その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth57 理不尽と呼ばないで!

 

 

 

 

「リーヴィ♪」

 

ロッドの整備をする魔導士に後ろから飛びかかる。緑髪の美女は振り返らずとも現状を全て理解した。この状況は何度も何度も体験した。その度にやめろと言ってきたが、五回を超えた頃からもう諦めてしまった。

 

「アリア、今繊細な作業中。構って欲しいなら後で相手してあげるから、もう10分待って」

「ロッドの仕上げでしょ?なら歌ってよ。リヴィの歌、聴きたいわ」

「別に歌わなくてもできるのよ。やりやすくはなるけど、ちょっと精度が悪くなるからね」

 

魔力を言の葉に乗せるという点において、神巫の歌はこれ以上ない優秀な媒介だ。しかし、歌に意識を向ける分、ロッドに向ける意識が弱くなる。歌に魔力を乗せてロッドの最適化を行うのは神巫を務められるギリギリ及第点の魔力精度しか持ち合わせていないと吐露しているに等しい。魔物が世界に溢れるこの時代、魔力精度のレベルは生死に直結する。楽をしてはいけないのだ。

 

───と言いつつ、私もコレが歌無しでできるようになったのは最近なのだけど

 

里にいた時は歌ってやっていた。ロッドの最適化の度に幼い妹分にせがまれ、私の膝で聞きに来たものだ。今頃どうしてるのだろうか、リヴェリアは。あの頃よりは大きくなっているとは思うが、あの従姉妹が大人になる姿を想像することは難しかった。

 

「よし、できた」

 

淡い光が杖の中に収束する。現れたのは天使の翼が広げられたような意匠。翼の元には黄金の輝きを放つ魔法石が埋められている。ロッドは媒介に使用した神巫の髪と同じ翡翠色。

 

オリヴィエ・ウルズ・アールヴのロッドだった。

 

「いつ見ても綺麗ね。貴女の杖は」

 

透き通るかのような美しい翡翠はエメラルドを彷彿とさせる。まるで本当に宝石で作られているかのようだ。この杖を使い、彼女は魔法を行使し、自分に舞と歌を奉納する。自分の神巫がオリヴィエであってくれたこと、アリアは運命に深く感謝している。そしてこの巫女姫にはそれ以上の尊敬と敬愛を持っていた。

 

「ね、コレが終わったら、また演舞をして。その杖を使って」

「…………アレ、やる方は結構大変なんだけど」

 

体力と魔力を両方ゴリゴリに消費する上に歌まで全力を尽くさねばならない。並行詠唱とはまた別の難易度がある。オリヴィエにとっては並行詠唱より大変だった。

 

「ま、それも目の前のことを解決してからね」

 

眼前に広がる密林を睨み付ける。この奥に、彼女がいる。神と共に戦い続け、使い潰され、穢れてしまった、優しく、悲しい精霊が。

 

私を、そしてアリアの名を叫んだ怪物が、ここにいる。

 

背中に抱きつくこの人も、いつかはああなってしまうのだろうか?いや、そうさせないために私がいるわけだけど、絶対に回避できるかと問われれば頷くことはできなかった。

 

「大丈夫よ、リヴィ」

 

口調が変わる。朗らかで天真爛漫な少女から、全てを包み込む暖かい風のように、優しく穏やかな精霊へと。

 

「私には貴女がいる。貴女には私がいる。そしてなにより……」

 

ザッと足音が聞こえてくる。国を捨て、身分を捨て、二人の旅に着いてきてくれた、騎士と侍。生涯を共に生きると誓った、それぞれのパートナー。

 

「オリヴィエ、終わったか?」

「アリア、そろそろ行こう。時間がない」

 

着物を羽織った黒の剣客と鎧姿の白髪の騎士。二人とも尋常ならざる剣腕と強靭な精神を宿した屈強な戦士だった。

 

「私たちが愛した英雄がいるんだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文献で調べ、知ったことの一つ。魔物が世界に溢れていた古代。戦う力を持つ精霊は実は少なかった。ほとんどの妖精は自然と共に生き、自然と共に死ぬ。森と遊び、川と遊び、日没と共に眠る。戦いなど無縁の者がほとんどだった。

 

故に戦える精霊は限られ、同胞を守るために力を振るった精霊は戦いの負担全てを一身に引き受けなければならなかった。

その結果、魔物に敗れた精霊も当然いた。文献にはこう書かれていた。魔物に食われ、その魔物は精霊の力と自我を受け継ぎ、今もどこかで存在しているかもしれない、と。

 

コレを初めて読んだ時、リヴィエールすら眉唾程度にしか考えていなかった。しかし、神巫は遂に出会ってしまった。己がなり得る成れの果てに。

 

「精霊……!」

「リャナンシーの、成れの果てか!」

 

人の形を取った醜悪な怪物。その正体をアイズが呟き、リヴィエールが補足する。リャナンシーはもともと妖精。魔物として生まれたわけではない。しかし、今は魔石の埋め込まれた怪物となっている。目の前の狂った精霊ほど支離滅裂ではないが、恐らく、あの宝珠に寄生されたら彼女もきっとこうなるのだろうと、剣聖の頭脳は推理した。

 

「───『精霊』!?あんな薄気味悪いのが!?」

 

ティオネの言葉は尤もだ。精霊はエルフを超える魔法種族。伝説に謳われるほど気高く美しいとされているのが通説。信じられないのも無理はない。

 

「……新種のモンスターは奴の触手に過ぎなかったのか?女体型をあの形態にまで昇華させるための…………!」

「だとしても俺らがここに到着したと同時に形態進化したってのか?」

 

タイミングが良すぎる。蛹繭の状態だったならいくらでも対処できたが、ああなってしまった女体型が一体どれほどの強さなのか、想像もつかない。以前の女体型すらリヴィエールとアイズの2人がかりでなんとか倒せたほどの強さだったというのに。

 

『アリア!オリヴィエ!アリア!アリア!オリヴィエ!オリヴィエ!』

 

周囲の戦慄を無視し、狂った精霊は喜びの声と表情でその名を呼び続ける。

 

『会イタカッタ!会イタカッタ!会イタカッタ!』

 

子供のように、壊れたレコードのように。拙く、辿々しく、けれど力強く。

 

『貴女達モ、一ツニナリマショウ!』

「ウルス、オーダー三番テーブル〜」

「アイシャ、悪いけど今軽口に応じる余裕ないから」

 

おどけた口調のアマゾネスの言葉は場を和ませる事すらできない。明らかに二人に向けて投げかけられている声に、周囲の誰もが反応した。

 

アイズとリヴィエールを見てしまった。

 

脅威から視線を外すという、愚行中の愚行。向けられる意識が弱くなったのを感じたのか、無邪気に笑っていた彼女の口角が妖しく三日月に歪む。同時に溢れ出る殺気と狂気。

 

『貴女達ヲ食べサセテ?』

「戦闘準備!」

 

フィンの指示を聞くまでもなかった。向けられた敵意と殺気に反応し、歴戦の戦士達が一気に戦闘体制に入る。魔石を献上していた新種達の意志は冒険者達へ……いや、アイズとリヴィエールに照準された。

 

「アイシャ!リュー!支援組のガード!前に出るなよ!死ぬぞ!」

 

それだけ叫び、白髪の剣士が先陣を切る。苦しいほどの胸の高鳴りに立ち尽くしていたアイズは敬愛する英雄の背中を見て、己を鼓舞した。

 

───もう一人で戦わせない!

 

靴を蹴り上げ、彼の背中に追い縋る。ガレスやベートも二人に続いた。

 

──っ、硬い!

 

新種達を斬殺し、間合いを詰めるリヴィエールだったが、阻止される。女体型から振るわれた触手の鞭が、万物を両断するとさえ呼ばれた剣聖の剣を止めた。

 

───なんて重さと硬度!ヴィオラスとは比べ物にならん!

 

加えて手数が圧倒的。振るわれる無数の触手による壁は侵入どころか、この場から吹き飛ばされないよう堪えるのでやっと。

 

───なら!

 

「【天を照らすは不滅の光── 】」

 

詠唱が始まる。いつのまにか抜き放たれたロッドは王族の歌に鳴動するように輝き、震えを放つ。【ノワール・レア・ラーヴァティン】をブラスターとするなら、この魔法は広域爆撃。

 

【集え、我に導かれし漆黒の華。尽きぬ炎は愚者を嗤う。黄泉への黒き灯火、邪なる火燐は剣に宿る。咲き誇れ、漆黒の大輪。グローリアの名の下に!!】

 

ピンポイントでヤツを撃ち抜いても触手や新種の脅威は残る。ならば触手ごと殲滅させるべく放つ地雷。

 

「【燃ユル大地】!!」

 

階層中心に巨大な魔法円が浮かび上がる。そして咲き誇る漆黒の爆炎華。高速で紡がれた詠唱はレフィーヤの魔法や魔剣の速度を超える。光で包む一斉放火が爆炎の中に撃ち込まれた。

 

───!!

 

近距離で戦う戦士達は見た。爆発の寸前、無数の巨大な花弁や蔦が己を守るように巻きつかれるのを。

リヴィエールは感じた。己が放った魔法で、焼き尽くされなかった手応えを。

 

「───ははっ、アレが……リヴィエールの魔法すら、効かないというのか…………!?」

 

爆煙の晴れた先、傷ひとつ負っていない敵の姿に、椿が引き攣った笑いを浮かべ、失敗する。レフィーヤ達高位魔道士高火力組の全力。そしてリヴィエールの殲滅魔法すら奴に痛痒を与えられていない。あの消えない炎であるはずのアマテラスさえ、もう僅かに地面を焼くばかりしか残ってはいなかった。

 

───レフィーヤどころか、王族すら遥かに超える魔法耐性……!?

 

戦慄する。燃ユル大地で無傷は流石に驚かされた。一体どんな耐性と魔力操作を兼ね備えているのか。あんな半狂乱状態で。

 

───なら…!

 

「【間もなく、焔は放たれる】」

「【火ヨ、来タレ─────】」

 

同時に浮かび上がる二つの巨大な魔法円。膨れ上がる魔力。詠唱の始まり。これの意味するところは一つしかない。

 

「バカな!モンスターが詠唱じゃと!」

 

周囲の動揺と驚愕に比べ、リヴィエールは落ち着いていた。

 

───驚かねぇよ!精霊はエルフを超える魔法種族。リャナンシーすら俺以上の使い手だった。魔法くらいは使うだろうさ!

 

だが詠唱をぶち切らせて仕舞えば関係ない。アルモリカでの修行を終えた今、リヴィエールは詠唱速度において、リヴェリアすら超えている。あんな狂った精霊に劣るはずがない。

 

しかし、それは驕りであったと思い知らされる。

 

「【逃れえぬ黒焔、繰り返される破滅。漆黒き灯は悉くを一掃し新たな戦火の狼煙を上げる──】」

「【突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ──】」

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ、大地の唄をもって我らを包め、我らを囲え───】」

 

剣を振るい、詠唱を紡ぎながら戦慄が走る。ノワールと同じ──いや、それ以上の……『超長文詠唱』

 

「【───回れ回れ戦いの歴史、王の業、その全てを糧として振り上げた罪のつるぎは───】」

「【─── 我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王──】』

「【大いなる森光の障壁となって我らを守れ──我が名はアールヴ】!」

 

『超長文詠唱』にも関わらず、その詠唱速度は明らかにリヴィエールより速い。いや、それだけなら白髪の魔法剣士の傲慢で片付くが、長文詠唱でないリヴェリアをも超える詠唱速度。コレはもはや驕りや油断といったレベルをはるかに超えている。眼前で繰り広げられているのは現代最強の魔導士二人に見せつけられる──

 

 

格の違い

 

 

この時点でリヴィエールは魔法の完成を諦める。それも当然。なにせノワールの詠唱は半分も完成していない。撃ち合いでは話にならない。

 

「総員!リヴェリアの結界まで下がれ!」

 

フィンはリヴィエールに魔法を中断しろと言わなかった。第一級冒険者筆頭への信頼。その信を裏切ることなく、白髪の魔法剣士は既に反転していた。彼はあわよくばの希望に縋らない。勝利とは希望的観測にはなく、現実的な論理と計画、そして一握りの勇気の先にあると誰よりも知っていた。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!!』

「【ファイアーストーム】」

 

リヴェリア最硬の防御魔法の完成とほぼ同時。穢れた精霊が何かを包み込むように広げた両手に小さな火が灯る。

 

フッ

 

彼女が小さく息を吹きかける。まるで蝋燭の火を飛ばすかのように。両手から溢れる小さな火種。それはゆっくりと、しかし確実に、地へ落下していく。

 

 

世界が紅に染まった。

 

 

「なんっ……という…!!」

 

結界越しに見える地獄の獄炎。恐ろしくも同時に美しい。その魔法の完成度、威力、光景、その全てが世界最高の魔法剣士には美しく映った。

 

しかし、そんな余裕もなくなる。

 

結界にガラスが割れたようなヒビが入る。あのリヴェリア最高の結界が、一撃で崩壊しつつあるその現実に二人のハイエルフの美貌は焦燥に歪んだ。

 

「ダメだ破られる!」

「ッ、ガレス!リヴィを、アイズ達を守れぇえ!!」

 

前に出ていた白と金の前に大楯を持つドワーフが立つ。白の剣士もアイズの細い手首を掴み、己の背後へと倒した。

 

「リヴィっ!?」

【盾となれ、ゲオルギウスの鎧】

 

先頭に立つリヴェリアの前に青のヴェールが張り巡らされる。それとほぼ同時、ガラスが割れたような破砕音が鳴り響く。紅蓮の濁流が視界を覆った。

 

「ぅ───ぉおおおおおおおおおお!!!?!」

 

2枚の大盾に炎嵐が立ち塞がる。その盾に隠れるように対ショック姿勢で剣を立てるリヴィエール。背中に庇ったアイズはティオナの手によって頭を伏せられていた。

 

「持つかガレス!」

「ぐぉおおおおォオオオオおっ!!?!」

 

リヴィエールの言葉に対する返事はない。盾が砕け、両手を広げ炎を受け止める。その背中を白髪の剣士が支えた。

 

爆発

 

そうとしか表現できない衝撃がリヴィエールの全身に襲い掛かる。堪えようと踏ん張ることすら不可能。あの剣聖すら剣を突き立て、爆風に逆らうことがやっと。他の冒険者は何をか言わんや、それでも武具や防具を手放さないのは一級の矜持か。炎の行軍が終わった時、反撃の態勢を取れている者は誰一人としていなかった。

 

───俺の神巫の法衣すら……

 

焼け焦げた砂色のローブを見たリヴィエールは戦慄する。このローブは物理防御力もそこそこ高いが、なによりも魔法に絶大な耐性を持っている。リャナンシーの魔法ですらここまで焦げることはなかった。それをリヴェリアの結界、ガレスの盾と肉体を壁にした魔法で、この威力。百戦錬磨のリヴィエールすら未体験の一撃だった。

 

「リーア……ガレス……起きろっ」

 

ロキ・ファミリア最高幹部。巨大な屋台骨を支える三つの柱のうち、二つが折れる。あってはならない事だ。彼らはこのパーティの中核。たとえもう戦わなくとも、あの二人が立っているだけでパーティは戦意を保てる。逆を言えばあの二人が倒れてはロキ・ファミリアの士気は地に落ちると言っていい。士気の力がなくては勝てる戦いも勝てなくなる。せめて生きていることの確認だけでもしなくてはならない。剣を杖に身体に鞭を打ち、折れた膝を立て直す。

 

【地ヨ、唸レ──】

 

絶望の歌が響く。穢れた精霊の魔法行使に驚きを見せなかったリヴィエールすら、あり得ないと見上げた。しかし目の前の事象が現実であると、展開される黒の魔法円が告げた。

 

───アレほどの威力の魔法を使った後!硬直ほぼ無しの連続詠唱!俺が魔物化を行なっていたとしても不可能なインターバル!

 

だが泣き言は言っていられない。誰かがリヴェリアの代わりを務めなければ今度こそ全滅する。

 

「アイズ!リュー!アイシャ!俺の後ろへ!あとコレ被ってろ!」

 

砂色のローブを脱ぎ捨て、アイズに投げつける。なにやら後ろで騒いでいたが、聴いていられない。漆黒の杖が鳴動し、翡翠色の魔法石が輝きを放つ。魔法円が浮かぶと同時、背中に背負ったロッドを構えた。

 

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ、大地の唄をもって我らを包め、我らを囲え───】」

「【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災──】」

「【大いなる森光の障壁となって我らを守れ──我が名はアールヴ】!」

「【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ地精霊大地ノ化身大地ノ女王──】」

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

先より短い詠唱。完成は僅かにリヴィエールが早い。しかし、攻撃魔法の撃ち合いならともかく、防御魔法において出の速さは大きなアドバンテージにならない。

 

【メテオ・スウォーム】

 

怪物が祝福するかのように両手を空に掲げ、魔法円が中天に立ち上る。同時に広がる闇は魔法円の輝きを強くした。

 

「…………マジか」

 

天域を埋め尽くす正体を理解したリヴィエールはその理不尽に声を上げる。土系の魔法で地面からではなく、上空からの攻撃が来るとは思っていなかった。隕石の雨が59階層全域に降り注ぐ。

 

───クリエイト系の魔法!それも上空から!結界で受け止めても落石の雨が消えるわけではない!リヴェリアの魔法を見て学習しやがった!

 

結界を解除すると同時に大岩が降り注ぐようではガードの意味を成さない。寧ろ回避できる場所を自ら限定してしまう。

 

「結界を解く!総員防御もしくは回避態勢!!カウント開始!3!2!1!」

 

数多の隕石を受け止め、ひび割れた結界が消える。降り注ぐ流星雨は余波だけで充分すぎるダメージを与える。それでも手練れ達は各々のやり方でサポーターを庇う。アイズは風でレフィーヤを守り、ベートは機動力で直撃を避け、ヒリュテ姉妹は自身の肉体を盾にした。

階層が震える。手甲が吹き飛ぶ衝撃に泳ぎながら、アイズは確かに見た。

驟雨に晒される王族とドワーフの前に立つ白髪の青年が黒炎に包み込まれる姿を。

 

「リヴィっ、だめっ!」

 

静止の声は届かない。黒に染まった魔導士の杖から黒炎が打ち出される。ブラスターは降り注ぐ流星雨を吹き飛ばした。

 

「…………世話の焼ける、ジジババ、共、だ……っっ」

 

手で押さえた口元から血が噴き出る。力なく膝をついた男の黒髪から色が失われていく。アタック前に短く切られた彼の白髪が再び背中まで伸びていた。

 

───使わせてしまった

 

アイズも、リューも、アイシャも、この遠征が始まる前に強く誓った事がある。それは彼に魔物化を使わせない事。副作用は実際にこの目で見た。あんなデタラメな力、何の代償もなく使えるはずはない。恐らく魔物化を行う度に命を削っているはずだ。

 

使わせない。そうなる前にあの人を守る。そう思っていたのに。

 

結果はこの様。自分の命を守る事で精一杯。リヴェリアやガレスを守るのは本来ロキ・ファミリア(わたしたち)の役目のはずなのに。私たちは結局、彼に守られ、そして守らせてしまった。

 

「───ハッ」

 

口の端から血の筋を伸ばす男から嘲笑が漏れ出る。それは自身の無様を嘲笑ってか。それとも目の前の状況に笑うしかないのか。

大魔法を行使した怪物の下半身。その蕾が開花し光の粒が立ち上る。粒子と戯れるように見目麗しい女性型はその光の粒を吸い取っていく。

 

「魔力を、吸ってる……!?」

精神枯渇(マインドダウン)には期待しないほうが良さそうだな」

 

こっちはもうギリギリだというのに。大魔法の連続キャンセル。それに魔物化。アミッドに持たされた回復薬を口にするが、ポーションによる回復には時間がかかる。どう甘く見積もってもあちらの再蓄積の方が早い。現状、あのリヴィエールすら明確な勝ち筋を見つけられないでいた。

 

剣聖さえそう思わされる状況。他の冒険者達の絶望はどれほどのものだろうか。それも当然と言えば当然。自身のファミリア最高幹部の内二人を失い、誰もが満身創痍。最大火力のリヴィエールももはや王族の魔法は使えない。

 

 

「終わり、か」

 

 

誰かが呟いたその言葉を責める事ができるものは誰もいなかった。眼前に広がる敗北の光景。死へと誘う広大な一本道。最低にまで落ちた士気は無意識のうちに冒険者達の心を折るには充分すぎる。誰もが、あのアイズすら目から戦意が失われ、諦めの帷を下ろしていた。

 

 

たった二人を除いて

 

 

「フィン、下がってろ。指名は俺だぜ」

「口から血反吐吐いてる君がイキがっても説得力ないよ。このパーティの頭目は僕だ。僕の命令一つで君は剣すら持てなくなることを忘れないように」

 

並び立つ白と金。しかし剣聖の隣に立つのは美姫でなく、小さな勇者。年齢も、立場も、種族も超えた友情で繋がった二人の英雄だった。

 

「…………思ったよりだらしないな。お前達は」

「普段なら庇うところだが、残念ながら今はその通りと言わざるを得ない。死んでも諦めない事が僕たちの誇りだったはずだ」

 

失望したようにこちらを見下ろすリヴィエール。振り返りこそしないが、フィンもそれに同調する。言葉にこもる感情。握りしめた槍からは怒りが伝わってきた。

 

「君たちに『勇気』を問う」

 

小さく、弱く、誰よりも才能のないその身体に何よりも込められているモノを頭目は団員達に問う。

 

「その目に映るのは恐怖か?絶望か?破滅か?そんなモノは常に傍らにある当たり前の日常のはずだ。項垂れる理由にはならない。倒すべき敵の姿が目の前にいるんだ。立ち上がる以外のなにをするというのか、僕には理解できない」

 

怪物の蔦が小さな巨人目掛けて振るわれる。一瞬の閃光が奔った時、半ばで断たれた蛇の頭の如きそれは宙空を舞った。

 

「この槍をもって、道を切り開く。女神フィアナの名に誓って、勝利を約束しよう───ついて来い」

 

───流石だな

 

隣に立つ青年は小さな巨人の檄に心を震わせていた。流石、流石は最高幹部三人の中で最も太い大黒柱。消えかけた士気の炎を再び燃やし、活力を取り戻させた。はっきり言って明確な勝ち筋などない。この俺すらここから施せる必勝の策などない。ならば力技で捩じ伏せる。理屈は単純だが、実行する事のなんと難しいことか。俺ではまだまだこうはいかない。冒険者とは力ではなく、心の境地。わかっていた事だが、この辺は年の功が必要だろう。

 

「それとも、ベル・クラネルの真似事は君たちには荷が重いかい?」

 

───忘れてた。人を焚きつけることに関して、このオッサンは天才的だった

 

この場にいる全員の脳裏によぎる、白兎が成し遂げた自分より強い者への挑戦。かつてこの場にいる全員が通り、しかし誰もが忘れかけていた白い決意。英雄譚の一ページ。活力の炎が、全員の背中に蘇った。

 

「彼は己より強大な敵に臆さなかった。君はどうだい?ベート」

「…………聞くまでもねーだろ!」

「彼は全てを出し切った。君は全力を出したのかティオネ?」

「まだまだっ!ぜんっぜんです!団長!」

「彼は『冒険』をした。生と死の境に身を投じたよ。君には無理かい?ティオネ」

「あたし達も『冒険』しなきゃね!」

 

ファミリア主力最後の一人。白兵戦最強の使い手にフィンは問いかけようとして、やめる。悔しいが彼女へ言葉をかけるのに、最も相応しいのは自分じゃない。アイズ・ヴァレンシュタインに最も近く、誰よりも深く理解する男に目線のみで命令する。

リヴィエール・グローリアは小さく息を吐き、視線を金髪金眼の少女へと向けた。

 

「…………目に止まる全ての人を、どんな理不尽な力からでも守れるように」

「っ!?」

「誰よりも理不尽な存在に、俺がなるまで」

 

かつてアイズがリヴィエールに尋ねた時に返された答え。強さとは何か。あなたは何でそんなに強いのか。どこまで強くなるのかを聞いた時、強さとは何かは自分で探せと言われたが、代わりに帰ってきた言葉。

 

「覚えてるか?アイズ」

 

覚えている。忘れるはずがない。

 

「お前は今まで誰の背中を追いかけてきた?誰の剣を見続けてきた?誰の強さに並ぼうとしてきた?」

 

一人しかいない。私が憧れた冒険者も、目指した剣士も、愛した男も、リヴィエール・グローリア以外に存在しない。

 

「問うぜ、アイズ。コイツは俺より理不尽か?」

 

目を見開く。NOだ。断じて否だ。あんな醜い怪物がリヴィより理不尽なんて、リヴィより強いなんて、あり得ない。ああ、なんということだろう。もう少しで取り返しのつかない事をしてしまうところだった。私が勝てないと思ってしまうということは、私が愛した英雄よりも強いと認めてしまうことになる。そんな侮辱を、リヴィエール・グローリアにさせてしまうところだった。

 

銀の剣と共に立ち上がる。フィンを押し退けて彼の隣に立つ。そう、この場所は私だけの指定席だった。リューにも、リヴェリアにも譲らない。

彼から被せられたローブを返す。一度頷くと革鎧の上から羽織る。やはりこの法衣はリヴィが着てこそ美しい。

 

「さあ行こうか」

「うん」

「やろう」

「行きましょう」

 

一歩前に踏み出す。それと同時に三人の足が重なった。エルフ、アマゾネス、ヒューマン、それぞれがジロリとお互いを睨む。やめんか、こんな時に、と剣の柄で三つの頭を叩いた。

 

「そなたは相変わらずモテモテだなぁ」

「…………寝てていいぞ椿。お前は鍛冶師なんだからその左手まで使えなくなったら冒険者の……いや、オラリオの損失だ」

「なに、いいモノを見せてもらったからな。手前も一助となろう。安心せい、無茶はせぬよ」

「斧を寄越せぇっ!!」

 

怒号が背中から聞こえる。ドワーフが地面を踏み鳴らし、立ち上がっていた。どうやらフィンに煽られたらしい。

 

「リヴィエール」

「…………リーア、お前は──」

「ババアと呼んだこと、後で死ぬほど後悔させてやる」

「………聴こえてらっしゃいましたか」

 

休んでろと言おうとしてやめる。記憶が飛ぶほどの激闘になる事を心中で期待した。

 

「お前達!最大砲撃の準備をする!私を守れ!」

「ハイ!」

「アイシャ、リュー、露払いは任せる。チェックメイトは俺とアイズで刺す」

「オッケー!」

「承知しました!」

「乾坤一擲!この一撃で奴を貫く!勇者達よ!全てを出し尽くせ!」

『オオオっ!!』

 

小さな巨人の檄に雄叫びが応える。深層攻略最大の決戦の幕が上がった。

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。この戦いが終わればちょっとオリジナル。そして完結へと進むつもりです。それまでどうかお付き合いください。感想、評価よろしくお願いします。

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