その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth41 クエスト依頼を断らないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた理由は視線を感じたからだった。冒険者を長くやっていると、見られているという事に関してとても敏感になる。まして視線の主は戦闘のせの字も知らない素人の物。たとえ眠っていようと剣聖の覚醒を促すには充分過ぎた。

 

「おはよう」

 

自分とよく似た翡翠色の瞳が視界に飛び込む。続いて左腕にくすぐったい柔らかな髪の感触が。体には滑らかな肌触りの温もりが感じられた。

 

「珍しいわね。私の方がリヴィ君より早く起きてるなんて」

「ダンジョン遠征が重なってあまり寝てなかったんだよ」

「ダメよ、どんなに忙しくてもちゃんと睡眠は取らないと」

 

軽く鼻が摘まれる。痛みは全くないが、息苦しさと急所を触られる不快感はあった。手を払うと、エイナは嬉しそうに笑った。

 

「何がおかしい?」

「貴方の鼻をつまむなんて事、出来る手練れがこのオラリオに何人いるのかなぁって」

 

顔面は人類の絶対急所。剣聖はもちろん、上級冒険者であればやすやすと触らせる事などあり得ない。たしかに顔を触らせた相手など数えるほどにしか記憶になかった。

 

エイナが両手でリヴィエールの頭を包み込む。程良く大きな胸の中に顔が埋まった。

 

「…………楽しい?」

「とっても」

 

どんな時でも、凛々しく精悍な顔つきを見せる隙のない戦士。彼はいつも人を寄せ付けないオーラのようなものを纏っており、警戒を解くことなどほとんどない。

しかし、この時、この瞬間だけは彼は何も纏っていない。本来の彼は優しく、真面目で素直な青年である事をエイナは知っている。隙のない戦士から、ただのリヴィエールでいてくれるこの時間が、エイナはたまらなく好きだった。

 

───可愛い…

 

この男は英雄の器だ。英雄とは太陽に似ている。誰もが認める輝きを放ち、それでいて誰のものにもならない。してはいけない。しかし、今、この瞬間だけは、自分だけのリヴィエールでいてくれると思える。無論、錯覚だ。このベッドから出れば、彼はいつもの凛としたリヴィエールに戻るだろう。

 

───でも、せめて今だけは……

 

温もりと微睡みの中に身を沈める。この心地良さに勝てる人間はごく少数だろう。幸せを全身で感じながら、彼の艶やかな髪に指を通した。

 

「───シャワー、入るか?」

「…………はい」

 

二人で身を寄せ合って数分後、リヴィが起床の提案をした時、亜麻色髪のハーフエルフからは少し不機嫌な声が出た。

 

 

 

 

「リヴィ君、朝ごはん何が良い?」

 

一緒にシャワーに入り、出てきた後、エイナはラフな部屋着を羽織り、エプロンを身につける。リヴィエールは裸にガウン一枚の格好で、濡れた白髪を拭っていた。

 

「リクエストしていいならパンとサラダ。スープは任せる」

「オッケー。スープはミネストローネにするね。トマトは大丈夫?」

「俺は何でも食べれるよ」

 

幼少時代はそれこそ、口に入れられるものなら何でも食べた。食の好みに多少偏りはあるが、食べられないほど、嫌いなモノはない。

 

「お待たせ」

 

テーブルにリクエスト通りの朝食が並べられる。質素かつ、とてもヘルシーな食事。エルフにとって模範的朝食と言えるラインナップであることをハーフエルフである二人は知らない。

 

「あ、もう。リヴィ君、まだ髪濡れてるよ。ホラ、後ろ向いて。拭いてあげるから」

 

タオルを持って乱暴にリヴィエールの頭を拭く。モンスター・フォーゼの副作用であるこの長髪は、美しいが乾くのに時間がかかる仕様になってしまっていた。

 

「ソーマ・ファミリアで会った時にも思ったけど、この短期間で随分髪伸びたねー。白髪になっちゃった時といい、君の髪は本当に不安定だね。妖精さんの仕業?」

「いいカンしてるね、エイナ。大正解だ」

「剣聖に言われても皮肉にしか聞こえないわよ」

 

パシンと頭を叩かれる。皮肉などではなく本心だったのだが。そうは受け取ってくれなかったらしい。

 

「古の昔より、髪には魔力が宿る物とされている。魔法の過剰な使用により、頭髪に変化が生じるのは、おかしいというほどのことじゃない」

「へぇ、そうなの」

「あ。信じてないだろ」

「ごめんごめん。私も半分混ざってるけど、魔法なんてよくわかんなくて。でもリヴィ君が嘘をついてないくらいのことは信じてるわよ」

 

慌てて手を振りながら、食器を並べる。誤魔化されている感は強くあったが、まあいいかと納得して置いた。

 

「じゃあ食べよっか。いただきます」

「いただきます」

 

両手を組んで、食に感謝を述べる。食器の使い方も、料理を食べる順も全く同じだったことに二人とも気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね、リヴィエール」

 

真っ赤な塗装の建物を尋ねると、そのファミリアの団員にあっという間に中へと引き込まれた。案内された先の部屋で待ち受けていたのは燃えるような紅い髪と左眼、そして右眼を覆い隠す黒い眼帯が特徴的な美女。

 

彼女の名はヘファイストス。鍛冶の女神であり、武器や防具、装備品の整備や作製を行う、商業系ファミリアではトップクラスの知名度と実力を併せ持つ超一流ファミリア、【Hφαιστοs】の主神である。リヴィエールとは十年来の付き合いで、気の置けない友人だ。

 

「ちょっと見ない間に随分髪伸びたのね。似合ってるわよ」

「長すぎて少し鬱陶しいんだがな」

 

耳にかかる白髪を指で梳きながら、白髪の剣士は強く後悔していた。所用があって、この友人に会いに来たのは事実だが、出来れば会いたくなかった人物がこの部屋にいたからだ。

 

「やあリヴィエール。待っておったぞ。そなた手前に言わねばならんことがあるのではないか?」

「…………コレは結構最近に起きたことなんだけどなぁ。何で知ってんの?」

「ついこの間、剣姫がウチに来たのよ。リヴィに新しい武器を作ってあげてくださいってね」

 

なるほど、情報源はアイズか。ルグ・ファミリアの剣聖として活動をしていた頃、ヘファイに……というよりは椿に、アイズのためのデュランダル製作を依頼したことがあった。逆の事を蜂蜜色の髪の剣士が行なっていたとしても不思議はない。

 

「というわけで抵抗は無駄よ。とっとと見せなさい、頭髪不安定」

 

コレは渋れば渋るほど立場が悪くなると判断したリヴィエールは黙って真っ二つになったカグツチを抜き放ち、大人しく椿の鉄槌を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

「にしてもまぁ見事に真っ二つになっちゃって……」

 

刃の検分をしているヘファイストスが呆れとも感心ともつかない溜息をつく。

 

「不壊属性はついているのよね?どうして折れちゃったのかしら?」

「そこだ。使い方に問題があったわけではない。刃の消耗度合いから言って、本当に無理やり壊されたというのが最も近い表現だろう」

「───だったらここまで怒んなくてもいいじゃねえか」

 

部屋の傍らで胡座を組む青年の頭には大きなコブが出来ている。素手の一撃とはいえ、椿のゲンコツは下手な鈍器より遥かに強力だった。

 

「だから一発で許してやったのだろう。もしぞんざいに扱った結果であったのならその程度で済ませてはおらんわ」

 

その言葉に嘘はない。コレでも温情判決であるということはリヴィエールも自覚していた。

 

「しかしデュランダルたるカグツチがこうも見事に折られるとはねぇ」

「刀の製作の依頼なら受けるが、今の手前ではカグツチ以上の刀は打てんぞ。せめて折られた理由くらいは突き止めんと対策も立てようがない」

「理由の察しはついてる。ていうか、ヘファイはともかく、椿ならもうわかってると思ったんだかな」

 

作刀にはリヴィエールも手伝った。黒刀カグツチは二人の合作だ。故にこの刀の強みも、弱点も椿は知り尽くしている。

 

「見てみろ」

 

折れた刀の断面を見せる。見事な切り口だが、一つだけ、違和感があった。

 

「…………端が溶けてる」

「ご明察。流石だな」

 

そう、気づかないほどほんの僅かだが、断面に妙な凹みがあるのだ。形状から言って鉄が超高温で融解した時に出来る跡と思って間違いないだろう。

 

「つまり熱で溶かされたって事?」

「俺の予想ではな。カグツチはデュランダルでありながら一級品武具に勝るとも劣らない破壊力を持っている。その最大の理由は炉の炎に俺のアマテラスを使ったからだ」

 

リヴィエールの黒炎を用いて熱した鉄を鍛えたカグツチは、刀身にアマテラスを纏わせる事を可能にし、刀本体にも魔素が詰まっていた。故に通常のデュランダルでは考えられないほどの高威力を発揮できていたのだ。

 

「だが、その分カグツチは完全なデュランダルとは言えない刀になってしまった。たしかに不壊属性はある。どんな衝撃にも重さにも耐える事が出来ただろう。でもたった一つ。熱に対して、絶対的な耐性がなくなってしまった」

 

そう、コレがカグツチ唯一にして最大の弱点。アマテラスを纏わせるほど超高威力を実現した代わりに、ある一定以上の熱量にだけは不壊属性を失ってしまったのだった。

 

「だ、だが、それは弱点と呼ぶにはあまりに……」

 

椿が原因を薄々察しながらも口に出せない理由はそこにあった。たしかに完全な不壊とは言えないデュランダル。しかし、ほぼ完全と言ってしまっても差し支えない刀であったことも事実。

何故なら、耐えられない熱量を実現するためには、アマテラスを超える威力でなければならないのだから。

 

「確かに、欠点とするには脆弱すぎるわ」

 

現状、冒険者たちが使う炎系の魔法の中で、リヴィエールのアマテラスを超える高威力はなかなか無い。それにリヴィエールはカグツチの熱耐性の度合いを確認するため、いくつか実験も行っていた。

 

「そなたの【燃ゆる大地】も【ノワール・レア・ラーヴァティン】にも耐えきったのだぞ。現状、それらを超える炎があるとは思えぬが……」

「ああ、俺も唯一思い当たりそうなのが、リヴェリアの本家【レア・ラーヴァティン】だったから、本人に頼んで一度撃ってもらった。カグツチはそれにも耐えた」

「だったら……」

 

そこまで言ってヘファイはハッとなった。通常有り得ない可能性だが、それでも一つの可能性に思い至ったのだろう。自分も持っている力だから。

 

「貴方、まさか……」

「そう、人類にはほぼ不可能に近い。なら人類ではない力を使えばいい」

「人類ではない力?一体何を…」

神の力(アルカナム)……」

 

ヘファイの一言でようやく椿も気付く。驚愕の表情を向けてくると、リヴィエールは無言の首肯を返した。神の力は万能だ。不可能を可能にする事も容易。カグツチの溶解くらいやってのけるだろう。

 

「ありえん!アルカナムの使用は下界では禁じられている!そもそも使われれば神々が気付く!だが、そんな話は聞いた事も……」

「使われた力はあくまで一端だったとしたら?その神はもう下界には存在しないと認識されていたらどうだ?しかも使われた場所はダンジョンだ。流されてもおかしくはない」

「そんな神、一体どこに……」

「貴方、ルグの力が使われたと思ってるの?」

 

あっ、と椿が口を開く。ヘファイの疑問に無言の肯定を返す。

 

「あの夜、バロールはルグのアルカナムを暴走させ、太陽神の力を手に入れようとしていた。その企みはルグによって挫かれたわけだが、それでも力の一端を暴走させたのも事実。もしあの場に俺たち以外の誰かがいて、暴走させたルグのアルカナムを手に入れていたとしたら……」

「だがアルカナムを他人が使うなど出来るのか?扱った事はないから分からんが、ルグ様程の力を使うのは容易な事ではあるまい。それこそ、ルグ様の力を使うためにアルカナムを使うことになりかねん。それでは本末転倒だろう」

神々の武具(ゴッズアイテム)を使ったんだと俺は思う」

 

ゴッズアイテム。神々が天界にいた時代に持っていたとされる武器や防具。かつてはフレイヤの持ち物で、今はロキが持っている鷹の羽衣もそれに含まれる。人智を超えた能力を持つ、まさに神のアイテム。

 

「リャナンシーは自分が持っていた槍を光の槍(ブリューナク)と呼んでいた。俺も詳しい事を聞いたわけではないが、その槍は……」

「神代にルグがヌアザと共に作った槍」

 

いわばカグツチの神バージョン。太陽の陽をルグが提供し、ヌアザが打った。カグツチがアマテラスを鍛えた剣というなら、ブリューナクはまさに陽の光を鍛えた槍。二人の合作と言っていい代物であり、バロールを滅ぼした宝具。

 

アレにはルグのアルカナムがふんだんに使われている。勿論人の手でそれを使うことなど出来ないが、アルカナムがあれば話は変わってくる。

 

あり得ないと思っていた話がだんだんと現実味を帯びてくる。冷たい汗が超一流の鍛冶師二人を濡らした。

 

「アマテラスを超える熱量。アルカナム。そしてゴッズアイテム。これらを一つの力で説明するには俺にはルグの力くらいしか思いつかない」

「ブリューナクはどうやって下界に持ち込まれたと思う?」

「アレはバロールに投擲した事で魔眼を壊したんだろう?神は死なないから死体から引き抜くことはできなかったはずだ。ならブリューナクはヤツが持っていたと考えるのが自然だ」

 

恐らくブリューナクが持ち込まれたのはバロールが下界に降り立った時。ルグ・ファミリアのホームを襲撃する前にバロールをけしかけた黒幕が万が一バロールが敗れた時の事を考えて、預かっていたとしたら、全ての辻褄は合う。

 

「リャナンシーはこの力を出来るだけ使いたくないと言っていた。恐らく使用回数に限界があるか、俺の魔物化のように副作用があるかの2パターンが考えられる。あの時ルグの力が暴走したのはほんの短時間だった。もし条件が前者だとしたら、大体のカラクリに説明がつく」

 

もうリヴィエールの言葉を有り得ないという事はない。彼の推理は論理的かつ現実的だった。

 

「だとしても、どうやって対処する?デュランダルを作ることは出来るが、アルカナムに耐え切れるモノが作れるかと言われれば、分からんと答えざるをえないぞ」

「私が作ってもいいんだけど、アルカナムが使えない今の私ではゴッズアイテムに対抗するのは難しいわ」

「流石にヘファイに頼もうとは思ってないよ。この手のことに友情を持ち出したくない」

 

ヘスティアのように個人的な頼み事をする事も友人の形の一つではあるが、リヴィエールはそれをしようとは思わない。白髪のハイエルフは友人とは対等の関係で居続けたかった。不遜なことかもしれないが、それは神ヘファイストスであろうと例外ではない。友情を盾に私的なわがままを述べる事は、己に流れるアールヴの血が許さなかった。

 

それが、ヘファイストスやリヴェリアには水臭く、嬉しくも悲しく思う。瑞々しく、気高いプライドを尊重すると同時に彼を放って置けなくなる理由の一端だった。

 

「取り敢えず、質には数で対抗しようと思う。椿、デュランダルを出来るだけ。少なくとも二振りは用意してほしい。俺が以前ヘファイに預けたドロップアイテム全部とコレを使ってくれていい。金にも糸目はつけない。一級品クラスの攻撃力は諦めるが、その代わり最高の剣を打ってくれ」

「そう言われてもな……実は今ロキ・ファミリアから魔剣やスペリオルズの依頼を大量に受けている。私個人としてないお前を優先してやりたいところなんだが、一振り打つだけならともかく、最高品質のデュランダルを複数打つとなると難しい」

「先約があるならそっちを優先してくれて構わない。俺は別に急いでないしな。しばらくはこれで充分活動できる」

 

折れて半分になったカグツチを腰に納め、ウダイオスの黒剣を背中に背負う。折れたカグツチでも脇差程度には使えるし、メインアームは黒剣でいい。リャナンシーなどの強敵と闘うには不安があるが、しばらくダンジョンに長く潜るつもりはない。

 

「貴方、それ本気で言ってるの?敵がこっちの都合に配慮してくれるわけないこと、貴方ならわかってるでしょ?」

 

痛い所をヘファイに突かれる。この世に100と0はないというのは、リヴィエールの持論でもあった。浅い階層だからといって、リャナンシーやレヴィスと遭遇する事は無いなど、誰が言える?その二人に会うことはなくても、彼女ら以外にも敵には手練れがいるかもしれない。俺の予測ではオラリオ崩壊すら企んでいる組織なのだ。戦闘員があの二人だけとはとても思えない。

 

「でもしょうがないだろう。出来ないんだから」

「だから私が作ってあげるって……」

「それは畏れ多いからダメ。ヘファイのハンドメイドなんて幾らかかるかわからないし」

 

正直な所を言えば、剣客として彼女が作るであろう至高の剣に興味はある。強く。だが、友人のよしみで格安で譲るなどということは彼女はしない。だからこそリヴィエールはヘファイが好きなのだ。以前渡したドロップアイテムとヘスティアの相談料があるから代金は手数料のみにしてくれるだろうが、それでも恐らく一億はくだらないはず。金に糸目はつけないと言ったが、流石に金庫の中身を空っぽにするつもりはなかった。

 

「そういえば、ヘスティアの頼みは聞いてやったのか?」

「最初は断ったんだけどね。一晩頭下げられて根負けしたわ」

「うわ、レベル1がヘファイストス・ファミリアの武具を使ってるのか。贅沢の極みだな」

「駆け出しにそんないい武器渡すはずないでしょ?成長の妨げになりかねないし。それにアレは完全に私のプライベート。心血を注ぐ子供達の手を煩わせるわけにはいかないわ」

「…………え?じゃあアンタが打ったのか?」

「もちろん値引きはしてないし、ヘスティアにもみっちり手伝わせたけどね」

 

どんなナイフを打ったのかを教えてもらう。神聖文字が刻まれた、使い手とともに成長するナイフ。現在、子供達の手では絶対に作れない正真正銘のスペリオルズ。

あのバカ、と頭を抱える。材料から手数料まで、一体幾らかかるかわかっているのだろうか?安く見積もっても二億はするだろう。

 

「でも、それなら尚更頼めないな。これ以上ヘファイに私的な負担を増やしたくない」

「会ったこともない子供に作るなら、貴方に打ってあげたいんだけど」

「それに、言いにくいが、ヘファイでもブリューナクに対抗するのはキツくないか?あっちはアルカナムを使っているが、アンタは使えないんだから」

 

ヌアザと比べ、ヘファイの腕が劣っているとは思わない。だが、腕が互角なら尚更アルカナムの差が出るだろう。技術のみで超えることは難しい。

今度はヘファイストスが痛い所をつかれたという顔をする。ハアと一つ嘆息するとソファから立ち上がり、鍵のかかった部屋の中へと入っていった。

 

「…………あの部屋開いたの、初めて見た。何が入ってるんだ?あそこ」

 

ヘファイストス・ファミリアに訪れた事は数え切れない。この幹部しか入れない執務室に通されたことも。しかし……

 

『貴方はウチのホームでどこに行っても良いけど、あの部屋にだけは入っちゃダメよ』

 

ヘファイに強く言われていた事だった。ファミリアには友人であろうと、他人に知られたくない秘密もある。リヴィエールは何の疑問もなく、その言いつけを守っていた。しかし、それなりに長い付き合いだというのに、あの部屋が使われている所を見たのは今日が初めてだった。

 

「手前も詳しくは知らん。主神ヘファイストスのプライベートルームとだけは聞いている」

 

椿すら詳細は知らないプライベートルーム。好奇心が多少擽られたのは認めざるを得なかった。入る事は絶対ないが。

 

しばらく待っていると部屋からヘファイが現れる。両手には一本の剣を携えていた。鞘には白と金があしらわれている。浅いが反りのある刀身の細い片手剣。柄は黒く柄頭には金で出来ている。

 

「剣?一体誰の……」

「持ってみて」

 

リヴィエールの質問には答えず、剣を差し出してきた。受け取る。同時に衝撃が奔った。

 

───重い!!

 

危うく取り落としそうになった。こんな細身の剣だというのに、驚くほどの重さ。カグツチも相当重い剣だったが、明らかにそれ以上。両手剣であるウダイオスの黒剣以上の重さだ。金属密度の高さが持っただけでわかる。これは相当使い手を選ぶ剣だろう。

 

「流石。片手で持てたわね。貴方なら使えると思ったわ。抜いてみて」

 

言われるまでもなく抜くつもりだった。クリアシルバーの刀身が鞘から放たれる。その煌めきはまるで透き通るかのような色合いを放っていた。

剣を立てる。片刃だ。反りは浅い。光に透かすと刀身が薄青く、輝く。まるで海の漣が纏われたかのようだ。あまりの妖しさと鋭さに寒気を覚えた。

 

「試してみて」

 

重さに慣れたのか。もう持ち方に変な力は入っていなかった。スッと半身に構える。その瞬間、空気が変わる。張りつめられたその気配は肌を切り裂いた。

 

───流石に剣聖が剣を持つと違うな

 

リヴィエールが剣を試す姿を見たのは椿も久しぶりだ。ヒリつくような剣気は恐ろしくも心地いい。

 

風切り音と共に軽く振るわれる。カラ打ちにも関わらず、室内はビリっと震えた。

 

───剣速が早い。軽く振っただけなのに空気を斬り裂かれた感覚がある。

 

「…………いい剣だ。数え切れないほど剣は見てきたけど、今までお目にかかった中でもコレはピカイチだな」

 

それに、不思議なほど手に馴染む。手のひらに柄が吸いつく感触があった。

 

「銘はフラガラッハ。アンサラー・ソードって言えば聞き覚えあるんじゃない?」

「いや、ないけど」

「天界にいた頃のルグの佩剣だったのよ。それ」

「ルグの!?」

「ええ。海神リルがルグに与えた宝剣。【回答者】【斬り抉る戦神の剣】とも呼ばれてるわ」

「何でヘファイがそんなの持ってる?」

「あいつが下界に降りて間もない頃、私に借金の担保として預けてきたのよ」

 

鞘に剣を納めると同時に目を見開く。率直に言って驚いた。ルグの借金についてではない。彼女がヘファイから色々と都合してもらっていた事は知っている。借金の返済は何を隠そうリヴィエールの稼ぎで行なっていたのだから。幾ら借りたのかも知ってるし、完済したのも確認した。

しかし、担保に剣を預けていたのは知らなかった。武芸にも魔術にも秀でた百芸に通ずる者(イルダーナハ)でありながら、その手の道具を一切持っていないことに違和感を感じた事はあったが、まさか借金のカタにしていたとは。

 

返す為、剣をテーブルに置く。赤髪の女神は受け取るのを断るように手を突き出してきた。

 

「それはもう貴方の剣よ」

「は?なんで?」

「本当は借金返済し終わった時点で返そうとしたのよ。でもね……」

 

『その剣はヘファイが持っててください。私が持ってるより貴方が持ってる方がそれも喜ぶでしょう。私にもう佩剣は必要ありませんから』

 

そう言って断られた。以降、ルグが必要になった時、いつでも完璧な状態で返せるようにちゃんと手入れをして保存していた。

 

「神代で使われていた宝具よ。それならブリューナクにも対抗できるでしょう。今の貴方なら使いこなせるはずよ」

「で、でもコレはルグがアンタに預けた剣で……」

「元々の持ち主はルグ。ルグの物はファミリアの物。そして主神がいなくなった今、ファミリアの物は団員である貴方の物。違う?」

「…………」

 

ヘファイの言っていることは正しい。だが、この剣を腰に差す事にはまだ抵抗があった。

 

───俺が守れなかったルグの遺品を、俺が身につける事が許されるのか

 

ルグには本当に色々なものをもらった。居場所も、ライバルも、家族も、人の心も……全部。それなのに俺は何も返せないまま、アイツと別れた。これ以上彼女から受け取る事が許されるのか?

 

白髪の友人の心中の葛藤をヘファイストスは一つの狂いもなく読み取っていた。義理堅く、水臭い。実に彼らしい。思わず笑みがこぼれる。見た目は随分変わってしまったが、友人が変わらずいてくれる事が、女神は嬉しかった。

 

「ウチの蔵で眠っているより貴方に使われた方が剣も喜ぶわ。ルグも貴方が合わない剣を持ち続けて傷を負うことは望まないでしょう。使いなさい」

 

テーブルに置いた剣を再び両手で持ち上げ、差し出す。まだ少し迷っている様子だったが、十数える程の後に、受け取った。

 

「ヘファイストス。太陽に仕えた騎士として、貴方の友愛に感謝します」

「やめてよ。貴方に敬語なんて使われたら怖いわ」

 

剣を掲げ、跪くリヴィエールに慌ててやめてと頼む。自分なりに最上級の感謝を述べたつもりだったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

 

「じゃあメインアームはそれでいいとして、あと一振り欲しいんだっけ?」

「ああ。ブリューナク対策もあるが、それ以上に手数が欲しい。コレからの戦いは多対一になる可能性が高いからな」

 

雑魚はロキ・ファミリアに任せられるが、レヴィスクラスの手練れが相手になると俺が出張る必要がある。リャナンシーなど、互角に闘えるのは俺しかいない。乱戦になった場合、剣一本では心許ない。

 

「ギルド職員が何の用だ!この先は関係者以外立ち入り禁止だ!」

「離してください!私はリヴィエール・グローリアのこ……知人です!彼が此処にいるはずです!会わせてください!」

 

扉の向こうから騒ぎが聞こえてくる。優れた感覚器官を持つリヴィエールは会話の内容まで聞き取れたが、他の二人は何か騒がしい程度にしか聞こえなかった。

執務室のドアを開く。すると案の定の人物がいた。

 

「リヴィ君!!」

「エイナ?」

 

止めに入っていたファミリアの団員を振り払い、リヴィエールの胸に飛び込んでくる。白髪の剣士は手に持った剣を慌てて腰に差した。

 

「何やってるんだこんな所でって……ああ。今日査察にヘファイのところに行くって言ってたっけ」

 

今朝あいつの部屋から出る時にそんな事を聞いた。一緒に行こうと誘われたのだが、ギルドの七面倒な手続きを待つ気にはなれなかった。

 

「ベル君が……ベル君が危ないの!」

「クラネルが?」

「ちょっとリヴィエール。誰よその子。知り合い?」

「見逃せヘファイ。俺の担当官だ。エイナ、詳しく話せ」

「私の思い過ごしかもしれないけど、あの子ソーマ・ファミリアの厄介ごとに巻き込まれそうになってるみたいで!ソーマ・ファミリアの冒険者たちが、ベル君に最近付き纏い始めたアーデってサポーターを襲撃しようと計画してたの!」

「なるほど、小悪党に相応しいしっぺ返しを食らおうとしてるわけか。それで?」

「あの子もベル君に付き纏うのはもう限界だと思い始めてる。私やベル君が警戒し始めてるのに気づいたらしくて、今日大荷物を持ってダンジョンに入ったみたい」

 

つまり、ダンジョン内でそのサポーターに嵌められそうになっている上に小悪党の小競り合いが重なりかけている。厄介事とは重なるのが世の常だが……

 

「面倒な連中に巻き込まれたもんだな」

 

「助けにいってあげて」とエイナが言う前に、執務室の窓を全開にする。知らなかったら放置していたが、知った上で見放して、死なれでもしたら寝覚めが悪い。あと一秒後には窓から外へと飛び出していただろう。

 

「リヴィエール!!」

 

椿の声が背中を打つ。足を止めて、振り返った瞬間、紅い紐が視界に入る。反射的に受け取っていた。

 

「手前が作った組み紐だ。髪を縛るのに使え」

「椿……」

「新たにデュランダルを打つ余裕はない!折れたアマテラスを使って小太刀を作る。それでいいか!!」

「ああ!ブリューナクへの対策はフラガラッハがあれば何とかなる!それより今は手数が欲しい!任せていいか!」

「手前に任せよ!だからそなたはそなたのなすべきことをなせ!」

 

軽く拳を掲げる。白髪を赤の組み紐で束ねると同時に窓から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン10階層。濃霧が立ちこみ、硬い植物が茂る階層。出現する大型級モンスターらによって武器として使われることもままある。通称『迷宮の武器庫』

 

その階層で今日はちょっとした事件が起こっていた。本来はモンスターをおびき寄せ、その間に逃げるトラップアイテムが、間違った方法で使用されており、不自然にオーク達が集結していた。

 

「すみません!急いでるんです!」

 

謝罪する声が迷宮に響く。脱兎の如く霧の奥へと白い影が消えていった。取り残されたのはプラチナブロンドのロングヘアに白いアーマーを纏った美少女。

彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。ダンジョンへと向かう最中、偶然出会ったエイナにベルの救出を依頼され、この場に来ていた。弱者たちから帰ってこない冒険者の救出を依頼されると言うのは上級冒険者には珍しくない事だった。まあタダで受けてやるのはアイズとリヴィエールくらいのものだろうが。ベル・クラネルがリヴィの仲間だと言うことはアイズも知っている。白金の女剣士はエイナの依頼を快く引き受けた。

 

アイズが加わった事で戦闘は白ウサギに余裕をもたらす。生じた空白の時間を利用し、彼は脱出を成功させた。

 

「行っちゃった……」

 

オークの群れを全て斬り伏せ、漏れ出た呟きが響く。エイナの話によれば、サポーターが関連して他ファミリアの厄介ごとに巻き込まれているそうだ。それに下級冒険者には厳しい状況だった。脇目も振らず逃げても不思議はない。

けれど、少し彼に聞きたいことがあったアイズにとっては少しだけ残念だった。

 

「これからどうしよう」

 

そんな呟きに応えた訳ではないだろうが、誰かの気配が近づいてくる。意識してますほんの僅かしか聞こえない足音。迷いない気配。手練れだとアイズが察するのに時間はかからなかった。デスペレートに手を掛ける。霧の奥から人影が見えた。

 

「…………っ、リヴィ!」

「アイズ?」

 

霧に隠れた人物の正体がわかる。エメラルドを思わせる翡翠色の瞳に、砂色のローブ。背中まで伸びた白髪は紅い紐で結ばれている。アイズにとって、世界で最も美しい存在の一人だった。

 

「髪、縛ったんだ」

「ん?ああ、これか。少し鬱陶しかったんでな」

 

白い総髪を手で払う。絹のような白髪は淡く煌めいた。

 

「似合わないか?」

「ううん。とっても綺麗。リヴェリアみたい」

 

その一言にピクリとリヴィエールの眉が動く。アイズにとって、世界で最も美しいと思える存在といえるリヴェリアやリヴィエールみたいだという感想は最大級の賛辞なのだが、白髪のハーフエルフにとってだけは褒め言葉と受け取る事は難しかった。

 

「んんっ。そんな事より……アイズ、お前どうしてこんな上層に」

「リヴィこそ。そんなに急いで……あの子を助けに来たの?」

 

あの子と呼ぶ存在が誰のことか、聡明な彼はすぐにわかったのだろう。納得したように一度頷いた。

 

「エイナの奴、アイズにも頼んでたのかよ。俺に言う必要ないじゃねえか」

「確実を期すためにお願いしたんだよ。怒らないであげて」

 

リヴィエールの事で悩みを分かち合えたエイナとは友達になれそうだった。酷い目に合わせたくはない。

 

「別に怒ってないけど。で?アイツは?」

「もうどこかに行っちゃった。今から追いかけても会えるかどうか……」

「この霧だ。一度見失えば見つけるのは難しいだろう」

「…………ねぇ、リヴィ。あの子は一体……」

 

アイズが何かを訪ねようとして、止まる。二人の空気が変わった。押し殺した何かの気配を二人とも同時に感じ取った。

 

「……気づいたか?」

「リヴィがそういうって事は、やっぱり気のせいじゃないよね」

 

腰の剣に手を掛ける。二人とも、何もない空間を見据え、腰を落とした。

 

『気づかれてしまったか。御見逸れする』

 

声が響く。鼓膜を振動させたというよりは、頭に直接響いたという方が正確な表現だった。デスペレートを抜く。リヴィエールもフラガラッハの鯉口を切った。

 

「私達に何か用ですか?」

『その通りだが、二人とも剣を下ろして欲しい。私は君達に危害を加えるつもりはない』

「信用できないな。まず姿を見せろ」

 

油断なく剣を構える二人の前に黒い影が浮かび上がる。影は次第に大きくなり、人の形を象った。

 

『そう警戒するな、【剣聖】リヴィエール・グローリア。私はしがない魔術師(メイジ)。君達と比べれば、あまりに脆弱な存在だよ』

 

また一つ。ダンジョンに大きな波乱が起きようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。新章突入!黒衣からの招待状に剣聖と剣姫は動き始める。24階層で新たな脅威が新たな力を手にした二人を待ち受ける。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。

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