OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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火花

「殿、森が騒いでいるでござるよ」

 

「確かに、何か聞こえるな………」

 

 

森での平和な一日を切り裂くような、遠くから聞こえる轟音。そして魔力の波動。

朝食もそこそこに、現場へ向かう事になった。

もしかしたら、モンスターに誰かが襲われているのかも知れない。猛ダッシュで駆けつけてみると、そこには透明の敵に襲われている女の子がいた。

 

 

(透明化………種族はナーガ辺りか……?)

 

 

自分には透明化や、不可視化など通用しない。《魔法的視力強化/透明看破》のパッシブスキルを持っており、隠密行動してくる相手とは非常に相性が良いのだ。

下半身は蛇、胸から上は老人のような醜悪なモンスターに、音も無く杖を振るう。

それほど力は入れずに殴ったつもりだったが、モンスターが激しく吹き飛び、血を撒き散らした。

それと同時に透明化が解け、その姿を露にする。

 

 

「な、なんじゃ、お前さんは?!何故、ワシのことがわかる!何故見える!」

 

 

その問いに答えようとした瞬間、目の奥で火花が散った―――――

そして、自分の意思とは裏腹な台詞が飛び出す。

 

 

「愚問だな―――――この身に不可視化や透明化などの小細工は通じんよ」

 

(ちょっと待て!何を気取った言い回しを………!)

 

 

 

 

 

《シリウスの火花Ⅴ》

銀河の鼓動に連動し、強化してくれる支援スキル。

膨大な貯蔵データ内の中から、その場に適した仕草や台詞をランダムで行う。

一定パターンを組んだ「なりきり」プレイなどにも使用出来る為、その汎用性は高い。

レベルの上昇と共に銀河の鼓動との連動力もUPしていく。

双方のスキルがカンストしているならば、隙のないプレイが約束されるだろう。

 

 

*シリウス

全天21の1等星の1つ。

太陽を除けば、地球上から見える最も明るい恒星。

ギリシャ語で「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」を意味する。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「―――――問おう、貴方が俺のマスターか?」

 

 

その言葉にラキュースの心臓が貫かれる。

言っている内容は分からない。ただ、背中を見せ、軽く振り向いた姿勢で言われた《それ》が、余りにも格好良かったのだ。ほんの少し、鼓動が早くなる。早く、なっていく。

 

 

「ふむ………まずは、怪我を治さなければな」

 

 

彼は近づいてくると、懐から赤い液体の入った瓶を取り出し、それを飲ませてきた。

得体の知れない液体。本来ならそんな物は絶対に口にしないだろう。

だが、自分を救ってくれた恩人である上に、これ程の颯爽とした男性から差し出された物が、妙な物だとはとても思えなかったのだ。

 

 

そして、奇跡が訪れる。

 

 

あれ程に深く刺された傷が、痛みが、一瞬で消えたのだ。

ありえない。ありえる筈がない。

どれだけ即効性の高いポーションであっても、これ程の傷を一瞬で治すなど………。

 

 

「―――――ッ!《麻痺治癒/キュア・パラライズ》」

 

 

考えるのを止め、まずは状態回復魔法を詠唱し、麻痺を取り除く。

今の液体が何であれ、そんな事は戦闘が終わった後で考えるべきだ。透明の敵だけでなく、吹き飛ばしたグの体も異様な程の早さで再生していっているのだから。

 

 

「ワ、ワシの透明化が見破られるなど……お主は何者じゃ?!」

 

「フン―――――卑劣な蛇に名乗る名など持ち合わせておらんよ」

 

「そ、それに何故、賢王が人間などに従っておる!一体、どういう事じゃ!」

 

「殿は某が忠誠を尽くす主人なのでござるよ!」

 

「ば、馬鹿な……!お主程の魔獣が人間に従うなど………!ワシらは森を分割し、それを統べておった王なのじゃぞ!人間に使役されるなど!」

 

「永遠に支配する側で居たかったか?―――――その理想を抱いて溺死しろ」

 

 

ヤバイ、ヤバイ!格好良い!この人、ヤバすぎる!

言う事の一つ一つがいちいち格好良い………!

彼が発言する度、心臓に甘い痛みがくる。その痛みは、決して嫌なものじゃない。

刺された傷は治ったというのに、むしろさっきより体が熱くなってきてる……。

 

 

「さて、時間が惜しい。ハムスケ、そいつを任せる」

 

「了解したでござる!殿の一撃で弱ってるようでござるなぁ……悪いけど一撃でござるよ!」

 

 

途方も無い大魔獣が蛇のモンスターへ飛び掛り、暴力そのものである巨大な爪を振り下ろす。醜悪な蛇のモンスターが真っ二つに断ち切られ、噴水のように血を噴き上げた。

 

何という強力な大魔獣だろうか……!

これが、これが………かの森の賢王……?!

私の見通しすら甘かったと言わざるを得ない……。

 

これと戦うならば、イビルアイも含めた総出でなければとても倒せないだろう。

自分達が居なければ、国が総力をあげて討伐軍を組まなければどうにもならないレベルである。

 

 

だが、さっきのグと言うトロールもまた、別格だ。

あれ程の再生能力を持った個体は見た事も聞いた事もない。近隣の街から魔法詠唱者を掻き集め、朝から晩まで継続的にダメージを与え続けなければ滅ぼせないだろう。

 

 

「待って下さい……そこのトロールは異常個体です! すぐに近隣から魔法詠唱者を集めてきますので、どうかそれまでの間、この場でその個体を抑え込んで貰えないでしょうか!」

 

 

そう言っている間にも吹き飛んだグの体は巻き戻るように再生され、もうじき動き出す気配を見せていた。危険だ、余りにもこの個体は危険すぎる。

しかし、彼はその言葉には答えてくれず、背中を向けたままであった。

助けて貰った上、こんな身勝手な願いをするなんて厚かましいとは分かっている……でも……っ!

 

 

 

「なるほど―――――だが、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

 

(格好良いいいいいいいいいいいいいっ!)

 

 

死んだ!私、いま死んだ!

心臓が爆発する音がはっきり聞こえた!

止めて……もう止めて!これ以上、格好良い事を言わないで!

鼻血が………。

 

数々の格好良いと思われる台詞や、技名、詠唱などを思いつく度に記してきた魔本。

《ラキュース・ノート》に、この人の台詞全てを書き込みたくなってしまう。

そして、背中を向けたままの彼から……爆発的な魔力の波動を感じた。余りの大魔力に彼のローブが揺らめき、周囲に激しい風が巻き起こる。

 

 

(何、これ………)

 

 

アダマンタイト級冒険者であり、稀代の神官と謡われた自分が………。

その《背中》に、完全に圧倒されていた。

 

 

 

 

 

「地の底に眠る星の火よ 古の眠り覚まし 裁きの手を翳せ―――――《獄炎/ヘルフレイム!》」

 

 

 

 

 

彼の指から放たれた小さな黒き炎。

赤ではなく、黒の炎………まるで宝石のようにキラキラと輝く《それ》がグの体に触れた時。

 

 

―――――蒼天を焦がす豪炎となり、グの体を焼き滅ぼした。

 

 

(嘘……でしょ……)

 

 

再生能力なんてレベルの話じゃない。

一片の肉片すら残らず、あの異常個体が完全に消滅してしまった………。

もしかすると、私はいま、とんでもない英雄を目の当たりにしているのではないのか?それこそ、古に謡われる十三英雄や、数々のサーガを彩ってきた英雄達のような……。

 

 

(鼓動が、止まらない………)

 

 

呆然とする思いだった。

恋や恋愛など、自分には遠い話だと思っていたのだ。

 

英雄に憧れ、家を飛び出して冒険者になってしまった程の自分である。

おてんば姫だのじゃじゃ馬だの、当初は散々に笑われたものだ。

だが、アダマンタイト級冒険者となった途端、掌を返したように次々と社交界へ呼ばれるようになり、多くの貴族から引っ切り無しに求愛されるようになった。

 

言葉は悪いが、自分には彼らが《男》であると認識出来ない。

家名に驕り、民を虐げ、自分の手では銅貨一枚すら稼ぐ事も出来ない存在……それは男だろうか?

そんな貴族の馬鹿息子や道楽息子ばかり見てきた自分は男に絶望し、次第に興味すらなくなっていったのだ。だが、今、目の前に居る彼は………。

自分がずっと、無意識下で求め続けていた男性ではないのだろうか?

ふと、仲間と交わした会話が蘇る。

 

 

《ラキュース、お前さんは小難しく考えすぎなんだよ。男と女の事なんざ、理屈じゃねぇんだ》

 

大柄で、とても情の深い大切な仲間の言葉を思い出す。

 

《良い男に会った時ってのはな、頭じゃなくハートが教えてくれんだよ》

 

あの時は心臓が何を教えてくれるのよ、と笑ったものだ。

 

 

だが、今なら分かる。

確かに自分のハートが、鼓動が、それを教えてくれているのだ。

何故、自分はあの時のガガーランの話をもっと真面目に聞いておかなかったのか……。

好意を持った男性に、好きになってしまった男性に、どう接すれば良いのか、どんな話をすれば良いのか、分からない―――――何も、何一つ自分は知らない。

 

剣や魔法だけでなく、恋の駆け引きやテクニック、男性の好みや、好かれる女性像……

そんな事を何一つ学んでこなかった自分の迂闊さを悔やむ。

恐る恐る彼を見ると、こめかみに指を当て、誰かと会話しているようだった。

あの様子は……《伝言/メッセージ》か。

 

 

「あぁ、分かっているさ……心配するな。天秤の傾きは修正された。“機関”の連中が何を考えているのかは知らんが、こちらも早々、思い通りにはさせんさ」

 

 

………機関?!何なの、それは!?

不思議と、胸がドキドキしてくるような単語だった。

どうしてこう、彼の放つ言葉に、挙動の一つ一つに引き寄せられるのか……。

私の内に眠る、もう一人の闇の自分が魂から呼応しているような気がするのだ。

 

 

「フン……それが“世界の選択”か。ならば、是非もない」

 

世界の選択!?

何その心震わすフレーズは……世界に一体、何が起きているの!?

 

 

「あぁ、健闘を祈る………ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

何、いまの?!合言葉なの??秘密の暗号なの?!!

やめて、これ以上、私の心臓を震わすのは止めて…………!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

その後、彼は激しく咳き込み、何かに耐えるようにじっと空を見上げていた。

恐らくはその“機関”との戦いを想っているのだろう。

その重圧と脅威に只一人立ち向かっている男の、悲壮な姿がそこにはあった。

思わず駆け寄り、その背中を支えてあげたくなる。

 

あれ程の大魔獣を従え、信じがたい程の大魔力の持ち主である彼がこれほどに重圧を感じる相手など、自分には想像も付かない。だが、その敵とやらがこの世界に悪意を持ち、何かをしようとしているのは間違いないだろう……そして、彼はそれと戦っている。

 

命を救ってくれた恩人が、生まれて初めて好きになった男性が。

世界を揺るがす敵と、孤独に戦っている。

私はその姿を見て、即座に決断した。冒険者に迷いは禁物だ。

まして、自分はアダマンタイト級冒険者である。

 

 

「私はラキュースと言います。まずは、命を助けて下さった事に深く感謝を」

 

「え”っ?ぁ、あぁ……いえ、お気になさらず………」

 

 

何だろうか?

先程より、随分と雰囲気が柔らかくなったような……。

戦闘時以外は、穏やかな人柄なのだろうか。益々、魅力的だ。

 

 

「私もその“機関”との戦いに助太刀します!どうか協力させて下さい!」

 

「ええええええええ?!」

 

 

 

 




スキルと勘違いが相乗効果を生み、更に追い詰められていくモモンガ!
次話も二人はフルスロットルです。

では、良い土曜日を!




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