その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth51 流れていくと言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、待っとったで。リヴィエール」

「…………俺はリヴェリアと話をしに来たつもりだったんだがな」

 

通された執務室。リヴィエールはひどいデジャヴに襲われていた。自分を中心にファミリア最高幹部達が囲み、正面にロキが座っている。

 

「同じ事やろ。リヴェリアに話せば遅かれ早かれウチにも伝わる」

「…………チッ、まあ納得しておくか」

 

待たせている女達のこともある。これ以上不満を言っても始まらない。白髪の剣士は不服げにしつつも、今回の顛末を口にした。

 

「…………なるほどなぁ」

 

事のあらましはだいたい話した。魔石を内包する怪物もどき。モンスターを変異させる宝玉の製造。蘇った【天剣】と【白髪鬼】。闇派閥の残党によくわからない『彼女』とやらの存在。そして現れた三人目の黒ローブ。

 

「───闇派閥あたりの事まではアイズから聞いとったけど、その黒ローブの事は知らんかったな。そいつも怪物もどきか?」

「…………恐らく違うだろうな」

 

ソウシもオリヴァス・アクトも、恐らくはリャナンシーも怪物との混じり。ならば新たに現れた黒ローブもそうだと思うのは至極自然な発想だ。しかし剣聖の頭脳は否と言っている。

 

「アレはそんな安い存在じゃない」

「強かったんか」

「少なくとも今の俺よりは」

 

その一言に全員が絶句する。この男がアッサリと自分より上だと口にした事が信じられなかった。

 

「…………心配するなよ。強いって言ってもあくまで個の力だ。奴らは連携なんてまずしない。リャナンシーもアイツのことは気に入らない様子だったしな。恐らく利害が一致しているだけの関係だろう。オラリオ最強ロキ・ファミリア全体の力をもってすればどうとでもなる」

「ハッ、たった一人で大手ファミリアと渡り合っとったヤツがよう言う。数の力で押しつぶせん人種もおるいうことはお前が一番よう知っとるやろ」

「買いかぶりだ。俺は借り物の剣を取っていただけだよ」

 

嘘をついたつもりはない。実際リヴェリアやアイズと組んでダンジョンに潜ることだって何度もあった。一人でロキやフレイヤと渡り合っていたつもりは毛頭なかった。

 

「しっかし連中の目的がホンマにオラリオ壊滅やとは……結局お前の勘はまたしても大正解やったというわけか」

「わからないぞ。トカゲの尻尾の戯れ言だ。あまり信じ過ぎても良くない」

 

無論一部真実もなくはないだろうが、その奥に更なる真実がありそうだ。

 

「でも食人花の量産に新しい宝珠も作っとったわけやろ?たしかにあの糞花大量に地上に放たれたら都市の一つや二つ壊滅しても、まあ不思議はないわな」

「しかしどうやって?育てるだけならともかく、あんな怪物を私達にバレずに地上に放つなど不可能だろう」

「せやなぁ。前ん時は怪物祭のドサクサに紛れさせたんやとしても、あれはイレギュラー中のイレギュラーや。そんな機会今後そうそうないやろうし」

「…………」

 

それもどうなんだろうとリヴィエールは考える。あのガネーシャ・ファミリアが……というよりはあのシャクティがそんな見落としをするとは思えない。まして俺はあいつに一度忠告していた。いくらフレイヤの介入があっだとしても、あそこまで無防備だったのは腑に落ちない。

 

───かといって他に考えられないのも事実…………ん?

 

視線が集まったのに気づき、思考の海から戻される。何を言うのか期待されている眼差しだ。少しイラっとした。

 

「……おい、俺にばかり考えさせんな。そっちからも情報よこせ。お前らも俺のクエスト中寝てたわけじゃないだろうが。情報交換が協定の条件だったはずだ」

「そんな怖い顔すんなや。わかっとるわ。フィン」

 

小柄な美少年にしか見えない実は中年が手にした資料をこちらへと渡してくる。流石に準備が良い。そしてガードが固い。うっかり余計な情報を与えないように、そして漏らさないようにされている。

 

「…………例の新種が下水道に数匹。ギルドの動きを訝しむデュオニソス・ファミリアに、ヘルメス・ファミリアか。よりにもよってまた胡散臭い奴らが動いているな」

 

ザッと資料に目を通し、必要な情報を抜き取る。この場にいる全員がその速さと的確さに舌を巻いた。この男は一を聞いて十どころか五十は読み取る。

 

「……下水道にまだいたのか。怪物祭の生き残りか?」

 

渡された情報にこれといった収穫はない。取り引きをしていれば避けられない事ではあるが、苦労に比べ、あまりの無駄骨の多さに思わず息が出てしまった。

 

「それについてはこっちも頭悩ましてんねん。まだ下水道におるいうことはいつ地上に出てきてもおかしないからな」

 

やれやれとロキが頭を抱える。どうやら白髪の青年の溜息の理由を勘違いしているらしいが、わざわざ否定する気にもならなかった。

 

「どこかに巣でも作ったか?……いや、それはないか。勝手に増殖してくれるならわざわざダンジョンの中に人工迷宮作ってまで生育する意味はないし……ならどこから───と」

 

頭の隅がチリっとする。ハァと一つ息を吐くとリヴィエールはおもむろに扉に手を当て、何かを唱えた。

 

きゃんっ

 

隣の部屋からそんな声が僅かに響く。盗み聞きをしていた不逞の輩を風の魔法で少し揶揄ったのだ。

 

「おい。なに盗み聞きしてやがる三人娘」

「あはは……」

「流石ねリヴィエール。気配は消してたつもりだったんだけど」

「ヘタな隠行は逆に目立つ」

「…………私のことですか?」

「ネガティブ、というか妄想激しいのはお前の欠点だぞ、レフィーヤ」

 

実際その通りだが。てゆーかヒリュテ姉妹もこのエルフに比べればまだマシというだけで決して上手くはない。オラオラタイプのアマゾネスは隠密起動に向いていないし、戦闘向きとは言い難いエルフ。当然といえば当然だ。

 

「それにここは他ファミリアの本拠地だぞ。どこに目と耳があってもおかしくない。ましてこの密室だ。周囲の警戒してて当たり前──」

 

頭の中で何かが弾ける。レフィーヤ達の行動。アウェイならどこに目と耳があっても不思議ではない状況。黄昏の館はロキ・ファミリアが作った本拠地。どのような部屋がどんな目的で作られたかは作り手しか知らない。本当に知らせたくないモノには立ち入らせないし存在も教えない。

 

「どないしたんや自分」

「───レフィーヤ、ティオナ、ティオネ」

「?」

「ナイスだ」

「はあ?」

「というか、バカか俺は。もっと早く思い至らなければいけない可能性だっただろうが」

 

強敵は常に非常識に行動するというのが、俺の持論だったはずなのに。常識に囚われていた自分の思慮の浅さにヘドが出る。

 

「お、おいリヴィエール?」

 

───しかし思いついたからといってどうする?バカみたいに広いダンジョンだ。探すとしてもどうしても人手がいる。だがそんな大規模に捜索するとなると連中も気づく。今は──

 

「リヴィエール!!」

「───っ。なんだリヴェリア。急に大きな声を出すな」

「急にじゃない。何度も呼んだ。変わらないな。考え始めたら止まらなくなるの」

「で?なんかわかったんか?」

「…………ロキ、ちょっと来い」

 

執務室の奥へとロキを連れ込む。

 

「なんや。リヴェリア達にまで秘密かい」

「飽くまで仮説だ。あまり他の人間に聞かせて動揺させたくない。だが無視できない可能性だ。お前たちに調べて欲しい。俺では無理だ」

 

念のため結界を張り、音を漏れないようにした後、耳打ちした。

 

「恐らく、ダンジョンのどこかに最低でも一つ、バベル以外の出入り口がある可能性が高い」

「…………は?はぁあああ!?」

「しっ、騒ぐな。さっきも言ったが、可能性だ。話半分に聞いておいてくれ」

 

驚愕の声を上げようとした赤髪の邪神に指を立てる。

 

「ありえへん!ダンジョンの蓋はバベルだけいうのが都市の常識や!だからダンジョンの冒険は成り立っとる!」

「敵を常識に当てはめようとするな。強敵とは常に非常識に行動する。お前ならわかってるはずだ」

「…………まあな」

 

言われてみれば目の前のこの白髪の剣士もとんでもなく非常識だ。そしてこの非常識が警戒する相手なのだ。世界の常識くらいひっくり返すくらいでも不思議ではない。

 

「闇派閥の残党は恐らく都市に潜伏している。24階層では運搬用に檻を用意してたが、これは本来妙な話だ。連中では食人花をバベルの大穴からは運び出せる訳がない」

「…………ギルドが協力するつもりやったんとちゃうか?」

「だとしてもあれほどの巨躯を大穴から運び出して完璧に隠蔽するのは不可能だ。冒険者は勿論、ギルド職員の目だってあるんだから」

 

エイナからの話を聞いてるだけでも、連中がレヴィス達のことを知らないのはわかる。ギルドは恐らく黒ではない。動向を見ている限り、動きがクロっぽくない。あの黒ローブがウラノスの手の者なら解決に俺たちを利用したと考えるのが妥当。

 

「…………無視は出来ひん推理やな」

「無論仮説だ。根拠はない。勘も大いにある。あまり信用し過ぎるな。だがあるつもりで調べて欲しい。こればかりは俺では無理だ」

 

ダンジョンは何十年もの時をかけても、未だ全貌が明らかになっていない未知の世界。いくら能力が高くとも一人で調べるのは不可能。どうしても人手がいる。

 

「そんなんいくらウチでも無理やで」

「最大手ファミリアの一つなんだ。コネくらいあるだろ?カンのいい神なら現在の異常性に気づいているヤツもいるはずだ。そいつらも利用してくれればいい」

「…………で?対価は?」

「あっ、と」

 

怪しく口角を上げる邪神。見慣れた憎たらしい笑顔だが、これほどこいつに似合う顔もない。

 

「ギブアンドテイク。それがウチとお前の鉄則やろ?だからウチはお前を対等の友達と認めてるんや」

「今回のクエストでアイズやレフィーヤのお守りしてやったろ。それでチャラでいいじゃねーか」

「これだけの案件やぞ。悪いけど足らんな」

「…………何が望みだ?」

 

取引はコイツと何度もしてきた。釣り合うか釣り合わないかは他人から見てどうだったかはわからない。だがお互いの容量を超える要求をした事はないし、納得した上で同意してきた。俺にしか出来ない無理難題を言ってくる事はあっても、出来ることを要求する。そういう交渉相手だった。

 

「59階層の遠征。お前も来い」

「…………」

 

傘下に降れ程度の事は言ってくるんじゃないかと身構えていたが、肩透かしを喰らう。それに関しては言われなくても頼むつもりだった。向こうから言ってくれるなら願っても無い。

 

「完全に従えとは言わん。お前はお前を一番大切にしててええ。その代わり、あいつらと一緒に戦ってやって欲しい」

「…………そんな事でいいのか」

「あ、それなら一つ追加。遠征はアイズたんとパーティ組んで参加する事」

「…………」

 

余計なことを言ってしまったと少しだけ悔やむ。まあ参加するとなればどのみち同行させられただろう。わかった、と一度頷き、握手を交わした。

契約成立だ。

 

「不安か?」

 

挑戦的に笑いかける。挑発もあるだろうが、俺への心配も微量にあった。一度首を振ると、自分でも驚くほど穏やかに笑った。

 

「久々に血が騒ぐ。ワクワクするよ」

「生きて帰って来いよ。祝杯の用意して待ってるからな」

「内緒話は終わったか?」

 

話が切れた頃合いを見計らってか。実にいいタイミングでリヴェリアが声を掛ける。他の連中も興味深げにこちらを見ていた。ロキとリヴィエールは決して険悪な関係ではないが、悪友という呼び方がこれほど相応しい関係もない。この二人がコソコソしている様子は少し異様だった。

 

「ま、大体はな」

 

自嘲気味にリヴィが笑う。ローブを羽織り、フードを目深に被り直した。

 

「…………お前、これからどうするつもりだ」

「心配しなくてもすぐに突貫するつもりはないよ。相手がデカ過ぎる」

 

オラリオの壊滅を狙う連中だ。たった一人で大手ファミリアと渡り合ってきた男とはいえ、それは飽くまでも競争相手として。完璧に敵対していたとすれば、流石のリヴィエールも歯が立たなかったろう。

 

───それに、色々と用意しなければいけないものもある

 

刀身の溶けた刀の柄を軽く叩く。魔法のこともある。遠征までの時間、リヴィエールは装備を整えるために動くつもりだ。カグツチ以上の剣を二振り以上となると相当難しいが、幸い当てはある。

 

「俺はしばらくオラリオを出る。遠征の日程、詳しく決まったら俺の担当官に伝えてくれ。覚えてるか?エイナ・チュールだ」

「あのハーフエルフちゃんやろ?でも出来るだけはよ帰って来いよ」

「最長でも二週間で戻ってくる。エイナには俺から話を通しておく」

「了解。リヴェリア、送ったり」

「わかった。来いリヴィ。こっちだ」

「知ってるよ何回来てると思ってんだ」

「文句言うな。私とも少しは付き合え」

「断る!アンタと関わるとロクな事が───」

 

扉を開き、二人になった途端、いつもの姉弟喧嘩が始まる。こういう諍いが出来る相手はリヴィにはリヴェリアしかいないし、リヴェリアにもリヴィしかいない。辟易しつつも、白髪の青年に不快な様子はなく、緑髪の姉貴分は実に楽しそうだ。ああいう横顔を見たのはいつ以来だろうか。長髪を後ろで束ねたよく似た二人の後ろ姿を見送りながら、ロキは少し感情に悔しさを混じえて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルドに行くのか?」

 

進行方向からか、それとも先程の話の内容からか、行き先を聞いてくる。リヴェリアの声には咎めの色が混ざっていた。

 

「別にウラノスに何かしに行くわけじゃないよ。言ったろ?突撃はしないって。俺の担当官に会いに行くだけだよ。ロキの使いが俺のことを聞きに来たら素直に教えてやれってのと言伝があれば伝えてくれってな」

 

あいつならロキ・ファミリア相手だろうと何の許可もなく俺の情報を漏らそうとはしないだろう。それにこれからは少し会えなくなる。その前に一度くらい直接会っておかなければまた怒られる。いや、怒られる程度なら良いが、最悪泣かれる。それは嫌だ。

 

「…………お前、これからどうするつもりだ?メンバーの選出に全員の装備も揃える必要がある。遠征までもう少し時間がかかるぞ」

「そりゃ都合が良い。俺も時間が欲しかったところだ」

 

あの59階層へ行こうというのだ。流石の剣聖といえど、色々と準備が必要になる。

 

───とりあえずは武具の調達だな。カグツチの代わりがいる。それに出来ればロッドも欲しい

 

黒刀の柄を軽く叩く。フラガラッハは既に彼の腰に掛かってはいるが、遠征に当たって業物はいくらあっても多すぎるということはない。

 

「…………ん?」

 

ギルドに着き、エイナを探していると妙な引力に目が引かれた。引力の先には探し人ともう一人がいる。こちらが気づくと同時にあいつも気づいた。振り返り、金色の瞳がかち合う。

 

「リヴィ!」

「アイズ……」

 

早足で駆け寄り、包帯で巻かれたリヴィの手を取る。

 

「良かった。ほとんど治ってる」

 

手の火傷の様子を見た蜂蜜色の髪の少女はほっと息をつく。クエストの帰路で合流したアイズは火傷が一番酷かった時を見ていた。

 

「アスフィに診てもらってたの知ってるだろ?」

「それでも、良かった」

「え?なに?リヴィ君怪我したの!?見せて!」

「嫌だよめんどくさい。それよりアイズ。お前なんでこんなところに?エイナに何か用か?」

「うん。彼女には少し頼みたいことがあってを 。あっ、そうだ。コレ」

 

背中から出されたのは手甲用のプロテクター。全体を染め上げる翡翠色はなかなか美しいが、品質は大した事ない。ザ・初級防具と言ったモノだ。それも傷だらけ。武具を見れば使い手の技量は概ねわかる。持ち主の未熟さが顕著に表れている。

 

───しかし同じくらいひたむきさも見て取れる。がむしゃらで真面目な駆け出し冒険者、と言ったところか

 

「リヴィとクエストを受けた10階層で拾った。多分リヴィのファミリアの白兎君のだと思う」

「…………なるほど」

「丁度良かった。リヴィから返しておいてくれる?」

「て言われてもな。俺はしばらくオラリオいないし」

「えっ、リヴィ都市出るの?何で?どこ行くの?仕事?クエスト?」

 

───しまった……

 

アイズには言うつもりなかったのに、エイナがいたから思わずポロっと漏れてしまった。

 

「…………今度の未開拓層の遠征、俺も同行することになった」

「!?」

 

元々大きな瞳がさらに大きく見開かれる。驚愕と歓喜、ほんの少しの不安が混ざっているのがよくわかった。

 

「恐らく俺が今まで経験したどんな遠征よりキツくなるだろう。リャナンシーや赤髪の調教師も待ち構えてるはずだ。もっと強くなる必要がある」

「うん」

「だから一度オラリオの外で修業してくる。鈍ってる対人戦闘。魔物化の反動。全てを鍛え直す」

「私も行く!」

「…………だから言いたくなかったんだ」

 

こう言い出す事は分かりきっていた。しかし修行以前にやらなければいけないこともある。そこにアイズを連れていくのは不可能だろう。あそこは妖精と関わりのある者しか入れない。なんとかしてくれとリヴェリアを見た。

 

「良いんじゃないか?修行するなら相手がいた方が効率が良いだろう」

「………」

 

背中から斬られた。こいつなら俺の視線の意味くらい理解していただろうに。ホントこの女は身内に甘い。その恩恵を受けた事も何度かあるが、ここ最近は裏切られてばかりだ。

 

「そうしてもらいなよリヴィ君!プロテクターは私からベル君に返しておいてあげるから!ヴァレンシュタイン氏が一緒なら私も安心できるし!」

「……………et tu,Brute」

 

どうやらこの場には俺の敵しかいないらしい。いや、正確には味方しかいないのだろうし、俺を想っての提案なんだろうが、はっきり言ってありがた迷惑だ。

 

───ん?

 

誰かが近づいてくる気配。時間稼ぎに視線を移し、そしてその場にいた全員が吊られ、呆気にとられる。噂をしていたプロテクターの持ち主がそこにいた。

 

「うっ、うわぁああ!!」

「待たれよ」

 

慌てて逃げようとした白兎の首根っこを捕まえて持ち上げる。足が宙に浮いても懸命に腕と足をフル回転させる姿は少し可愛らしかった。

 

「気に食わん白兎だな。他人の面を見るたびに奇声上げて逃げ出しやがって。俺はそんなに怖い顔か?」

「リリリリヴィエールさん!いえそんなつもりじゃ!せっかくヴァレンシュタインさんと二人なのに邪魔しちゃいけないと思って!」

「くだらない気を使うな。寧ろ良いタイミングで来てくれた」

「へ?」

「こっちの話だ。ほら、コレお前のプロテクターだろ。10階層で拾った」

「あ、ホントだ!ありがとうございます!」

 

闖入者のお陰でうまく話が逸れてくれた。このままなんとか有耶無耶にしてしまおう。

 

「そういやお前、もう10階層にまで行ってるのか」

「あ。はい、一応」

「10階層!?ベル君そんな所まで行ってるの!?」

「………あれからまだそんなに経ってないのに」

 

そう、この短期間で10階層に到達していた。しかもソロ。コレははっきり言って驚異的だ。俺も確かに半月で18階層手前までたどり着いたが、アレはアイズとリューの三人でパーティを組んでいたからこその結果。こいつと同じ時期、ソロで10階層まで行けたかと言われると微妙だ。

 

「頑張ってるんだね」

「そっ、それは色んな人に協力してもらったおかげでっ!僕はまだまだ全然というか!そのっ、色々我流ですし!」

「…………我流でコレか」

 

リヴィエールも基本的に我流だったが、剣に関しては根幹となる技術を元々備えていたし、何よりリヴェリアからノウハウを授けてもらっていた。知識も戦闘経験もなしで10階層。

 

───例のレアスキル、思った以上に厄介だな

 

気の小ささは変わっていない。にも関わらずこの身体能力の伸び。スペックは凄まじく向上しているのに対し、あまりに精神が幼い。急激な成長にメンタルが追いついていない典型だ。誰かが一度精神の脆さを指摘してやらなければ、臆病と慎重の違いを教えてやらなければ、いずれ大怪我する。

 

「そうなのよ。冒険者は冒険しちゃいけないって私何度も言ってるのにベル君全然聞いてくれなくて。リヴィ君、少し教育してくれない?」

「あのな。さっき言ったろ。俺しばらくオラリオ出なきゃいけないんだって。それに俺は基本的に弟子はとらん」

 

取るとしても、それは主義を曲げるほどの才気を持っている者のみ。悪いがベルにそれほどの才は感じない。

 

「…………私、リヴィの弟子のつもりだったんだけど」

「いやだからお前は……」

 

金眼の瞳を見て、フッと頭に一つ、何かが閃く。

ルグの全てが俺のために存在したというなら、俺の剣は恐らく、アイズのために存在した。ならアイズもきっと、また別の誰かの為に……

 

「アイズ」

 

そうして時代が積み重なっていき、歴史を作り、語り継がれ、英雄譚が紡がれていく。過去から現在、そして未来をかけて神の領域へと続く、遠い遠い道程。

俺たちは……いや、生きとし生けるもの全てが、抗えない時の波に流れていく。

 

「お前が教えてやれよ」

「え?」

 

しかしその一部である事が、自分のカケラを残せる事が少し誇らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。GWが終わってしまう……次回から少しオリジナルです。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!

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