OVER PRINCE   作:神埼 黒音

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二つの襲撃

「はっろぉ~。君がンフィーレア君かなー?」

 

「は、はい?」

 

 

昼下がりのバレアレ薬品店。

美少女に臭そうと言われた事がショックだったのか、あれから少し換気が良くなった店に妙な客がやってきたのだ。頭以外の全身をローブで隠した女性。

冒険者としては珍しい格好ではないが、その目は凶悪につり上がっていた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

エ・ランテルの街を歩く、一人の女戦士……クレマンティーヌは最高にイライラしていた。

数日前に神殿の通路で兄……あのクソとすれ違ったのだ。同じ空間に居るだけで八つ裂きにしたくなるというのに、近い距離ですれ違うなど拷問に等しい。

何日経っても一向にイライラが消えやしない……。

別にクソが口を開いてクソを垂れ流してくる訳ではない。ただ、あの目が語ってくるのだ。

 

 

「家の面汚し」

 

「全てに劣る屑」

 

「劣等種」

 

 

目は口ほどに物を言う。まさにその通りなのだろう。

あの目を抉り出して食ってやりたい。本人の目の前で、だ。

それはどんなステーキより美味であり、どんな美酒にも勝る味に違いない。

 

 

イライラする。

誰かを殺したい。

誰かを刺したい。

道行く能天気な通行人の頭を軒並みカチ割りながら歩きたい。

 

 

(まだ明るい、か……夜なら良いか…………)

 

 

だが、夜までどうやって時間を潰す?こんなイライラした状態で。

イライラし過ぎて、墓地に居るカジットをからかいに行く気すら起きない。

あんな誰も居ない墓地にいたら、気が狂って墓石を全て粉々にしてしまいそうだ。

何か昼でも出来る事……出来る事、昼でも……昼でも!昼でも!今すぐに殺れる事!

 

 

(あはっ!名案浮かんじゃった~♪やっぱ、クレマンティーヌ様ってば天才よねー)

 

 

頭に浮かんだのは、いずれ何かに使うであろう駒。

あらゆるマジックアイテムを使用可能という、反則的なタレント持ちの少年。

名前は知っているが、まだ顔を見た事がない。いざと言う時に備え、相手の顔を確認しておくべきだろう……何の努力もせずに、生まれながらに優れた能力を与えられたその存在を。

それはあのクソに重なるようで、神経が音を立ててギシギシと痛んだ。

 

 

 

殺したい。

顔の皮を剥いで、悲鳴を上げさせてやりたい。

生まれ持った異能とやらが、自分の振るう暴力に抗えるか?

是非、試して欲しいものだ。

その時がきたら、生きながらゆっくりと目を切り裂く事にしよう。

カジット風に言うなら、それは崇高なる生贄というやつだ。

ここはいずれ死都へと堕ちる、奈落の街。

なら、少しばかり自分が遊んでも問題ない。

 

 

今までのイライラした気分が嘘だったかのように、

クレマンティーヌは浮き浮きとした足取りで店へと向かった。

 

 

 

 

 

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一方、モモンガは案内された宿で暇を持て余していた。

恐らくはかなりの高級宿なのだろう。いかにも「金を掛けています」と言った家具やら調度品やらが並んでいる……正直、余り居心地が良い部屋ではない。

道すがら聞いた話では蒼の薔薇というのは、この国でも最高峰と言われる冒険者チームらしい。

そんなチームが何故、自分を?

この世界に来て間もない自分には、予想が付かない。

 

ただ、その相手がかなりのVIPである事。

余程の影響力、権力に近い何かを持っている事は察する事が出来た。

衛兵の態度もそうだし、宿屋の主人など漫画で見るような揉み手までしていた程だ。

 

 

(まさか、何らかの手段で異世界人である事がバレているとか……?)

 

 

正確に言うなら、ユグドラシルのプレイヤーか。

鈴木悟は魔法なんて使えない。単なる営業職に就いているサラリーマンなのだから。

だが、このユグドラシルのプレイヤーであるモモンガなら話は別だ。

自分はきっと、この世界では化け物のような力を持っている。下手な行動や言動は、自分の命を危険に晒す事になりかねない。

 

もしかしたら、国の為に働けとか言ってくるつもりだろうか?

ラノベで読んだ「勇者召喚」とかではそんな展開が多かったよな……。

自分は勇者どころか、ユグドラシルでは魔王ロールをしていたキャラなんだが……。

 

念の為、外していた指輪を一つ一つ指に嵌めていく。

拘束や睡眠、毒や麻痺など、各種のBADステータスを完全無効化する指輪を嵌めていき、その効果が確かである事を確認する。

いきなり襲ってくる事はないだろうが、用心に越した事はないだろう。

 

 

(しかし、本当に暇だな……街の中を色々と散策したかったのに……)

 

 

折角、異世界の街へ来たというのに、いきなり宿屋にカンヅメとはどういう事だろうか。

そりゃぁ、確かにインドア派ではあるが、どうせ引き篭もるならもう少し狭い、落ち着く部屋にして欲しいものだ……ベッドなんて透明なカーテンみたいなのが付いてるぞ。

まるで王様や貴族が寝るようなベッドじゃないか。

見るからにフカフカで……真っ白で……フッカフカじゃないか。

 

 

(少し……少しだけ、座ってみるか?)

 

 

真っ白なフカフカに、吸い込まれるようにしてベッドの縁に腰掛ける。

中には何が入ってるのか、溶け込むようにして自分の体が沈んだ。

家のせんべえ布団とは大違いだ……こんなベッドで寝たら、もう起きるのが嫌になるだろう。

する事もないので、《無限の水差し》を出して水を飲む。

そしてニニャさんから余分に貰った干し肉を齧った。

癖になる味だ……こんな豪華な部屋の中で無言で干し肉を齧っている姿はシュールだろうけど。

 

 

(ここに来てから色々あったな………でも、やっと街にも着いた)

 

 

ここから、俺の生活が始まるのか。

この世界に来てやっと落ち着いて。しかも、今は一人で……。

必死に抑えようとはしていたが……正直、浮き浮きした気持ちを抑えきれない。

しょうがないだろう。無理もないだろう。

憧れだったユグドラシルのような世界で生活が出来るのだから。ともすれば、部屋の中で叫び出したい程の興奮がこみ上げてくる。

 

どんな仕事をしよう?それに、どんな宿に泊まろうか?この世界での食べ物やお酒はどんな味がする?どんな人達がいて、どんな生活を営んでいるんだ?

海はあるのか?山はあるのか?遺跡やダンジョンがあったりするのか?失われた古代文明があったり、天空に浮かぶ城とか、古代に海底へと沈んだ神殿とかは?

頭に浮かぶのは未知へのドキドキだ。

まるでユグドラシルにはじめてログインした時のような興奮と緊張がある。

 

 

(くぅぅぅ……俺はいま、ファンタジー世界に居るぞ!)

 

 

なんて馬鹿っぽい叫びだろう。

一体、それは誰に叫んだ言葉だったのか。

 

我ながら子供っぽいと思ったが、今ぐらいは良いじゃないか。

リアルは最低な生活で、ユグドラシルでもここ最近はずっと一人で。

楽しい事なんて何も無かった。

なら、何の因果かこの訪れた世界で、少しぐらいは楽しんでも良いだろ。

姿が変わった事や、変なスキルとか、考える事はまだまだあるけど、暗い事ばっかり考えず、この世界の事を少しは前向きに考えて行こうじゃないか。

 

 

(薔薇ってのはよく分からないけど……取りあえず、話ぐらいは聞いてみようか)

 

 

そんな事を考えながら、ベッドの上で大の字になって寝転がる。

最高に気持ちが良い。

テントの中でも寝れはしたが、下は固い地面であり、これ程の快適さはなかった。今までの疲れを全てベッドが吸い取ってくれるかのような感覚すらあった。

 

 

(会社にも行かず、高級ベッドで大の字か………まさか自分の人生にこんな日が来るなんて)

 

 

そんな事をぼんやりと考えていると、天井から音もなく青い影が降ってきた。

それは気配もなく、空気すら動かさず。

気付いた時には、全身で抱き付くようにして密着されていた。

 

 

「あ、あんたは………!」

 

「やっと会えた」

 

 

そこには転移早々に出会った女忍者がいた。

 

 

 

 




原作と同じく、一人になると子供っぽくなるモモンガさん(笑)
そして襲撃される二人は童貞……大丈夫か!
嫉妬マスクさんがじっと見ているぞ!




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