OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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闘鬼と剣聖

―――緊急会議

 

 

王都の某所で、八本指の頭領が集合していた。

「消息不明」となったコッコドールを除く7人と、其々が連れてきている護衛である。

例の娼館は多数の衛兵が入り込んでおり、ここまでの大騒ぎとなっては、流石の八本指であっても表立って入り込むことは難しい……忌むべき事である。

 

 

「ゼロ……この体たらくは何だ?」

 

「あそこは《警備部門》の、定期的な見回り場所だったな……?」

 

「あんたの手下は何をしていた?まさか腰を振ってる間に殺されたんじゃあるまいな?」

 

 

その言葉に全員の失笑が漏れ、スキンヘッドの男へ視線が注がれる。

普段は苛立つ程に威圧感を加えてくる相手だ。当然、失態を演じた時にはその分の悪意と嘲笑をもって相手へ報いる。これが八本指である。

彼らに連帯感や、仲間意識など欠片もない。ある筈もない。あって堪るか。

むしろ、「さっさと死ね!」それが互いに抱いている、偽らざる本音である。

 

 

「お前達は………雑魚一人で、全てを判断するつもりか」

 

 

スキンヘッドの男……ゼロが腕を組み、重々しく告げる。

その言葉に全員が黙り込んだ。彼らの後ろに居る護衛達は全身を固くし、僅かに震えている。

護衛達は知っている。

この男が本気になって暴れたら、自分達では“足止め”にもならない、と。

これ以上、嘲笑するのは危険であると判断した頭領達は話を襲撃者へと変える。

 

 

「それで、襲撃してきた相手は誰だか分かっているのか?」

 

「蒼か、朱に決まっておろう」

 

「待ちなよ。襲撃者は戦士長の客人だってアタイは聞いたけど?」

 

 

麻薬取引部門のヒルマの声に、ゼロを除いた面々が表情を変える。

彼女は今でこそ部門の頭領にまで登り詰めた女性だが、元は娼婦出身であり、あの辺りで行われている数々の売春を熟知している。しかも、現役の娼婦達に今でも根強いネットワークを持っていた。下手をしたら奴隷部門の頭であるコッコドールよりも、だ。

 

 

「あんたらも承知の通り、あの辺りにはアタイの“知り合い”が多いんでね」

 

 

全員がヒルマの言葉に頷く。蛇の道は蛇、といったところだろう。

今も昔も、女達を使ったネットワークは思わぬ所から、思わぬ情報を稼ぎ出す。時には漏れ聞ける筈もない、高貴な人間達の醜聞すら手に入るのだから。

 

 

「例の猛獣使いか……」

 

「現場に潜り込ませた犬からは、魔獣が暴れたような形跡があると聞いたぞ」

 

「あんな化け物を使って、人間を襲わせたのかッ!」

 

 

頭領達の顔が青褪める。

人間では逆立ちしても勝てぬ程の大魔獣である。あれがその爪と、牙を剥いてきた時、とてもではないが生きていられる自信がない。

何と性質の悪い相手であろうか。

幾らなんでも魔獣が相手では金も女も、地位も権力も、何の意味もないのだから。

猛獣使い本人も、戦士長が客人として迎えている時点で、買収や懐柔など効きそうもない。

 

途端、現金な事に全員の目がゼロに対し集中した。

この男なら、この同じ“化け物”なら……あの魔獣に対しても勝ち得るのではないか、と。

 

 

「残念ながら、俺とは相性が悪いだろうよ……魔獣ってのはとびきり外皮が堅いと相場が決まっているんでな。俺の使う力も獣なら、相手も獣。千日手だ」

 

 

勝てもしないが、負けもしない、と分析しているのだろう。

他の頭領からすれば、安堵していいのか、悲嘆すればいいのか、反応に困る言葉であった。

 

 

「何をシケた面ぁしてやがる。俺の手下にも、《バケモン》が居る事を忘れたのか?」

 

 

ゼロが獰猛な笑みを浮かべ、怯える頭領達を睥睨する。

威嚇とも、不遜とも取れる態度であったが、全員がゼロの言葉に歓喜の声を上げる。

そうだ、そうではないか!

ゼロの手下には、あの大魔獣にも劣らぬ《バケモノ》が居たではないか!生命の危機を感じていた分、頭領達の喜びもまた、ひとしおであった。

普段は平然と殺し合いをする部門の頭領達が、肩を叩き合う珍しい光景すら見られた。

歓喜に包まれた会議は、遂にゼロを称える声に満ちる。

 

 

「流石だ……こういうケースを想定し、あのバケモノを飼っていたとはな」

 

「先見の明、という事か。私は君を力だけと侮っていた事を、詫びねばならん」

 

「い~ぃ男じゃないか、ゼロ。あんた、今日だけで男前具合が上がったんじゃないの?」

 

「今回ばかりは、君の存在に諸手を挙げて感謝したい」

 

「言葉だけではなく、我々は白金貨を並べて応えるべきであろうな」

 

「無論、涎が出るような美女もね」

 

 

見え透いたお世辞と、火事場ならではの感謝であったが、ゼロはそれも含めて満足そうに頷いた。今回の件を、全ての部門へ降りかかる問題とし、全員から金を取れる案件としたのだ。

サキュロントを失ったのは痛いが、結果で見れば御の字である。

 

結局のところ、ゼロからすれば“問題”と言うのは常に発生していた方が良いのだ。

“順風満帆”では、“警備”をする必要がない。

まさに、商売上がったりである。

そして、この国ではもう、余りにも問題が少なくなりすぎた。

跳ねっ返りの蒼を除く、全てが沈黙しているのだから。

 

 

「多少、騒がしくなるが……それに関して文句はねぇだろうな?」

 

 

ゼロが席を立ち、全員を見回しながら言う。

それに対し、誰からも異論はなかった。通りには既に多くの衛兵や冒険者が出て見回りなどが行われており、これらをどうにかせねば、其々の商売に支障をきたす。

 

 

「我々も、助力は惜しまんさ」

 

「部門の一つを潰されたままでは……面子が立たんよ」

 

「我々を怒らせるとどうなるか、今一度……この地に叩き込んでおくべきだな」

 

「ねぇ、ゼロ……獣と蒼はあんたに任せるとしてもさぁ……王国の至宝サンはどうすんのさ?」

 

 

ヒルマの声に、扉へ向けて歩き出していたゼロが立ち止まり、

やがて、ゆっくりとその口を開いた。

 

 

「心配するな……“良い剣”を借りてきたんでな」

 

「良い剣ねェ……悪いけど、具体的にお願い出来るかぃ?アタイは心配性なのさ」

 

「ふん―――“ブレイン・アングラウス”という剣だが、文句はあるか?」

 

 

その言葉にヒルマが目を見開き、他の頭領達からも呻き声が漏れた。

暗黒社会に住まう者なら、誰もが欲する“名剣”である。

常に生命を狙われる彼ら彼女らだからこそ、欲しい。その程の剣があれば、もはや身辺を脅かす敵などに対し、心配する必要がなくなるというものだ。

 

 

「ゼ、ゼロ……この件が終わったら、アタイとその剣を会わせて欲しいんだけど?」

 

「ま、待たんか!私が先だ!」

 

「金なら出す……望むだけだ!女もだ!先に俺と話をさせてくれ!」

 

「何度使いを出しても断られたのだがね……ゼロ、君はどんな魔法を使ったのかな?」

 

「あの男は―――てめぇらに飼い慣らせるタマじゃあねぇよ」

 

 

それだけ言い残し、ゼロは会議の場を後にした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

アジトに戻ったゼロは、通路で所在なさげに壁へもたれ掛っている男に目を向けた。

この男は剣を磨いているか、振っているか、そうでなければいつもこうだ。

その前を通るも、この男は何の反応も示さない。仮にも雇い主である自分にも、だ。

故に、自分も対面ではなく背中を向けたままで声をかける。

 

 

「金も、酒も、女も、何でも用意したつもりだが……気に入らんか?」

 

「悪くはないさ。興味がないってだけでね」

 

 

この男は、ストロノーフを“趣味なしの鉄人”などと笑っていたが、この男も同じである。

自分では気付いていないのだろうか?

武、のみに目を向けて走ってきた愚かな男とも言えるが、ゼロからすれば、どうにも悪感情を持てない困った男でもある。自分もまた、武に重きを置いて生きてきた男なのだから。

 

 

「他の部門から、熱烈なラブコールがあったが?」

 

「悪くない。興味はないが」

 

「ふん―――なら、参考までにストロノーフ以外の興味を教えてくれるか」

 

「そうだな…………」

 

 

アングラウスがそこで言葉を区切り、挑発的とも取れる視線を向けてくる。

肌に、突き刺さるような空気。

向けられる、強い視線。

 

 

自分の背に

痛い程に

突き刺さる“それ”を

前を向いたまま、受け止める―――

 

 

にぃっ、と

ごく自然に

無意識に

口端が吊り上がる

あぁ、アングラウス

愚かな男

剣しか目に入らぬ、まるで世で生きられぬ男

その言葉を

その先を

お前は

言って―――しまうのか?

 

 

 

「―――――ゼロ、“てめぇ”の“首”だと言ったら?」

 

 

 

視界が、通路が、捻じ曲がる。

飴のように、ぐにゃりと。

それはもう、気持ちが良いぐらいに、曲がりに()がる―――

 

 

弾けるように筋肉が盛り上がり、着ていたジャケットが弾け飛ぶ。

 

「―――ッ!」

 

同時に振り返り、剛の拳をアングラウスの顔面へ叩き込む。

 

「―――シャッ!」

 

腰から居合いの形で抜かれた音速の剣が、自分の拳を真正面から迎撃した。

 

 

瞬間、通路には有象無象を薙ぎ払うような豪風が吹き荒れ、互いが踏み込んだ足元には、衝撃によって隕石でも落ちてきたかのようなクレーター状の陥没が出来上がっていた。

 

 

「たはっ、悪ぃ―――これじゃ、あんたの屋敷が穴だらけになっちまうな」

 

「別に、俺は構わんが?」

 

「よせよ……軽い遊びじゃぁ、ないか」

 

「ふん……ストロノーフを殺る前に、随分と余裕があるものだ」

 

「あんたのお陰で、邪魔も入りそうもない。こう見えても、感謝してるんだぜ?」

 

 

その言葉には嘘がないのだろう。この無愛想な男が、驚く事に笑顔さえ浮かべている。

1対1で、邪魔なしで、何処までも、と言うのがアングラウスの要求であった。

一国で重きを成す重鎮に対し、素浪人とも言えるような立場の人間が一騎討ちを望んだのだ。

普通に考えれば、《狂人の戯言》である。

 

そんな事が、そんな状況が、ありうる筈もないのだ。だが、無理に無理を重ね、今回は強引にでもその状況に持っていく事に決めた。

これで、ガゼフ・ストロノーフが消えるのであれば、失う金穀より大きな実りがある。

 

 

「さて、良い運動も出来た……ゼロ、俺はいつでも出れるぜ」

 

「あぁ………ここ数日で全てが変わり、全てが終わるだろう」

 

「その後は、あんたらの天下ってか?」

 

「それは違うな、アングラウス。俺達は既に天下を取っている」

 

 

ゼロが珍しく笑みを浮かべ―――

 

 

「ハハッ、違いねぇ」

 

―――アングラウスも、それを見て笑った。

 

 

「この件が終われば……一献どうだ。アングラウス」

 

「ハハッ、その誘いは―――悪くねぇな」

 

 

 

 




おぁぁぁぁ!
前回はあんなシュガってたのに、オス臭い!すっごい塩としょっぱさだよ!
皆さんは砂糖と塩、どちらが好きなんでしょうねぇ……。


PS
誤字、脱字の修正などをいつも送ってくださる方に感謝を。
本当に助かってます!




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