その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth31 親の名前で呼ばないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───面倒なことになった

 

その人物は胸中で窮していた。小人族の少年を巡って諍いを起こしている現場を睥睨しながら嘆息した。

 

───殺したのは早計だったか…しかし見られたからには口を封じる必要はあった。

 

あの気まぐれな妖精もどきはともかく、エニュオの言いつけを破るわけにはいかない。

 

───『アリア』と『オリヴィエ』の件もある。チッ、面倒くさい

 

もういっそこの場にいる全員皆殺しにしてしまおうかと半分自棄になった思考がよぎった時、その光景が視界を掠めた。

 

人混みの中を走る獣人の冒険者に、それを追う白髪の剣士と金髪の少女。広場を離れていくその三人を見て、その人物は足の向きを変える。

水晶の光はゆっくりと薄れ、リヴィラの街には夜が訪れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その影は、上から降ってきた。枝を離れた木の葉が舞い落ちるかのようにゆっくりと人間の形をした何かが降ってくる。

 

『久しぶりねぇ、私の小さな恋人。元気だった?』

 

黒い影は女だった。腰まで伸びた紫がかった黒髪。傷ひとつない雪色の肌。豊満な肢体は薄布で覆われ、優美なラインがくっきりと浮かび上がる。羽織っている闇色のマントは翼を思わせた。

 

───なんだ。こいつ?

 

四年前、魔法の修行のため、ネヴェドの森を訪れていた少年、リヴィエール・グローリアは困惑していた。この森に人がいたということではない。実は彼はつい先ほど、海の中に招待されるという実に神秘的な体験を終えたばかりだった。そこで自分のルーツに関する、衝撃的な真実を知った直後で、まだ心の整理がついたとは言い難い状態である。

そんな時に現れたのが全身から色香と威厳、そして恐怖と圧迫感を放つ美女。動揺を表に出さない事は得意なはずの彼でも、困惑は隠せない。

 

『私?リャナンシーでいいわよ。ずっとそう呼ばれてるしね』

 

困惑を読み取ったかのようにリャナンシーは微笑とともに答え、ごく自然な動作で手を伸ばす。気づいた時には顎に指を添えられていた。

 

『いいわぁ、とてもいい匂い。たくさんの魔物の匂いがする。いっぱい斬って、倒してきたのね』

 

蕩けるような表情でうっとりと呟く。首筋あたりでスゥと大きく息を吸われた。

 

『強い魔法の匂いもする。半分になったとはいえ、流石はウルス・アールヴの子。坊やはいい子に育ったわ』

 

その名を聞いた時、リヴィエールの身体はようやく動いた。女を突き飛ばし、自分も飛び退く。跳んだと同時に腰間の剣を抜きはなった。

 

『大きくなったわねぇ、リヴィエール。あれからどれくらい強くなったのかしら?少し試させて貰うわねぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩む頭を抱えながら立ち上がる。同時に腰の黒刀の鯉口を切った。

 

「…………リャナンシー」

「まあ、今度は覚えていてくれたのねぇ。感激だわ、坊や」

 

豊かな胸を強調するように腕を組み、リャナンシーと呼ばれた美女は白髪の剣士、リヴィエールに微笑みかける。リャナンシーは羽毛を思わせる軽やかさで地面に降り立った。

 

「リヴィ、誰、この人。知り合い?」

「首元見ろ。敵だ」

 

それしか言えなかった。平静を装ってはいるが、見た目ほど落ち着いてはいない。この女はいつもこちらが動揺している時を見計らったかのように現れる。

 

その言葉に従い、アイズは女の首元を見た。艶っぽい鎖骨と底の見えない谷間が露わになっているその部分には極彩色の石が埋め込まれていた。

 

「魔石………モンスター……なの?でも」

 

長くダンジョンに潜っているが、こんな人間の姿をした魔物は見たことがない。

 

「お前、どうして此処にいる?」

「それはもちろん、愛しい私の小さな恋人を見つけて飛んできたのよ」

「まともに答える気は無いか」

「失礼ねぇ、それも本当ではあるのよ。全部とまでは言わないのも確かだけどね。そこの小物が持ってるソレ、こっちに渡してくれないかしら?」

「やはりコレが目当てか。先の殺人、やったのはお前か?」

「いいえ、違うわ。私はただの案内人。実行するのは私の領分じゃないから」

 

嘘ではない、とリヴィエールが判断するのは難しかった。この女の心を読むのは7つ目の感覚をもってしても困難を極める。

 

「貴方の質問には答えたわ。それ、渡してもらえる?」

「断る。悪いがこいつは俺にとっても必要な探し物なんだ」

 

刀の柄に手をかける。それ以上近くなら斬る。その意思を視線に込めた。

 

「あら、戦うつもりなの?四年前、どうなったか忘れたわけじゃないわよね?私に手も足もでず、剣は砕かれ、腕は折られ、足を潰されたあの無様を」

 

その一言を聞いたアイズは心底驚愕する。

 

───リヴィが負けた?!まるで歯が立たなかった?!

 

あのリヴィエールが負けたという事が彼女には信じられなかった。レベルが低い時から彼とはずっと一緒にダンジョンに潜っている。傷つけられた姿は見た事があっても、負けた姿など一度も見たことはなかった。

嘘だと思い、彼を見る。しかしリヴィエールはリャナンシーの言葉を否定しなかった。

 

「試してみるかリャナンシー。あの時の俺と同じだと思うなよ」

「ウゥン、それもとっても魅力的だけどね。悪いけど今日の相手は私じゃないのよ」

「なに?」

 

どういう意味だと問い詰めようとしたその時、破砕音が広場の方から鳴り響く。

 

───何か起きたか?だが…

 

こいつから一寸でも目を離すことは……

 

「よそ見してもいいわよ。今すぐ貴方とヤる気はないから」

「…………アイズ」

「うん!」

 

見晴らしのいい場所まで走る。リヴィエールたちの視界に入ったのは……

 

「食人花……だと。くそっ!このタイミングで!」

 

空高く首を伸ばす牙を持つ花が無数に咲き誇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界に映る二人の剣士。巨大なカーゴであの妖精もどきと話をしている。

 

───強いな、特に白い髪の方

 

獣人とエルフは問題にならない。だが、サーベルを腰に佩き、隙のない佇まいで男に寄り添う金髪金眼の少女、そして左手で刀の鯉口を切る翡翠色の瞳の青年。この二人はどう見ても手間がかかりそうだ。特に白髪の方はタイマンでもきつい相手かもしれない。

 

───引き剥がすには、コレしかないか

 

懐から草笛が取り出される。甲高い音とともに出ろ、と一言命令する。鳴らされた呼び笛の命令は街の上空を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モンスターの侵入を許したのか。クソッ、見張りは何をやっている!」

「な、何がどうなって…」

「街がモンスターに攻め込まれている」

 

苛立つリヴィエールの傍らでアイズも戦慄に身を震わせていた。感情が希薄な彼女にしては珍しく、誰の目にも動揺が見て取れる。瞳が険しい。

 

「広場に行くぞ!この騒ぎの間に逃げられたら厄介だ!」

「うん!」

 

リャナンシーの事は気になったが、構っている場合ではない。中心部にはフィンもリーアもいる。激戦地ではあるが、今はあそこが最も安全地帯だ。

 

『オォオオオオオオオオッ!!』

 

アイズとリヴィエールの足が止まる。叫び声と共に一体の食人花が彼らの眼前に飛び出した。立ち尽くしたレフィーヤとルルネを置いて、二つの疾風が跳躍する。銀と黒の閃光が奔った時には食人花は細切れになっていた。

 

「あっちからも……」

「嘘だろ…」

 

街の片隅、北西の外壁からも次々と食人花が溢れてくる。チッと一つ舌打ちするとリヴィエールは指示を飛ばした。

 

「レフィーヤ!広場へ行け!フィンと合流しろ!」

「で、でも!リヴィエールさんとアイズさんは!」

「私達は大丈夫。レフィーヤは早く逃げて」

 

並び立つ金と白。こちらを補足し、長駆を唸らせて向かってくる怪物たちの大群を相手に堂々と向き合った。

その二つの背中を見て、立ち止まってしまうレフィーヤ。躊躇の感情が足を止めている。

 

「足手まといなんだよ!とっとと失せろ!!」

 

まるで後ろに目でもついているかのようにレフィーヤに檄をとばす。もうこれ以上は構っていられなかった。アイズに目線で指示すると共に、大群に向かって跳躍する。

 

モンスターの軍勢をたった二人で食い止めるその背中を見て、ようやくレフィーヤは私情を振り切り、ルルネの手を取って走り始めた。

 

───ようやく行ったか。だがこいつらどう見ても天然じゃない。誰かの指示を受けて動いている。

 

次々に屠り去りながらリヴィエールはこの状況を分析する。18階層ではモンスターはポップしない。ならばこいつらはあらかじめ用意されていたということになる。

 

───恐らく、街を封鎖され、脱出が困難になったため、人為的に混乱を起こし、この隙に乗じて逃げようとしていると見るのが妥当。

 

これほどのモンスターが統率されているなど、信じがたいが、あらゆる事実が告げている。

 

「犯人は調教師……それもガネーシャ以上の腕を持った…」

 

こんな大変な状況だというのに口角が上がってしまう。笑いながら食人花を斬りふせる白髪の美剣士の姿は美しくも恐ろしい。

 

「リヴィ!」

 

気がついたら最後の一体を屠っていた。二人掛かりでやったとはいえ、我ながら驚く手際の早さだ。

 

「戻ろう。レフィーヤ達を守らなきゃ」

「ああ、このドサクサに紛れて宝玉を奪われたら厄介だ」

 

若干齟齬があったが、別段気にせず、二人は走り出す。その速度はオラリオでも屈指。速さに重きをおく二人の移動速度は飛んでいるに等しい。すぐにレフィーヤ達の背中を捉えた。

 

「───なんだ、あいつは」

 

走りながら視界に入ったのは黒鎧を纏った男性冒険者。浅黒い肌を少し露出し、レフィーヤに直進している。

 

「バカヤロウ!逃げろレフィーヤ!!」

 

一目で相手の実力がわかったリヴィエールが叫ぶ。しかしそれすら遅すぎた。レフィーヤには反応できない速度で間合いを詰められ、その細い首を片手で締め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

街中がパニックになる中、泰然とした足取りでこちらに近づいてくる男の冒険者に怪しさを感じたレフィーヤはその場で止まるよう命令した。しかし、その見立ては甘すぎたと痛感する。あっという間に肉薄され、自分の命はこの男に握られる。

 

抵抗を続けていた両手がだらりと落ちる。アイズさん、と一言その名前を呟いた。

 

【狙撃せよ妖精の射手 穿て必中の矢】

 

力強い歌声が遠くなった耳朶を打つ。次の瞬間、閃光が男を吹き飛ばした。

 

───アルクス・レイ……私のより遥かに強力……

 

こんな事が出来るのは、あの男しかいない。

 

光が霧散すると同時に二人の剣士が降り立つ。陰るのは金と白。

 

───ああ、やっぱり私は…

 

この憧憬の二人に守られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げほっ、ゲホッ」

 

レフィーヤの咳き込む声を聞きながら、リヴィエールは黒刀の鋒を鎧の男に突きつける。

 

───彼我の力量差くらいは見抜けるようになれ、まったく……

 

冷たい汗が背筋を伝う。あと少し魔法が遅れていたら危なかった。

 

「アイズ、レフィーヤ見てやれ」

「うん、レフィーヤ、大丈夫?」

 

同胞の介抱はアイズに任せた。カグツチを構えたリヴィエールは黒鎧の男に対処する。

 

 

チリッ

 

 

頭の中で何かが焼けた音がする。まずい、今日の俺は興奮しすぎだ。限界はいつもよりずっと早いかもしれない。アマテラスはできるだけ温存する必要がありそうだ。

 

早くケリをつけるためにもまずは敵を分析する。目の前に立つ冒険者の防具レベルはそこそこ。よくて中堅といったところだ。攻撃用の武器は見る限り手に持つ長剣のみ。持っているものだけでいえばリヴィエールの敵ではない。

だが……

 

───強いな……アイズ並みか、それ以上かもしれない

 

佇まい、纏う雰囲気、何より伝わる圧力がその辺の雑魚とは比べ物にならない。リヴィエールは防具に惑わされず、相手の実力を正しく見極めていた。

 

「ハシャーナをヤったのはお前か?」

「だったらどうした」

 

その声を聞き、リヴィエールは眉を顰め、レフィーヤとアイズは大きく目を見張った。高く響いたその声音は女性を連想させるには充分すぎた。

 

「貴方は男性のハズじゃ…」

「……変装か」

 

風貌と中身が異なる理由に思い至ったリヴィエールは双眸に大きく不快感を滲ませる。

 

「変装?でもこんなに精巧な…」

「毒妖蛆の体液に浸せば人間の皮は死んでも腐食しない。恐らくこいつは死体から引き剥がした皮をかぶる事で姿を偽った」

「ほう、表にもモノを知った奴というのはいるものだな」

 

肯定の言葉とともに肉の仮面を引き剥がす。真っ赤な髪が踊り、白い女の肌が露わになる。

 

「じゃ、じゃあその顔は、ハシャーナさんの……」

「闇の世界に住んでいた知人から聞いた外法の技。俺も実物を見たのは初だが……醜悪だな」

「ああ、くそっ。きつくてかなわん」

 

戦慄するリヴィエールたちを無視し、女は鎧を脱装し始める。鎧は砕かれ、パーツも強引にはがし、白い首筋やしなやかな肢体がまろびでた。

 

「なるほど、確かに美人だ」

「いい加減、宝玉(タネ)を渡してもらう」

 

長剣を抜き放つと同時に斬りかかる。漆黒の刃が長剣に激突した。

 

「ああ、やはり強いな」

 

───速い、それ以上に重い!!

 

踏ん張った足が減り込む。コレはレフィーヤを庇いながら戦える相手ではない。場所を移すためにリヴィエールは力任せに剣を振るい、吹き飛ばした。

 

「アイズ!レフィーヤ連れて下がれ!」

 

吹き飛ばした方向へと跳躍する。超高速で繰り出されたリヴィエールの一刀を女は受け止めた。

 

「へぇ、俺の初太刀を受けるか。想像以上にやるな」

「この程度で褒めるとは驕りが過ぎるな、若造」

 

甲高い金属音が鳴り響く。そのまま両者ともに激しく撃ちあった。

 

「ーーーっ!?」

 

女の体勢が崩れる。目にも留まらぬ速さで振るわれた剣尖の一つを選び、リヴィエールが受けながしたのだ。そのまま足を引っ掛ける。女の身体が勢いよく宙を舞った。

 

落下点に向けてリヴィエールが走る。転がったらそのまま突き刺す。下手に堪えても一刀両断。フィニッシュまでの形はハッキリとイメージされていた。

 

しかし、剣聖の足は途中で止まる。女の動きはリヴィエールの予想を上回るものだった。

 

剣を地面に突き立てるとそれを軸に空中で一回転し、体勢を整える。勢いそのままに踵落としが繰り出された。急ブレーキと同時に飛び下がる。数瞬前までリヴィエールがいた場所の地面は粉々に砕け散った。

 

───なんつーアクロバットな…

 

再び撃ち合いが再開される。今度はリヴィエールが流された。突きにいった剣尖を反らしながら突進してくると同時に左のフックが繰り出された。血飛沫が上がる。

 

「グッ……」

 

ケリを繰り出すと同時に飛び下がる。リヴィエールから距離を取ると女は憎々しげに剣聖を睨んだ。

 

「随分荒っぽい戦い方だ。相当やり慣れてるな。戦い方は暗殺拳に近い。並の冒険者ならその不規則な動きに圧倒されるだろうが、相手が悪かったな」

 

血のついた指先を払う。女の拳はリヴィエールの手刀に突き刺さっていた。カラティの技の一つ、貫手。リヴィエールは女の拳に対し、ガードではなく、小刀を置いておく事でダメージを与えていた。

 

「貴様と俺とでは潜り抜けてきた修羅場の数と質が違うんだよ」

 

暗殺拳とはあの暗黒期に何度もやり合った。百戦錬磨のリヴィエールには、希少な暗殺拳もありふれた技の一つでしかない。

 

とは言いつつも内心でリヴィエールは大きく息をついていた。ずっとソロでダンジョンに潜っていた今の剣聖にとって、対人戦では久々の強敵。予想外の速さと重さに慣れるまでに少し時間がかかった。

 

───実力訂正。アイズ以上、フィン以下。レベルは6か、それ以下。アイズじゃちょっと荷が重そう。

 

自分に斬りかかってくれて良かったと思う。基本お上品な相手としか戦っていないアイズに、拳やケリを織り交ぜたこの洪水のような怒涛の攻撃は対処しきれないだろう。

 

口角が上がる。これほどの強さと武勇を持っていてオラリオで無名などあり得ない。こいつは俺が睨んだ、水面下に潜むファミリアの冒険者という事だ。

 

唐突に横薙ぎの一閃が振るわれる。少し考え事をしている様子に見えたリヴィエールが作った一瞬の隙をついての一撃だった。遠くで見ていたレフィーヤにはその動きを捉えることはできなかった。

 

「殺人鬼に求めても詮無い事だが、貴様も女の端くれなら少しは品性を持った方がいいぞ」

 

女の剣はリヴィエールに傷一つ作ってはいなかった。女の剣は剣聖の手で掴み止められている。

 

「化け物め」

「遅い」

 

カグツチを振るう。瞬時に飛び下がり、回避しようとしたが、避けきれるものではない。真っ赤な線が一筋、女の胸に刻まれた。白い肌に艶かしい鎖骨。豊かな胸元が大きく露出する。

 

「身体だけは美しいな。中々好みだ」

「ナメるな」

 

痛みなどまるでないかのように裂帛の一撃を繰り出してくる。その全てをリヴィエールは受け止め、流し、捌いた。

 

「悪いな、お前の速さと重さにはもう慣れた」

 

一撃を受け流す。崩れた身体に向けて剣を振りかぶったが、一度体感したからか、今度は女も受けが間に合っていた。

 

「フェイント」

 

剣ばかり意識し、剥き出しになった腹部にケリが減り込む。全身武器のリヴィエールにとっては足刀すらも刃。斬撃を食らったかのような鋭い裂傷が腹部に刻まれた。

 

「硬いな。今のはハラの中真っ二つになっておかしくない一撃なんだが、その程度で済むとは。まるでネメアーの獅子だ」

 

神話で出てくる獅子の名だ。皮は分厚く、皮膚の下は筋肉が変化してできた甲羅があるとされる。その頑強さはかの神話の英雄、ヘラクレスも傷一つつけられなかったとされている。

 

「このまま戦っても勝てそうだが……その場合、ちょっとなぁ」

 

今のを耐えれるとなると、体の自由を奪うほどのダメージを与えるためにはカグツチが必要になる。そしてこいつは手加減が効くほどヤワなタフネスではない。カグツチでは威力あり過ぎて勢い余って殺しちゃう可能性は大いにある。

 

───あんま余裕ないから使いたくないんだけど、アマテラスがいるか

 

「【……穿て 必中の矢】!」

 

詠唱が聞こえてくる。この魔法はさっきリヴィエールが使った…

 

「馬鹿レフィーヤ!余計なこと……クソッ!!」

 

飛び下がる。このままではレフィーヤのアルクス・レイに巻き込まれるからだ。リヴィエールが足止めしていたため、マインドをつぎ込む時間は充分にあった。放たれたのはもはや矢ではなく、閃光に近い。加えて自動追尾の特性を持つ魔法。命中は避けられない。アシストとしては素晴らしいとさえ言える。

 

だがそれはあくまで並の敵ならの話。

 

リヴィエールをもってしてもネメアーの獅子と言わしめたこの女のタフネス。この程度の閃光では倒せない。左手を突き出し、女は閃光を掴んだ。

 

「そんなっ…」

 

ガントレットは砕け散り、雷鳴のごとき拮抗音が鳴る。しかし、それでも赤髪の女戦士の細腕は小ゆるぎもせず、ついには押し返した。

 

「先ほど同じ魔法を受けたが……格が違うな」

 

掴んだ閃光を壁に叩きつける。衝撃波と共に足元が崩れ、リヴィエールの目も一瞬眩む。並外れた五感を持つ彼だからこそ視界が閃光に焼かれてしまった。

 

そんな隙をこの女冒険者が逃すはずがない。

 

間を全くおかず、攻めかかる殺人鬼。音と殺気を頼りになんとか躱すが、大きく態勢を崩してしまった。

 

「形勢逆転だな」

 

胴体に足が絡みつき、マウントを取ろうとする。

 

「リヴィエール!!」

 

圧殺されると誰もが思った。しかしそれは事実を持って否定される。崩れかけた態勢の中、リヴィエールは仰け反った状態で停止していた。

 

───私の体重ごと筋肉で支えることで耐えたのか?!なんという背筋…

 

「アマテラス」

 

カグツチに黒炎が纏われる。体にのる女冒険者に向けて黒刀を振るった。

 

「グッ!?」

 

撃ち合うと同時に爆発した。

アマテラスとカグツチの複合技【刺炎黒華(しえんこっか)

剣が撃ち合った相手をアマテラスの爆発によって圧殺する。リヴィエールのオリジナル。漆黒の爆発は女冒険者を吹き飛ばし、周囲の水晶ごと粉々にした。

 

「よう、いらっしゃい」

 

吹っ飛んだ先には既にリヴィエールが待ち構えていた。マウントを取り、炎を纏った刀を振りかぶっている。

 

「形勢逆転、だな。終わりだ外道」

 

あとは振り下ろすだけ。足手纏いによる一悶着はあったものの、これで決着と誰もが思ったその時。

 

「リヴィエール!!」

 

アイズの叫び声とほぼ同時に回避動作を取る。刀を持つ手とは逆の手を地面に着き、片手一本で倒立する。その瞬間、黒槍がリヴィエールの先ほどまでいた場所に突き立てられていた。

 

「グッ」

 

連続でバク転し、次々振るわれる槍を躱す。しかし態勢不十分の状態での回避。避け続けられるものではない。このままではいずれ致命傷をもらう。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

紡がれた呪文が気流を呼ぶ。アイズの叫びと同時に【エアリエル】が発動し、槍使いの全身を爆発的な暴風が叩きつけられた。

 

「へえ、人間にしてはやるじゃない。リヴィエールに付き纏うだけはあるわねぇ」

 

楽しげに笑いながら地面に降り立ったのは紫がかった黒髪の美女。赤黒い槍を水平に持ち、クルクルと回している。

 

「悪い、アイズ。助かった」

「リヴィの背中は私が守る」

 

息を切らせながら微笑みを返してくる。あの超高速に着いてきたのだ。消耗は当然。それでも彼女は嬉しそうだった。

 

「やる気ないんじゃなかったのか、リャナンシー」

「そのつもりだったんだけどねぇ。今この子を殺されちゃうとちょっと困るのよ。ねぇレヴィス」

 

赤髪の女戦士に話しかける。どうやら彼女の名はレヴィスと言うらしい。

 

「礼は言わんぞ、妖精もどき」

「構わないわ。あなたにお礼言われても嬉しくないしね。怪人もどき」

 

リャナンシーを凄い目で睨みつける。殺気すらこもった視線だったが、リャナンシーは笑って受け流した。

 

「しかし幸運だった。探し物が一度に3つも見つかるとは」

 

千切れかかっていた皮膚が焼け落ちる。兜を失い、流れでた赤の束は元々長髪だったのだろう。刃で雑に切り落とした跡が残っている。緑色の瞳と美貌が露わになる。リャナンシーのような蠱惑的な魅力ではない。野性味のある切り立った美しさだった。

 

「今の風と炎……お前が『アリア』とその神巫『オリヴィエ』か」

 

その呟かれた名前に、アイズとリヴィエールの双眸は大きく見開かれる。ドクンッと一つ大きく鼓動が鳴る。頭の中を「何故」が埋め尽くした。

 

───俺の事を神巫オリヴィエと呼んだ?何故こいつがそれを知ってる?それを知っているのは……

 

かつての主神と姉の顔が脳裏を過る。俺を含めてもこの世に三人しかいないはずだ。

 

三者三様の驚愕に包まれる中、最も早く平静を取り戻したのはやはりリヴィエールだった。動揺する精神をねじ伏せ、心をリセットするルーティーンを行う。暗くなりかけていた視界がクリアになった事を確認するため、周囲を見る。アイズの細い喉が震え、剣先が動揺で死んでいた。

 

「アイズ!しっかりしろ!」

 

リヴィエールの檄が飛び、ハッとなる。様々な疑問は残るが、今は全て脇にやらなければならない。

 

「色々聞きたいことはあるが、今は目の前に集中しろ。わかってると思うが、こいつら強いぞ」

「うん、ゴメン」

 

アイズも意識を取り戻した。一度深呼吸すると、眼前の敵にのみ集中する。自分たちが平静に戻るのを待っていた訳ではないのだろうが、レヴィスと呼ばれた女も戦闘に意識を向けた。

 

「オリヴィエは任せる。私はアリアとやる」

「ふふ、喜んで、リヴィエール。四年ぶりに遊んであげるわ」

 

対峙するのは白と金の剣士と紫と赤の魔物。純粋なblue bloodは存在せず、この場にいる四人全員、混ざり物の怪物。

 

リヴィラの街、攻防戦。人ならざる者達の死闘は加速していく。

 

 

 

 

 




後書きです。次回は番外編更新予定。リャナンシーの事とか、かつてボコボコにされたリヴィエール君の話とかを掘り下げていきます。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!

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