OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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覇者の進軍

―――王都 中央通り

 

 

(どうなってやがる………)

 

 

ゼロは苛立っていた。

計画通りに事を進めた筈だが、騒ぎがそれ程広がっていないのだ。

それだけなら良い。蒼の妨害にあったのだろうと理解はしよう。

しかし、場所によっては想定している以上の騒ぎとなっているのだ。当初は各部門間で、連絡の使者を頻繁に送り合っていたが、それらも途絶えがちであり、状況が掴めない。

 

 

(デイバーノックも何をしてやがる………!)

 

 

まさかとは思うが、例の魔獣に返り討ちにあったのだろうか。

そうなると甚だ不味い事になる。本来なら、使役する張本人を殺して終わりの話だ。

そうすれば獣の多くが野に帰る。だが、知性の高い魔獣になると主人を殺された事に激昂し、息絶えるまで暴れまわるタイプも存在するのだ。

人間から「賢王」とまで称される魔獣なら、間違いなく暴れまわるタイプに違いない。

 

 

「見つけたわよ、元凶」

 

「ほぅ、こいつぁツイてる」

 

 

多くの冒険者を従え、通りの中心に立つ女……忌々しい蒼のリーダーだ。

こいつらの所為で何度、煮え湯を飲まされてきた事だろうか。

多少の問題やトラブルならば構わない、むしろ歓迎だってしよう。だが、こいつらの引き起こす問題はいつも想定を超え、襲撃箇所は壊滅に近い損害を蒙るのだ。

 

 

「女らしく、爪で引っ掻く程度なら……存在する事を許容してやったんだがな」

 

「貴方に許容されるなんてゾッとするわね。それと、お悔やみを申し上げるわ」

 

「………お悔やみだぁ?」

 

「どうやら機関の怒りを買ったようね。お仲間が化物の食事になってたけど?」

 

 

この女は何を言っている?

こちらを混乱させ、心理戦に持ち込もうとしているのだろうか。万能の才女と名高いこの女の事だ……自分には単純な武では敵わないと考えているのだろう。

実に浅はかな事だ。

 

 

「何を言ってるのか知らんが、貴様にはここで死んで貰う」

 

 

後ろにいる精鋭達にアゴで指図すると、一斉に連中へと襲い掛かった。

ここで、この女を仕留めれば大金星と言えるだろう。各所で鎮圧に回っている連中も、こいつが指揮をとっているだろうから、混乱をきたすに違いない。

 

 

「さて、周りがじゃれてる間に……俺達は俺達で遊ぼうじゃねぇか」

 

「貴方達も、機関も―――私達の“結婚式”の引出物でしかないッ!」

 

「は………はぁ??」

 

 

女が訳の分からない事を叫びながら斬り付けてくる。

慌ててそれを払ったが、この女はさっきから何を言っている……!

まだ心理戦を諦めていないのか?ここまで小細工を弄するようなタイプではなかった筈だが。

 

 

「普通に考えれば沢山のハードルがあるけど、貴方達や機関の壊滅という成果があれば、もう誰もあの人を無視出来ないと思うの。私はこれを、好機と考える事にしたわ」

 

「イカレ女が……」

 

 

言っている事はさっぱり分からないが、あの魔剣は少々、不味い。

自分の拳には自信があるが、更にスキル《アイアン・スキン》を発動させ、両拳を固める。拳がみるみる硬質化し、ミスリルを超えてオリハルコンに匹敵する拳となった。

これならどれだけ打ち合っても問題ないだろう。

 

 

「ふん―――ッ!」

 

 

一気に踏み込み、女の胴体へ拳をぶち込む。青い刀身が煌き、拳と派手にぶつかったが、こちらにダメージはない……これなら遠慮なくいけそうだ。

スピードを一気に上げ、嵐のようなラッシュを叩き込む。

こいつが神官戦士だという事を考えると、持久戦ではなく、早めに片付けた方が賢明だ。

更にギアを上げ、全身に刻まれた《呪文印/スペルタトゥー》を解放する。

 

 

《足の豹/パンサー》

《背中の隼/ファルコン》

《腕の犀/ライノセラス》

 

 

全身に巡る血が一気に熱くなり、口から燃え上がるような息を吐き出した。

一気に。

踏み出す。

左足を。

石で舗装された道が派手に割れた。

舞い上がる石の破片が。

まるでスローモーションのように―――視界の中で反射した。

 

 

 

「―――――猛撃一襲打ッッッ!」

 

 

 

振り抜いた右腕が女の剣と派手にぶつかり、女の身体が石ころのように吹き飛ぶ。

後ろの家屋にその《石ころ》が衝突した時……

壁一面へヒビが入り―――――家屋ごと大きな音を立てて崩れ去った。

 

周囲で争っていた連中が、静まり返る。

余りの一撃に、思考が奪われたのであろう。

自分にとってみればいつもの事であり、見慣れた風景でもある。

崩れた家屋から、少なくないダメージを負った女が、剣を杖のようにして立ち上がってきた。

 

 

「やってくれるじゃない……“力だけ”は大したものね……」

 

「まだへらず口が叩けるなら大したもんだ」

 

 

女の愚かしさに笑い出しそうになる。

自分はまだ、全力を出してないと知ったらどんな顔をするのだろうか?

この高慢ちきな女の顔が歪む様はさぞや見物だろう。

自分との実力差を思い知ったのか、先程まで威勢が良かった冒険者達も静まり返っている。その顔には驚愕と怯えしかなく、出来る事なら逃げ出したいというツラだ。

 

 

「どうしたどうした!この俺を殺せる者は居らんのかッ!」

 

 

存分に“戦気”を込めて威嚇すると、連中は二歩、三歩と、後退っていく。

こちらが後一歩でも踏み出せば、この腰抜け連中は壊乱して逃げ出すだろう。

 

 

「―――――ここに居るぞ!」

 

「あん………?」

 

 

声のした方を見ると……月を背景に、まるで中空に座っているような姿勢でこちらを見下ろしている女が居た。あれは確か、蒼の一人である魔法詠唱者だった筈。

 

 

「ほぅ、どうやって俺を殺してくれるのかな?お嬢ちゃん」

 

「フン、本来ならお前如きに私が出張る必要などないのだがな。ラキュースだけで十分だ」

 

「その女なら、先程吹き飛んでいたが?」

 

「視野の狭い男だ。魔法も使っていない神官相手に勝った勝ったと喜んでいるのか?」

 

 

何が魔法だ。自分が本気になれば、相手が魔法など使う暇もなく死んでいる。

蒼の連中というのも、所詮は言い訳ばかりの弱者であったと言う事か。

 

 

「イビルアイ、ここよりも宿屋の方へ向かって欲しいの。嫌な気配がする」

 

「そうしたいのは山々なのだがな……先程、機関を名乗る化物と遭ったのだ」

 

「そう、そっちも……遭ってしまったのね」

 

「あれは……マズイ。魔神戦争の再来になるやも知れん」

 

 

チッ……女が寄れば何とやら、だ。

長引きそうな会話を終わらせる為、拳を持ち上げる。

その瞬間、これまで感じた事もない―――――“地獄の気配”に包まれた。

 

 

「ぅ……ぁ………」

 

 

それは、自分の声だったのだろうか?それとも、誰かの声だったか?

体の奥底から来る震えと、絶対零度の温度に魂が凍りついた。

見上げると、そこには蒼い巨馬に跨った地獄の騎兵が居たのだ。見ているだけで寿命が削られそうな姿と、立ち昇る死の匂い……兜から微かに光る目がこちらを凝視していた。

 

 

 

 

 

「ゼロ―――――“天帝”がお怒りだッッッ!」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

王都 ― 上空

 

 

(何という事か………)

 

 

ペイルライダーは上空で途方に暮れていた。

自らに課せられた任の重さは承知している。重々、承知している。

だが、その前に……

あの姫君を守らなければ、自分は死よりも重い「失望」をされるだろう。

尊い御身から、あの尊い唇から、その言葉が発せられた時、自分は全ての存在意義を失う。地獄の業火で焼かれた方が遥かにマシであろう、永遠の暗黒に閉ざされるのだ。

 

ダニどもの首領は集めつつあるからまだ良い。

連中の情報は、頂いた至宝の力もあって思ったより多く集まりつつある。

だが、今は何よりも、あの姫君の安全を第一に考えなければ全てが終わるのだ。

 

 

そして―――自分の危惧が的中した。

 

 

あろう事か、ダニの一匹が姫君に対し、その薄汚れた手を振り上げているではないか!

 

 

(いかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっっ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

舞い降りてきた地獄の騎兵を前に、全員の呼吸が止まる。

息をする事すら、憚られたのだ。

一つでも物音を立てれば、即座に殺される。それ程に緊迫した空気であった。

 

 

「て、てめ、てめぇは………」

 

 

ゼロの声が震えている。

無理もない。

生物として、余りに違いすぎた。レベルが違う。次元が違う。存在自体が異常である。

この騎兵を前にして、声を出せた事を褒めるべきであろう。

 

 

「ゼロ、畏れ多くも天帝は貴様に賜死を命じられた―――自害せよ」

 

「な、何を……言って、やが……る……」

 

 

全員がその光景を、固唾を飲んで見守っていた。

動けない。声も出せない。

動けば、自分にあの視線が向けられるかも知れないのだ。誰もが絶対に拒否するであろう。

 

 

「これ程の慈悲を賜っても死ねんとは……所詮、下等なダニであるわ」

 

「ふざ、けるなよ………!」

 

 

ゼロが最後の希望に縋るように《呪文印/スペルタトゥー》を全解放する。

彼がこれら全てを起動させるなど、これまで滅多に無かった事だ。

それ程の相手など、居なかった。そこへ行く前に、相手はゼロの拳の前に沈んできたのだから。

 

 

《足の豹/パンサー》

《背中の隼/ファルコン》

《腕の犀/ライノセラス》

《胸の野牛/バッファロー》

《頭の獅子/ライオン》

 

 

全ての《呪文印/スペルタトゥー》が発動し、ゼロの身体が爆発しそうに膨れ上がる。

その場に居た者が、その圧倒的な“暴”に目を剥く。

あの状態から放たれる一撃は、一体どれ程の威力なのか?想像するだけで恐ろしい。分厚い鉄で作られた城門すら打ち抜くのではないか?と思われるほどだ。

 

 

破滅的な力を秘めたゼロが、その一歩を踏み出し

無造作とも言える姿で、その拳を“地獄”へと叩き付けた―――!

 

 

辺りに暴風が吹き荒れ、全員が顔を覆う。

ゴロツキや冒険者の中には、木の葉のように吹き飛ばされる者も続出した。だが、その暴を真正面から受けた騎兵は小揺るぎもせず、先程の姿勢のままである。

それどころか、酷く退屈そうな目で馬上からゼロを見下ろしていた。

 

 

「そんな柔な拳では―――――この身体に傷一つつける事は出来ぬわッ!」

 

 

騎兵の声に蒼き巨馬が嘶きをあげ、踊るようにその足を持ち上げる。

そして、その巨大な蹄をゼロの胴体へと叩き付けた。

まるで藁人形か何かのようにゼロの身体が水平に飛び、後ろにあった幾つもの家屋を吹き飛ばしながら、その姿を消す。

その後、衝撃を受けた家屋が次々と崩壊し、辺りに無残な倒壊音を響かせた。

 

一撃。

たった、一撃。

それによって、全てが停止した。

 

 

「貴様ごとき、黒王号の上で十分よ―――――」

 

 

つまらん余興であった、と言わんばかりに騎兵が呟き、その姿が煙のように消える。

まるで幻でも見たかのようであり、全員が悪い夢でも見たような気持ちであった。

糸が切れたように、ゼロの連れてきたゴロツキ達が力なく座り込む。

もう暴れる気持ちも、抵抗する気持ちも、何もかもを無くしたのであろう。その目は虚ろであり、逃げ出す気力すら湧いてこない状態であった。

 

 

「ねぇ、イビルアイ………貴女は、あれに勝てる?」

 

 

ラキュースが消え入るような声で呟いたが、それは良い返事が返ってこない事を察していたからだろう。誰があれを見て、勝てるなどと言うだろうか。

 

 

「モモンガが、居る。希望は……まだ、残されているさ……」

 

 

イビルアイも消え入るような声で返したが、その悲痛な声色が全てを物語っているようであった。

王都に広がる空はじき、夜明けを迎えるだろう。

だが、忍び寄る闇は一層深くなり、その暗雲を払う術など、誰も持っていなかった。

 

 

 

 

 

[ゼロ ― 死亡]

[警備部門実行部隊 ― 壊滅]

 

 

 

 




神人を除き、現地勢では最強に手が届くかも知れなかったゼロさんの退場。
単純な退場にするのは勿体無いキャラなので、前半で存分に活躍させてみました。
これ程の強者でも、ナザリック勢力からすればワンパンってのが恐ろしいですね。




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