OVER PRINCE   作:神埼 黒音

11 / 70
氷結だ

ジェットが優雅な仕草で部屋の中へと入り、依頼人を見る。

青を基調とした、目のやり場に困るような扇情的な格好をした美少女であった。

貴族を目指すジェットは、下賎の者のように感情を顔に表さない訓練をしている。

それでも、相手の氷のような美しさには密かに息を飲んだ。

世界の何処かにあると吟遊詩人などが謡う、永久に溶けない氷結晶のようではないか。

 

 

蒼の薔薇。

アダマンタイト級冒険者、ティア……だったか。

確かにこの美しさならば、王国内の男達がこぞって騒ぐのも頷ける話だ。

 

 

相手が椅子から立ち上がり、こちらへ向ってくる。

年甲斐もなく、ジェットは思わず心臓を高鳴らせてしまった。

 

 

「絵。描いて」

 

 

一瞬、それが言葉なのだと判らない程に短いものであった。

ジェットは思う。台無しだ、と。

やはり野蛮な冒険者などという輩には優雅な挨拶や礼法、マナーなどがないのであろう。

 

せっかくの美しさも片手落ちである。

それに、断られるなど夢にも思っていないのであろう。その顔は平然としていた。

この氷のような顔を歪める事が出来れば、さぞ愉快に違いない。

暗い愉悦が胸から込み上げてくる。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「尋ね人を描く依頼……でしたな」

 

「そう。私の王子。婚約者」

 

 

馬鹿だ。どうしようもなく、馬鹿だ。

やはり、冒険者というのは夢見がちな馬鹿がやるのであろう。

最高峰と言われるアダマンタイトでこれなのである。ジェットは思わず噴き出しそうになった。

この夢見がちな馬鹿に教えてやらねばなるまい……《現実》というものを。

いずれ王都へ呼ばれ、貴族位を受けるであろうジェットストリームという男の偉大さを。

 

 

「栄えあるアダマンタイトからの依頼ですな………だが、断るッッ!」

 

「ん」

 

「このジェットが最も好きな事の一つは、自分で強いと思ってる奴にNOと断ってやる事だ!」

 

「ほぅ」

 

「良いか、小娘!アダマンタイトなどと持ち上げら、ぁひっ!」

 

 

スパーン!と、古式ゆかしい高らかな音が部屋内に響き渡る。

何処から出したのか、依頼人である女忍者の手には青色のスリッパが握られていた。

無造作に「トイレ用」と書かれた文字を見て、ジェットの血管がブチ切れそうになる。

 

 

「き、き、貴様……我輩の高貴な頭をトイレ用スリッパではた、ぉぶっ!」

 

 

言葉を言い終わる前に腹部へ強烈な衝撃が走り、ジェットが思わず膝をつく。

何処から出したのか、女忍者の手にはバネで出来たようなカラクリが握られており、

その先端には闘技場などで野蛮なボクサーが着けている青色のグローブが付いていた。

能天気に「だいなまいとぱんち」と書かれた文字を見てジェットが逆上しそうになる。

 

 

「時間の無駄。早く描け、チョビヒゲ」

 

「だ、誰がチョビヒゲか!我輩の優雅な八の字カールの」

 

 

そこまで言ってハッ、とジェットが身構える。

このクソ野蛮な女が、無防備にしゃべっている最中にまた攻撃してくるかも知れない。

二度も三度も同じ手に乗ってたまるか!

 

 

「ふざけた小娘が!衛兵に引き渡して牢屋に叩き込ん、ぁぶ!」

 

 

頭部へ衝撃が走り、ジェットが再び膝をつく。

いつの間に握られていたのか、女忍者の手には天井から垂らされている青い紐があった。

足元には金物で出来たタライが転がっており、これが落ちてきたらしい。

可愛らしい丸文字で「ばか」と書かれた単語にジェットの神経が逆撫でされる。

 

 

「時間差攻撃。時間対策は必須」

 

「が、、、ぐ、、」

 

「私の忍道具は108式ある。試す?」

 

「ヵ、か、、、描かせて頂きます……」

 

「良い返事。チョビヒゲ」

 

(このクソ女がぁぁぁぁ!我輩のは優雅な八の字カール髭と言っておるだろうがぁぁぁ!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「こ、これで如何ですかな………」

 

 

衛兵を呼ぼうと思ったが、このクソ女にはまるで隙がない。

普段は窓の外などを能天気に見ている癖に、

部屋から逃げようとすると、キッと氷のような視線を向けてくるのだ。逃げるに逃げられない。

いっそブン殴って屋敷から叩き出したかったが、流石にアダマンタイト級に勝てるような腕力は一般人である自分にはない……用心棒でも雇っておくべきであったと後悔するがもう遅い。

 

 

「ダメ、流星が足りない」

 

(流星とは何だ……この野蛮人め………!)

 

 

画家としての意地で、リテイクを出されれば描き直してしまう自分が恨めしい。

それに、言っている事が意味不明すぎて自分にはイメージが掴めないのだ。

流星とか、七色とか、王子とか、良い匂いとか、前世からの恋人だとか、もう意味不明である。

相手がアダマンタイト級の冒険者でなければ黒粉の末期患者だと疑っただろう。

とにかく、今は絵を完成させて一秒でも早くこいつを追い出す事だ!

 

 

 

「この絵。陵辱が足りない」

 

(何を言っとるんだこいつは!)

 

「小宇宙を感じない」

 

(コスモ……忍者用語なのか?!そうなのか?!)

 

「ガッツが足りない」

 

(足りないのは貴様の頭だ!!)

 

「二人はイジャニーヤ」

 

(あぁぁぁぁぁぁ!もう何を言っとるんだ……我輩にはわからない……)

 

「ドキドキで壊れそう。1000%LOVE」

 

(早く帰ってくれぇぇぇぇぇ!!)

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ジェットは今、部屋の中で大の字になって転がっていた。

無限に続くと思われたリテイクの中、「ん。合格」と聞いた時にバタリと倒れたのだ。

その後の「二つ前ので実は合格だった。てへぺろ」と言う台詞を聞いた時には相手の首を絞め殺そうと思ったが、もう立つ気力もなかったのだ。

 

横に転がっているのは、大きな皮袋。

報酬であるらしい……人の頭ほどある大きさだ。

手に持つとズシリとした重みが伝わってくる。

庶民に比べ、裕福なジェットではあるが、これほどの重みというのは中々感じる事はない。

貴族というのは金払いが良さそうに見えて、何かと理由を付けては支払いをケチったり遅らせたりしてくるものだ。

貴族連中からすれば「目をかけてやってるんだから十分だろう」と言ったところか。

 

 

(あのクソ女の事だ……どうせ中身は全部銅貨だろう)

 

 

皮袋を引っくり返してみると、山のような金貨が音を立てて落ちてきた。

 

 

(馬鹿な……そんな馬鹿な!全部、金貨だと!?)

 

 

控えめに見ても300枚以上はある……思わずゴクリと喉が鳴る。

小さなキャンバスへの絵は自分ほどの高名さがあっても、精々が金貨20枚~30枚程度の支払いだ。こんな、その日の内に描いて仕上げるようなものは1/3ぐらいの支払いになるだろう。

文字通り、桁が違う………。

 

 

(絵の出来は……認めてくれた、という事か………)

 

 

最高に苛立つ女ではあったが、仕事を認められるというのはいつだって嬉しいものだ。

そこに、大きな報酬まで付いてくれば更に喜びは深くなる。

これ程の金貨があれば、非常に高価な画布や筆を更に揃える事も出来るだろう。

常に頭を痛めてきた、一本で金貨が何枚も飛ぶ絵具も多彩に揃えていく事が出来るのだ。

 

 

(ふんっ……これが、アダマンタイト級か………)

 

 

少しは認めてやらんでもない、と誰得なツンデレをするジェットであった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

ジェットストリーム・モレソージャン(フルネーム)の邸宅を出たティアは、

城門や詰め所、冒険者組合や主な店舗などを絵を見せながら回り、

この人物を見つけたら連絡をくれ、と言付けて行った。

その際、心付けとして銅貨や銀貨をバラ撒く事も忘れない。

 

この手の工作や情報収集はティアの十八番である。元イジャニーヤの頭領三姉妹の本領発揮だ。

全員が、かの高名な蒼の薔薇から声を掛けられただけでも大喜びしていたのだが、更に少なくない心付けまで貰い、全員が鼻息を荒くしながら必ず連絡する、と確約していく。

 

 

冒険者組合などは下にも置かぬ接待を行い、「捜索の依頼を出そうか?」とまで言ってきたが、

ティアはそれを断る。

迎えに行くのは自分の役目だ、とだけ言葉を残して組合から音も無く去って行った。

 

 

本来、流星とは瞬きしている間に消えるものであろう。

しかし、彼女はその星を掴もうと果敢な一歩を踏み出した。

忍者とは執拗であり、標的を逃がさない。そして捕まえたら―――――必ず喉元に喰らいつく。

 

 

(今度は……私の虜にしてみせる)

 

 

ティアはその特徴的な青のマフラーを口元まで上げると、別の街へと飛び去っていった。

 

 

 




ジェットさん、お疲れ様でした!
次回から視点がモモンガ様に戻ります。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告