OVER PRINCE   作:神埼 黒音

22 / 70
凱旋門

「ニニャはまだ、あの様子であるか」

 

「ったく、どうしたもんかねー」

 

 

宿屋のロビーで安酒を飲みながら、ダインとルクルットが溜息をつく。

銀級冒険者《漆黒の剣》の面々だ。

木製の安いテーブルには一つだけ皿が置かれてあり、中には豆を炒ったようなものが入っている。それを噛み砕きながら安酒を胃に流し込む。

 

 

「遅くなった」

 

「遅いじゃねぇか、ペテル」

 

 

そこにリーダーのペテルが加わり、3人がテーブルを囲んで酒を飲み始める。

ニニャはカウンター席に座り、何かを熱心に記していた。

何か書き物をしている時のニニャは近寄られるのを嫌がる為、終わるまではこうして3人で飲むのがいつもの光景であった。しかし、今日は3人の雰囲気が少し違う。

 

 

「狩りは順調だったが……何処かボーッとした様子だったな」

 

「ありゃ、恋する女の顔だ。俺にゃわかる」

 

「ルクルットのその手の話はアテにならんのである」

 

 

そう、彼らはニニャの性別にとうに気付いている。かと言って、別にそれを暴き立てる気も、責める気もない。誰だって、何らかの事情を抱えながら冒険者として生活しているのだ。

命を預けて戦う仲間に、今更性別ぐらいでどうこう言うつもりはない。

それに彼らは貴族に連れ去られた姉の話も聞いているのだ。ニニャがどれ程必死に、性別すら捨て、覚悟を決めて戦っているのかを知っている。

 

 

「狩りに行く日を、延ばして欲しいと言っていたな」

 

「大方、あのローブ男の面倒を見るつもりだったんじゃねぇの?」

 

「であるな」

 

 

3人は先日、ニニャから紹介されて全身にローブを纏った男と会ったのだ。

フードを深く被った、顔も見せない妙な男。

せめて自己紹介の時ぐらいは兜を脱いだり、フードを取るのが常識であろう。

その態度は決して横柄ではなく、むしろ礼儀正しいものであったので、誰も文句は言わなかったが、ルクルットのみは少し、不満を抱えていた。

 

 

「ふん……顔を隠すなんざ気に入らねぇよ」

 

「そう言うな……何らかの事情があるのだろう。戦傷とかな」

 

「恐らくは、そうであるな」

 

 

冒険者をやっていれば戦傷など付き物だ。

浅い傷であったり、すぐに適切な薬があれば、傷も残さずに治す事も可能だが……。

大きな怪我や、酷い火傷、毒物による変色や変形、酸などによる溶解ともなってくると、神殿に莫大な寄付金を払って魔法を使って貰わなくてはならない。

 

それも、月日が経ったものは完全な治癒が難しくなる。

それらがすぐに払えるような裕福な冒険者など、ほんの一部であろう。

多くの冒険者が金を払えぬまま、貯められぬまま、月日だけが経っていく………。

 

 

「ケッ、ツラぁ見せたらニニャが引くってか?そりゃニニャを馬鹿にしてんのと同じだろうがっ。俺ぁそこが気に入らねぇんだよ」

 

「声が大きいぞ、ルクルット」

 

「言いたい事は分かるが、かの御仁の気持ちも察するべきである」

 

 

片目が潰れた者、耳がない者、頬を切り裂かれた者、冒険者には色んな戦傷を負った者がいる。

片腕を落とされた者だっている。まともに歩けなくなった者もいる。

だが、それらを馬鹿にしたり笑ったりする者など居ない。

それらは全て、「明日は我が身」なのだから。

 

ようやく書き物を終えたのか、ニニャが近づいてくるのを見て3人は話題を変え、店員を呼ぶ為に手招く。

4人でテーブルを囲み、乾杯をしたところで外から異様な地響きがした。

大勢の人間が、何かを叫びながら走っている。

漆黒の剣の面々が、他の客が、マスターも何事かと表へ出た。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

エ・ランテルの街は今、時ならぬ祭りのような喧騒に包まれていた。

先日、トブの大森林に出掛けた銅級冒険者があの《森の賢王》を従えて凱旋したと言うのだ。

手の空いている者は一目それを見たいと駆け出し、飯を食っていた者も、その飯を作っていた者も、老若男女がこぞって城門へと走り出したのだ。

噂は人の口を伝って次々と伝わり、街全体に広まった頃には既に城門から中央部まで黒山の人だかりとなっており、まるで何処ぞの将軍が凱旋してくるかのような雰囲気と化していた。

 

人々が固唾を飲んで見守る中、いよいよ城門から一台の馬車が現れる。

その横に付き従うように、途方もない《大魔獣》と、それに騎乗する男が現れた。

それらを見た人々から大歓声が上がり、どよめきが都市全体を包んでいく。

 

 

「登録したばかりだってよ!」

「アダマンタイト級冒険者の推薦らしい」

「何て凄い魔獣だ!」

「あのバレアレ家が、どうしてもって名指しで指名したらしいぞ」

「深い叡智を感じさせる目ね……賢王と呼ばれるのも納得よ!」

「あんな立派な魔獣、見た事がないわ!」

「見ろよ、あの杖!とんでもない逸品だぞ!」

「あのローブの男性、顔が見たいわねぇ……!」

 

 

次々と挙がる称賛の声と大歓声に、男は戸惑った様子であったが、その手がおずおずと上げられ歓声に応えるように振られると人々から大きな喝采と共に、万雷の拍手が送られた。

完全にお祭り騒ぎである。

エ・ランテルでは様々な祭りがあったが、これ程の騒ぎは近年でも稀であろう。

彼が慣れない仕草で手を振っていると、バランスを崩してフードがスルリと後ろに落ちた。

その様子に街が一瞬静まり返り………。

 

 

 

 

 

―――――集まっていた女性達が、爆発した。

 

 

 

 

 

それは爆発、としか形容出来ないものであった。

耳が割れるような黄色い大歓声が上がり、それは絶叫となり、遂には悲鳴となった。

明日には確実に声が枯れるであろう絶叫。

中には赤面し胸を押さえる女性や、駆け出そうとして衛兵に取り押さえられる女性まで出てくる騒ぎとなり、街全体に津波が広がるようにして声という声が都市を包んでいった。

 

 

 

「なに、何なの……あの美形は?!」

「格好良すぎる……」

「あんな格好良くて、あんな大魔獣まで従えているなんて……」

「南方から来た王子だってさ!」

「あの流れるような黒髪に、黒い瞳……あぁぁぁぁ!」

「遠国の王子らしいわよ!」

「キャー!!王子様だって!」

「絶対、王子よ!」

 

 

 

その声に応えるかのように男の全身が淡い光に包まれていき、その七色に輝く星光が女性達の目を釘付けにした。しかも、その光がまるで何かに導かれるようにグラデーションを描いていく。

女性達の歓声と絶叫が頂点に達し、遂に失神する者まで現れた。

もはやお祭り騒ぎどころではなく、都市機能の麻痺である。殆どの者が仕事を投げ出してここに集まっていたのだから。

 

 

衛兵達が総出で騒ぎを収めようとするが、声は一向に止む様子がなく、馬車と大魔獣に騎乗していた男はその場から逃げるようにして去って行った。

衛兵達の怒鳴り声が飛び交い、騒ぎの余韻を残したまま、ようやく人々が仕事へ戻っていく。

女性程ではなかったが、男達も憧れを含んだ目や、眩しい目を向け、何か尊い者を見る目で男を見ており、仕事場や家で話題は完全に男の事で持ちきりとなった。

 

 

 

この日―――――

流星の王子様、と人々から熱狂される英雄が誕生したのだ。

 

 

 





遂にプリンス・オブ・シューティングスターの爆誕です。
原作での「漆黒の英雄モモン」とは別の形で英雄となってしまったモモンガ様。
エ・ランテルはどの道、こうなるんだよなぁ……(笑)


モモンガ
「ナザリックが無いんだから敬われたり、崇められる事はない……
そう考えていた時期が僕にもありました(刃牙顔)」




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告