人の成長とは、階段だと言われている。
緩やかな登り坂のように少しずつ上がっていくわけではない。どれほど才気溢れる人物であろうと、壁にぶつかり、停滞する時期は必ず来る。
その壁を越えるためには不断の努力が必要となる。体を鍛える。技を練る。意識を変える。要素は人によって様々だが、そういったパーツを少しずつ結晶させる事で人は壁を超えて行く。その積み重ねこそがまさに階段と言われる所以だ。
───世の中に才能の差というものがあるならば、それは恐らくこの階段の差。才気あふれるもの程、この段差は高く、分厚いのだろう。
緑髪を腰近くまで伸ばした、翡翠色の瞳を持つ美女、リヴェリア・リヨス・アールヴは目の前の少年を見て、そんな事を思った。魔法の修行のため、ネヴェドの森へと行って以来、始めて同行した彼の冒険。まだそんなに時間も経っていないというのに、まるで別人のように強くなっていた。
───恐らくは人生で初めて喫したであろう惨敗。積み重ねてきた魔法や剣の技術。そして出生の秘密を知ったことによる心境の変化。全てのパーツがうまく噛み合わさり、アイツは壁を超えた。
心技体。全てが揃ってこそ人は大きな力を出せる。体、そして技に関してはこの少年は十二分に積んできた。しかし、精神の成長だけは鍛錬ではどうしようもない。自分の力や才能だけでなく、別の何かが必要になってくる。
人によっては精神などそこまで重要には感じないかもしれない。しかし、メンタルがパフォーマンスに及ぼす影響は絶大だ。キッカケ一つ。意識の改善一つで別人のような成長を遂げることもザラ。冒険者は特に重要になってくる。ダンジョンにおいて技術や知恵は持っているに越した事はないが、それはあくまでアシスト。原動力ではない。
力がなくて何もしない奴が、力を手に入れても、何かが出来る筈がない。出来たとしてもそれは所詮メッキだ。一度窮地に追い込まれればすぐに剝げ落ちる。
大事なのは決める事。そしてやり通す。それが何かをなす唯一の方法。不可能に挑む心こそが壁を越える為の積み木になる。
リャナンシーという強敵と戦い、敗れはしたものの、獅子奮迅の働きを見せ、生き長らえた。それは冒険者にとっては勝利と呼んで差し支えない偉業だ。その証拠にこの偉業を神々は認め、リヴィエールはランクアップが許された。
不可能を可能にする、爆発的な成長。それを成す根源は具体的な強敵の存在。
才能ある貪欲な者の進化は、強敵によって爆発する。
───私自身、そう呼ばれる事は何度かあったが、私がそうであるかはわからない。だが、断言できる。あまり、使いたくない言葉だがな
この形容を使うのはリヴェリアにとって彼が二人目だ。
一人目はオリヴィエ・ウルズ・アールヴ。【
彼も、そして彼の母親も、凡人が不断の努力で積み重ね、何年もかけてようやくたどり着く領域に、きっかけ一つ。閃き一発で容易に追い越していく。
「───天才だ」
▼
『大樹の迷宮』は上層と比べ、圧倒的に広い。通路一本とっても上とは比べ物にならない規模になる。伴って遭遇するモンスターの数も必然多くなるわけだが……
「アスフィ!」
獣人の戦士がパーティリーダーの名前を呼ぶ。声音には明らかな戦意が籠っていた。
「前衛は前方の敵を足止め!指示があるまで維持!中衛は左上空!後衛は炎詠唱開始!ツボの用意も!ルルネは撹乱!」
指示とほぼ同時にパーティメンバー達が動き始める。モンスターを視認する時には各員行動を始めていた。
───指示から行動までほぼラグがない。よく訓練されている。パーティ能力としてはせいぜい中堅クラスだが、アスフィの的確な指示とメンバーが持つ彼女への絶大な信頼がパーティの実力を数段向上させている。
リヴィエールは素直にパーティの実力、特にアスフィの能力を賞賛する。自分に同じことが出来るかと言われれば難しいと言わざるを得ない。これ程集団を流麗に運用する為には彼ら一人一人の能力を的確に把握し、何ができて何ができないかを常に考える必要があるからだ。基本的に他者への興味が薄い(例外はいるが)リヴィエールでは不可能だろう。
「リヴィ、私達はどうする?」
後ろで控えていたアイズが剣に手をかけつつ、問う。アスフィと話し合い、アイズへの指示はリヴィエールが行うことになっていた。この二人を御するのは手に余るという判断であり、それは正しい。
「見ておこう。もう少し連携を確認しておきたい」
「うん、そうだね」
剣は手にかけたまま、二人とも見に回る。この辺りまで潜ると個人の力量よりパーティの密度が大事になってくる。流石にアスフィほど深く理解するのは無理だが、実際の戦闘を見れば、ヘルメス・ファミリアの戦い方の傾向もわかる。この一団は何が得意で、何が苦手か。どこが強く、どこが脆いか。この辺りを知っていると知らないとでは行動方針が大きく変わる。観察は冒険者にとって必要な業務の一つだ。
「前衛は壁役。アスフィが直接率いる強力な中衛が主となって連携攻撃を行い、アイテムで一網打尽。堅実かつ機械的だな。無駄な行動を極力控え、最低限のリスクで最大の結果を出す。効率重視のスタイル。パーティとしては1番賢いタイプだな」
「強い、ね」
二人の視線が水色髪の麗人に集まる。やはり何よりの白眉はやはりアスフィ・アル・アンドロメダ。
「彼女は、多分……」
「ああ、Lv.4だろう。実際戦ってるとこは初めて見たけど、普通に強い。【万能者】の名は伊達じゃないな。まだまだたっぷり隠していると見える」
稀代のアイテムメーカーにして、本人も実力者。リヴィエールもよく万能と言われるが、彼女と比べてはお話にならない。
───その分、危うさもあるわけだが……
まあ24層程度なら問題ないだろう。危うい領域に彼女が踏み込むとも思えない。アスフィに何もない限り、このパーティは充分戦力と考えていい。
「ウルス」
声がかかる。アスフィだ。戦闘を終え、休息の指示を済ませた彼女が今後の方針を相談すべく、訪ねに来ていた。
「この依頼について、どう思いますか?」
「…………予想の範疇を出ないぞ」
「構いません。冒険者としてではなく、貴方個人としての率直な意見を聞きたいのです。お願いします」
離れたところを見計らって隠し名で呼んできた時点で内緒話があるのだろうと予想はしていた。そして俺が厳しいことを言えばパーティ全体の指揮に関わるだろう。俺が一人になるのを待っていたのかもしれない。
「リヴィラの事件、知っているか?」
「概ねの事は。ルルネからの報告もありましたし」
「少なくとも、今回の厄介ごとがアレ以下って事はないだろうと思っている」
アイズやリヴィエールといった一級冒険者が複数名その場にいながら、18階層をほぼ壊滅に至らしめたあの事件。それを上回る事はほぼ間違い無いと断言した。そしてこの男の予言は滅多に外れないことをアスフィはよく知っている。
「ビビったか?お前が嫌いなハイリスクだ。降りるなら今だぞ」
「いい機会です。貴方に一つ、真理を授けてあげましょう。『問題』とは逃げれば逃げるほど行く先々で待ち構えているものなのです。もし無理矢理避けようとすれば、その問題はより深刻なものとなって再び私達の前に現れるでしょう」
オラリオで最も賢く生きる水色髪の賢者は最も愚かにダンジョンを生きる白髪の剣士に向けて言葉の矢を放つ。魔物化の呪いについて言っている事だと気づくのに時間はかからなかった。解呪ではなく利用。それは事態を好転させたかのように見えるが、実際は問題の先送りでしかない、とあの時猛烈に反対した友人は遠回しに指摘した。
「もうこの問題は避けては通れません。団員の長所も短所も分かち合って初めてパーティは機能します。それは無論、誰かの成功も失敗も例外ではありません」
「ご立派。団長の鏡」
「一人で背負いこみすぎなのです。貴方は」
「お前に言われたくないな。なんでも出来るお前が、背負いこみすぎないはずはない」
憤然と鼻を鳴らす。その言葉に反論はなかった。この男は相変わらず口も達者だ。
「休憩終了!行動を開始します。隊列は先の通り。採取用アイテムは無視して進みます。欲をかかないように。特にルルネ!」
「うぅ……わかったよぅ」
その後もパーティは問題なく進んだ。時折出るモンスターを相手にしても、リヴィエール達が剣を握る機会はほぼなかった。こんなに戦わずに進むのは久しぶりだ。
しかし、それも24階層までの話だった。
「うげぇ」
ルルネの呻きは痛いほどわかる。眼下に広がるのはうじゃうじゃ群がる数え切れないほどのモンスター達。大群が移動するその様はまるでアリの行進。ゾッとするのは人のサガとして仕方ない事だろう。
「…………話には聞いてたが、想像とちょっと違うな。こんなの初めて見た」
怖気ついていない三人のうちの一人、リヴィエールはその姿を見て不服げに唸る。その言葉にアイズも首肯をもって同意を示した。
「で?どうするアスフィ。やるのか?」
「駆除も依頼に入っています。放っておくわけにもいかないでしょう」
戦闘準備、とアスフィが仲間達に呼びかける。しかし、その声をアイズの「待って」が搔き消した。
「リヴィ、私に行かせて」
「…………いいのか?」
カチャリと腰の剣を鳴らす。手伝おうか、という意味を込めた行動だった。
「お願い」
「わかった。立ち会った冒険の成果、見せてもらおう」
僅かに口角が上がる。笑ったと気づいたのはリヴィエールだけだった。デスペレートを振り鳴らし、一気に駆け出す。白髪の剣士が腕を組み、眼の色を変える。彼女の一挙手一投足を見逃さないため、卓越したその眼力を最大限に発揮させた。
「大丈夫なのですか?いくら【剣姫】といえど、あの数は──」
「数は特に問題じゃないさ」
そう、連中の相手をする事くらい、以前のアイズでも出来た。リヴィエールが見たいのは結果でなく、過程。これ程の数を相手にどうやって戦うかが見たかった。
───Lv.6のウダイオスをほぼソロで討伐した経験は間違いなくアイズのランクアップを成した筈だ。
間違いなくと断言できるのは自身もそうだったからに他ならない。経験とは何よりの説得力を持つ。そしてランクアップは大幅に能力を強化してくれるが、同時に今までの落差に戸惑う事も多い。激変した身体能力と感覚のズレを修正するには、実戦が特効薬となる。
戦端が開かれた。攻撃行動を取っているモンスターが前後左右に八匹。その全てをほぼ一挙動で惨殺する。その後も数体が周囲から襲い掛かり、蜂蜜色の髪の剣士を埋め尽くすが、問答無用で八つ裂きにされる。
「これ程とは……貴方が託すわけですね」
「あんな奴、俺は知らないよ」
「は?」
困惑するアスフィの傍で、獅子奮迅の戦い振りを見せるアイズを、リヴィエールは観察する。
───達人になれば、間合いの内はほぼ剣の結界と呼んでいい。侵入すれば斬殺は必至。だが、前後左右の八匹をほぼ同時に仕留めるのは、今までのアイズでは出来なかった。
リヴィエールが知るアイズなら、少なくとも一回は回避を入れた筈だ。だが今は剣技と身体能力のみで圧倒。それもまだまだ動きに余裕がある。
「人の成長は、階段だ」
「……は?」
「俺の師が言ってた言葉だよ」
緩やかな登り坂のように少しずつ上がっていくわけではなく、壁にぶつかり、停滞し、越えるべく励む事で向上していく。
アイズはまさに今、壁を越え、飛躍的に成長を遂げている最中だ。もはやリヴィエールが知る彼女とは別人と言っていいだろう。
───同じ事を、やれと言われれば俺も出来る。だが……
俺に出来ただろうか?Lv.6に成り立てで、しかも鳴らしの段階で彼女と同じことが。
きっかけ一つで化けるかも、とは思っていた。しかし……
「もっと
剣尖が閃き、モンスターが激減する。流石に彼我の力量差に気づいたのか。怯み始める一団に向かって、輝く金の瞳が向けられた。
「
ゾクリと震える。この感覚は覚えがある。剣士の血が騒ぐ。
この日、【剣聖】は初めて【剣姫】と戦ってみたいと思った。
▼
「倒し切っちゃった」
「嘘でしょ」
「これ言っちゃお終いかもだけどよぉ」
俺たちいらなくね?
ヘルメス・ファミリア全員の心の声が一致する。一同が固まる中、白髪の青年が迷いのない足取りで歩み寄った。
「お疲れ。疲労は?」
「平気、ありがとう」
───平気っすか。タフネスも随分向上してるな
これはうかうかしていては耐久力は抜かされるかもしれない。
「で?アスフィ。ここからどうする?黒ローブを信じるなら候補は三つだが」
リヴィエールの脳内地図が食料庫の位置を告げる。ルルネが取り出したマップから進路は南西と南東、そして北。
───改めて見るとやっぱり広いな
下層に降りれば降りるほど広大になるダンジョン。24層まで行けばもうオラリオの総面積の半分には届く。この三つを一つ一つ回るとなると中々に骨だ。
「モンスターのいる所に向かいましょう。押し寄せてくる方面に原因があると考えるのが自然ですから」
「だな、となると北か」
薄暗い獣道からは異様な気配が立ち上っている。待ち人はこの先にいると7つ目の感覚は告げていた。
効率を重視したアスフィはアイズとリヴィエールに先陣を任せ、探索を再開させる。しばらく歩くと、天井や壁面が洞窟然としたものに変化し始めた。食料庫が近い証拠だ。給養の間には石英の柱が存在し、そこからは栄養価の高い液体が滲み出す。食料庫の近辺は迷宮の形状を適した形に変化させる。
ルルネたちは今まで以上に緊張を纏い、通路を進む。アイズも感覚を鋭敏にさせ、リヴィエールは
「コレは……」
「……植物?」
とうとう現れたそれに全員が困惑する。通路を塞ぐ巨大な壁。不気味な光沢を纏い、膨れ上がる表面は明らかに弾力がある。どう見ても今まで周囲を覆っていた石面ではなかった。植物にも見えないことはないが、リヴィエールには……
───人間の体内、特に内臓や腫瘍に似ている。
職業柄、死体や怪我に見慣れており、多少治療の知識もある白髪の剣士はこの異様な壁をそう例えた。無論、似ているだけで非なるものだ。『深層』に幾度となく進行しているリヴィエールでさえお目にかかったことがない。未知との出会いが冒険の醍醐味とはいえ、コレは少し異様過ぎた。
「道が間違っていたのでしょうか?」
「十中八九間違ってないよ。ダンジョンでイレギュラーが起こってるんだ。その震源地が普通である方が俺に言わせればおかしい。今回の事件、原因の一端は間違いなくこいつだ」
アスフィの独り言に答えを返す。生理的嫌悪感を視覚に訴えてくる肉壁にリヴィエールが触れた。
───やはりなんらかの生物か?生きている感覚がある。
熱と鼓動にも似た微かな律動が手のひら越しに伝わってくる。体内器官のようだと感じたリヴィエールの勘は正しかった。
「だがコレでおおよそのカラクリはわかったな」
「?」
「わからないか?モンスターは食料を求めてここに来る。だがこの壁だ。そこまでたどり着くことは難しい。なら次に連中が取る行動は?」
「………別の食料庫に向かおうとする」
ルルネが「あっ」と声を上げる。話を聞いていた全員、リヴィエールが何を言いたいか理解した。
「そう、コレはモンスターの大発生じゃない。大移動だったんだ」
残り二つへと向かうべく移動していたモンスター達は広大な24階層の各地から集った三分の一。それが一斉に同じ方向、同じ道を辿れば、通路はあっという間に埋め尽くされる。それは無論、冒険者の通る正規ルートも例外ではない。
「じゃあこの奥には何があるんだ?」
「さぁ、それはわからないが…」
この障壁こそがイレギュラーなのは間違いない。まあ碌でもないものが眠ってるのは確実だろう。
「さて、どうやって進むか。一応口のような門のようなものはあるにはあるな」
しかし開くのをチンタラ待つ気にはならない。
「私が斬ろうか?」
「愚か者。腐蝕液が鉄砲水みたいに噴き出しても助けてやらんからな。俺が魔法で…」
「待ってください。貴方の魔法は出来るだけ温存したいです。こちらに上位魔導士がいます。彼女に任せましょう」
下がってください、と言われ、その言葉のまま5、6歩下がる。パルゥムの少女がロッドを構えた。
───ほう、小人族の上位魔導士か。珍しいな
フィンの活躍の成果が現れているのだろうか?彼が与える影響は良くも悪くも大きいが、もしあの小さな勇者に触発されて才能を磨いた存在ならば、彼女は良い影響と言える。
「珍しいって思ってんだろ?あいつは未来を嘱望されるパルゥムってわけさ。オレらとは違ってね」
感心の目で見ていたことに気づいたのか、小人族の少年……まあ、少年かおっさんかは見た目ではわからないが、卑屈な声を上げる。耳慣れた、よくいるタイプ。理想を持って冒険に乗り出したが、現実に打ち負かされ、挑戦を辞めてしまった冒険者の色だ。
「気づいてるんだろ?ふたりとも。前衛・中衛の中でオレらだけがLv.2だって」
「いや、今の今まで知らなかった」
「ハッ、白々しい」
気を遣ったとでも思ったのだろうか。嘲笑とともに吐き捨てる。だが、事実だ。知らなかった事は。眼中になかったからという理由はその事実より残酷かもしれないが。
「気を使うんならあいつにしてやれよ。アイツは変えの効かない才能あるパルゥムなんだから。【勇者】サマほどじゃなくてもな」
「フィンを知ってるの?」
「知らない小人族がいるのかよ」
いなくもないだろう、というセリフが喉元まで出かける。
「どんだけ才能に恵まれてんのか知らねーけど、勝手にオレらの英雄になりやがって。頼んでねーっつーの」
───あー、この手の手合いか…
典型的悪い方に影響を受けているタイプ。小人族が弱者であるという認識はほぼ世界共通だが、同時に免罪符でもあった。しかし不可能を可能にする英雄が現れてしまい、自分たちの行いが全否定されたと思ってしまっている。
「あんたらもそうなんだろ?いいよなぁ、天才様は」
「…………はぁ」
思わず溜息が出てしまう。力がなくて何もしない奴が、力を手に入れても、何かが出来るとでも思っているのだろうか?出来たとしてもそれは所詮メッキだ。一度窮地に追い込まれればすぐに剝げ落ちる。
「なんだよ、言いたい事があんなら……」
「才能ってやつが一体何で、どれほど重要なのか、俺にはよくわからないが」
立ち上がる。小人族の詠唱が終わった。
「自身の努力ではどうしようもない、先天的に授かった物を才能と呼ぶなら、少なくとも、俺はフィンほど才能のない冒険者を知らなかったよ」
「っ!?ふざけてんのかよ!」
「俺はいつでも本気だよ。本気で生きる事でしか俺は生きられなかった」
才気に恵まれていたと言われればそうかもしれない。人から見れば羨ましく見えるのかもしれない。だが、簡単な戦況などほとんどなかった。立ちはだかる敵はいつだって自分より強かった。それでも常に本気で抗い、戦い、生きる事でかろうじて命を繋いで来たんだ。
「どれだけ強くなろうと、変わらない事実が一つだけある。伝説とまで呼ばれる魔法使いも、吟遊詩人に歌われる英雄も、死ぬ時は絶対にたった一度だけだ。その瞬間は今日この日、あと1秒後に訪れるかもしれない。その恐怖に怯えているのは俺も、フィンだって変わらないよ」
炎の大火球が着弾する。焼け焦げて出来た穴にリヴィエールは迷いなく足を踏み入れた。
「アイズ、用心しろ」
隣を歩く剣姫の耳元で囁く。
「ここからは完全に未知の領域だ。24階層程度、俺たちならソロで探索できる場所だが、この場は何が起きるか本当にわからない。俺より遥かに強かったはずの冒険者が目の前で死んだなんて経験、お前も十や二十じゃないだろ?」
そう、未踏の領域とはそれほどに理不尽なものだ。故に冒険者は常に死と隣り合わせ。命懸けである事は不変の事実だ。
死ぬかもしれない。絶対に死なない。相反する二つの現実を胸に刻み、覚悟する事が必要になる。
「さあ、行こうか」
理不尽な死が常に待ち構える場所。虎口など生ぬるい牙の迷宮へと精霊と神巫は歩みを進めた。
後書きです。今回も進展ほぼゼロ。もっとサクサク進めたいのですが削れない部分が多過ぎますね。次回はようやくマジバトル回。基本リヴィエール視点のみなのでレッフィー達の活躍に関しては単行本を見てね?それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。