その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth48 とても辛いと言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食料庫を目指していたレフィーヤ達一行はリヴィエール達と同じように緑壁の門を破壊し、侵入を果たしている。変容した異様なダンジョンの姿を見た彼女らは尋ね人達への心配を強くした。

 

「急ぐよ」

「私に命令しないでください」

 

足早に駆けながらアマゾネスとフードを被った女が軽くぶつかる。何が気に入らないのか、この二人は此処に来るまでにしょっちゅう小さな諍いを繰り広げていた。

二人とも凄まじい手練れだ。アマゾネスの方はレフィーヤも知っている。【麗傑】の二つ名を持つイシュタル・ファミリアのエース。そして先日ブティックでリヴィエールと二人でいるのを見たのは記憶に新しい。あのリヴィエールに認められた存在なのだ。実力は折り紙つきだろう。

もう一人は知らない。というか、顔を隠しているのでわからない。だが、実力者であることは間違いない。動きは凄まじく速い。アイズに迫る……アイズ贔屓のレフィーヤすら、下手をすれば匹敵するのではと思わせるほどだ。しかも彼女は複数の食人花に対し、高速戦闘を行いながら長文詠唱を行うという離れ業をやってのけた。

レフィーヤが知る限り、並行詠唱の達人は二人……いや、三人いる。一人は師であるリヴェリア。もう一人は弟弟子のリヴィエール。そしてこの冒険でもう一人増えていた。それがフィルヴィス・シャリア。デュオニソスファミリアが今回の冒険に寄越した魔法剣士。自身を醜いと思い込み、そして自分は美しいと心から叫んだ同胞。

いずれも途轍もない使い手だ。自分など足元にも及ばない、強く、美しい者達。リヴィエールをその中に入れるのは業腹だが、認めないわけにはいかない。

しかし、このフードの女はその三人に勝るとも劣らない。詠唱を行いながらも、戦闘の速度はまるで落ちない。フィルヴィス……いや、リヴェリア以上の並行詠唱の使い手。高速戦闘を行いながら、長文詠唱を行える冒険者など、レフィーヤはリヴィエール以外に存在したとは、想像さえ出来なかった。それもそのはず。あれほど滑らかな並行詠唱は、激戦の中、守られることなく『必殺』を扱う、死と隣り合わせで戦い続けて初めて身につく事を、レフィーヤは他ならぬリヴィエールに教えられてきたのだから。

 

───それでも、リヴィエールさんが魔法を扱う時は『魔法円』がある。

 

しかし彼女にはソレがない。だから魔法剣士ではない。しかし、美しく、激しく、どこまでも孤高であるその姿はリヴィエールとよく似ている。彼にも思ったことだが、この人は『エルフの戦士』という形容が最も相応しいだろう。二人とも美しく、強い。『面食い美人好きロキと同類』レフィーヤとしては、アマゾネスはともかく、フードの女性とは仲良くしたいのだが……

 

「大体なんであんたまで付いて来てんのさ。リヴィエールと関係ないだろう」

「私は、椿さんに“小太刀を届けてくれ”と頼まれてリヴィを探しにきたのです。言うなればクエストです。それに私は彼と10年来の付き合いがあるのです。何でもとは言いませんが、少なくとも貴方よりは彼の事を知っています。私に任せてください。貴方とは年季が違います」

「人との付き合いに時間なんて関係ないんだよ。あんた本当にリヴィエールの事知ってんの?あいつ噛み癖あんの知ってる?ああ、エルフってそういう事出来ないんだっけ?」

「アマゾネスのように下品ではないだけです。心に決めた相手であれば、私たちも手を重ね、心を重ね、肌を重ねます。リヴィエールと私も同様です」

 

エルフとアマゾネスという、結びつけようとしても結びつかない存在を無理やり繋げたのは、リヴィエールである事を知るのに時間はかからなかった。

 

───あの人はまったくもう……アイズさんという人がありながら

 

あの白髪の魔法剣士を心から尊敬しながらも、認めたくないのはこういう所があるからだ。英雄とは色を好んでしまう。わかってはいるが、自分は嫌だ。

 

とまあ、常に険悪なムードのパーティではあったが、モンスター達の死骸の跡が多くあったため、それをたどり、大空洞へ向かうのは難しくなかった。

 

「ったく。どういう状況だっての」

「あ!」

「見つけた!」

「うわ」

 

大空洞に出来た巨大な洞穴から一人の男が飛び出してくる。尋ね人の一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは激化していた。魔物化によって爆発的に上昇したソウシの圧倒的な身体能力と縮地を超えた縮地に対し、リヴィエールは技倆とスキル【7つ目の感覚(セブン・センス)】による先読みで対抗する。身による不利を技で埋め、戦況は拮抗を見せていた。

体はソウシが、技はリヴィが勝る。総じて互角。均衡を打開するには他の何かが必要だった。

【天剣】はその何かに魔法を選んだ。

 

「【塵刹穿つは牙狼の顎門。誠の旗に集いし、壬生の狼。我は長を守る先陣の牙。牙狼を律する鉄の掟の下、三度の穿刺によって汝の天命を断つ。一歩音超え、二歩無間、三歩絶刀。『絶劔・無窮三段』】!!」

「なっ!?」

 

魔物化+身体強化によって放たれた三段突きは最早突きではなく、ブラスターの領域。剣圧と斬撃は黒い閃光と化し、リヴィエールに襲いかかった。ソウシが身体強化系スキル及び魔法の使い手だった事は覚えていた。しかし、リヴィエールの記憶の中で、ソウシの技に飛び道具はなかった。完全に虚を突かれた形になってしまう。

 

「【盾となれ、ゲオルギウスの鎧】」

 

回避は不可能と判断した【剣聖】は短文詠唱の防御魔法『ル・ブルー』を使う。発動と同時に飛び下がり、防御態勢を取った。

 

発動した青いベールは三段突きに数秒耐えたが、貫通する。防御態勢を取っていたリヴィエールを捉えた。

 

「──っォオオオオおぉ!」

 

ブラスターをフラガラッハで受ける。しかしブラスターの勢いは止まらない。地面に後ずさりの跡が一直線に引かれ、緑壁を突き抜けた。

 

「──っとぉ」

 

空中に投げ出されたリヴィエールはアマテラスにより生じさせた熱気流で態勢を整え、着地する。派手に飛ばされたが、ダメージはほぼゼロに抑えた。

 

「……あの野郎、何が『自分は剣士です。ビームなんか撃ちません』だ。思いっきり撃ってるじゃないか」

 

リヴィエールの脳裏に浮かんだのはかつて彼女の前で魔法を使った時の記憶。有象無象を吹き飛ばした時、たしかに彼女はそう言っていた。

 

───まあ本人にしてみればビームとは違うんだろうが……

 

この結果を見てしまえば、ほとんど変わらないと思ってしまうリヴィエールの思考も、理不尽とは言えないだろう。

 

「あ!」

「見つけた!」

「…………うわ」

 

戦闘中に場が変わる事などいくらでもある。一々周囲の確認などしないという戦士の本能が災いした。どうやら目的地だった『食料庫』にまで飛ばされたらしいと、見知った二人の声を聞いて初めて気づいた。アマゾネスとエルフ。随分と珍しい組み合わせが揃ってる。

 

「ウル……ス」

「───こっちもまた信じがたい光景だな。アスフィ・アル・アンドロメダともあろう女が」

 

傍らから聞こえるか細い声。抱き起こし、ハイ・ポーションを飲ませ、虎の子の万能薬を傷口に塗る。惜しいとは思わなかった。

 

「ぐぅっ」

「我慢しろ」

 

多少染みるだろうが、これで死にはしまい。聖衣の一部を千切り、患部を圧迫した。水浸しの美女の顔を拭ってやる。

 

「【癒しの光よ、御手を御触れに】」

「……ゴホッ、ゲホッ。すみません。エリクサーどころか、魔法まで」

「くだらない事が言えるならまだ大丈夫そうだな。で?お前の腕を以ってして、ここまで窮地に追いやったあの骨兜と白ローブどもは何者だ?」

「──骨兜の方は……わかりません。ただ、白ローブ達は死兵です。体中に火炎石を巻きつけています」

「…………なるほど、どうりで爆炎の跡が多いわけだ」

 

そこら中で緑壁が焦げ付いている。立ち込める匂いから、アスフィもバースト・オイルを使用したのだろうが、爆発の跡は空洞中に散乱していた。一人の意思ではこうはならない。アスフィが惜しげもなくアイテムを使った上で、このザマ。ほかのヘルメス・ファミリアの連中では話にならないだろう。はっきり言って足手まとい。

 

「おい!人のこと無視してんなウルス!」

「これは一体どういう状況なのですか、リヴィ!!」

「…………ったく、ただでさえ面倒な状況だってのに。で?なんでアイシャとリ──お前らが此処にいるんだよ。三十字以内で簡潔に述べろ」

「「お前(貴方)が【剣姫】を助けに行ったっきりなんの連絡もよこさず消えるからだろうが(でしょう)!!」」

「…………ああ、言われてみれば」

 

アイズがウダイオスに挑みにいって、もう一週間以上が経つ。その間リヴィエールの寝泊まりはダンジョンの中やエイナの家だった。何かしらの言伝を頼んだ覚えはたしかにない。

 

───それでロキ・ファミリアに俺の動向を聞きに行って鉢合わせたってわけか。

 

「しかしアイシャはともかく、お前とダンジョンを共にするのは随分と久しぶりだな。ここにアイズがいれば『エウロス』勢揃いだ」

「………また懐かしい名前を」

「そうだ、リヴィエールさん!アイズさんは!?一緒じゃないんですか?」

「おい!どういう状況だクソ白髪!お前こそ説明しやがれ!」

「レフィーヤ達まで───説明してやりたいところだが、生憎と俺も今忙しくてな」

 

破壊された壁穴を睨んだ。瞬きする程の間もなく、甲高い金属音が鳴り響く。音が止まった時、細身の剣がかち合い、鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

「──て訳で悪いな。出来る限りフォローはするが、こいつの相手で割と手一杯だ。お前達、ヘルメスファミリアを助けてやってくれ」

 

剣尖が交錯する。金属音のみを残し、二人の姿が消えた。

 

「…………怪物だ」

 

二人が戦う様を見てか。それともこうして剣を合わせている彼女を見てか。どちらにしても二人のことを指しているには違いない。鍔迫り合いをしながらこちらを睨む琥珀色の瞳は最早俺を捉えているとは思えない。身体からは炎のような黒塵が立ち上り、その姿は魔人と呼ぶに相応しいモノだった。

 

───三段突きの少し前から口数が少なくなったとは思っていたが……

 

呑み込まれかけている。かつての俺と……アスフィと研究を重ねる前の俺と同じ、呪いを制御できず、魔物に呑まれかけた、俺と。

その自覚は恐らくソウにもある。当然だ、俺にもあったのだから。

 

───怪物か。正しい表現だ。狂っている。お前も、俺も

 

狂っている事がおかしいとは思わない。狂の部分がない者など、冒険者には向いていないと言っていい。しかし、その中でも俺もアイズも、そしてソウも異質と言えた。

故に俺が斬らねばならない。こいつを剣士と認めているのは俺しかいない。

 

「暴れろ、食人花(ヴィオラス)!!」

 

天井の人を喰らう花達が複数落ちてくる。醜悪な牙をギラつかせ、その巨体をうねらせた。ヘルメス・ファミリアから悲鳴が上がる。

 

───チッ、あの硬さとデカさで暴れられたらソウに集中出来ない

 

「ったく、予想に違わぬ足手まといっぷりだぜ!アイシャ!リュ、フードの!ちょっと派手な技を使う。俺の間合いに誰も入れるな!あと足手まといども!死にたくなかったら俺の視界から外れるな!」

 

逆袈裟に切り上げ、距離を取る。荒れ狂う食人花、火炎石を纏った死兵どもの狂気。止めるにはコレしかない。出来れば剣士として戦いたかったが、仕方ない。先までの戦いで、準備は済ませている。

 

「【──献上せよ】」

 

『王の理不尽』・発動。

 

「レフィーヤ、よく見ておけ」

 

妖精に愛された妹弟子に向け、言葉を飛ばす。いずれ越えるべき対象の技を見ておくのは確実にプラスになるはずだ。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

ソウシの剣を受けながら、長文詠唱を開始する。剣戟の激しさは増すばかりだというのに、その唄は力強く、流麗に紡がれていく。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】」

 

王の唄に、絶対零度の氷結魔法が屈した。

 

【ウィン・フィンブルヴェトル】

 

放たれる純白の光彩。ソウシに向けて飛ぶかと思われたソレはあさっての方向へと飛翔した。

 

「あ?」

「バカ!どこに撃って──」

「お前達、動くなよ。【固定(スタグネット)】」

 

アイシャの非難の声は途中で中断される。リヴィエールが空に向けて放たれた手を握りこむ。すると、空を翔けていた純白の光彩は中空で固定された。

 

「うぉおおおお!ザリウスぅうう!!」

「この愚かなる身に祝福をぉおお!!」

「【解放(リリース)。降り注げ】」

 

食人花の牙に捕まった者、道連れにすべく、死の導火線に手を掛けた者達が行動を起こす直前、白髪の魔法剣士がタクトのように指を振る。絶対零度の雲から白雷が落ちた。

 

「チッ、一匹外した」

「…………コレが【剣聖】か。なるほど、怪物だ」

 

氷の落雷を骨兜の男は避けている。しかし、他はほぼ全滅。空洞中が白く染まり、その煙が晴れた時、食人花の牙に捕らえられ、命を火種に爆散しようとする死兵達は、食人花ごと骨の髄まで氷結の檻へと閉ざされていた。パチリと指を鳴らすと、氷のオブジェと化した食人花達は砕け散り、まるでダイヤモンドダストのような輝きを見せた。

 

「…なん、という」

「こ、こんなの、リヴェリア様でも見た事ありませんよ」

 

これ程の乱戦の中、味方は避け、敵のみをロックオンし、凍らせる。確かにこうなってしまえば、火炎石も意味をなさない。リヴィエールは荒れ狂う爆炎の嵐ごと、氷の牢獄に封じ込めた。無事なのは食料庫の心臓である赤水晶の柱。そしてそこに絡みつく三体の宿り木のみ。

 

「でもまあ、雑魚の掃除程度は出来たか。ベート、骨兜はお前に任せる。アイシャ、アスフィを頼む」

「アンタはどうすんのさ」

「俺はこっちだ」

 

破砕音が鳴り響く。ソウシも氷の落雷を避けてはいたが、少し余波は食らっていたらしい。腕に纏わり付いていた氷を剣で払い、師に殺気を向けていた。

 

「───彼女、強いですね。手伝いましょうか?」

「いらない。手を出すなよリュー……さて。お待たせした。相手をしよう」

 

握った手に力がこもり、チャリと剣が鳴る。仄かに青く輝く刀身の煌めきが濃くなった。

 

二人の姿が消える。目で追えたのはリューだけだった。目まぐるしく攻守が入れ替わり、剣戟の音だけが響く。

 

「これが、第一級同士の戦い……」

「リヴィエールさんと、互角!?」

 

身体能力においても、剣の技倆においても、レフィーヤにとってリヴィエールは間違いなく最強の存在だ。単純な強さでいえば、悔しいがあのアイズすら上回る事は、本人さえ認めているので認めざるを得ない。

その彼を相手にあの褐色の肌の女は互角に立ち回っている。事もあろうにあの【剣聖】を相手に剣で。そんな事が出来る者の存在すら、レフィーヤには信じられなかった。

 

───いえ、正確には互角ではない

 

見る者が見れば、リヴィエールにはまだ余裕があることに気づいただろう。事実、リューは気づいた。彼の受ける剣には焦燥がない。逆に、女の剣には焦りがある。よくよく見ればリヴィエールの攻撃は何度かガードを抜けている。尋常ならざるタフネスと回復力で誤魔化しているだけだ。押しているのは明らかにリヴィエール。

 

「どうしたソウ。教えたはずだぞ。剣ってのは女と一緒だ。焦って闇雲に扱っても答えてはくれない。剣の呼吸を聴き、嫌がらないようにそっと筋をなぞってやるんだ」

「───っ!!」

 

バックステップで距離を取った。そのまま姿を消す。

 

───縮地の連続使用。速度で撹乱しにきたか

 

悪くない。縮地の速度で引っ掻き回されるだけでも厄介なのに、魔物化したソウシの縮地はほぼ瞬間移動に近い。まともにやり合ってはリヴィエールすら速度負けする。

 

死角からソウシの剣が襲いかかる。その全てにリヴィエールは反応してみせた。

 

「剣から意が消せていない。それでは幾ら早くても物の数じゃないよ」

 

迸る殺意が信号となり、どのタイミングでくるか、全て教えてくれる。速度は確かに神速。最強の域だが、【剣聖】にかかればテレフォンパンチだ。

 

「お前、魔物化使うの何回目だ?二回……下手したら初めてか?いずれにせよ多くはあるまい。実戦で、しかも俺相手に使うには五年早いよ」

「…………っ」

「お前に斬られるならそれもまた……と思ったんだがな」

「ダマれ!」

 

力任せに剣が振るわれる。衝撃を利用し、先よりかなり遠くまで距離を取った。

 

「【塵刹穿つは牙狼の顎門】」

「───なるほど、剣技で対抗するのは諦めたか」

 

腰を落とし、突きの構えを取るソウシ。詠唱を始めた彼女の剣には漆黒の光が収束する。

 

「対処法はいくつかあるが……師として逃げるわけにはいかないか」

 

スッと何かを掴むように僅かに開き、左手を突き出す。魔法円が浮かび上がると同時に、リヴィエールの手にも黒い光が集い始めた。

 

「【間もなく、焔は放たれる。逃れえぬ黒焔、繰り返される破滅】」

 

詠唱を始める。コレはエルフから盗んだ物ではない。リヴィエール・グローリア本人が生まれ持つ、現在確認されている王族(ハイエルフ)最強の攻撃魔法。

 

「【誠の旗に集いし、壬生の狼。我は長を守る先陣の牙。牙狼を律する鉄の掟の下、三度の穿刺によって汝の天命を断つ。一歩音超え、二歩無間、三歩絶刀】」

「【漆黒き灯は悉くを一掃し、新たな戦火の狼煙を上げる。回れ回れ戦いの歴史、王の業、その全てを糧として、振り上げた罪のつるぎは血を啜る。邪に染まりしスルトの剣、天照す世界を落陽に至らしめろ───我が名はウルズ】」

 

二人の詠唱が終わったのはほぼ同時。長文詠唱であるにもかかわらず、完成速度がソウシの魔法とほぼ同時だったのは、マスタリーと経験、そして才能の差。

 

「【『絶劔・無窮三段』】」

「【『ノワール・レア・ラーヴァティン』】」

 

二つの黒き閃光が二人の天才剣士から同時に放たれた。しかし、拮抗は一瞬。

 

「チッ、逸れたか。食料庫の赤水晶ごと吹き飛ばすつもりだったんだが」

 

ブラスターがダンジョンの緑壁に風穴を開ける。空いた風穴の底は見えない。無窮三段を突き抜けてなお、【ノワール・レア・ラーヴァティン】は全く衰えを見せないまま、巻き込む全てを吹き飛ばした。

 

「───ゴブっ、ガハッ!?」

 

ソウシも無論、ノーダメージではない。右肩から先が消し飛んでいた。傷口がアマテラスで燃えていた為、出血はしていなかったが、余波で内臓が傷ついたのだろう。ソウシは膝から崩れ落ち、喀血した。

 

「───っ、」

 

もう一方の戦いも佳境に入っていた。大空洞に雷鳴に似た何かが響く。レフィーヤが放った『大閃光(アルクス・レイ)』がベートの魔法吸収性能を持つブーツに直撃し、加速された蹴りが骨兜にめり込んでいた。

 

「傷口が……」

 

ベートの一撃を受けた腹部が。そしてリヴィエールが撃ち抜いた事によって吹き飛んだソウシの右肩が異音と共に治っていく。

 

「オリヴァス・アクト……」

 

増援に来た見知らぬエルフから漏れた名に、一同が驚愕する。唯一平静を保っていたのは白髪の剣士のみ……いや、彼も少なからず動揺はしていた。目の前に前例がいるから、耐性が出来ていたに過ぎない。他人に興味の薄い彼にしては珍しく、その人物の名前は知っていた。その事件に関して、かつて黒髪だった男は無関係ではなかったから。

 

「…………また死人、か」

 

アスフィの張り裂けるような喚声に、リヴィエールの呟きは掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──人間と怪物の混じり……コレは俺やソウシと同種、というよりはレヴィスに近いか

 

自身を人とモンスターの力を兼ね備えた至上の存在と豪語する骨兜を冷静に分析する。そして同時にもう一つの謎も解ける。何故人間であったはずのソウシが魔物化出来たのか。【剣聖】の明晰な頭脳は、概ね真実にたどり着いていた。

 

「──リヴィ、手伝います」

 

両腰に携えた刀に手をかける。手を出すなと言われていたエルフの戦士が問答無用で戦闘に介入することを宣言する。二人の戦いの一部始終を見ていた彼女は、リヴィエールの剣や魔法がソウシを捉えていたのも確認している。しかしそれでも立ち上がり、凄まじい再生力を持つこの怪物に、リューは最大限の警戒を見せていた。

 

「───心配いらないさ、リュー」

 

リヴィエールが怒ろうと構わないと思っていたリューだったが、予想に反し、彼は穏やかだった。

 

「もう決着はついている」

「…………ゴブッ」

 

くぐもった音が魔物化したソウシ

の喉から漏れる。膝から崩れ落ち、口の端から黒が色濃く混じった血が吐き出された。

 

「これが───」

「話に聞いた……魔物化の副作用…………でも、アンタのより随分様子が酷くないか?」

「───ソウシ。実はな、ダメージ覚悟で戦えば、仕留められるチャンスは何回かあったんだ」

 

リューとアイシャの疑念をよそに、聞こえている様子のないかつての弟子だった女に、優しく話しかける。いつも察しが良いくせに察しない、傲岸不遜のリヴィエールだが、親しい者には優しく、少し甘い。

 

「もう50合以上剣を重ねたが、俺はほぼ無傷だろ?魔物化したお前の剣は確かに凄まじく早く、重く、強かったが、反面とても見やすく、読みやすかった。身体の上ではとても強くなったが、技の上では酷く弱くなっていた」

 

ソウシの剣には焦りがあった。自分が自分でいられなくなる、魔物に呑まれている、魂を喰われているという自覚。肉体的な限界。それら全てを理解しているからこそ、剣に焦燥が生まれていた。

そして、人の動きとは焦りという要素一つ入るだけで酷く読みやすくなる。それでもこの【剣聖】がリスクを背負わなければ倒せないというのは凄まじい事なのだが。

 

「でも俺はリスクを負わなかった。冒険者は決着を急いではいけない、とは言わないが、避けられるリスクは避ける必要がある。無事にダンジョンを出るまでが冒険だからな」

 

故に白髪の冒険者は決着を急がなかった。ヘルメス・ファミリア達も……正確にはアイズとアスフィのことを考えないわけではなかったが、一度自分の意思でダンジョンに入った以上、死ぬも生きるも自己責任だ。

 

「そしていずれ限界が来ることもわかっていた。経験上、魔物化の制御は魔法の才能がないとほぼ不可能。ソウ、お前剣の天秤はたしかに天才的だが、魔法に関してはヒューマンの中でも並かそれ以下。長く持たないだろうことは容易に予想がつく」

 

恐らく半怪人になる事で身体を強化し、無理やり成立させていたんだろうが、所詮は付け焼き刃。ヒューマンどころか、エルフと比べてもズバ抜けた才能を持つリヴィエールすら、15分が安全圏なのだ。

 

「…………ぁあ───ァアアああアっ!?」

 

虚ろに揺蕩う真鍮色の瞳が見開かれた瞬間、魔人は膝から崩れ落ち、尋常ならざる苦しみを見せる。喉が裂け、血が吹く程叫び続け、のたうちまわり始めた。

 

「…………卑怯だ、などと罵ってくれても構わないがな。ダンジョンなんだ。なんでもアリは承知の上だろ」

 

剣を捨てて胸の魔石をかきむしるソウシの姿を悲しみと慈しみが入り混じった瞳で見つめる。

 

───ソウ。今のお前にどれだけお前が残っているかはわからないが……わかってもわからなくてもいい。感じ取ってくれ

 

「強くなったな。本当に。一太刀交えればわかる。身体能力は勿論、技も、経験も、6年前とは比べ物にならない…………でも、なんでかなぁ」

 

先輩(マスター)

 

あの頃の方が、強かった気がする。ひたむきで、眩しかった、ただひたすら剣が好きな少女だった、あの頃の方が。

 

追憶の中、天真爛漫に笑い、尊敬の目で見つめてくる彼女が最も強く脳裏に過ぎる。そして闇の中、剣を向けた俺を、多くの何故が浮かび、睨みつける目が、かつての師の心を埋め尽くした。

 

哀しみも、辛さもある。しかし涙は出ない。二人とも、戦士として選んだ道だ。後悔はない。それでも、感情は消せなかった。

 

───辛いよ、ソウ。愛弟子を二度も斬るというのは、とても辛い。でも、それでも。だからこそ。

 

ソウシの復讐が間違っているとはとても思わない。だが、こちらも斬られてやるわけにはいかない。ならばこの復讐に報いることが、師としての最後の責務。

 

「冥土の土産だ。俺の最高の剣技を見せてやる。コレが【剣聖】の技だ。目ん玉見開いてよぉく見てな。俺の技は刹那に終わるぞ」

 

細身の剣を鞘へと収める。白銀の刃が収まるその一瞬、蒼の漣が煌めいた。

腰を落とし、やや前傾になりつつ、少し右手を下げる。居合、それも抜刀術の構えだ。かつてオッタル相手に見せたものより更に速度特化の型。

 

───さよなら、ソウシ。愛していたよ

 

『瞬天殺』

 

銀色の閃光が鋭く光る。リューが剣光と認識した時、乞食清光の剣先は吹き飛び、ソウシの魔石が砕ける。【剣聖】が音高くフラガラッハを鞘へと落とし込んだ時、褐色の肌が白磁へと戻っていた。彼女の肢体が黒塵と化す。

 

消えていく

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で黒衣のクエスト篇、終了予定です。年内にあと一話書けたらいいなぁと思う います。それでは励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂けたら幸いです。

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