OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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鈴木悟の休日

―――――エ・ランテルからの逃走後

 

 

トブの大森林。

その森の中でも最奥の、森の賢王と呼ばれる存在の縄張り内―――

人類未踏の地である筈の場所に、あってはならない物体があった。

それは大きなコテージ。丸太で組まれたような外観をしており、かなり大きなモノである。

 

《グリーンシークレットハウス 》

 

ユグドラシルで言う、拠点作成系アイテムであった。

外観や内装などは幾つか種類があるのだが、今回は森という事で雰囲気を併せてコテージタイプを選んだのであろう。当然、設置したのはモモンガである。

これは魔法で作られた建物なので、魔法の装備と同じく入る者のサイズを問わない。

大きなハムスケでも悠々と入る事が出来るのだ。

 

 

「殿ー。そろそろ焼き上がるでござるよ」

 

「楽しみだなー!」

 

 

コテージの中ではモモンガとハムスケが囲炉裏にくべられた火を囲み、キノコを焼いていた。

草で編んだような籠には山のようにキノコや食べられる野草、木の実などの山菜が入っている。横の籠には新鮮で豊富な果物まで入っていた。

さながら、森のコテージで優雅なキャンプファイヤーのようである。

無論、これらは全てハムスケが森から採ってきたものであった。実に有能なハムスターである。

念の為、各種状態異常を防ぐ指輪を着け、モモンガが出来上がったそれらに齧り付く。

 

 

「美味い!これが野生のキノコの味なのか!」

 

「某は生で食べていたでござるが、焼くともっと美味しいでござるなー」

 

「ちょっと待ってろ。無駄に調味料も完備してた筈だからな……あった、醤油だ」

 

「ショウユ??殿、その黒い液体は何でござるか?」

 

「うん。これは俺の故郷の味ってところかな……おぉ!かけると風味が!」

 

「んほーっ!香ばしい匂いがするでござるなー!味もグンと良くなったでござるよ!」

 

 

一人と一匹がワイワイと食事を楽しんでいた。

ハムスケは口一杯に山菜や木の実を頬張り、口を膨らませながらご機嫌そうな様子だ。モモンガも久しぶりのまともな食事に舌鼓を打っていた。

 

焼いたキノコを食い、木の実を蒸して食べ、新鮮な果物を頬張る。

一人と一匹が「んほー!」「らめぇぇぇ」などと言いながら食べる姿は実に怪しいものであった。

籠にあった食材があらかた無くなった時、モモンガがようやく手を止める。

 

 

「はぁー……もう食えないや………」

 

 

遂に大の字になって寝転がる。

ここ数日分を取り戻すかのような食べっぷりであった。それもリアルでは口に出来ない《超高価》なものばかりである。リアルでは限られたアーコロジー内でしか食料が生産出来ないので、貧困層に《本物の食材》が回ってくる事など滅多にない。

 

 

「生きてる内に森の幸なんてものが食べられるとはなぁ……」

 

「殿ー。風呂が沸いたでござるよ」

 

 

無論、コテージには風呂やベッド、冷蔵庫や空調機器なども全て用意されている。

ユグドラシルではただのデータであったが、この世界では全て本物として機能しているようだ。

ハムスケはコテージに入って早々、物珍しそうに全ての物に目を向け、モモンガに説明をせがんだのだ。今では風呂沸かしから、空調のボタン管理、冷蔵庫に入ったジュースを取る事まで出来る。

実に有能なハムスターであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「はぁ……生き返るな………」

 

 

コテージ内の贅沢な《檜風呂》へ身を沈める。

浴槽の窓から見える、大きな月が何とも言えない風情を醸し出していた。

リアルでは風呂や温泉などというものは富裕層のものであり、貧困層は外での有害物質を落とす為に、蒸気を浴びるだけのスチーム風呂であった。それらは風呂というより《作業》である。

 

エ・ランテルの宿屋でも追加料金でお湯を貰って体を拭くのが精々であり、モモンガとしては何としても一度、まともな風呂に入りたかったのだ。

 

 

(くぅ~………)

 

 

お湯の中で目一杯、体を伸ばし体のコリを取る。疲れが湯の中に溶けていくようだった。

お湯を掬って顔に掛けると「ふぅぅー……」とおっさんのような声が自然と出た。

今、異世界にきて一番寛いでいるかも知れない。

 

 

(それにしても、ハムスケの世話になりっぱなしだな……)

 

 

ご飯から風呂の支度まで……ようやく初仕事も終えて、ヒモから抜け出したと思ったのに。

まさか、今度はハムスターに養われるなんて。

と言うか、獣に養われるなんて前代未聞、世界初の男なんじゃないのか、俺って?

 

 

(ははっ、世界初か……これもワールドチャンピオンの一種かも知れないな……)

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

ウルベルト・アレイン・オードル

「貴方には失望しましたよ。ケモンガさん」

 

たっち・みー

「おめでとうございます、新チャンピオン(笑)」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

違う、違うんです!ウルベルトさん!

俺だってこんなチャンピオンになりたくなかったんです!不可抗力なんです……!

後、たっちさんはそろそろ黙ろうな?!な!

 

 

せっかくの風呂だって言うのに回想で不意打ちを食らうとか……。

一体、何処で俺は気を休めれば良いんだ。

 

 

「殿ー。某が背中を流すでござるよー」

 

「いやいや、自分で洗えるから!」

 

 

これ以上、ハムスケの世話になっていたら何を言われるか分からんぞ……。

その後は全身をくまなく洗い、風呂場を後にした。

体を拭き終わると途端、これまでの疲れが出たのか眠気が襲ってくる。

 

 

(もう寝るか……)

 

 

コテージには大きなベッドが設置されているので、今日はそこで寝る事にする。ハムスケは何処から持ってきたのか、大きな葉を何枚か重ねて寝床を作っており、そこで丸くなっていた。

自分も大きなベッドで大の字になって寝転がる。

流石に拠点用として設定されてあるだけあって、最高級宿屋に負けてない弾力と柔らかさだ。

横では既にハムスケが鼾をかきながら寝ている……寝るの早ッ!

 

 

(ふぁ……明日は、良い事がありますように………)

 

 

こうして、森での穏やかな一日が終わった。

 

 

 

 




幕間ともいえる、平穏な一幕でした。
タイトルはモモンガではなく、あえて「鈴木悟」としています。
精神無効化もないし、せめて休日がないとね!
原作でもこのコンビで居る時が、実は一番平穏なんじゃないのかなって思ってたり。




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