OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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誰の為の剣

―――戦士長宅

 

 

その重い身分の割には質素な邸宅前で、ガゼフ・ストロノーフは静かに夜空を見上げていた。

先程までモモンガと、イビルアイの二人が彼の下を訪れ、幾人かの女性を匿って欲しいと伝えてきた為、時ならぬ騒ぎとなっていたのだ。

女性達はみな、八本指が経営する娼館で無理やり働かされていた被害者達。

 

大きな傷や怪我は治癒され、恐らくは《清潔/クリーン》をかけられていた為に汚れも少なかったが、着ている服と、その服の破れ具合から多くの事を察する事が出来た。

中には刃物による裂傷や、鈍器を叩き付けたような数々の痕跡も残っており、それらを見る度に、自分は言葉を失い、家に仕えている老執事も絶句したように立ち尽くしていたのだ。

 

 

(八本指は……ここまでの外道であったのか……)

 

 

いや、違う。

自分に、八本指を糾弾する資格はないだろう。

自分が。

自分こそが。

ある意味、彼らを見逃してきたのだ。

本来なら、彼女らを救出しなければならない立場であったのは―――自分だ。

被害者である彼女達からすれば、自分もまた、同じ外道であろう。

 

 

(俺は……一体、何の為に……剣を……)

 

 

何故、強くなりたかったのか。

何故、剣を握ったのか。

俺は。

多くの民を。

何の咎もなく、虐げられる民草を救う為に、剣を握ったのではなかったのか。

 

立場を気にし、向けられる視線に気を使い、部下の身を考え、陛下の為にと自重し……目の前に確かに存在する、八本指という巨悪に対し、いつからか自分は目を瞑るようになった。

陛下の為に、部下の為に、我慢するべき、自重するべき、自分が動けば多くの人間を巻き込む。

 

 

(そんなもの、今となっては単なる言い訳でしかない……)

 

 

現に、先程もラキュース殿が王城へ訪れた際も、自分は明確な返答を返す事が出来なかった。

八本指が城下で無差別に暴れる可能性がある―――協力して欲しい、と。

「陛下の命が無い限り、自由に動く事は出来ない」と断腸の思いで答えたが、そこには自分の想いの過多など関係なく、断ったという結果しか残らない。

 

 

そして今、目の前にもう一つの―――――“結果”がある。

並べられたのだ。

動いた者と、動かなかった者の差を。

 

 

「何が……戦士長か。なにが、平民の希望だか………我ながら滑稽な姿だな」

 

「隊長には、立場があります……彼ら、自由な冒険者とは考えも、行動も異なって当然でしょう」

 

「隊長が気を落とされては、これからの任務にも支障をきたしますぞ」

 

 

背後に居る部下達につい、弱音とも言える言葉を吐いてしまう。

普段なら、こんな甘えは許されるものではない。

だが、それ程に打ちのめされたのだ。

 

被害者の女性を運んできたエ・ランテルの英雄殿の姿は、先日見た時と大きく変わっていた。着ていた茶色のローブとは打って変わり、赤色のローブを身に纏っていたのだ。

恐らく、以前に着ていた物は戦闘で使い物にならなくなったのであろう。そして、フードを深く被っていても、その顔には殴打によるものと思わしき数々の“腫れ”が生々しく残されていた。

しきりに頭を押さえていた様子もあり、彼が一体、どれほどの激戦を潜り抜けたのか、想像するだけで胸が塞がったのだ。

 

 

《諦めたら、試合終了ですよ》

《私だけかね?まだ勝てると思っているのは》

《そろそろ、自分を信じて良い頃だ》

 

 

彼から言われた、様々な言葉が甦る。

彼は口舌の徒ではなく、本当にそう考え、信じ、そして―――実行した。

来たばかりの王都で、味方など全く居ないこの地で、たった一人……戦いを挑んだのだ。

本来なら、自分が……自分こそが、この策謀渦巻く魔境とも言える地で彼の味方となり、その隣に立っていなければならなかったのではないか?

 

 

(俺はまだ……この期に及んでも、目を瞑り続けるのか……?)

 

 

強く、剣の柄を握り締める。

月下の淡い光のもと。

誓いが生まれる。

否。

否、と。

もう目を瞑るのは、今日で終わりだと。

彼の身を捨てた行動により、自分が往くべき道が見えた。

 

 

「もう俺は―――諦めん事にした」

 

 

振り返り、部下達に告げる。

言葉こそ短かったが、幾つもの戦場で命を預けあった者達だ。自分が何を言いたいのか、すぐに伝わるだろう。そして、その言葉が彼らにとって非常に残酷なものである事も。

 

 

「―――“俺の為”に、死んでくれ」

 

 

これまで彼らに命を下す時は、必ず国の為に、陛下の為に、であった。

だが、これは違う。

自分の我儘、理想の為に死んでくれと言ったのだ。

彼らと自分は代々の主従でも無ければ、給金を自分が払っている訳でも何でも無い。ただ、戦士長と言う役職の下につけられた“部下”でしかなく、自分はその“上司”に過ぎない。

 

 

「何を今更。水臭いですな」

 

「我等が隊長殿はまだ寝惚けておられるらしい。とうの昔に預けた命であったが、お忘れか?」

 

「遂に八本指の連中とやり合えるのですか……!」

 

「この時を、どんなに……ッ!」

 

「隊長、連中に切り込むなら是非、私に先陣を命じてください」

 

 

何と頼もしき、そして何という馬鹿者達であろうか……。

この地で、この国で、連中に逆らうなど、死地に飛び込むというより、自殺行為でしかない。下手をすれば反逆者として処刑される恐れすらあるのだ。

それを……それを……ッ!

 

胸から熱いものが込み上げ、遂に剣を抜き放ち、天へと掲げた。

もはや、言葉ではなく……自分は剣をもって応えるべきだと思ったのだ。

部下達も戦場に赴く時と同じ顔で剣を抜き放ち、次々と天へ掲げていく。

鈍い銀色が辺りに乱反射し、その姿はまるで、王都を包む闇を切り裂くようであった。

 

 

「旦那様、女性の御客様を多数迎える事を考えますと、幾つか食材を買い込む必要がありますな。それと、多くの衣服や生活用品なども整えて差し上げるべきでしょう」

 

「む、そ、そうであったな………だ、大至急、それらも用意しよう!」

 

 

後ろから聞こえた、老執事の声で我に返る。

いかん、こういう所が俺のダメな所なのだ。

昔から一つの事を考えると、それしか目に入らず、他の事を考える余裕を無くしてしまう。

だからこそ、かの英雄は去り際にあんな言葉を残したのであろう。

 

 

 

《ガゼフ・ストロノーフ、覚えておけ―――――“左手は添えるだけ”だ》

 

 

 

常に全力で、目の前の事だけを見て、対処する。

これまで、両手一杯に力を込め、“力んで”事にあたり、失敗してきた事など数え切れない。自分の不器用さに泣いた事もあれば、その“力み”を野蛮で滑稽であると貴族連中に笑われた事も。

 

 

(まるで彼は、自分の欠点を知り尽くしているかのように金言を残していく……)

 

 

危うく、激憤するままに八本指の事だけを考え、女性達の事が疎かになるところであった。

八本指の事も大事ではあるが、傷ついた被害者の事を守れるのは、同じ平民である自分にしか出来ないだろう。他の人間などに任せると、何処で八本指と繋がっている存在が出てくるか分からないのだから。

 

最後に気休めでしかないが、王城へと使いを走らせ、陛下に事の顛末を伝える事にした。

どうかここ数日、城下の騒ぎを抑える為にこの身を自由にして欲しいと。そして、事が終わった後の処罰は全て、自分一人が負うと。

 

 

(最早、是非もない―――この心臓が止まるまで、連中を一人残らず斬り捨ててくれる)

 

 

「大至急、人数分の食材や衣服などを整えてくれ。尚、この邸宅を一時的な本営とし、24時間の警護態勢を敷く。八本指が奪還の為に仕掛けてくる可能性も高い、気を抜くな。各員―――――現刻より、状況を開始せよッ!」

 

「「「おおおおお!」」」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

それは偶然か、いや、必然であろう。

何せ目指すモノが、一つの場所に“在った”のだから―――――

 

 

不死王と呼ばれるアンデッドが、とある宿へと近付いていた。

彼に命じられたのは、「森の賢王」と呼ばれる魔獣の討伐である。ゼロは時に面白い指示を出してくるが、今回の指示はそれの極みであろう。

 

人間を焼くのも、雷撃で貫くのも、繰り返せば飽きるものだ。最初こそ人間が慄く様を見て時に嗤い、時に手を叩き、感情の赴くままに甚振ってきたが、最近ではそんな感情すら湧いてこない。

アンデッドには特有の、“精神の波”を抑える力がある。

 

その所為もあるのだろうが、最近は繰り返す日々に惰性を感じる事が多かった。

永遠に続く命と、惰性を感じる日々。

これこそが極まれば、“自らを殺す”のではないか?と思えるのだ。日々に飽いて“停止”した時が、アンデッドにとっての死なのかも知れない。

 

 

(その魔獣とやらが、私に潤いを齎してくれれば良いが………)

 

 

不死王は数年ぶりに感じる高揚と期待を胸に、闇に溶け込むようにしてその足を早めた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(匂いは、この辺りか………聞いた情報とも一致しとるの)

 

 

フールーダ・パラダインは地図を片手に、とある宿屋へ向っていた。

目指す“彼”が泊まっている宿屋は、随分と豪勢……いや、最高級に数えられる宿の一つらしい。

銀級の冒険者であると聞いていたが、何ともはや……。

 

城門に居た衛兵に何枚かの金貨を渡して鼻薬を嗅がせ、名簿を見せて貰ったが、どうやら彼は「エ・ランテルの英雄」と呼ばれる人物と行動を共にしているらしい。

この宿の宿泊代は、そちらが出したのであろうか?

著名な戦士長が、その英雄を直々に迎えたとも聞いている。

 

確かジルが、こちらの陣営に引き入れたいなどと言っていた存在だったと思うが、名すら覚えていない。自分は魔獣を巧みに扱うと言われている「エ・ランテルの英雄」にも、平民上がりの戦士長にも、これっぽっちも興味がないのだ。

自分が気になるのは、彼らによってニニャという《可能性》が毒される事である。

 

若い頃から最高級の宿屋などに泊まり、贅を極めた生活をしている者などに大成はない。

出来る事なら、その魔獣を使う英雄とやらを怒鳴りつけてやりたかった。

 

折角、数十年、数百年とかけて見つけた可能性である。

その考え無しの馬鹿者が散財するのは良い。後先考えぬ馬鹿者が破産しようが死のうが知った事ではない。だが、《可能性》が芽の出ぬままに潰えたらどうしてくれるのか。

 

弟子達や在野の中にも才ある者はいたが、大抵の者は少々名が上がると、入ってくる財で酒や異性に溺れ、魔道を追求していく姿勢を失い、俗世間に溺れていく。

一体、何度そのパターンに泣かされてきた事であろう。

 

考えれば考える程、そのエ・なんたらのふざけた愚者に苛立ちが増していく。

どうせ金と名声にしか興味がない馬鹿者であろうから、場合によっては、“魔道の敵”とさえ言えるその男を焼き払ってでも《可能性》を連れ出さねばなるまい。

 

 

(ん………この気配は……!?)

 

《生命隠し/コンシール・ライフ》

《溶け込み/カモフラージュ》

 

 

瞬時に自らの生命反応を消し、更に自分に模様をつけて闇の中へ溶け込ませる。

心臓が嫌な音を立て、背筋に冷たいものが走ったのだ。

否が応にも感じる、濃厚な死の匂い。

帝都の地下に封印されている、あの忌まわしき化け物と似た気配がしたのだ。

 

視線の先には漆黒のローブを身に纏い……

生者を憎み、呪われた叡智を持つアンデッド―――エルダーリッチが居た。

そして、そのアンデッドを見下ろすかのように、屋根から不敵な笑みを浮かべ、睨み付けている女がいる。身に纏っている武具は、自分でさえ目を見張るような逸品ばかりである。

 

その手に持った槌にも。

頭飾りにも。

鎧にも。

ベルトにも。

篭手にも。

靴にも。

マントにも。

数々の指輪にも。

全てに膨大な魔法効果が込められている事を、瞬時に理解した。

 

 

見上げるような月を背景に。

重武装に身を包んだ女が。

まるで、歌でも口にするように嘯いた。

 

 

 

 

 

「よぉ、良い夜だな―――――」

 

 

 

 




遂に始まる王都大戦。
各陣営による壮大な勘違いが事態を一層、カオスにしていく!


ハムスケ
「Zzzz………」

ニニャ
「Zzzz………」


あれ、騒ぎの本人ら寝てますけど………!?




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