その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth47 助けに来ないと言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………コレが」

 

目の前で起こった現象を見て、水色髪の美女は愕然とする。彼のアイディアに加え、自身が手を貸し、ついに実用段階に至った実験だった。成功率はそれなりに高いとも思っていた。そして二人で完成させた研究は成功した。だというのに、今、アスフィは研究の成功を強く後悔していた。

闇より暗い黒髪を背中まで伸ばし、漆黒が琥珀色の瞳を囲っている。額に極彩色の魔石が輝く魔人が炎の中から現れた。正真正銘ヒューマンである彼の姿が目に見えて変貌する衝撃は、想像以上に凄まじい。

しかし、それだけならここまで驚くことはなかっただろう。変身後、どうなるかはザッと彼から聞いていた。たしかに見ると聞くとではまるで違うが、実験の成功に喜びこそすれ、後悔はしない。

悔やんだのは実験が終わった後。変身後の身体能力や魔法の使用を確認した後、魔物化を解除すると同時に、リヴィエールは尋常でなく苦しみ始めたのだ。

 

「がっアァ……ァアアアっ!?」

「ウルス!しっかりしてください!ウルス!やめて!」

 

のたうち回る彼の肩を掴む。我を失っているからか、凄まじい力だった。手練れの冒険者であるアスフィがまるで子供のように振り回される。それでも彼女は彼の肩を強く掴み、背中から抱きしめていた。自分の身体を傷つけようとする彼を必死に止めていた。

 

1分を越えたくらいだろうか。ようやくリヴィエールの呻きが止まる。喉が裂け、血が吹く程叫び続け、苦しみ続けた彼はしばらく地面に横たわったまま、身動きをとることさえ出来なかった。

 

───信じられない。実験中ですら、一つのうめき声さえ上げなかったのに

 

落ち着いたリヴィエールを見て、水色髪の賢者は安堵すると同時に戦慄する。リヴィエールの呪いを研究するにあたり、彼の身体を徹底的に調べた。どのような呪術に掛けられたのか。対抗魔法はあるのか。ヒューマンでも呪術は使えるのかなどなど、あらゆる実験を彼の身体に行った。

そしてどんな研究であろうと、成功への道はトライアンドエラーの繰り返し以外にない。呪いに効かない施術どころか、逆効果をもたらす結果になってしまった事も両手の指では数え切れない。そしてその度に彼は身を裂くような激痛に苛まれていたはずだ。

しかし彼は弱音を吐くどころか、こ揺るぎすらしなかった。痛覚が麻痺しているのではないかと本気で心配したが、瞳孔は激しく動いていたため、痛覚はあるようだと安心する。それと同時にそのやせ我慢強さにアスフィは心中で感心と呆れの溜息をついたものだ。それなのに。

───これほどの男が臆面もなく……

 

「ウルス、この方法は──」

「ありがとう、アスフィ」

 

こちらが何かを言う前に、白髪が背中まで伸びた青年がアスフィの言葉を遮る。口元の血を拭うと、リヴィエールはいつもの毅然とした姿を取り戻していた。

 

「身体の澱みが薄くなった自覚がある。死ぬ程痛かったが、死ななかった。これは有益な情報だ。感謝する」

「ウルス……」

「強い身体が要る。そして魔法の研鑽も……俺はもっと強くなる必要がある」

「貴方……それ以上その力を使うのは……」

「それを決めるのは俺だ」

「命より重い物だと言うのですか!!」

 

リヴィエール…いや、ウルスはアスフィにとって、新たにできた信頼できる友だ。義に厚く、筋を通す侠客。そういう存在はこのオラリオにとって非常に貴重だということをこの賢者は誰よりよく知っている。

だからこそ失いたくない。命の価値は何より重く、そして平等であるべきだ。

 

「アスフィ」

 

激昂するアスフィとは対照的に、白髪の男はとても穏やかだった。彼女が何を考えているか、何を言いたいのか、とても良くわかったから。

 

「モノの価値というのは、人によって違う。お前にとって、命とは何より大切なんだろう。でも、俺は違うんだ」

「怖くは……ないのですか?」

「怖いさ」

「じゃあなぜ!!」

「もっと怖いモノがあるからだよ。俺には俺より大切なものがある。その為に死ぬなら、仕方ない」

 

完成した腕環を懐に入れ、立ち上がる。

 

「アスフィ。お前は怖くなったら俺を呼べよ。グチくらい聞いてやる。ヤバくなっても俺を呼べ。命を賭して助けに行ってやる」

 

満身創痍の身体をぶら下げ、呪いに身を侵されながらも、澄んだ翡翠色の瞳は目標を見据え、強い光を宿している。その眼を見てしまったアスフィに、言えることはもう何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸元から鮮血が流れる。切創に手を当てながら、背中まで伸ばした白髪を紅い組紐で束ねた青年は怒りと悲しみが綯い交ぜになった目で眼前の少女を見つめた。

 

「ああ、そんな顔をしないでくださいマスター。これは私が望んだこと。リャナンシーは悪くない」

「…………お前」

「ああそれと、感傷に浸る暇もありませんよ」

 

言葉が終わるか終わらないかのうちにソウシ・サクラだった者の剣が眼前に迫った。

鈍い金属音が連続で鳴る。目にも留まらぬ、音さえ追いつかないのではないかと思わせる速さで剣戟が交わされ、止まる。衝撃が周囲に響き渡った時、二人の剣士は距離を取っていた。

 

「流石ですマスター。この状態の私の動きについてきますか」

「ソウ、悪い事は言わない。今すぐ魔物化(モンスター・フォーゼ)を解除しろ」

「マスターが私に斬られてくれれば今すぐ解きますよ。それが嫌なら私を殺して止めることですね」

「…………気づいてたか」

「私はあなたの弟子ですよ」

 

剣は対話なり。一流の剣士は一太刀合わせれば相手の剣に何が乗っているかがわかる。

リヴィエールの剣に戦意は乗っかっていたが、ソウシへの殺意は希薄だった。もし彼が容赦なく殺しにきていれば、先の三段突きを躱した時点で決着はついていただろう。

「───っ!?」

 

突きがリヴィエールの頬を掠める。単純な身体能力なら魔物化した【天剣】は【剣聖】を超えている。

 

「マスター、魔物化を。そのままでは私は殺せませんよ」

 

【剣聖】の弟子は師に自分と同じ土俵に上がれと言う。そしてそれこそがリャナンシーの見たいものだった。その為に彼女はソウシに呪いを施したと言って良い。

 

白髪の青年がふーっと大きく息を吐く。それは恐らく何かを諦めた嘆息だった。

 

───さあ、使いなさい。私の小さな恋人。その甘美な力を

 

「断る」

 

───は?

 

中空から眺めている半妖精とさらに高みから鏡ごしに見ている銀の女神の言葉が重なる。二人が良く知るリヴィエールとは完全に異なる行動だった。

 

「…………ソウ、正直に言う。俺は出来ることならお前を斬りたくはなかった。6年前も、そして今も」

 

出会った形はどうあれ、彼女は勤勉な可愛い弟子だった。剣士としても人間としても悪い印象はまるでなかった。親しい友と斬り合うなど、長く冒険者をやっていればない事ではないが、それでも気は進むものではない。

だがあの時は彼女達を斬る事がロキから依頼されたリヴィエールのクエストだった。だから割り切った。でも今は少し違う。アスフィからのクエストはあくまで護衛。含まれない。彼女と戦う事はともかく、斬り殺す事までは含まれない。

 

「だが、俺はお前の覚悟を見誤っていた。俺との戦いにこれほどの覚悟と代償を持って挑んでくるとは思わなかった」

 

リャナンシーのサポートがあったとはいえ、実戦で……しかもこの俺を相手にして使えるレベルに魔物化を制御するには、想像を絶する過酷さに耐えなければならなかったはずだ。俺が誰よりも良く知っている。

 

───こんな半端な覚悟でお前に対するのは失礼だな、ソウ

 

剣士として、そして弟子として認めるからこそ、殺したくなかった。しかしそれはソウシ・サクラを己より下に見ていることに他ならない。

 

「ソウシ。ここから先は殺る気でやる。だがそれは魔物などという俺ならざる者としてではない!冒険者【剣聖】リヴィエール・グローリアとしてだ!!」

 

認めるからこそ、俺の手で決着をつける。たとえその為に死んだとしても、構わない。リヴィエールにとって、プライドは命より重い物だった。

 

「…………貴方らしくないですね。そんな詭弁を使うとは。少し失望───っ!?」

 

閃光が奔る。この戦いが始まって以来、最も大きな金属音が鳴り響いた。

 

「アマテラス」

 

黒い炎が清光に絡みつく。縮地──いや、縮地を超えた縮地で回避するが、それは完全にリヴィエールに誘導されての行動だ。回避した先には白刃が待ち構えていた。

 

「失望しないですみそうか?」

 

ソウシの首元から鮮血が吹き出す。頸動脈……までは感覚的にいってないが、その近くまでは斬った。通常なら決着だが、魔物化しているソウシの再生力は凄まじい。衣服にベットリと付着した血の跡以外、見た目は元通りになっていた。

 

「──剣は対話なり、ですね」

 

今のリヴィエールの剣には、ソウシへの殺意がふんだんに乗っていた。

僅かに笑う。それは決別の笑みだった。ここから先は剣でしか語れない。

 

「行きます【黒狼】──いえ、【剣聖】リヴィエール・グローリア」

「来い【天剣】ソウシ・サクラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……アァアああああ!!?」

 

【天剣】と【剣聖】の戦いが激化し始める一方、ヘルメス・ファミリア精鋭部隊は窮地へと追い込まれていた。苦戦の末、なんとか目的地【食料庫】へとたどり着いたアスフィ達はその異様に戦慄した。

そこにいたのは食料庫の大主柱に絡みつく巨大なモンスター。食人花と酷似した怪物が三体、赤水晶の柱に寄生している。そしてモンスターの触手からは新たな食人花が生み出されていた。恐らくアレが新種の巣穴なのだろう。ダンジョンから溢れる無限の養分をアレが吸い尽くすことでこの異様な肉壁のダンジョンを生み出すに至っている。コレで今回の事件の八割がたは解明された。

 

残りの二割は食料庫で待ち構えていた悪趣味な仮面の男と白ローブの一団。彼らは侵入者の存在に気づいており、彼らを視認すると同時に白刃を抜く。しかし【万能者】指揮のもと、動き始めた精鋭達の敵ではない。勢いの乗った数で勝る相手を見事な連携で圧倒した。

しかし、それが災いだった。制圧された白ローブの一団は死兵と化し、命を火種に爆炎と化す。混乱が戦場を支配し始める中、追い討ちをかけるかのように、食人花達が暴れ始める。戦線は完全に崩壊し、立て直すためにアスフィは飛行能力のある靴、ペルセウス数多の発明の中でも天外の能力故に秘匿されていた傑作マジックアイテム、飛翔靴(タラリア)を用いて仮面の男を仕留めに行った。

彼女は何一つ間違っていなかった。賢明なペルセウスは最善の行動を取っていた。唯一誤算があったとすれば、眼前の敵を人間として扱ってしまったということ。人ならざる筋繊維と剛力を持つ仮面の男に、短剣の刃は皮膚以上に食い込まなかったのだ。

 

「ガッ!?」

 

投げ飛ばされる。肺が押しつぶされながらも、戦闘態勢を整えたのは流石と言えるが、一手の遅れがダンジョンでは命取り。

 

骨兜の男に背後を取られたアスフィの腹からは剣が生えていた。

 

「アスフィっ!!」

「喚くな、この程度はすぐ治るはずだろう。騒ぐならコレぐらいはせねばな」

 

刃が腹部で回転するのがわかる。同時にさらに深くに刃が侵入したのも。かつてない灼熱の感覚にさしもの賢者も声にならない絶叫を上げた。

 

「あ、ああ……アァアああああ!!?」

 

助けに動いたヘルメス・ファミリア達も頭の指揮がなければ烏合の集。死兵達の自爆特攻に。無数の食人花達の猛威に、仮面の男の暴力に蹂躙されていく。

 

───た……すけて……

 

『アスフィ、ヤバくなったら俺を呼べ』

 

仲間達が倒れる中、水色髪の美女は脳裏に浮かぶ一人の男に救いを求めた。自分にとって仲間以外にできた恐らく唯一と言っていい友。面倒な男だが、不思議な魅力があり、何故か憎めない、悪友。

 

「助けて、ください……ウルス」

 

私は今ヤバイんです、だから助けに来てください

 

「私は……いいです。仲間、達を……」

 

仲間を失うのが怖いんです。だから側に来てください。貴方を頼らせてください。

 

「た、すけ……て──」

「助けは来ない」

 

命乞いと判断したのか、絶望を与えるためか、骨兜の男はアスフィの言葉に答えた。

 

「【剣聖】も【剣姫】も此処には来られない。仲間も、増援も、神も、誰もお前を助けない。縋るものを無くし、神に組した己の愚かさを呪うがいい」

 

背中から短剣を引き抜く。背中と腹から鮮血が噴き出した。同時に命も抜け落ちていく。

 

「そして死ね」

 

男のブーツがアスフィの頭部に置かれる。あと1秒あれば彼女の素晴らしい頭脳は踏み抜かれていたことだろう。しかし、その行動は中断される。

二つの爆音が大空洞に響いたからだった。一つは狼人を先頭に、壁を破壊しながら食料庫を目指していたパーティ。その中にはフードで顔を隠した、僅かに金色の髪が覗く二刀の剣士と褐色の肌に艶やかな黒髪を靡かせるアマゾネスもいた。

 

そしてもう一つは……

 

「絶剱・無窮三段!!」

 

黒の閃光が大空洞を横切る。なんの奇跡か、それともかの【剣聖】が約束を果たしたのか。ブラスターは仮面の男めがけて奔っていた。

 

「ぐっ」

 

骨兜が回避する。同時に白い影が空を飛んでいた。

 

「……あの野郎、何が『自分は剣士です。ビームなんか撃ちません』だ。思いっきり撃ってるじゃないか」

 

音もなく地面へと着地する。紅い組紐で束ねられた白髪が風に流され、優美に揺れる。

 

「あ!」

「見つけた!」

「うわ」

 

乱入者を見たローブの女とアマゾネスが声を上げ、白髪の若者が反応する。剣士の名はリヴィエール・グローリアと言った。

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。ようやく更新できました。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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