その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth56 ここが地獄と呼ばないで!

 

 

 

 

 

51階層、下へとつながる階段で一人の青年が荒く息を吐き、座り込んでいる。身体のあちこちには焦げたような痕があり、手には何かの切れ端のようなものが握りしめられていた。

 

───コレが、52階層……

 

深層攻略、51階層。ルグ・ファミリアの最深到達階層だ。今回の遠征は比較的順調で、少し余裕のあったリヴィエールは、到達階層更新にチャレンジしてみる気になった。相手は悪名高い52階層。それをソロで踏破した時の達成感は素晴らしいはず。数多の困難や修羅場をほとんど一人でくぐり抜けてきたこの男は快感の味を知っている。

 

そして招く現在の惨状。魔石やドロップが山程詰まったバッグは捨てざるをえず、命からがら51階層へと退却していた。

 

ソロ攻略には絶対の限界がある。

 

ダンジョンで生きる冒険者なら、一度は聞いたことのある言葉だろう。今日に至るまで、この魔法剣士はその限界を感じずに攻略を続けていた。それゆえにその格言を間違ってるとは思っていなかったが、人によるんだろうと考えていた。それも一部真実。この先もソロで戦えるという冒険者が現れる可能性はゼロではない。

 

しかし、この天才剣士をもってしても、限界を感じさせられた。

 

52階層。この地獄をソロで潜り抜けるのは、現時点では不可能、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うたた寝をしていて体勢を崩す。人生で一度は経験したことがあるだろう。その瞬間、まるで奈落の底に落ちたような錯覚に陥ることがある。

絶望と恐怖に浅く沈めていた意識が覚醒され、ああ夢か、と安心する訳だが。

ダンジョンとはあらゆる夢が現実になる場所。良くも悪くも。人が想像しうる夢は現実になりうると言われている。すべてを肯定する気はないが、少なくとも今述べた白昼夢は現実となった。

 

「レフィーヤ!!」

 

地獄へつながる奈落の底に、同族たる妖精が、堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五十階層にベルが鳴り、定刻が来た事を冒険者たちに知らせる。程なくして、深層攻略組がキャンプに集まった。

 

「あ、リヴィエール。やっと来た」

 

最後に森の中から白髪の青年が現れる。首筋程度の長さにカットされた白髪に、エメラルドを想わせる翡翠色の瞳。腰には二振りの剣を差し、背中には黒塗りのロッドが掛けられている。装備は軽装だ。革鎧に手甲、鎧の下は和装で、下にはハカマと呼ばれる衣装を身につけている。そして鎧の上に外套を羽織っていた。

リヴィエール・グローリア。超一流の剣士にして、ハイエルフの母とヒューマンの父を持つ絶世の美男子。ジョブは魔法剣士。オラリオ最強の一角を担う冒険者だ。

青年の後ろにはアマゾネスとフードを被った少女が付き従っていた。アマゾネスの名はアイシャ・ベルカ。イシュタル・ファミリアに所属する副団長にして、元戦闘娼婦。今はリヴィエールの情婦を務めている。スラリとした長い手足。豊かな胸元は申し訳程度の布に包まれ、くびれた腰は半透明のパレオで覆われている。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、華奢な体格に見合わない大剣を背中に背負っていた。

フードの少女の正体はエルフだった。元アストレア・ファミリアのエース。かつてリヴィエールやアイズとトリオを組んでいた腕利きの冒険者、リュー・リオン。今は事情から最前線から退いているが、その実力は今もオラリオ有数だ。

 

「なんで一声かけてくんないのさ。髪切るなら私がやってあげたのに」

「雑なアマゾネスにやらせたくなかったのはわかりますが、私にも黙っていたのは気に入りませんね」

「お前ら起こしたらこうやってまた喧嘩になると思ったんだよ」

 

短くなったリヴィエールの白髪を弄ぶアイシャを振り払う。ロッドの仕上げを見られたくなかったのが本音だが。アレはハイエルフ、それも神巫の系列にしか伝わっていない秘中の秘。余人に見せてあんな最適化方法があるとバレたら面倒だ。

 

「なんだリヴィエール、髪切っちゃったの?似合ってたのに」

「失恋でもしたの?ざまぁ」

「違う。流石に少し鬱陶しかったんだよ。この深層攻略、不安要素は一ミリでも減らしておきたい」

「髪くらいでなにも変わんないでしょ」

「そうでもない。ロングヘアをモンスターに掴まれて死んだやつを知っている」

 

現れた白髪の剣士のイメチェンにヒリュテ姉妹が揶揄うように身を寄せる。アマゾネス二人をしっしっ、と追い払いながら、髪を括るのに使っていた紅い組紐を腰に結んだ。

 

「リヴィ」

「?どうした?」

「歌、ありがとう」

「…………聞こえてたか。下手になってなかったか?」

「まさか。嬉しかった。昔に戻ったみたいで」

 

アイズと初めて出会った時、リヴィの髪は短かった。そしてよく歌っていた。少しだけ、あの頃に戻れたような気がして、嬉しかった。

 

「リヴェリア、遅かったね」

「少し、音楽鑑賞をしていてな」

 

別口からリヴェリアも来る。コレで攻略組は揃った。

 

「編成を発表する」

 

パーティのリーダー、小人族の美少年、フィン・ディムナを中心に円を囲む。最後の打ち合わせが始まった。

 

「前衛はベートとティオナ、ティオネの3枚。何より求められるのはスピード。進路を開くことに集中してくれ」

「ああ」

「えー、前衛ベートとぉ。アイズかリヴィエールとがイイなぁ」

「突破力を考えての編成だ。頼むよ」

 

スピードと破壊力。どちらも必要になる最も危険な地帯。できればリヴィエールも加えたかったが、魔法剣士の彼にはもっと重要な役割がある。

 

「続く前中衛はリヴィエールとアイズ。攻略の中核だ。スピードもだけど、何より柔軟さが必須になる。状況に応じて、臨機応変に行動してくれ。タクトはリヴィエールに任せる」

「わかった」

「了解」

 

完全な真ん中ではなく、前衛寄りの中衛。フィンやリヴェリア、全体の指揮官をパーティの心臓とするなら、アイズとリヴィエールは頭脳。この二人の行動と指示が全体の行く末を決めると言っても過言ではない。中衛職とは場合によっては下がってサポートも努めなければならない。最前衛は戦闘力さえあればできなくもないが、このポジションは強さはもちろん視野が広く、近距離戦闘も中距離戦闘も、指揮も熟せる人間が必要となる。

アイズには風。リヴィエールには炎。そして魔法の合わせ技までできる白兵戦最強コンビ。ここに据えずにどこに置く。

 

「二人の後ろにガレス。取りこぼしを頼む」

「おう」

「その後ろはサポーター組に入ってもらう。振り落とされないように気をつけてね」

「は、はい!!」

「アマゾネスとフードの君は両翼。椿は中心。サポーターの護衛を」

「は?なんで私がそんな事。私はウルスの護衛だよ」

「アイシャ、頼む。間違ってたら俺も抗議してやるが、今はフィンの編成がベストだ」

 

アイシャは俺の指示しか聞かない。だが俺の指示なら聞く。不満そうだったが、渋々納得した。

 

「後衛は僕とリヴェリア。全体の指揮は僕がする。リヴェリアは後ろから前をサポートしてくれ」

「ああ」

「よし。では隊列を組んで、行こう」

 

フィンの指示に従い、隊列が組まれる。リヴィエールが剣に手を掛けた時、アイズが隣に立った。

 

「なんだか久しぶりだね。この感じ」

 

ダンジョンに潜るだけならともかく、未到達の階層へと下るのはいつ以来か。この闇の先に何があるのだろう。高揚感と少しの不安。しかし隣に君がいるなら、負ける気がしない。そんな感覚。

 

「俺たち4人がパーティ組むなんて、いつ以来だ?」

「ワクワクするね」

「血が騒ぐな」

 

闘志を滾らせつつも、頭は冷静。一流の条件の一つ。変に緊張しても、緩んでもいない。最高の精神状態を百戦錬磨の二人は無意識に持っていっていた。

 

「レフィーヤ、呼吸が浅い。体から力を抜いておけ」

「は、はいっ!」

「ラウル、お前もじゃ」

「ははははいっす!」

 

だが、サポーター組は二人のようにはいかない。緊張に固くなり、余計な力が全身をこわばらせている。これではベストのパフォーマンスはできまい。

 

───ま、始まったらそんなことも言ってられないか

 

ここからは次元が違う。後方を気遣う余裕はない。後ろの事はリヴェリアに任せよう。

 

「無駄口はここまでだ。総員、戦闘準備」

 

五十一階層へと続く階段。その直前にたどり着いたパーティはそれぞれの得物を握る。

 

「GO」

 

ティオネ、ティオナ、ベートが一気に駆け降りる。階段に足を踏み入れた瞬間、モンスターがポップする。リヴィエールとアイズが踏み込んだのとほぼ同時だった。

 

「前衛はひたすら直進!アイズ!リヴィエール!対応!」

 

指示が飛ぶより先に二人の剣はモンスターを斬殺する。通路から現れるモンスターの対応はアイシャやリュー、椿が行っていた。

 

【アールヴの名の下に命ずる。我が愛しき同胞たち。研鑽の全てを我に見せてくれ】

 

51階層、湧き出るモンスターだけでもその強さは一匹ずつが桁違い。しかしこの天才魔法剣士は無数のモンスターを斬殺しながら詠唱を紡いでみせる。

 

【ああ、わが兄弟たちよ、なぜ同胞で競い合う。其方らに優劣などない。我にとっては誰もが愛しく、美しい存在だというのに】

 

高速戦闘を繰り広げつつ、必殺を取り扱う。コレはもはや火の海の中で爆薬を抱えながら全力疾走するに等しい行為。

 

【ならばその争い、我が裁こう。愛している故許さない】

 

王の歌が、終わる。

 

【さあ、妖精たちよ……献上せよ】

 

王の理不尽、発動

 

「出たな」

 

完成と同時に通路を新種が埋め尽くす。当代最強と呼べる魔法使いの魔力の高まりを感じたのだ。当然といえば当然。姿を確認すると同時にリヴィエールは後方へ下がる。

 

「出来てるな?」

「当然」

 

背中のロッドを抜く。マジックサークルが重なり、共鳴した。

 

【ーー終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏の前に(うず)を巻け。吹雪け三度の厳冬】

 

リヴェリア全力の高速並行詠唱。ついていけるのはリヴィエールくらいのものだろう。二つの祝詞は恐ろしいほど完璧に重なり、一つの魔法に溶け合った。

 

『【───我が名はアールヴ】』

 

「総員退避!」

 

『ウィン・フィンブルヴェトル』

 

前衛組の避難を確認すると同時に氷結系最強の魔法が重なり合う。埋め尽くしていた新種たちを纏めて凍てつかせた。

 

「ここまでは順調だな」

 

前衛組に合流したリヴィエールがマジックポーションを口にする。マインドの余裕はまだまだあったが、ここから先は何が起こるかわからない。補給できる時にしておかなければ、僅かな余裕の差が命取りになる。

 

「いよいよ52階層」

 

一階層突破。我ながら驚異的な速度だ。手練れ達と組むと流石に違う。

 

「ここからはもう補給は出来ないと思ってくれ」

 

小さな勇者が紡ぐその一言に、全員の緊張レベルが一段上がる。補給出来ないとは、最悪59階層まで走りっぱなしになるかもしれないという事だ。命を落とす覚悟がさらに必要になる。

 

「椿、ここから先は初めてか?」

「当たり前だろう。手前は鍛冶師だぞ」

「走れよ。とにかく走れ。ここから重要なのは何よりスピードだ」

「本当なのか?狙撃とは」

「時期にわかる」

 

俺が来たのはここまでだった。あまりの過酷さに速攻で引き返した。ソロの限界は51階層だと実感した瞬間だった。

 

「GO!!」

 

駆け落ちる。もっと早く走りたかったが、これ以上はサポーター組がついてこられない。

 

「戦闘は極力避け、動き続けろ!決して補足されるな!」

 

サポーター組も懸命に走っているが、ダメだ。身をもって知ってる。この程度の速度では……

 

通路内を腹の底から這い上がってくるかのような唸り声が響く。これが意味するところは、地獄の入り口に踏み込んだという事。

 

「リヴィ!」

「ああ、捕捉された」

 

竜の遠吠え。それは自身のテリトリーへと踏み込んだ愚か者へ向けるヴァルガング・ドラゴンの溜息。

 

超高熱の閃光が視界を埋め尽くす。数百M離れた、それも分厚い岩盤が六層もあるというのに、その閃光は階層をぶち抜いてあまりある威力で襲い掛かる。問答無用、言語道断、階層無視の砲撃。

 

───恐らく俺のノワールでもできるかどうか。それをほぼ無制限にぶっ放し。地獄の名は伊達じゃないな

 

【盾となれ、ゲオルギウスの鎧】

 

『ル・ブルー』

 

リヴィエール唯一の防御魔法。短文詠唱故に範囲は狭く、防御力も高くはない。しかし一瞬の時間稼ぎはしてくれる。そして一瞬あれば白髪の剣聖が回避行動を取るには充分。

だが、他の人間はそうはいかない。矢継ぎ早の砲撃がパーティの足を止めた。

 

「転進!西ルート!」

「リーア!防御魔法!サポート組を守れ!」

「新種が来るぞ!」

「構わねえ!俺が下がる!後ろ全滅するぞ!」

 

飛び下がって魔力に反応する蔦を斬り伏せる。この時、ちょっとした偶然が重なった。リヴィエールが斬った蔦は詠唱をするリヴェリアを守るためのもの。前を走るサポーター組のカバーまでは手が回らなかった。

リヴィエールが下がった姿を見て、リューとアイシャも一緒に後ろへと下がる。コレは私情だけではない。魔法使い組を全方位から護衛するにはリヴィエール一人では難しいと判断してのこと。支援と大火力の中核を担う魔導士を守ろうとする選択は正しい。

だがそれゆえに、一瞬サポーター組の護衛が疎かになる。あと1秒アレばリヴェリアの防御魔法が間に合っただろうが、この場において1秒の差は致命的。

唐突に伸びた蔦にラウルが絡まり、動きが止まり、レフィーヤがラウルに体当たりする。仲間を守る非常に尊い行為。だがこの場で魔導士が取る行動としては自殺行為に等しい。そんな愚か者を竜の壺の住人が許す場もない。

 

咆哮が視界を埋め尽くす。妖精が我に返った時、自身の肉体は重力に従って落下を始めていた。

 

「レフィーヤ!!」

「あのバカ!」

「待て!アイズ!リヴィエール!行くな!」

 

縦穴の近くにいたヒリュテ姉妹、そしてベートが飛び込んだ。前へ飛び出ていたアイズ、後ろに下がっていたリヴィエールもそれに続こうとした時、静止の声が二人にかかる。このダンジョン攻略、指揮はフィン。パーティに属する以上、指揮官の命令は絶対。長年刷り込まれ続けてきた鉄則が二人の体を止め、沸き立ったリヴィの頭を冷やした。

 

「アイズ、俺やお前まで降りたら、この後ラウル達を守りきれない。パーティは正規ルートを行くんだ。最低でも俺かお前、どちらかは残らなければこの先キツい」

「ああ、ベート達のことはガレスに任せる。前衛が全て欠けてしまった今、君たち二人の力が必要だ」

 

───てことはここからは俺とアイズが前衛か

 

「アイシャ、リュ…フードの。前中衛任す。カス一匹通さんつもりだが、覚悟だけはしておけ」

「了解」

「わかりました」

「椿、悪い。サポーターのガードを」

「任せよ」

「リヴィエール、僕の仕事を取らないでくれ」

「あ、ゴメン」

「君の良くないところの一つだね。全部一人でなんとかしようとしてしまう」

「なまじ出来てしまうからタチが悪いな」

 

確かに隊列の変更指示は指揮官の仕事だ。基本なんでも出来て、なんでも一人でやってきたリヴィエールの悪い癖だった。

 

「隊列を変更する。アイズ、リヴィエール。前衛へ上がれ。ラウル達は支援」

「はいっす!」

「リヴィ、行こう」

「ああ」

 

再び走り始める。砲撃がさっきほどの数が来なくなった。落ちた連中が引きつけてくれてるんだろう。障害はうじゃうじゃ湧くモンスターのみ。

 

──ん?

 

違和感。少し後ろが遅れている。俯いたまま走るラウルの速度が無意識に落ちていた。

 

「後で私が嫌というほど罰を与えてやる」

 

───怖っ

 

アタックがはじまってから【7つ目の感覚】を全開にしていたからか、ドスの効いたリヴェリアの恫喝が聞こえてしまう。向け先はヘマをしたラウルだったが、幼少期、この声に教育された白髪の青年は背筋が冷たくなった。

 

「コレはまたとんでもないところに来てしまったようだ」

「今更。自分の身は自分で守れよ椿。カバーはしてやるが、流石に守り切れるとは言い難い」

「ウルス!もっと早く走っていい?!」

「却下。これ以上はサポーター組がついて来れない」

「私も前に行きましょうか?」

「…………いや」

 

前方を埋め尽くしていたモンスターが輪切りになる。リューやアイシャを持ってして、その早業は見えなかった。

 

「この程度なら問題ない」

「リヴィ!敵9!」

「わかってる!」

 

目覚めよ(テンペスト)!】

【アマテラス】

 

炎と風が二人から巻き起こる。黒の炎が竜巻に纏われていく。

 

『【ムラクモ】』

 

黒炎の渦がモンスターを飲み込み、風が通り抜けた後、残されたのは塵のみ。

 

「粗方削ったが次が来る!支援!」

「二人とも下がって補給!魔剣準備!」

 

アイズはラウルに、リヴィエールはアイシャからマジック・ポーションを受け取る。飲み干しつつ、現状の違和感を感じていた。

 

「なんかヌルいな。この程度だったか?52階層」

 

53階層入口に到達した時、白髪の剣士が漏らしたその一言にラウル達は戦慄する。ここまでの道中、まさに地獄と呼ぶにふさわしい悪路だった。それをこの男はヌルいと言い切った。この天才剣士は、コレまでの道がどう見えていたのだろうか。どんな高みから自分達は見下ろされているのだろうか。想像すらつかなかった。

しかし本人は傲慢でもなんでもなく、ただ事実を述べただけだった。以前来た時はあの虫みたいな新種がもっとうじゃうじゃ来た。砲撃がないのを差し引いても、この程度なら一人で潜れる。

 

「私もリヴィも魔法使ってるのに、新種の姿が現れない」

 

どうやらそれはアイズも同じらしい。新種モンスターが現れないのは本来楽で助かる状況。だが異常事態のきっかけとは通常との相違点。静寂が百戦錬磨の戦士達の不安を煽った。

 

「…………出たな」

 

24階層の時、宝珠を持ってった黒ローブ。新種にまたがり、先頭に立つそいつは明らかに……

 

「統率してやがんな」

「全員転進!横穴に飛び込め!」

 

指示がくるまでもなく、横っ飛びする。腐食液の一斉射撃が通路を埋め尽くした。

 

「何なのだあやつは!リヴィエールの知り合いか?!」

「極限までザックリ言うと、多分調教師」

「あれほどの化け物御せるヤツがおるのか!?」

「いるんだからしょーがねーよな」

 

統率された新種達が行手を阻むように続々と現れる。フィンの指示でなんとかパーティは持っていた。が、手の上で踊らされている感は拭えない。迷路のように入り組んだ52階層のマップが頭に入ってるのは流石だが、行手を阻むほど地形を熟知している相手から逃げられるということは、言い換えれば道を開けられているとも言える。

 

「多少強引にでも突破した方がいいんじゃないか」

「そのつもりだ。右折後反転!攻勢に出る!盾3枚を掲げて!アイズ!リヴィエール!ブチ抜け!」

 

アイズの風が纏われる。リル・ラファーガが通路を埋め尽くした。砂塵で視界が塞がれる。

 

「ま、視覚に頼ってて剣客はやってられねーが」

 

黒ローブがアイズの風に怯んだその一瞬、背後にリヴィが回り込む。蹴りが黒ローブの首にめり込んだ。斬ってもよかったんだがあれほどの硬さを斬るにはどうしてもタメが必要になる。1秒の遅れをリヴィエールは嫌ったのだ。

 

「ヴィオラス!」

「もう飽きたぜ、そいつらは」

 

指を鳴らす。アマテラスが食人花を焼き尽くした。

 

「貰った!」

 

アイシャの大剣が黒ローブに襲い掛かる。紙一重でかわしたが、そのまま大剣は床を破壊し、瓦礫を飛び散らした。

 

「アイシャ、ナイス目眩し!」

 

残った食人花を斬り伏せる。その影からリオンと椿が飛び出した。

 

「これは斬っていいのだな?」

「終わりです」

 

両腕が吹き飛ぶ。蹴りごたえからいって、あのレヴィス程度には奴も硬い。それを見事に両断した。流石に二人ともいい腕だ。

 

「───げっ!?総員退避ぃいいい!!」

 

視界の端で魔法円が見える。師が何をやろうとしているのか、瞬時に理解したリヴィエールは考えるより早く叫んでいた。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」

 

飛び下がった瞬間、絶対零度の閃光が食人花事黒ローブを焼き尽くした。

 

「…………やるならやるって言えよ。死ぬかと思った」

「お前ならかわすと信じていたさ」

「いらねー信頼ばっか預けてくれるな、てめーは」

 

息を吐く。通路丸ごと凍らせる大規模魔法。湧いて出た新種達は軒並み凍りのオブジェにされている。軽く剣を振る。破片となって舞い散る光景はなかなかに美しかった。

 

「──嘘だろ」

 

黒ローブの正体を拝んでやろうと近づき、発覚する。凍っているのはローブだけ。中身は消え失せている。あの状況、あの間合い、あのタイミングで逃がした。ありえないと言い切ってしまいたい。

 

「リヴィエール、できるか?」

「…………やってみないとわかんねーが、やりたくはないな」

 

この男ができると即答しないということは常人には逆立ちしてもう不可能だろう。しかしコイツはやってのけた。

 

「信じられんな。なんという逃げ足だ」

「どうする?追う?」

「…………俺は追いたいけど」

 

小さな友人を見る。案の定、彼はゆっくり首を横に振った。

 

「今はガレス達との合流が最優先だ。先を急ごう。アイズ、リヴィエール、引き続き前衛を」

「うん」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、58階層。奈落へと転落したメンバーがガレスを筆頭に奮戦している。正直戦力としては不足もあったが、新種とモンスターが潰しあってくれている状況が彼らを生きながらえさせてくれていた。

 

「ぬりゃあ!」

 

大斧がドラゴンを真っ二つにする。息絶えたドラゴンの胴体に新種が群がった。

 

───こやつら、モンスターを喰らいながら下を目指しているのか?

 

広間の中央へと集まる異様な光景にガレスは薄気味の悪さを覚えた。あの下、全知の神すら知らぬ『未知』には一体何が眠っているのか。

 

「【ノワール・レア・ラーヴァティン】!」

 

凛とした詠唱が響いたとき、新種に埋め尽くされ、固く閉ざされた57階層へとつづく道が吹き飛ぶ。何重にも重なった新種達で出来た壁を黒い閃光が焼き尽くしたのだ。その余波だけで砲竜をも絶命する現オラリオ最強の獄炎魔法。その使い手はここにいる全員が知っている。飛び降りた冒険者達は希望と期待の目をその漆黒の爆雷に向けた。

 

「アイズさん!」

「リヴェリア!」

「団長〜〜!待ってました!」

「おせぇぞクソ白髪ぁ!」

「ウソつけ、めちゃ早かったろうが」

「喜ぶのは後だ!残存するモンスターを掃討する!」

「アイシャ、フードの。ガードご苦労。ここからは好きに暴れてよし」

「待ってました!」

「了解です!」

 

派閥首領の檄に鼓舞された団員達。そして自由が許されたチームリヴィエール。最前線で戦い続ける精鋭達が残存モンスターを掃討するのに時間はかからなかった。

 

───ふぅ

 

魔石を貫かれ、黒塵と化した怪物の灰を払う。流石に全て回避することはできなかった。結構浴びてしまった。

 

「ウルス」

 

初めて到達した58階層。その異様を興味深く見回っていた白髪の剣士の肩に美麗のアマゾネスが手を掛ける。その瞳には強い不安の色が宿っていた。魔物化の原因がこの黒塵にあると、アイシャは知っている。ここに来るまでに魔法も相当使っている。心配するのも無理はない。

 

「問題ない。余裕はある」

「…………ならいいけど」

「ここからは近接戦闘に専念してください。遠距離は私が請け負います」

「お前の魔法が通用すればな」

 

剣を鞘へと収める。どうやらモンスターのポップはインターバルに入ったらしい。ドロップアイテムに椿がはしゃいでいるのを横目で見ながらリヴィエールは身体の具合を確かめた。

 

───大丈夫。調整できてる。

 

視界が黒炎で歪むこともない。魔力の流れも安定している。今からリャナンシーと戦えと言われても問題ない。修行の成果がちゃんと出ている。アルモリカへ行ったのは正解だった。

 

「そんなことより、気になるのは……」

 

59階層へと繋がる階段に手を添える。下からは熱が伝わってきた。しかしコレはおかしい。聞いていた話では59階層は……

 

「氷河の領域、のはずなんだよね」

 

訝しげに59階層への階段を見つめるリヴィエールの背後で、フィンも同じ疑問を持っていた。かつて最大ファミリアだった『ゼウス・ファミリア』の報告によると、59階層は環境変化に強い耐性を持つ第一級冒険者を凍てつかせる程の極寒領域とされていた。

 

「冷気どころか熱気すら感じる。ゼウス・ファミリアがホラを吹いた可能性もあるにはあるが…」

 

まあないだろうと誰もが感じていた。わざわざ嘘をつくメリットは少ない。こうして他のファミリアがたどり着いてしまったら一発でバレる。ゼウス・ファミリアほどの最大手ファミリアがそんなハッタリをする意味はない。

 

「フィン、親指疼くか?」

「もーウズウズさ」

 

二人の推理に誰もが緊張感を上げる。この場にいる全員が知っていた。思わぬ被害をもたらすトラブルのとっかかりは、通常との相違点から生まれる、と。

 

「───59階層へ行け、か」

 

リャナンシーの言葉を思い出す。わざわざ何かあると俺に教えた理由は、恐らくこの辺りにあるのだろう。深い地中へと繋がる階段を前に、剣の柄を握りしめたのは、アイズとリヴィエールほぼ同時だった。

 

「フィン、防寒具外していいか?」

「ああ、みんなもサラマンダー・ウールは外してくれ。補給後、すぐに出発する」

 

休息をとった後、パーティは武器を整え、大穴へと足を踏み入れた。

 

「…………暑いな」

 

まとわりつく湿った空気、底から立ち上る熱気。うっすらと汗が浮かぶ蒸し暑さが戦士達の鼓動を早め、胸騒ぎを煽った。

 

「…………見えてきたな」

 

階段の終わり。光通路。見えているのに、何も見えない。7つ目の感覚が警鐘を鳴らし続ける。それも当然といえば当然。この先は全知の神々が、あのルグすら何も知らない、『未知』

 

ロキ、ヘファイストス、ヘスティア、そしてルグ・ファミリアの到達階層が今、更新された。

 

「…………密林?」

 

あの熱気で氷河があるとは正直思っていなかったが、それでもこの光景には誰もが驚愕する。不気味な植物群の数々。生い茂る樹や蔦、まさにジャングルと呼べる異様が59階層の景色だった。

 

「…………リヴィ、あれ」

「ああ、24階層のプラントだ」

 

食糧庫の事件と此処が無関係とは予想していた。しかしこの群生具合は24階層を遥かに越えている。武器の握りを緩くし、脱力する。リヴィエールの戦闘態勢だ。脱力は剣士の基本にして、奥義でもある。誰もが固くなる鉄火場で、百戦錬磨の剣聖は一層自然体を努めた。

 

「音、が」

 

連絡路から響くのは何かを咀嚼しては崩れる、そんな音。時折甲高い叫び声も聞こえる。もう嫌な予感しかしない。

 

「どうする」

「前進」

 

先に進むメンツを絞るか、という提案だったのだが、指揮官はパーティ全体に進めと命じた。徐々に音響が大きくなっていく。しばらく進むと密林を抜け、視界が一気に広がった。

 

「なに、あれ」

 

大双刀を構えるティオナの唇が震える。荒野を思わせる階層の中心には上半身はかろうじて人間に見える、巨大な食人花が聳え立っていた。

 

「『宝玉』の寄生型モンスター」

「寄生先は、タイタン・アルムか……!」

 

タイタン・アルム。『死体の王花』

深層域に生息する大食漢。有名なモンスターだ。

 

「あの灰色の砂、まさか全部黒塵か?」

「てことは、アイツって…」

「強化種か!!」

 

大地を埋め尽くす黒塵に反応したのか、制御されていた呪いが白髪の妖精の中で暴れ回った。鼓動が速くなり、血管を無数の虫が這い回る。握りしめた剣を持っていない手から血が滴り落ちた。

 

『───アァああアアアアァ!!!』

 

それは苦痛か、それとも歓喜かはわからない。しかしその絶叫の中、女性型の上半身は激しく蠕動し、一気に肉が盛り上がった。

 

肉の蕾が花開く。中心からは美しい身体の線を持った女が生まれる。

 

誰もが人ならざる絶叫に耳を塞ぎ、醜悪さに目を逸らす中、ただ二人、アイズ・ヴァレンシュタインとリヴィエール・ウルズ・アールヴはその姿から視線を外すことが出来なかった。

 

ドクン、と。

 

内で暴れる呪いなど、どうでも良くなる程鼓動が大きく響く。胸が張り裂ける。血がざわめく。二人の中に眠る、二人を形作る核。精霊『アリア』と神巫『オリヴィエ』がこの美しく醜悪な怪物に、共鳴した。

 

変化したのは上半身のみではなかった。花びらや無数の触手が下半身を包み込み、上半身は完全に美しい女性の姿に変わる。

背中まで伸びた緑髪。優美な曲線を描く胸元と腰。瞳孔も虹彩も存在しないその瞳は澱みのかかった金色。

 

あの二人を知る者がこの場にいれば思っただろう。その姿はまるで、緑髪の神巫オリヴィエと金眼の精霊アリアを一つにしたかのような姿だと。

 

「なんなの、アレ」

 

正体不明の存在に、誰もが戦慄から抜け出せていない。ティオネが発した言葉はこの場の誰もの心を埋め尽くしていた。

 

しかしただ二人、母からその存在を聞いていたアイズと、その存在について調べていたリヴィエールだけは、その正体に辿り着きかけている。

 

「…………うそ」

「まさか」

 

血が逆巻く。否定の言葉が幾つも脳内で弾ける。二人の鼓動はまるで共鳴を引き起こしたかのように、重なり、響いた。

 

共鳴したのは二人だけではなかったのか、天に叫んでいた『彼女』はグルリと首を回し、その双眸で二人を捉えた。

 

『アリア───オリヴィエ──アリア!オリヴィエ!』

 

明らかに二人を呼ぶ彼女。視線も完全に合わさってしまっている。もうここまできてしまっては、認めざるを得ない。

 

「精霊…………!?」

「リャナンシーの、成れの果てか…!?」

 

神々が紡いだ神代の終わり。そして人類が紡ぐ神話の創生(はじまり)が、始まった。

 

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございます。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。
あと、友人に煽られて推しの子で新しく連載も始めました。他の作品共々、そちらもよろしくお願いします。

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