リヴィエールが荷物を担ぎ、歩く。中身は膨大な数の魔石とアイテムがある。自分が出した荷物なのだし、持つとアイズは言ったのだが、白髪の剣士は完全に無視して歩いていた。
絹のように白い長髪と黄金を溶かしたような色の長髪を揺らし、よく似た二人はしばらく黙って帰路についている。
「あの、リヴィ……」
「…………なに?」
思ったよりぶっきらぼうな声が出たことに少し驚く。少し気の無い様子に徹しすぎたか、これでは不機嫌な態度にとられてしまう。
「お、怒ってる?」
ほら、不安にさせた。怒ってなんていないのに。むしろ感謝してるくらいだ。どんな洞察力を持っていたとしても、自分の事を見ることは出来ない。だが、彼女のおかげでリヴィエールは初めて自分を自身の目で見ることが出来た。
「怒ってない」
「…っ………やっぱり、怒ってる」
「怒ってないって」
「声が怒ってる」
もうこんなやり取りを三日間繰り返している。最短ルートを通って上層付近まで来ていた。戦闘はほぼリヴィエールがこなしており、行軍は実に円滑だった。たった一つを除けば。
───あまり好みではないな、大剣は。
折れたカグツチの代わりに使用していたのはアイズを散々苦しめた長大なウダイオスの黒剣だった。激しい戦いの末、破損したその漆黒の剣は人間が使える程度の大きさになっている。折れたカグツチを用いてリヴィエールは刃を研いだ。鍛治の腕でいえば、リヴィエールは椿達の足下にも及ばない。しかし、超一流の剣客として、剣の手入れは気が遠くなる程の数をやってきた。研ぎ師としてなら白髪の剣聖は一流の腕を持っている。
「………迷惑だった?」
黒剣について聞かれた事だと判断するのは難しくなかった。彼の腰にいつもあったあの美しく、妖しい剣が折れている事はアイズも知っている。その現場にいたから。ずっと、気に掛かっていた。冒険者をやっていれば、武器を失うことなどザラだが、彼は武器を失ったままダンジョンに来ていた、自分のせいで。
アイズは自分が手に入れた超レアドロップを何の迷いもなく彼に譲った。カグツチがない今、彼には少しでも強い武器を持って欲しかったから。リヴィエールなら大剣だろうがなんだろうが完璧に扱える。
でも、彼は長大な武器を好まない事も知っていた。彼は重く、それでいて大きすぎない金属密度の高い片手剣を常にメインアームにしている。破壊力と速度、そして小回りの利く器用さを求めていた。
故に大剣など、彼にとってあまり好む武器ではないだろう。たとえ使いこなせても、自身の好みと合わないことはある。事実、アイズは大剣があまり扱えなかった。
自分がやった事は、使えない武器を押し付けてしまったに過ぎないのではないのか。その不安がもたげたのだ。
「いや、助かったよ。流石に今のカグツチで下層は不安だったからな」
ヘファイのところで打ち直しを依頼しなければならないだろう、と心の中でつぶやく。カグツチが折れた報告も兼ねて。嫌な事は後でタイプのリヴィエールだが、するべき時に逃げると言う事はしない。はっ倒される覚悟は固めてある。
「じゃあ、なんでずっと黙ってるの?」
「それは……」
この三日間、あまりアイズと会話はしなかった。それどころか、目を合わせる事すら数えるほど。本当にただ一緒にいただけだった。
───言えるわけ、ないだろう。お前にビビってるなんて
あの時以来、自分の剣が誰のために存在するかを知って以来、以前のように気安く振る舞えなくなった。可愛い妹分としてずっと接して来た視点がガラリと変わった。妹として見れなくなっていた。認めよう。俺は緊張しているのだ。初めてルグを抱いた時のように。初恋を自覚した思春期のガキのように緊張している。あのアイズに。
女未満と書いて、妹。いくら周りに囃し立てられようが、お似合いだと言われようが、無理やりデートさせられようが、リヴィエールはまるで気にしなかった。だって彼にとってアイズは女ではなかったから。
だがあの瞬間からアイズは変わった。女未満どころか、自身の剣を捧げるほど大きな存在になってしまったかもしれないから。
そんな相手は今までルグしかいなかった。アイズは今、剣聖の中で、太陽の女神に迫るほど大きな存在になろうとしている。
「………ビビってるだけだよ。この後リヴェリアの説教が待ち構えてるからな」
「あ……」
アイズの顔が青ざめる。リヴィエールのことで頭がいっぱいで、今の今まで忘れていた。怒れるお母さんが、お家で待ち構えていたのだった。
「り、リヴィ……一緒に帰ろう。私はあなたが、守る」
「をい、文法がおかしい」
いや、おかしくはない。アイズの本音のはずだ。本音だからこそ問題がある。散々俺を守ると言っていたコイツが、俺に助けてと懇願してきたのはいつ以来だろうか。
「やだね。俺がリヴェリアに怒られる理由なんてホントは全くない。それでもお前のために拳骨喰らおうとしてやってるんだ。それ以上のことをしてやる義理は…………ん?」
5階層に到達し、しばらく進んでいると、広間に転がってる冒険者を発見した。
「人が倒れてる」
「こいつは……」
近づくにつれ、白髪の剣士の眉間に皺が寄る。呑気に倒れている
「この子……」
「ああ、ウチのガキだ。何やってんだこのバカ」
首根っこを引っ掴んで持ち上げる。目立った外傷はなし。治療および解毒の必要性皆無。典型的マインド・ダウン。魔法を覚えたばかりの未熟者が調子に乗って乱発した、数え切れないほど前例のある平凡な日常だ。ソロの場合、気絶したまま魔物の腹の中に収まってしまうまでがセットなのだが、コイツは幸運なのだろう。そこだけが普通と少し違う所だった。
「この子、アレからどうしてたの?」
「さあ?俺は滅多にホームに帰らないから。あの酒場の件以来会ってなかったし」
まあダンジョンに潜ってるんだから、ある程度立ち直ってはいるんだろう。マインド・ダウンを起こしている未熟さには目眩を覚えずにはいられないが。まあ能天気も長所といえば長所かもしれない。
「悪いアイズ。今日はここまでだ。俺はコイツの面倒を見てやらなきゃいけない」
「うん。私の事は気にしないで。その子をお願い」
魔石がたっぷり入った荷物を降ろし、代わりに乱暴に少年を肩に担ぐ。相変わらず凄まじい腕力……いや、あの小柄な少年が片手でかつげるほど軽いのだろうか?
「あ、魔石…」
「いいよ。俺は今回付き添いだし。お前にやる」
「でも、ほとんどリヴィが倒したのに」
「気にするな。遠征費用は全部お前持ちだったんだから」
それに、ウダイオスの黒剣はこちらが持っているのだ。持ち出しで言えば確実にアイズが多い。
「リヴェリアに伝えろ。近いうちに会いに行く。待ってろ。言伝があれば例の場所で、と」
「豊穣の女主人?」
「ああ、そういえば知ってたんだな。あいつ意外と口軽いなぁ」
身内にはだだ甘なのは昔と変わっていないらしい。まあ、そんなところも彼女の魅力だ。完璧過ぎる奴よりはよほど好感が持てる。
「またな」
「…………うんっ」
額を指で軽く押す。安心したように頷いたアイズに笑いかけると、リヴィエールは出口へと走った。
▼
「り、リヴィエールくんっ」
「おはようヘスティア。ほら、土産」
ドカリと金品をテーブルに置く。先日あいつらに付き合って稼いだ金が皮袋の中に敷き詰められている。その重厚な音と金属が掠れる音色は相当の大金である事を告げている。
「お、おかえり。久しぶりだね……って、なんだい!その包帯だらけの姿は!?」
「…………ああ、これか」
手首を軽く掲げる。火傷の手当てに使用した布が腕を白く染め上げている。
「君は本当によく包帯君になるなぁ!髪もめっちゃ伸びてるし、この短い間に何があったんだい!?」
「説明すると長くなるから省くが……まあ、魔法の使い過ぎだと思ってくれ」
神に嘘は通じないため、事実のみで誤魔化す。本当のことはしゃべっていない程度の事はバレているだろうが、それぐらいならヘスティアは深く追求してこない。干渉しすぎないのが、二人の間で交わされた契約の一つだからだ。
「そんな事より、この鬱陶しいの、なんとかしてくれ」
「へ……ベル君!?」
普段いない男がいたおかげで意識の外にいた彼がリヴィエールの言葉で確認される。するとクッションに顔を埋めて悶える白兎の姿が視認された。
「な、何があったんだい?」
「それが聞いてもあんま教えてくれなくて……多分マインド・ダウンしてた事を恥じてるんだと思うが」
相変わらず、よくクヨクヨする少年だ。目を覚まして事情を説明してやって以来、ずっとこの調子。反省は冒険者に必要な事だが、切り替える能力も重要だ。過去を割り切れない冒険者は長生きできない。
───いや、俺が言えたことではないか
過去に引きずられているのは俺も一緒だ。だから自分も長生きできないだろう。自覚しているからこそ、自分はこの白兎よりタチが悪い。
「まいんど・だうん?なんだいそれは」
「魔法使用の精神摩耗によるブラックアウト……そういえばこのガキ、魔法なんて覚えたのか」
以前ヘスティアに見せてもらったステイタスには無かったはずだ。先程まで自分のことで手一杯だったため、気にもしていなかったが、この短期間で魔法の発現はかなり異常と言える。
「この子もホントに多感な子だなぁ……あ、ベル君。昨日の本、見せてね」
テーブルに置いてあった本をヘスティアが手に取る。リヴィエールも包帯の結び目を解き始めた。せっかくホームに来たのだ。ステイタスの更新をしてもらうつもりだった。
「ふぅん。見れば見るほど変わった…………え?」
ペラペラとページをめくっていたヘスティアの手が止まる。
「り、リヴィエール君っ。コレ……」
基本朗らかな彼女にしては珍しい青ざめた表情と引きつった声が耳朶を打つ。リヴィエールが振り返るより前にヘスティアは本を持って彼の隣に座った。
「…………
「そうだよね!やっぱりそうだよね!!」
書物を手に取り、目を通していたリヴィエールが、信じられないと言わんばかりに目を見開き、唖然と正体を呟く。彼の意見によって、ヘスティアもこの書がグリモアである事を確信した。
「ぐりもあ?」
「ああ、駆け出しは知らないか。極限までざっくり言うと、魔法の強制発現書。読むだけで魔法が使えるようになるとんでもないアーティファクト」
『魔導』『神秘』二つの希少スキルを極めなければ作れない超奇天烈物体。
「俺もディスプレイに飾られてるのは見たことあるが、本物を手に取ったのは初だ……だがレベル1で魔法が発現するなんてそれぐらいでしか説明できないか」
本来、魔法は才能があっても、たゆまぬ努力と練磨の末に得られるスキル。エルフでさえ一つの魔法を覚えるのに相当の修行を要する。
「クラネル。どこでコレを手に入れた?」
「知り合いの店で借りて……」
「どこだ?」
「豊穣の女主人っていう……」
───あそこで?
いくつか疑問符が浮かびあがる。あの店は元冒険者が多く働いている。よく見ればこの書がグリモアである事くらい気づく。唯一スルーする可能性があるとすれば町娘のシルだが……
───シルがクラネルに……
偶然とは思えない。なんらかの作為をリヴィエールは感じ取った。
「は、早く返しに行かないと」
「無駄だ。一度読めばこいつの効力は失われる。もうコレはただのガラクタだ」
本を閉じ、ヘスティアにグリモアを手渡す。魔法使いとして、使用済みのグリモアに興味はなくはなかったが、俺の持ち物ではない。ならばファミリアの財産として、クラネルか、ヘスティアに返すべきだ。
「べ、弁償しないと」
「アホ、身ぐるみ剥がされて一生奴隷で暮らしたいのか。ヘファイの一級品装備と同等……いや、それ以上か」
昔、レノアの店で見た値札を思い出す。景気良く並んだ0は多すぎて集計する気にもならなかった。
「君は何も見なかった。そういうことにしておきたまえ。後は僕らがやっておく」
ヘスティアが笑顔でサムズアップすると、リヴィエールに続いて外に出ようとする。
「なにふつうにごまかそうとしてるんですか神様!」
「ええい、止めてくれるな!ベル君、君は潔癖すぎる!世界は神より気まぐれなんだぞっ!」
「はは、至言だな」
「リヴィエールさんも感心しないでください!もうこうなったらドゲザに賭けるしかないんです!」
ひったくると教会を飛び出していく。恐らく豊穣の女主人に向かったんだろう。
「ベル君の正直者ぉ…」
「ガキ……まあ、大丈夫さ。ミアなら悪いようにはしねえよ」
「ミア?」
「その店の主人だ。あのバカと違って現実的な女傑だ。あいつなら置いていった方が悪いから忘れろぐらいの事は言うだろ」
「そうなら良いんだけど。あ、リヴィエール君」
焦ったような声が背中にかかる。何か相談したい事でもあるのだろうか?いつもと違う真剣な声に歩みが止まった。
「ちょっと、聞いて欲しい事があるんだ。彼が最近行動を共にしているサポーター君について」
「…………」
しばらくヘスティアから話を聞く。聞いた限り、あまり良い印象は受けない小人族だ。といっても別に驚きはしない。小人族なんてフィンを除けば基本卑屈で卑怯。リヴェリアやリューが最も嫌うタイプの連中ばかり。中でもその小人族はタチが良くなさそうだ。
「どう思う?」
「どうって言われても。オラリオじゃよくいる小悪党だ、くらいしか」
「そうじゃなくて!ベル君は大丈夫かなって事さ!」
「ほうっておけ」
「ほっておけ!?」
ひっくり返った声がヘスティアから上がる。
「騙されるのも冒険者の経験だ。騙し、騙されを繰り返して一人前になっていくんだよ」
俺も何回騙されたか、と呟く。まあガキの頃から相当スレてたリヴィエールは少ない方だが、それでも騙されたことは幾度となくある。痛い目にあうことも勉強だ。
「でも僕はあの子が心配なんだ!あの子には純粋いままでいて欲しいんだ!だから……」
「それでも、俺たちにできることはないよ。ヘスティア」
あの子が純粋いなままでいるなら、そのサポーターが幾ら悪党でも信じようとするだろう。その行動の結果、何がもたらされるかはわからない。だが、過ちも全て白兎の財産になる。ならばたとえ騙され、嵌められたとしても、後悔はすまい。安全のために疑いながら後悔するよりは信じて動いた末で後悔する方が冒険者としては正しい。
───しかし、ソーマ・ファミリアか
どこにでもいる小悪党なら気にしなかったが、所属しているファミリアが少し引っかかる。あそこの団員は金稼ぎに血道を上げてる連中が多い。手段を問わない、それこそ人の命にかかわる事でも平気でやっているのを見た事がある。
金には困っていないはずのファミリアだからこそ、その行動理由は少し不可解だった。
「………ああ、そういえば俺、ロキに酒を奢ってやるって約束してた」
「えぇ……ロキに?あいつなんかとそんな約束したのかい?」
「少しゴタゴタあってな。その口止め料で。しかしあの軽い口を止めておくには少し気を使った方がいいか。よし、ちょっと高い所で買ってくる。ヘスティア、良い店知らないか?」
「え?えっと……僕が知る限り、一番美味しいのは……」
「そうか、ソーマか。少し高いがまあ俺の保身のためにはしょうがねえか。よしソーマにしようそうしよう」
包帯を巻き直し、外套を羽織る。ヘスティアとは一切目を合わせずに。
「…………ツンデレ剣聖」
彼がいなくなった後、笑顔でヘスティアはかつてルグが称していた名前で呼んだ。
▼
「え、ぇえええええ!?」
店先で素っ頓狂な声が上がる。ディスプレイの前に立って、驚愕に包まれているのは亜麻色の髪の美しいハーフエルフ。彼女の名はエイナ・チュール。リヴィエールとベルの担当官。ギルドで美人と評判の職員だ。
「神酒は相場で60000ヴァリス。堅実に稼いでるギルド職員にはちょっと手が出にくい嗜好品だな」
「ええ、これ買っちゃうと今月の生活費が……って!」
背後から聞こえるよく見知った声。あのフィリア祭以来、一度も顔を見せず、ずっと心配していた……
「リヴィくん!」
「やぁエイナ。変な所で会うな」
襟首に摑みかかるエイナを軽く抱きしめる。そうでもしないと押し倒されそうな勢いだった。
「今までどこに行ってたの!大怪我して、ダンジョンで倒れたって聞いて!本当に、本当に心配してたんだから!!」
「ごめんごめん。ちょっと色々あってさ」
「というか今もまだ怪我してるじゃない!なにこの包帯?火傷?大丈夫なの?ちゃんと治療してるの!?」
「一応巻いてるだけでほぼ完治している。それよりなんでお前がこんな所に?」
「私?私はね、えっと……」
滔々と怒っていたエイナが初めて口籠る。ギルドの者が特定のファミリアに探りを入れては問題がある。懇意にしているリヴィエール相手でも、規則の縛りがこの真面目なハーフエルフに躊躇を生んでいた。
「エイナ?それにリヴィエールか?」
『?』
二人の名前が呼ばれる。音源を見ると二人とも目を剥いた。
「リヴェリア様!?」
「お前…なんでここに?」
「なんで?なんでか」
足に力がこもっているのが音でわかる。強い力で胸を押された。傷が少し痛み、顔が歪む。
「お前が待ってろとアイズに言った。だが、どこで待てばいいかを言わなかったからこうしてオラリオ中歩き回ってたんだろうが!人が苦労して歩き回っているというのに貴様はエイナとイチャイチャしおって。まったく貴様の浮気性には付き合い切れん!」
「わかった!俺が悪かったら指で胸板突くのやめろ!地味に痛いから!」
ドスドスと鈍い音を立てながら後退する。壁に押しやられたリヴィエールは怒れる姉の手を取った。
「リヴェリア様……」
「ああ、エイナ。すまない。挨拶が遅れたな。少し見ない間に随分綺麗になったな。見違えたぞ」
「い、いえ!過分なお言葉、身に染みる思いで…」
「なんだお前ら。知り合いか」
「彼女の母と私は親友でな。私はエルフの里を彼女の母とともに出たんだ」
「…………そうか」
なら彼女の母はきっとオリヴィエを知っているんだろう。その子が俺とこういう関係になっているとは、縁とは不思議だ。ここ数日で強くそう思うようになった。
「エイナ。ここは里ではない。その言葉使いはよせ」
「そんな。
「それを言えばそいつにもお前は丁重な態度を取らねばならなくなるぞ」
「へ?」
「おい、リーア」
人の素性を勝手に話そうとしたバカな姉を目で制する。迂闊だったことを認めたのか。慌てて口を閉じた。
「リーア?リヴェリア様のこと?それにさっきの。どういう…」
「そんな事よりエイナ。俺の質問に答えろ。お前なんでこんな所にいる?」
誤魔化すと同時に話を本題に戻す。少し考え込む様子を見せると躊躇いがちに口を開いた。
「友人にここのお酒を勧められまして……飲んでみようかと」
7つ目の感覚はエイナの嘘を見抜いていたが、追求はしない。人の嘘を一々気にしていてはこのスキルは不便すぎる。
「私のファミリアにも愛好家が多い。リヴィエール、お前もか?」
「少し前にロキに神酒を奢る約束をしてな。それを果たしに来たのさ」
「…………お前が?ロキとの約束を?」
少し違和感を覚える。約束など、平気で破り、破られを繰り返して来た二人だ。一年前まではその度に喧嘩をしていた。変わった形ではあるが、それも二人の友情だったはず。それなのに…
「…………俺が約束果たしに来てたら文句あるのか」
「い、いや、ないが……」
「リヴィ君はここの常連なの?」
「常連とまでは言わんが……まあ口にしたことはある」
「なら聞いたことある?このお酒を嗜んで、依存症とか少し普通じゃない症状が出ている人がいるとか」
「………いや、寡聞にして。リヴェリアは?」
「私もそこまで常軌を逸した者は……あのファミリアの団員には薄ら寒いモノがあるとは聞くが……」
二人のよく似た翡翠色の瞳が、これまたよく似たエイナの瞳を射抜く。その高貴な光は平民であるエイナの心を鷲掴みにした。
───しまった。この聡い二人相手に踏み込み過ぎた…
「…………どうする?」
「まあいいだろう。勘弁してやるさ。話したくないことぐらい誰にでもある。ああ、生憎だが私もあのファミリアについて詳しくは知らない。こいつは言わずもがなだ」
しばらく二人で小声で話した後にエイナに向き合う。何を話していたかはエイナの耳には届かなかった。
「リヴェリア。少し話したい」
「ああ、そういう話だったな。わかった。来い。エイナ、お前も来るか?」
「へ?」
「ソーマの事情に多少明るい者に心当たりがある」
▼
「おかえり……リヴィ!」
黄昏の館応接間。いくつかのテーブルとソファが並ぶ広いホールに、少しラフな格好をした美少女がいる。風呂上がりなのか。輝くプラチナブロンドは少し濡れていた。
「やあアイズ。思ったより早い再会だったな。ちゃんと帰れたか?」
「うん。あの子は?」
「問題なし。ちょっと灸を据えたくらいで勘弁してやったよ」
喜色満面だったアイズの表情が少し曇る。彼の隣を親しげに歩く少女の姿が目に入ったからだ。少し尖った耳の形から恐らくハーフエルフ。儚げで可憐な美少女と言った、自分とは対照的な彼女を見て、少し嫌な気持ちが芽生えた。
「…………その人は?」
「俺の担当」
「私の親戚みたいなものだ」
「ほう。エイナ、お前いつのまに王族になった?」
「リヴィ君、からかわないで!」
モヤとした感情が胸の中に込み上げる。彼が愛称を許している人物は多くない。自分を含めても両手の指で数えられるほどだ。その時点で、相当親密な関係だと推察できる。
「エイナ・チュールです。ご高名はかねがね」
「アイズ・ヴァレンシュタインです。リヴィがお世話になってます」
「なってない」
「そうね。確かになってないわね。なってくれたら私も少しは楽なんだけど」
「わかります」
アイズが身を乗り出し、一度強く頷く。同じ苦労をしているのだと今の一言でわかった。
「わかってくれますか。この人、ホントに糸の切れた凧で」
「人を頼らないのはリヴィの悪い癖です」
「自分以外全員敵みたいなこと本気で考えてるんです。一年前なんてホント野生の狼みたいで。なまじ何でも一人で出来てしまうから困っています。何とか大人しくさせる方法ヴァレンシュタイン氏は知りませんか?」
「私もずっと考えています。リヴィが一人でどこかに行かない方法」
「お前ら、ホントに初対面か」
人の悪口を滔々と語る姿はとても初めてまともに会話をしている相手とは思えない。渦中の男は居場所なさげに抱えたビンをテーブルに置いた。
「人を団結させるのは共通の敵だな。この二人とは旨い酒が飲めそうだ」
コルクが抜ける音がする。同時に鼻腔をくすぐる涼やかな香り。最後に神酒を口にしたのはいつだったか。相変わらず素晴らしい。色艶といい、まさに至高の嗜好品。
「あの、それでリヴェリア様。事情に明るい方とは?」
「匂いにつられて時期にやって来る。それより呑んでみろ」
「どうでもいいけど何でお前が仕切ってんだ。俺が買った酒だぞ」
勝手に開けて勝手にグラスに注ぐ姉は弟の言葉を一切無視し、エイナの前にグラスを差し出す。続いてリヴィエールの前にビンを置くとグラスを向けて来る。注げ、という事らしい。良いけどなんかムカつく。
「うっわ」
口にしたエイナから感嘆の声が上がる。初めて味わうならばそれも当然だろう。舌を痺れさせる強烈な甘みにしつこくなく口溶け滑らか、後味爽やか。芳醇な香りが鼻に抜けるあの感覚。味が分かるものなら驚かない方がおかしい。
「この匂いっ、ソーマやな!」
「出た」
「なんやリヴィエール。人を妖怪みたいに言いおって。あー、やっぱりやぁ。なに?リヴェリア買うてきてくれたん?この親孝行もんめっ」
「俺が買ってきたんだよ。ほら、前のフレイヤの件で約束したろ」
「…………あぁ、アレか。あったなぁ。いやさっすがウチの友達!お前はやればできる子やって信じてたで!」
「何目線だ貴様。いいからサッサと飲め」
自分用にリヴェリアが用意していたグラスを差し出し、中身を注ぐ。おっとと、と古典的な口上を述べるとグッと煽った。
「かぁ〜、うんまぁ!相変わらずやなぁ。で、ギルドの制服着た子がウチに何の用や」
ロキの細い目がエイナを捉える。他ファミリア所属とはいえ、一年前から頻繁に出入りしていたリヴィエールが黄昏の館にいる事は彼女もあまり問題にしていないが、ギルド職員がいれば警戒するのも無理ない事だろう。
「お初にお目にかかります。私、エイナ・チュールと──」
「ああ、えぇえぇ。堅苦しいのはなしや。ギルドは常に中立とかほざいて、何が狙いや?」
「やめろロキ。俺の客だ。丁重に扱わねえと怒るぞ」
「私の客人でもある。中傷は許さん」
舌鋒鋭くかかったロキを二人で止める。少し考え込む様子ではあったが、素直に謝辞を述べた。
「で?リヴィエールとエイナちゃん。うちのオキニを持ってきたっちゅう事はなんか聞きたい事あるんやろ?」
「俺はねえよ」
「……ソーマ・ファミリアについて、知っていることを教えて頂きたいのです」
「ソーマ、ね。リヴィエールもそれでええんか?」
「だから俺はねえって」
「ああさよか。うちもあのアホとは仲ええ訳ではないんやけどな。二人ともなに聴きたい?」
「お前が聞けよ。俺は──」
「あのファミリアを取り巻く異常性の原因について…ご存知ですか」
ツンデレを差し置いて会話はドンドン進んでいく。憤然とソファに身体を沈めると頭を撫でられる。いつのまにかアイズが背後にいた。
「大丈夫、私もそういう時良くある」
「知るか」
そんな二人を尻目に話は進んでいく。酒好きであるロキがソーマの酒を収集していくウチに知った真実。それは現在市場に出回っている神酒は全て失敗作であるということ。
「この完成度とクオリティでか」
「そうや。それを知って成功品を恵んでくれって直接頼みに言ったんやけど…」
断られた。そのかわり少し内情は知れた。主神ソーマにファミリアをやる気はなく、ただ趣味に熱中するためにファミリアを作ったことを。
「趣味神ってことか?でもそんな神…」
「そう、珍しない。ウチもルグもある意味そうやしな。ただちゃうんはアイツのファミリアは目的ではなく手段でしかない言うことや。酒作りは金がかかるからな。せやからあのアホは団員たちに儲けさせるため、起爆剤を用意した」
「つまり、その起爆剤とは……」
鼻先にぶら下げられた人参って事か
「その通り。その人参が完成品の神酒。あそこの子達が崇めてるんはソーマやない。神酒なんや。そこが普通の趣味神ファミリアとの最も大きな違い」
金に困っていないはずのファミリアの団員たちの金への渇き。その理由こそが完成品の神酒だった。
「一昔前を思い出すな。暗黒期、クスリに潰れた連中が似たようなことをやっていた」
「まああん時に扱われとったヤバいクスリとはちゃうけどな。いくら旨くとも所詮酒。酔いはどっかで必ず覚める。依存症はごく短期間。しかし、抗い難い魔力を持つのも確か。いろんな不確定要素がなんとかうま〜く組み合わさって態をなしとるのが今のイカれたソーマ・ファミリアや」
───また厄介なところと繋がったな、あの白兎
冒険者に重要な要素の一つに運がある。リヴィが幸運であったかどうかはよくわからないが、少なくとも人との出会いにおいては恵まれていた。
「だが所詮は金欲しさ。できる悪事はザコそのものだな」
「そうやな。お前が今遭うとるような、大事には多分ならん。けど、多少痛い目には合うかも知れん。エイナちゃん。あそことつるんどる友達がおるんなら、それとなく距離を取るように声をかけたりぃ」
「…………肝に銘じます」
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