その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth49 数秒が致命的と言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

疲れたように息を吐く。人を斬るのも殺すのもとっくに慣れきってしまったが、それでもやはり知人を斬るというのは精神にクる。

まして、自分も行なっている魔物化の成れの果てとも言える姿を見てしまえば尚更だ。ソウシ・サクラだったものが黒い塵となり、大気に消えていく。

 

───俺も、いつかは

 

無意識の内に拳を握りこむ。ここまで感情が荒れる事など、いつ以来か。それほどソウシはリヴィエールにとって特別だった。色々な意味で彼に近すぎた。

 

肩に手が置かれる。労わるように優しく触れてくる女……いや、フードとマスクで性別も傍目からはよくわからないが、リヴィエールには一目でわかる。かつてコンビを組んだ相棒を、わからないはずがない。フードからはくすんだ金髪が漏れていた。

 

「まったく、一時はどうなるかと思いましたよ」

「そうか?私には危なげなく見えたけどね」

「たしかに実力で言えばリヴィが確実に優っていましたが、相手が異常過ぎました」

「あー、まあ長引けば面倒だったかもしれないね」

「…………」

 

リュー、アイシャ、どちらの言い分も間違ってはない。しかし剣を交えたものにしかわからないこともある。その異常さがアイツを弱くしていたと知るのは【剣聖】だけだった。魔物化したソウシの剣はする前の物と比べ、たしかに早く、力強くはなっていたが、とても軽かった。

 

───なあソウ、何故だ?何故お前の剣はあんなに軽かった?

 

「…………俺も、同じなのかな」

「?なにがですか?」

 

翡翠色の瞳が不思議そうにこちらを覗き込んでくる。何でもないよ、と一度首を振り、彼女の手に触れる。鞘に納めたフラガラッハの柄頭を撫でた。心をリセットする白髪の剣士のルーティン。目を開き、前を向いた時、翡翠色の瞳から感情は消えていた。

 

「そんな事より、あっちはどうなってる」

「【白髪鬼】が大演説をぶちかましていますよ。『彼女』とやらに二つ目の命を授かったとやらで」

「なんだそれは」

「アイツ、人とモンスターの力を兼ね備えた至上の存在なんだって。アンタの同類なんじゃない?」

「俺は自分を至上などと自称できるほど自信家じゃない」

 

どの口で、と我ながら思う。事実、リューもアイシャも『お前が自信家じゃなきゃ誰が自信家なんだ』みたいなツラでこっちを見てくる。だが、これは掛け値無しの本音だ。オラリオ広し、冒険者多しといえど、自分ほど醜悪な混ざり物はそうそうないだろう。

 

「人とモンスターのハイブリッド。恐らくはレヴィスと似たような存在だろう。『彼女』とやらが何者かは知らないがな」

「…………リャナンシーのことでは?」

「それはない」

 

アイツに死者を蘇らせるような芸当が出来るとはとても思えないし、そういうことをするヤツとも思えない。命とは生きているからこそ面白い。散り際にこそ最も輝くと思うタイプだ。何よりオリヴァスを蘇らせる理由がない。アイツは確かに興味が惹かれたら何でもするが、その気にならなければ何もしないだろう。

 

そんな事を考えているうちに聞きもしない事をペラペラと喋ってくれる。食人花はその『彼女』とやらから生み出された事。食料庫に寄生させた巨大花から食人花を量産し、地上へ運び出すつもりだった事。その最終目的が迷宮都市の壊滅である事。おそらくあのクズが知りうる全ての情報を高らかに語ってくれた。

 

「…………ヤバいな」

 

回復の時間稼ぎもあるのだろうが、こうも滔々と内部情報を語る奴が、この場にいる者たちを生かしておくとは思えない。

 

予想通り、オリヴァスは巨大花に命令を下す。この場にいる全員を……

 

「やれ」

 

花から強烈な腐臭が漏れ出す。その臭いに思わずリヴィエールが硬直した瞬間、巨大な長躯が空から降ってきた。

 

「散れぇっ!!」

 

ベートの檄が飛ぶ。空から落下した巨大花はミミズのごとく、その巨躯を畝らせ、縦横無尽に跳ねた。

牙をむき出しにした顎門がペルセウス目掛けて走る。通常のアスフィなら完璧に避けられないまでも、致命傷は回避できるはずだった。しかしオリヴァスによって与えられた腹部のダメージが大き過ぎる。今全力運動をしては傷が確実に開く。

 

どうすると明晰な頭脳を懸命に動かした彼女だったが、その努力は無駄に終わる。奔る巨大花の横っ腹に凄まじい衝撃が響き渡り、その進行方向が変わったのだ。極死の牙はアスフィ達を勝手に避けていった。

 

「おお、初めてにしては息があったな」

「かったぁ!何だアイツめちゃくちゃ硬い!」

「三人がかりで進行方向を変えるのがやっとですか」

 

アスフィを守るように降り立つ三人。アマゾネスの蹴りとフードの木刀と風。そして【剣聖】の突きが巨大花に確かな一撃を与えていた。

 

「ウルス!」

「やあアスフィ。息災か?」

「貴方の魔法でやれませんか!?」

「軽口に応じる余裕はないか……『ノワール』なら魔石ごと全身焼き払えるだろうが、詠唱がなぁ」

 

魔力に反応する無数の蔦。あれを回避しつつ、アスフィ達をカバーし、詠唱を行う。どう甘めに見積もっても相当難しい。アスフィを守るだけなら何とかなるが、パーティ全員となると厳しい。

 

「この巨躯が相手では壁役(ウォール)も意味をなさないでしょうね」

「なら魔石狙い?でも新種の魔石なんてどこにあるか……ましてあの巨体から探すのは───」

 

時間がかかる。それでもリヴィなら出来るはずだ。周りの被害を無視していいという条件が必要だが。

 

「おっと」

「きゃ!」

 

暴れる巨大花の巨躯から逃げる。アスフィだけは白髪の剣士に首根っこを掴まれ、無理やり避けさせられていた。

 

「もっとマシな助け方はできないのですか!」

「命を助けてもらっといて贅沢な……お姫様抱っこして欲しいってか?俺はいいけど──」

 

同じように回避行動をとる己の女達を見る。スピードに優れた彼女達は見事にリヴィエールの動きについて来ていた。

 

「色男は大変ですね」

「うるさ──っとぉ!この持ち方守りにくいな。おい、持ち方変えるけど他意はないからな。面倒なこと言うなよ。アスフィ、後ろに手、回して」

 

返事を待たず、横抱きに抱えた。首に手を回したと同時に加速する。1秒も数えないうちに先程までいた場所が巨大な鞭で破壊された。

 

「このままじゃ俺達はともかく、ヘルメス・ファミリアパーティは全滅するな」

 

───使うか……

 

魔物化を発動させれば、この状況はなんとでもなるだろう。『咎人』の効果は身体能力の向上もあるが、最大の特徴は別にある。

 

「いけません」

 

水色髪の美女が柳眉を立てて白髪の剣士の左手を強く掴む。何をしようとしているか、所作で分かったのだろう。それも当然。左手首に飾られた無骨なバングルは彼女が作ったのだから。

 

「…ダメか?」

「ダメです。貴方の女達の顔を見なさい」

「…………うわ」

 

周囲が喧騒と殺気だらけで気づかなかった。腰の剣に手を添えるフードの女と今にも蹴りが飛び出してきそうな態勢のアマゾネス。それ以上動いたら両手へし折る。二人ともそんな意思がこもった瞳をしていた。

 

「わかった。やらないからお前らもその物騒な気をやめろ」

「はっ、命拾いしたね。ご主人様」

「情婦の自覚あるなら主人に殺気飛ばすなよ……ならしょうがないか」

 

駆けていた足を止める。剣を突き立て、そこを中心に魔法陣が広がった。

 

「じゃあ詠唱やるからお前ら俺を守れ」

「そうしたいところですが、流石に血を流しすぎました。身体が重くてガードはできません」

「私は壁役は苦手なのですが」

「私も攻め専門だからなぁ」

「お前ら……文句言うなら代案出せよ───せめてアイズがいればな」

 

思わず漏れてしまった【剣聖】のつぶやきと同時に破砕音が空洞に鳴り響く。相棒の懇願が届いたのか、はたまた惹かれ合う縁の糸が導いたのか、爆発の中を赤い光が飛翔する。煙が未だ大穴を満たす中、蜂蜜色の髪の剣士が姿を見せた。

 

「ア、アイズさん!」

「リヴィ!」

 

眼下には大混乱に見舞われる空洞が広がるが、彼女の視界にはまるで入らない。その金色の瞳に映ったのは五体満足の姿で立つ愛しい剣士のみ。

空洞から飛び降り、一目散に彼の元へと駆ける。目を見開く相棒の手を取った。

 

「勝ったんだね」

「当然。お前はまた随分と手こずってるらしいな」

 

肩で息をし、全身に裂傷の跡が見られるその様子から相当の激戦だったと推測できる。

 

「いないと思ったら、相変わらず頓狂な現れ方をしますね。貴方は」

「…………リオン」

 

ごく自然な動作で繋がれていた手を引き剥がした人物の名を呼ぶ。顔は見えずとも、かつてトリオを組んでいたメンバーの一人で、色々な意味でライバルだったリューのことを、アイズがわからないはずがない。

 

「久しぶり、元気そうだね」

「そうですね。こんなに近くで顔を合わせるのはもう2年は前になるでしょう」

 

落ち着いた声音で話し合う二人の姿は知らない者が見れば旧交を温めているかのように見える。しかしリヴィには、そしてこの場にいないリヴェリアが見れば思った事だろう。また始まった、と。

 

「まあ別段会いたくはなかったけど」

「まあ貴方がもう少し頼りになれば、私も来ませんでしたが」

「…………(チャキ)」

「…………(スッ)」

「やめろお前ら。喧嘩してる場合じゃねえだろうが」

 

無言で己の得物に手を掛ける二人を慌てて止める。

 

「…………むー」

「あのクソ白髪殺す……後でぜってぇぶっ殺す」

 

自分に目もくれなかったアイズの姿を見て、エルフと狼人から妬心が湧き上がる。ようやく【剣姫】は今の状況を把握していた。

 

「…………あれが【アリア】と【オリヴィエ】か。あんな小娘と優男が相応しいなどとはとても認められる者ではないが……まあ持ち帰るのは死骸でも構うまい」

 

オリヴァスの敵愾心が二人に向けられる。悪意を敏感に感じ取った剣の達人二人は同じ構えを取った。

 

「死ね【剣聖】!そして【剣姫】!」

 

テイムされている巨大花が並び立つ白と金の剣士目掛けてうねり出す。その直前、翡翠と金の瞳が一交錯する。それだけでこの二人には十分過ぎるコンタクトだ。

 

「【ムラクモ】?」

「……いや、【クサナギ】だ」

「了解」

 

LV.6になってから【剣姫】がずっと己に課していた封印を解く。【目覚めよ(テンペスト)】と【天を照らせ(アマテラス)】が紡がれるのはほぼ同時だった。

 

呼び起こされる風の大渦。同時に湧き上がる黒炎の泉。風が炎を巻き込み、二人の剣士を中心に漆黒の竜巻が立ち上る。

 

「なんっ……という」

 

黒炎の暴風による凄まじい熱が空洞内を埋め尽くす。天変地異でも起こっているかのような光景だったが、その嵐も収束を見せる。いや、正確には収束させられる。アイズの愛剣には黒炎が。そしてフラガラッハには暴風が付加されていた。

 

衝撃は一閃。

 

「「【クサナギ】」」

 

精霊と神巫によって振るわれた大薙が巨大花を両断する。切断面から黒炎が燃え広がり、あっという間に内部から焼き尽くした。こうなってしまっては魔石もクソもない。ただ焼け死ぬのみである。

 

彼女を取り巻く気流が黄金を溶かしたかのようなブロンドを撫で上げる。白髪の剣士がパチリと指を鳴らし、炎が収まるとほぼ同時。二人は音高く愛剣を腰の鞘に落とし込んだ。

 

「なっ……なぁああ!?」

 

敵も味方も含め、二人の偉業に身を固める。しかし、レフィーヤは身の震えが、そしてリヴィエールは戦慄が止まらなかった。

 

───アイズさんのエアリエルは超短文詠唱の付与魔法……リヴィエールさんも似たようなモノのはず

 

───風に斬撃を纏わせる。それくらいなら以前のアイズでも出来た。だからこそ可能だった焼くと斬るを同時に行う合体技【クサナギ】だ。しかし……

 

今まで行ってきたクサナギは(アマテラス)が主で(エアリエル)が従。俺が主体となって行っていた技だった。

 

しかし、いまのは完全にもってかれていた。合わせるのに必要だろうと俺が感じた魔力どころか、全開状態のアマテラスを無理やり引き出された。今のクサナギは明らかにエアリエルが主でアマテラスが従だった。この俺が従属させられた。

 

───これがレベル6になった、今のアイズの『風』……目覚め始めた精霊【アリア】の力の一端

 

戦慄が走る。現時点ではまだ俺の方が上だ。しかしこの天才が俺を超える日は予想より遥かに早いのかもしれない。

 

───アイズさん、リヴィエール様……あなた達を最強の一角に押し上げていたのは明らかに魔法の力。そのアイズさんがレベル6になった。リヴィエール様もそれ以下という事は無いはず。純粋な白兵戦なら団長すらも越えて、もうこの二人を止められるものはこの二人しかいない!

 

「ぐっ、まだだ!まだ食人花を使えば……」

「そちらの処置は既に完了しています」

 

最後の一匹の頭を跳ねたフードの女が悪あがきする怪物もどきに絶望を突きつける。周囲を埋め尽くしていた食人花達はリューとアイシャの手によって壊滅していた。

 

「私達三人がこの場に揃った時点で、貴方の目論見は瓦解していたのです」

「チェックメイトだ、亡霊」

 

静かでいてよく響く声が空洞を埋め尽くす。無事だったヘルメス・ファミリアの面々も集結し始める。もはやこの場に残っている敵勢力はオリヴァスのみ。油断なく囲めば詰みだ。

 

「…………ほう」

 

オリヴァスを庇うように女が立つ。刃で無理やりちぎったような赤髪に緑色の瞳。戦闘の跡が全身に刻まれ、豊かな胸が布を引き裂かんばかりに押し上げられている。荒々しさと凛々しさを同居させた、野性味溢れる美女がリヴィエールの前に立った。

 

「誰かを庇うタイプには見えなかったが……まあやるというなら相手になるぞ」

「…………茶番だな」

「───え」

 

いつ仕掛けられてもいいように構えていた。何をされても対処できる自信があった。しかしそれでも、この場に集った手練れたちはレヴィスの行動に度肝を抜かれる。彼女は敵である自分たちではなく、味方のはずのオリヴァスの胸元を素手で抉っていた。

 

「なっ」

「…………まさか」

 

レヴィスの行動の意味について、リヴィエールの聡明な頭脳は概ね正解に辿り着いていた。そしてそれは現実となる。

 

オリヴァスから魔石をえぐり取る。黒塵となって彼がこの世から消え去るより早く、レヴィスの足は彼の死体を踏み潰した。

 

「…………強化種、か」

 

極彩色の魔石を口に含む。それとほぼ同時、【7つ目の感覚】が警鐘を鳴らす。明らかにレヴィスの威圧感が増した。

 

「「───っ!?」」

 

リヴィエールに一撃、そしてアイズには体当たり気味に斬りかかる。超人的反応で二人とも不正ではいたが、その烈火の勢いを止める事は出来なかった。デスペレートが中空を飛び、フラガラッハは衝撃に震えた。

 

───重いっ、肘まで痺れた。先に見たアイツとはまるで別人!

 

「加勢に行きますか?」

「いや、アレはアイズに任せよう。それよりも───」

 

視線を食料庫へと向ける。巨大花が両断され、大主柱に寄生する宝珠が肉眼で確認できるようになっていた。

 

「───っ!?」

「ハァイ、リヴィエール」

 

背筋に嫌な感覚が奔る。思わず飛び下がるとほぼ同時、赤黒の閃光が地面を抉った。

 

「後で絶対戦ってくれるって言ったわよね。約束、果たしてもらうわよ」

「お前は本当にいつもいつもっ」

 

槍と剣が交わり、剣戟の音が大空洞に鳴り響く。目にも留まらぬその交錯は周囲にいた人間を弾き飛ばした。時間にして数秒の出来事だったが、冒険者達の動きは完全に止まってしまう。

 

そしてその数秒がこの場では致命的。

 

紫のローブが空から降ってくる。彼はまっすぐに宝珠へと向かい、拾い上げた。

 

「完全ではないが充分に育った!エニュオのところへ持っていけ!」

『ワカッタ』

「くそっ、アイシャ!リュー!宝珠任せる!こいつは俺がやる!」

 

張り上げた声を聞き届けたアマゾネスとフードの女は主人の願いを叶えるべく駆ける。しかしそれも数秒遅い。赤髪の調教師は手を打っていた。

 

「ヴィスクム!産み続けろ!燃え尽きるまで力を絞り尽くせ!」

 

瞬間、大空洞が鳴動する。その震えに誰もが躊躇を見せたまた数秒が事態を悪化させる。

 

天井、壁面、空洞内のありとあらゆる場所にへばりついていた未成熟な食人花が地に落ち、そして一斉に開花した。

 

「───怪物の宴(モンスター・パーティ)

 

誰かが呆然と呟いたその一言が導火線に火をつける。声にならない絶叫を上げた食人花達が全方位から一斉に襲いかかった。

 

「無理無理無理無理だってぇ!」

「離れるな!潰され……グァアッ」

 

歴戦の第二級冒険者達の戦意が完全に折られる。押し寄せる無数の触手から彼らは逃げ惑った。

 

「っ、どけリャナンシー!」

「ダメよ、私以外を相手にしたければ、私を殺してからにしなさい」

「【アマテラス】!」

 

黒の業火が剣から湧き出る。槍ごと焼き尽くすつもりでアマテラスを展開させた。

 

「あらっ、と」

 

流石に身の危険を感じたのか、飛び下がる。行動としては正しい。俺がリャナンシーでも同じ事をしたかもしれない。だが、距離を取るという事は、お互い数秒の空白ができるという事。

 

そして、その数秒が致命的。

 

左手を顔の前にかざした。黒塵が全身から溢れ出す。後で女達にキレられるのを覚悟で、課していた封印を解き、【魔物化(モンスター・フォーゼ)】を発動させる。腰まで伸びた白髪が一瞬で黒く染まり、翡翠の瞳は琥珀へと変化した。

 

「【モユルダイチ】」

「───なっ」

 

たまたま二人の戦いが視界に入っていたレフィーヤが狼狽する。それもそのはず。長文詠唱である【モユルダイチ】を無詠唱で発動させたのだから。魔法の知識がある者なら驚かない方がおかしい。

 

「【固定(スタグネット)】。『アマノイワト』」

 

拳を握りこむ。巻き起こった黒炎の爆発がリャナンシーを中心に取り囲み、炎の牢獄を形作った。並の使い手なら骨すら残さず灰燼と化すだろうが……

 

「まあお前ならなんとかしちまうだろうな」

 

しかし動きは縛った。数秒、黒髪の魔法剣士が再び自由となる。そして今のリヴィエールならば、数秒あれば充分。

 

「【間もなく、焔は放たれる。逃れえぬ黒焔、繰り返される破滅。漆黒き灯は悉くを一掃し、新たな戦火の狼煙を上げる。回れ回れ戦いの歴史、王の業、その全てを糧として、振り上げた罪のつるぎは血を啜る。邪に染まりしスルトの剣、天照す世界を落陽に至らしめろ───我が名はウルズ】」

 

黒髪の大魔導士の指先に漆黒の光が集い、大地が鳴動する。先程ソウシに撃ったモノとは比べ物にならないほどの強烈な魔力がリヴィエールの指先一点に集中する。

 

『ォオオオオォオオオオっ!!』

 

集められた巨大な魔力に食人花達が反応し、一斉に襲いかかる。「ウルス」と叫ぶアスフィの悲鳴や余波に蹴散らされたヘルメス・ファミリアの連中が視界に入るが、【剣聖】は揺るがない。この場では生きるも死ぬも当人の責任。同情も憐憫も戦士達への侮辱に当たる。

 

「させません!」

「こいつに触れていいのは私だけだよ!」

 

全方位から襲いかかる無数の触手からの猛攻をアイシャとリューが数秒稼ぐ。手数で言えば圧倒的に劣るため、長くは持たない壁役だったが、今や世界最高の魔導士と言って過言ではない彼ならば、数秒あれば充分。

 

「【ノワール・レア・ラーヴァティン】」

 

スキル『咎人』。その効果には身体能力の向上や魔力の増大がある。それらももちろん強力な特性だが、黒塵を転用した魔物化最大の特性は別にある。リヴィエールはハイエルフの血を受け継いでいるのだ。スキルの効果は魔法の補助に回される。

 

スキル【咎人】

・超常の力の行使

・背負った咎の重さにより効果上昇

・自身が保有する魔法の速攻魔法化

 

つまり、魔物化したリヴィエールは【王の理不尽】で盗んだ魔法は無理だが、本来彼自身が保有する魔法は速攻魔法とすることができる。先の詠唱破棄した【モユルダイチ】がその使用例に当たる。

通常状態の時と威力はさほど変わらず、詠唱を無視できるという、まさに王の理不尽と呼ぶにふさわしい反則技。

勿論、この反則技は詠唱が出来なくなるという事ではない。そして言わずもがな、詠唱を完成させた方が威力は段違いに上がる。

魔物化状態による、完全詠唱【ノワール・レア・ラーヴァティン】。それはもはや【九魔姫(ナインヘル)】は勿論、【西の魔女(ウィッチ・オブ・ウィッチ)】と呼ばれた伝説の魔導士すら超える超広域殲滅魔法と化す。

 

リャナンシーが黒炎の檻から脱出した時、大空洞内には巨大な火柱が立ち上り、漆黒の炎の世界を展開させていた。

 

「───フゥッ!」

 

魔物化を解除する。翳した左手を払った時、瞳は翡翠色へと戻り、黒く染まった髪は再び色素を失った。

 

「そん、な……」

 

一部始終を見ていた青年の姉弟子は全身から魂が抜け落ち、崩れ落ちる。未曾有の体験を前に、彼女は震える事さえ出来なかった。

レフィーヤはかつてリヴィエールの【ノワール】を何度か見ている。リヴェリアの本家【レア・ラーヴァティン】もだ。二つとも凄まじい広域殲滅魔法であり、今の自分などでは足元にも及ばないと自覚している。

しかし、その二つでさえ、天秤の対として、あまりに軽すぎる力を目の当たりにしてしまった。魔導士といえど……いや、優秀な魔導士だからこそ、心が折れてしまう。

 

───先天的な魔法種族ではない、ヒューマンであるはずの彼が、リヴェリア様すら遥かに超える威力の魔法を放つ。

 

そして、アイズも。リヴィエールは程ではないとはいえ、超短文詠唱の付与魔法【エアリエル】で、巨大花を両断するほどの風を放った。

 

そんな事、あり得るはずがない!

 

───アイズさん、リヴィエール様。貴方達の魔法は異常です

 

「っ、オリヴィエめ!」

 

黒炎の大爆発から辛うじて逃れていたレヴィスが、数秒リヴィエールに気をとられる。この行為を責めることはできまい。人が極寒の中で震えを止められないように、強敵に対し、警戒を見せるのは戦士の本能だ。

 

しかし今のアイズを相手にしては、その数秒が致命的。

 

「………決めろ、アイズ」

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

デスペレートを回収したアイズの渾身の袈裟懸けがレヴィスを捉えた。

 

 

 

 

 




後書きです。最後まで書ききれなかったorz。次こそ黒衣のクエスト篇終わらせます!それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂けたら幸いです。

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