その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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Myth25 チートスキルと言わないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日が盛況と言って過言ではない街、迷宮都市オラリオ。その都市が今日はいつも以上の喧騒に包まれていた。

それもそのはず、今日はオラリオ最大派閥の一つ、ガネーシャ・ファミリアが主催する祭り、怪物祭当日。普段は冒険者しかお目にかかれないモンスターを用いたショーが行われる年に一度のイベント。ダンジョンから連れ出し、テイムした本物の怪物の見世物。その迫力は凄まじく、一般人にはスリル満点の祭りだ。世界中から人も集まる。この騒ぎは当然と言える。

そんな人混みの中を一組の男女が歩いている。一人は着物と言う和装に身を包み、腰の剣帯に漆黒の刀を差した剣士。フードからは太陽の光に似た白髪が覗かれている。一見するとヒューマンに見える青年。もう一人は褐色の肌に黒髪を背中まで伸ばしたアマゾネス。黒を基調としたシックなドレスに身を包んでいる。この種族にしては布面積の広い服装と言えるが、大きく空いた豊満な胸元は人の視線を集めていた。

 

剣士の名はリヴィエール。親しい者にはリヴィと呼ばれているハーフエルフ。彼の腕を取って歩いているのはアイシャ・ベルカ。かつてはガーベラであり、今は白髪の青年の情婦を務めている美女である。

 

「…………意外とバレないもんだね」

 

日傘をクルクルと回しながら楽しげに話しかけてくる。二人とも名も顔も売れた冒険者であるため、これだけの雑踏の中に顔を出せば何らかの騒ぎになるかと思っていたのだが、特にそういう事にはならなかった。

 

「今日の主役は怪物祭だし、他人に興味のある人間なんてものも少ない。必要以上に挙動不審になりさえしなければこんなもんだろう」

 

変装用に掛けたメガネの位置を直す。アイシャも基本的に顔は日傘で隠れるようにしていた。今日の彼らはお忍びで怪物祭に訪れた貴族と護衛というテーマで活動している。

 

「今のところ、特に何か起こってる感じはなさそうだけど」

 

ジャガ丸君をほうばりながら褐色のアマゾネスが自身の意見を述べる。フィリア祭の様子を見ながらデートをして数時間が経つが、何かパニックとなったかのような喧騒はない。至極平和に祭りは進行している。

 

「…………表面上はな」

 

しかし隣を歩く男から緊張感が抜ける事はなかった。先のアイシャの意見も、少し彼に肩の力を抜いて欲しくて言った事だったのだが、あまり効果はなかったようだ。

 

「…………なんかあったの?」

「わからん。三つ以上の組織が動いている事だけは掴んだが……それ以上の事は分からなかった」

 

少し嘘だ。三つ以上のうち二つはフレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリアである事は分かった。フレイヤの企みは掴めなかったが、予想はつく。どうせ引き抜きだ。ロキに関しては言わずもがな。連中は俺が調べてるから念のため調べてる、といったところだろう。

この二つは放置していても恐らく問題ない。気になるのは残りの足取りが掴めなかった組織。本業は魔法剣士だが、隠密起動に関してもそれなりの自信はある。その俺が本腰入れて調査したというのに、その尻尾は掴めなかった。つまり俺に足跡を掴ませない程度には痕跡を消しながら活動していたという事だ。それだけで充分警戒に値する。

 

「……そろそろ始まるな」

 

懐中時計を見る。以前リヴェリアからランクアップの祝いで貰ったものだ。高級感溢れる淡い白金が美しい。

闘技場の方も騒ぎが大きくなり始めた。何か事件が起こるとすればそれはやはり闘技場周辺だろう。

 

「跳ぶぞ、ついてこれるな?」

「誰に向かって言ってんだよ」

 

挑戦的に口角を上げる。リヴィエールも笑みを返すと、一足飛びに建物の屋上へと跳んだ。アイシャも彼に続く。流石の脚力だ。

 

「急ぐぞ」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

彼らがまるでニンジャのように動き始める少し前、アイズとロキはとあるカフェに訪れていた。

 

店の空気がどこか妙な物に支配されている事にアイズは入店して初めて気づいた。まるで何かに導かれるようにその場にいる人間全員が一席に視線を集中させている。

 

───何だろう、この空気。

 

「よぉー、待たせたか?」

「いえ、少し前に来たばかり……あら、そちらは」

 

主神が話しかけた事により、待ち人がいた事を知る。その方向に視線を向けることでようやく、この場を支配しているものが何かに気づいた。

 

───きれい

 

アイズの思考をその一言のみが支配する。まるで強力な催眠にでも掛かったかのように、彼女から目が離せない。魅了という魔力。魂まで酔わされそうな圧倒的存在感。見目麗しい女神達の中でも殊更抜きん出た美しさを誇り、銀の双眸は見ただけで引き込まれそうになる。

それが世界の何よりも美しいと言われる女神、フレイヤの力だった。

 

───コレが美の化身……フレイヤ

 

アイズにとって世界で最も美しい存在はリヴィエールとリヴェリアの二大巨頭だったのだが今日、この時を持ってその格付けは変動した。

 

「アイズ、こんなやつでも神やから挨拶だけはしときぃ」

「…………初めまして」

「初めまして……ふうん、なるほどね……ロキが惚れ込むのもわかるわ。どうして剣姫を連れて来たか聞いてもいいかしら?」

「そりゃもちろんデートや!……と言いたいところやけど、こいつはほっとくとすぐダンジョンに潜ろうとしよるからなぁ。誰かが気ぃ抜いてやらんと一生休みもせん」

 

羞恥で頬を紅潮させつつ、俯く。しょうがない奴だなと言わんばかりのロキの目つきが少しリヴィエールに似ていた。

 

「ちゅーわけで時間もったいないから率直に聞くで。最近自分、ちょろちょろ動き回っとるみたいやないか」

「…………」

 

ロキの問いかけに対し、無言の笑みを浮かべる。表情から真意を読み取ることはロキの洞察力を持ってしても出来なかった。

 

「…………男か」

「…………?」

 

主神の答えに疑問符を浮かべるアイズをよそに、今度は肯定の意味を込めて口角を上げる。わざとこちらにわかる様に表情を変えて来た事に気付いたロキは深く息を吐いた。

 

「アホくさ。またどこぞのファミリアの子供を気に入ったっちゅうワケか。この色ボケが」

 

フレイヤが他派閥の団員を引き抜くために行動していた。実を言うとこれは珍しいことではない。彼女は気に入った子供をよく自分のファミリアに引き込んでいる。それ自体は神であれば真っ当なことなのだ。唯一問題があるとすれば、この女が見初めるのは大抵すでに他派閥に属している子供だと言うこと。

しかし現在に至るまで、彼女のこの問題行動がそれほど問題となっていないのは相手がフレイヤに魅入られたり、最大派閥と敵対し潰されるのを恐れた主神が差し出すからだ。

唯一の例外があの白髪のハーフエルフ。とある理由で魅了が聞かず、そして頑としてルグの元から離れなかった、あの剣聖だけが彼女の引き抜きに応じなかった。

 

「で?」

「………?」

「どんなヤツや、今度自分の目にとまった子供いうんは?」

「………」

「ほら、とっとと吐けや。うちらの間でややこしい事にしたないやろ?」

 

挑戦的にロキがフレイヤを睨みつける。その視線を真っ向からフレイヤは受け止めていた。その様子をアイズは固唾を飲んで見守っていた。この返答次第で下手をすれば二大派閥の激突すらあり得る空気だったからだ。緊張せずにはいられない。

笑みを崩さず、フレイヤが息を吐く。しばらくロキとこうしているのも面白かったが、意味のない争いをしたいとは思えなかった。語り始める。

 

「強くはないわ。今はまだまだ頼りない。少しのことで傷ついて、泣いてしまう、そんな子」

 

少しずつ、声と表情に色の熱が篭っていく。

 

「でも綺麗だった。透き通っていた。今までに見たことのない、初めて見る色をしていた。凛々しく、気高く、強い彼と真逆の存在。だから目を奪われてしまったの」

 

話を聞きながらロキは表情を歪める。フレイヤの言う彼と言うのが誰なのか、ロキは知っていた。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。……あの時も、こんな風に……」

 

外に視線を向けていたフレイヤの目が唐突に見開かれる。釣られてアイズも外を見る。

 

───あの子は……

 

外を走る小柄な少年の姿に、アイズは見覚えがあった。ダンジョンで出会い、酒場で傷つけてしまった白兎。しかし今は元気そうに走っていた。

 

───よかった、元気になったんだ…

 

「ごめんなさい、急用ができたわ。また今度、会いましょう」

「はぁっ!?」

 

唐突に席を立つ。もう構ってはいられないと気忙しそうにフレイヤは店を出ようとした。

 

「待てやフレイヤ」

「…………なに?」

 

この女神にしては珍しい、余裕のない表情を向ける。1秒が惜しいと言わんばかりの顔だ。けれど彼の悪友として、コレだけは確認しなくてはならない。

 

「お前、まだリヴィエールにちょっかい出す気か?」

「…………………」

 

笑みが戻る。挑発するような、そんな笑い方。だったらどうする?と、目で語っていた。笑顔だけでよくこれ程引き出しがあるものだと感心してしまう。

 

「あいつの事はほっといてやってくれんか?あいつ、ボロボロなんや」

「…………そうね、知ってるわ」

 

人とハイエルフ、愛と憎しみ、強さと弱さ、相反する全てが混ざった、奇跡的な存在。あの惨劇を経て、悲劇という闇が混ざる事で彼の黒には一層の深みが加わった。

 

「だからこそ彼は綺麗なのよ」

 

店を出る。もう構ってはいられなかった。いなくなったフレイヤの姿を見ながらロキはまた深く息を吐く。

 

───お前の言うこともわからんではないけどなぁ…

 

傷つきながらも立ち上がる者の姿は美しい。自分の子供のそういう姿はロキも何度も見てきた。出来ることなら彼を自分のファミリアに加えたいとすら思っている。しかし意外と分別のある神である……というよりは下界に降りて丸くなったロキはああいった強引な手段を取ろうとは思えなかった。それに彼は自分にとって気の置けない友人だ。そういう存在は下界では貴重なことをロキは知っている。

 

それに、一応釘を刺しただけで、彼に関してはそこまで心配していない。なぜなら……

 

「あいつは相当手強いで。なあ、リヴィエール」

 

世界を煌々と照らす太陽を見ながら、悪友に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ックシュン!!」

 

片手で口と鼻を押さえ、控えめに吹き出す。そんな様子を訝しんだ褐色の美女は心配そうにこちらを覗き込んできた。

 

「ウルス、大丈夫?風邪?」

「いや、誰かが悪口でも言ってんだろ」

 

スンッと鼻を鳴らす。ウルス呼びにさせているのはこの場にかなりの数の人間が集まっているからだ。もう諦めてはいるものの、迂闊に本名を呼ばせるわけにはいかない。軽口を叩きつつも足は止めずにスタジアムへと向かう。すでに騒ぎは起こっていた。

 

「…………!エイナ!」

 

何やら焦っている団体のうちの1人に担当官であるハーフエルフの姿が見えた。名前を呼ぶとすぐにこちらに気づき、飛び上がった。

 

「リヴィ君!丁度いいところに………」

 

一瞬喜色を浮かべてこちらに走ってきたが、同伴者の姿を見咎め、目が一気に不機嫌なモノへと変貌した。

 

「…………そちらの方は?」

「こいつは俺の「パートナーをやってる。アイシャ・ベルカだ。よろしく」………」

 

遮られた事に若干イラついたが、自分たちの関係についてはやんわりとした言い方をしてくれた為、あまり強く文句も言えなかった。

 

「で、ウルス。こちらは?」

「彼女は俺の「担当官を務めています。言うなればダンジョン活動における彼のパートナーです」…………」

 

またも遮られた。というかお前ら、自分で言うなら俺が紹介する必要ないやん……

 

「へえ、担当官がパートナーねぇ。ウラノスの人間が特定の冒険者に私情を挟むのはどうかと思うけど」

「イシュタル・ファミリアに属しているあなたがヘスティア・ファミリアの彼に堂々とパートナー宣言している方が問題があるように思えますが」

 

バチリと何かが2人の間で弾ける。双方とも笑顔だが内面に潜む殺気の恐ろしさは尋常ではない。そして抓られる両脇が地味に痛い。

 

「エイナ、俺に頼みたい事があるんじゃなかったのか?」

 

妙な方向へと行きかけた空気を本題に戻す。するとアッと手を叩き、こちらの袖を取った。

 

「祭りのためのモンスターが脱走したみたいなの!是非共協力をお願いするわ!」

「脱走!?何やってんのガネーシャは!」

 

顔をしかめて声を上げる。アイシャの言い分は尤もだ。せっかくバベルにより蓋をしているダンジョンからわざわざ怪物を外に出す以上、脱走など最も注意していなければならないところ。それを、と思うのは仕方ない事だろう。ガネーシャほど力のあるファミリアなら尚更だ。

 

だからこそリヴィエールはこの話に違和感を抱いた。わざわざシャクティに会って釘を刺したにもかかわらず事件が起こった事がどうしても解せなかったのだ。

 

「エイナ、シャクティはいるか?」

「え、ええ。市民の避難の指揮に」

「少し話がしたい。連れてきてくれ。ついでに事件現場の様子も見ておく。アイシャ、ついて来い」

「わかった」

「了解、ボス」

 

雑踏の中にエイナが走っていく。行ったのを確認するとリヴィエールとアイシャは怪物祭用のモンスターが囚われている檻のへと向かった。

 

「…………こいつは」

 

もぬけの殻になった九つの檻と共に、腰砕けになっている門番たち。目は虚ろに虚空をさまよい、口元からは涎が垂れている。この症状は……

 

「アイシャ、俺は実際に見た事ないからよくわからないんだが、こいつは……」

「間違いない。こいつら全員魅了にやられてる」

 

美の女神を主神に持つアイシャが確信を持って彼の疑問に答える。こいつを連れて来るべきだと思った俺の感は正しかった。

 

「お前のとこは関わってるわけないよな?」

「当たり前だよ。こんなくだらない事して目をつけられるような真似はあの人はしない。あの人のターゲットはあの女神だけさ」

 

だよなぁと心中で頷く。イシュタルは直情的だがバカではない。見るものが見れば一発で下手人が割れるような手は打たない。たとえ疑わしくとも、自分たちの仕業とはバレない工夫を必ずする。

となると今回の一件、犯人はヤツしか考えられないが、それもイマイチ納得がいかない。誰かの引き抜きが目的なら恐らくモンスターを脱走させた理由はガネーシャ及び、他の有力ファミリアの足止めだろう。不必要に被害を出すことはいくら奴でもしないはずだ。

しかしその程度の事でここまで俺の7つ目の感覚が警鐘を鳴らすだろうか?ロキが気をつけろなどとわざわざ俺に忠告するだろうか?

 

───となると他に何か目的がある?この騒ぎは陽動で、本命は別にあるのか?

 

答えは、わからない。ここから先を推理するには情報が足りない。

 

「待たせた」

 

奥の雑踏からスーツ姿に藍色の短髪を靡かせた麗人がエイナに連れられて現れる。どうやら考え事をしているうちにそれなりに時間が経っていたらしい。

 

「よう、なんかめんどくさそうな事になってるな」

「お前の予言が見事に当たったというわけだ。内部の警戒はしていたのだがな」

「まあ済んだことは言ってもしょうがねえさ。それより被害状況は?」

「それが……」

 

沈痛な面持ちの彼女を見て死人が出たかと推測する。オラリオには戦闘力を持たない一般市民も数多くいる。1人2人死んでいてもなんらおかしくはない。白髪の剣士は蒼髪の友人にどう慰めの言葉をかけようかと逡巡しはじめていた。

しかし続く言葉はリヴィエールをもってしても予想外だった。

 

「死人はおろか、怪我人すら無しだ」

 

リヴィ、アイシャ、2人とも驚きに眉を上げた。ありえない、と思ったからだ。

 

「確かか?」

「少なくとも、市民に被害は出ていない」

 

いよいよもってきな臭くなってきた。被害が出ていないということ事態は喜ぶべきことだ。だが何事も過ぎたるは及ばざるが如し。ロクな知性を持たないモンスターが市民になんの被害も出さないなど通常の事件であれば、ありえない。

つまりこの一件、なんらかの作為が有るという事だ。そしてその作為ある者は特定のターゲットのみに被害をもたらそうとしているという事。

嫌な予感がする。

 

「ザコどもが逃げた方向は?」

「東部周域に散らばったと報告を受けている」

「わかった。外の対処は俺がやる。シャクティは引き続き市民の避難誘導を頼む。現場には出張るなよ。お前がいるというだけで市民達は安心する」

「無論だ」

「アイシャ、お前はここで待機。魅了にかかった連中の介抱とモンスター達の番を頼む」

「えー……私もウルスとイク」

 

不平そうに頬を膨らませながらリヴィの袖を掴む。此処に来るまででデートはかなり楽しんだが、それでも今日1日くらいはずっと一緒にいたかった。

 

「そう言うな。怪物祭を潰すのが目的ならまだこの辺りが襲撃される可能性はある。信頼出来る手練れが此処を守っておく必要があるんだ」

「…………」

 

信頼出来ると言う言葉が出た事により不機嫌そうに寄った眉が若干和らぐ。しかし嘘を言ったつもりはない。多少リップサービスがないとは言わないが、純然たる事実でもある。

 

「それに魅了に関して俺は門外漢だ。介抱なんてろくに出来ないし、仕掛けられたとしても対処はできない。腕っぷしではどうにもならん」

「それは私だって……」

「それでも何も経験のない俺よりはマシだ。お前の力がいる」

「…………」

「アイシャ」

 

肩に手を置き、翡翠色の瞳が彼女を捉える。彼の目が共に戦う戦友に向ける眼差しへと変わった。

 

「頼む」

「…………ちぇ。いい女ってのはいつも貧乏クジだ」

 

フイとそっぽを向く。表情は見えなかったが声には喜色が見え、少し赤く染まった褐色の肌がうなじから覗いた。

 

───あい変わらず女の扱いが上手い男だ…

 

心中で嘆息しながら白髪の悪友を睥睨する。女という生き物は、特に能力のある女は頼られるという事に弱い。まして、滅多に人に頼るということをしないこの男からなら尚更だ。特別扱いをされている何よりの証だから。

 

「エイナ、お前は引き続き、ガネーシャに協力しろ。怪我人1人出すな」

「わかったわ」

「よし」

 

今やれる全ての手は打った。此処にいる三人なら後は各々で役割を果たすだろう。

俺には俺の役割がある。

 

屈み込み、腿とふくらはぎに力を入れる。跳躍し、闘技場の壁を二、三度蹴り、一気に上空へと駆け上がった。

 

「うわ、すっげ」

 

感心のような、呆れのような、そんな口調でアイシャが見やる。彼の戦う姿は何度か見たが、何度見ても規格外だ。脚力には自信のあるアイシャでもあんな真似は出来ない。

 

「鈍ってはいないようだな。あちらは任せて問題ない。私たちは私たちの仕事を完遂するぞ」

「はい!」

「私はいつアンタの部下になったよ」

 

憎まれ口を叩きつつも、各員尽力する。彼に任された以上、失敗は乙女のプライドにかけて許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時計塔の支柱に立ち、町の東部地区を見下ろす。此処からならオラリオ全体が見渡せる。探し物には丁度いい。

 

───ザコ、ザコ、ザコ

 

炎で出来た黒弓に炎の矢をつがえながら町の様子を見る。今の所歯牙にも掛けない連中ばかり。インドラの矢に寄ってもう三匹黒焦げにしていた。本来なら直接斬った方が魔法による町の被害も出ないし安全なのだが、今回彼はその手段を取らなかった。なぜなら……

 

───こいつらは陽動。本命のモンスターがどこかにいるはず…

 

であれば街全体を見渡せるこの塔から降りるわけにはいかない。この推測は正しかった。

たった一つの誤算があるとすれば、その本命のモンスターに関する情報が足りなかったことだろう。

 

ヒヤリと背中に嫌な予感が奔った瞬間、足元が崩れ落ちる。唐突に時計塔が破壊されたのだ。先ほどまでリヴィエールが立っていた場所には緑色のムチが唸りを上げて立ち上っていた。

 

「な、なんだっ!?」

 

空中で姿勢を整えながら地震の正体を見極める。白髪の剣士は崩れるより一瞬早く跳躍していた。

 

───植物の……ツル?

 

跳んで距離が出来たおかげで襲撃者の姿の一部の視認に成功する。しかし息をつく暇はなかった。そのツルは真っ直ぐにこちらに振り下ろされていた。

 

「ぐっ!?」

 

───避けたら市民に……

 

「吹き荒べ精霊の息吹っ!」

 

カグツチを抜く。空中で受けた為、踏ん張ることはできず、慣性の法則に従って吹っ飛ばされる。

粉塵と共に白い塊が地面に激突した。一の時間を数えるか数えないかの時間で粉塵は払われる。爆発の中心にいた男は黒剣を薙ぎ払っていた。擦過傷はあるものの、あの勢いを考えればほぼ無傷といっていい状態で立っている。

 

風の魔法で自分自身から飛ばされ、風のクッションを作ることで、なんとか致命傷は防いでいた。

 

───なんだアレは!?新種か!?アレもガネーシャが用意したのか!?

 

いや、考えられない。受けた感じ、こいつはそこそこ強い。単体のモンスターとして考えるなら充分深層クラス。フィリア祭に出てくるモンスターはタッパはあるが、基本上層のザコだ。これほどの強さのモノを出してくるなんて、ありえない。

 

となると本命はコイツか。足元から来られるとはついてないな…

 

冷静に分析しつつ、ゾッとする。こんな一般人が住むような場所で深層クラスのモンスター。ヤツが見境なく暴れたとしたら被害規模は考えただけでも恐ろしい。そうなる前に早く仕留める必要がある。

 

吹っ飛ばされた方向へと跳躍しようと屈み込む。ついでに魔法でブーストして。あと1秒あれば風よりも早い飛翔がなされることだろう。

しかしその跳躍は突撃のためではなく、回避のために用いられる。植物のような怪物は真っ直ぐにこちらに向けてツタを振るってきたのだ。

 

「うわっとぉ!っぶな」

 

反応して避けたはいいが、石畳は木っ端微塵にされている。アレをまともに食らってはいくらリヴィエールといえどひとたまりも無い。

 

こちらに向かってくる植物の化け物を見ながら、安堵しつつも疑問が浮かぶ。

 

さっきも今のも間違いなくリヴィエールを目掛けて攻撃していた。盲滅法あのツタを振るわれるよりはよほどやりやすいが、同時におかしい。こちらから攻撃しての反撃ならばともかく、あの手の植物系モンスターが標的を定めて攻撃してくるということはあまり無い。それも当然だ。植物には五感がないのだから。故に光や温度といった通常、動物が感じにくいものを鋭敏に近くし、活動している。

百戦錬磨のリヴィエールはその事を実感して、知っている。

 

───闘気を放つ俺を敵として認識したって言うなら話は早いんだが……今まで殺気に反応する植物系ってのはお目にかかったことがない。五感以外の何かで俺の位置を知ったと考えるのが妥当。しかし一体何で……

 

思考は中断された。様子見をしつつ、周囲を走っていたリヴィエールから植物系モンスターから感じられた敵意のようなモノが失せた。建物の崩壊により腰が抜けている一般人にツタの位置が移る。

 

───ヤバイ!!

 

魔法を発動させる。足元から爆発が起こった。

 

───ん?

 

新種の敵意が再びこちらに一瞬向いた。その逡巡の間にリヴィエールは市民の前にたどり着いた。庇うように立つ彼の前にツタが振り下ろされる。

 

「ナメんな」

 

すでに鯉口は切っている。ならばあとは振り抜くだけ。足に力を込め、腰を駆動し、全身が回転する。腰間から抜き放たれた一刀は見事にツタを斬り裂いた。

 

腰に力が入れられれば、剣聖に斬れないモノはない。

 

「向こうでガネーシャが避難誘導している。走れ」

「あ、あの、貴方は…」

「早く!!」

 

恫喝する。慌てて大通りへと走っていった。その様子を後ろ目で見やりながら、新種に対峙する。

 

「おっと。お前の相手は俺だ」

 

逃げていく2人を追いかけようとしたのか、それとも違う理由か。動きはじめたヤツを牽制するように魔力を立ちのぼらせる。カグツチには黒炎が揺らめいている。

こいつの位置どりのカラクリも大体わかった。先の跳躍で8割がた察していたが、この対峙で確信する。

 

ツタが振り下ろされる。交わした方向に追尾してくるその突起を蹴飛ばす。

 

───っ、斬った時も思ったが、硬っ

 

市民が逃げ切るまでの時間稼ぎをするために打撃系の技を使ったが、これではラチが明かなそうだ。

 

───アマテラスなら燃やせるだろうが、この硬さなら全焼するまでに時間がかかる。モユルダイチは周囲への被害がまずい。オレがモンスター扱いされる。なら凍らせるか?アレなら多分可能だ。しかし魔力を高めながらこいつの相手をするのは流石の俺でも……

 

少なくとも一級冒険者クラスの前衛が2人はいないと難しい。そう思いはじめた頃、新種の暴走が加速し始める。当たり前だがツタは一本ではない。手数という面において、この新種はリヴィエールを遥かに上回る。

 

───くそっ、迷ってる場合じゃないか!

 

【アールヴの名の下に命ずる。我が愛しき同胞たち。研鑽の全てを我に見せてくれ】

 

冒険者は魔法スロットを最大で三つ持っている。つまりどんなに才能があっても、通常身につけられる魔法の数は最大で三つ。コレは魔法を使う物の常識だ。

リヴィエールももちろんその例にもれない。彼単体が使える魔法も三つである。

しかし、何事にも抜け道というものは存在する。

 

【ああ、わが兄弟たちよ、なぜ同胞で競い合う。其方らに優劣などない。我にとっては誰もが愛しく、美しい存在だというのに】

 

一つは詠唱連結。リヴェリアが操る特殊スキル。攻撃、防御、回復三種の魔法に三階位を掛け合わせることで9種の魔法を操ることが出来るという凄まじいスキル。かの上位魔導士の二つ名【九魔姫】の所以である。

そしてもう一つが、今リヴィエールが行なっている魔法である。

 

【ならばその争い、我が裁こう。愛している故許さない】

 

スキルとは基本的に詠唱を必要としない、意識で発動させるものが普通だが、その圧倒的性能のせいか、はたまた別の理由が、彼のこのスキルは唯一の例外である。発動の際にマインドと詠唱を必要とする。

しかしその代わり効果は凄まじい。エルフの魔法のみという制約はつくが、詠唱と効果を把握していればどんな魔法でも使用することができる。しかも自身の魔力を上乗せすることによりさらに強化した魔法として召喚することを可能にする。

 

【さあ、妖精たちよ……献上せよ】

 

王の理不尽、発動

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あけまして今年もよろしくお願いします。フクブチョーです。新年一発目のその二つ名、いかがだったでしょうか?励みになりますので感想、評価もよろしくお願いします

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