派手な戦勝パレード。

各地で爆発的な経済効果を生んでいると聞いて誰もが自らの領地にも、と望んだのだ。

領民に対する、一種の“ガス抜き”も期待しての事であったが、誰がこんな結末を予想するだろう。

 

あの時から、自分達に対して消極的な態度が目立つようになり、遂には露骨に反抗的な態度を見せる者まで出てくる始末。あの女狐―――空虚な化物が何かをしたに決まっている!

 

 

(あの化物は権力の掌握などに興味はなかった筈……それが何故、今になって……!)

 

 

頭を掻き毟るも、良い案が出てこない。

反抗的な者を処罰する?

ありえない、それこそ下策だ……それをキッカケとして派閥からの脱退者が出かねない。迂闊な事をすれば、それが“蟻の一穴”となって築いてきた派閥が崩壊する可能性すらある。

 

 

(化物め……あの王子と手を組み、クーデターでも起こすつもりか!?)

 

 

世間から流星の王子様だの、大英雄だのと呼ばれ、もはや一国を覆う程の声望を得ている男。

最早、あの男の事を聞かない日など一日たりとも無い程だ。

女中だけでなく、王宮に詰めている衛兵達も寄ると触るとあの男の話ばかりしている。王都での動乱、エ・ランテルにおける戦い、更には竜王国での死闘。

どう差っ引いて見ても、それはもうカリスマなどという次元ではない。

 

 

既にこの国には―――――“二人の王”が居るようなものだ。

 

 

彼が一介の冒険者であれば、まだ良かった。

大英雄として国中から持て囃される存在となり、自分達もその存在を心強く思うだろう。

 

 

(だが、あの男は滅んだとはいえ、“一国の王”であったのだぞ……ッ!)

 

 

ロクに教育も受けてこられなかった民草が熱狂するのはまだ分かる。理解もしよう。

だが、足元の貴族らですらあの男を信奉しているなど、ありえない!

それは現国王の正当性すら揺るがしかねない、危険なものだ。

 

貴族らにそれが分からない筈もない。

つまり、彼らは消極的ながら―――既にクーデターに与しているという事だ。

 

 

「入りますよ、旦那」

 

 

見ると、配下のロックマイアーがニヤニヤと笑いながら壁にもたれてこちらを見ている。

現役時代はオリハルコン級冒険者の盗賊であった男だ。

戦闘から後方支援、敵地に入っての情報収集など、非常に優秀な男ではあるが……この粗雑さだけはどれだけ言っても治らないらしい。人前では侯と呼ぶだけ成長したと見るべきか。

 

 

「相変わらずだな……ノックというものを知らんのかね」

 

「こいつは失礼……盗賊時代の癖が抜けないもんで」

 

 

何が可笑しいのか、その表情にはニヤニヤとした笑みが張り付いたままだ。

こちらはとても笑えるような心境ではないというのに……。

 

 

「旦那、可愛らしい姫様が先手を打ってきた。大小問わず、貴族を王宮へと招集してる」

 

「……何だと!?あの化物は何を仕出かすつもりだ!」

 

「さて、ケチな盗賊には分かりませんがね……皆、大喜びで尻尾を振りながら出発したようで」

 

「私が送った書簡には返事も寄越さずに……忌々しい化物め!」

 

 

思わず拳をテーブルへ叩き付ける。

あの女は、自らが女王にでもなるつもりなのか?

それとも、あの男を立てるつもりか?

 

 

「流石の旦那も、あのおっかない姫様にはお手上げですかね。それに、姫様の後ろに居るあの男は……もう、伝説やら神話の類になっちまってる。手に負えませんな」

 

 

言いながらロックマイアーが両手を広げ、首を振る。

完全にお手上げのポーズだ。自分とて、いっそ放り投げることが出来ればどれだけ楽か。

 

 

 

―――――騒々しい、静かにせよ。

 

 

 

突然、あの男の声が脳裏に甦り、体に震えが走る。

あの時、あの男から恐ろしい程の威厳を感じたのだ。思わず平伏しそうになった程に。

この六大貴族の筆頭である自分が、だ!

他の者など、その姿を見ただけで平伏し、その威の前に悉く頭を下げるのではないか?

 

 

「しかし、そんなに悪い事なんですかね?」

 

「……何?」

 

「俺が言うのも何ですが、このままいきゃぁ、この国は帝国に呑まれるのがオチでしょう?その時、あらゆる貴族を血祭りにあげてきた鮮血帝は、旦那の事を見逃すんですかね」

 

「言われずとも、その事は何度も考えてきたさ……」

 

 

ロックマイアーの言は正しい。

このまま何事もなく行けば、この国は帝国に併合されるだろう。そして、鮮血帝は最初こそ甘言を弄してくるに違いない。

領地の安堵、息子への継承、何なら新たな領地すら匂わせてくる可能性もある。

 

 

―――当然、空手形だ。

 

 

併合が終われば、そんなものは紙切れのように破られ、反故にされるのは目に見えている。

大きな、それも独自の領地を持つ者など、あの皇帝が認める筈もないのだから。

それが分かっているからこそ、この腐った土壌の中でも何とかバランスを保ち、無事に息子へと領地を残す為に悪戦苦闘を続けてきたのだ。

 

 

(だが、あの女は鮮血帝以上の事をしてくる可能性がある……)

 

 

まさに前門の虎、後門の狼だ。

帝国に呑まれれば自分の首が飛び、あの化物が国を掌握すれば何が起こるか分からない。この国を腐らせてきた八本指が消滅したというのに、自分の状況は悪くなるとはどういう事なのか……。

 

 

 

―――レエブン侯、ラナー殿下がお見えになっております。

 

 

 

その声にビクリと体が震える。

 

 

「おやおや、おっかない事で……では、俺は退散させて貰います」

 

 

ロックマイアーが隣室へと消え、自分も呼吸を整える。

一体、何の目的があってここへ……?決まっている、何らかの悪巧みに違いない。

あの女の全ては、嘘と虚飾で出来上がっているのだから。

 

 

「お久しぶりです、レエブン侯っ!」

 

 

太陽のような笑顔。

入ってきただけで、部屋の中が明るくなったような錯覚すら感じる。

 

 

「わざわざの御越し、痛み入ります。おっしゃって頂ければ、臣の方から出向きましたものを」

 

「今日は私事で参ったんです。お忙しい侯を呼びつけるなんて出来ませんよっ」

 

 

彼女の笑顔に併せ、自分も精一杯の表情を作る。

何がお忙しい、だ。その原因を作っておいてどの口がそんな事をほざくのか。

ドス黒い怒りが湧いてくるが、そんな素振りは一切見せず、慇懃な態度で“太陽”へと向き合う。

ほんの少しでも距離を間違えれば、灼熱の炎の中で―――“焼死”させられる。

 

 

 

 

 

この会談でラナーが何を語ったのか―――

 

 

当初は硬かったレエブン侯の表情が徐々に崩れ、その顔に驚愕が浮かぶ。

遂には彼らしからぬ大声を上げたが、最後にはその顔が―――笑顔となった。

魔法など使えぬラナーであったが、彼女こそ稀代の魔法詠唱者であったといえる。レエブン侯は感謝を述べながらラナーと握手し、ラナーも煌くような笑顔でそれに応えた。

 

 

「さぁ、お客様方を迎える準備をしなくてはいけませんねっ!」

 

 

―――――“遠方”から来られる方もいますし、ね。

 

 

最後の言葉に、レエブン侯の背筋にゾクリとしたものが走る。

この女は、どの段階からこんな絵面を描き始めたのか。

 

 

(この女だけは、敵に回してはいけない……)

 

 

今、頭を占めているのはその事だけであった。

何より、この化物が作り上げた案を成就させなければ、どちらにせよ自分に未来はないのだから。

座していれば、帝国の若造によって可愛い息子は断頭台へと登らされる事となる。

 

 

(全力で動くべきだ……時間が惜しい)

 

 

こうして、レエブン侯も何事かの根回しに動き始めた。

身も蓋もない言い方をすれば、彼は全力で自らの保身へ動いたと言える。

それも当たり前であった。

彼は清濁併せ呑む大きな派閥の長であり、その行動に綺麗も汚いもない。そして、人である以上―――自らの利益を一番に考えるのは至極当然の事であった。

 

 

 

 

 

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―――王宮 廊下

 

 

(揺れ動く政局の中では、裏切りなど日常茶飯事だが……まさか、姫自らが……)

 

 

レエブン侯は廊下を歩きながら、戦慄と共に“それ”を思った。

だが、事態は既に動き出してしまっている。

動き出した馬車から降りれば、今度はその馬車に自分が轢き殺される事になりかねない。

いや、あの女ならば必ずそうする。

 

 

(時間が、私を殺す……)

 

 

帝国に飲まれた場合、大貴族たる自分の立場は極めて危険であり、息子への領地の継承など望むべくもない。帝国が来ずとも、自分達の影響力はラナーの手によって日々低下しているのだ。

まだ影響力が残っている間に動き、一気呵成に“決めて”しまうしかない。

 

再度ラナーの言葉を思い出し、案に穴が無いか手探りで探る。

自らを嵌める穴がないか、をだ。

今回ばかりは、一歩間違えば奈落の底まで堕ちる事になるだろう。取り返しがつかない。

ラナーの言葉を一言一句、頭へと浮かべていく。

 

 

 

 

 

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―――会談

 

 

「レエブン侯……私ってば、とっっても良い事を思い付いたんですっ」

 

「それはそれは……殿下の知恵を拝聴出来るとは、光栄の至りですな」

 

 

ピン、と人差し指を立てながらラナーが真面目くさった表情を作る。

とても良い事を思い付いたとは言えない顔であり、子供が悪戯を思い付いた表情の方が近いだろう。だが、口から出た言葉は自分の度肝を抜いた。

 

 

 

―――我が国は建国以来の危機にありますよねっ。このままだと帝国に呑まれてしまいます!

―――なので、その前に法国に飲み込ませようと思うんです♪

 

 

 

何の冗談なのか、ラナーは明るい表情でピースサインまで作っていた。

だが、その目の奥にある光は笑っていない。

こちらの心の底を覗き込んでいるような、怪物そのものといった目であった。他の者であれば、天真爛漫な輝くような笑顔にコロリと騙されるに違いない。

 

 

(スレイン法国、か……)

 

 

底知れぬ力を持つ、巨大な宗教国家。

その歴史は古く、我が国など足元にも及ばないだろう。彼らとの付き合い方は只、一つであった。

近寄りすぎず、離れすぎず―――これに尽きる。

不気味な国ではあるが、その力を妄りに人へは向けない、という事だけは共通認識となっており、帝国などに比べれば一種の安心感はあったが、わざわざ望んで近寄りたい相手ではない。

 

かと言って、突き放して帝国の側へ行かれても困る。

故に近寄りすぎず、離れすぎず、なのだ。

 

 

―――法国の皆さんは何故、肥沃な我が国を併合しようとしなかったんでしょうねっ。

―――その答えは、怖いドラゴンさんなんですっ!

 

 

ラナーのコロコロと変わる表情に頭を痛めながら、その事について思いを馳せる。

自分の下には引退した冒険者が多く集まっており、それを使って様々な情報を集めていたが、その中には法国と評議国との不和の話も当然、含まれていた。

とは言え、何処か遠い―――“御伽噺”のようなものである。

 

 

「それで、その評議国の竜がどうかしたので?」

 

「我が国を飲み込んでしまえば、領地を接する事になってしまいますから、これは大変です。不意に戦争になってしまうかも知れませんよねっ」

 

「なるほど、その言に従うのであれば、それこそ法国との併合など叶わぬ事では?」

 

 

自分からすれば、この国はいずれ朽ち往く事は目に見えている。

そして、何処かへ併合されるのであれば、帝国よりは法国の方がまだマシだ。あそこには鮮血帝などと言われる存在は居ないのだから。

だが、彼らが評議国との軋轢を懸念しているなら、併合など絵に描いた餅に過ぎない。

 

 

「そこでレエブン侯の出番です。怖いドラゴンさんとの間に、侯の領地を挟むのです」

 

「は??」

 

 

 

―――――エリアス・ブラント・デイル・レエブン辺境領、の誕生ですよっ!

 

 

 

その言葉に息を飲む。

この女は法国に呑まれた王国と評議国との間に、自分を“クッション”のように置こうとしているのだ。無造作とも言える台詞に一瞬、血が上ったが、まさか、これは……

 

 

 

―――――怖い怖い鮮血帝との間には、逆に法国さんが“クッション”となってくれますねっ♪

 

 

 

やられた。

この化物!

この女は、そこまで見透かして手を打っていると言うのか!

 

 

 

「レエブン侯と法国は互いがクッションとなり、感謝しあえるとても“素晴らしい関係”になれるんですよ!皆さんが“笑顔”で居られるように私、頑張って考えたんですっ」

 

 

ラナーが両手の人差し指をわざとらしく頬に当て、あざといポーズを作る。

この女、は……。

 

 

「そ、その案で行きますと……ほ、他の貴族はどうなるので……」

 

 

搾り出すように、それだけを言った。

そう、聞いておかなければならない事、確認しなければならない事が一つだけある。

 

 

「法国の皆さんと話し合えば良いのではないでしょうか?我が国には六大貴族と呼ばれる皆さんがいらっしゃいますが、向こうにも六大神官長と呼ばれる方がいらっしゃいますしねっ。数まで同じだなんてとっても仲良しで運命を感じちゃいます」

 

「へ、辺境領を拝領するのであれば、私だけでなく、私の息子もその中には含めないで頂きたい!今日より、いや、たった今から“五大貴族”と言うべきでしょう!私の、私の可愛い息子がそんなものに巻き込まれて堪るかッッ!」

 

「あらあら、怒られてしまいました。そうでした―――“五大貴族”と言うべきでしたね」

 

 

この女……この女……!

どうしようもない怒りが湧きあがるのと同時に、肩から力が抜けたのも事実だった。

侵略の限りを尽くしてくる帝国から遠く離れ、独自の辺境領へと引き篭もる事が出来るのだから。

思わず天井を見上げ―――深い息を吐く。

 

 

(長く、苦しかった日々よ……)

 

 

煩わしい政争からようやく離れ、愛しい息子と思う存分に過ごす事が出来る。

可愛い息子の笑顔が浮かび、それを思うと自分の顔もつい崩れてしまう。

 

 

「評議国と法国が和解する日など未来永劫ないでしょうから、侯の安全は保障しますよ」

 

 

―――勿論、侯の可愛い御子息も♪

 

 

「良き関係を築いていけるよう、最善を尽くしましょう……」

 

 

互いをクッションにする―――やはり、この女は人の皮を被った化物なのだ。

世間では黄金とまで称される知恵だが、国すら物のように扱う神経は常人のものとは思えない。

だが、これによって自分と、可愛い息子は救われる。他の貴族の連中がどうなるかは知らないが、其々で勝手に道を拓けば良いだけの事だ。

 

 

―――自分は彼らの父親でもなければ、母親でも何でもないのだから。

 

 

貴族なら貴族らしく、自らの力と才覚でどうとでもすれば良い。

脛に傷を持つ者は法国によって家を潰されるかも知れないが、民草は諸手を挙げて喜ぶだろう。

万歳三唱で法国の連中を迎える領地もあるに違いない。

 

 

こうして会談を終えたレエブン侯はロックマイアーを呼び出し、精力的な活動を開始した。

レエブン侯はとても幸運だったと言えるだろう。

だが、それは決して運だけで転がってきたものではない。常日頃から精力的に働き、彼の才覚が優れている事をラナーが少なからず認めていたからだ。

 

言うなれば、普段の努力が最後の最後で実を結んだ―――

平たく言えばそれだけの事である。だが同時に、王国の行く末に絶望しながらも、最後まで足掻き続けた彼の必死の努力が掴んだ勝利でもあった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――スレイン法国 最奥の広間

 

 

もはやズーラーノーンの壊滅も時間の問題であった。

首脳部を初撃で壊滅させた事が大きかったと言える。番外席次にどれだけの力があろうと、カジットの内通がなければこうは行かなかっただろう。

人類の大きな敵を葬る事は出来たが、ラナーより届けられた書簡が彼らの眉を曇らせた。

 

 

「辺境領、か……黄金と呼ばれる姫は随分と小知恵が回るらしい」

 

「そんな事より……あのふざけた国があろう事か、神を呼び付けるなど何事であるか!」

 

 

無論、ランポッサ本人には何の他意もない。

多くの騒乱を鎮め、功績を立てた人物には王として褒賞を与えなければならないし、個人的にも礼を述べたいというだけであった。だが、法国にそんな言葉は通じない。

 

 

「あの思い上がった国には……もう我慢ならんわッ!」

 

「気持ちは分かるが、落ち着かれよ。事ここに至れば、我等が乗り込むのも止むを得ん」

 

 

彼らはその気になれば、遥か前よりいつでも王国を併合する事が出来た。

ただ、評議国と領地を接する事になれば、民意が「評議国を滅ぼせ」という方向に動きかねないという危険性があった。故に彼らは迂遠な道ではあるが、いっそ帝国に併呑させ、そこで優秀な人材を育成させようとしたのだ。

 

 

「辺境領とは一種の独立国でもある。人間の国を間に挟むという案は、決して悪くはない」

 

「とは言え、王国は大きすぎる。長い時間をかけて接収するべきだな」

 

 

彼らの“気”は、恐ろしく長い。

時にその数値は―――百年などという単位になる。

短兵急に事を運べば、大きな歪みを生む事を知っているからだ。

 

 

「手始めに、エ・ランテル周辺から始めるとするかね。帝国から苦情は来るであろうが」

 

「異議無し。そんな事より、私はもう我慢ならん……一度で良い、神へ謁見させて頂く!」

 

「待たんかッ!この件に限って、“抜け駆け”など許されると思っておるのかッッ!」

 

「すまんが、私も神へどうしても謁見したい……後でどれだけの処罰でも受け入れよう」

 

 

法国による併合、という歴史的な出来事が水面下で動き出している。

だが、彼らの頭にはそれよりも「とにかく、一度で良いから神に会いたい」という事の方が遥かに大きかった。その一心が、ズーラーノーンへの猛攻撃にも繋がっている。

ズーラーノーンの残党こそ、いい面の皮であったろう。

 

壊滅に大きな役割を果たしたカジットは、一室を与えられて今は軽い軟禁状態にある。

だが、カジットに反抗の意思などは無く、法国の上層部も彼に対し何事もしようとはしなかった。

神と、何らかの約束を結んでいると聞かされていたからである。

 

ちなみに彼との“約束”は、それ程の時間も経たぬ間に果たされる事となった。

神が―――1人で待つ事の辛さを知っていたからだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都への道

 

 

(この子達がアルシェさんの妹だったなんてな……)

 

 

モモンガは本来なら転移するところを、のんびりとした旅をしながら進んでいた。

クーデリカとウレイリカがロクに外へ出た事がない、と言った為である。大きな借金を背負っていたという話を思い出し、のんびり旅行をしながら行こうと決めたのだ。

むしろ、一番の理由は王宮などへ行く事に対して足が重かった、とも言える。

 

モモンガは社会人として一般的な礼儀作法は学んできたが、王宮などでのマナーや礼儀などを知っている筈もない。その足が重くなるのも当然であった。

だが、目下―――困っている事は他にもある。

 

 

「マイロード、喉は渇いておられませんか?」

 

「あ、あの……何度も言いましたけど、普通にモモンガと呼んで貰えませんか」

 

「勿体無いお言葉です。では、せめてモモンガ様で」

 

「い、いや、様付けも止めて貰えませんかね……」

 

 

何処の王侯貴族だよ!とモモンガは突っ込みたくなったが、今や全ての人々が彼を王子か王であると認識しており、それに対して困惑するモモンガの方が変な目で見られる、という図であった。

レイナース―――彼女はあれから、片時もモモンガの傍から離れない。

 

 

マイロード、食事の用意が整いました。

マイロード、入浴の支度が出来たようです。御背中をお流し致しますね。

マイロード、就寝前のマッサージを。

マイロード、寝所の警護を務めます。敵襲に備え、同じベッドで就寝させて頂きますね。

マイロード、おはようございます。歯磨きをさせて頂きますね。

マイロード、御耳の掃除をさせて頂きます。

マイロード、マイロード、マイロード………

 

 

(うわぁぁぁぁぁぁ!)

 

 

モモンガがハムスケの上で頭を抱える。

どう考えても騎士などというレベルを超え、過保護な恋人のようであった。実際、今も金の布のような髪から覗く目が、モモンガを優しく見つめている。

その姿は最早、モモンガを視界に入れている、と言うだけで幸福そうであった。

 

 

(ハムスケだけでも大概、過保護だって言うのに……)

 

 

そう、彼の魔獣たるハムスケも主人に尽くしたいのか、妙に過保護なのである。

二つの過保護に囲まれながらの旅路は、モモンガの精神をおかしな方向へ捻じ曲げて行きそうであった。本人も気付かぬ間に世話をされる事に慣れ切ってしまい、もはやレイナースが着替えを手伝う事など、当たり前の事のようになってしまっている。

 

 

(こんなんじゃ、またヒモ生活じゃないか!)

 

 

実際、彼のヒモ(ちから)はアダマンタイト級であったと言えるだろう。

人間どころか、巨大な魔獣にまでここまで世話をされる男など、未来永劫出てこないであろうと断言出来る。だが、世間から見れば彼は不世出の大英雄であった。

本人と世間から見た像で、これ程のギャップがある人物もそうそう居ないであろう。

 

 

(そりゃ、呪いから解放されて嬉しいんだろうけどさ……)

 

 

当然、モモンガは「貴方の騎士になる」などという言葉を受け入れた訳ではない。

慇懃に何度も断ったのだが、遂にはレイナースが泣き出し、

子供二人から「またお姉ちゃんを泣かせてる!」と悪人のように言われる始末であった。

最早、モモンガの方が折れざるを得ない状況にまで追い込まれてしまったのだ。

 

 

(泣きたいのはこっちなんだよなぁ……給料なんて出せないしさ……)

 

 

何か仕事でもしなければ、いずれ財布の中身も空になるだろう。

実際の所は空どころか、既に国家を動かす存在になっているのだが、モモンガは別に国家や権力などに興味はない。

 

 

「マイロード、この辺りで休憩を取りませんか?二人も寝ているようですし」

 

「そうですね。って、またマイロードって……」

 

 

馬車の中ではクーデリカとウレイリカが、可愛い寝息を立てていた。

それを確認してから二人が木陰へ入り、ダンスの練習を始める。王宮でパーティーなどになれば、踊らなければならない場面が出てくる、とレイナースから教えられたからだ。

彼女は元貴族の令嬢であり、その手の作法も一通りは叩き込まれている。

 

 

「マイロード、もっと強く腰を引き寄せて下さい」

 

「こ、こうですか……」

 

「マイロード、次は私の手を握って下さい。ずっと、一生です」

 

「えぇっ!?何かおかしくないですか!?」

 

 

そう、彼女は元貴族の令嬢である。

舞踏会で踊るようなダンスを知らないモモンガが、彼女から習うのは当然の事ではあった。

 

 

「おかしくなんてありません。マイロード、次はキス……です」

 

「いやいや!踊ってるのにキスとか変でしょ!」

 

「変ではありません。“私のダンス”ではそうなんです。たった今、そうなりました」

 

「何処から突っ込めば良いんですか!」

 

 

ただ、彼女のダンスは“ほんの少し”情熱的であった。

これはただ、それだけの話。

 

 

 

―――――国が踊り、世界の中心も踊る。

 

 

 

彼が踊り終えた時、世界も大きく変わるだろう。

彼は神ではないが、紛れもなく―――“流星の王子様”なのだから。

 

 

 




レイナース
「マイロード、次はハグ……です」

モモンガ
「ちょ、ちょっと?!」


お前ら、早く王都行けよ!(憤怒)




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