OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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童貞の壁

ティアはエ・ランテルを出て別の街へ向かっている最中、《伝言/メッセージ》を受け取った。

内容を聞いて、即座にエ・ランテルへと引き返す。

発信者は都市長から直々に命じられた魔法詠唱者。

何でもエ・ランテルに入ろうとしていたところを衛兵が見かけたとの事だ。

 

 

(一番近い街。網を張って正解)

 

 

エ・ランテルで捕まらないなら、他の街にも情報網を敷こうと考えていたが、どうやらその必要性もなく一発目の網に引っかかってくれたようだ……ツイている。

走る。走る。全力で走る。これまでの人生でも最高速度だろう。

サラマンダーより速い。

 

同時に忍術を行使する。

《闇渡り》《影潜み》

躊躇しない。慈悲もない。遠慮もない。

 

彼は暗闇の中でも視界を保つ術を持っているようだった。

なら、気配を消して天井をこそ「壁」とするしかない。

音もなく宿屋の天井裏に忍び込み、彼が居る部屋を覗き見る。

 

 

(少し遅かったか……)

 

 

出来れば部屋に入る前から観察したかったが、既に椅子に座っているようだ。

あの時に着ていたローブ。彼に間違いない。

 

 

(もう、失敗は出来ない)

 

 

高速で頭を回転させる。

相手の思考を読み、性格を分析し、日常を観察し、趣味嗜好の全てを把握し、相手を丸裸にしていく。そして、最後には丸裸になった相手の息の根を止める。

 

暗殺者として、幾度となくやって来た事だ。

短い接触ではあったが、彼の人となりはそれなりに把握は出来た。

最初に会った態度から見るに、その性格は温厚であり、常識人であろう。

時には自分に非がなくとも、争いを避ける為に頭を下げる事も厭わないタイプだ。

 

 

《最初に誠心誠意、謝罪し……その後、あくまで仕事上の嫌疑の話として持っていく》

 

 

そして、彼は女性に対して免疫がない。

女性との接触にも殆ど経験がない。

 

 

《泣き落としも有効。過度に密着し、冷静に考える時間を与えない事も大事》

 

《かと言って、がっつき過ぎない事。彼は踏み込まれたら引くタイプ》

 

 

最初の出会いからして不幸だったのだ。

不意の遭遇であり、勘違いから始まったもの。

なら、関係の再構築をする為にも、一度リセットして白紙に戻さなくてはならない。

 

 

考慮すべきは、彼にはあらゆる拘束が通じないと言う事だ。

恐らくは何らかのマジックアイテムを有している。

そして……特筆すべきは、あのガガーランすら上回る腕力があるという事。

 

単純に考えても英雄級か、その領域に片足を踏み入れている。

強さや魔力を全く感じないのも妙だ。気配を遮断しているか、偽装する類のマジックアイテムも身に着けているのだろう。

 

何故、隠す?

隠さなければならないほどに、強大だからだ。

 

あの、魂ごと奪われそうな美貌に。

ガガーランを凌駕する腕力。

マジックアイテムで隠さなければならない程の、強大な何か。

 

仮にもアダマンタイト級である自分とガガーランが、まるで子供扱いであった。

ありえない。

こんな底知れない人物を自分は見た事がない。

 

 

欲しい。

どうしても欲しい。

彼が、欲しい。

 

 

ティアの頭は高速で回転しつつも、その視線は冷静に観察を続けている。

彼は何処から出したのか、綺麗な水差しを出して水を飲み始めた。

あれもマジックアイテムだろう。

そして、懐から何故か干し肉を取り出して食べ始めた。何で干し肉?

 

ガジガジと齧っている。

夢中だ。

可愛い。

 

 

ベッドに大の字で転がった。

あの態度から察するに、富貴な物に慣れていない。

こういった部屋に居るのも本来なら落ち着かないのだろう。

仕掛けるか?仕掛けよう。下に降りよう。

あの胸に飛び込もう。

 

 

 

―――――今日からそこは、私の場所だ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……!」

 

「え゛っ」

 

 

いきなり天井裏から降ってきた忍者に謝られる。

どういう事だ?と言うか、まさかこの子が蒼の薔薇っていうのか??

八本指とか言ってなかったっけ??

 

 

「あの時は、貴方を八本指の運び人だと勘違いしていた」

 

「八本指って、そりゃあんたらの事なんじゃ……!」

 

「違う。私達は蒼の薔薇、この国の正式な冒険者。犯罪者の組織を追っていた」

 

「そ、その前にちょっと離れて貰えますか……!近い、顔が近い!体もくっつきすぎ!」

 

 

無理やり投げ飛ばしそうになったが、あの時とは違う……。

この子はこの世界の住人で、女の子だ……とてもそんな乱暴な事は出来ない。

と言うか、あの時はよく見てなかったけど物凄い格好だ。ユグドラシルのド派手な格好にも負けてないほどのコスチューム……肌とか露出しすぎでしょ!

 

 

「貴方が許してくれれば離す。それまでは離れない」

 

「わ、分かりましたよ!だから、離れ………」

 

「本当にごめんなさい。貴方に迷惑をかけました」

 

「ちょ………っ」

 

 

青い、透き通るような綺麗な瞳から涙がポロポロと零れる。

余りの光景にいたたまれなくなった。

女の子に泣かれるとか、どうすりゃ良いんだよ……童貞にはハードルが高すぎるでしょ?!

何なんだ、これ……俺が悪いみたいじゃないか。

俺って確か被害者だったよね……??

 

 

女忍者は自分の胸に顔をうずめるようにして泣き続けている。

誰か助けてくれ……。

異世界に来て早々、年下の子にたかるヒモのような状態になって、挙句に女の子に泣かれるとか、何か傍目から見たら俺、クズのような男になってないか………?

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

たっち・みー

「見損ないましたよ。クズンガさん」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

違う!違うんです!これは誤解なんです、たっちさん………!

自分にも何がなんやら……。

回想の中ですら仲間に責められるなんて……と言うか、仲間からの俺の扱い酷くないか?!

どうやって声を掛けようかと頭を悩ましていたら、心臓から鼓動が響き………

勝手に口が動くのを感じた。

 

 

(まさか………!)

 

 

「もう泣くな―――――“お前の全てを許そう”」

 

 

(ちょっと待て待て!勝手にほざくな!)

 

 

 

「許して、くれるの……?」

 

「あぁぁぁ……えぇ、はい、、そうですよ!もう許しますから!勘弁して下さいよ!」

 

「嬉しい」

 

 

そう言って更に抱きついてくる女忍者。

やめて!そんな服で密着しないで!

と言うか、何だよ今の台詞は……!死の支配者ごっこか!

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介する。私はティア」

 

 

そう言って、女忍者が可憐な笑みを浮かべた。

花が咲くようなそれに、少しだけ胸が高鳴る。あぁぁぁ、恋愛経験値低すぎだろ俺……。

しょうがないじゃんか、ロクに出会いもなかったしさ……!

会社とユグドラシルの往復の日々だったしさ……こんな美少女に微笑まれたらドキっともするさ。

あぁ、もう俺は誰に言い訳してるんだ……。

 

 

 

「モ、モモンガ………です」

 

 

そんな俺の口からかろうじて出た言葉は………

何の機転も利かない、名前を告げただけのものだった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「そ、それじゃ、話も終わったようですし、自分は行きますね……街を色々と見たいので」

 

「なら案内する。モモンガにお詫びがしたい」

 

「いえいえ!もうお詫びは十分ですよ……」

 

「こう見えて一流の冒険者。色んな店を知ってる」

 

「ん………それは、まぁ……」

 

 

街と言っても、右も左も分からないのは事実だ。それに、かなり大きい街だった……。

三重の壁に囲まれた、人口が何十万の都市とかニニャさんが言ってたっけ。

地図も土地鑑も無ければ、迷ってしまうかも知れない。

 

 

「じゃ、じゃぁ………お願い出来ますか」

 

「任せて欲しい」

 

 

断ってまた泣かれたりしたら大変だ。

餅は餅屋とも言うし、ベテランの冒険者だと言うなら案内して貰うとするか。ユグドラシル時代には古参プレイヤーに最初は色々と教えて貰ったしな。

宿を出ると、あの衛兵長がこちらを見て笑顔で親指を立てていた。

 

 

(だから、お前は何を誤解しているんだ!)

 

 

この街の防衛は大丈夫なのか?あんなのが偉い立場に居るなんて平和ボケしてそうな……。

 

 

女忍者に連れられ、ようやく異世界の街に躍り出る。

雑多な人込み。行き交う馬車。

露店に並べられた様々な野菜や果実……行き交う髪の色も様々な通行人達。漂ってくる香りまで雑多で、何が何の匂いなのかすら分からない。

 

 

「珍しい?」

 

「えぇ、まぁ……と言うか、手は離して貰って良いですか……」

 

「ダメ、迷子になる」

 

「子供じゃないんですから………」

 

「………迷惑?」

 

「いや、また泣きそうな目で見ないで下さいよ!」

 

 

大の大人が、どちらかと言えば小さい女の子に手を引いて貰ってる図。

普通に恥ずかしいんですけど……!

道行く人らも皆、ニヤニヤと見てくるしさぁ……と言うか噂の的になってないか!?

 

 

「薔薇の……」「あれが似顔絵の」「七色の一物」「イケメン氏ね」「婚約者ね」

「光るらしいぞ、ナニが!」「キャー!」「ローブ脱いで欲しいわねぇ」etc……

 

 

雑踏の中から聞こえくる様々な単語に頭が痛くなる。

どうしてこうなった……!

何もしてないのに、なんか犯罪者みたいじゃないか!

 

 

「モモンガ、ここが連れ込み用の宿屋。あそこは強壮剤の店。向こうは大人の玩具店」

 

「偏りすぎでしょ!普通の店行って下さいよっ?!」

 

「なら、前に行ったポーション屋」

 

「ポーション……」

 

 

代表的な回復薬だ。

ゲーム時代にはアンデッドだったから逆にダメージを負うアイテムだったけど、今は人間だし一度見ておくべきだな……。と言っても、アイテムBOXには下級中級上級までの各種ポーションがMAXの数で揃っているから使う機会があるかどうか分からないけれど。

 

 

「ただ、店が臭い」

 

「そうなんですか?」

 

 

ポーションの匂いなんて嗅いだ事ないしな……匂いなんて実装もされてなかったし。

むしろ、どんな匂いがするのか嗅いでみたい気がする。

 

 

「モモンガが居るなら香りが相殺されて大丈夫」

 

「ちょ、ちょっと!ローブに顔をうずめないで下さいよっ!」

 

「着いた」

 

「………っと、ここですか」

 

 

大きな店だ。

店舗部分と、後ろには工房だろうか……かなりの大きさの建物が繋がっている。

ゲームではなく、実際にポーションを作っている店っていうのはこうなるのか。

RPGの道具屋を目の前で見たかのような奇妙な感動があった。

 

店に入ると、確かに微かな刺激臭はしたが……言うほど匂いはしないような?

と言うか、店に誰も居ないのは何でだ……無用心だと思うんだが。

店内をチラチラ見ていると、奥の工房から大きな音が聞こえてきた。

思わず見に行くと、そこにはまだ若い少年と、それに馬乗りになっている女が居た………。

 

 

 

 

 

「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

思わず叫ぶ俺。

 

 

「衛兵さん、こいつです」

 

 

そして、後ろの忍者から間の抜けた声がした。

 

 

 

 




童貞じゃクノイチには勝てなかったよ………(絶望)
原作での名台詞も何気なく登場。
この魔法の言葉さえあれば、大抵は何とかなる!(強弁)




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