その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth27 ボディーブローを入れないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヴィ君っ!!」

 

二人が戦っている姿を呆然と見ていることしかできなかったレフィーヤの意識が悲痛な叫び声と知人の愛称で戻る。振り返るとそこにはギルドの制服を着た美少女がいた。特徴的な耳と緑の瞳、しかしどことなく匂うヒューマンの特徴。ハーフエルフだとレフィーヤが看破するのに時間はかからなかった。

 

切り揃えた前髪を一度振ると、エイナ・チュールは意思のこもった瞳で戦場を見すえる。ここで彼を心配しても自分に出来ることはない。ならば彼が周囲に気を使わずに戦えるように場を作るのが今のエイナに出来る最大限の彼への手助け。

その事を即座に考え、行動に移す。コレはなかなかできない事だ。人間とは理屈より情を優先してしまう生き物だ。足手まといになるとわかっていても愛する人の窮地を見捨てることは難しい。

しかし彼女はそれをした。力はないが、聡明で強い。リヴィエールが信頼するだけのことはある女性だった。

 

「ウィリディス氏。私はギルドの職員です。ヴァレンシュタイン氏とグローリア氏が時間を稼いでいます。今のうちに此処を離れましょう」

「…………此処……を?」

 

惚けた目で言葉を返す。何を言われているのか、判断できないという様子だ。

 

───逃げる?私が?

 

嫌だ、そんな事はしたくない。フラリと立ち上がると幽鬼の如き足取りで歩き始める。今のレフィーヤにはエイナほどの心の強さはなかった。

 

───この状況を作ったのは……今あの二人を窮地に追いやったのは私だというのに?

 

リヴィエールにレフィーヤを責める気は全くない。このモンスターが何を知覚して人を襲っているのかは気づくのに自分すら二度魔法の使用を必要とした。足元の警戒を怠っていたことや視野の狭さは未熟としか言いようがないが、この状況をレフィーヤのせいだとは思っていない。

 

しかし事態を引き起こした本人はそうはいかない。元々自分に自信のない、卑屈になりがちな少女だ。自分を責める前にやらなければいけないことがあるはずなのに、すぐに行動に移す事が出来ない。

そんなレフィーヤをエイナが止める。

 

「待ってください!魔導士の貴方ではどうすることも出来ません!ガネーシャ・ファミリアの救援がもうすぐ来ます!彼らに任せましょう!」

 

事実だ。エイナがリヴィエールの元へと駆けつける事が出来たのはシャクティに先導を任されたからだった。

 

───ガネーシャ・ファミリア…

 

上級ファミリアの中でも屈指の実力を持つ集団。武装した彼らならば戦闘力で言えばレフィーヤなど遥かに上回る。

 

───私なんかより、ずっとあの二人の力になれる……助け出せる……私なんかがいなくても……私が……いなければ!!

 

後悔の涙が止めどなく溢れる。駆けつけても何も出来ず、魔法(うた)を歌えば剣聖の足を引っ張った。

 

───ごめんなさいアイズさん……リヴィエールさん……ごめんなさい

 

「あぁ……」

 

───私は、リヴェリア様やリヴィエールさんのようにはなれない

 

「うぁあ……」

 

───私は………

 

 

足手まといだ

 

 

「レフィーヤぁあああああ!!!」

 

 

力強いテノールがあたり一帯に響き渡る。声量が大きいというより、透きとおるような通る声だった。弱気に押しつぶされかけたエルフの少女の心にほんの少し、ゆとりが出来る。

 

「リヴィエール……さん」

 

声の主の名を呼ぶ。必死にモンスターの猛攻に耐えながら、光の壁を維持していた。

 

「撃てレフィーヤ!呪文はわかるな?もうお前しかいない!!」

 

告げられた魔法を聞き、再び心が弱気に苛まれる。尊敬する師が放つ最強の攻撃魔法。確かに理屈で言えば、彼女はその魔法を使える。しかしそれは飽くまで理屈。魔法とは技術や魔力は勿論のこと、何より精神状態が威力を大きく左右する。今のレフィーヤでは……

 

「出来ない……」

 

眉を悲しみに歪ませ、目を伏せる。

 

「出来る!お前の魔法の力は素質で言えば俺を上回る!お前なら必ずやれる!いや、お前にしか出来ない!」

 

正直少し世辞が混じった事は認めざるを得ないだろう。嘘を言ったつもりはないが、リップサービスはかなりあった。

そしてそういう事をこのエルフの少女は敏感に感じ取る。卑屈の虫が彼女の心を食い荒らした。

 

───私なんかじゃ……

 

「お前は俺を超えるんだろう!!」

 

かつてレフィーヤが彼に語った言葉が投げかけられる。まだ剣聖が艶やかな黒髪だった頃、魔法においてレフィーヤを抜いたと誰もが認め、先を歩き始めた時の事だった。

 

『いつか必ず、追いついて見せますから!』

 

ダンジョンでパーティを組んだ……というかアイズと二人で組んでいたところに無理やり割り込んできた時、彼へと放った宣戦布告だった。

 

あの時はその場にいた誰もが笑い、相手にもしなかったその言葉を……誰より彼が笑った言葉だったというのに、彼はその宣戦布告を憶えていた。

 

「なんで憶えて……貴方はあの時、笑っていたのに…」

「それはきっと、馬鹿にして笑ったんじゃないですよ」

 

聞こえた呟きにエイナが応える。口の端にはしょうがないなぁ、彼らしいなぁという笑みが亜麻髪のハーフエルフの口の端に登っていた。

 

「嬉しかったんですよ。彼に面と向かって来てくれる人というのはとても希少ですから」

 

圧倒的な才と力を持つ彼に対しては挑んでくる者より妬み、蔑む人間の方が大多数だった。それも人のサガだと理解しているが、リヴィエールが好むものでは無かった。

 

そんな中で自分に挑みかかって来た人間がアイズとリューだった。後にシャクティとアイシャ。怒ってくれたのはルグとリヴェリア、そしてエイナ。皆、普通と違う、心の強さを持った女性達だ。そういう人間と、彼は深い関係を築いている。

そして同性でもその傾向はある。例えばベート。その差別的な振る舞いや遠慮のない物言いのため、彼を嫌う人間は多い。リヴィエールすらこいつなんとかならんのか、と思う事は多々ある。それでも彼はあの狼人は嫌いではない。

そしてレフィーヤも自分に挑んで来てくれた。アイズとの関係を嫉妬した敵愾心からの言葉だったとしても、嬉しかった。彼は卑屈な者より自信家が好きだ。

 

「いつまでレベルや成長速度を言い訳にしている!俺はレベル1でゴライアスとやり合ったぞ!相手が自分よりどれだけ強かろうと100%勝つ気でやる!それが冒険者の戦いだ!」

 

流石にそれは色々とオカシイが、彼の言うことにも一理はある。冒険しない冒険者に栄光(グローリア)はありえない。自分より強い相手と戦い、勝つ気概を持ててようやく半人前。まだレフィーヤは気概においては半人前にすらたどり着けていない。

 

「今なんだ!レフィーヤ!」

 

お前があの時言っていた言葉を真実にできる可能性があるとしたら、今しかない。

 

「たたかえ、レフィーヤ。もう今なんだ。あの時約束したいつかは今なんだ!」

 

鉄臭い塊が喉奥から迫る。なんとか呑み込んだが、それでも口の端から一筋の赤い雫が伝った。

 

「魔法でくらいっ、この【剣聖】程度超えてみせろ!【千の妖精(サウザンド)】!お前はあのウィーシェの森のエルフにして、世界で最も偉大な魔導士【九魔姫】の弟子、そしてこの俺の姉弟子だろう!」

 

そう、リヴェリアに弟子入りしたのは彼女が先だった。のちにリヴィエールも師事したが、彼の本業は剣士。彼女の魔法を受け継いだかと言われると、いいとこ半分だろう。

 

「……好き勝手言ってくれますね」

 

天才の背中を追いかけることがどれだけ大変かも知らないくせに。

 

こちらがいくら懸命に走っても、貴方は私の遥か先を悠々と走る。少し足を止めただけでその差は残酷なほど遠く開く。冒険者となったのは同じくらい……だったのに、気がつけばレベルも三つ以上離されていた。

 

───それでも……

 

次はレフィーヤが私達を助けて

 

───仲間として……

 

俺程度超えてみせろ!

 

───友にここまで言われて…

 

「私はレフィーヤ・ウィリディス!ウィーシェの森のエルフ!神ロキと契りを交わしたこのオラリオで最も強く、誇り高い偉大な眷属の一員!」

 

───憧れの彼にここまで頼られて……

 

こんな所で逃げ出すわけには

 

「いかない!!」

 

魔力の高まりと同時に両腕が開かれる。指先には光の粒子が集い、彼女が歌うと同時に、虚空に文字を刻んでいく。

 

【ウィーシェの名の元に願う】

 

レフィーヤは歌う。願いの詩を。リヴィエールのような全てを屈服させるような、危険な魅力の唄ではない。

 

【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】

 

魔法に愛された、妖精のみに許される、優しい祈りの歌。

 

【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】

 

あのリヴィエールが目を見張るほど魔力が高まっていく。最後に彼女のアレを見たのはいつだったか。先ほどまで彼女に向けて放った言葉はハッタリ込みだったのだが、評価が変わる。

 

【至れ、妖精の輪】

 

彼女ならいつか本当に王族(オレとリヴェリア)を超えるかもしれない。

 

【どうかーーー力を貸し与えてほしい】

 

妖精の歌が、完成する。

 

【エルフ・リング】

 

リヴィエールに集中していた食人花が4匹ともレフィーヤへと向かう。膨大な魔力量とはいえ、所詮短文詠唱の魔法であるリヴィエールと現存する氷結魔法で最強の魔法を召喚しようとしているレフィーヤ。その消費マインドの差は明らかだ。

 

妖精に危機が迫る。しかし彼女に恐れはない。

 

───みんながいる

 

アイズ、ヒリュテ姉妹、リヴィエール、四人がすでに空をかけていた。

 

「無粋なやつだな、妖精の歌は最後まで聴くのがマナーだぜ」

「大人しくしてろ!」

「ッ!!」

「ハイハイっと!」」

 

それぞれが一つずつ頭を潰す。リヴィエールもあえて斬らず、峰打ちで対処した。この怪物たちは彼女の歌でケリをつけたかったから。

 

───守られてる……惨めなほどに……何度でも何度でも

 

【ーー終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏の前に(うず)を巻け】

 

歌が続く。コレは本来彼女の歌ではない。通常であれば許されない言の葉。

しかし妖精の願いはすでに届いている。ならば歌は彼女を許す。

 

詠唱を続けているレフィーヤを守りながら、四人は食人花に応戦する。その戦いぶりは凄まじく、否が応でもレフィーヤに実力差を痛感させた。

 

───思い知らされる……私なんて、あの人達には相応しくないと。

 

でも……

 

───それでも!!

 

「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!!」

 

先にも述べたように、魔法の習得数は限度がある。ステイタスに登録される魔法のスロットは三つ。つまり才能のある者でも魔法は三つしか行使することはできない。

 

だが何事にも、例外が存在する。

 

一人はリヴェリア・リヨス・アールヴ。詠唱連結により9種の魔法を操ることを可能とする。かの二つ名、【九魔姫】の所以。

 

もう一人はリヴィエール・ウルス・グローリア。召喚魔法スキル【王の理不尽】。エルフの魔法のみという制約はつくが、詠唱と効果を把握していればどんな魔法でも使用することができる。しかも自身の魔力を上乗せすることによりさらに強化した魔法として召喚することを可能にする。

誰よりも理不尽な存在になる。彼の野望が体現したスキルである。

 

そして最後の一人がレフィーヤ・ウィリディス。先の二人はスキルによって常識を覆したが、ウィーシェの妖精の非凡たる所は魔法である。つまりその例外は魔法によってもたらされた。

 

彼女に発現した最後の魔法、召喚魔法。同胞の魔法、詠唱及び効果の完全把握、二つ分の詠唱時間と精神力の消費。これらを条件にあらゆる魔法を行使できる前代未聞の反則技。

 

この常識を破った妖精に神々が授けた二つ名こそが【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。

 

召喚するはエルフの王女、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。

それはオラリオ最強の魔導士と魔法剣士にのみ許された絶対零度の氷結魔法。

 

───諦めない。アイズさん、リヴィエール()。私は貴方達を……

 

追い続ける!!

 

【ウィン・フィンブルヴェトル】

 

大気をも凍てつかせる純白の光彩は

 

 

時間すらも凍りつかせる。

 

 

食人花は氷結の檻に封じ込められ、街全体も凍土へと変わった。

 

「ナイス、レフィーヤ!」

「散々手こずらせてくれたわねこの糞花っ!」

「ティオネ、素が出てるぞ」

 

ヒュリテ姉妹の蹴りとリヴィエールの拳が氷像と化した食人花を砕け散らす。

 

「最後の一体……あ」

 

ティオナがトドメを刺そうと振り返った時には既に終わっていた。白を着た蜂蜜色の髪の少女が漆黒の長剣を鞘に収めている。

 

「リヴィ、ありがとう」

 

鞘に収めた黒刀を本来の持ち主へと返す。得物を失ったアイズにリヴィエールが貸していた。微笑とともに受け取り、腰へと差す。

 

───うん

 

その姿を見たアイズは満足げに小さく頷く。やはりこの剣は彼の腰にあるのが一番絵になる。

 

「レフィーヤありがとー!ホント助かったー!」

「ティオナさんっ」

 

妹が妖精に抱きつき、姉は一つ息をつく。眼差しには感謝と賞賛がある。

 

「レフィーヤ。ありがとう。リヴェリアみたいだったよ、凄かった」

「アイズさん……」

 

感動に身を震わせる。戦闘で初めて彼女に感謝されたかもしれない。心が震えるのも止めることは出来なかった。

 

しかしそこでハッとなった。もう一人肝心なヤツから何も聞いていない。

 

「おうリヴィエール、どこに行くんや」

 

四つの視線が声の方向に向けられる。気配を消して去ろうとしていた砂色のローブが赤毛の主神に捕らえられていた。

 

「随分私たちの仲間に好き勝手言ってくれたわねぇ、暁の剣聖(バーニング・ソードマスター)

「何か一言くらい無いといけないんじゃない?色男」

 

ヒリュテ姉妹が白髪の青年の肩に腕を回す。完全にヤンキーにからまれてる可哀想な男の図だった。

 

「……まったく、派手に凍らせやがって」

 

周囲を見渡したリヴィエールはため息とともにそんな言葉をレフィーヤに向けた。

 

「まだまだだな。オレとリヴェリアなら周囲に被害は出さず範囲を絞ってモンスターだけを確実に凍りつかせたはずだ。お前はまだその膨大な魔力量を使いこなせていない」

 

確かにあたり一面銀世界だ。ここら一帯を住居にしていた人々は退去せざるを得ないだろう。

褒められて少し上を向いていた気分が若干下がり、顔を俯かせる。今のは姉弟子を調子に乗らせないための諫言。

 

「だがレベル3だった頃の俺は確実に超えている。素晴らしい歌だったよ。流石は俺の姉弟子だ。誇れ、レフィーヤ。お前は俺に勝った」

 

ボフッと音がなる。エルフに特徴的な耳まで真っ赤に染まり、今度は恥ずかしさに顔を俯かせた。ツンデレの高等テクニック、落として上げる。コレに勝てる女子などいない。

 

「はー、素直に褒められないのかしら。このナチュラルジゴロは」

「後半の言葉だけでええよなぁ?もうここまで来ると病気ちゃうか?ツンデレ病」

「お前らもいちいち嫌味言わなきゃいられねえのか」

 

ピクッと頬が引きつる。アドレナリンとスキルによって麻痺していた腹部の痛みが蘇ってきた。大きく深呼吸し、脂汗を気合いで押し込め、何でもないと自覚的に口端を吊り上げて奥歯を強く噛み締めた。刹那の間に消えたが、その表情の変化を赤髪の女神は見過ごさなかった。

 

「ほなそろそろ仕事に戻ろか。アイズはうちと残ってるモンスターのとこに行ってもらう。ティオネ達は地下へ。まだなんかいそうな気ぃするからな。リヴィエールは治療や。レフィーヤ、ホームにこいつ連れてったれ」

「オッケー」

「わかった」

「わかりました」

「いや待てわからん、ふざけんな。何で俺がお前のトコで治療受けなきゃならねえんだよ」

 

淀みのない指示のせいでナチュラルに連行されそうになったが、止まる。この後調べなきゃいけないことがあるんだ。こんな所でリタイヤするわけにはいかない。

 

「せやけどお前アバラ二、三本折れとるやろ。もう戦える体ちゃうで」

「ナメんな、お前らとは鍛え方が「ティオネ」

 

ドウッ

 

ロキが呼び終わるか終わらないか、一寸の間も置かず、ボディブローがリヴィエールの腹に突き刺さった。ドサリと倒れこむ。地面に激突する前にティオネが肩に担いだ。

 

「この程度の一撃も避けれず、オチちゃう奴がなにカッコつけてんのよ。いいから治療してもらいなさい。元はと言えばレフィーヤ庇ってつけられた傷なんだから」

「ティオネ、聞こえてない聞こえてない」

「わかってて言ってんのよ。ほら、レフィーヤ。お願い。見た目より重いわよ?気をつけて」

「は、はい」

 

受け取る。確かにずっしりと重い。服越しに弾力が伝わる。職業柄冒険者の身体は何度か見たが、触ったのは初めてかもしれない。酔いつぶれたロキやティオネを担いだ時とはまるで違う手触りに、純情なエルフであるレフィーヤは自然と異性を意識してしまう。

 

「レフィーヤ、私も…」

「アイズたんはウチと。ほら、得物。拾いモンや。遠慮せんと使い」

 

倒れた彼の面倒が見たくて未練タラタラのアイズをロキが引っ張っていく。彼女の気持ちもわかるが純粋に白兵戦の強い戦力がまだ必要だった。

 

「じゃ、行こか」

『ハイ!』

 

開いた手が音高くなる。各々の役割へと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭りが終わり、数刻の時間が経った。夜の帳が下りた頃、オラリオの街のとある屋敷。そこはやけに物々しい雰囲気に包まれていた。

筋骨隆々とした戦士たちが数人で屋敷の警備を固めている。それだけで屋敷の中にいる人間の身分の高さが伺える。

いや、人間というのは正しくない。この世で最も高位の存在と呼べる者。

 

美の女神、フレイヤ。道化神、ロキ。この街でトップに君臨する二人がそこにいる。事の顛末をロキがフレイヤに話していた。

 

「ま、残りのモンスターも楽勝やったし、地下には何も居らんかってんけどな」

「もう、こんな時間に呼び出されて何事かと思ったら……貴方の今日の出来事なんて知らないわよ」

「よう言うわ犯人のくせに」

 

ワインを口に運びながら呆れたように告げられ、一瞬キョトンとした表情を見せる。しかしすぐにいつもの微笑を取り戻した。

 

「あら、証拠でもあるのかしら?」

「一般人に被害なし、放たれたモンスターは何かを探して市民には知らんぷり。檻の番をしてた連中も腰砕け。魅了魅了ぜーんぶ魅了や。どう考えても決まりやろ」

 

状況証拠は全て美の女神が犯人だと告げている。物的証拠は何一つなかったが、ロキが確信するには充分だった。

 

「何がやりたかったんかは知らんけどなぁ」

「ふふ……そうね。概ね貴方の言うとおりよ」

 

赤毛の女神が妖しく口角を上げる。へぇ、認めるんだぁ、いいのかな〜と顔に大書してあった。

 

「ギルドにチクったろうかなぁ〜。罰則はソートーキツいやろうなぁ」

 

弱味を握り、高圧的に脅しにかかる。この世で最も弱味を握らせたくない女にそれをさせてしまった。リヴィエールならばさて、どうするかと相当焦るだろう。しかし目の前の女神は泰然とした余裕ある態度を崩さなかった。

 

「鷹の羽衣」

 

その名が出た時、ロキの口の端がピクリと引き攣る。フレイヤは天界にいた頃、夜になると牝山羊に変身して牡山羊と遊んでいたことがあった。美の女神は動物に変身することが出来るのだ。先に言った鷹の羽衣もその一つ。身に纏えば鷹に変身できる羽衣。時折ロキに貸した事もあったこの衣装。それは貸したままうやむやになっており、未だ返されてはいなかった。

 

「あっ、アレは天界にいた頃に戴いた……ゲフンゲフン、借りたやつやぞ!今ソレ持ち出すか?!」

「私の知ったことではないわ」

 

どう考えても借りパクしている方が悪い。彼我の立ち位置は逆転した。

 

「もし今日のことを……いえ、今後の私の行動に目を瞑ってくれるというなら、貴方に差し上げるけど?」

 

弱りきった表情で後ずさる。あの羽衣はロキのお気に入りだ。手放すのはあまりに惜しい。天秤が大きく揺らぐ。

 

「どうかしら?」

 

たっぷり三十数える程の間、逡巡する。苦虫10匹分は噛み潰したような表情で歯ぎしりすると、頭を抱えて突っ伏した。さらりと今後の約束まで取り付けられたが、仕方ない。フレイヤが多少ダメージをもらったところでこちらへの利益還元がなされるのは将来的な話だ。なら今の利益を手放すわけにはいかない。

 

「ええいっ、この性悪女めっ」

 

ロキの敗北宣言だった。

 

「ゆすろうとする貴方も大概よ」

 

ワインを口に運ぶ。すでに手元にないアイテムひとつで今後のロキに中立の立場を取らせられた。取引としては悪くない。結局フレイヤの一人勝ちだった。

 

「ホンマ腹立つな〜。釘も差しとったちゅーのにうちの可愛い子達はけったいなモンスターの相手させられて友達は傷まで負ったんやで」

 

まああいつなら三日もあれば治すやろうけど、と小さく付け足す。怪我をしたのは自分の未熟と彼なら言うだろう。だからその分、自分が恨み言の一つも言ってやらなければ気が済まない。

 

謝罪の一つはあるかと思い、対面に座すフレイヤを見るが、その顔にはクエスチョンマークが浮かんでいた。何を言ってるかわからないと言う顔だ。

 

「なんやその顔。おったやろーが変な植物みたいなモンスター。10匹目の気色悪いやつ」

「……私が放ったのは9匹だけよ」

 

細めた目を開く。表情から真偽を見極めようとした。リヴィエールほどではないが、ロキも洞察力には長けている。

 

「……嘘こけ」

「本当よ、貴方とガネーシャの子を足止めするだけで良かったんだもの。いたずらに被害を広めるつもりはなかったわ」

 

赤毛の女神が身を乗り出す。見た限り嘘をついているようには見えなかった。

 

「じゃあアレはなんやったんや?」

「さあ?私には貴方の言うソレがなんなのかもわからないし」

 

沈黙が二人を支配する。しかしその静寂は早々に破られる事となる。

 

ガラスが砕ける硬質な破砕音が屋敷の中に響き渡る。何事が起こったのかと二人揃って窓の外を見る。唐突にロキに呼び出された事を警戒したフレイヤを護衛していた何人かの冒険者。彼らが武器を抜いていた。

 

そしてその先にいたのは……

 

「ああ………ああっ」

 

直接目で見たのはいつ以来だろう。鏡ごしに見た事は何度もあったが、それでもやはり生は違う。あの黒が今、目の前にある。その事実が情念の炎を燃え上がらせ、白銀の女神は恍惚に頬を染めた。

 

護衛していた団員に襲われたのだろう。斬られたフードがめくり上がり、落ちる。闇の中にあっても艶やかな白髪は美しく輝いている。

 

彼も気づいたのだ。自分の存在に。そして自分以外に動いていた存在にも。

 

「なんて、美しい……」

 

若者の名はリヴィエール・グローリアと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 




あと書きです。次で怪物祭篇終了します。次回が終われば次は番外編リヴェリアストーリー更新予定。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。

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