OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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死都

―――王都 各所

 

 

冒険者や衛兵が、平和に見回りをしていたのも束の間……。

その平穏は一瞬で破られた。

何処から湧いてきたのか、無数のゴロツキがあちこちから現れ、自分達に襲い掛かってきたのだ。それだけではなく、手に持った松明で火を着けている者までいる。

最初こそ物取りや、その類かと思っていたがとんでもない事であった。

 

 

(本当に八本指が暴れ出したのか……!)

 

 

確かに組合ではそう聞いた。

だが、あくまで警戒や見回りの仕事として受けた人間が大多数であろう。

誰がこの王都で、王族だけでなく、多くの貴族も居る地で騒ぎを起こすなど考えるだろうか。

完全に不意打ちである。

 

ここだけではなく、気が付けばあちこちから悲鳴や叫び声が聞こえだし、騒ぎがどんどん大きくなっている。連中が遂に、本腰を入れて王都の制圧に乗り出したのか?

だが、多くの私兵を抱えている貴族の館などは何の動きも見せず、静まり返ったままである。

 

 

「おいおい、貴族様方はこんな時もダンスを踊ってるのか!?」

 

 

ゴロツキの剣を防ぎながら、大声で喚く。

そうでもしなければ、やってられない。

 

 

「城も煌々と明かりが点いちゃいるが……門はピッタリ閉じてやがる!」

 

 

チームメンバーが自分に負けないような大声で叫んだ。

それを聞いて余計に苛立ちが増す。

自分達は一体、何の為に高い税を払っているのかと。ここはお前達の膝元じゃないか。

何故、自分達が命を賭けて戦っている?

自分の足元に火を付けられているのに、何故、お前達は城や館に篭っていられるんだ?

 

 

「くそったれが!城の連中も、八本指も!何もかもがクソだ!」

 

 

叫びながら目の前の剣を払った時、足に強い痛みを感じた。

見ると、矢が深々と突き刺さっているではないか。

痛みにバランスを崩し、死を覚悟した時……不思議な事が起こった。

 

何処からか《骨のハゲワシ/ボーン・ヴァルチャー》が現れ、目の前のゴロツキらを容赦なく殺し出したのだ。高速で飛行するモンスターにゴロツキらは手も足も出ず、髪を振り乱しながら逃げていく。

 

 

「た、助かった……のか?」

 

「ハ、ハハ、上の連中からは無視されて、モンスターに助けられるなんてな……」

 

 

何という皮肉だろうか。

だが、少なくとも城の連中より、今日だけはあのハゲワシに乾杯したい気分になった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――王都 最高級宿

 

 

重戦士が屋根から飛び降り、手に持っていた戦鎚をエルダーリッチへと叩き付ける。

それを飛び下がって回避したエルダーリッチであったが、陥没した地表を見て、慌てた素振りを見せながら後ろへと何度も飛んだ。重戦士の放った一撃の威力に焦ったのであろう。

 

 

「お前さんが噂の、六腕が飼ってる化物か。良い子に“飼育”されてたのかい?」

 

「舐めるなよ、人間」

 

 

二人が距離を置き、互いに戦闘体勢を取る。

それらの光景を、闇の中から息を殺すようにしてフールーダ・パラダインが見つめていた。

 

 

(ふむ、興味深い)

 

 

エルダーリッチ。

生者を憎む、と言う所が難点ではあるが確かな知性を持つアンデッドだ。

迷宮などでは時に、利害が一致すれば冒険者と取引も行う存在である為、冒険譚などでは必ずと言っていい程、登場してくるアンデッドである。

 

エルダーリッチ……ある種、自分の理想であるかも知れない。

寿命もなければ、疲れもせず、眠りも不要であり、食事も要らないときている。

ただ、ひたすらに魔法の研究に没頭する事が出来るのだから。

 

 

(あのエルダーリッチは、この重戦士相手にどう戦う?)

 

 

中々の見物であるだろう。

そして、一人の魔法詠唱者として自分にも参考になる戦いに違いない。自分もいつ、何処で、前衛なしの単独の戦いが訪れるか分からないのだから。

 

 

「さぁて、遊ぼうかい……ッ!」

 

 

重戦士が驚く程のスピードで距離を詰め、エルダーリッチが杖を振るう。

杖の先から放たれた《火球/ファイヤーボール》が重戦士を包み、エルダーリッチはまるで限界など存在しないと言わんばかりに火球を連発して放った。爆撃を思わせる威力に街路が揺れる。

煙が晴れた後には黒焦げの死体が一体出来上がるかと思ったが……

 

 

《魔眼殺し/ゲイズ・ベイン》

《真紅の守護者/クリムゾン・ガーディアン》

《抵抗の上着/ヴェスト・オブ・レジスタンス》

《痛覚鈍化》

《肉体向上》

 

 

彼女の身に着けている多くの防具と武技が、それらのダメージを軽減したのであろう。

気が付けば、火球を突き抜けた重戦士がその手に持った巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を振り上げていた。エルダーリッチが慌てたように避けようとするが、もう間に合わない。

 

 

《剛撃》《戦気梱封:炎》

 

「………おらよッ!」

 

 

轟音と共にエルダーリッチの左肩辺りに戦鎚が振り下ろされ、骨の砕かれる音が響いた。

骸骨の顔が一瞬、歪んだように口を開けたが、そこから悲鳴は漏れず、出たのは呪詛である。

 

 

「貴様ぁぁぁァ……人間の分際でッ!」

 

「おっかしいな、てめぇらは火に弱いってのが定番だろうに。“火葬場”で鍛えたのかい?」

 

「舐めるなよ……その大口を今すぐ閉ざしてやる」

 

「おぅ、そりゃ嬉しいねぇ。こんな暑い夜は喉が乾燥しちまって大変だからよ」

 

 

見ると、エルダーリッチの装備しているアイテムの一つが赤い光を放っていた。

《クローク・オブ・ファイヤープロテクション》

 

 

(ふむ、あのエルダーリッチも弱点である火に対する装備をしているのか……)

 

 

戦いは当然、力量による所が一番大きいが、装備している武具や、マジックアイテムの能力や種類によっても劇的に変化する。特に重戦士の方は目を見張るものがあった。

 

 

《第四位階死者召喚/サモン・アンデッド・4th》

 

 

エルダーリッチが魔法を唱え、アンデッドを召喚する。恐らくは前衛とする為であろう。

盾となるように、《骸骨戦士/スケルトン・ウォーリアー》が次々と姿を現す。

それを見てつい、手で顔を覆ってしまう。

 

 

(その手、悪手よの……)

 

 

第四位階の魔法を使える事は中々に素晴らしい。恐らく、エルダーリッチの中でも優れた存在なのであろう。だが、《それ》を召喚してどうする?

あの重戦士の武器を見よ、と生徒を叱るような気分になった。

剣や槍には滅法強いスケルトン種ではあるが、殴打武器には極めて脆弱なのだ。あの重戦士が持っている途方もないウォーピックの前には足止めにもならないだろう。

 

 

(そこは殴打武器に強い粘体種などを召喚するべきであろうに……)

 

 

それでこそ、時間が稼げる。盾となる。

あのエルダーリッチは恐らく、まともな戦闘経験がないのかも知れない。

圧倒的な魔力を背景に、一方的に相手を嬲ってきた経験しかないのではなかろうか?自身の力が強くなりすぎて、まともな戦闘経験など積む場面がなかったのかも知れない。

 

 

「ははッ!大勢で歓迎してくれるたぁ、嬉しくなっちまうな」

 

 

自分の危惧が的中したように、重戦士が武器を無造作に振り回す度に骸骨戦士が無残に砕かれ、盾を構えるも、その盾ごと粉砕されていく。

それを見たエルダーリッチが遂に《飛行/フライ》を唱え、空中へとその身を逃す。

 

 

「一人で大空の旅ってか?寂しいだろうから、俺っちも付き合ってやるよ」

 

《飛翔の靴/ウイングブーツ》

 

 

重戦士がまるで羽でも生えたかのように宙へと飛び上がり、エルダーリッチに肉薄する。

 

 

(何と……!?)

 

 

これはたまげた……まさか、あのようなマジックアイテムまで装備しているとは。

飛行の力でも持っているのか、跳躍力を爆発的に高める物なのか、相当な逸品である。

まさか重戦士が飛んでくるとは想定していなかったのであろう。エルダーリッチの見せた狼狽が、決定的な隙となった。

 

 

「馬鹿な……こん、な、こんな事が……ッ!」

 

「あばよ、次はまともな人間に飼育されるこった」

 

《能力向上》《豪腕剛撃》《刺突戦鎚:局地地震》

 

 

重戦士が幾つもの武技を乗せて放ったのであろう。

戦鎚がエルダーリッチの頭骨を胸部に至るまで粉々に砕き、その体がゆらゆらと地に堕ちた。

力量差もあったが、戦闘経験の差も如実に現れた戦いであったと言えるだろう。

特に、最後の“空への奇襲”は自分も想定していなかった。

 

 

(一歩間違えば、自分があのエルダーリッチのようになっていたかも知れん……)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(やはり、戦いの場に安全地帯などは無いという事か……)

 

 

自分としても、得る所が多い戦いであった。

何かの進歩を感じさせる事など、ここ数十年無かった事である。それも、まさか自分とは正反対に位置する、武に拠って立つ重戦士に教えられるとは。

何とも皮肉なものである。

 

 

(塔に篭ってばかりでなく、少しは外に出るべきなのかも知れんな……)

 

 

自分もまた、あのエルダーリッチのように一種の固定観念に囚われる可能性がある。

重戦士が空を飛んでくる筈がない、と。

中には、剣を巧みに扱う魔法詠唱者だって居るかも知れない。

固定観念に囚われ、思考の空白を突かれた時には逸脱者などと呼ばれる自分とて敗れるであろう。

 

 

「くぅ、あの坊主め……良いポーションを作りやがる」

 

 

重戦士が腰からポーションを取り出し、豪快に瓶を傾けていた。

体を覆っていた火傷の痕が、時間と共に少しずつ消えていく。かなりの良品であろう。

 

その姿を見て、自分も魔法を解いて姿を現す。

自分を知ってる者が居るとは思えないが、念の為に顔へは幻術をかけておく。

そして、思うがままに拍手を送った。

この“脳”に、久方ぶりの刺激をくれた相手を称えたいと思ったのだ。

 

 

「美事……御美事……!」

 

「おや……?覗き見たぁ、趣味の悪い爺さんだな」

 

「すまぬの。じゃが、お主には助太刀は要るまい……《中傷治癒/ミドル・キュアウーンズ》」

 

「……っと。八本指って事ぁなさそうだが……爺さんは何者だ?」

 

 

爺さん、か。何とも新鮮な呼ばれ方であった。

思わず笑ってしまいそうになる。

帝国の最高位の魔術師として、逸脱者として、自分は余りにも特別な存在になりすぎた。今となっては、もう自分に親しみを込めて爺などと呼ぶのはジル一人である。

 

そして……そのジルも、いつかは死ぬ。

いや、全ての存在が自分一人を置いて死んでいく。ただ一人、世界に取り残されながら生きていく事、それが禁術を使って生きるという事でもある。

魔の深遠を覗き込むその時まで、自分は未来永劫、孤独と向き合って生きねばならない。

 

 

「ふむ、私は……」

 

 

流石に、戦争中の敵国で名乗るのは憚られる。

この戦いの最中も、周囲がやけに煩く、妙な喧騒に包まれていっているのだ。

大きな事件か、何かの襲撃でもあったのかも知れない。

下手をすれば、自分が騒ぎを起こしたとも取られかねない状況だ。

何か適当な偽名でも名乗ろうと思案していた時、辺りにおぞましい気配が溢れ、全身から滝のような汗が噴き出した。

 

 

「まさか……ッ!そんな馬鹿な……!」

 

「おい、爺さん……って、んだこりゃ!?」

 

 

見るからにゴロツキと思われる人間が、何かに追われているのか、悲鳴を上げながらこちらへと走ってくる。その形相に浮かんでいるのは絶望である。

壊乱、と言って良い彼らの後ろから現れたのは……忘れる筈もない、伝説の化物。

 

 

「デス・ナイト……!何故、こんな場所に!?何が起きているのだ!?」

 

「ハ、はは……な、何だありゃ……遂にお迎えが来たって事かよ」

 

 

重戦士の乾いた声が虚しく耳に響く。

何故、怨念の塊であるような伝説のアンデッドが人間の街などに!?

カッツェ平野などの怨念渦巻く地であっても、これ程の“伝説級モンスター”が生まれる事など数百年に一度あるかないか、なのだ。こんな場所に出てくるなど、あって良い事ではない!

 

 

「お主、早く逃げよ!それと、あやつに人を近づけてはならん!全員を街から追い出せ!」

 

「ちょ、ちょっと待てよ、爺さん!あの化物は何だ!?つか、人を追い出せって、王都にゃ何十万の人間が居ると思ってんだ?無茶言ってんじゃねぇよ!」

 

「馬鹿者ッ!死の騎士に殺された者は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり、それに殺された者は動死体(ゾンビ)となる!人が多ければ多い程、一瞬で“死都”となるぞ!」

 

「おいおいおい!冗談はやめろってば!……ま、まさか、これが言ってた機関って奴なのか!?」

 

「機関じゃと……何じゃそれは!それがこの伝説級モンスターを呼び出すような儀式でも行ったのか!?何を……何を考えておるのか、そやつらはぁぁぁぁ!」

 

 

こんな煩わしい会話をしている間にも、既に死の騎士に殺されたゴロツキがスクワイア・ゾンビとなり、他のゴロツキへと襲い掛かっている。完全に死の連鎖であった。

 

 

(あの時は周囲に何もない平野だからこそ、何とかなった……)

 

 

だが、多くの人間で溢れている“大都市”などに出てきたら手に負えない事になる。

そして、今、自分は一人だ……あの時のように多数の高弟が周りに居る訳ではない。

どうするべきか……自分は、どうするべきなのか。

こんな街は見放し、転移すれば自分は助かる。助かる、が……一夜経った頃にはこの王都は死の街へと様変わりしている事だろう。そして、溢れ出したゾンビが更に周囲へと襲い掛かる。

 

 

(国が、滅ぶ………)

 

 

一体で。たった一体のモンスターで、一国が壊滅的な被害を受ける。

ジルとしても頭を抱えるだろう。

これまで苦労して手に入れようとしてきた国が、廃墟とゾンビだらけになるなど、悪夢に違いない。そんな領土を獲っても苦労と無限に続く流血があるだけで、何の意味もないのだから。

 

 

「ったくよぉ。良い夜だと思ったんだが……ここが死に場所かねぇ」

 

「お主、人の話を聞いておったのか!?逃げよと言っておる!」

 

 

重戦士が武器を構え、一歩前に出たのを見て声をあげる。

この戦士は確かに強い。だが、死の騎士の前ではとてもではないが歯が立たないであろう。

誰より、それは本人が一番分かっている筈だ。

 

 

「俺っちはこう見えても、アダマンタイト級冒険者でな。逃げ出す訳にゃ行かねぇのよ」

 

「………つくづく、人の話を聞かん女子(おなご)じゃな」

 

 

(ジル……)

 

 

子供の居ない自分にとっては、ジルこそが子に近い存在であったかも知れない。その“子”が悲願としている地が、みすみす死の大地へと変わり果てるのを見逃す訳にもいかないだろう。

 

 

(それに、私とて“あの頃”とは違う……あれからの無数の年月は決して無駄ではない……)

 

 

それは願望であったのかも知れない。そう思いたかっただけなのかも知れない。

無為であったと思いたくないのだ。自分の研鑽の日々は、確かな前進があったのだと。

この“因縁の相手”を前にして、逃げる事は苦悩に満ちた無数の年月の否定であった。

顔へかけていた幻術を解き、自分も杖を構える。

もはや、小細工をしている余裕などない。

 

 

「うん?爺さん、その顔は……」

 

「我が名は―――フールーダ・パラダイン。この一時だけ、お主に手を貸そう」

 

「フールーダって、爺さん……おめぇ、帝国の……」

 

「この化物を前に、王国も帝国もない。違うかの?」

 

「………ん。そりゃ、そうだわな。精々、頼りにさせて貰うぜ?」

 

 

言いたい事は無数にあっただろう。だが、戦士は黙って武器を構えた。

話の早い相手で良かった。しみじみ思う。

この伝説の化物を前に、悠長な“話し合い”などをしてる余裕はない。

 

 

「まだ名乗ってなかったな―――俺っちはガガーランっつぅんだ。ヨロシクたのまぁ」

 

 

重戦士が濃い笑みを浮かべ、それと同時に無数のゾンビが襲い掛かってきた。

耳に響く喧騒はその騒がしさを増していき、既に王都全域を包みつつある。

燃え上がる火の手が夜空を紅く映し出し……

その不吉な色は、自分の未来を暗示しているかのようであった。

 

 

 

 

 

[不死王デイバーノック ― 消滅]

 

 

 

 




王都全域における同時多発バトル。
次々と戦端が開かれ、容赦なく退場していきます。




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