OVER PRINCE   作:神埼 黒音

5 / 70
星が降る草原

どれだけの距離を飛んだだろう。

自分が目指している小さなバザーは影も形もなく、どんどん見覚えの無い地形になっていく。

ヘルヘイムの隅から隅まで冒険した自分に、見覚えのない地形などありえないのだが……。

探索を諦めて一旦、地表へと降りる。

 

 

 

―――――違和感が、無視できないレベルに達しつつある。

 

 

 

まず、飛んでいる最中に感じた「風」だ。

それに、あの女忍者も言っていた匂い………変態か、と切り捨てたのだが、確かに今も風に乗って豊かな草の香りがするのだ。

こんな事はユグドラシルではありえない。

いや、他のどんなフルダイブ型のゲームでもありえない事だろう。

基本、人間の五感や内臓機能などに著しく干渉するようなものは法で禁止されている。

人体にどのような影響を与えるか、医学的に分からないからだ。

 

 

(それに、あいつらが口走ってた王子って………)

 

 

自分のアバターは骸骨だ。間違っても王子なんて単語はひねり出せない。

骸骨を「耽美なる、白磁の顔(かんばせ)」などと言うような美醜感の持ち主でもない限りは。

アイテムは……出せるのだろうか?一度、自分の姿を確認しておきたい。

どう見ても、手は普通の人間の手になってるんだよなぁ……。

体も細マッチョみたいな感じだし。

 

コンソールが出ないので、アイテムを出そうと四苦八苦する。

頭に等身大の鏡を浮かべながらワタワタしていると、手が妙な異空間に入り込んだ。

 

 

(怖ッ!)

 

 

暗闇に手が飲み込まれたようで思わずビクリとなる。

何が何だか分からないが、どうやらアイテムはこの空間に収納されているらしい。

異空間の中は要る物や要らない物がごちゃ混ぜになっているようで、普段から綺麗に整理しておけば良かったと後悔してしまう。

そして、苦労して取り出した鏡に映ったのは……とんでもない姿であった。

 

 

(誰だ、これ……俺の愛しいアバターは何処に行った!?と言うか、この顔………)

 

 

鏡に映っているのは一人の青年。

鈴木悟という人物を極限にまで、究極にまで神が美化したらこうなるであろう、という顔だ。

少女漫画によく出てくるようなクール系な王子っぽい外見に言葉を失う。

 

 

ぼくのかんがえた さいきょうに かっこいい じぶん

 

 

という言葉が頭に浮かび、モモンガは誰も居ない草原で転げまわった。

誰か助けてくれ。この痛々しさから自分を救って欲しい。

どうせ変わるなら、まるで別人にしてくれよ!中途半端に何処か自分を感じるから余計に胸に突き刺さるじゃないか!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「我が身が寒すぎて風邪を引きそうだ…………」

 

 

あれから様々な実験をし、自分のスキルであろう背景エフェクトを何とか切る事に成功する。

こんな物を背景に着けてたのか、と再度草原を転げまわり、モモンガは一種の賢者タイムへと突入していた。

頭には、とりとめのない事が次々と浮かぶ。

 

 

アイテムだけじゃなく……《飛行/フライ》のように魔法の使い方まで違った。

コンソールから選ぶ形ではなく、頭に浮かべて使うのだ。

消費するMP。そして、自動回復するMP。再詠唱時間(リキャストタイム)………

それらが数値ではなく、感覚で分かるのだ。まるで、初めからそう使っていたかのように。

 

 

(ゲームの世界に閉じ込められた……?異世界転移?ははっ)

 

 

まるでアニメかラノベの世界だ。

だとしても、自分のような一般人が巻き込まれるのはおかしい。こう言うのはもっと、主人公っぽい人間がやるものだろう。自分のようなモブキャラがやるような役目ではない。

 

そう思ったが、鏡に映る自分の姿を見て冷や汗を流す。

(主人公だよ、これ!外見だけは!)

何処から見ても外見だけは完璧に主人公っぽいのである。

むしろ、進んで背景に流星とか薔薇とかを背負いそうな勢いだ。

 

 

「あぁぁぁ………何でこんな事に………」

 

 

草原を転がりながら、キラキラと星を振りまく自分の姿に泣きそうになる。

四苦八苦してようやくスキルを切ったのに、

何か別のスキルもあるようで、強い感情に支配されると勝手に出るようだ。

どう考えても罰ゲームである。

何処の世界に星を纏いながら生きたい、などという人間がいるのだろうか。

 

 

 

 

 

《星の幻想Ⅴ》

流星の王子様を会得時、自動的に取得する付属スキル。

ユグドラシルでは全身に細かな星を纏う一発ギャグ系のスキルであった。

この世界では強い感情に支配されると自動的に発動する。

カンストであるⅤに達すると、星の色がグラデーションとなり大変綺麗。

無論、ステータス的には何の意味も無い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「どうなっちゃうんだろうな、俺………」

 

 

実験も兼ねて、八つ当たり気味に《魔法の矢/マジックアロー》を撃ったりしたが、

格好良さについ興奮し、体中がキラキラと光ったのを見て、またしても賢者タイムに入る。

人生とは興奮と賢者を繰り返していくものなのかも知れない。

 

 

「こうして、人は大人になっていくんですね………たっちさん……」

 

 

もう自分が何を言っているのかよく分からない。

少なくとも……そう、ここはゲームではないのだろう。

理解……した、つもりだ。余りにもリアルすぎるじゃないか。

体温や心臓の鼓動、感じる風や匂い………ここで今、「生きている」という事を全身が否応無しに突き付けてくる。

 

 

そして、頭に浮かぶのは先程会った二人。

てっきりプレイヤーだと思っていたが、いま思うとこの世界の住人なのだろう。

まさかとは思うが、本当にまさかとは思うが……この世界の住人が全てあんな感じだとしたら、

とてもではないが自分は生きていけない。

一分一秒ごとに貞操の危機と戦わなくてはならないだろう。

 

 

《拉致監禁陵辱アヘ顔逆レイプEND》という不吉な文字が頭をよぎる……。

ペロロンチーノさんがやっていたエロゲにはそんな結末がよくあったのだ。

在りし日の、二人で交わした会話が蘇る。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

「でもある意味、男の夢でもあるENDっすよねー。モモンガさん」

 

「ははっ。相手から口説いて貰える、という意味ではそうかも知れませんね」

 

「っかー!幼女に監禁されてー!」

 

「あははっ。人として崖っぷちに立ってますね、ペロロンチーノさんは」

 

「ひどっ!モモンガさんってたまに笑顔で毒吐くよね!?」

 

 

あぁ、回想までロクでもない……。

ここにあの友が居たら、どうするだろうか?何と言うだろうか……?

 

 

 

《骸骨から王子に転職っスかwwクッソワロタwww》

 

《パねぇwwモモンガさん、まじモモンガwww》

 

《名前も「派根江」に変えましょうよww》

 

《光りすぎィ!www》

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

ダメだ、どう考えても大笑いして転げ回るのが関の山だろう。

むしろあの鳥アバターを殴りたくなるに違いない。

この姿を、かつての仲間に見られずに済んだ事に救いすら感じる。

 

 

(しかし、この転移は俺だけなのか……本当に、他のプレイヤーは来てないんだよな?)

 

 

一応、《伝言/メッセージ》は全て送ったが誰にも繋がる事はなかった。

ギルドメンバーだけでなく、フレンドリストに居た名前も浮かべて使ったが、ダメだったのだ。

むしろ、この姿を思うと繋がったとしても会うのに相当な勇気が要るだろう。

この転移が自分だけであった事にホッとする。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

空を見上げると、あれこれ考えていたせいか既に夜明けを迎えようとしていた。

それに、眠い……強烈に眠い。お腹も減った。

ユグドラシルではアンデッドであった自分には睡眠や疲労、空腹などを無効化する能力があったので、それらに対応する指輪などは付けていなかったのだ。

 

それらの指輪を着けようとして……止める。効果があるかも分からない。

何より、そんなもので眠気や食欲を抑え込むのが酷く不健康に思えたからだ。

 

リアルでは眠気を抑えるドリンクなどを飲んで時には不眠不休で仕事していたが、あれらは一時的な効果であってむしろ、その後にくる反動が凄い。

適度にその都度、解消するのが長い目で見れば一番良いという事を社畜生活で学んだのだ。

 

 

 

そう、この世界が何なのか未だに分からないが………。

 

ここが腐りきって何もないリアルとは違うなら。

 

本当に異世界だと言うなら。

 

 

 

(眠い時には寝て、食べたい時に食べれば良いんじゃないのか?)

 

 

何を当たり前の事を、とも思うがリアルではそうじゃなかった。

それらはとても贅沢な範疇に入る。

睡眠時間を削っては出勤し、お腹が空いても手に入る物は粗悪な合成食材。

家族とはとっくに死別し、恋人も居ない。

考えれば本当に酷い環境の中で生きていた。

 

 

(あのままリアルで生活していたら……俺の人生はどうなったんだろう)

 

 

賢者タイムの所為か……ふと、そんな事を考える。

過労死か、環境汚染による病死、と言ったところだろうか?

今の地球―――2138年の世界はガスマスクを着けなきゃ外も歩けない世界だったのだから。

病気になれば金もないので、ロクな治療すら受けられないだろう。

 

貧富の差は何処までも広がり、富裕層は特権階級となり、貧困層は奴隷のような底辺生活を余儀なくされる。貧困層は学費の問題から小学校に通う事すら困難であり、学ぶ事すら出来ず、這い上がるチャンスさえ与えられない。

 

改めて思う。

リアルとは、まるで死の世界と言われた《ヘルヘイム》が世に顕現したようなものじゃないかと。

暗雲に覆われ、空から太陽が消えた世界。枯れた大地。瘴気に満ちた空間。

ヘルヘイムはリアルをイメージして作られていたんじゃないのか?と思う程だ。

 

 

ここがどんな世界かは分からないが、リアルに比べればよほどマシだろう。

空には白い雲が流れ、太陽が昇ってくる。

思いっきり空気を吸い込んでも肺を痛める事もない。

それだけで、よほど人間らしく生きられるじゃないか。

何の因果か、星を纏う変な人間にはなってしまったが………。

 

 

少なくとも、キラキラしても死にはしないんだしな……。

ある意味、死よりも重い恥ずかしさにも思えたが、そこは考えないようにする。

もう考えないったら考えないっ!あーあー聞こえなーい!見えなーい!

最後に目と耳を塞ぎながら草原をゴロゴロと転がり回り、ローブに付いた草や埃を叩きながら立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

(何にしても、街でも探してみるか……)

 

 

食べるにせよ、寝るにせよ、こんな草原に居たんじゃどうしようもない。

ユグドラシルの金貨は使えないだろうから、何かアルバイトでも探そうか。

異世界にきて真っ先に仕事探しが頭に浮かぶ自分の小市民さよ……。

 

 

(でも、このままの外見じゃな……)

 

 

色々とマズい事になりそうだ……さっきの騒動で懲りた。

外見だけじゃなく、何か魅了効果でも与えられているんだろうか……。

むしろ、狂奔とか狂騒と言っても良いかも知れない。

あの二人だけが変だったのなら良いんだけれど……色んな意味で酷すぎた。

 

そこで、取っておきのアイテムを取り出す。

ユグドラシルでクリスマスにログインしていると、強制的に配布される仮面。

自分にとっては辛いアイテムでもあったが、まさかこんな所にきて役に立つとは……人生、何があるかわからないものである。

装着しようとした手から、ポロリと仮面が転げ落ちる。

 

 

(ん……?)

 

 

何度付けようとしても、顔から仮面が剥がれ落ちる。

何でだよ……お前はいつも俺と共に歩んできた友だっただろう?

もしかして、この異世界ではアイテムの効果や内容に変化でも出るのか……。

 

 

「こんのっ……《道具上位鑑定/オール・アプレイザル・マジックアイテム》」

 

 

魔法を使い、仮面を調べる。

アイテムの由来などが頭に流れ込んできたが、特にユグドラシル時代からの変化はない。

ただ、最後の一文にはこう記されてあった。

 

 

 

 

 

《リア充には装備出来ません》

 

 

 

 

 

「俺、童貞ですけど?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 -流星- FIN

 

 

 

 




5話にしてようやく異世界転移に気付いたモモンガ様。
今作では仲間の存在は切実なものではなく、
その多くがギャグ時空の中での登場となっています。

寂しがってる暇もないでしょうしね……色んな意味で(謎




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告