夕日の光が全身を貫く。ダンジョンから出てきた時に真っ先に感じる変化。あって当たり前になりがちな、日の光の暖かさと素晴らしさを改めて確認できるこの瞬間がリヴィエールは好きだった。
ーーーーただいま…
赤い光に心中で語りかける。二週間以上にわたるリヴィエールの遠征は今日、この瞬間に終わった。
「んーーーー!!二週間ぶりの外の空気〜!」
「被害者が出なくて本当良かったっす」
暗い地下では味わえない開放感を各々が感じる中、リヴィエールはローブのフードを被り、口元をネックウォーマーで隠す。こうすればそう簡単には自分だとは気づかれない。
「リヴェリア、悪いがここまでだ。バックパックを返してもらった後、俺はしばらく姿を消す」
「…………なぜだ?」
明らかに不愉快そうに緑髪のハイエルフが眉をひそめる。実はこの後、食事くらいには誘われるかと期待していたし、もし無かったら此方から誘うつもりだったのだ。
「お前たちと地上で行動していたら他人の目にどうしても止まる。それでなくても俺は目立つ。今回の件で俺の噂も少なからず立つだろう。まあそれはいい。今までだって噂が立つ事は何度かあった。だがそれ以上になる訳にはいかない」
「…………私は言いふらすような事は」
「人の口に戸が建てられるとは俺も思っていない」
大勢の前に姿を現し、しかもダンジョン内とはいえ、アレだけにアイズと派手に動き回ってミノタウロスを何体も斬った。もう完全に秘匿する事は不可能だ。もちろんリヴェリアやフィンの事は信頼している。だがロキ・ファミリアの末端の口まで信用できるかと言われればそれは否だった。
「…………ドロップアイテムの交渉はどうする」
姿を消されたら利益を渡す事もできない。それ以前にこの男の所在は知っておかねば、次に会えるのはいつになるかわからない。
「その件はもういい。元々アンタを助けるのに見返りを貰おうとは思っていない。後日エリクサーだけは貰うが後はもういいよ」
だからバックパックを返せ、と告げる。ロキ・ファミリアの構成員に関して、リヴィエールは主力の人物しか知らない。末端の誰に預けたのかまではわからないため、リヴェリアに指示を出してもらう必要がある。
しかしリヴェリアはそれをしなかった。無視して歩き始め、アイズを呼ぶ。
「おい、リヴェリア。俺はこの後ギルドに報告にも行かなきゃなんねーのに……」
ちらりと後ろの建物を見やる。背後の摩天楼の中には様々な施設が存在する。
50階建ての巨大な建造物の中は迷宮の監視と管理を行うギルド保有の施設であり、20階までは公共施設や換金所。各ファミリアの商業施設が軒を構えている。さらにその上からはオラリオでも有数のファミリアの神々が住み着いている「神様達の領域」となっている。ちなみに、30階は神会を行う会場となっており、最上階にはフレイヤという神が住んでいる……らしい。
フレイヤについてはリヴィエールも名前しか知らない。ルグ曰く、美しく、怖く、執念深い女神。綺麗な花には毒があるの典型。
そんな神々の居住区も兼ねたバベルの塔が迷宮からあふれ出るモンスター達を抑える「蓋」として機能している。
この白亜の巨塔を中心に、モンスターからの防衛は冒険へと変化し、オラリオは冒険者の集う大都市へと成長した。
話を戻そう。ロキ・ファミリアのような集団の遠征ならば無事は仲間が確認できるため、冒険者及びダンジョンを管理するギルドにいちいち一人ずつ帰還の報告をする必要など無いが、リヴィエールのようなソロの冒険者には出立と帰還、そしてスケジュールを報告する担当官が付く。この報告を済ませなければ遠征は終わらない。
「我々は今日、このまま帰還する。魔石及びドロップアイテムの換金は明日行う予定だ。それまでお前のバックパックはこちらで預かっておく」
「はぁ!?」
とんでもない事を平気で言ってのけたリヴェリアに思わず変な声が出る。収穫したアイテムを他のファミリアに預けるなど常識ではありえないことだ。そんな事をして、秘密裏に売買されてしまえばもうこちらはいくら訴えても泣き寝入りするしかない。
後方の支援部隊に預ける事すら本来であれば常識外の事なのに、このまま持って帰られるなどありえない。
「本気で言ってるのか、リヴェリア」
「ディアンケヒト・ファミリアへのクエスト報告も明日以降だ。お前のアイテム売買の交渉もこちらでやると言ったろう?ならその方が手間がかからないじゃないか」
「それはそうだが……」
チラリと後方部隊の連中を見る。時折不快な視線は感じていた。
ロキ・ファミリアの幹部、それも彼らにとって天上人に近い、アイズやリヴェリアと親しくかつ、対等に接している彼を疎ましく思う事は仕方ない事だろう。
「心配するな。お前の収穫は私が責任を持って保証する。信じろ」
「…………で?俺はいつソレを受け取ればいいんですか?」
「アイズ」
呼ばれていたアイズはもう近くに来ていた。というかいきなり後ろに下がったリヴィエールを探してウロウロしていた。フードを被った彼の姿を見て、まるで兄を見つけた迷子の妹のような安堵の表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「リヴィは今日はもう帰るそうだ」
その一言でアイズは一瞬で青ざめる。何度も何度も夢見て、ようやく果たした再会。ファミリアが違うのだからいずれ別れる時が来る事はわかっていたが、それでも、いざその時が来ると動揺は避けられなかった。
仕方ない事だと頭を納得させる。しかし心はそう簡単に言う事を聞かない。悲しげに眉を歪めたまま、顔を伏せた。
「……………」
可愛い妹分にかける言葉が見つからず、頭を掻く。出来ればもうロキ・ファミリアとはこれ以上関わりを持ちたく無かった。今まで通りのソロ冒険者へと戻る事が最善の道だ。頭ではわかっている。しかし彼女と同じく、心が従わない。
ーーーークソ…
無言のまま踵を返す。これこの二人のそばにいては取り返しがつかなくなる。決心が揺らぐ。何も持たず、ただ修羅の道を歩むと誓った、あの日からずっと燻る憎しみの黒い炎が消えてしまう。
「あっ……」
背中を見せた途端、アイズからこれ以上なく不安げな声が出る。か細く、弱々しい声にもかかわらず、その音はリヴィエールの耳に届いてしまった。
しかし彼女を責める事はリヴィエールにはできない。会えない辛さは誰よりも彼が知っている。
ありえない事だが、もしリヴィエールがルグともう一度出会えたなら。
そう考えるとアイズの気持ちは手に取るようにわかる。
このまま彼を行かせてしまえば、また会えなくなってしまうのではないか。
あの辛く、悲しく、不安だった日々をまた味あわなければならないのではないか。
完全に諦められたならともかく、こうして一度出会ってしまった。希望を持ってしまっては叩きのめされた時の絶望はさらに酷く、キツくなる。
何も答えないリヴィエールの態度が彼女の不安を更に煽った。
「……………チッ」
白髪の剣士は舌打ちする。こうなってしまってはこのまま逃げるなどは出来ない。もしそんな事をしたらこの親バカどもは総力を挙げて自分を探すだろう。そうなってしまったは流石のリヴィエールといえども隠れきれる自信は無い。
「リヴェリア」
「なんだ?」
俯いていた視界が揺れる。アイズの華奢な肩をがっしりとした剣士の手が掴んでおり、強い力でリヴィエールが引き寄せたのだ。
「少し借りる。日暮れまでには返す」
「…………ああ、わかった」
「それと………お前にだけは俺の潜伏先を伝えておく。俺にしか出来ないような用が有ったら、そこに言伝を頼んでくれ」
こそりと耳元でねぐらにする予定の場所の名前を告げる。その時やたら色気のある声を彼女から出された事に少し動揺した。
「アイズ、行くぞ」
「…………うん!」
アイズがいない事にベートが気づいた時には、二人は人ごみにまぎれ、その姿を消していた。
▼
歩く速度は決して早くなかった。速さにおいては一級冒険者の中でも三本の指に入るとまで言われる二人にとってこの速度は遅すぎるくらいの歩幅だった。
それなのにアイズの鼓動はダンジョン内での戦闘よりも遥かに早く鳴っていた。頬の上気は我慢できず、彼の顔をまともに見れない。歩いているだけで目立つ彼女の顔を隠すために途中でリヴィに買ってもらった白のストローハットを目深に被り、うるさい鼓動の原因である自分の手を見るので精一杯だった。
白髪の青年がアイズの手を握って前を歩く。1年前より遥かに精悍になった彼と手を繋いで歩くという事はアイズにとってどんな強敵と戦う時より異常な状況だった。
ふと周囲を見渡すとそこにはもう人気はなかった。被った帽子を少し上げる。どうやら小高い丘の様な場所に来ていたらしい。
「着いたぞ」
手を離す。名残惜しさはかなりあったが、ほんの少しだけ安堵もあった。こんな血まみれの汚い手で彼の美しい手を汚したくなかったから。
ようやくリヴィエールに視線を向ける。すると片手には鮮やかな黄色のバラが握られていた。おそらく帽子を買った時に一緒に購入していたのだろう。
視線が花を捉えていた事に気付いたのだろう。リヴィエールは笑って一度花を振った。
「サマーサンシャイン。ルグが好きだった花でな。ここに来る時はいつもコレを持ってきてる」
リヴィエールが歩き始める。丘の頂上には一本の酒のボトルと枯れた花が添えられていた。酒の名前は
「コレは……お墓?」
「違うよ。墓ってのはそこにその人がいて初めてその名を持つ。コレは俺が勝手に置いてるだけさ。此処が一番太陽が良く見える場所だから」
古い花を片づけ、新しく持ってきた花を供える。懐ろからウィスキーの入ったスキットルを取り出し、地面に掛けた。
「………お久しぶりです、ルグ様」
夕日に向かってアイズが一言呟く。
ーーーールグ、久しぶりだろう。アイズだ。あんたに教わったこの場所を教えちまったけど……こいつなら良いよな?
「…………綺麗」
オラリオ全てを染める紅の景色にアイズから出た言葉はコレだけだった。彼女に詩才があればもっと洒落たことが言えただろうが、彼女にはコレが精一杯だった。
「だろ?俺の秘密の場所だ。他人に教えたのはお前が初だ」
初めてという言葉に心が浮つく。なにか彼の特別になれた様な気がした。
もう一度景色を見る。夕日が世界を染め、見慣れた町並みはまるで異世界の様だ。
毎日見ているオラリオがいつもと違って見える。
ーーーーオラリオってこんなに綺麗だったんだ……
景色が今朝とまるで違う。それはきっと見る者の心が違うから。
今度は隣を見る。心が違う要因は風に揺れる白い髪が光を反射し、輝いている。光に照らされ、リヴィエールがスキットルからウィスキーを飲む姿は例えようもないほど妖しく、美しい。夕日とは違う色の赤で頬を染める。
しかしそれも瞬く間に落ち込んでしまう。どこか辛そうな、悔やむような顔をリヴィエールがしていた事に気付いたからだ。
「リヴィ……」
「?」
「…………私ともう会いたくなかった?」
「会わないほうがいいとは思ってた」
俯く。拳を握る。彼の過去は聞いた。その上で彼は自分達を助けてくれた。嬉しかった。けど、この状況は彼が望んでいた事ではない事にもアイズは気づいていた。
ごめんなさい、と言いたい。私が弱いせいであなたの手を煩わせてしまったと謝りたい。けど唇が震えて言葉にならなかった。彼と会えた事を否定したくなかった。
「似てたな、あの子」
「?」
急に話が変わる。何のことか、すぐにはわからなかった。
「あの白兎君だよ。昔のお前に良く似ててビックリした」
意味が理解できた。そして驚く。まさか彼があの時の自分の事を憶えていてくれていたとは思わなかった。先ほどとは違う意味で心が浮ついた。
「………ダメだな、俺は」
「…………え?」
「あの時、何もかも失ってた俺に余裕なんてなかった。前しか見てなかった。俺を炙る黒い炎から逃れる術はただ強くなる事だけだった」
「それは……」
私も同じだ。私の中にもずっと黒い炎があった。
「でも、あの時お前と出会えたから………ガキの頃の俺と同じ目をしていたお前がいてくれたから、俺の炎は穏やかになった。俺の過去が夢でなくなった」
それも自分と同じ。その炎を仲間達に、リヴェリアに鎮めてもらった。そしてなにより……
ーーーー貴方に掬い取ってもらった……
あの時、忌むべき黒の炎をあれほど美しく、自在に操る貴方に出会えて、私の炎は消えたのだ。
「俺はずっと剣を握りしめて生きてきた。20年近くずっとそうやって生きてると、俺の骨が、心が、俺の全てが砕け散る事が何度もあった」
1年前の決定的な悲劇が起こる前にも、自分の限界という壁にぶつかり、邪悪な人の悪意に押しつぶされ、何度も何度も膝を折った。
「その時、俺をまた作ってくれたのは……お前達だった」
ルグが、リヴェリアが、リューが、アイズが、何度も俺を作ってくれた。彼女達がいてくれたからこそ、今の俺がある。
「お前達と再会した事を良く思わない俺もある。だがそれ以上に、お前の顔をまた見られてホッとした。今日、お前と出会えてよかった。お前と二人であの子に会えて良かった。俺はもうあの頃に戻れない。そう思っていたけど、そんな事は無いのかとしれないと教えてもらえた」
「リヴィ……」
「気持ちなんだよな。自分を強くしてくれるのも、この景色が美しいと思える事も」
ーーーー俺の中の炎がまた小さくなった事も。
全てを成し遂げるまで、俺はまだこの炎を消せないけど、全てが終わった時、俺はまたあの頃に戻れるのかもしれない。
「感謝しているよ。ありがとうアイズ。また会えて本当に良かった」
優しく頭を撫でてやる。1年前と変わらない、心地よい仕草だ。
金髪金眼の少女は真っ赤になって俯く。帽子を目深に被ってもなお、頭から立ち昇る湯気にリヴィエールは笑いを漏らした。
「明日の朝、此処でお前を待ってる」
「!」
顔を上げる。何よりも知りたかった事が聞けた。此処にくれば、また明日も彼に会えると約束してくれたのだ。
フードを外し、頭を下げる。ローブと和装のせいで気づかなかったがリヴィエールは首にネックレスを付けていた。ソレを首から外したのだ。
「やる。受け取れ」
「コレは……」
「ルグの形見だ。俺には何よりも価値がある」
手の中のシルバーと真珠で彩られたネックレスは、かつてリヴィエールが主神に贈ったプレゼント。事情を知ったヘスティアから返してもらい、以来自分が着けていたアクセサリー。
その正体を聞いたアイズは何度も首を横に振った。口下手な彼女らしい、受け取れないという意思表示。
「慌て者、誰がくれてやると言った。貸してやるだけだ。明日会う時必ず返せ。もしそれを持って逃げられたら俺は会わなくなるどころか、お前を草の根分けてでも探し出して、追いかける」
それは直接表現ではないが、もう彼女から逃げないという意思表示。不器用な彼らしい、恩着せがましくない、彼の精一杯の誠意。
「約束の担保としては充分か?」
何度も何度も首を縦にふる。自分の命よりも大切だという物を自分に預けてくれた。その事が嬉しかった。
「じゃあ帰るか。リヴェリア達も心配してるだろう。道、わかるか?」
尋ねられた問いに一度頷こうとして、止まる。此処までほとんど顔を伏せてきたせいで道筋などよく憶えていない。オラリオの街は目の前に見えるのだから帰れなくはないと思うが、それはしたくなかった。自分の中の小さなアイズもイヤイヤと首を横に振っている。
ネックレスを持つ手とは逆の手でローブを掴んだ。
「…………もうちょっと」
「……はぁ」
▼
ーーーー結局送り届けることになっちまった……
もう帰れるだろうというところまで送ってもアイズはもうちょっとを止めなかった。そして結局辿り着いたロキ・ファミリア本拠地、【黄昏の館】。城のようなその建物は大手ファミリアの本拠地に相応しい威容を誇っている。なんやかんやで此処とは長い付き合いリヴィは想い出の中の建物と変わっていないことに少し安堵した。
「ーーーん?」
入り口の人影から土埃が舞い上がる。どうやらアイズの帰りを待っていたらしい連中の中から飛び出す人かげ…
「おっっっかえりぃいいいい!!」
…………もとい、神かげ。
「アイズたぁあああん!!!」
いつもの事であるアイズはヒラリとその神を避ける。そして避けた先にいたリヴィエールは顔面に見事なアイアンクローを決めた。
「相変わらずだな、ウォール・ロッキー」
「あ゛?!誰の胸が岩壁やとこのバーニ……ていだだだだいだいいだいいだい!?はなせリヴィエール!でる!?なんかミソ的なモンが出るてぇええええええ!!?」
ギリギリと顔面を締めつける。万力の如き一撃に主神、ロキはすぐにギブアップを宣言した。放してやる。
天界から降りてきた神の一柱にして正真正銘の超越存在なのだが、どうも尊敬に値しない神だ。
特徴、赤毛、中身オッさん、女好き、岩壁胸。
「いったたぁ……おう、なんや聞いてたより元気そうやないかリヴィエール。生きとったんやな」
「残念な事にな」
「おいリヴィ、そういう事は冗談でも言うんじゃない」
いつの間にか近くに来ていたリヴェリアが怒ったように眉をひそめて睨む。その視線に肩をすくめる事でリヴィエールは応えた。
「…………リヴィ、少し変わったか?」
この短時間で人が変わるなどありえないと思いつつも、リヴェリアは彼の気配の変化を敏感に感じ取ったのだ。リヴィエールは流石だと心中で感嘆した。
「変わってねえさ。だが一つの答えにはたどり着けたかもしれない。そう思うよ」
「リヴィ……」
あの夜の事は忘れられない。一年という月日が経とうとも、あの感触、自分の無力さ、血の匂い。全てこびりついている。忘れられるはずがない。
それでも、復讐をゴールではなく、新たな道への通過点に変えられるかもしれない。アイズと再会し、白兎君と出会ったことでそう思えるようになった。
「子供達が世話になったようやな。一応礼言うとくわ」
「まったくだ。その恩もしっかり仇で返してもらったよ」
「イヒヒ、まあ主神が天界きってのトリックスター、恩なんかわろて忘れるんがウチや。子供達が似てまうのもしゃーないことや。このアイアンクローで堪忍してえな」
「別にどうこう言う気はない」
腰に手を当て、溜息をつく。なんだかんだで得たものも多かった。
「へぇ、ちょっとは大人になったやん……コレの影響か?」
小指を立てて下品に笑う。こいつも一応女神のはずなのだが、どう見てもオッさんだ。ルグはよくこんなのと悪友をやってたものだ。
「帰る」
「あー、待ちぃな。礼にシャワーくらい浴びていきぃ。聞いたところ随分零細ファミリアにおるらしいやないか。ちゃんとした風呂なんか入ってへんのやろ?」
ピクリと耳が震える。エルフは身を清めることを最も大切にしている。その中でもリヴィエールは無類の風呂好き。ロキの言う通り、ちゃんとした入浴など殆どしていない。水とタオルで体を拭くか、どうしても我慢できなければ、18階層の泉で身を清めている。
同時にリヴェリアを睨む。早くも喋ってんじゃねえぞコラと視線が語った。
「わ、私が喋ったんじゃない。フィンだ」
「君の目的を叶えるためにはロキの力が必要な事もあるだろう?」
「…………俺、お前らは信用してるけど、コレは微塵も信用してねーぞ」
「仮にも神をコレ扱いかい。大人になっても根本は変わっとらんなぁ」
「当たり前だ。俺は俺だからな。つーかアンタが俺に協力してくれるとは思えんのだが」
「なんでや。ウチは一応、アンタとは友達のつもりなんやけどなぁ。ファミリアにも何度さそた事か」
数年前から移籍してこい的な事は何度も言われていた。無論ルグがいた為、その度に断ってきた。
「心配しいな。誰にも言わん」
「当てにしてねえよ。人に喋った時点で完全に秘密にするなんてこと、不可能だからな」
「ええ分析や。惜しいなぁ、お前が女の子やったら相当好みなんやけど」
「顔か?」
「何もかも」
眉をひそめる。自分でも美男の自覚はある。面食い美人好きのこいつなら、もし俺が女だったら相当好みの顔だったのだろう。しかしそれ以外で自分を好く要素があるとは思えなかった。
「ウチはな、アイズたんみたいな素直で可愛い子も好きやけど、あんたみたいなキャラも好きやで?才能があって、プライドが高くて、危うくて、お美しくていらっしゃる。生意気で唯我独尊、自分に絶対の自信を持ってて、しかし過信ではない。確かな実力を持ってる。他人の事なんかチラとも考えへん。傲慢で、頭の回転が速くて、有能で、妥協しなくても生きていける。最高やん。最高に嫌なヤツやで」
「…………お前な」
どう聞いても貶されているようにしか聞こえない。8割がたは当たっている為、はっきり否定も出来ない。
「ウチは嘘くさいええやつより素直な嫌な奴の方が好きなんや。それに美人いうんは悲劇の方が映える。見てみぃ、あの時も充分綺麗やったけど、たった一年でえらい色気がついたやないか。素敵な白い髪にもなりよって。一段とお強くなられたとも聞いてるで」
ケッと吐き捨てる。確かに美人の泣き顔というのはなかなかグッとくる。安易に肯定も否定もできなかったため、唾を吐き捨てる事くらいが精一杯だった。
「話を戻そか。どないする?シャワー浴びてくか?ウチはええで?すぐ用意させるわ」
ごくっと生唾を飲む。ロキ・ファミリアのシャワーと浴場が使える機会などあと何度あるか……
しかしこの悪神がなんの企みもなくシャワーを貸すとは思えない。
葛藤の末に踵を返す。そろそろ日が沈む。その前に彼のギルドの担当官に帰還を報告しなくては。
「なんや、帰るんか」
背中を向けたリヴィエールに視線が刺さる。一度振り返ると、ネックレスを握りしめたアイズが不安そうに此方を見ていた。
ーーーーまだそんな顔をしてるのか……
約束もその担保もやったというのに、強欲な事だ。悪い事だとは思わない。欲は成長に不可欠な要素だ。
一歩だけ近づき、アイズの髪を指で分け、額をトンと突いた。
「また、明日な」
「…………うん!」
今度こそ背中を向け、フードをかぶりなおすと街の雑踏の中に姿を消した。
「ーーーーやれやれ、行ってしもたか。風呂入ってる隙に刀隠して雲隠れできひんようにしたろ思てたのに」
やはり悪巧みがあったか、とリヴェリアは嘆息する。今度、リヴィエールにバベルのスパのチケットでも奢ってやろうと決めた。
「あまりリヴィにちょっかいを出すな。あいつはロキが思っているよりずっと余裕がない」
「そうかぁ?そうでもないやろ。余裕ないんやったら風呂なんか迷う余地なく、絶対断っとったハズや。多分今日、お前らに会うて少し余裕が出来たんやで。お前らが会うた時にはなかったんかもしれんけどな」
見送りももういいと判断したのか、ロキはホームへと体を向けた。視線の先にはリヴィエールがいなくなった方向をじっと見てる白い帽子を被ったアイズがいた。
ーーーーほんま、アイズはリヴィエール大好きっ子やなぁ。まあ遠征から帰ってきたのに珍しく体に損傷がない。きっとずっと護って貰えたんやろ。最近のあの子にはなかった事や。コロリとヤられてしもてもしゃあないか。
「ホラ、皆戻るで。リヴィエールにはまた明日も会えるんや。今日は皆1日ゆっくり休みぃ。ムッ!?レフィーヤたん、おっぱい大きゅうなったんちゃう!?ちょっと触らせてぇええ!!」
シリアスな空気が一瞬で壊れる。リヴィエールがいた頃、良くあった流れ。その騒がしくも懐かしい空気はアイズにリヴィエールが帰ってきた事を実感させた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです