その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth33 遊んでやると言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬られた胸元から鮮血を撒き散らし、リャナンシーが空を飛ぶ。追撃のために踏ん張ったリヴィエールだったが、飛翔はせず、飛び下がった。そうやすやすとトドメを刺させてくれる相手ではない。百戦錬磨の剣聖は距離を取ることを選択した。

 

リャナンシーの漆黒のマントがハラリと落ちる。豊かな胸が露出し、着地と同時に大きく揺れた。

ふふっと微笑し、リャナンシーは左手で胸を覆う。からかうような、挑発するような視線をリヴィエールに向けた。

 

「随分積極的ね。そういう子、好きよ」

 

リヴィエールは彼女の言葉を無視し、慎重に間合いを図る。お喋りをしてくれないと思ったからか、これ見よがしに溜息をつく。彼の父親の姿がダブった。

 

スッと胸元の傷に手を添え、撫で上げる。その瞬間、真一文字に引かれた赤い線が消え失せた。

 

「治癒の魔法か」

 

詠唱は俺にすらバレないように完了させたのか…元とはいえさすがは腐っても妖精。俺なんかよりよほど魔法の扱いはうまい。

 

「本当に強くなったわねぇ、リヴィエール。それとも、ウルズって呼んだ方が良いかしら?」

 

眉がひきつる。そういえばこの女は俺の洗礼名を知っていた。

動揺を読み取ったのか、リャナンシーはしてやったりと言わんばかりに笑った。

 

「ちょっと遊んであげる、くらいのつもりだったのだけど、貴方に免じてご褒美をあげるわねぇ……本気でやってあげる」

 

その言葉が終わるか、終わらないかの瞬間、周囲の空気が激変した。大気が震え、尋常でない重圧が白髪の剣士を襲う。

 

───なんだ?!魔法か!?だが無詠唱なんて聞いた事も

 

動揺冷めやらぬ中、リャナンシーは動いた。先ほどまでとは比べ物にならない速度で跳躍し、リヴィの側面に回り込む。

 

反射的にカグツチを振るう。硬い感触が手に伝わるのと自分が吹っ飛ばされるのはほぼ同時だった。

 

「ガハッ!?」

 

外壁に叩きつけられる。体の中の空気が出され、肺が潰れる。一瞬、身体が呼吸の仕方を忘れた。

 

「────っ!!?」

 

呻き声をあげる間もない。槍の追撃が来る。飛び上がり、極死の穂先を躱す。間髪入れず振るわれた槍の一撃を剣で受けた。

 

───重っ……

 

耳障りな金属音が響く。片膝をつきながら、剣聖は剛撃を受け流していた。

 

「びっくり。私の動きをちゃんと目で追って反応するなんて」

 

笑顔でこちらに話しかけて来る。しかし今の彼にその軽口に対応する余裕はなかった。

 

「やりやがったな、てめぇッッ‼︎」

「私の友達になにしやがるコノォーー‼︎」

「っ、よせ!ティオナ、ティオネ!」

 

お前達の敵う相手じゃ、そう言おうとした時にはもう遅かった。

 

「お邪魔虫は引っ込んでなさいな」

 

赤黒の槍が襲いかかる。攻撃のために跳躍した二人は完全に無防備。ガードももう間に合わない。このままでは避けられない死が待ち構えている。

 

「【───グローリアの名の下に!!】」

 

黒の爆炎が周囲を吹き飛ばす。リャナンシーを爆心地に、ヒリュテ姉妹を吹き飛ばした。

 

「アチチッ!?」

「リヴィエール!?」

 

指を一度タクトのように振る。二人にまとわりついていた漆黒の炎は霧散した。

 

───クソっ!使っちまった!

 

アマテラスを解除しながら苦心して完成させた並行詠唱の魔法をヒリュテ姉妹を守るために使用してしまう。虎の子だった【燃ゆる大地】を使ってしまったことで切り札は無くなった。

 

───アマテラスもほぼ弾切れ……

 

剣聖の中からリャナンシーを倒せるビジョンが消えていく。

 

───コレだから群れるのは……

 

「リヴィエール……貴方、腕…」

 

助けられたティオネが呆然とリヴィエールを指差す。ティオナもその惨状を見て息を呑んだ。

 

「気にするな、ただの脱臼だ」

「気にするでしょ!変な曲がり方してる!」

 

吹き飛ばされた時か、肩が外れていた。皮膚の上から骨の形が浮かび上がっており、痛々しさにティオナは眉を歪めた。

 

「戦うのには支障ない」

「いやあるでしょ!そんなんじゃ左腕使えな───今嫌な音したぁ!!痛い痛い応急処置のやり方が痛い!!」

 

外れていた肩と腕を無理やりはめる。ゴキリという振動音は思いの外、大きく辺りに響いた。

 

───7つ目の感覚、応用編。痛覚遮断

 

痛みの回路を無理矢理切る。コレで痛みに身体がこわばる事はなくなった。それでも人体の構造上、全力戦闘を続けていれば動かなくなる。タイムリミットは15分と剣聖は判断した。

 

7つ目の感覚が警鐘を鳴らす。上から何か来ると気付いた時、白金がこちらに飛んできた。

 

「───アイズ…」

「うっ……リヴィ」

 

飛来してきたのは【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。傷の具合からいってやはり押されているのは彼女らしい。追撃に飛んでいた赤髪の冒険者の拳をリヴィエールが止めていた。

 

「オリヴィエ、貴様はこいつの後だ。邪魔をするな」

「アイズの後が俺なら遅いか早いかの差だろう。邪魔しない理由にはならないな」

「でも流石の貴方も私たち二人を相手にするのは無理じゃなぁい?」

 

リャナンシーが渾身の力を込めた致命必至の一撃がリヴィエールに迫る。受ければ死。かといって下がってもレヴィスの追撃が待ち構えている。

刹那より短い一瞬の空白、今まで積み上げてきた百戦錬磨の戦績が、リヴィエールを後退ではなく、槍が襲いかかる方向へと転がらせた。

 

──っ !?

 

懐に潜り込まれたとリャナンシーが知覚した時には腹部に衝撃が来ていた。指先を固めたリヴィエールの手刀が彼女の腹部に突き刺さる。

 

「くっ……」

「ちっ、邪魔だ!」

 

レヴィスに向けてリャナンシーを振り払う。大した足止めにはならなかったが、それでも一呼吸程度は余裕ができた。

 

「ォオオオオオオっ!!!」

 

片膝をつき、態勢を崩しながらも腰間からカグツチを振るう。不完全な居合斬りではあったが、それでもレヴィスの猛攻を止めるには充分だった。

 

「無傷とは思わなかったな。リャナンシー、どうやって避けた?」

「炎と風の魔法を併用して、チョチョッとね」

 

勘違いされがちだが、【燃ゆる大地】最大の攻撃力は黒炎ではなく、爆風。それさえ防げれば致命傷は避けられる。炎の壁で熱を遮り、作り出した風に乗って爆風から逃れていた。

 

つまりあの至近距離の【燃ゆる大地】でも大したダメージは与えられなかったということ。アレでダメとなると、やはり魔法による致命傷は難しそうだ。

 

「魔法の同時使役……そんな事、出来るわけ」

「三つ以上使えることに驚いてるの?でもそんなの当然よ。私は貴方達より精霊に近しい存在なんだから。貴方だってその一人でしょう?」

 

いつの間にか近くにいたレフィーヤの呟きをリャナンシーが嘲笑する。確かに妖精に最も近いと言われる種族であるウィーシェの森のエルフ、そしてハイエルフたるリヴィエールとリヴェリアは三つ以上の魔法が使える異端児中の異端児。ならば妖精そのものであるリャナンシーであれば……

 

「魔法の同時使役程度は出来ても不思議はないか」

「その通り❤︎流石は私の小さな恋人。私のことをすぐに理解してくれて嬉しいわぁ」

「俺はリアリストなだけだ。目の前で起こった事実であれば、例えどんなに信じがたいことであろうと認めるさ」

 

アマテラスをカグツチに纏わせる。火車切とでも名付けるか。この炎刀を持たせられるのも恐らくあと僅か。二人の実力から考えて、ニ対一なら長引けば長引くほど俺が不利。なら後先考える必要はない。俺が圧勝するか、俺が呪いに喰い殺されるか。時間との勝負。

 

「来い」

 

リヴィエールの言葉が終わるか終わらないかの内に二人とも瞬時に動いた。リャナンシーの槍をカグツチが受け止め、空いた片手はレヴィスの拳を逸らした。

 

「レフィーヤ!アイズ連れて下がれ!」

 

構ってやれる余裕はない。命令を出した瞬間、跳ぶ。常に動き回らなくてはあっという間に挟まれて終わる。なんとか一対一を二回繰り返すように位置どりを続けなければ防戦一方で持たせることすら難しい。アマテラスを駆使し、目にも留まらぬ速度で高速移動をしながら、3人とも戦闘を続けた。

 

───流石だな!この速度領域に余裕でついて来やがる!

 

だが、時間は稼げた。詠唱を完成させるには充分。

 

通常の並行詠唱ですら火薬の大樽を片手で抱えながら、火の海を走るに等しいというのに、この速度領域で戦いながら並行詠唱を完成させるのは通常の並行詠唱の十倍の難易度と見積もっていい。しかし、それでもこの男はそのチキンランをやり遂げた。

 

「【───グローリアの名の下に!!】」

 

【燃ゆる大地!!】

 

足元に魔法陣が浮かび上がり、魔力が一気に高まる。自身を爆心地にして完成させた【燃ゆる大地】。リヴィエールごと吹き飛ぶ覚悟で放たれたこの魔法は流石のリャナンシーとレヴィスといえど、回避に全力を尽くさねばならなかった。

 

───故にできる、僅かな隙。

 

「ぜぁあああああ!!」

 

レヴィスを蹴り飛ばし、同時にリャナンシーに向けてカグツチを振りかぶる。魔法の詠唱が完成するかは彼にとっても賭けだったが、このギャンブルにリヴィエールは勝った。その褒賞は当然、勝利の……ハズだった。

 

───っ!!?

 

心臓が大きく脈打つ。頭の中に砂嵐が吹き荒れ、身体中を炎で焼かれる音が侵食した。

 

───くそっ!こんな時に!?

 

せめて一太刀、右手に力を込めたが、そんな願いも却下される。意識は暗く塗りつぶされ、視界は闇へと落ちた。

 

「グッ、がぁあああああああ!!!?!」

 

全身を剣山で串刺しにされたかのような痛みが奔る。そしてその傷口に業火がくべられる。切り傷にマグマが流し込まれたかのような激痛にリヴィエールは崩れ落ちた。

 

「リヴィ!?」

 

治療半ばだというのに、レフィーヤを振り切り、アイズが駆け寄る。少し遅れてリヴェリアとフィンが駆けつけた。

 

「どうしたリヴィエール!やられたのか!?」

「コレはまさか……四年前の」

 

訪ねてくる仲間たちの疑問には答えられない。しかし声が届いたおかげか、痛みによる絶叫はうめき声に変わり、仰向けに倒れこんだ体を起こし、座り込んだ。

 

「リヴィ!どうしたの?!リヴィ!」

 

死ぬほど痛みに強い彼が、激痛にのたうちまわる姿など、アイズは初めて見た。しかもただ倒れたというわけでは絶対ない。

 

───怪我?病気?でも、そんな様子、少しも……それにさっきまで

 

あれほどのレベルの戦闘を繰り広げていた彼がケガや病気を持っているとは思えなかった。でも、それ以外に急にリヴィが倒れた理由は分からなかった。苦しむ彼を抱きしめる。痛みで震える彼を少しでも守りたかった。

 

「限界……ね。いいところだったとに残念だわ。いえ、よく持った方と言うべきなのかしら」

「……そうか、貴様の仕業か」

 

憎々しげにレヴィスがリャナンシーを睨みつける。そんな殺気も彼女にとってはどこ吹く風。ごく自然な動作で白髪の剣士の元に近づき、頬に手を添えた。

 

「リヴィエールから離れろ!!」

 

大剣を構えた少女が影から飛び出す。その突進にリャナンシーは若干呆れる。実力の違いは先ほどの交錯で分からなかったのだろうか?

しかし、その考えは改められる事になる。突然、ティオナの走る速さが増したのだ。

 

───なるほど

 

一瞬でリャナンシーは理解した。彼の隣にいる金髪の剣士の仕業だと。

アイズがエアリエルをアマゾネスに付加させたのである。ティオナはリャナンシーとの距離を詰め、大双刀を振るう。同時にアイズもレイピアを突き出した。

 

「悪くないわね。でも、そういった奇策は破壊力を伴わなければ意味がないのよ」

 

リャナンシーは微笑を浮かべ、鋭い先端を持つレイピアと大振りな刃が手のひらで受け止められる。アイズとティオナの顔が驚愕に彩られた。二人の全力の一撃は、この魔物をこ揺るぎさせることもできなかった。

 

「貴方もね」

 

火球が頭上に打ち出される。上空から奇襲を仕掛けようとしていたティオネが吹き飛ばされた。

 

「───この程度なの?」

 

リャナンシーは嘲笑を浮かべた。笑みとは威嚇の意味を持つという事をこの場にいる全員が思い知る。背筋が凍りつきそうな表情だった。

 

「この子は死に損ないだけど、それでも貴方達よりずっと強かったわ」

 

レイピアと大双刀の穂先を掴み、ひねる。アイズとティオナの身体は武器ごと空中に放り投げられた。

 

地面に転がり、呻き声しか出ないほどの痛みに耐えながら、3人はどうにか身体を起こす。各々が武器を構えていたが、リャナンシーは3人などまるで相手にせず、倒れ臥すリヴィエールの側へと跪いた。

 

「いい匂い…………あれからまた随分と斬ったみたいね。呪いに身体を侵されながら、数多の魔物の黒塵を浴びて、それでも今日まで生き延びた。驚異的よ。でもその分、貴方は魔物に近づいている」

「魔物に近づいてる?どういう意味だ!」

 

弟の治療に当たっていた緑髪の姉が叫ぶ。戦闘中に急に倒れるというこの症状、かつてリヴェリアは一度だけ見たことがあった。しかし、これほど重篤な状態ではなかった。倒れるといっても、片膝をつく程度のことだったし、しばらく休んだらなんという事もなく立ち上がった。以来、彼に聞いても、なんでもないしか答えてくれなかった。

 

「あら、ご存知ない?彼は幼い頃、一度私に会ってるのよ。その時、ちょっと呪いをかけさせてもらってね」

「呪い?一体なんだ!!」

「魔物を殺せば、そいつは黒い塵となって霧散し、魔石が残る事は知ってるわね」

 

歴戦の猛者であるロキ・ファミリアに対して、その質問は愚問である。体液を撒き散らし、死ぬモンスターも多くいるが、急所を一撃で貫かれたモンスターは黒い塵を撒き散らし、爆散する事はこの場にいる誰もが知っていた。

 

「彼にはその黒塵を体内に吸収、蓄積する呪いがかかってるの。普通に生活してるだけならなーんにも影響はないけど、精霊に近しい存在である彼が魔法を行使すれば、その黒塵は体内で暴れ出す」

「体内で……暴れ出す?」

「簡単に言っちゃうと、魔物に近づいちゃうってこと」

 

元々はリャナンシーも妖精だった。妖精にはリャナンシーのように戦闘力を持った者もいなくはないが、少数派だ。ほとんどの妖精は力の弱い存在である。そんな同胞達を守るために、力を持った妖精であったリャナンシーはかつて仲間を守るために魔物たちと戦っていた。戦闘の回数で言えば、恐らくリヴィエールなど比べ物にならない。

そして戦い続けた成れの果てが今のリャナンシーの姿だった。

 

「私も貴方と同じ……精霊に近しい存在」

 

しかもリヴィエールよりずっと高みにいる存在だ。呪いなどなくとも、彼女は体内に黒塵を蓄積してしまう。そのことにリャナンシーが気付いた時には既に手遅れだった。

リャナンシーは必死に方策を探した。魔物にならないための方法を開発し続けた。結局、魔物とはいえ、命を奪い続けてきた彼女の咎が許される事はなかったが、その過程で彼女は呪術を手に入れた。彼に施したのも、その一つ。咎と引き換えに、力を与える呪い。

 

「こいつの身に、そんな事が…四年前のあの時から」

「バカね。もっと前からよ。彼は魔法を使うたびに身を引き裂かれる痛みに耐えてきたでしょうね。今まで狂わず生きてこられただけで驚異的よ」

 

言われてみれば、思い当たる節はいくつかあった。戦闘中に時折見せていた引きつる目元。戦い終わった後に疲れたように吐く嘆息。今までの彼にはなかった所作だ。つまり、兆候はすでに何度もあったのだ。

 

「貴方達、そんな事も知らずに彼に守られてたの?」

 

知らなかった。彼にそんな呪いがかかっていた事も。苦しんでいた事も。何もかも。

魔法を使う度に体が魔物に蝕まれていく。そんな呪い、魔法剣士はもちろん、冒険者にとってすら致命的になりかねない弱点だ。無論、弱点を人に悟らせないよう振る舞う事は戦士として正しい。リヴィエールは何一つ間違っていない。

 

───だけど……

 

そう思う事をリヴェリアとアイズは止められなかった。自分にだけは話して欲しかった。

 

「リヴィエール……哀れな子ね。足手まといだろうと雑魚であろうと、貴方は守る事でしか生きられなかった……それとも」

 

リャナンシーがリヴェリア達を睨みつける。その目にはリヴィエールへの憐れみと彼を思う怒りが込められていた。

 

「貴方達がこの子を苦しめていたのか…」

「なんだと」

「少なくとも、彼は仲間だと思っている貴方達を信用していなかった。自分を守ってくれる程の力を貴方達には期待してなかったってことね」

「勝手な事を言うな」

 

リヴェリア達の感情が沸騰する寸前、テノールが響き渡る。

荒々しく息を吐きながら、剣を支えに白髪の剣聖が立ち上がった。体からは黒塵が立ち上り、まるで陽炎のように揺らめいている。呪いに蝕まれているということが事実であるとその様相が告げていた。

 

「俺がこいつらに呪いの事を話さなかった理由だと?そんなもの、必要がないからに決まってる」

「必要なくはないんじゃない?貴方一人が倒れる事で、この雑魚どもは死んじゃうかもしれない」

 

ダンジョンの活動はパーティ一人の失策が全体の崩壊をもたらす事もある。まして超人的な能力を持ち、いかなるパーティであろうと主力を担うリヴィエールともなれば、その影響は計り知れないだろう。リャナンシーの言う事は正しい。

 

「何度も言わせるな、リャナンシー」

 

しかし、そんな正論を白髪の青年は鼻で笑った。

 

「俺の仲間に、雑魚なんていない」

 

上空で金属音が鳴り響く。頭上から襲いかかるべく、跳躍していたレヴィスが吹っ飛ばされていた。対峙しているのは【勇者】フィン・ディムナ。彼だけは周囲の警戒を解いてはいなかった。

 

「お前ら、手を出すな。こいつは俺の敵だ」

「でも、お前……」

 

そんな身体で戦えるのか、喉元まで出かけたその言葉は封じられる。憎しみと怒り、そして復讐心のこもった黒い感情が塵と共に翡翠色の瞳を染めていることに気づいた。

 

「その身体でまだ私と戦うの?魔法の使えない魔法剣士なんて、刃引きした刀も同然──」

「俺がこいつらに呪いの事を話さなかった理由は、もう一つある」

 

剣を握っていない片手に何かを着ける。鈍く光る黒銀の腕輪だった。ブレスレットのベルトにはヒエログリフが刻まれている。なんらかの呪術的処理が施されたアーティファクトである事にリャナンシーだけは気づいた。

 

「お前にこの呪いの事を聞いて、いったいどれだけの時が経ったと思っている」

 

小声で何かを唱え始める。異国の言葉か何かだろうか?魔法詠唱とは異なる呪文が彼の口から紡がれる。

 

「魔法を使えば魔物化が進行し、力と引き換えに自我が乗っ取られる。この俺が、そんな明々白々な弱点を、野放しにしているとでも思ったのか?」

 

呪文が完成する。彼の着けた腕輪から炎のような黒塵が溢れ出した。

 

───使うよ、ルグ。あの夜、お前を斬って手に入れた、最後のスキル。

 

黒い炎がリヴィエールを包み込み、まるで彼に付き従うかのように纏われていく。その光景を見て、アイズはかつて、炎に包まれて消えた母親の姿を思い起こし、リヴェリアは遠き日の彼の姿を幻視していた。

 

「───これは…」

 

黒煙が真っ先に染めたのは髪色だった。シルクのような白髪が黒く染められていき、その髪は背中まで伸びる。かつて、オラリオ暗黒期、悪党どもを震え上がらせた剣聖を彷彿とさせる姿へと変貌していく。

次に変化したのは彼の目だった。瞳を囲む白の虹彩は髪と同じ黒に染まり、翡翠色の瞳は琥珀色へと変わる。

そして最大にして、最後の変化が彼の額に刻まれる。黒塵が額に集中し、その色をだんだんと極彩色に変えていきながら、ある形を象る。楕円形の宝石が剣聖の額に埋め込まれた。

 

吹き荒れる黒煙がようやく収まる。炎の中で新たに生まれたのは黒髪を背中まで伸ばし、砂色のローブを纏う、額に魔石に酷似した何かを埋め込まれた琥珀色の瞳の剣士。

 

「───驚いたわねぇ。その若さでソコに辿り着いたなんて」

 

焦りを汗と共に浮かべ、震える声でリャナンシーが尋ねる。いつも人を食ったような態度の彼女にしては珍しく、明らかな動揺が見て取れた。

 

「───喜べ、リャナンシー。お前は俺が遊んでやる」

 

艶やかな闇色の髪が背中まで伸びた剣士が砂色のローブを翻し、一歩前に出る。黒く染まった青年が黒刀を握りしめる背中を見て、アイズの心は震えた。

 

なんて力強く、そして狂おしいほど胸に刺さる切ない姿なんだろう、と。

 

次の刹那、彼の姿が搔き消える。アイズの優れた動体視力ですら、リャナンシーが斬られた姿を確認することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。今回登場、オリジナル設定。BLEACHの虚化からアイディアを貰いました。最後のスキルの名前はまた次回。それでは励みになりますので感想、評価、よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

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