OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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巨悪と魔神

モモンガがベッドの上を転げ回り、忙しく左右に動いていた。

鉛筆が転がっているような何とも言えない姿を、ハムスケが木の実を頬張りながら見ている。

片方の表情は悲痛だが、片方の表情は何処までも暢気であった。

 

 

(何でお姫様が攫われてるの?ねぇ?何で!?)

 

 

ペイルライダーからの連絡を聞いて、幸せな昼寝から叩き起こされたモモンガである。

その頭は混乱の極みにあり、何処までも一般人である彼の頭脳は既に焼き切れそうな程にヒートしていたが、未だに現状を把握できずに居た。

 

 

(しかも、計画通りって何だよ!何の計画だよ!)

 

 

ペイルライダーの自信に溢れた報告内容を何度も思い返すが、まるで意味が分からない。

彼はこの国のお姫様(?)を攫う事が自分の立てた計画だと思っており、それどころか彼らを生み出した時から既にそれらの計画を全て立てていたという事になっているらしい。

正直、何を言ってるのかサッパリ分からず、曖昧な返事をして時間を稼ぐのが精一杯だった。

もう一度、もう一度だけ振り返ろう……何かヒントがあるんじゃないのか?

 

 

 

~~~~~~

 

 

「全ては御方の計画通りであります。何もかもを最初から計算しておられたとは……このペイルライダー、蒙を啓かれたような心地であります。改めて、至高の玉座に相応しき方かと」

 

「う、うん………」

 

「しかし、私程度の読みなど浅い事は承知しております。御方の深き叡智は更なる先を見通しておられる筈……この非才なる身に、どうか福音を授けて頂けないでしょうか」

 

「ちょ……し、暫し、待て。追って、連絡をする」

 

「ははぁぁぁ!」

 

 

~~~~~~

 

 

 

ダメだ!やっぱり何を言ってるのかサッパリ分からない!

あの後、慌てて彼の行動などを共有して見てみたが、更なる衝撃が自分を襲った。

 

(これ、世紀末を暴力と恐怖で支配しようとした人じゃん!)

 

恐らく、男なら誰でも知る著名キャラクターであり、そのロールでもしてるかのようだった。そして、すぐさま直感する―――あの妙なスキルが、また妙な事を仕出かしたのだと。

 

 

(あのスキルめぇ……何処まで俺を追い詰める気なんだ!)

 

 

ともあれ、このマズイ現状をどうにかしなくてはならない。

お姫様を攫うなんて縛り首なんてレベルじゃないだろう。何とか機関の魔の手から救い出した、的なノリで片付けるしかない……それにしてもベタだ。ベッタベタじゃないか。

攫われたお姫様の救出とか、古すぎて逆に新しいかも知れないけれど。

 

どうしようかと頭をフル回転させていたら、デコスケが自分の前に跪く。

何か言いたい事があるらしい。

 

 

「どうした……まさか斬ってくれ、とか言い出さないでくれよ?」

 

「オォォ」

 

「それは大歓迎ですが、違います?遠くから大きな死の匂いがする??」

 

 

スキルの一つ《不死の祝福》を使い周囲を探るも、別に気配はない。

少なくとも、この森にはアンデッドは居ない筈だ。だが、それこそ「本物」のアンデッドであるデコスケは、もしかしたら自分より生者や死者などに対する動物的な嗅覚や感覚が優れているのかも知れない。

 

本来、不死の祝福は大雑把な数と方角が分かるぐらいだが、余り遠距離になると精度が落ち、知覚能力も薄れていく。森より、更に遠い場所って事だろうか?

遠隔視の鏡を取り出し、知っている場所を調べていく。

 

 

「オォォ!」

 

「方角はこっちの方か……カッツェ平野って場所かも知れないな」

 

 

毎回、そこで戦争をしているらしく、アンデッドの温床になっていると聞いた。そこからは日夜、アンデッドが発生して時に強いアンデッドが自然発生する事もあるらしい。

怨念の染みついた場所を放置していると、より強いアンデッドが生み出されていくというのは、何やらユグドラシルの魔法にも通じる所があってちょっと面白いと思ってしまったものだ。

 

 

(あれ、何だこれ……)

 

 

地図を広げながらカッツェ平野を探していたが、そこへ行く手前にあった見覚えのあるエ・ランテルの街が鏡に映る。少し思い出に浸ろうかと思っていたら、様子がおかしい事に気付く。

 

 

「げぇ!」

 

 

鏡に映ったのは、共同墓地から外に出ようとしている大量のアンデッド。

そして、それを阻止しようと門を固く閉め、高い石壁の上から衛兵が懸命に槍で突いたり、冒険者達が必死で魔法を唱えたりしている姿だった。何だ、これ??

 

 

(どうして、こんな変な事ばかりが起きるんだよ……それも、同じタイミングで!)

 

 

この世界は一体、どうなってるんだ??

ユグドラシルもリアルも、大概メチャクチャだったと思うが、この世界も同じレベルじゃないか!

さっきは八本指が暴動を起こして、次はアンデッドの襲撃だって?

こんな大量のアンデッド祭りとか………うん??アン……デッド……?

 

 

 

その時、モモンガに電流走る―――――!

 

 

 

幾つかの線が伸び、それらが一つの点へと導かれていく。

電子回路があるべき道筋を辿り、故障していた機械が一斉に起動を命じられたかのよう。

 

 

「へへ……きたぜ……ぬるりと……」

 

 

思わず発した言葉に、ハムスケとデコスケが「ざわ…ざわ…」と言った様子でざわめく。

誰が起こした騒ぎか知らないが、これを利用して全てを丸く収めるしかない。ついでにエ・ランテルの街も救えるだろうし、一石二鳥だろう!

 

あの様子だと、余り時間がなさそうだ。

即座に組み立てた計画を実行に移すべく、ペイルライダーを呼び出す。

 

 

「ペイルライダー、今からお前にはエ・ランテルに行って貰う。何者かがアンデッドを呼び出して街を襲っているようだが、それらの主導権を“機関”が奪うんだ」

 

 

そう言いながら、自分が見たエ・ランテルの景色を彼へ共有する。

打てば響くような声で彼が頷いた。

 

 

「この騒ぎも全て御方の計算通りなのですな。矮小なる我が身など、至高の智の前に平伏するばかりであります」

 

「えっ……ま、まぁ、そういう事だね……」

 

 

苦しい。自分で言ってて苦しすぎる。

彼からの過大評価の極みが、一般ピープルである頭と胸に突き刺さるかのようだ。だが、この騒ぎを利用しない手はない……実際、放っておいたらあの街が危ないだろうし。

エ・ランテルは、この世界で初めて訪れた街だし、色んな思い出もある場所だ。

知ってしまったのに、何もしないなんて後味が悪すぎる。

 

 

「ペイルライダー、そこに居る面子を転移させるよ」

 

「ははっ!」

 

 

念の為、いつものローブを着てフードを深く被る。

今となっては、すっかりこの姿が板についてしまったな………。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

転移した小奇麗な部屋にはペイルライダーとレイス、骨のハゲワシの3体がいた。

3体が恭しく跪く中、攫ってきたというお姫様の姿もある。

完全に気を失っているようで、顔色も余り良くない。

 

 

(ごめんなさい……後で必ず帰しますので……)

 

 

今更、すぐに戻すのは不自然すぎて出来ない。なら、さっきの騒動と併せてお姫様救出ミッションを繰り広げるしかないだろう……エ・ランテルを救うんだし、何とか勘弁して下さい!

 

 

(にしても、お姫様とかって本当に居るんだな……)

 

 

流石はファンタジー世界だと変な所で感心してしまう。

豪華なドレスをまじまじと見ながら、ペイルライダーへ指示を出す。

 

 

「現地に着いたら、状況を把握してから騒ぎの首謀者を押さえてくれるかな。細かい事は現地での裁量に任せるけど、街に出来るだけ被害が及ばないようにして」

 

「はっ、全ては偉大なる創造主モモンガ様の為に―――――」

 

 

騒ぎは知らない所で勝手に起きてしまっている。

完全に被害を無くすというのはもう、出来ないだろう。出来るだけ押さえ込むしかない。

隣の部屋に居るという八本指の首領や幹部、その手下どもを放り込んでいるという大部屋などの情報を聞き、彼らをエ・ランテルの郊外へと転移させる。

ひとまず、これであの街への被害は極力抑えられるだろう……と思いたい。

 

 

(それにしても、八本指……か……)

 

 

正直、顔も見たくない集団だが、これを放置する事は出来ないだろう。

隣の部屋に入ると、六人の身なりの良い男女が気でも狂ったように何かを叫んだり、壁を引っ掻いたりしていた。それはまるで、あの娼館での焼き直しのようでもある。

 

幹部と思しき連中も、全員が頭を押さえてのた打ち回っていたり、嘔吐していた。

自業自得、因果応報などの単語が頭に浮かんだが、それ以上の事は何も浮かばない。この惨状を見たら少しは同情したりしても良さそうなものだが、驚く程に自分の心は穏やかだ。

 

足の腱まで切られ、完全に逃げられない状態でガリガリに痩せ細っていたニニャさんのお姉さんの姿が頭に浮かぶ。顔は幾度もの殴打によって腫れ上がり、破裂寸前のボールのようになっていた。

そして、完全に気が狂ってしまっていた女性達。

 

 

「悪を倒す都合の良い正義なんて無い……悪を倒すのは、より大きな巨悪なんだってさ」

 

 

誰も聞いていない部屋で、ポツリとこぼす。

こんな自分でも……もう、この世界には無視出来ない人達が沢山居る。

 

 

「なら、喜んで俺がその“巨悪”になってやる―――」

 

 

それは自然に口から出た言葉であった。

悲惨な娼館も、滅茶苦茶な暴動を起こしたこいつらも。

何の企みがあるのか、エ・ランテルの街を襲わせている連中も。

 

 

 

「なぁ、お前達の悪とやらは、仲間達と共に築いてきた“悪”に勝てるか?」

 

 

 

俺はこれっぽっちも―――――

 

負ける気がしない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

八本指のアジトであろう館を出て、戦士長さんへ伝言を飛ばす。

この大捕物と言うべき事態は、この国の公的な人達の手に委ねた方が良いだろう。一介の冒険者の身には余るというものだ。

 

彼らの組織や薬物のルート、関連する人物などは全て資料として差し出されている。

後はこの国が処断するだろうが……処断などの前に、もうあの連中は廃人になっているので、後は関連した人物や組織などが芋蔓式で捕らえられていくだけだろう。

 

程なくして、戦士長やその部下達、それに服装がまるで違う四人組が姿を現す。

この四人は格好からして、冒険者っぽいな。

 

 

「モモンガ殿!ここに八本指の連中が捕らえられているというのは本当か!」

 

「えぇ、まるで“用意”されていたかのようでしたよ……」

 

「よ、用意……とは?」

 

「見てもらえれば分かります」

 

 

館の中に入ると、当然の如く阿鼻叫喚の地獄絵図が待っていた。

自分は先程見ているので何とも思わないが、周囲からはどよめきと、困惑した声が相次いだ。それもそうだろう、散々悪事を働いていた連中が全員廃人となって、のた打ち回っているのだから。

 

 

「これは……八本指の資料か……何故、こんなものが……!」

 

 

戦士長さんが驚きの声を上げ、戦士団からも驚愕の声が次々と上がる。

執拗とも言える緻密さで書かれた内容は、自白などと言うレベルではなく、完全なる無条件降伏であり、それは形を変えた“自殺”とも言えた。

 

 

「からかっているんですよ……機関の連中は、こうした児戯を時にやる。自分達にかかれば、どんな組織も一日で“これ”だ、とね。周囲への見せしめの意味合いも大きいでしょうが」

 

 

これが連中の恐ろしさです、と言わんばかりに呟いてみたが、内心はちょっとドキドキである。

流石に捕縛と資料のダブルセットはやり過ぎだっただろうか?

 

 

「本当に恐ろしい連中ですな……こんな組織と、モモンガ殿は一人で……」

 

「別に、そう悪い事ばかりでもありませんよ」

 

「………と、言うと?」

 

「お陰で、多くの大切な人達と知り合う事も出来ましたし……ね」

 

 

何気なく言った言葉だったが、これは本音でもある。

とんでもスキルの所為で“機関”なんてものと戦う事になったけれど、これが無かったら自分はこれ程に多くの人達と知り合う事はなかっただろう。

 

それこそ、アテもなく顔を隠しながら放浪の旅でもするしか無かったんじゃないだろうか?

定住する事も出来ず、転々と街を移動する日々なんて想像するだけでゾッとする。

その点を思えば、流石に感謝こそしないが……完全に否定する事も出来ずにいた。

 

 

「やはり“大英雄”殿は大きいですな……」

 

「えっ?」

 

 

気付けば、周りから尊敬や畏敬の篭った熱い目で見られている自分が居た。

やめて!恥ずかしいとかいうレベルじゃないんですけど!?

この空気はダメだ!こういう時はさっさと話題を変えよう……。

 

 

「それより、戦士長さん。姫を攫った騎兵についてですが……」

 

「うむ、どうやら王城からの知らせではエ・ランテルでもアンデッドが突如出現し、街が襲われているらしい……これも奴の仕業だろうか?」

 

 

ナイス王城!説明が省けて助かったよ!

と言うか、もう城の方には知らせが届いているんだな……この国の伝達速度も侮れない。この世界では、伝言の魔法は使用者の魔力によって距離が決まる。必然的にこの世界では伝言の距離は短くなり、内容も不明瞭なものとなる為、余り重用されてはいない。

 

だが、短い距離で伝言をリレーのようにしていけば、その短所もカバー出来るだろう。

恐らくは、王城へと繋がるラインはそのようにしている筈だ。

じゃないと、国防も何もあったものじゃないもんな……。

 

 

「えぇ、間違いなく……機関の仕業でしょう。下部組織の粛清と、姫の誘拐、そして遠く離れた街への襲撃……こんな事を同時に出来るのは連中しかいません」

 

「ですな……では、我々はどう動くべきでしょう?」

 

「その前に、ここを綺麗に片付けませんか?大部屋にも多くの人間がいるようです」

 

 

向こうに行く前に、この連中をきっちり片付けておかないと落ち着かない。貴族連中にはこいつらと通じてるのも多いと言ってたし、全員が牢獄に入るまでは安心出来ないだろう。

いや、牢獄に入ってすら安心出来ない……と言っても、首領と幹部が全員廃人となっていたら、外に出てきても錯乱した病人が増えるだけであって、もはや何事も出来はしないだろうけど。

 

 

次々と資料が運び出され、首領や幹部連中が捕らえられていく。

縄や鎖で巻かれたり、手錠のようなものを着けられている者もいる。いつかテレビで見た一斉摘発の場面のまんまだ……警察官であるたっちさんも、こんな場面に遭遇した事があるんだろうか。

 

 

(たっちさん、俺は“困っている人”を助ける事が出来ましたかね……?)

 

 

つい、ここには居ない人へ語りかけてしまう。

先日、彼と同じ鎧を着ていた事もあって、何だか涙が出そうになった。

もしも、たっちさんがこの世界に居たらどうしただろうか。

あの娼館を見たら、きっと彼も自分と同じような、いや、もっと強い怒りを感じたんじゃないだろうか。そして、自分なんかより、もっとスマートに事を片付けただろう。

 

 

「ふ、ふざけるなぁ!俺は六腕の人間だぞ……てめぇら雑魚なんかにぃぃぃ!」

 

「アタイに汚い手で触れんじゃねぇぇ!外に出たらブッ殺してやるッ!」

 

 

大部屋から次々と縄をかけられて捕縛されていく中、飛びきり元気なのが二人居た。確か、六腕と呼ばれる人間の生き残りだったか?

殆ど興味なかったからスルーしてたけど……何て名前だったっけ?

タイミングの良い事に、隣に立っていた戦士長さんが重々しく口を開いて説明してくれた。

 

 

「踊る三日月刀・エドストレームと、空間斬のペシュリアンか」

 

(えっ……!?)

 

 

何、いま何て言った?空間を斬るだって……?

胸がトクン、と一つ高鳴る。

いま、たっちさんの事を考えていたからか、余計に胸を鷲掴みにされた。

 

 

「ちょ、ちょっと待って!そこの君……空間を斬るだって!?」

 

 

思わず大声を出してしまう。

自分の声に周囲が驚いたように動きを止める。変だと思われただろうか……いや、今はそんな些細な事を気にしてる場合じゃない!

 

 

「そ、そうだ!俺の剣は空間ごと斬り裂く魔技よ!本当ならてめぇらみたいな雑魚どもに」

 

「見せてくれ!今すぐ!早く!さぁ!ここで!そこの人、縄を解いて!」

 

「え、えっと……その、こやつは極刑間違い無しの犯罪者で……」

 

「自分が責任を取りますから!!早くッッ!」

 

「縄を……解いてやれ。罪は別として、戦士としては戦ってこそ本望であろうよ」

 

「戦士長まで……わ、わかりました………」

 

 

こうしてペシュリアンという男の縄が解かれ、全員が男と自分を中心に大きく距離を取る。

部屋の中を重苦しい空気が支配していったが、逆に自分の鼓動は高まるばかりだ。あの技を、世界でもほんの一握りしか使えないあの技を……この男が……?

流石にたっちさんには及ばないだろうけど、その片鱗でも見る事が出来るなら……。

 

 

「てめぇを殺して、俺は逃げるぜ……俺はこんな所で死ぬ存在じゃねぇんだッ!」

 

「お前の魔技ってのが本当なら……好きに逃げると良いさ」

 

「ハハッ!馬鹿が―――死ねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 

興奮と期待に満ちた視界の中……白い糸のようなものが走る。

何かの手品のように放たれた《それ》が、自分の前で障壁にぶつかったように弾かれた。

 

 

《上位物理無効化Ⅲ ―― 60lv以下の物理攻撃を無効化》

 

 

男の手にあるのは極限にまで細められた剣……いや、斬糸剣とでも言うべきか。

冷静に分析出来たのはここまでだった。余りにもお粗末な空間斬とやらに、身が震えてくる。

腹の底から溢れてくる怒りが止まらない。止められ、そうもない……。

視界が赤色に染まり、ついには全身が震えてくる。

気を抜けば何かを叫び出しそうだった。これは……良くない、自分は良くない事を、する。

して、しまう。

 

 

叩き付けてくるような胸の鼓動と。

目の奥で散りっぱなしの火花に―――急いで全感覚を委ねる。

瞬間、体の支配が何かに移り変わったように動き、左手が顔を覆う。

指の隙間から、目の前の男へ視線だけで殺すような《眼》を向けた―――奇しくも、自分の怒りとスキルが、不気味な程に一致している。

 

 

 

「な”……どういう事だ?!……どうして!何故、俺の攻撃がっ!」

 

 

「何故、と言ったか―――――たった一つ、シンプルな答えだ」

 

 

 

握り締めた拳を慣らすように、指をポキポキと鳴らしながら近づく。

残念な事に、両拳のコンディションは最高潮であった。

 

 

 

「く、来るな……こっちに来るなぁぁぁぁッ!」

 

 

「―――――テメーは俺を、怒らせた」

 

 

「ひぃぃぃ!!」

 

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァッ!」

 

 

 

 

 

全力で拳を叩き付けた。

2トンの石を軽々と持ち上げるこの《凶器》を、両拳を、激情のままに叩き付ける。一発、二発、三発、四十発、六十発、雨霰とラッシュを打ち込み―――気が付けば、相手が壁に埋まり、壁を突き抜け、最後には地に叩き付けるようにして放った拳が、相手をアジトの中庭にあった優雅な池へとド派手に叩き込んだ。

瞬間、池の水が全て枯渇するような噴流をあげ、派手な水飛沫が庭へと飛び散る。

 

静寂が支配する部屋で自分の体が悠々と横へ向き……

気取ったポーズを取りながら、親指でフードを跳ね上げ、呟く。

 

 

 

「やれやれだぜ―――――」

 

 

 

瞬間、戦士団から大きな歓声が上がり、後ろの冒険者四人が抱き付いてきた。

ちょ、ちょっと待って……むしろ、このポーズならフードを深く被り直すべきじゃないのか!?

何でフード脱いでんだよ!

 

 

「すっげぇよ!これが大英雄さんの力かぁぁぁ!」

 

「ヤッバイ!あんた、COOLすぎだってば!」

 

「聖騎士と聞いておりましたが、修行僧(モンク)でもあられたとは驚きですな!」

 

「……格好良すぎ。妹が二人居ますが、結婚を前提に結婚して下さい」

 

「ちょ、離し……!ってか、最後の人は何言ってんの!?」

 

 

大騒ぎの中、踊る三日月刀は抵抗する意欲すらなくし、その場にへたり込んだ。

ガゼフは自分もつい、勢いで抱き付きそうになっていたが、フォーサイトの面々がモモンガの全身を覆っていた事もあって、何とか自重する事に成功する。

大捕物はこうして、おかしな騒ぎと興奮の中で無事完了するのであった。

いや、無事かどうかは分からないが。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――エ・ランテル 共同墓地上空

 

 

ラナーは気絶から目を覚まし、驚きの声を上げた。

自分があの“地獄”のような騎士の小脇に抱えられ、その眼下に移る景色もまた“地獄”であった為である。信じられない数のアンデッドが遥か下で蠢いており、もしかしたら、あの中へ自分は放り込まれるのではないかと思ったのだ。

 

 

「ここは、何処でしょう?」

 

 

これ程の大規模な墓地……恐らくはエ・ランテルであろう。

それを知りつつも、自分を抱える騎兵に問いかけてみる。

当然の如く、相手からの返答はない。正確に言うなら、自分を生物として見做していない。

他者を同じように見ている自分だからこそ、このモンスターの中にある自分の位置や地位と言うものが分かるのだ。

 

 

生まれた頃より、周囲から「姫」と呼ばれる存在であった自分には非常な驚きでもあった。

確かに自分を軽んじたり、馬鹿にしたりする連中は居た。女中にもメイドにも、貴族の中にも、数え切れない程に存在した。だが、それらは自分が《あえて》そう仕向けたものであり、こちらを軽んじさせる事で相手の油断や隙を誘う為のものである。

 

 

《この“地獄”は最初から、自分を全く無価値だと断じている》

 

 

驚くべき事であった。

知性ある存在であるなら、自分はどんな存在とでも渡り合えると思っていたし、利用する事も、共存する事も可能であると思っていたのだ。だが、これは………

 

 

「随分と楽しそうな祭りですね。安全な場所から見ると、スケルトンも可愛く思えます」

 

 

返事も期待せずに、思った事をそのまま言う。

そして、これまで起きた様々な事柄へと思考を巡らせる。普段ならば並列して物事を考えるが、今回は一つ一つ、段階を踏んで考えるべきだろう。

余りにも不可解な事が多すぎる―――

 

まず、八本指が起こした暴動だが、これは前々から予兆もあり、既に手を打っていた。蒼の薔薇の忍者と打ち合わせも済ませており、最小限に被害を抑えるべく、冒険者組合への根回しも万全。

現に、暴動による被害は少ない規模で食い止める事が出来た、と言って良いだろう。

むしろ、自分にとってはあの暴動が成功しようが、失敗しようが、どちらでも良かったのだ。

 

問題は、その後に現れた“機関”という存在。

これまで、毛程もその存在を感じさせず、突如として現れた死の集団。

どんな組織にも方向性や理念というものがあるが、その点で考えると彼らは無茶苦茶である。八本指の暴動を彼らは粛清という形で殆ど力ずくで押さえ込み、壊滅に追いやったのだ。

その結果と利で考えると、これは間違いなく“王国に利する”ものである。

 

その次は、白昼堂々と王城へ乗り込み―――自分の誘拐。

その上、次は王城から遠く離れたエ・ランテルで死者の軍勢とも言うべきものを呼び出して襲わせている。何かの計算に従っているようでもあり、王国自体を“からかっている”ようでもある。

王国を利したり、害したり、その行動に一貫性がないのだ。

 

 

「不思議な事をするのですね。貴方の主は、この国に“興味がない”と見えます」

 

 

そう……この魔神ともいうべき存在の主は、王国に興味がない。

まして、攫った自分にすら興味がない。示威行動であるとするなら、無駄が多すぎる。

この魔神を理解し、紐解く鍵は一つしかないだろう。

彼の主とも言うべき存在。少なくとも、彼の主……いや、上位者は二人居る。

天帝と呼ぶ存在と、御方と呼ぶ存在。

 

前者には遠い憧憬や、畏敬が込められており、それこそ物理的な距離が感じられる。

逆に後者は近い。近いのだ。

玉座を放り投げた時に発した台詞が物語っている。

 

 

―――――その座は、“今すぐ”にでも御方が座るべきなのだ、と言いたげであった。

 

 

逆に天帝と呼ぶ存在は、やはり遠い。

 

 

―――――あの方が居られれば、皮でも剥がされて見世物にされているであろう、と。

 

 

この距離こそが、この地獄の魔神を紐解き、御する為の鍵となる。

だからこそ、自分は直感に従う。

そして、賭けに出る。

 

この現状を利用し、如何に自分に利するかを―――――

 

 

 

「……“御方”の話を、聞かせて貰えませんか?」

 

 

 

その単語を発した瞬間、“地獄”がはじめて自分を見る。

そこに物を言う生物が居たのか、と言うべきような視線であった。余りと言えば、余りな視線に、もう笑ってしまいたくなる……心の底から自分の事など蟻のような存在だと思っているらしい。

そしてある意味、予想に違わぬ返答が返ってきた。

 

 

「この矮小なる身に―――――偉大なる御方を語る口など存在せん」

 

 

それだけ言うと地獄が自分を宙へと投げ出し、骨で出来た鳥のようなモンスターが自分の胴体を掴んだ。まるで物のように扱われる自分が、いっそ小気味良い程である。

 

 

「口から生まれたような女よの……それ程にしゃべりたいなら、そやつをオウムか九官鳥のように思い、好きなだけしゃべり続けるが良い―――誰も止めはせん」

 

 

その言葉に、軽く顔が引き攣る。

会話が通じない、とかいうレベルを超えていた。

生まれてこの方、これ程に軽く扱われた事はないだろう。そして、今後も無いに違いない。

この“地獄”は自分を殺すつもりはないようだが、何一つ情報を漏らさないつもりだ。

 

相手の反応を探る為に御方と呼ばれる存在を侮辱し、挑発する案もあったが、それらは胸にしまう。どんな指令が下されていようとも、それをすればこの“地獄”は自分を八つ裂きにした後で己の命を絶つだけだろう。

 

 

「とても尊敬されているのですね、御方を……巨大な力を持つ貴方が、まるで“犬”のようです」

 

「御方の前に万物―――――悉く、塵芥である」

 

 

この“地獄”を挑発したつもりだったが、むしろそれを誇らしげに返された後、地獄が眼下へと急降下していく。その姿が一瞬で見えなくなり、酷いムカつきと殺意が胸に浮かんだ。

 

 

(殺してやる……お前も、御方と呼ぶ存在も……必ず……!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

カジット・デイル・バダンテール。

秘密結社、ズーラーノーンの12人の高弟の一人であり、卓越したネクロマンサーである。

5年にも渡る大規模な儀式を行い、着々と死者の軍勢を作り、集め、この街を死都へと変えるべく準備を進めてきた人物でもあった。

 

彼の願いは死の螺旋を作り上げ、自分の身を遂にはエルダーリッチへと変貌させる事。

永遠の命をもって蘇生魔法を極め、母を甦らせる事だけに人生を捧げてきた人物である。その思いと初志貫徹した人生は立派とも言えたが、彼の母親がこの光景を見れば何と言っただろうか。

 

ともあれ、彼は多くの弟子達と共に150を超えるアンデッドと、隠し球として魔法に絶対耐性を持つスケリトル・ドラゴンという破滅的な存在まで一体用意した。

万全の態勢を以てこの日を迎えたが、その“万全”が舞い降りてきた地獄によってまるで別種のものになるなど、誰が予測出来たか。

 

 

「児戯のような群れよな。御方を迎える舞台には、まったくもって事足りん」

 

 

地獄がそう言いながら、恐怖と恐慌に震える座の中を進み、カジットが持っていた死の宝珠を奪い取る。宝珠から悲鳴のような音が響いたが、地獄は意にも介さぬように《それ》を握り締める。

 

 

「―――無能がッ!この程度の雑魚で偉大なる御方を出迎えるつもりかッッ!」

 

 

握り締められた宝珠が絶叫を上げ、その力を振り絞る。

でなければ、即座に殺される、握り潰される、消滅させられる―――!

この“死霊の将”は、化物などという次元を遥かに超えすぎているではないか!

 

将から莫大な死霊の力が流れ込み、宝珠が妖しい紫色の閃光を放つ。

瞬間、墓地から次々とアンデッドが浮かび上がり、スケルトン種だけでなく、ゴーストやレイスなどの強力な存在が誕生し、上空には驚くべき事に新たに4体ものスケリトル・ドラゴンが呼び出されたのだ!

 

 

「下らぬ雑魚ばかり呼びよって……とんだ紛い物よ」

 

 

騎兵がゴミでも捨てるようにして死の宝珠を放り投げ、カジットの手元へ戻る。

先程までカジットを支配する勢いで負の力を発揮していた宝珠だったが、もはや絞り尽くされた老人のような気配すら漂わせ、力なくその手の中で転がった。

 

 

「あ、貴方様は一体……」

 

 

呻くようにしてカジットが言ったが、騎兵はまるで興味がなさそうに遠くを見ている。

事実、彼にはカジットやその弟子達など、まるで興味が無い。

その背後にあるズーラーノーンなど、ゴミ以下の群れであろう。命令があれば数分で全てを殺す。

彼が思いを馳せるのはただ、一つ。

 

 

いずれ、神々しいばかりの光と共に現れるであろう―――――

偉大なる御方の姿だけである。

 

 

 

 




かつての仲間を想い、つい☆殺っちゃったモモンガさんと。
黄金すら歯牙にもかけず、何処までもナザリック道を往く魔神。

大英雄と。
残り時間僅かな魔神との……最後の遭遇が近づいていた。




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