OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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世界線の収束

共同墓地の城壁沿いに防御陣を作り上げ、ラキュースが各人に指示を出している。

前方へ突出した集団が討ち漏らしたアンデッドが押し寄せてきているのだ。数が数なだけに、討ち漏らした数だけでも軍勢と言える程の集団であり、決して気を抜く事は出来ない。

 

フォーサイトの四人も次々と襲ってくるアンデッドに対し、見事な連携で撃破を重ねていく。

彼らは闘技場やモンスターの巣穴での退治、カッツェ平野でアンデッドの駆逐と、この手の経験が非常に豊富であり、ラキュースから見ても舌を巻くような活躍をしていた。

 

 

(戦士長の肝煎りだっけ……やるものね)

 

 

帝国のワーカーとは聞いているが、冒険者に置き換えるなら優にミスリル級の実力があるだろう。あの連携力と、飛び抜けた魔法詠唱者の力を考えると、オリハルコン級に限りなく近い。

 

 

(昨夜は、帝国のフールーダ・パラダインも居たわね……)

 

 

逸脱者と呼ばれ、政治や戦争などに一切関わって来なかった生きながらにして伝説の人物。

そんな人物まで表世界へ出てきた事に、静かな興奮を感じる。

力強い老婆に率いられた集団は、あの独特の雰囲気から法国の人間であろう。

まさに―――世界中の力が集まってきている。

伝承や英雄譚のような展開に、高鳴る鼓動が抑えられない。

 

 

(そう!これよ、これ!私がしたかったのはこういう戦いなのっ!)

 

 

自らの内に眠る、もう一人の闇の人格も身を震わせているようだ。

まさに世界の命運を賭けて戦う、憧れていた展開そのものではないか!

そして、その中に今、自分も居るのだ!

 

 

(くぅー!生きてて良かったー!)

 

 

ラキュースは城壁の上で踊り出したい気分に包まれていたが、見た目はあくまで冷静であり、一際目立つ装束で城壁の上に立っている事もあって、周囲からはまるで戦乙女(ワルキューレ)を見るような憧れの目を向けられていた。

 

 

「ラキュースさん綺麗すぎだろ!女神じゃん!」

 

「つか、あの鎧だろ!あれはなぁ、処女しか身に纏えねぇんだぞ!」

 

「え、あの噂ってマジなの?」

 

「ほんとアイドルの鑑だな!非処女のアイドルなんて認めん、認めはせんぞぉぉぉ!」

 

「バッカ野郎!気付けば別の鎧を装備してる時の事を考えて興奮するのが良いんだろうが!」

 

「そういや、昨日……大英雄に抱き付いてたって噂が……」

 

「ラキュースタソがそんなビッチみたいな事する訳ねぇだろ!いい加減にしろ!」

 

 

各人が好き勝手に囀りながらも、懸命に死の軍勢と戦っていた。

ともすれば、逃げ出したくなるような悲惨な戦場だが、彼らをその姿一つで踏み止まらせている、ラキュースのカリスマは流石の一言である。

 

 

(伝説の戦いの後はディナーね……良いワインも用意しなきゃ)

 

 

世界の命運とやらは何処へ行ったのか、彼女の頭の中もピンク色になっていたが、幸か不幸かそれに気付いた者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――――トブの大森林 隠れ家

 

 

「こ、殺されるかと思った……」

 

「あれ、殿……また街から戻ってきたのでござるか?」

 

「またって言うなよ!またって!」

 

 

あの後、飛行で逃げれば安全と宙へ逃げたモモンガであったが、相手も飛行で追いかけてきた為、遂には頭がテンパってトブの大森林へと転移したのだ。

もはや、トラブった時の駆け込み寺のような有様である。

 

 

「殿はいつも同族の雌から逃げている気がするでござるな」

 

「短剣持って追いかけられたら、そりゃ逃げるだろ!」

 

「オォォォ!(意訳:ラキュースさんと子作りはよ!)」

 

「こ、子作りって……!お前、何言ってんだよ!」

 

 

ちなみに、どうでも良い余談であるがデコスケを生み出した生贄の元と言うのは、トブの大森林でオーガらに殺されてしまったゴブリンである。

そのオーガらを見事に駆逐してくれたラキュースに、デコスケは個人的に感謝している為、彼なりの推しメンと言えばラキュースであった。

 

 

「ほぉ、デコスケ殿はあの女性でござるか!」

 

「オォォ!(意訳:強い雌は正義)」

 

「強さより、丈夫な子を考えると安産型でござろう。あの重戦士は中々良さそうでござるよ」

 

「オォ(意訳:強すぎる雌はNG)」

 

 

二人(?)が勝手な会話をしている横でモモンガも頭を抱えていた。

何とかして誤解を解きつつ、早くあの街の騒動を片付けなければならない。ゆっくり寝たいし、美味しいご飯だって食べたい。だって、人間だもの。

 

 

「殿は精神的に脆い所がある故、しっかり者の忍者二人も良さそうでござるが」

 

「オォ(意訳:夫を支える事の出来る王妃は高得点)」

 

「馬車で旅をした雄か雌かよく分からん人間も居たでござるよ。某が見るに、あれは独占欲が強いタイプでござろうな……寛容さがないと雄は逃げる習性があるというのに」

 

「オォォ!(意訳:偉大なる創造主に、王妃が一人などありえない)」

 

 

こいつら……本格的に茶飲み話にしてやがるな。

本人が近くに居るってのに、どういう神経してやがるんだ。

いや、ハムスターと死の騎士に神経もクソもないのかも知れないけれど……。

 

 

(とにかく、全てを吹き飛ばす勢いで登場して、街を救おう……)

 

 

そうしたら、全てが有耶無耶になる筈だ。うん、そうに違いない。

いや、そうであってくれ……頼む……。

でも、あの純銀の鎧を超える物となると流石に厳しいものがある。自分が元々着ていたローブもド派手だけど、あれは死の支配者(オーバーロード)たる自分に合わせて作った物だ。

人間の姿となった今、あれを着るのは似合う似合わないの前にコンセプトとしてなぁ……。

長い間、魔王ロールをしていた身としては、やはり骸骨の姿で着てこそ、だと思うのだ。

 

 

(となると、“アレ”しかないか……)

 

 

パンドラに着せる為、と言い訳しながら作っていた“軍服”だ。

白を基調として、要所要所に金の飾りを織り交ぜた作りになっており、体を覆うマントも白の中から浮かび上がるように星を散りばめ、輝きには妥協なしの七色鉱(アポイタカラ)を使ってある。

勲章や軍刀にも、希少金属であるスターシルバーを惜し気もなく注ぎ込んだ。

ド派手が基本のユグドラシルであっても、周囲を圧するであろう至玉の一品である。

 

ゲーム末期時にはどれも価格が暴落し、嘘のような値段で手に入るようになったものだ。当初は喜んだものの、それがゲームの終わりを感じさせ、作っている最中に段々と寂しくなったのを昨日の事のように思い出す。

 

 

(いつかウケ狙いで着て、誰かが笑ってくれたら……なんて思ってたけど……)

 

 

そんな機会が来る事は、なかった。

誰もINして来る事なんてなく、自分は最終日を迎えたのだ。

でも、こうして着る機会を得たって事は全くの無駄では無かったのだと思いたい。

かつて作った服が……。

今、この世界で知り合った人達と自分を繋ぎ、守ってくれるのかも知れないのだから。

ゆっくりとした手付きで光り輝くような軍服を装着し、鏡の前に立って軍帽を被る。

 

 

(自分で言うのも何だけど、憎たらしい程に似合ってるな……)

 

 

骸骨姿の時は服のド派手さと、スケルトンが妙にマッチして可笑しさが出ていたが、この姿で着ると舞台に上がる超一流の役者のような惚れ惚れとする姿である。

まさか、自分がこんな形でアクター(役者)をやる事になるとは。

 

 

(やるからには、それこそパンドラのように完全な役者にならなきゃな……)

 

 

「おほぉぉぉ!殿、その凛々しき御姿は何事でござるか!?」

 

「オォォ!(意訳:これは惚れる!濡れる!)」

 

「い、いや……ちょっとばかし、知った街を救おうかと………」

 

「何とも天晴れな御姿でござるよ!」

 

「オォォ!(意訳:逆レ待ったなし!)」

 

 

何やら不穏な感想もあったような気がするが……とにかく、墓地に戻ろう。

ペイルライダー達の時間も、それ程に残っていないだろうしな。

 

 

「出陣であるなら、某も同行するでござるよ!」

 

「オォォ!(意訳:是非、この身も)」

 

「いや、今回は二人とも待っていてくれ。制御の利かない種族も居るようだしね」

 

 

悪魔ほどに無秩序ではないが、アンデッドの中には生きている者どころか、動くだけで敵と判断して攻撃してくる者もいる。それらを考えるとハムスケは危険だろう。

デコスケも死の軍勢と立ち向かう、となれば姿がネックとなる。

 

 

「無念でござるが、家臣として晴れの出陣を祝うでござるよ!殿、ばんざーい!」

 

「オォォォォ!(意訳:偉大なる創造主モモンガ様、万歳!万歳!万歳!)」

 

「戦時中かッ!」

 

 

二人の何とも言えない激励を受けながら、転移を唱える。

向こうに着けば、もう甘えも躊躇も許されない。

最後までノンストップだ!

 

 

(さぁ、アクターになりきれ………行くぞッ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 共同墓地

 

 

アンデッドの群れにスケリトル・ドラゴン……そして、ズーラーノーンの高弟三人。

これらの手強い集団を撃破した一行の前に現れたのは、この騒ぎを起こした張本人であるカジットその人である。高弟達より一段も二段も上のネクロマンサー。

カジットの後ろには六人の高弟が並び、高弟達の後ろには忌むべき存在である《集合する死体の巨人/ネクロスォーム・ジャイアント》が不気味にその姿を歪ませながら立っている。

 

極めつけにカジットの前には強力な《紅骸骨戦士/レッド・スケルトン・ウォリアー》が数体並んでおり、まさに悪夢としか言い様がないアンデッドの見本市のような光景となっていた。

前衛・中衛・後衛と見事にバランスが取れており、これを突破するのは至難の業であろう。

 

 

「偉大なる死霊の将に跪くと良い……」

 

 

カジットが死の宝珠を握り締めると同時に、紅骸骨戦士が動き出す。

通常のスケルトンなど、比べ物にもならないような凶悪極まるアンデッドである。一体だけでも厄介なアンデッドであるのに、複数居るなど殆ど冗談としか思えない光景であった。

 

だが、それに相対する戦士長は力強く吼える。

カイレもまた、老体とは思えぬ覇気を漲らせていた。

 

 

「王国を蝕む輩が……貴様らの好きにはさせん!」

 

「死の螺旋とは……愚かな事を。ヌシらの目的が何であれ、徹底的に潰させて貰うぞぃ」

 

 

カジットの目が後ろのクレマンティーヌに一瞬向けられたが、何も言う事はなかった。

互いにいつ、敵同士となり、殺し合うか分からなかった関係だ。

利用出来る時は利用するが、遅かれ早かれ殺し合っていたに違いない。それはズーラーノーンの他の幹部連中も同じであり、形や理念こそ違えど八本指と似通う部分である。

信頼もなく、信用もなく、ただあるのは自分にとっての利があるかないか、だけだ。

 

 

「我が願いの為に……全てを嘆きに変えようぞッ!」

 

 

カジットが宝珠を振るうと同時に紅骸骨戦士が走り出し、一同と激しくぶつかった。

ズーラーノーンの高弟ともなれば、その実力は軽くオリハルコン級の実力を持つ。カジットなどの十二高弟と言われる人物などになると、優にアダマンタイト級の実力を持つと言われている。

更に疲労知らずの紅骸骨戦士に、ネクロスォーム・ジャイアント、更に四体の骨の竜。

後続には、1000体近くいるであろうアンデッドの群れ。

 

戦士長や蒼の薔薇、カイレも表情にこそ出さないものの、非常に危険なものを感じていた。この途方もない戦力を用意した、“連中の本気”さというものに。

ここまでの戦力を用意し、城塞都市へ真っ向からぶつけるという事は、完全に戦争である。

それも、どちらかが滅ぶまでの戦争であり、普通に考えるとありえない事なのだ。

 

王国と帝国がしているように、この世界における戦争とは、言わば国家の“余力”の中で行うものである。年に一度、などの規模であり、それも場所だって限定して行う。

ズーラーノーンも悪事は働いてきたが、ここまでの大規模な侵略を行えば、もはやどの国家からも第一級の危険組織として睨まれ、生きるか死ぬかの殲滅戦にならざるを得ない。

それは、あらゆる世界中の国家との生存を賭けた戦争である。正気の沙汰とは思えない話だ。

 

 

「ズーラーノーンに、それ程の“余力”があったかぇ?」

 

 

鉄扇を叩き付けながら問うたカイレの声に、風花の連中が首を振る。

かつて一つの都市を滅ぼした死の螺旋を行って以降、限界点に達したかのように、その動きは酷く緩やかになったのだ。何かの目標・目的に達したのであろう、というのが法国の見解であった。

それが、こんな桁違いの戦力を集めて国家へ戦争行為を仕掛けてくるなど。

 

 

(機関、それを束ねる天帝、死霊の将、滅びの力……)

 

 

カイレの心に、嫌な汗が流れる。

あるのだ。

ありすぎるのだ。

心当たりが。

他ならぬ、法国の人間ならば。

それも、中枢部の人間であれば、絶対に見逃せない言葉の数々である。

 

単体で。

世界を滅ぼす力を保有している存在。

それも、近々復活が予言されている……史上最悪の地獄。

 

 

 

―――――《破滅の竜王/カタストロフ・ドラゴンロード》

 

 

 

カイレの全身に悪寒が走り、怯えを知らぬ老婆がはじめて狼狽したような声を上げた。

その只ならぬ様子に全員が凍り付く。

 

 

「貴様らは……貴様らは、あの“滅びの力”に魅入られ、魂を売ったと言うのかッッ!」

 

 

その言葉を聞いたカジットが、形容しがたい笑みを浮かべた。

見る者をゾッとさせるような表情。

それは喜びのようであり、畏れのようでもあり、嘆きのようでもある。

人知を超えた存在に対する、カジットの素直な反応であった。邪悪なるネクロマンサーとは思えない微笑を見て、一同の胸に冷たいものが走る。

 

 

「目を覚まさんかッ!破滅の竜王は世界を滅ぼす存在ぢゃぞ!あれは人の手に負えるようなものではない……かの竜王をヌシらは天帝などと呼び、敬っておるのか!たわけどもがッッ!」

 

「カッカッカ!“欠けた世界”のまま続くのであれば滅びよッ!今の世界など、ワシにとって何の意味も、価値もない!全ての嘆きを“1”とし、ワシは世界を再構築するッ!」

 

 

紅骸骨騎士とやり合いながらも、カイレとカジットのやり取りを聞いていた王国一同も、肝を冷やしていた。二人の会話に彼ら、彼女らも心当たりがありすぎたのだ。あるどころか……昨日、自分達は恐るべき死の軍団と戦い、伝説のアンデッドや魔神と刃を交えているのだから。

戦士長が口を開こうとした瞬間、空から無数の剣が降り注ぎ、紅骸骨戦士の体へ突き刺さった。

一同が見上げると、そこにはラナーを抱え、宙に浮かんでいるイビルアイが居た。

 

 

「まぁ、私の王子はそんな怖い敵と戦おうとしているのですねっ!」

 

「ラナー、城壁まで送ると言っただろう。ここは危険だと何度言ったら……」

 

「その危険な場所へ私を置いて行った人が、どの口でそんな事を言うのでしょうか」

 

「あ、あれは私が悪いんじゃない!大体、お前はおかしいぞ!王子だの、ケーキだの!」

 

 

上では微笑ましい(?)やり取りが続いていたが、下はそれどころではない。

法国の予言やカジットの絶妙な勘違い、王子様のマッチポンプなどが複雑に絡み合い、もはや事態は誤解や勘違いどころでは無くなっていく。

ここまで来れば、全ての線が繋がって“歴然たる事実”となった、と言って良いだろう。

 

がむしゃらにスイングして打ったゴルフボールが、風に乗って予想よりも遠くへと飛び、途中で鳥に咥えられて更に奥へと運ばれ、落とした先でモグラの頭に当たってホールイン・ワンしたようなものである。

 

 

―――――もはや、奇跡であった。

 

 

その奇跡を起こした男は、城壁前で完全にアクター(役者)へとなりきり、周囲からの喝采に満更でもない表情を晒していた。

この男、何だかんだ言って魔王ロールをしてたり、パンドラの生みの親だったりするのだ。

天性の役者でもあり、役者好きでもある、と言って良いであろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 共同墓地入り口

 

 

それは“光”であった。

全身から溢れる白き閃光はマントから七色の光となって屈折し、周囲を虹色に照らす。

その神々しいまでの姿に、城壁前で死闘を繰り広げていた面々が目を奪われる。いや、目では無く、それは魂であったかも知れない。

誰かが快哉を叫び、それが叫び声となり、城壁前に時ならぬどよめきが起きる。

 

 

それは一言で言えば―――――軍神であった。

 

 

「モ、モモンガさん……その、姿は……」

 

 

ラキュースが喘ぐように、かろうじて言葉を発する。

その手は顔の下半分を覆っており、鼻血を押さえているような格好であった。

だが、軍神はその言葉が聞こえないかのように、墓地を見渡し、重々しく口を開く。

 

 

「この風、この肌触りこそ戦争よ―――――」

 

 

軍神の言葉に一同が息を飲んだ時、その左手が顔を覆い、右手が高く突き上がる。

そして、恐るべき詠唱が始まった。

それは、軍神が鳴らす戦鼓。

あらゆる軍兵を熱狂へと駆り立てる―――《突撃軍歌/ガンパレードマーチ》

 

 

《魔法三重化/トリプレットマジック!》

《上位魔法蓄積/グレーター・マジックアキュリレイション!》

 

 

「何度、現実が立ち塞がろうと、絶望が訪れようが―――ッ!」

 

 

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

《魔法三重最強化・魔法の矢/トリプレットマキシマイズマジック・マジック・アロー》

 

 

「俺を信じ、目の前の運命を打ち破れ―――――ッ!《解放/リリース》」

 

 

高く突き上げられた右手が振り下ろされた瞬間―――――

蓄積され、三重化と最強化をかけられた、120発の光弾が中空より放たれた。

弧を描いたその光はまるで天使の翼のようであり、その想いは正しい、と言わんばかりに光に触れた死の軍勢は瞬く間に打ち砕かれ、断末魔の咆哮をあげながら消滅していく。

 

全員がその光を追うようにして、言葉にもならない言葉を叫びながら死の軍勢へと突撃し、数百体はいた城壁前のアンデッドが瞬く間に叩き潰されていった。

軍神が現れてから、一瞬の出来事である。

これが人間相手の戦争であったなら、ここで勝敗は決したであろう。

満足そうな笑みを浮かべる軍神の隣へ、ラキュースが並ぶ。

 

 

「……モモンガさん、覚えていますか?」

 

「えっ……」

 

「ならば、共に上がろう。この国を救う舞台へ―――って」

 

「え、えぇ……少し大袈裟と言うか、言い過ぎたと言いますか……」

 

「言い過ぎだなんて!モモンガさんは、あの言葉を真実にしちゃいました」

 

 

軍神が照れたように横を向き、軍帽を深く被る。

城壁の上に立つ二人の姿は、実に見栄えのいいものであり、誰もが眩しいものでも見るように、目を細めてそれを見た。余りにお似合いすぎて、嫉妬すら湧き上がらない。

 

 

「……凄すぎる。師匠すら超えてる」

 

 

フォーサイトのアルシェであった。

その言葉を聞いて、後ろの三人が力強くその肩を押す。

 

 

「早く攻めなきゃ、持ってかれちまうぞ」

 

「イケメンで英雄とか、マジであんな超優良物件もうないし?」

 

「あの方と共にあれば、確かにどのような運命も打ち破れるでしょうな」

 

 

帝国の逸脱者、フールーダ・パラダインからも特に目をかけられていた程の早熟の天才。

だが、彼女には愚かな両親と、その両親が死ぬまで続けるであろう浪費と借金という重荷が課せられていた。それによって学院も辞めざるを得なくなり、将来は潰えたのだ。

 

借金は今回の仕事で全て清算出来るだろう。法的に親と縁を切る事も出来る。

だが、そこから先は彼女自身で道を切り開いて往かねばならない。ここで何事も出来ないようであるなら、妹二人を連れた生活など、幼い彼女には到底やっていく事は出来ないだろう。

 

 

「街で聞いた噂じゃ……お前の師匠、大英雄さんの弟子になるつもりらしいぜ?」

 

「……し、師匠が!?」

 

 

事実であった。間違いなく、120%の事実である。

「ご隠居」などと呼ばれ、飲めや歌えやの大騒ぎとなっていた一行の噂は既に広まっており、一部ではそのご隠居が帝国のフールーダである、などと言われていたのだ。

聞いた誰もが大笑いしていたし、ヘッケランも鼻で笑ったものだが、今の途方も無い魔法を見て考えが変わった。変わって―――――しまった。

あんな神にも等しい魔法を見れば、どんな魔法詠唱者でも弟子入りを熱望するだろうと。

それは、あのフールーダ・パラダインですら例外ではないだろうと思ったのだ。

 

 

「ダメ元で頼んでみたらどうだ?戦士長さんからも、王国で活動しないかって話が来てるしな」

 

「へー、お偉いさんからスカウトかぁ……私的には帝国よりこっちの方が良いかも」

 

「この墓地の祓いも大変でしょうしな。元神官としては見過ごせません」

 

 

話は決まった、と言わんばかりにヘッケランとロバーデイクが無言でアルシェの体を掴み、せーのっ!の掛け声と共に上空へと放り投げる。

狙い違わず、見事にアルシェの体が軍神の両手に収まった。

 

それは、世の女性の憧れの一つでもある「お姫様抱っこ」の姿である。降って湧いたような光景に、ラキュースが笑顔のまま額に見事な怒りマークを浮かべた。

その右手は既に魔剣の柄へと伸びている。

 

 

「あ、アルシェさん、でしたよね……ど、何処から!?」

 

「……い、妹が二人居ますが、す、住み込みの弟子にして下さい!」

 

「す、住み込みって、私もコテージ暮ら……じゃなくて、何の話ですか?!」

 

「……親の作った借金に追われて、妹共々、行くアテもなく……」

 

「そ、それは……」

 

 

他愛なく軍神が動揺したところに、ラキュースが魔剣をアルシェの鼻先へと突き付ける。

後、1mmでも深ければ鼻を切り裂いていたであろう。

芸術的とも言える、見事な寸止めであった。

 

 

「ワーカーさん……今が戦争中だという事を思い出して欲しいの。ね?」

 

 

柔らかい声に、生命の輝きを思わせる笑顔。

だが、その目だけは笑っていなかった。

フールーダから薫陶を受け、幾多の修羅場を潜ってきたアルシェもまた、怯まない。

 

 

「そして、降りて―――今すぐに」

 

「……嫌。むしろ、このまま時間が止まって欲しい」

 

 

ラキュースの言葉に反発するように、アルシェが軍神の首に手を回し、うっとりと目を閉じる。

流石にフールーダの元弟子だけあって、彼女も食らいついたら離れないアグレッシブな一面があるらしい。それを見た下の群集が、囃し立てるように口笛を鳴らした。

 

 

「そう―――――じゃあ、死んで」

 

「ちょ、ラキュースさん!こっちに当たる!当たりますってば!」

 

 

前回は水晶の短剣に追われ、今回は英雄が遺した魔剣に追われるという、悲惨な軍神の姿がそこにはあったが、同情する事は出来ない。

甘んじて受け入れるべきであり、むしろ、もげるべきであった。

 

 

 

 




前回に続き、今回で殆どのフラグを一気に回収していきました。
18話ぐらいから散りばめていたのですが、軍服の事とか覚えていた人は居ますかね(笑)
章の終わりに出していたシステムメッセージめいたものも、今作で何をするのか、何が起こるのか、何が最後の敵なのか、をあらかじめ指していたものばかりでして。

ふざけた展開をしつつも、プロット通りに進めて来れたのでホッとしてます。
後、2~3話で長かった今章も終わる予定。




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