その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth29 殺人事件を喜ばないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

ディアンケヒト・ファミリア医療院。一週間以上という長期のダンジョン攻略に挑むため、アイズ達はアイテムの補充をすべく、此処を訪れていた。

 

「何怒ってるんだよ、アミッド」

「……怒ってないです」

 

壁にもたれかかるフードを被った男は困惑していた。ディアンケヒト・ファミリアの看板娘、アミッド・テアサナーレが先程から目を合わせてくれない。表情からは読み取れないが、態度に怒りを感じる。

 

「まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど…高位回復薬三つ……いや、五つ頼む。マジックポーションも同数」

「私もリヴィと同じモノを。あとお使いメモがココに」

「かしこまりました」

 

慣れた手つきで薬を扱う。もうどこに何が入っているのかは完全に頭に入っているらしく、その動きに淀みはまるでない。

しかしそんな流れるような動きが停止する。一度天井を見たかと思うと奥から何やら引っ張り出して来た。

 

「…………手伝おうか?」

「お構いなく」

 

棚の上にある箱に懸命に手を伸ばす。この少女の唯一にして最大の弱点が身長だった。容姿は可愛らしく、仕事ぶりも見事なのだが、この小柄さは彼女にとってコンプレックスだった。

爪先立ちになって懸命に手を伸ばす姿も可愛らしいとは思うが。

 

「ハァ…」

 

リヴィエールが小声で何かを歌う。すると戸棚にあった箱は僅かに動き、アミッドの手の中に収まった。

 

「…………リヴィエール様」

「なに?怒ってる理由話す気になったか?」

 

責めるように一度アミッドが睨んだが、まるで意に介さない。遠目で見たティオナとアイズには分からなかったが、アミッドは気づいた。明らかに自分が手に触れる前に箱が動き出したことに。何の魔法を使ったのかまではわからないが、絶対にあの白髪の魔法使いが何かをやったのだ。

 

一度嘆息するとアミッドはカウンターに品物を並べた。これ以上問い詰めても何も言わないことを察するぐらいには彼のことを知っていたから。

 

「今度怪我をされた時は真っ先にココに来るようにしてください」

「っ……」

 

薬を受け取る際に耳元で囁かれる。やはり先日のモンスター・フィリアの一件絡みだった。新聞はぼかした表現をしてくれていたが、剣聖の生存はオラリオではまことしやかに囁かれている。

 

「善処する」

「…………その言葉が嘘でないことを願います」

 

笑顔を零す。得な男だ。大抵のことはこのずるい笑顔ひとつで許される。

 

「アミッド、何か取ってきて欲しいものあるか?ついでだ。タダで受けてやるぞ」

「ではホワイト・リーフを数枚お願いします」

「わかった」

「ちなみにこれをクエストとはカウントしませんからね」

「わかってるって、信用ないなぁ」

「あるとお思いですか?」

 

──思ってないですけど

 

「リヴィ」

「ああ、今行く」

 

荷物を背負い直すと、フードとマスクで顔を隠す。今更無駄な抵抗かもしれないが、それでも堂々と顔を晒して街を歩く気にはなれなかった。

 

「またのお越しを心よりお待ちしております」

「…………ああ、ありがとう、アミッド。今度は一人で来るよ」

 

耳元で囁かれた言葉のせいで頬が朱に染まる。全く察しが良いのか悪いのか、本当にわからない男だ。この時折見せる鋭さがこちらの女を刺激する。たまにこういうことを言ってくるから始末に負えない。

 

「リヴィエール様。どうかご無事で」

 

背を向け、一度手を振る。フードを被るその背中はなぜか頼りなく写った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン入口、バベル施設中央広場。噴水の縁に腰掛けるフードの男は苦しんでいた。先ほどのアミッドとのやり取りを聞かれていたらしく、さっきからずっとアイズにチョップをされていた。なかなか力の入った良い手刀でそこそこ痛い。

 

「アイズ……痛いんですけど」

「………リヴィ、アミッド好き?」

「まぁ嫌いじゃないけど……痛い痛いアイズちゃん痛い!」

 

手刀の手を止める。揉み合ううちに意図せず恋人握りの格好になった。座ったままの状態だが、二人とも真剣そのものだった。

 

「お前が心配してるような要素は皆無だから」

 

───まあ先日の一件で見方が変わったのは否定しないが……

 

そんな言外の言葉を読み取ったのか、ブスッと頬を膨らませつつ、ジト目で睨んでいる。

 

「今の所、お前以上に俺が大事にしてる女はいないよ。安心しろ」

 

ポンッと頭に手を置くと同時にボフッと湯気が上がる。いらないことを言ってしまったかと後悔したが、言ったことに嘘はない。リヴェリアやリュー、アイシャは大事にしているというよりは頼りにしている、だ。

 

「信じられますか団長。あいつらアレで付き合ってないんですよ?」

「もう観念しちゃえばいいのにね、誰も反対なんてしないのに」

「するだろう、ロキとベートが」

「ベートはともかく、ロキは口だけでリヴィエールの事は認めてると思うよ?」

「お前ら遅れといて好き勝手言ってんじゃねーぞ!!」

 

こそこそと二人を見ながら何か言ってる連中達がようやく中央広場に来る。集合時間が決まっていたわけではないが、誘った本人達が遅れといて、好き勝手言われるのは我慢できなかった。

 

「待たせてすまない。そろそろ行こうか」

「しかしリヴィエールはもちろんだが、この顔ぶれだけでダンジョンに潜るのも久々だな」

「俺は脅されたんだ」

「ん?リヴィエール今何か言ったか?全然聞こえなかった」

「はいすみません何も言ってませんお姉ちゃんには感謝してます」

 

誰に対しても基本的にへりくだることの無いリヴィエールだが、リヴェリアは唯一の例外である。

 

「あ、あの、アイズさん」

 

邪魔者(リヴィエール)がヤンキーに絡まれている間にレフィーヤがアイズのそばへと歩み寄る。アプローチをかけるなら今だという彼女の判断は間違っていないだろう。

 

「私……その、今回もアイズさんと一緒に冒険できて……嬉しいです!」

「…………私は」

 

数瞬の逡巡の後、蜂蜜色の髪の少女が重い口を開く。リヴィエールの首に腕を回し、絡んでいたヒリュテ姉妹も黙り込んだ。

 

「剣を壊したのは私の不注意…だからダンジョンに皆を付き合わせていいのかって……リヴィに迷惑かかるんじゃないかって思って…断るべきだったかなってちょっと思った」

 

大きく息を吐く。ここまで来といて何を言ってるんだこいつは。肩に回っていたティオネの腕を外した。

 

「お前な──」

「でも私は今みんなと此処にいる。リヴィにお願いして、此処に来てもらってる」

「アイズ……」

「私は、リヴィにだけは甘えていいんだよね」

 

隣に来ていた彼を見上げる。その言葉はかつて自分が彼女に言ったこと。虚勢をはるのは構わないが、俺にだけは甘えろと彼は確かに言った。良くも悪くも自分に似ているこの子はこうでも言わなければいつか壊れてしまいそうだったから。自分と同じ目に遭わせたくなかったから、

 

縋るように見つめられ、剣士は白髪を乱暴に掻き毟り、その小さな頭に手を置いた。

 

「行くぞ、相棒」

「……うんっ!」

 

バベルに向けて足を向ける。その背中をアイズが追いかけ、ティオナとレフィーヤが続く。ティオネにフィン、リヴェリアは彼らの後ろ姿を嬉しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃりゃりゃりゃぁあああああ!!!」

 

巨大な双刀が柄でつながった大剣を大車輪のごとく振るう。その剣圧に巻き込まれ、怪物達は細切れになった。

 

「よしっ!二代目大双刀絶好調!!」

「危ないわねー、当たったら痛いじゃない」

「痛いで済むんですか……」

 

モンスターですら八つ裂きにされているというのに。彼女らの怪物っぷりは相変わらず凄まじい。

 

「はぁ…なんて目立つ戦闘……やっぱ来なきゃよかった」

「借金」

「だぁあああ!!わかりましたよコンチクショー!!」

 

獣型のモンスター、ライガーファングを一刀両断にする。八つ当たりの的には事欠かないことが唯一の救いだった。

 

「レフィーヤ!お前もリヴィエールばかりに任せてないで近接戦闘の実戦を積め!お前は遠距離からの支援に慣れすぎている。魔導士といえど近接戦は避けられないと思え」

「は、はいっ!」

 

魔導士で近接戦をこなす冒険者なんてかなり少数派なのだが、リヴェリアがうず高く積みあげた死体の山を見せられてしまえば何も言い返せなかった。

 

「もう17階層か……このメンバーだと流石に早いね」

「もっと下層にまで行かないとダメですからね。馬鹿な妹とアイズの目標額の為には上層では話になりませんから」

 

下層に行けば行くほどモンスターの強さが上がる代わりに魔石の純度及びドロップアイテムの質は高くなる。中層にとどまるより、下層で探索を行った方が効率は遥かに高い。

 

「とっとと下層まで行くぞ。かかってくるやつ以外は無視だ。ついてこい」

「ちょっとリヴィエール、仕切るんじゃないわよ!今日のパーティの頭は団長よ!」

「はいはい。では団長、指示を」

「よしっ、僕が先頭を走ろう。どんどん先に行くぞー!」

『おーー!』

 

先陣はフィンが、殿をリヴェリアが、中軸をリヴィエールが担い、走りはじめる。上下前後左右隙などまるでない布陣を見て、襲いかかってくる野生の欠落したモンスターはいなかった。

 

「ありゃ?階層主いないね」

「お前この人数でゴライアスとヤるつもりだったのかよ」

 

下層に降り立つ関門の一つ、大広間に聳え立つ門番、ゴライアスの姿が見えず、戦う気満々だったティオナは拍子抜けする。通常のモンスターとは次元の異なる強さを持つ『迷宮の孤王』を相手にするならいくらこのメンツといえど、少し気構えが必要だった。本来であれば上級冒険者でも大規模パーティで挑まなければならない最難関。たった7人で挑もうと考えている方がおかしい。リヴィエールの指摘は当然と言える。

 

「3人で挑んだバカもいるがな」

 

しかしお前が言うなというこのリヴェリアのツッコミも正しいものだ。3人のバカのうち、2人であるリヴィエールとアイズは小さくなる。あの時はお互い若かった。

 

「街の冒険者が総出で片付けたそうだよ。交通が滞るからね」

 

この最強の門番のせいでこの先にある施設を利用できなくては一部の人間が干上がってしまう。故に命の危険を覚悟しつつ、時折大規模集団がこの階層主を倒す事がある。今回はまさにそんな時らしく、下につながる入り口は素通りできる状態だった。

 

そしてこの下に待つものこそが、上級冒険者となったものにのみ許される世界。

 

ダンジョン唯一の安全階層、モンスターが現れない迷宮、18階層『迷宮の楽園』である。

 

「んー、ようやく休憩〜」

「何時来ても綺麗ですね、ここは」

 

薄暗いダンジョンの中で唯一光を全身で感じ取れるこの階層には空がある。天井を埋め尽くす青水晶と中心に集中する白水晶が時間とともに光量を変化させ、地上とは違うサイクルで朝、昼、夜を作り出す。因みに今は昼らしい。光がまぶしく、感覚器官に優れたリヴィエールは慣れるのに数秒時間がかかった。

 

「宿場町に行くのか?」

「ここまで強行軍だったからね。宿を取るかどうかはまだ決めてないけど、休息は取ろう」

 

この階層のもう一つの特徴、それが上級冒険者が経営する商店街、『リヴィラの街』である。因みに333回の改修があったと言われている。

 

「リヴィは泊まらないの?」

「持ち合わせがな……」

 

ここ最近金を使う事が多すぎた。豊穣の女主人に行けば金は幾らでもあるが、ポケットマネーはそろそろ心もとない。理不尽と思いつつ、彼らのダンジョン攻略に同行したのはこういう理由もあった。ましてこの街は迷宮内にある施設なだけあって値段はべらぼうに高い。ここで宿を取るくらいならテントで寝た方がマシだ。世界で最も美しいローグタウンの名は伊達ではない。

 

「私が出そうか?」

「お前に奢られるくらいなら一晩徹夜した方がマシだ」

「なら私と同室で寝るか?」

「リヴェリアと寝るなんかもっとゴメンだ」

「ならアイズと同室にしてあげようか?ああ、部屋代はもちろん僕の奢りだ。なんなら宿ごと借り切ってあげてもいい。その代わり責任は取ってもらうけど」

「フィン、俺お前のこと尊敬してたけど、今のでだいぶ株下がった」

 

そうこうしているうちに宿の近くに来ていたのだが、様子がおかしいことに全員が気づく。いつもより人が少ないし、その少ない連中も何やら殺気立っている。

 

「なんかあったか?」

 

安全階層とはいえ、ダンジョンの中。何が起きても不思議ではないが……

 

「殺しがあったってホントかよ!」

「ああ、ヴィリーの宿だ。人が集まってる」

 

町内で殺人……

 

目を見開く。異常事態とまでは言わないが、非常に珍しい事ではあった。普通殺人とは人にバレないように行うものだ。その点ではダンジョンほど完全犯罪が成立しやすい場はない。人目に隠れてやるにしても、死体を遺棄するにしてもやりようは幾らでもある。実際その手の殺しもあると聞くし、リヴィエール自身もモンスターでなく、冒険者によって命の危機にさらされたことはあった。

 

それをこんな目立つ、否応なく人の目にとまる場所でわざわざ行うとは……

 

「どうする?」

「街で休息は取る予定だった。無関係でもいられないだろう。行こう。リヴィエールはここで待ってても」

「ただの殺人事件ならそうさせてもらったがな……」

 

やった場所が気にくわない。よくある冒険者同士の殺しで片付けちゃならない気がする。

 

「顔は隠すのか?」

「多分隠してたら入れてくれないだろう」

 

フードを外し、マスクを取った。生きていることはバレた以上、寧ろ俺の存在を積極的に喧伝する事で敵を吊り出す。本音を言えばこの段階にはまだ早いのだが、そんなことを言っていられる現状ではなくなった。

 

「もうコソコソ隠れるのも飽きた。堂々と行く」

 

歩き始める。存在を隠さなくていいと知った事が嬉しいのか、アイズも弾む足取りで彼に続いた。

 

 

 

 

〜ヴィリーの宿〜

 

 

 

 

道に迷うことはなくすぐに着いた。人だかりが何よりの特徴となっていたからだ。すぐに宿が目に入るところまでは来れたが、その先に進めない。人口密度が高すぎて、割って入ることは不可能だった。

 

「これ以上は無理か…」

「宿の中には入れないみたい」

 

この場にいる全員、体の線は細い部類だが、この密度を塗って行けるほど華奢な者は1人を除いていなかった。

 

「ちょっと僕が見てくるよ。リヴィエール達はここにいてくれ」

 

その1人が人混みの隙間を縫って中へと進んで行く。想い人についていきたいティオネは慌てて人混みの中に突っ込んだが、肉の壁に弾き返される。

 

「道開けろって言ってんだろうが!!はっ倒すぞ!!」

 

震脚が地面を砕く。同時に撒き散らされる殺気に、冒険者達は恐れおののき、道を開いた。

 

───なんとまあ力尽くな……

 

開けた中心には身を小さくしたフィンがいた。踊るような足取りで彼の元へと駆ける。

 

「団長〜〜❤︎私もお伴します〜〜❤︎」

「ああ……程々にね」

「行くか」

「うん」

 

せっかく開いた道なので、リヴィエール達も利用させてもらった。そこでようやく訪れていたメンツの異常さに野次馬達が気づく。ロキ・ファミリア幹部に【剣聖】リヴィエール・グローリア。オラリオで頂点に立つ人間達である。道を譲ることに意を唱えるものは1人としていなかった。侵入を阻んでいた見張り達も一度頭を下げると道を開けた。

 

「ロキ・ファミリア……騒ぎを聞きつけてきたってのか?それにしても早すぎるだろ」

「それだけじゃねえ。アレは暁の剣聖だぜ。復活したって噂は聞いてたけど、マジだったみてえだな」

「でもその剣聖がなんでロキの幹部と……まさか改宗したのか?」

 

───よし、今二つ名で呼んだヤツ、顔は覚えた。後で斬る

 

好き勝手に囁かれる噂に関しては放置だ。根も葉もない話が飛びかえば飛び交うほど此方としても動きやすい。

 

「リヴィ?」

 

歩みが遅くなった事に疑問を感じたのか、アイズが不思議そうな顔で此方を見上げてくる。何でもないと一度頭を撫でると宿の中へと進んでいった。

 

───っ!!

 

入り口に入った瞬間、リヴィエールの顔が歪む。よく知る匂いが彼の嗅覚を刺激した。少し進むとこの場にいる全員がこの匂いに気づく。この場にいる誰もが何度も経験した匂いだったからだ。

 

「コレって…」

「ああ……」

「随分派手にやったらしいな」

 

人間だったものの匂い。そして混ざる鉄の匂いの強さから、このカーテンの中の惨状がリヴィエールには予測できた。

 

案の定というべきか、予想以上というべきか。カーテンを開いた先には頭部が無残に砕かれ、首から上の原型が留まっていない死体が横たわっている。首から下も何も着ていない。

 

───ルグやヘスティアにはとても見せられないな……

 

リヴィエール達は良くも悪くも死体に慣れているため、この惨状を見ても平静を保っていられるが、主神達は不可能だろう。特にルグはグロに耐性がなかった。

 

「おいてめえら!ここは立ち入り禁止だぞ!」

 

現場を荒らす人間達を咎めるように大声が横からかかる。音源は左目に眼帯をつけた大男。ボールス・エルダー。実質のこの街のトップである。

 

「やあボールス。僕達もしばらく街を利用するつもりでね。早期解決に協力させてもらいたいのだけどどうだろう?」

「モノは言い様だなフィン。てめえらといいそこの剣聖サマといい、強い奴らはそれだけで何でもできると威張り散らしやがる」

「なんだ、俺が生きていた事にリアクションはなしか。つまらないな」

「てめえの姿を見かけたなんてこの街じゃ何度も噂になってた事だし、てめえが死ぬなんて方が俺にはよっぽど信じられねえんだよ」

 

邪険な態度を見て少し安心する。俺が生きていたことを知った連中はどいつもこいつも人を病人みたいに扱うから、こういうリアクションは新鮮だ。

 

「ボールス、ガイシャの身元は?」

「これから聞く所だったんだよ。おいヴィリー。いつまでも頭抱えてねえで説明しやがれ」

 

獣人の店主がベッドに座り込んでいる。今の所手がかりは彼とこの死体だけだ。

話を聞くのはフィンに任せ、リヴィエールは死体の検分を始めた。

 

「死後硬直の具合から死んでから七時間以上……かすかに残る情欲の匂い……下手人は女か?」

「ああ、2人で来て宿を貸し切らせてくれって言ってきたんだ。野郎はフルプレートで顔は分からなかった。女はあんたみたいなローブを着てた」

「2人で宿を貸し切った……ああ、なるほど」

 

フィンとリヴィエールはすぐに納得を見せる。数瞬遅れてレフィーヤから湯気が上がった。相変わらずムッツリなようで何よりだ。

 

「リヴィ?どういう事?なんで2人しかいないのに宿を借り切ったの?」

「邪魔されず運動したかったんだろうよ」

 

この街でその手の事をやったことの無いリヴィエールは一瞬逡巡したが、すぐに理解する。こんな洞窟の中だ。そういう事をすれば声は筒抜けだろう。ゆっくり楽しむためには誰も使っていないようにするのが手っ取り早い。

 

「ローブの女の特徴は?」

「いい女だったぜ?ロープの上からでもわかるいい身体つきしててよ、顔は知らんが、間違いねえぜ」

「なるほど、そいつは重要だな」

 

美人というのはそれだけで厄介だ。容姿一つで人をまどわせ、声色一つで虜にできる。

 

「しかしこれだけ派手にやっててアンタは気がつかなかったのか?」

「誰が好き好んでそんな現場の声聞きたいと思うかよ。いい女目の前で連れ込まれてやってられるかってとっとと酒場に行っちまったよ」

「その後のローブの女の行方は?」

「子分に聞き込みをやらせちゃいるが全然だ」

 

まあここまでやらかした奴が未だに大人しくこの街にいるなどという方が異常だ。

 

「金のやり取りをした証文は?」

「……悪い、破格の魔石をドンっと渡されて、それで済ました」

「なるほど、コレは時間がかかりそうだ」

 

ご丁寧に頭を潰しているだけのことはある。足はつかない努力はしているというわけだ。

 

「えぇええ!?じゃあ手詰まりってことー?じゃあさじゃあさーー!!」

「ティオナうるさい。今考え事してるから静かにしてくれ」

 

天真爛漫に喚く褐色の少女の口を手で塞ぐ。勢い余って後ろから抱きしめたような形になってしまったが、2人とも特に気にしていなかった。

 

───しかしそうなるとますます解せないな荒らされた荷物から見て恐らく物盗り目当ての殺人。雑ではあるが足取りがつかめなくなる工夫。しかしそれらは迷宮の中で殺ってしまえば解決する事だ。

 

この殺し、無差別でないのなら、リヴィエールは誰かしらを脅す示威的行動であると予想しており、死体のそばには何らかのメッセージが残されていると思っていた。それか調べられても足がつかない自信があるか……

しかし蓋を開けてみれば手がかりらしい手掛かりはなし。

 

───だがわざわざ宿で殺したのには何かしらの理由が必ずあるはずだ。

 

油断を誘うため?いや、この男は首を握りつぶされて殺されてる。恐らくこの下手人は相当の手練れだ。それは考えにくい。なら……ん?

 

思考が中断される。袖口を引っ張る引力が思考の海から彼を引き上げた。

 

「リヴィ……その」

「ん?何アイズ?今考え事してるから」

「わ、わぁー。わぁあー」

「………………」

 

何かワーワー言いだした。意味するところは大体わかったが、何この可愛い生き物。

 

一度嘆息するとティオナを放す。アイズの口を優しく手で塞ぐとそのまま背中から抱きしめた。

 

「今考え事してるから静かにね」

「うんっ」

 

満足げに体重を預けてくる。隣から感じるニヤニヤした視線は無視して再び推理に没頭した。

 

───ダンジョンに来たからには何らかの目的があったはずだ。俺みたいな小遣い稼ぎか、それともクエストか…

 

恐らく後者だろう。クエストの内容が動機となったと考えるのが一番自然だ。

 

しかしそれを知るためにはまずこいつが誰なのかを知らなければ話にならない。

 

開錠薬(ステイタス・シーフ)はあるか?」

「今子分に持って来させてる」

 

開錠薬。神のロックを外し、恩恵を暴く薬品。神々のイコルを元に作られる非合法アイテム。ちなみに超高額。

 

「リヴィも扱ったことあるの?」

「いや、俺も名前しか知らない。神秘のアビリティがなければ使えないからな」(剣聖と剣姫、あすなろ抱き状態)

 

それに他人のステイタスにそこまで興味もない。強さなら一目見ればある程度見抜ける。

 

「ボールス、できた」

「おっとと。神聖文字読めねえや。オイお前ら!もの知ってそうなエルフを……」

「俺が読める。見せろ」

「私もだ」

「私も」

 

ボールスを退けて、アイズを離す。蜂蜜色の髪の少女は少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに仕方ないと割り切った。浮かび上がったステイタスを3人で覗き込む。

 

「名はハシャーナ・ドルリア……聞いたことないな。所属は…」

 

一瞬息を飲む。青髪の友人の顔が脳裏をよぎった。

 

───おいおい、マジか

 

「ガネーシャ・ファミリア」

 

ガネーシャに知人がいないアイズはリヴィエールよりショックは少なかった。淡々と浮かび上がった文字を声に出している。

 

「オラリオ上位派閥ガネーシャ・ファミリア!?間違い無いのかよ!」

「残念なことに純然たる事実だ。よりによってガネーシャかよ……くそっ、シャクティになんて言えばいいんだ」

 

───だが不幸中の幸いか。ガネーシャに所属していたなら身元もクエスト内容もシャクティに聞けばすぐ……

 

わかるだろうと思ったその瞬間、ボールスがハシャーナの名を喚き立てる。自分より強い者に対して、妬みと執着を持つ彼はこの男の事を詳しく知っていた。

 

「冗談じゃねえぞ!剛拳闘士、ハシャーナっつったら……Lv.4じゃねえか!!」

 

その一言を聞き、1人を除いた全員に戦慄が走る。いや、その1人も少なからず動揺していた。手練れである予想はしていたため、周りよりは少ないというだけだ。

 

「ボールス。現場は俺たち以外に触らせてないな?」

「あ、ああ。間違いなく」

 

現場の保存はできていたという事。確認する限り特に争った形跡はなし。状態から複数で犯行を行なったとも思えない。

 

つまりこの下手人はLv.4を相手に、抵抗すら一切させず、瞬殺したという事になる。

 

「女な事や事前だったという油断もあったんだろうが……」

「そうだとしても、殺人鬼は少なく見積もってLv.4」

「フィン、ここは高く見積もるべきだ。容疑者は恐らく第一級冒険者(オレたち)クラス」

 

つまりLv.5(アイズ)並か、それ以上の力の持ち主。

 

誰もが下手人の強さに絶望する中、たった1人、リヴィエール・グローリアは心の底で歓喜していた。

 

オラリオで名が売れてる一級冒険者がガネーシャの団員を手にかけるはずがない。つまり、表には名が出回っていない一級冒険者による犯行。この事件は以前俺が推理した、ウラノス黙認の巨大組織がダンジョンに存在することの証明。その闇ファミリアとこの下手人の間に繋がりのある可能性はかなり高い。

 

───ここに来て良かった。ようやくその薄汚ない尻尾が掴めそうだ。

 

リヴィエールの虹彩に一瞬黒が翳る。刹那の内に掻き消えたが、その変化と高ぶる感情の奔流にリヴェリアだけが気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。アニメ始まりましたね!ついいないリヴィエール君のことを幻視してしまう筆者です。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします!

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