OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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Chase the light

―――エ・ランテル共同墓地

 

 

秘密結社ズーラーノーンの中には、“人間を辞めた者”がいる。

それこそ、アンデッドであったり、それに近い存在であったり、魔道具に取り込まれ、杖の一部となってしまった者まで。それが、“彼”の話に妙な部分で整合性を持たせる事となった。

カジットは突如現れた巨大な死霊の将に目を白黒させていたが、その将が宝珠を使って力を示し、自らを「上位者」であると宣言した時、それを当たり前の事だと受け止めた。

 

これ程の、魔神としか言いようがない強大な負の力はどうだ?

上位者どころか―――「超越的存在」ではないか!

この魔神の前に立てば、自分達の崇めてきた盟主すら、そこらに転がっている枯れ木か、葉っぱに過ぎない。それ程に、存在としての根本が違いすぎる。違いすぎた。

 

カジット達は魔神が問うままにズーラーノーンについて答えたが、実は彼らには特定の状況下で質問に答えると、死亡する呪いがかけられていた。が、彼らは強要された訳でもなく、拷問されている訳でもなく、支配された訳でもなく、魅了された訳でもなく、形としてはごく自然な世間話のように語った為、それらが発動する事はなかった。

 

つまり、この時点でズーラーノーンという組織の壊滅は約束された訳だが、カジットにも高弟達にも別に悪気があった訳でも何でもない。

邪教を信じ、負の力を操り、遂には生死の境目すら超越する事。

それが彼らの究極の目標であり、目の前の存在はその全てを体現しているのだから。

 

よもや、この魔神を敵だなどと思えない。思える筈もない。

この魔神こそが自分達の理想であり、究極の姿ではあるまいか?彼らはまるで長年仕えた主であるかのように、ペイルライダーに対し、心の底から平伏した。

彼らにとって、新たな“盟主”の誕生であったとも言える。

 

 

「まずは、うぬらの手並みを拝見しよう」

 

 

魔神がそう言ったのと同時に、その姿と気配が完全に消える。

それだけでも驚愕であったが、カジットと高弟達は気を取り直し、即座に行動を開始した。

機関という上位組織や、あれ程の魔神が天帝と呼ぶ存在など、理解の範疇を超える世界であったが、自分達の働きが悪ければ、あの魔神は新たに呼び出した死の軍勢を今度は自分達にぶつけてくるだろう。

 

200近くにもなるアンデッドと、自らが用意したスケリトル・ドラゴンを上空へ配置し、彼らは一気に攻勢へと打って出た。平和ボケしたエ・ランテルなど一気に踏み潰せるのだから。

城塞都市として名高いエ・ランテルではあったが、その高い防御力が災いし、衛兵達の士気や危機意識は決して高いとは言えないものがあった。

 

三重にもなる城壁に守られ、食うに困らぬ巨大な食料庫を抱えた金城湯池。

それがエ・ランテルなのだから。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

冒険者達が必死で応戦し、衛兵が槍衾を作る。

彼らの勇戦は一時、アンデッドを押しのけることに成功したが、次から次へと現れるアンデッドの群れに次第に押され気味になっていく。まして、相手は全く疲労しない死の軍勢である。

戦闘開始から30分も経てば息が乱れ始め、魔力が枯渇する者も続出した。

それでも、彼らが何とか踏み止まっているのは一つの希望があるから―――

 

 

―――――あの光り輝く英雄が、流星と共にこの街を救いに来てくれる。

 

 

そんな淡い希望を支えに、何とか逃げ出さずに戦ってこられたのだ。

その願いの一端が叶ったのか、突如として15名ほどの集団が共同墓地に現れ、周辺のアンデッドを次々に粉砕していく。鍛え抜かれ、一糸乱れず動く様は凄腕の傭兵団のようにも思える。

 

更に、遠く離れた王都に居る筈の戦士長や、蒼の薔薇が現れた事により、全員の士気が最高潮へと高まっていく。この心強い援軍を用意してくれたのが、かの英雄であると知り、一同は勇気百倍となってアンデッドの群れへと果敢に立ち向かう。

精神が時に肉体を凌駕する事があるが、まさに全員が疲労を忘れたように反攻を開始した。

 

雇われた大勢の冒険者の中には、ニニャが所属している「漆黒の剣」の姿もある。

彼らは銀級という立場なので戦闘には参加せず、後方で誘導や警備などの任を与えられていた。

 

 

「慌てないでー!ゆっくり進んでくださーい!」

 

「焦らずとも大丈夫ですから!」

 

 

低級の冒険者や衛兵が声を張り上げる中、荷物を背負った民衆が長蛇の列を作っていた。都市長の判断で、共同墓地に接する区画には避難命令が出され、多くの人間が更に内側の防壁の中へと避難する事になったのだ。

 

 

「ニニャのやつ、今頃は王子様と仲良くやれてんのかね!」

 

「どうだろうな……お姉さんも、無事に見つかったのなら良いんだが」

 

「あの英雄殿が居られるなら、心配ないのである」

 

 

彼らがそんな会話をしている最中も、共同墓地の方から激しい戦闘音が響いてくる。

不気味な音が鳴るたびに民衆が悲鳴をあげ、その足が早まるが、漆黒の剣の面々は彼らを慌てさせず、うまく宥めながら無事に内側の城壁へと誘導する事に成功した。

 

ルクルットの軽快な軽口や、ダインの大木を見るような安心感、引き締める時は引き締めるリーダーのペテルという、其々の人柄がうまくマッチしたが故であろう。

一見、地味な働きに思えるが、他の部署では走り出した民衆がパニックを起こし、大勢の怪我人を出した事を考えると、彼らは見事に与えられた任を果たしたと言える。

 

この後も彼らは休み無しで多くの民衆の避難誘導を行い、その手の功績もしっかり評価するアインザックから強く推され、見事に金級への昇格を果たす事になるが、それもこの騒動が起こした余波の一つであった。

 

 

 

 

 

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「ズーラーノーンか……面倒な連中ぢゃな」

 

 

アンデッドの軍勢の奥で指揮を執っている魔法詠唱者。

カイレの鋭い眼光が《それ》を抜け目無く発見する。

身に着けているローブや、装飾品、特徴的な杖などから即座に例の結社であると断定した。そして、これが過去に起こされた悲劇、“死の螺旋”であるという事も。

 

 

「連中の側へつきたいなら、別に止めはせんぞぃ?」

 

そんな、“何か”を知っているような挑発的な台詞に、クレマンティーヌが獰猛な牙を見せる。

 

「この骨集団さー、あんたの“お迎え”じゃない?ほら、あの世が呼んでるってば~」

 

 

互いに目の前に居たスケルトンの頭骨を砕きながら言う。

その視線は軍勢ではなく、むしろ互いの目へと向けられていた。険悪なのか、只のじゃれ合いなのか、判断のつかないやり取りに風花の面子が疲れ果てたように眼を伏せる。

 

 

「ほぅ、あれは例の戦士長殿か……中々の男(おのこ)よのぉ……」

 

「ババァ、目が腐ってんじゃねーの?あんなの装備に頼ってるだけっしょ」

 

 

四宝を身に纏った戦士長と戦士団が現れ、高名な蒼の薔薇や、続々と冒険者らしき風体の集団が現れ、一斉に共同墓地内で散開した。

その動きは、不意の乱戦に酷く手慣れているような姿である。戦士長とラキュースという卓越した野戦指揮官がおり、まして大勝利の後という事で士気も高いのだ。

 

 

「内紛続きと聞いておったが、中々どうして……やるもんぢゃわい」

 

「ババァってば王国贔屓なんだ~?後でチクってやろーっと」

 

「ヌシが男日照りなのも当然よのぉ……その性格では誰も寄ってこんぢゃろうて」

 

「誰が男日照りだぁー?枯れかけのババァにだけは言われたくないっつーの」

 

「妙な事を言う……ワシは今でも毎日、30通はラブレターを貰っとるぞ?」

 

「え”っ……マジで!?」

 

 

二人が暢気な会話をしている中、四宝を纏って疲労知らずとなった戦士長が矢のようにアンデッドの群れへと切り込み、一直線に突き進んでいく。まるで彼一人だけが早送りで動いているような速度であり、周りの動きが酷く遅く見える。

 

戦士長が切り開いた穴を広げるようにして戦士団が突撃し、見る見るうちに相手の戦線が散り散りとなっていく。帝国との戦争でも、この形で何度も敵陣営を突き崩しており、先頭に立つ戦士長が倒れない限りは、この変則的な《鋒矢の陣》とも言うべき突撃を防ぐ事は出来ない。

 

死の軍勢相手に、たった一人で無双ともいうべき働きを見せる戦士長に、クレマンティーヌは苛立ちを隠しきれない姿で唾を吐いた。何となく、面白くないのだ。

それ程に、戦士長―――ガゼフ・ストロノーフの姿が雄々しく、余りに強すぎた。

 

 

活力の籠手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)――疲労が無くなる。

不滅の護符(アミュレット・オブ・イモータル)――癒しの効果があり、常時HPを回復する。

守護の鎧(ガーディアン)――最高位硬度金属(アダマンタイト)製の鎧。

剃刀の刃(レイザーエッジ)――鋭利さのみを追求して魔化された魔法の剣。

 

 

四宝を身に纏ったガゼフ・ストロノーフは、まさに英雄と呼ぶに相応しい強さであり、クレマンティーヌからすれば万全の装備でない、今の自分の姿に激しい苛立ちを感じたのだ。

 

 

「あんな野郎より、私の方が強ぇんだよ……」

 

 

彼女には、強さしか無い。

それだけが彼女を救い、誇りを持たせてくれた。

そして、他者を圧する事すら可能にしたのだ。

そんな彼女の目の前で、見せ付けるように強さを振るう戦士長へ痺れるような殺意が湧き上がる。

 

 

「心配せんでも、万全の装備ならヌシの方が強いわい」

 

「……へぇ、私の強さは認めてんだ~?」

 

 

その一言に、意を削がれたようにクレマンティーヌが目を向ける。カイレの目は油断なく戦士長を見ていたが、その声は意外な程に柔らかいものであった。

 

 

「ぢゃが“万全の装備”で、というならワシが一番強い」

 

「はぁぁぁ?あんな反則に強いもクソもねーだろうが!」

 

「たわけが……殺し合いの場に、卑怯も反則もヘッタクレもあるかい」

 

 

―――そんな甘ちゃん思考ぢゃから、ヌシはいつまで経っても足元を掬われるのよ。

 

 

吐き捨てるように続いた言葉に、クレマンティーヌの喉が詰まる。

言い返したいが、うまく言葉が出なかったのだ。

命乞いをする相手に、言い訳をする相手に、同じような台詞を言ってきた過去がある。

 

 

「良い女になりたいなら、せめて“相手を認める”事からはじめるんぢゃな」

 

「……ほざいてろ」

 

 

カイレは言いたい事だけ言うと、さっさと風花の連中を纏め、陣形の再編成へと戻った。

 

 

 

 

 

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快進撃を続けるガゼフの前に、巨大な影が舞い降りてくる。

魔法に絶対耐性を持つスケリトル・ドラゴンの姿であった。骨で出来た竜ともいうべき異様な姿が現れた時、共同墓地に驚愕の声が次々と上がっていく。

その上、突破したと思ったアンデッドの軍勢が、更に後続から続々と押し寄せてきたのだ。

 

 

「援軍が必要かぃ、ガゼフのおっさんよ」

 

「ガガーラン殿か。助かった」

 

 

横へ並んできたガガーランへ、戦士長が短く言葉を告げる。

戦場では無駄な言葉は厳禁であり、殆ど二人は目だけで打ち合わせしたかのように、一斉にスケリトル・ドラゴンへの攻撃を開始した。非常に強力なアンデッドではあるが、二人は魔法とは無縁の存在であり、ガガーランの武器とは相性も良い。

 

 

「いっちょ、やったろうかい―――!」

 

 

ガガーランが初手から超弩級の15連撃を放ち、スケリトル・ドラゴンの体に大きなヒビが次々と走る。だが、衝撃の中でも骨の竜はその右手を振り上げ、一気にガガーランへと振り下ろす―――!

 

 

「させんッ!」

 

 

戦士長がブレイン・アングラウスとの死闘の中で掴んだ《六光連斬改》とも言うべき武技を放ち、骨の竜の右手がズタズタに切り裂かれる。更に後衛から矢のように飛び出してきた忍者二人が符を広げ、一斉に骨の竜へと忍術を叩き込んだ。

 

 

「「爆炎陣!」」

 

 

目を覆うような爆発が骨の竜を包み、得体の知れない声を上げながらその体が地へと沈んだ。

流れるような連携であり、それ以上に圧巻の攻撃力であった。

忍者二人が無表情でVサインを作り、それを見たガガーランと戦士長が苦笑する。

 

 

「美味しい所を掻っ攫う。それがNINJA」

 

「月に代わってお仕置き」

 

 

相変わらず意味不明な言葉を吐く二人だったが、その実力は本物なので誰も突っ込めない。後ろの戦士団からは「お仕置きされてぇ!」「ぺたん子最高!」などの怪しい叫び声も上がっていたが、戦士長はそれらの声には賢明にも聞こえないフリをした。

湧き上がる一同を冷えさせたのは、次々と唱えられた負の魔法である。

 

 

《負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー》

《負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー》

《負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー》

 

 

何処からか黒いローブを身に纏った集団が現れ、骨の竜へと黒い光線を放ったのだ。

骨の竜が再び立ち上がり、猛威とも言える尻尾を高速で振るい、かろうじて回避した忍者二人を除く、全員を派手に吹き飛ばした。

 

 

「この街に死を!」

「幾万の嘆きを!」

「我ら、死都を献上せん!」

 

 

彼らの発する言葉に、ガガーランが眉を顰める。

狂信者、というのを絵に描いたような連中ではないか。

 

 

「死都とは穏やかじゃねぇなぁ……あれか、おめぇらは邪教を信じるっつー、アレな集団かよ」

 

「ガガーラン、こいつらは恐らくズーラーノーン」

 

「そのズラ?ってのも機関の一部って訳かよ」

 

 

ガガーランが何気なく呟いた言葉に、黒尽くめの集団が激しく反応する。

その声は酷く誇らしげであり、他者を完全に見下した声色であった。

 

 

「然り!あの偉大なる死霊の将が居られる限り、我らに恐れるべき何者もない!」

 

「我らが盟主に闇あれ!天帝様に光あれ!」

 

「我らの満願、今こそ叶う時ぞ!貴様らなど機関様の前では棒を持った子供に過ぎん!」

 

 

彼らは次元の違う圧倒的な存在を目の当たりにし、興奮しきった様子で口々にあらぬ事を叫んでいったが、それが機関という影も形もない組織をよりリアルにしていく事になるなど、考えもしなかったであろう。

 

 

「興味深い話ぢゃのぉ……ワシも混ぜてくれんかぇ?」

 

 

全員が声のした方向を見ると、そこには一人の老婆と、10人を超える集団が居た。

その中にクレマンティーヌの姿を見つけ、ティアが目を細める。

 

 

「死を振りまくあの結社に、上位連中が居るとは初耳ぢゃ……はて、機関と言ったかの?」

 

「貴様らが知る必要はない。ここで虫ケラのように死ぬのだからな!」

 

 

カジットの下に仕える高弟はそう嘯いたが、実際の所、彼にも答えようがないのだ。

だって、何も知らないのだから。

かと言って、何も知らないとバレてしまうと「情報すらロクに貰えていない下っ端」のように思われる気がして、つい大きな態度を取ってしまったのだ。人間とは全く、度し難い生き物である。

 

 

「それに、死霊の将に……天帝ぢゃと……お主らの発言は、不穏すぎて見過ごせんわぃ」

 

「馬鹿が!貴様らなど、あの“滅びの力”の前に塵と化すだけよ!」

 

「滅びの……力……ぢゃと……」

 

 

カイレの眉間に寄った皺が大きくなり、その眼光が怪しく光る。

後ろの風花の面々からも、ざわめきが生まれ、互いの顔を見たり、何かを考え込む表情となった。

 

 

「お主らは………」

 

「スケリトル・ドラゴン!偉大なる死霊の将に贄を捧げよ!」

 

 

その命令に骨の竜が動き出し、その尻尾を縦横無尽に振るう。

同時にカジットの高弟達が骨の竜の後ろから次々と魔法を放つ。スケリトル・ドラゴンは盾役としても非常に優秀であり、前衛と後衛が見事な融合を果たしていた。

 

 

《電撃球/エレクトロ・スフィア》

《睡眠/スリープ》

《衝撃波/ショック・ウェーブ》

 

 

高弟達が次々と魔法を放ち、更に後続の死の軍勢が動き始め、辺りは完全な乱戦へと陥っていく。こうなってくると王国も法国もクソもない。あるのは生きているのか、死んでいるのか、それだけが両者を分かつ境目であり、それ以外には何も目に入らなくなる。

死者の軍勢との死闘が続く中、一同の目に信じられないモノが飛び込んできた。

 

 

―――――遥か前方の上空に、四体ものスケリトル・ドラゴンの姿を発見したのだ。

 

 

「カイレ様、これは尋常ではありません……ここは一時、引くべきかと」

 

「危険です。連中の先の発言と言い、本国へ持ち帰るべき情報かと愚考致します」

 

 

風花聖典の面々が次々とカイレへ進言する。

厳密に言えば、六色聖典の中でも違う部署であるカイレに、彼らに対する指揮権などはないのだが、その経歴と人柄から、風花の面々からも強い信頼と尊敬を受けていた。

そして、法国は大の為に小を捨てる決断もする。だからこそ、ここまで生き延びてこられた。

いかに多くの人間の命がかかっていようとも、突き詰めれば“他国の民”である。

風花の面々も当然、カイレが頷くものかと思っていたのだが……

 

 

「まさしく愚考じゃの。ワシらが退けば、後ろの民衆はどうなる」

 

 

返ってきたのは、指揮官にはあるまじき、一種の感情論であった。

一介の戦士や、壮士ならばそれでも良いであろうが、指揮官としては困った内容である。

 

 

「とはいえ、ヌシらまで地獄に付き合えとは言わん……本国へ撤退し、先の情報を知らせるとえぇ。そこのお嬢ちゃん、ヌシも怖けりゃ―――――逃げてもえぇんぢゃぞ?」

 

「ふざけろ、ババァ。100回死ね」

 

 

まるで、そう言われる事を予想していたようにクレマンティーヌが返す。そのやり取りを横目で見つつ、風花聖典の15名も一つの決断を下した。

 

 

「「ならば、我々もこの地にて“神”に信仰を捧げるのみ」」

 

 

彼らとて、いや、誰だって小を切り捨てたくはない。

様々な理由を付け、言い訳をし、泣き叫ぶ子や、母親を見捨ててきた事が何度あったか。亡骸に縋りつき、その場から動けなくなる者も、骨すら残らずロクに葬式すら出来なかった村だってある。

そのどれもが、彼ら彼女らの心に焼き付き、未だに心を蝕んでいるのだ。

 

 

「ほぅかい。なら、行こうかぇ」

 

 

その無造作な台詞と共に、法国の人間が一枚岩となって前方へと走り出す。

一同の頭には人の為に働き、神への信仰を捧げるという想いだけが残った。クレマンティーヌの頭にあるのは、闘争の場からおめおめ逃げ出す事は、死よりも恥であるというプライドである。

尤も、彼女だけは本当に命の危険を感じたら、さっさと離脱するだろう。

この集団の一糸乱れぬ動きを見て、王国の面々も陣形を立て直す。

 

 

「恐らくは法国の人間、それも長老格であろうな……今はただ、ありがたい」

 

「ガゼフのおっさんはまだ未婚だったよなぁ?国際結婚でも申し込むってんなら応援すっぞ」

 

「い、いや、私はまだ結婚など……」

 

「ガゼフはBBA好き。学んだ」

 

「吟遊詩人から物語化待ったなし」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!君達はまさか本気じゃないだろうな?!」

 

 

どんな時でも軽口と余裕を忘れない蒼の薔薇にからかわれつつも、王国一同も前面に立ちはだかる骨の竜を撃破すべく走り出した。

 

 

 

 

 

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Chase the light ―― 光を求めて

 

 

その“光”が共同墓地の奥地へと現れたのは、その頃である。

文句無しの、酷い戦場であった。

周辺にはスケルトンやゴーストが溢れ、遥か上空にはスケリトル・ドラゴンすら舞っているのだ。少しでも正気を保っている者がこの光景を見れば、即座に逃げ出すであろう。

 

だが、その光たるべき人物は―――小さな赤いローブを纏った少女とくっ付いたままでいた。

言われた座標・光景へと転移したは良いが、どうも互いに離れ難いらしい。

光はそっぽを向きながらも相手の体に手を回したままであり、少女も下を向いたままローブを強く掴んでいた。どちらかが離さない限り、永遠にこのポーズで固まっていそうである。

 

 

「ひ、酷い戦場だな……悟……」

 

「え、えぇ……本当に、酷いものです……許せないですよね……」

 

 

そう言いながらも、互いの手は全く動いてない。まだ離れないつもりらしい。

本当に酷いのはお前らで、許せないのもお前らだよ!と突っ込む声は残念ながらここにはない。

かつての仲間がこの光景を見れば、壮絶な突っ込みを入れた事だろう。

いや、光はここで物理的に死んでいたかも知れない。

 

 

《御方、その地点の後方にある小屋へ、対象の蟻を放り込んでおります》

 

 

その声に光―――モモンガが目を覚ましたように体をビクリと震わせる。

蟻、対象の蟻……その短い言葉にモモンガは改めて驚く。

 

 

(蟻、か………)

 

 

彼ら生み出したアンデッドは、命令には酷く忠実ではある。だが、自分に関わりのない全ての万物に対し、まるでゴミのような、心の底から価値のない物であると断じているようであった。

 

これは、ユグドラシルから引き継いでいるものなのか?

それとも、この異世界特有のものであるのか?

 

 

(そりゃ……実際、ゲームで他のキャラにいちいち心を砕いてたら話にならないけどさ)

 

 

召喚したプレイヤーにのみ忠実でなければ、そりゃ困る。

相手プレイヤーに気を使う召喚モンスターなど、存在としてチグハグすぎるだろう。そういう意味で考えると、彼らの思考はある意味、首尾一貫しているとも言える。

他のプレイヤーにも少しは気を使え、なんて珍妙すぎる命令だろう。

 

 

(彼らの思考は―――――正しいんだろうな)

 

 

現実でそれをやると問題点は当然、多々あるだろうが存在としては全く間違っていない。

それを思うと、自分はとても彼らの極端とも言える思考を責める気にはなれなかった。

 

 

「イビルアイさん、あの小屋から生命反応を感じます」

 

「ぇ……まさか、ラナーか?!」

 

 

恐らく普段は雑巾や箒、蝋燭などを収納している小屋なのだろう。ひっそり目立たぬ小さな小屋というより、倉庫のようなものがあり、モモンガはその扉をノックした―――

 

 

「私は冒険者の、モモンガと言います。誰か居ますか?」

 

「ラナー、イビルアイだ。居るなら返事をしろ!」

 

 

 

 

 

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倉庫を開けると、そこには異様な光景があった。

埃っぽい空間の中に、豪奢なドレスを身に纏い、その頭に小さな冠を載せたお姫様が居るのだから。ミスマッチといえば、これ程のミスマッチさはないだろう。

だが、こんな薄暗い空間でさえ、黄金とまで称された輝きは色褪せずに光り輝いていた。

 

一つだけ不審があるとすれば、それは彼女の顔。

その上半分を、妙な仮面が覆っている事であろう。仮面というよりは飾り、まるで仮面舞踏会で着けるような、着けている人物が誰なのか分からなくなる飾りであった。

 

それはピンク色の蝶のような形をしており、ドレスの色と相まって非常によく似合っている。

だが、攫われた人間がそんな物を着けている姿は―――やはり、異常であった。

何より、飾りにある目の部分すら覆われており、これだと前を見る事すら出来ない。

 

 

「ら、ラナー……それは何だ……あの魔神に付けられた物なのか?」

 

「いえ、暗いですし、一人で退屈だったもので……だから、“遊んで”いたのです」

 

「まったく、お前という奴は……こんな時でも突拍子の無い事を……」

 

「中々、楽しいものでしたよ?こんな経験は滅多に出来ませんから」

 

 

ニコリ、と太陽のような笑顔を浮かべながらラナーが言う。

顔が隠れているので口元でしか判断出来ないが、確かに彼女は笑っているようだった。

―――――これはラナーが事前に用意し、準備しておいた品。

 

彼女は限られた情報の断片から「エ・ランテルの英雄」を組み立て、彼女なりに分析・解析し、その能力に対する防御策を練っていたのだ。無論、彼女とて能力の全容は掴めていない。

だが、幾つか推測する事は出来る。彼女の天才さが―――それを可能にする。

 

 

(あの英雄の顔には、秘密がある)

 

 

ラナーは仮面の下で、確信に近い思いを抱く。

エ・ランテルにおいても、昨夜の暴動でも、大観衆が熱狂するのはその顔が現れた時ではないか。余程、強い魅了の魔法でも使っているのか、マジックアイテムなのか?

はたまた、顔に一種の“呪い”がかけられている可能性だって否定出来ない。

 

 

(いずれにせよ、その顔を見るという選択肢はないですね……)

 

 

だが、そんな手品めいたものを抜きにしても、彼の実力は本物であろう。

本物だからこそ、人々があれ程に熱狂する。

彼は実際に大きな働きを見せ、実績を積み、その後で顔を見せるケースも多い。単純に顔だけと言う訳ではなく、もしかすると二段構えの能力である可能性もある。

 

 

(実力を示し、その後でないと効果が発揮されない……もしくは、効果が弱まる?)

 

 

ならば、見なければ良い。耳にもしなければ良い。

いいや、違う。

いっそ―――認識しなければ良い。

それは非常に楽で、簡単な事だ。

何故なら、自分は他者など元より認識していないし、その手の作業には酷く慣れているのだから。

 

 

(英雄?魔神?―――――それが何だと言うのか)

 

 

まずはこの英雄を使い、あの魔神を殺す。

勝てるかどうかは分からないが、蒼の薔薇や戦士長なども含めた戦力で考えると、勝つ確率は高いと見る。伝説のアンデッドすら、この英雄は軽く一蹴する程の実力を持つと聞いた。

 

 

(あの魔神がどう鳴くのか、とても楽しみですね……)

 

「え、えっとお姫、様……?まずは、安全な場所まで貴女をお送りしようかと……」

 

 

英雄の声。特別さなど感じない、普通の声だ。

視界も物理的に真っ黒で何も見えやしない。

当然、自分には何の変化もない――――賭けに、勝った。

ならば、今後はこの英雄もうまく手懐け、馬車馬のように働かせてやる。むしろ、あの魔神と相打ちにでもなってくれれば、最後に始末する手間も省けるというものだ。

英雄などの“劇薬”は、瀕死の病人には必要かも知れないが、自分には害でしかない。

 

 

―――――ゾクリと、股間から快感が湧き上がる。

 

 

いや、始末するのは早計か?

人々が英雄と崇める程の存在を、犬のように首輪を着けて楽しむのも良いかも知れない。

愛犬は一匹しか持ってはならない、などというルールはないのだから。

 

 

(英雄好きのクライムの為にも、強い番犬を一匹増やしても良いかも知れませんね)

 

 

「いえ、私は送って頂くよりは、むしろ………」

 

「で、ですが、ここは戦場で……って、お姫様、どうかしましたか?」

 

「どうした、ラナー?」

 

 

胸が、苦しい。

呼吸が……目がチカチカする。

顔が、熱い……熱い、熱い、熱い、熱い!

この気持ちは。

動悸は。

意味も無く、飛び跳ねたくなるような、この気持ちは何……?

 

 

 

 

 

《国堕とし》

流星の王子様からの最終派生スキル。

亡国の王子や流浪の王子に対し、姫が恋に落ちるのは古今東西、物語の鉄板である。

人間種の「姫」の名を冠する職業の者に対し、最大特効魅了効果を発動。

 

ユグドラシルでは性能としては微妙なのに一部にコアな人気があった、

《姫/プリンセス》や、そこから派生していく《姫騎士/プリンセスナイト》、

《絶対の剣姫/ディフィニット・ソードプリンセス》など、姫が付く職業に限定されたスキルであり汎用性こそ低いが、効果は非常に高く、完全耐性すら優に突き抜ける。

防ぎようのない効果の為、発動にまで時間を要するのがネック。

 

 

 

 

 

「そう、ですね……人を犬のように飼うなど、私は間違っていたのかも知れません」

 

「は、はぁ……って、犬!?」

 

 

我慢出来ずに自分の仮面を剥ぎ取る。

予想とは違い、「私の王子」はフードを深く被り、その顔を隠していた。

それに対し、強烈な不満が湧き上がる。

何故、隠すのだろう。

どうして、他でもない私に隠し事なんてするのか。

 

 

「モモンガさん、フードを取って下さい」

 

「え”っ……い、いや、これには訳があって、その、ご容赦願えますと……」

 

「ダメです。嫌です。今すぐに取って下さい。と言うより、見ちゃいます。えいっ♪」

 

「ちょ、ちょっと……!ダメですってば!」

 

「嫌です♪」

 

 

 

 

 

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見ようにはよっては、二人でイチャイチャしているような姿である。

それを見て、もう一人の“仮面”を着けた少女が、拳を固く握っていた。

恐らくは、鉄すら優に捻じ曲げるであろう握力で。

 

 

「相変わらず、楽しそうだな……」

 

 

周囲の温度が、一気に冷え込む。いや、それは墓地に相応しい温度であったのかも知れない。

今までが、墓地とは思えぬピンク色の空気すぎたのだから。

だが、ラナーは全く空気を読まずに発言する。いや、あえて読まないのであろうか?

 

 

「はい、とても楽しいんですっ!何だか、頭のモヤモヤが晴れたような気がします」

 

「ほぅ……それは良かった。めでたい、と祝福すれば良いのか?」

 

「愛犬の他にも大切な人が出来るなんて、今日はとても素晴らしい日です……それこそ、“祝日”にすべきでしょうか?いえ、そうしちゃいますっ!」

 

「なるほど、祝日だそうだ……流石に大英雄様ともなれば凄いものだなぁ?」

 

 

イビルアイがそう言いながら《水晶の短剣/クリスタル・ダガー》を作り出す。

防御する事すら困難、と称される彼女の得意魔法である。

大地系の宝石特化から、水晶に限定して強化した極端な魔力系魔法詠唱者(エレメンタリスト)としての爆発的な攻撃力が込められた至玉の一品だ。

 

 

「ぁ、あの……その短剣は………一体……」

 

大英雄がそのキラキラとした短剣に腰を引き。

 

 

「まぁ、とても綺麗ですね!ケーキはこれでカットしましょうか♪」

 

ラナーが場違いな言葉を吐く。

 

 

「ほぅ、ケーキか……一体、何のケーキを切る気なのか楽しみで仕方がないな」

 

 

その言葉が終わる前に、生命の危機を感じたモモンガが倉庫を出て走り出す。

かつて彼は言ったものだ。

 

 

―――――そのまま背を向け、逃げるなど芸が無い、と。

 

 

だが、彼の姿にも芸なんてモノは何もなく、ただ全速力で逃げるという無様を晒していた。

それを追うイビルアイも、周囲の事など目に入っていない。

ここは現在、戦場であり、多くの凶暴なアンデッドが蔓延る死地なのだ。

 

 

「ご、誤解です!何か勘違いしてませんか!?」

 

「次はラナーのおでこに口付けする気なんだろうがっ!そうなんだろう!」

 

 

《ちょ……これ、マジで何とかしてくれよ!ペイルライダァァァァァ!》

 

《実に素晴らしき光景ですな。このペイルライダー、感涙を禁じえませぬ》

 

《何言ってんの、お前はぁぁあぁぁぁぁ?!》

 

 

こうして墓地の奥地では別の大バトルが発生し、ラナーは倉庫の中でこれからの事について、あれこれと妄想を膨らませていた。大英雄を連れて帰ればクライムも喜ぶだろう、と。

姫と愛犬だけでは、確かに風景として一つ欠けているのだ。

夫と、妻、そして愛犬……これであろう。欠けていた大事なピースが埋まったような気分である。

 

 

(これは、想像するだけでも心温まる風景ですね……)

 

 

世界というものが、それで見事に出来上がる。完結する。

理想的な家庭とは、家族とは、このような姿を指すのか。まさに蒙を啓かれた気分であった。

雪が降る日には、夫婦で愛犬を連れて散歩をするのも良いだろう。

初夏には愛犬と水遊びをするのも楽しそうだ。

木漏れ日が降り注ぐ中、頑張って餌を作るのも良い。

月に一度は、首輪の色も変えなければならないだろう。そのどれもが夢膨らむ生活である。

 

 

(そうと決まれば、さっさと国を変えなければなりませんねっ!)

 

 

ラナーが細い腕をあげ、可愛くガッツポーズを作る。

その見た目は、何処までも黄金のプリンセスであり、見る人々を魅了するであろう。

片方の王子は、それに輪をかけた魅力の持ち主である。

魑魅魍魎が満載の墓地ではあったが、奥地だけは何処までもピンク色であった。

 

 

 

 




遂に登場した、章タイトルにもなっている最終決戦スキル。
もう気付いている人は気付いてるでしょうが、章タイトルは常に登場スキルを指しています。
今回は本家のイビルアイさんが居るので、良い煙幕となってくれましたが(笑)




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