その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth54 彼の名前を覚えておいて!

 

Myth54 彼の名前を覚えておいて!

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて俺が、それを見たのはあの時だった。

Lv.2におけるステイタスの伸びがほぼ無くなり、ランクアップを求め、ゴライアスにソロで挑むことを決めた時、蜂蜜色の髪の少女が黒髪の少年剣士の前に立ちはだかったのだ。

 

「…………リヴェリアに聞いたのか」

「ううん。ルグ様から。近いうちにリヴィが無茶するかもしれないからって」

「…………そうか」

 

驚きはなかった。そして流石だ。心の機微に気づいた聡明さもさることながら、人選が素晴らしい。自分より強いリヴェリアやルグに止められたとしても俺は反発しただろう。俺が本気を出しても倒せない二人だから全力で抗うだろうし、俺より弁がたつ二人だから、正論で諭されても開き直っていただろう。

 

だが、アイズが相手となると話が変わる。

 

俺より腕は劣り、弁など俺はおろか、普通の子供よりも立たない。そんな相手を言い負かしても意味はないし、力尽くで退かすのも気が引ける。

 

───だが、それ以外に方法もないか

 

剣に手を掛ける。怪我させないようにしないとな、など甘いことも正直考えていた。

 

しかし、そんな思考は一瞬で吹き飛ぶ。というより飛ばされた。剣に手を掛けた瞬間、頭が戦闘へと切り替わる。

 

初めて感じた、人形姫の本気の殺気に背筋が一気に泡立った。

 

アイズの目に宿る執念の炎。どんなことをしても、ここでこの人に殺されたとしても止めてみせる。比喩でなく本物の命懸け。

 

───知らなかった……

 

狂気に身を任せ、命を捨てて挑んでくる敵がここまで恐ろしいものだったなんて。

 

幸か不幸か、彼は今まで自分より格上ばかりと戦ってきた。この少年との戦いで命を落とすなどと微塵も考えていない者達と剣を合わせていた。命を捨てるなどという狂気に染まっていたのはいつも黒髪の少年だけ。

 

執念の炎。他者に向けた事は幾度となくあったが、自身が向けられたのは恐らくこの時が初めてだった。

 

精神がパフォーマンスに与える影響は少なくない。それは知っているつもりだった。しかし俺たちの実力差を覆すレベルまであげてくるとは。

 

負けるかもしれない。リヴェリアに決闘を挑んだ時でさえ思わなかったことをアイズに思わされた。

 

「…………退いてくれ」

 

この期に及んで言葉を投げかけることなど、愚の骨頂だと我ながら思う。だが投げずにはいられなかった。お互いこの剣を抜いてしまえば、死闘になる事がわかったから。

 

「お前ならわかるだろう?俺は強くならなくちゃいけないんだ。だから退いてくれ」

「イヤ。リヴィが行くなら私も行く。それさえ認めてくれないなら私は力尽くでも貴方を止める」

「なら勝負だな。【人形姫】アイズ・ヴァレンシュタイン」

「うん、やろう。【剣鬼】リヴィエール・グローリア」

 

そして行われた当時の自分達としては全力の勝負。これから幾度となくアイズに負けまくる俺の初めての敗北。

 

アイズが俺にとって特別になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイズ、そこにいなさい』

 

黒い炎に包まれる父の背中を見たあの時のように。

 

『誰より理不尽な理不尽な存在に俺がなるんだ!どけアイズ!』

 

彼を止めるべく命を捨ててで挑んだにもかかわらず、無様に手加減され、生かされ、剣を突きつけられたあの時のように。数え切れないほど負け続ける私の最初の敗北。

 

『ダメだよ、アイズ』

 

私は立ち尽くす。

 

『英雄』への道のりを踏み出した戦士を前に、私の身体は動かなくなる。

 

そして『英雄』たる青年も目の前の戦いをただ見つめる。腕を組み、険しい目つきで彼の冒険を見守っていた。

 

「思い出すな、アイズ。あの時を」

「…………うん」

 

白い少年が猛き猛牛へと立ち向かったあの光景は二人の脳裏に過去を蘇らせる。二人とも同じことを思い出していると考えていたが、真実は違った。

 

「どけテメエら!俺がやる!何をボサッと突っ立って……あぁ?」

 

追いついてきたロキ・ファミリアの精鋭たちも、現在の状況を把握し始める。レベル1の少年があのミノタウロスと互角の戦いを繰り広げているその異常に。

 

「リヴィエール。つかぬ事を聞くけど」

 

いつのまにか隣に来ていた小柄な少年に見える男が揶揄うように口を開く。

 

「彼は君の新興ファミリアに所属する、駆け出しの少年じゃなかったかい?」

「その通りだよフィン・ディムナ。たった今成ったばかりの、駆け出しで無名の冒険者だ。かつて俺やお前がそうだったように」

 

猛牛と少年の咆哮が響く。その怒声と迫力は頂点にいる白髪の青年や壮年の槍使いにとってはかなり物足りないものだったが、それでもその真剣さは充分に感じ取れる。

 

「たった一週間見ないだけでここまで身体能力を伸ばしたか」

「だがそれでもミノタウロスには届かない。今彼が互角の展開に持ち込めているのは、精神の境地。即ち……」

 

勇気

 

一瞬でも臆すれば即デッドエンド。そんな極限で己の全てをぶつけるには、身体能力や魔力以外のモノが必要になってくる。そしてそれこそが冒険者を冒険者たらしめる。

少なくとも一週間前にはこの少年が持っていなかったものだ。

 

恵まれないその身体で、数多の怪物に挑むその姿を、神々から【勇者】と名付けられた壮年の男が、興奮で拳を握りしめる。

 

「…………君以来だよ、リヴィエール。僕が他の冒険者の勇気に感服させられるのは」

「…………」

「いいじゃないか、彼。すごくいい………!」

「いい、というか今良くなってるんだよ。アイツは」

 

初めて出会った時、向いてないと感じた。それが間違っているとは今も思っていない。人間身体は容易に変化するが、精神はそうそう変わらない。臆病な冒険者が経験を経てもまるで変わらず、現実に打ちのめされて死んだ、もしくは冒険者を諦めた者を数え切れないほど見てきた。

 

それが今、これほど別人になっている、というか別人になりかけている最中。追い詰められた窮鼠ならぬ白兎が牛を咬み殺すか、それとも不可能が不可能のままに終わるかは、まだわからない。

 

だが、確実に言える。この壁を超えた後、冒険者が生まれる、と。

 

「『アルゴノゥト』」

 

褐色の肌の少女、ティオナがつぶやく。その物語を、リヴィエールは知っている。かつて森の中で母が聞かせてくれたお伽話の一つ。

 

「あたし、あの童話好きだったなぁ」

 

その言葉に思わず苦笑してしまう。母はあまり好きではなかった。

 

『嫌でも思い出しちゃうのよ。私とアイツを振り回しまくってくれたあのバカをね』

 

「【ファイアボルト】!!」

 

爆雷の音が青年を過去から現在へと戻す。擬音というより、その詠唱がという方が正しかった。

 

───俺の【アマテラス】と同じ、速攻魔法…

 

俺以外の使い手を初めて見た。しかも俺でさえ付与魔法としてしか使えない。攻撃に直接利用できるようになったのはリヴェリアとの修行を経てからだった。

それを軽威力とはいえ、飛ばしてぶつける放出系攻撃魔法として使ってるなんて。

 

───アレが例のグリモアで得た魔法か。

 

グリモアの魔法はハズレも多いと聞く。開いてみるまでどんな魔法かわからないのがグリモアの当たり前だ。

それがこんな大当たりを引くとは。作為的な物でなければこの男は運もどっぷりと持ち合わせている。冒険者にとって大事なものの一つだ。

 

「本当によく凌いでる、けど」

 

けど、の意味するところ。リヴィエールにはわかる。良く食い下がっているし、身体能力も上々。特に速度はミノタウロスを上回るのではないかと思わせるほどだ。しかし、

 

決定力(パワー)不足だ。魔法も一撃の威力も、何もかも軽い。ミノタウロスの皮は頑強だ。ちょっとやそっとの熱や斬撃は通さん」

「手詰まりだっていうの!?」

詰み王手(チェックメイト)、とまでは言わんさ。だが……」

 

振り下ろしたミノタウロスの剣がベルの剣を砕く。片手に握りしめたナイフも角に防がれ、砕け散った。

 

「………これで王手(チェック)は掛かった」

 

武器も無くなり、切り札も通じない。この局面…

 

「君ならどうする?」

「アイツの今ある手札でも、倒す方法はいくつかある。手垢まみれの策だがな」

 

このミノタウロス、どう見ても普通じゃない。恐らくなんらかの強化が施されている。やったのは恐らくオッタルだろう。ヤツが持ってる大剣はオッタルが好みそうな武具だ。

しかしそれが今は幸いに転ずる。

 

「自分の武器がないなら、相手から奪う」

「よくある手だね。多対一の時など特によく使う。並の剣なんて下手に扱えば五匹と切れない」

 

神聖文字が刻まれた黒のナイフがミノタウロスの手に突き刺さる。絶叫とともに重量のある大剣が手からこぼれ落ちた。

 

「…………ヘたくそ」

 

リヴィエールが口に出した策の一つをベルが実行する。その手並みはお世辞にも上手いとは言えないものだった。しかし上手い下手など実戦ではそこまで意味はない。要は敵が痛痒を感じていればいいのだから。

 

「押してる!」

「でも押し切れてはいない」

「これでも決め手に欠けるか」

 

下手な武器の扱いは武器自身にも大きく負担がかかる。ましてあの堅固なミノタウロス。刃こぼれしまくっていた大剣は長く持たず砕けた。

 

「ちなみにもう一つは?」

「…………俺も堅い敵とはイヤという程戦ってきた。結局その戦いの間にそいつの皮膚は斬れなかった、アマテラスでも焼けなかった、なんて事もあった」

「驚いたね。【剣聖】たる君に斬れぬものなどないと思っていたよ」

「うるさいぞ余計なチャチャ入れんな……でもな」

 

漆黒のナイフがミノタウロスの目を抉る。そのまま片手を頭蓋へと突っ込んだ。

 

「目と喉が斬れなかったヤツと、臓腑(ナカ)が燃えなかったヤツとは会ったことないんだよ」

 

「【ファイアボルト】!」

 

炎雷がミノタウロスの頭蓋で迸る。続いた。

 

「ファイアボルトぉおおおおおお!!!!」

 

目から火花が飛び、爆砕する。外がダメなら中から。体内を焼く炎と迸る雷が、魔石を吹き飛ばした。

 

「勝ち、やがった」

 

断末魔とともに猛牛の体躯が黒塵となって舞い散る。かつて冒険者の誰もが憧れ、忘れ、しかし身の内で燻り続ける真っ白な情熱が、雄牛を焼き尽くした。

 

たったまま気を失った冒険者。その名はベル・クラネル。

 

その名は一生忘れない。『剣聖』と『剣姫』は強く誓った。

 

 

 

 




あけおめぇ!生きワレェ!社会人生活も私生活もようやく軌道に乗り始め、ちょこちょこ書いてたら2年以上経過してました。誠に申し訳ありません。これからは少しずつ書き進めていく予定ですので長い目で見てやってください。今回ははじめての2話一挙更新です。次話は少しオリジナル設定盛り込んでます。感想、評価是非よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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