OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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魔軍襲来

―――王都 郊外

 

 

モモンガは王都から離れた郊外、それも人気が全くない、大きな倉庫の中に居た。

人目については困る事を行うからだ。

入念に人が居ない事を確認し、監視の目がないか確認した後、彼は次々と魔法を唱え、この倉庫を誰にも感知されぬ“要塞”と化した。

完璧な準備を整え、覚悟を決めたようにモモンガが息を吸い込む。

 

話を少し遡ろう。

二人が戦士長の邸宅に娼婦達を預けた後―――

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「この騒ぎの中で単独行動……?何のつもりだ?」

 

「イビルアイさんは言いましたよね。これから動く状況に対し、責任を取れと」

 

「む……言ったが、それと単独行動に何の関係がある」

 

「真正面から向き合って、責任を取るって決めたんです。八本指とも、機関とも」

 

 

イビルアイが仮面の下でほんの少し、目を逸らす。

相手の視線の強さにたじろいたのだ。

 

 

(フン、妙に真っ直ぐな目を向けてきよって……)

 

 

そんなキリっとした目を向けてきても、先程までおでこに口付けしまくっていた姿は忘れん。

何をしようと、何を言おうと、あの事実は消えないのだ。

それに、今もまたイビルアイと言ったな?しっかり心のメモ帳に記しておく。

 

 

「向き合うのは良いが……どうするつもりだ?」

 

 

それには答えず、悟が静かに被っていたフードを取った。

月光の下に映るその顔は、自分から見ても非常に整った容貌である。

 

 

「俺の顔を見ても、本当に何ともないんですね」

 

「ん……何の話をしてる?」

 

「俺、自分の運はそこそこ良いんじゃないかと思ってるんです。あの日、あの時、たっちさんに出会えた事や、そこから仲間達に出会えた事。こうしてイビルアイさんに出会えた事も。もっと言えば蒼の薔薇の皆さんに会えた事も、ニニャさんやハムスケと会えた事も」

 

「ちょ、ちょっと待て、勝手に話を進めるな!」

 

 

今、またイビルアイと言ったな?更にメモ帳へ数値をプラスする。

一定数溜まったら、何かをしよう。そうしよう。

そうでもしなければ、今すぐ飛び掛ってしまいそうだ。

 

 

「だから、見ていて欲しいんです。キ……」

 

「……!?」

 

「キ、………き、気を付けて下さいね!では!」

 

「貴様ぁぁぁぁぁァァァ!」

 

 

《転移/テレポーテーション》

 

 

飛び掛かる前に消えるとは……!悟の奴……戻ったらどうしてくれようか……ッ!

大体、何だ!

責任だの、真正面から向き合うだの……

言葉だけ並べたら、まるで自分に愛の告白でもしているようではないか………!

 

 

(くそぉぉぉ……!いつもいつも、人の心を勝手に掻き乱して……!)

 

 

イビルアイから変な方向で怒りを買いつつあるモモンガであったが、幸か不幸か、今の彼は熱い気持ちで燃え上がっていた。勿論、斜め上の方向にである。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

倉庫の中では、何体かのアンデッドがモモンガの前で平伏と言っていい姿で並んでいた。

 

《死霊/レイス》

《骨のハゲワシ/ボーン・ヴァルチャー》

《血肉の大男/ブラッドミート・ハルク》

《死の騎士/デス・ナイト》

 

などである。

何故、これらを創造したのか?

もしかすると、「自分だけでは手が回らないかも」と思ったのだ。

 

 

(一石で二鳥に当てる……そうですよね、ぷにっと萌えさん!)

 

 

モモンガが考えたのはこうだ。

八本指という大きな集団と戦うにあたって、一人だと手が回らず、知人に危害が及ぶ可能性があると。それを守るにはどうしたら良いのか?

ここで“機関”の存在を余す事なく使おうとしたのだ。

 

 

「機関って、勝手に八本指の親玉にされてたし……別に良いよね?」

 

 

無能な組織が、上層部から粛清されるのはマフィア映画などのお約束だ。

ここは古き良き古典から、その手法に倣って存分に使わせて貰おう。

知人や友人を守り、八本指を殲滅しつつ、最後には自分が機関(アンデッド)を派手に倒す………何とも陳腐なストーリーだが、こんなものは複雑にするより、単純な絵面にした方が良い。

難解な“世界系”とかのエロゲーじゃないんだしな。

 

 

(うん、意外と良いんじゃないかな?)

 

 

一時はどうなるかと思ったが、機関も役立つものである。

出来る事なら、彼らに“共通のユニフォーム”を着せたりして統一感を出したかったが、流石に今回はそこまでやる時間がない。

 

こうなる事を見越して、デザインなどを考えておくべきだった……。

次にこんな機会があれば、共通のユニフォームとまでは行かずとも、共通のマークとかを付けたりするのはどうだろうか?自分にはまるで絵心などはないが、マークやシンボルなどを考えるのは結構好きなのだ。

 

そんな事を考えながら、最後の目玉とも言える存在を創造する。

この戦いのラスボスと称していいであろう《上位アンデッド》だ。

スキルを発動させると、心臓に重い鼓動が響き、目の前に禍々しい騎士が現れた。

 

70lvを超える《蒼褪めた乗り手/ペイルライダー》である。自分の場合は《アンデッド強化》などのスキルも持っている為、どのアンデッドも通常よりレベルが高くなる特典付きだ。

これなら、勝手に巨大化されまくった機関として相応しい存在だろう。

非実体化や飛行なども行える為、今回のような任務では非常に活躍してくれる筈だ。

 

 

「偉大なる創造主……ペイルライダー、御身の前に」

 

「えっ!?……う、うむ。楽にせよ」

 

 

ビックリしたぁぁぁ……急にしゃべるんだもんな。

ペイルライダーが蒼い馬から降り、胸に片手を当てながら恭しく頭を下げた。

何と言うか見た目は禍々しいけど、本物の騎士というか……実に立派な姿である。

ユグドラシルの設定ではどんなやつだっけ……?雄々しい騎士が死して死霊に、とかだったろうか?今となっては思い出せないが、この強さや見た目なら失態なく事を運べそうだ。

 

 

「えと、ペイルライダー……お前に頼みたい事があるんだ」

 

「頼みなど……矮小なる身ではありますが、全存在を賭けて御身の願いを果たしてみせます」

 

「え、えっと……あぁもう、知識を共有させた方が早いか」

 

 

ペイルライダーだけじゃなく、全員へ必要な知識や、自分の考えを共有させる。

こればっかりは言う手間が省けるから便利なんだよなぁ……。

要するに、自分の伝えたい事を纏めるとこうだ。

 

八本指は容赦なく殺していい。無関係の人間は殺すな。争いになってるだろうから多少、怪我をさせるぐらいは構わない、お前達は“機関”という、巨大で恐ろしい上位組織に所属している、その組織の主はウルベルニョという世界最強の魔法使いである、などなど……。

 

 

「万事、お任せを……全ては偉大なる創造主、モモンガ様の為に」

 

「う、うん………」

 

 

何か大袈裟と言うか……。

いや、騎士って主君に仕える存在だし、こんなものなんだろうか?

ぷにっと萌えさんも、「騎兵は優秀だけど、コストがかかる」とかよくボヤいてたもんな。

あれは別のシミュレーションゲームの話だろうけど。

 

 

「さて、王都はどうなってるんだろ……」

 

 

《遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング》を取り出し、王都の様子を眺めた。

危ない所や、演出的に良さそうな所があれば“機関”の尖兵を送り込む予定である。

 

 

「その、お前達を最後には倒す事になっちゃうんだけど……」

 

「いずれ時が経てば消え往く身、創造主様の為に死ねるなど、これ程の喜びはありません」

 

「時で……消える……?」

 

 

向こうの知識や、実感の一部を覗き込む。

そう、か。

こいつらは生贄とも言える存在を元にしていないから、時間経過で消えてしまうらしい。

トブの大森林を警護させている、デコスケとはまた“在り方”が違うんだな……。

 

と言うか……この人(?)らが本当に喜んでるのがちょっと怖いんですが……。

いや、喜んでるなんてレベルじゃない。

何と言うか、嬉しくて“狂死”するとか、“喜死”するようなレベルの感情で、何だか怖くなってきた。慌てて相手の感情を遮断し、何事も無かったように振舞う。

 

 

「ま、まぁ……その、き、気楽に、ね………?」

 

「全ては偉大なる創造主、モモンガ様の為に―――」

 

 

いや、だから怖いってば!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ペイルライダーは不遜ながら、今日ほど喜びを感じた事はなかった。

偉大なる創造主に生み出されただけでなく、その尊い御身の為に“死ね”と命じられたのだ。

この数にもならぬ身に対し、自分の為に死ね、と。

余りの喜びに、地や壁に頭を打ちつけ、その場で死にたくなった程だ。

 

これ程の、これ程の喜びが他にあろうか?

いや、ない!ある筈がない!

思わず「どうか、御身の為に億兆の死をお与え下さい!」と詰め寄りそうになった程だ。

いや、多くの下位アンデッドの目が無ければ、自分はとうに泣き叫んでいただろう。

 

それ程に、

余りに、

御身が美しく、

尊く在りすぎた―――

 

泣きたい。

叫びたい。

あらゆる世界中の生物に喚きたい。

 

自分は、この身は、御方に生み出されたのだ!と。

たとえ相手がどれだけ偉大な悪魔であれ、天使であれ、自分は誰憚る事無く叫ぶだろう。そして……どんな存在であっても御身の偉大さの前には平伏し、その頭(こうべ)を垂れるに違いない。

 

 

(………御方こそ、“世界そのもの”である)

 

 

いや、違う。

世界などより遥かに重く、尊い存在である。

むしろ進んで世界の方が頭を垂れ、御方の慈悲を請わねばならぬであろう。

 

 

(その御方に対し、この八本指というダニは……)

 

 

怒りの余り、そのダニどもが住んでいる“巣ごと”粉砕したくなる。

一人残らず血祭りにあげたとしても、到底許されるような罪ではない。自らが乗る愛馬に括り付け、息が絶える寸前まで引きずり倒しては治癒をかけ、京(けい)の死を与えるべきであろう。

 

 

(死!死!死!死、あるのみ………)

 

 

沸き上がる怒りと同時に、共有して頂いた知識には感動で身が震える程であった。

あれらを想う時、自分の怒りなど泡のように消えていくのだ。

 

 

「あ、向こうに行ったらこいつらの指揮は任せるよ」

 

「ははっ……!」

 

 

御方の尊い声に頭を下げながら、耳に残る余韻に酔いしれる。

いと深き、深遠なる御方。万物の“生殺”を支配する、唯一無二の御方よ。

喜びに浸っていたいが、そうもいかない。まずは与えられた任務を完璧にこなす事である。

 

共有して頂いた知識の中には、大切に思っておられる存在がいた。これらを殺すのは当然の事であるが、厳禁である。但し、力を見せ付ける為に、多少の暴を振るうのは止むを得ないだろう。

むしろ、見せ付ければ見せ付ける程、最後にはそれが効果的となる筈だ。

 

 

(しかし、この存在だけは……)

 

 

御方の中でも、何か別種の強い気持ちを感じさせる存在が居たのだ。

自分ですらお目にかかった事のない、恐らくは《真祖/トゥルーヴァンパイア》であろうか?

吸血種の中でも極まった頂点の中の頂点、一にして原初の力を持つ希少な存在。

恐ろしい事に、その真祖すら超えるような高貴な姫君の気配すら感じたのだ。

 

 

(こ、この方に、かすり傷でもつけようものなら……)

 

 

考えたくはないが、この辺り一帯が焦土と化すのではないか?

それ程に何か、強い感情の波を感じたのだ。

そして、もう一つ考えなくてはならないもの…………機関という存在の事だ。

この存在の頂点であるウルベルニョ様の原型を見せて頂いたが、この方もまた、御方から非常に強く想われているようだ。御方の中では自分よりも上位の存在であるとの認識すらあった。

 

 

(確かに、世界すら優に滅ぼす“大悪魔”……規格外すぎる……)

 

 

御方の記憶にあるその姿は、世界に災厄を齎し、大魔法を次々に放つ超常の存在であった。

その上、言動や仕草、服装に至るまで、一つ一つに強いダンディズムや“こだわり”を感じさせる実に見事な、いや、“粋”な大悪魔なのである。

 

 

(この方……ウルベルニョ様の部下として、恥じぬ存在であらねばならぬ)

 

 

この方は只、暴力を振るうだけの下等な存在などを好まぬであろう。

典雅で、優雅で、何処までも知的に、そして最悪なまでに残酷で。

恐らくは、そんな存在を望まれる筈だ。

とは言え、一介の騎兵であるこの身に、その役は果たせぬであろう……。自分は智を以って戦う存在ではなく、何処までも武によって“翔ける”存在なのだから。

 

 

(救いは幾つもの“例”を与えられた事か……)

 

 

共有した時に流れ込んできた膨大な情報の中から、一部が焼き付いたのだ。

それらを巧くアレンジし、御方の為にこの大役を最後まで務め上げる―――ッ!

 

 

「ここは怪しいな……ペイルライダー。レイスを連れて行ってくれる?」

 

「は!」

 

「後、これも念の為に持って行って。相手の判別が付き易くなるだろうし」

 

「ありがたき幸せ。“機関”の名に恥じぬ働きをお約束致します」

 

 

御方の名に、と言いたいところを堪え、あえて機関の名を出す。

断腸の思いであったが、御方は「お、分かってるじゃん!いいね!」と破顔して下さった。

その遍く大地を照らす、太陽の如き笑顔に魂ごと浄化されそうになる。

偉大なる御方は笑顔一つで死霊すら殺してしまわれるに違いない。何という尊い存在である事か。

 

 

(御方の為に、我―――修羅とならん――!)

 

 

レイスと共に非実体化し、人間の巣へと向う。

気配を悟られぬよう、超高高度から人間どもの騒ぎを見下ろした。

幾つもの悲鳴と剣戟。流れる血。方々に上がる火の手。

悪くない戦場である。

このダニどもを血祭りに上げ、全ての名誉と栄光を御方へと捧げ尽くすのだ―――ッ!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

―――八本指 暗殺部門

 

 

流石に警備部門の六腕には劣るが、暗黒社会で恐れられる強者達の集団である。

首領が幹部連中や実行部隊へ鼓舞激励している最中、突然《悪夢》が訪れた。

あろう事か街で、この王都で、《死霊/レイス》が現れたのである。

最初は夢かと目をこすっていた面々であったが、何度目をこすろうとその《悪夢》が消える事はなく、それどころか霧のような姿を歪ませ、泣き叫ぶ顔となって襲ってきたのだ―――!

 

 

「れ、レイスだぁぁぁぁぁ!」

 

「化け物だぁぁ!誰か助けてくれ!!」

 

 

ユグドラシルでは単なる死霊系の雑魚モンスターであるが、この世界では強力な存在だ。

魂を歪ませる存在であり、非実体でもある為、通常の武器ではダメージすら与えられない。

その姿を見た面々が次々と発狂し、狂い出す。

恐慌状態に陥り、部屋の隅で動けなくなる者も続出した。中でも心の弱い者は狂ったように周囲の仲間へと斬りかかり、壮絶な同士討ちが始まったのである。

 

彼らは暗殺を得意とするプロの集団であったが、それはあくまで人間に対するもの。

よもや姿がなく、殺しようのない“死霊”を相手にする者など居る筈もない。それらは暗殺者とは全く反対の、神官の仕事であろう。

 

この騒乱で、大いにその力を見せつける事が期待されていた暗殺部門であったが、彼らは初動から大きく躓く事となり、更に乱入してきた騎兵によって短時間で壊滅する事となった。

最後に残された暗殺部門の首領は更に悲惨である。

 

ペイルライダーが手に持った小さな鐘を揺らすと、自らの意思を失ったのだ。

《支配/ドミネート》の効果を持つ、ユグドラシルではゴミアイテムであったが、この世界では凶悪極まりない代物である。《人間種魅了/チャームパーソン》の上位版とも言える魔法であり、この世界における対抗手段などほぼない。

 

ペイルライダーが何事かを告げると、意思を失った首領が言われるままに動き出す。

各部門の首領を、一箇所に集めるように指示されたのだ。

それを見て、ペイルライダーも姿を消し、大空へと舞い上がった。

 

 

「既に死んでいる死霊を“暗殺”など出来ない……流石は偉大なる御方、盛大なる皮肉ですな」

 

 

ペイルライダーが遥か天空で大笑いし、偉大なる創造主のブラックユーモアに酔い痴れる。

その姿は正に、世界に動乱と破滅を齎さんとする“機関”の尖兵に相応しい姿であった。

 

 

こうして、王都全域を巻き込んだ大戦に“機関”という新たな勢力が加わり、王都を包む暗雲と混迷はより一層、深まっていくのである………。

 

 

 

 

 

[八本指 ― 暗殺部門壊滅]

 

 

 

 




戦争の準備を着々と整えてきた八本指と、それを迎え撃つ各陣営。
そこへオバロ名物、マッチポンプ芸まで炸裂。
もはやこの戦いの行き着く先は……誰にも分からない。





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小ネタ 「創造主」


パンドラズ・アクター
「父上……その騎兵は隠し子ですか……なら、もう一度“隠さないと”いけませんね(病み属性)」

モモンガ
「怖ッ!そんなノコギリ何処から持ってきたんだよ!」




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