その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth55 その歌を唄わないで!

 

 

 

 

精神枯渇(マインド・ゼロ)、か。未熟者め」

 

立ち尽くすその冒険者の現状を一眼で見抜いた白髪を背中まで伸ばした翡翠色の瞳の美剣士、リヴィエール・グローリアは呆れと感心、両方の意味で息を吐いた。ダンジョン攻略は地上に出るまでが攻略。全力を尽くしながら、撤退の余力を残しておくのが一人前の冒険者。ソロで潜っているなら尚更だ。

 

「リヴィ」

 

立ち尽くす少年の背中にローブを掛ける最中、肩に手を置かれる。背後に立っていたのは少年の師となった少女。

 

「能力値オールSって、どういう事?」

「…………」

 

金髪金眼の美少女、アイズ・ヴァレンシュタインの疑問は至極もっともだ。能力値には上限がある。ランクアップまで迫るものでも大概AかBが上限になる。俺もSまでいったことは敏捷と魔力を除けばほぼない。それをコイツはオールS。なにか特別なスキルでもなければ不可能なことだ。

 

「そこまでだ、アイズ」

 

なんと説明しようか逡巡している間にリヴェリアがアイズの手を取っていた。見えてしまったものは仕方ないが、これ以上は道理にかなわないという完璧な正論とともに。本来なら俺が言うべきことを言わせてしまった。

 

「…………ごめんリヴィ。困らせた」

「…………別に俺は何もされてないよ。謝る必要ない」

「ベル様!」

 

立ち尽くす細身の少年に、さらに小柄な少女が飛びつく。小人族(パルゥム)だ。一眼でサポーターと分かる。

 

「…………ああ、この子が」

 

遠征前、ステイタスの更新をする際にヘスティアから聞いた、【ソーマ・ファミリア】所属の小悪党。先日の一件で改心したらしく、ベルとパーティを組むことを許したそうだ。

 

「フィン。コイツをバベルの治療室に連れて行く。一旦パーティから離れてもいいか?」

「いいとも。18階層で第二陣と合流する予定だからそこで待っているよ」

「悪いな。えーっと……」

「リリルカ・アーデです。リリとお呼びください。リヴィエール様」

「わかった。リリ、行くぞ」

「はい」

 

上着を被せ、背中に背負う。二人で行こうとしたのだが、アイシャ、リュー、アイズが着いてきた。

 

「別にお前らは来なくていいぞ」

「リヴィエールがいないならアタシにこの遠征に参加する理由はないからさ」

「彼の事も一応気にかかりますし」

「せめて見届けたいから」

「…………勝手にしろ」

 

それ以来、地上に出るまで一切の会話はなかった。アイズも何やら申し訳なさげな顔で目を伏せている。

 

治療室に運び込み、リヴィエールの指示で的確な治療が施されたのを確認すると、アーデはヘスティアを呼びに飛び出していった。担当官のエイナに事の次第を説明し終わるとほぼ同時、幼い女神が駆け込んできた。

 

「ベル君っ!」

 

眷属の無事を確認すると大きく息を吐いて座り込む。穏やかに眠るベルの手をキツく握りしめた。

 

「あの──」

「っ、ああ、君たちがベル君を助けてくれた……って、リヴィエール君っ!?」

「気づいてくれてありがとう。さっきぶりだな、ヘスティア」

「ご、ごめんよ!ベル君が重体って聞いて目の前が真っ暗になっちゃってて……本当にごめん!」

「気にしてないって。それよりも───」

 

事の顛末をヘスティアにも話す。俺に礼を言った後、アイズ達にも深く頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

50階層、安全階層。18階層で第二陣と合流した遠征組は予定通り、モンスターが出現しないこの階層で最後の休息を取るべく野営地の形成に勤しんでいた。主となって動いているのはサポーター達だ。ダンジョン攻略において雑事とされる事はほぼ彼らによって執り行われる。攻略の主戦力となる精鋭達は各々のやり方で休める時に休んでおく……のがダンジョン遠征における鉄則なのだが。

 

「どうしたんすかベートさん達」

「こっちが聞きたいわよ」

「皆さんいつにも増して荒々しいです」

 

人外魔境、冒険都市オラリオの中でも屈指の実力者達。その全員がピリピリしている。未到達階層の攻略が控えている現在において、仕方のないことかもしれないが、第二級以下の冒険者達にとって、彼らが苛ついている姿は恐怖以外の何物でもない。流石にフィンやガレスは落ち着いていたが、若き悍馬達のいきり立ちように嘆息していた。

そしてアイズとリヴィエールはずっと無言で隣に立ち、五十一階層を見据えていた。

 

「おーい、食事ができたぞー」

「ウルスー、メシー」

 

ロキ・ファミリアの食事係、そしてリヴィエール専属通い妻アイシャが集合をかける。結局二人は一度も会話をせず、目を合わせることすらしなかった。

 

「最後の打ち合わせを始めよう」

 

焚き火の中心にフィン・ディムナが。その周りを囲むようにロキ・ファミリアの精鋭たち。さらにその円の外にチームリヴィエールが佇んでいた。

 

「事前に報告していた通り、此処からは選抜したパーティでアタックをかける。残りの者はキャンプの防衛だ」

 

事前に聞いていた事の確認のため、動揺する者は誰もいなかった。続いてパーティメンバーが発表される。

 

「パーティメンバーは僕そしてリヴェリア」

 

「ああ」

 

「ガレス」

 

「おう」

 

「アイズ」

 

「はい」

 

「ティオネ」

 

「はい!」

 

「ティオナ」

 

「よっしゃ!」

 

「ベート」

 

「フン」

 

実力者揃いのロキ・ファミリアの面々の中でも精鋭中の精鋭が呼ばれていく。誰もが闘志の炎を目に宿していた。

 

「そして、リヴィエールだ」

 

遠征組最強の男の名が呼ばれた事にベートは唾を吐き捨て、アイズはホッと胸を撫で下ろした。

 

「以上がパーティ組。戦闘は今呼んだ者達が主として行ってもらう。ココから呼ぶメンバーにはサポーターを務めてもらう。だがサポーターといっても戦闘の機会は必ずあると覚悟しておいてくれ。それでは発表する」

 

ラウルやレフィーヤを筆頭とした中堅組トップクラスのメンバーが呼ばれていく。そして…

 

「リヴィエールのサポーターは君が連れてきた二人にやってもらう。いいかな?」

「そうしてくれ」

「残留組は例のモンスターが出現した場合、魔法が魔剣で対処するように。指揮はアキに任せる」

「はい」

「椿も整備士として僕達に同行してもらう」

「うむ、任された。では渡す物を渡しておくぞ」

 

持ち込んできた大量の武器をズラリと並べる。『不壊属性』《ローラン》シリーズ。デュランダルでありながら材質にこだわり、威力を突き詰めた傑作選。リヴィエールの眼で見ても見事な出来栄え。恐らく二等以上の威力はあるだろう。

 

「リヴィエール、其方の得物は…」

「手前で用意した。問題ない」

「少し見せてくれんか」

「いいぜ。俺も他にやる事あるし。整備しておいてくれ」

「『剣姫』お主の武器も見てやろう。整備しておいてやる」

「…………お願いします」

 

腰に差した二振りの剣を鞘ごと渡す。アイズもそれに倣った。

 

「フィン。もういいか。少し休みたい」

「では明日に備え、解散。各々コンディションを整えておくように。見張りは4時間交代で頼む」

「ウルス、決戦前夜でほてってるだろ?私が鎮めてやるよ。森行こう、森」

「アイシャ、待ちなさい。決戦前に体力を削るようなことを──」

 

解散がかかり、それぞれが散っていく。

リヴィエール、アイシャ、リューは森の方へと姿を消し、ロキ・ファミリアの面々は受け取った装備の感触を試す。ただでさえピリついていた空気が武器を得てさらに剣呑になった。

 

 

 

 

 

解散がかかっても、殺気立っている五十階層で、一際静謐な気配が周囲を支配している場所があった。野営地の外れ、目の前には雄大な大森林が広がっている。葉なりの音が耳に心地良いその場所に少し大きめの天幕が張られている。

 

結界が張られた天幕から白髪の青年が出てくる。中では褐色の肌のアマゾネスと白磁の肌のエルフが産まれたままの姿で眠っていた。

 

乱れた服装を正し、携えていたロッドを取り出す。シートを広げるとナイフで形を整え始めた。

 

「…………まあまあ、か」

「───精が出るな」

 

ナイフを動かす手が止まる。リヴィエールは今ロッドの微調整を行なっていた。時間がなかったため、魔法石をほぼ無理矢理木に括り付けてそのまま持ってきてしまっていた。魔法石は神秘のスキルが無ければ作れないが、魔法杖自体は別。己の杖は己で作る。それが王族の鉄則だった。

 

「ネヴェドの森の木で作ったのか」

「まさか。あんな魔力伝導の悪い木使うかよ。普通にニワトコだ」

 

修行のためにネヴェドの森の木を使っていた時期もあったが、この最前線でそんな自殺行為をする気にはなれない。

ロッドを軽く振る。やはり軽い。剣の重さに慣れ切ってしまっているリヴィエールにとって、魔法杖の軽さは不安を覚えるほどだ。昔使っていた錫杖が有れば、などと考えてしまう。リヴィエールが以前使っていた錫杖はロッドであると同時に近接武具でもあったため、そこそこ重かった。

 

「…………変な事を考えてはいないだろうな」

「は?」

「あの少年に触発されて一人でケリをつけに行こうとか──」

「思ってねーから」

「本当か?」

「その気ならとっくに一人で行ってる。ソロで潜ってるなら別だが、今回は複合ファミリアでの遠征だ。組織で動いているときに単独行動してもロクな事にならん」

「闇派閥で活動していた時の経験か?」

「まあね」

 

闇派閥は規律や規則を嫌う人間達の集まりだった。戦力分散の愚行を正すために作られた組織が『セレクションズ』。リヴィエールはその幹部、というかNo.2だった。現場指揮官として戦場に出る機会も多かったが、その時に単独で勝手な行動を取る奴は大抵死んだか、酷い目にあっていた。それだけなら自業自得だが、最悪の場合作戦が破綻し、こちらにも壊滅的被害を及ぼす。

 

「お前が連れてきた二人は、あの事を知ってるのか」

「ああ、大体話してる。借りもあったし、なにより信じているからな」

 

この男が信じてると断言した。その意味をリヴェリアは誰よりも深く認識している。彼女もまた、彼が無条件で信頼する数少ない一人、その中でも恐らく最上位に位置する血族だから。

 

───お前が裏切られても構わないと思っている、か

 

その辺の能天気な連中が簡単に言う『信じる』という意味と、リヴィエールが口にする『信頼』はまるで違う。彼らは大体が「裏切られる」ことをないものとしてその言葉を発している。だがこの男はあらゆる可能性を考慮する。どんなに頼れる相手であろうと、血縁がある自分にさえ、この男は裏切られるという可能性を常に考えている。しかし信じた相手がその選択をしたとしても責めも恨みもしないだろう。それは自分と他の大切な何かを天秤にかけた上での決断の筈だ。その上で背中から自身を斬るというなら、構わない。そうなっても後悔しない相手だけを、この男は信じると認めている。

 

それほどの女達の信頼を裏切ることはしないだろう。安堵すると同時に少し複雑だった。彼がそこまで信じている人間など、アイズを除けば自分だけだと思っていた。

 

「…………もう少しか」

 

気になる部分を削る。とりあえずこんなものだろう。あとは仕上げを残すのみ。

 

「…………何?」

「──こっちのセリフだ。何をするつもりだ貴様は」

「見てわかんねー奴には言ってもわかんねーだろ」

 

短剣を持った手を止められる。刃先には左手で雑に纏められた髪があった。その行為の意味するところはたった一つ。

 

「そんな雑な髪の切り方があるか!」

「いいんだよロッドの仕上げで使うだけなんだから。後でアイシャにでも整えてもらうさ」

 

元娼婦の彼女にとって、自身を整える行為は立派な仕事の一つ。髪の手入れも勿論含まれる。この手の仕事に関して、アイツはヘタな髪結い所よりよほどプロだ。

 

「…………座れ」

「は?」

「そこにシートを広げて座れ。切ってやる。不満か?」

「…………まあいいけど。アンタなら」

 

ロッドを包んでいた包みを解き、広げる。野営地から持ってきていたのか、二人分の椅子のうちの一脚を置かれた。

 

「ほら、座れ」

 

自身の前に置いた椅子を軽く叩く。命令口調に少し反骨心が湧いたが、下手に逆らっても疲れる。黙って座った。

 

「ハサミなんかよく持ってたな」

「繕い用のだ。お前と同じで、アイズも服がほつれていても頓着しないからな。全くお前達はロクなところが似ていない」

 

小刀でザックリ切られた後、小さなハサミで毛先を整える。背中まで伸びていた白髪が一気に首筋程度の長さになった。

 

「なんか懐かしいな。他人に髪を触らせたのなんて、随分と久しぶりだ」

「そうだろうな。お前がこうして無防備に背中を晒す事自体希少なことだ。私すら数える程しか記憶にないよ」

 

懐かしむと同時に痛ましく艶やかな白髪に指を通す。母親の血を濃く受け継いでいる青年だったが、髪色と剣才だけは父のを継いでいた。自分が以前髪を整えてやった時、闇より深い濡羽色だったあの黒髪がすっかり色を失っている。

 

「…………リヴィエール、聞いていいか?」

「答える保証はないぞ」

「あの少年は一体何者だ?」

 

半ば予想通りの質問だ。まあ自身のファミリアの幹部達がピリついている原因なのだから、副団長である緑髪のハイエルフが気にするのも無理はない。

 

「オールSなど、見たことがない。しかもたった一ヶ月ほど前に冒険者になったばかりの駆け出しなんだろう?アイズどころか、お前さえ遥かに超える成長速度だ。常識の秤を超え過ぎている」

「…………オラリオに常識なんてあってないようなものだがな」

 

しかしリヴェリアが言う事もわかる。レベル1と2の間にはとてつもなく大きな壁がある。今や数え切れないほどいる冒険者の半数以上がレベル1で終わるのだから。不可能への挑戦は常に過酷だが、中でも最初の一度目は想像を絶する。リヴィエールも命の危険を感じたことは幾度となくあるが、最も死の淵に近づいたのは、一年前の事件を除けば、アイズとリューの三人でゴライアスに挑んだあの時だ。

現時点において、ランクアップの最短記録はリヴィエールの半年。次点がアイズの一年。この二人も十二分に常識外れの成長速度だが、ベルは一ヶ月。何某かの危険を感じるのも仕方ないと思える期間だった。

 

「前にも言ったと思うが、俺滅多にファミリアのホームに帰らないからな。クラネルに関して、俺も詳しくは知らないよ」

「…………そうか」

「それよりアンタはどう思う?リヴェリアはあの少年に何を見た?」

 

かつてロキにしたものと似たような質問を今度はリヴェリアにする。白髪の青年が知る限り、人類では最も美しく、最も賢い姉に。

 

「あの子、幾つだ?」

「確か14」

「…………年齢より幼く見える少年だな」

「アンタにだけは言われたくないだろうな」

「丸刈りにされたいか」

「ごめんなさい冗談です」

 

この姉は本気でやりかねんと知っているリヴィエールは即座に謝る。白髪を握りしめるリヴェリアは憤然と息を吐き、彼の白を解放した。

 

「──無論、まだ若い……いや、幼いと言ってしまってもいいだろう。腕も身体も心も未成熟だ。臆病で、卑屈で、無様。あの手のバカは大抵壁にぶつかって挫折するか、ポックリ死ぬ」

「くさるほど見てきたな、そういう連中」

「だが稀に大化けする事もある。私が実際に目にしたのはレフィーヤくらいだったが、あの少年も、もしかしたら、その類かもしれない」

 

甘めの評価だがな、と小さく付け加える。レフィーヤと同じ物を見たか。確かに随分な高評価だ。この女が弟子の名を出す時は相当期待していると言っていい。かつて彼女の弟子だった俺が誰よりもよく知っている。

 

「お前やアイズが化けたのはいつだったんだろうな。少なくとも弟子にした時はもうお前は冒険者だった」

「…………ああいうのは他者の目で見て初めて気づくものだ。本人に自覚が芽生えることは少ない。アイズはともかく、俺がいつこうなったかは俺にもわからん」

 

───壊れた時はわかるがな

 

あの炎の夜、彼の中の世界は一度全て崩れ去った。自然と音楽を愛した心優しき少年が、流浪の旅の中で人々の悪意に晒され続け、情けと容赦と己を顧みなくなるのに時間は掛からなかった。

 

「アイズの時を知ってるのか」

「ああ。俺はあの時初めてアイツと本気でやり合った」

「.……本気で?」

 

あ、と思った時にはもう遅い。髪を引っ掴まれ、その根元に小刀を当てられたのが感覚で分かった。

 

「いつだ」

「…………ゴライアスに挑む直前。一人で行こうとしたところを止められた、そん時」

 

下手に嘘をつくのは逆効果と悟ったリヴィエールはあっさりと真実を口にした。あの一件はリヴェリアも知ってる。アイズが俺を止めに入り、結果どうせソロで挑めないならとリューも誘い、一発殴られた後、三人で挑んだ。結果、三人ともランクアップを果たしたのだ。

 

一度大きくため息を吐くと緑髪の麗人は弟分の白髪を解放した。同時に髪が衣服につかないようにと巻かれた外套を外す。散髪は終わったらしい。

 

「刈り上げられるかと思った」

「アレはアイズから斬りかかったと私も聞いている。お前から仕掛けたとか言い出したら丸ハゲにしてやるところだったがな」

 

背中に汗を流しながら鏡を見る。見慣れた白髪が首筋ほどの長さにまで綺麗に整えられていた。どうやら丸ハゲは免れたようだ。

 

「じゃ、仕上げるか」

 

ロッドの周りにカットされた髪を巻き付ける。背中まで伸びていた白髪はロッド全体を覆った。

ロッドに身体の一部を編み込み、魔力で馴染ませる。この工程を踏むことでロッドは真に使い手専用のロッドになる。ハイエルフにのみ伝わる秘儀だ。触媒はなんでもいいが、リヴィエールには髪が最も使いやすかった。古来から髪には魔力が宿るとされており、触媒として優秀な媒体だからだ。

息を吸い、歌と共にロッドに魔力を込める。別に歌わなくてもできるのだが、この方が魔力を乗せるイメージというか、感覚というか、そういうのがやり易い。

 

「…………姉様」

 

リヴェリアの呟きは戦慄にかき消される。薄暗い五十階層に美しいテノールが響いた。

 

 

 

 

 

 

「この歌……」

「綺麗」

 

昂っていたティオネ、サポーターとはいえメンバーに選ばれ、ビビりまくっていたレフィーヤに声が届く。古い詞で編まれたメロディが優しく彼女らの心を包み込んだ。

 

「リヴィエールか。上手いわね、相変わらず」

 

ロキ・ファミリアの面々はリヴィエールの唄を聞いたことは何度かある。酒の席やアイツの機嫌が良いとき、その美声を披露したことがあったのだ。それも数えるほどしかなかったが、あの聴く者の心を無理矢理奪うような、魔性の声を忘れられるはずがない。

 

「レフィーヤ」

「はい」

「貴方は私たちが守るわ。だから貴方は……」

「私の魔法で助けます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、あの白髪野郎か」

 

耳に届く旋律。歌い手の技量からベートはこの音の発生源に気づいた。

 

「久々に聴いたけど、素晴らしいね。彼は歌手でもやっていけるだろう」

「で?お前は何しに来たんだよ。俺に余計な世話はいらねーぞ」

「そうかい?随分違う物を見ているような気がするけど」

「…………明日、前衛は俺にやらせろ。全部ブチ殺してやる」

「わかったよ」

 

ベートが去った後もフィンはしばらくその場に残り、歌を聴いていた。

 

 

 

 

 

 

「…………リヴィ」

 

整備を終えた剣を握りしめ、身体を休めていた。彼の歌を最もよく聴いたのはルグを除けばアイズだろう。子供の頃、ずっと彼の後ろについていた自分は彼の歌の練習している姿も見て、そして聞いた事がある。

 

「一振りの剣、か」

 

自分が、そしてリヴィエールがよくされた形容だった。

 

つんのめりながら走りまくっていたらいつか必ずコケる。

 

変わったな。お前は

 

私が変わったとするなら、それはリヴィエールのお陰だろう。ならリヴィエールは誰のおかげで変わったのだろうか?こんな美しい歌を唄うリヴィエールが剣だとは、アイズにはとても思えない。

 

───ううん、わかってる。

 

リヴィを変えたのはルグ様だ。そしてルグ様がいなくなり、リヴィは昔に戻った。『魔物化』はその結果だろう。しかし、今リヴィエールは歌っている。あの時と変わらない……いや、あの時以上の美しさで。

 

───リヴィを変えたのは誰なんだろう

 

守る者ができ、鞘を見つけ、常に鋭くある必要がなくなった。守り、守られる仲間ができたんだ。

 

───私だと、いいな

 

懐かしく、心地よい旋律に身を委ね、目を閉じる。あの秘密基地で、彼の肩に身体を預けたあの時のように。

 

 

 

 

 

 

───戦士の唄

 

目の前で歌われているこの曲を、緑髪のハイエルフは知っていた。夢を見て故郷を飛び出し、仲間を集め、旅をする。いつか必ず訪れる戦いの時のための、ほんの少しの骨休め。戦士を癒し、戦士を鼓舞する、英雄の凱歌。

 

───また、これを聞ける日が来るとは

 

「────」

 

最後の小節が終わる。魔力を込められたロッドは輝きを放ち、そして爆散した。

 

光の爆発が収まった時、中心には漆黒のロッドが完成していた。ヘッドは太陽が模られており、その中心に翡翠色の魔法石が埋め込まれている。

 

「ま、こんなもんか」

 

出来上がったロッドを軽く振る。魔力の伝導率は格段によくなった。出来栄えは悪くない。剣の整備は椿が完璧にやってくれているだろう。リヴィエールの準備は終わった。

 

「しかし白髪を媒介に使ったのに黒い杖とは…本来の色を魔力は覚えてるものなのか──なんだよ」

 

ジッと見つめ、何も言わない姉に少し不快な感情が生まれる。この作業自体、見られることはあまり良い気分ではなかったが、ロッドの仕上げ方を教えてもらったリヴェリアに文句は言えなかった。

けど、今のこいつは俺を見ていない。俺を通して別の誰かを見ている。俺を見ていない事が、不愉快だった。

 

「ありがとう」

「は?」

 

歌ってくれてありがとう。あの人の血と才を受け継いでくれてありがとう。

 

「お前は、私の希望だ」

 

涙はこぼれない。声も震えていない。でも心が震えていた。震わされた。

 

「…………時間だ」

 

ベルが鳴る。休息の時は終わった。これから戦士達には烈火の地獄が待ち構えている。

 

新米冒険者、ベル・クラネルの冒険は一つの区切りを迎えた。そしてこれからは冒険都市オラリオの最前線で戦う、歴戦の精鋭たちの特異点(ターニングポイント)

 

「行こう」

「ああ」

 

そして、リヴィエール・グローリア達は冒険に挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………耳障りだな」

 

誰もが聞き惚れる美しい旋律。しかしたった一人、その音を快く思わない者が、五十階層の遥か遠く。暗い暗いその場所で唾を吐き捨てていた。

 

「何ヲシテイル」

「見ればわかるだろう。食事だ」

 

モンスターから魔石を引きちぎる。暗い部屋の中心にいるのは赤い髪を乱雑に切り揃えた美女。名はレヴィスという。怪物達の調教師にして、怪人(クリーチャー)だ。

 

「『剣聖』達ハ既ニ深層へ向カッタ。何故動カナイ」

「知っているだろう。この体はひどく燃費が悪い。アリアやオリヴィエからもらった傷も深い。私は休む」

「万ガ一ガアッタラ………」

「奴らの強さは私が身をもって知っている。問題ない。話は終わりだ、出て行け」

 

苛立ちが強くなる。これ以上は戦闘になりかねんと察した黒ローブは暗い部屋から出た。

 

「───っ、チッ!」

 

また耳に歌が届く。その音が聞こえるたびに頭痛がする。傷が疼く。万人が美しいと感じるその旋律は、赤髪の調教師にとっては呪詛でしかなかった。

 

「…………見ていろ、『アリア』『オリヴィエ』。その臓腑引き裂き、犯し、蹂躙し尽くしてやる」

 

魔石が歯で砕かれる。その音は暗い部屋に薄く、けれど力強く木霊し、戦士の歌をかき消した。

 

 

 




2話一挙更新いかがだったでしょうか?自身の髪を編み込んで専用のロッドに仕上げるというのは、まほよめのオマージュ。こういうのがあってもいいよね、と思って設定しました。それでは感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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