リヴィエールは後悔していた。連れられるままに目の前の店に入った事を。アイシャが常連だという店なのだから、この予想は容易にできたはずなのに、突然のアイズ達との鉢合わせでそこまで頭が回らなかった。
そう、連れてこられた服飾店は完全にアマゾネス御用達店。ほぼ下着と見紛う露出度の服がズラリと陳列されていた。
「じゃあオレ外で待ってるからぁあっ!?」
「なに今更硬派なふりしてんのよ。とっとと来なさい、色男」
「リヴィエールの為の買い物みたいなものなんだからいなきゃ意味ないじゃん!」
力尽くで店の中へと引きずり込まれる。その姿をオロオロしながら見ていたアイズも連れられて入店した。
「ねえねえ!コレはどう?アイズ!」
「これ試着してみない?貴方線が細いから似合うわよ?」
そして至る現在。新作という踊り子の衣装を持ってティオナがアイズの体に重ねている。ティオネもやはり女子。こういう買い物は嫌いではないらしく、次から次へと新しい服を持ってきていた。
「えっ、えっと………」
実際に試着しているわけではないが、それを纏った自分を想像したのだろう。頬を真っ赤に染めて躊躇していた。
「…………」
ちらりと別方向を向く。視線の先にいるのはよそ見をしつつ腕組みをしている白髪の剣士。無表情な顔には帰りたいと大書されていた。
しかしそれも仕方ないだろう。店内を見渡せば、アマゾネス以外の種族にとっては露出狂と言われても文句の言えない衣装がズラリと並んでいる。人並みの恥じらいを持つ者ならばまず人前では着られない服ばかり。しかもここはアマゾネス専門の服飾店。置いてあるのはもちろん全てレディース。男がいていい場所ではない。女物の下着の店に入店しているようなものなのだ。メインの女性客の連れと分かっているから店員もなにも言わないが、居心地の悪さは尋常ではない。
「大丈夫、絶対似合うから。ほら、貴方も見なさいリヴィエール!」
「………………見れるか」
女の裸などで今更照れるほど純ではない。しかし相手がアイズとなると話が変わる。憎からず思う少女であり、かつ妹のように大切にしている女性なのだ。そんな彼女のあられもない姿など見れるわけがない。なにかイケないモノを見ているような罪悪感に駆られてしまう。
「アイズ、これ着てみない? あなた体の線が細いから、きっとよく似合うわよ」
「なっ、なんでアイズさんがここの服を着ることになってるんですか!?」
「別にいいじゃない、せっかくなんだし。レフィーヤもどう?」
「き、着ませんっ!」
助け舟を出したというわけではないのだろうが、尻込みしていたレフィーヤが二人の暴走を止めてくれる。標的が彼女に移り、プレッシャーからは少し解放された。一度息をついていると袖に引力を感じる。隣には頬を染めて少し俯いたアイズが立っていた。
「ゴメン、リヴィ……私のせいで」
「お前のせいじゃないだろう」
「で、でも……私がわがまま言ったから」
蜂蜜色の頭に手を乗せる。そのまま軽く撫でた。
「お前のワガママは許す」
その一言でまたカァッと紅くなる。
気を遣わせてしまった事や迷惑をかけてしまったことに対する負い目はある。だが、何よりも彼が自分の事を考えてくれていた事が嬉しくて………自分の顔が上気していく事を自覚した。そしてその暑さに比例するように胸も大きく高鳴っていく。
「……あり、がとう」
小さな声で絞り出された言葉はしっかりと彼の耳に届いていた。頭に乗せられた手はそのままに、彼の方へと引き寄せられる。アイズ自身もその力には逆らわず、彼の胸へと後頭部を預け、腰を寄せ──
「ほらほらアイズ!今度はコレ!この店の変わり種!」
─るよりも先に突然の介入者によりベリッといとも簡単に数M引き剥がされる。ティオナが持ってきた真っ赤な大陸風の衣装と共に再び衣装棚の方へと連れ去ったのだ。
「ああ!もう!良いところだったのに!」
少し離れた場所から見ていたらしいレフィーヤが地団駄を踏む。しかしリヴィエールは安堵していた。まあこんな露出度おかしい服の店の中で良い雰囲気になったとしても色々と台無しである。
「ちょっと、リヴィエールも何か意見言いなさいよ。貴方はどういう服が好みなの?」
「俺は本人が気に入っていて似合っていればなんでも良いと思うが…」
「そういうのが一番困るのよ。ならアイズに似合いそうだと貴方が思う服はどれなのよ」
「……………少なくとも此処の服は着せたくねえな」
コレは異性としての独占欲というより、兄心からの意見だったのだが、ティオネはそう取らなかった。ニヤニヤとムカつく笑顔をこちらに向けると、さらに際どい服を取り出し、こちらをチラ見してくる。実にイラつく。
キャイキャイという声が店の一角で聞こえてくる。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので少し離れた位置で保護者視点で見ているリヴィエールとティオネの耳にもしっかりと届いた。
「……………楽しそうだなぁ」
「ショッピングが嫌いな女子なんていないのよ」
「知ってる。しかしよくアイズが服の買い物なんかに付き合ったものだ」
自分を着飾ることに興味などない子だ。この意見は至極当然と言える。
「貴方のことで悩んでたからね。なんでも良いから気晴らしさせてあげたかったんでしょ、ティオナは。まあそれも貴方が解決しちゃったけど」
「なんだトゲがあるな。不服か?」
「別に責めてないわ。ただ、ムカつくだけよ。コッチが必死に苦労して成し遂げようとしている事を貴方は簡単に解決しちゃうから。仲間の面目丸つぶれ」
「………………」
「あーあ、アイズも酷い男に引っかかっちゃったものよね〜。艶やかな華に蝶が群がるのは宿命だけど………泣かせたらマジ殺すわよ?」
「さーて、俺も選んでやるとするか。この店で露出マシな服っつったらこの辺かぁ?」
大陸風の赤い衣装を手に取る。大胆にスリットは入っているが、この店の服にしては布地がある方だろう。商品名にはチャイナ服と書いてあった。その様子を見てハァとティオネはため息をつく。
「別にアイズを選べとは言わないわ。貴方にも権利はあるわけだしね。だけど私達はともかく、あの子の事だけは気にかけてあげて。戦友としてでも、兄貴分としてでもいいわ。悔しいけど、あの子に誰よりも近いのは貴方だから」
「………………そうかもな」
「せめて今日選んだ服でデートでもしてあげてよ。ちょうど直近に怪物祭あるし。そしたら今回のアマゾネスの件、リヴェリアには言わないでおいてあげる」
「………………」
痛いところを突かれる。今回の一件、リヴェリアには知られたくない。もしバレようものなら現在の隠れ家からは即日退去を命じられるに違いない。 そうなっては非常に面倒なことになる。
「怪物祭は先約があるから無理だが、近いうちに、必ず」
「ま、取り敢えずはそれで許してやりますか」
じゃあ服選びに参加しなさい、と袖を引っ張られる。キャイキャイと姦しい中心地へと連れていかれた。
「アイズ、これなんてどう? あたしとお揃い~」
ティオナが自身が纏っている衣装の色違いの服を勧めている。紅色のパレオと胸巻きの組み合わせだ。
「え、えっと……」
目の前に着ている人がいるからか、その衣装を纏った自分をリアルに想像してしまったアイズは顔を紅潮させる。
しかしそんなほぼ裸のような衣装をアイズに変な幻想を持ってるど真面目エルフが許すはずもない。ついにレフィーヤが爆発した。
「だっ、駄目ですっっ!!こんな、こんなみだらな服をアイズさんに着せるなんて、私が許しませんよ!?」
───服選ぶのにお前の許可がいるのか……あまり押し付けをしてはティオナ達と変わらないぞ
喉元まで出かかったが、飲み込む。固定観念に囚われまくっているレフィーヤがティオネ達と同類など、認めるわけないからだ。それに倫理観などの観点から鑑みればまだ常識的な衣装を選んでいるというだけでも現状の惨状からは脱出できる。なら今はそれでよしとすべきだろう。
「でも、こんな服を着たアイズも見てみたくない?」
その一言にぴたり、とレフィーヤの動きが止まった。ティオナの着ているパレオと胸巻きに、彼女の紺碧の瞳が止まる。
ポワポワとレフィーヤの頭から煙が上がり、目が中天を彷徨う。一歩間違えればやばいクスリでもやってるような表情だった。恐らく想像しているのだろう。頬は上気し、口元からはヨダレが垂れてた。あとうわ言で「アイズお姉ちゃん」とか言ってる。
───……この子、やっぱりそっちなんじゃ……
リヴィエールは自身が芸術家なこともあり、そういう人とも何人か知り合っている。別に否定する気は無いが、この手の人物にまともな奴はいた試しはない。仮にもハイエルフの末裔として、同族の少女が心配になった。
「レフィーヤ?」
「んひゃああああっ!!?」
「あ、帰ってきた」
現実に戻ってきたレフィーヤは羞恥で真っ赤になりつつ、衣装を棚に戻した。羞恥からか、あまりの勢いで叩きつけられたそれはガシャリと派手な音を鳴らした。
「ちょっと考えたでしょう?」
「あ、ありえません!?」
「ねー!リヴィエールはどう思う?アイズが私と色違いのお揃い着てるの見てみたくない?」
「んー、プライベートなら見たくない事もないが……一応外でも着ていける服をコンセプトに選んでるんだろう?ならあまりアイズのイメージとかけ離れたヤツはやめといた方が良いんじゃないか?」
「そ、その通りです!流石はリヴィエールさん、わかってますね!アイズさんはもっと、もっともっと清く美しく慎み深い格好をしなくては!そうっ、エルフの私達のような!!」
そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ、と心中でぼやく。まあ主導権は彼女らなので何も言わない。
「アイズさん、エルフの店に行きましょう!エルフの店ならリヴィエールさんの意見にも合いますし!不肖ながらこの私がアイズさんの服を精一杯見繕いします!」
「レ、レフィーヤ?」
「あ、こら!ちゃんと俺も行くから利き手掴むな!」
戸惑うアイズと利き手を掴まれて憤るリヴィがレフィーヤに店の外へと引っ張り出されていく。残されたティオネとティオナは、互いに顔を見合わせ、そっくりな笑みを浮かべ、三人を追いかけた。
「ここです!!」
連れてこられたのは先ほどの服飾店とは対照的と言っていいブティック。格調ある衣装がズラリと陳列されており、高級感のある落ち着いた雰囲気の店だった。レディスにはフリルなど西洋人形の衣装のようなメルヘンある服が並んでいる。エルフ御用達服飾店。
───此処は昔来たことあるな…
頭の中に僅かにある苦い記憶と店内が重なる。以前リヴェリアに連れられてこの店でスーツやタキシードを買ってもらった事がある。あの時は確か神会に出る前に必要になっての事だったのだが……
───あの時はほんっとうに大変だった……
思い出したくない記憶のため、あまり覚えていないが、ルグと二人掛かりで相当にオモチャにされた事だけは覚えている。王族の末裔たるリヴィエール・ウルス・グローリア。人をオモチャにするのは好きだがされるのは大嫌いである。
「エルフ御用達!全身を覆うシックでエレガントなデザイン。生地は滑らかなシルクから柔らかな光沢あるリネンまで各種様々な天然素材を取り揃え、どれも品質は一級品。主張しすぎないレースやフリルがそこはかとない愛らしさを演出してくれるのです!」
流れるように服の説明がされる。ど真面目エルフのレフィーヤといえど、やはり女子。オシャレに関する興味は人並み以上にあるらしい。
「どうです?私の一推しは!」
「動きづらいわ」
「暑苦しいよね」
試着したアマゾネス姉妹が端的に感想を述べた。実際ティオネが試着したシャツはボタンが胸で張ちきれんばかりにパッツパツになっており、まとわりつくレースがティオナは気に入らないらしい。
「お二人には聞いてません!アイズさん、これなんてどうですか?」
「えっと……」
「あ、待って下さい。これよりもっと色の薄い方が。あぁ~、でもこっちも捨てがたいですね。あぁ!これなんて、アイズさんが着たらどこかの国のお姫様みたいですよ!」
キラキラとした笑顔を浮かべながら何着もの衣服をアイズに当てていく。彼女らしからぬ勢いに金髪の少女は戸惑いを見せていた。そしてリヴィエールは頬が引き攣っている。
───完全に着せ替え人形……可哀想に
女の買い物、特に服は異常なほど時間がかかることをリヴィエールは身を以て知っている。
現に以前この店で自分の服を買った時、そしてルグやシルの買い物に付き合わされた時は、丸一日潰された。体力には自信があったのだが、その日の終わりはダンジョン遠征よりよほど疲労困憊となった。使う体力には種類が存在するということをその時知った。
そして一言でも何か口を挟めば軽く1時間は長くなる。だからアイズが助けを求めるような目で見てきても自分は何も言わない……わけにもいかない。嘆息する。我ながら、ホンット甘い。
「はぁ……おい、レフィーヤ。ティオナ達じゃないが、流石にこの手のロングタイトスカートは着慣れていないアイズには動きにくいだろう。もうちょっと軽装なのがいいんじゃないか?」
「えっ!?」
「でも、ここの女性向け服、みんなロングスカートかフリル付きみたいだよ」
「だったらいっそ紳士服にしちゃうとか?」
「そんな、アイズさんに男装なんて……!!」
そこでレフィーヤの言葉が止まる。目は再び中天へと向けられ、今度はお姉様と呟いていた。
「レフィーヤ?」
「まきゃひあああ!!ちちちち違います別に妄想なんて!」
「アイズ達が見当たらないんだけど」
「………………え?」
▼
レフィーヤが妄想している間にアイズとリヴィエールは店から脱出していた。あまりエルフの衣装に興味もなかったティオネもブラリと通りを歩いている。
「ああ、やっぱりダメだあの店は。トラウマのせいで拒否反応が出る」
卓越した精神力を持つリヴィエールだが、長居をしたい場所ではなかった。出ようと言ってくれたアイズには非常に感謝している。
「リヴィ、大丈夫?」
「大丈夫だ。傷は浅い」
顔を伏せるリヴィエールを励ますようにアイズが頭を撫でる。サラサラとした手触りは相変わらず気持ち良い。髪色は変わったが、手触りは変わっていない。一年前と同じだ。ずっと触っていたくなる。
「…………いつまで?」
「もうちょっと…」
やめなさいと手を取る。リヴェリアならともかく、アイズにあまりこういう扱いはされたくない。
「あら?二人とも、どうしたの?ティオナ達は?」
「ティオネ…」
周辺を歩いていたアマゾネスと合流した。この通りは多種多様な衣服が取り揃えられている。恋する乙女として、ティオネはオシャレに関してそれなりに気を使っているため、適当にぶらついていたのだった。
「リヴィが辛そうにしてたから……ちょっと抜け出してきて」
「む、ちょっとリヴィエール。女の買い物で嫌な顔みせたりするんじゃないわよ」
「ち、違うんだって。あの店だけ少し特別で……」
指された指から逃げるように一歩後退する。その時、何やら悩んでいるような、迷っているようなアイズの姿が目に入った。
「リヴィエール」
「お、おう、なんだ」
「ちょっとこの辺適当にぶらついて来て。十分くらい経ったら戻って来ていいから」
「は?なんだそりゃ」
「いいから」
チラッとアイズに視線を向ける。どうやら俺がいてはしにくい話をしたいようだ。心中で嘆息する。
「十分だな」
「ええ、バックれたら承知しないわよ」
「あ、なら私も…」
「アイズは私とウィンドウショッピングでもしましょう。ほら、あんたはとっとと行った行った。ガールズトークに男が入ってくるんじゃないわよ」
しっしっ、と手を振られる。二人の話の内容に興味がないわけではなかったが、立ち入りたいとも思えない。リヴィエールは黙ってしたがった。
「…………で?アイズは着てみたい服とかなかったの?」
彼の背中が遠くなっていったところでティオネが口を開いた。コレでアイズも正直なところを喋れるだろう。
「………………わからない」
予想通りといえば予想通りの返答。こと服飾に関して、アイズはリヴィエール以上に興味がない。
「私はリヴィの背中を追いかけるために強くなることしか考えてこなかったから…それ以外はよくわからない」
「…………そっか」
わかるような、それでも少し悲しいような、複雑な笑みをアマゾネスの少女は浮かべる。彼女らしいと言ってしまえばそれまでだが、それでも、やはりこのままで良いのかと考えてしまう。空を見上げた。
「………………これって、ウエディングドレス?」
ティオネの視線に吊られてか、店の前に大きく飾られたショーウィンドウに視線を向ける。飾られているのはレースとフリルがふんだんにあしらわれている純白のドレス。太陽光に照らされているおかげか、まるで発光しているかのように煌めいている。
───綺麗……
感受性の乏しいアイズでも、この衣装は美しいと思った。
「…………ティオネはこういうのを着たいって思う?」
「んーー……」
軽く頬が朱に染まる。想い人がいる故の、肯定の照れだ。
「昔はね、私も男なんて興味なかったんだ。アマゾネスの変わり者姉妹だったのよね、私達」
基本的にアマゾネスは男性に……とくに強い男を求める傾向が強い。アイシャなどその典型だ。その強い愛は、今はリヴィエール一人に向けられている。
「団長だって最初は
「……フィンは強いよ?」
「うん、でも」
小人族で信仰されていた、騎士団の擬人化の女神、フィアナの存在を本物の神の降臨により否定された小人族は衰退の一途を辿っていた。事実小人族の武勇伝などまず聞かない。冒険者でもサポーターや後衛が多い。要は雑用だ。
「種族全体が腐りかけているのよ」
しかしフィンはそんな一族の現状を良しとせず、一族を再興するためにオラリオへと訪れた。今この世界で生きる小人族の為、そして、これから生まれて来る子供達のために、たった一人でその身をかけて小人族の心の拠り所に……女神フィアナに変わる存在になろうとしているのだ。
この話はリヴィエールも知っている。本人から聞いた。心底凄いと思った。小人族は弱者という風潮はもうほぼ世界共通だ。それを変えようとさるだけでも凄まじいが、自身が神にとって変わろうとするとはもう偉業という段階すら超えている。
数年後、自分も似たような立場になるのだが、それはまた別の話だ。
その強さを……背負っている物の大きさを知って、ティオネは生まれて初めて本気で男性を好きになった。あの人の特別になりたいと思った。
だから
天真爛漫な恋する乙女の笑顔でアイズを振り返る。腰に手を当て、パレオをドレスのピルエットのように靡かせた。
「今では団長の隣でこの服を着ることが私の目標よ!」
その笑顔はアイズの目から見てもとても魅力的だった。
「私は団長に出会って、強さ以外の目標が出来た。ティオナもレフィーヤも、そしてリヴィエールも芽生えてる。強くなりたいって以外にも、大切な気持ちが」
そして……きっと…
「アイズ。貴方にももうきっと出来てる。強くなりたい以外の気持ちが」
「………………そう、なのかな」
私はあの時、リヴィに何も出来なくて……
でもそれをすっごく後悔して……申し訳なさでいっぱいになって…それでもリヴィは、こんな弱い私のことを許してくれて……
だから、私は……強くなること以外、何もなくなって
思いつめた表情で俯く。整った眉にはシワがより、金色の瞳には辛さと悲しさの混ざった色が宿っていた。
「アイズ、私はね。ダンジョンに仲間で挑むのはその方が効率がいいからってだけじゃなくてね。皆が持ってる色んな想いをどんな時にも、どんな場所でも、その想いを捨てずに戦えるからだって思うのよ」
アイズの柔らかな頬に両手を添える。こんな悲しい顔を彼女にしてほしくなかった。
「アイズには私達が……それに何より、リヴィエールがいる。だから、そんな顔しないで、もっと自分の気持ちに素直になりなさい!」
「私の……気持ち……」
そんなの、決まってる。一年前から……いや、あの時、彼に出会った時からずっと…
視線をとある方向へと向ける。彼が歩いて行った通りへと。少し離れたところにあるヒューマンのブティックのウィンドウの前で何やら物色していた姿が見えた。
タッと走り出す。その歩みに迷いはなく、しっかりと目標に向かって駆け出していた。
「リヴィ……」
「ん?ああ、アイズか。話は終わったのか?」
「リヴィ!」
「お、おう、どうした」
先ほどとは別人のような態度に少しだけ動揺する。
───そう、今の私の隣には、貴方がいる。だから……
「私、リヴィにそこのお店で服を選んでもらいたい!」
先ほどとは違う、絞り出すような小さな声ではない。ハッキリとした声で自身の希望を述べてきた。妹分の態度が嬉しかった白髪のエルフは笑って頷いた。
「ああ、任せろアイズ。とびっきりのコーデを考えてやる」
そして数分後……
「「「おおおーー!!」」」
いつの間にやら合流してたレフィーヤとティオナを交えた、三つの歓声が湧き上がる。試着室のカーテンから現れたのは白を基調としたチュニックに薄青色のフレアスカート。チュニックには花の刺繍があしらわれている。レディスとしては飾りが控えめの部類に入るデザインだったが、それ故に着ている本人の美しさとスタイルの良さが際立つ。パンプスも非常にシンプルな物だった。やはりプラチナブロンドのロングヘアには白がよく映える。
「に、似合ってます、アイズさん!」
「うんうん、すごくいい! ロキがいたら飛びついてきそう!」
「肌は綺麗だし、引っ込んでるところは引っ込んでるし……羨ましいわね、本当」
三人の惜しみない賛辞が送られる。一番肝心な男は数秒数えるほどの間を置いて現れた。
「どうだ、参ったか」
「悔しいけど参った。流石だよ、リヴィエール」
「とても素敵でした!」
「興味ないくせにセンスはいいのよね、リヴィエールって。流石遊び慣れてるだけはあるわね」
「バーカ、そんなんじゃない。コツがあるんだよ。芸術もファッションも大事なのはストーリーだ。誰を、どういう風に見せたいかというビジョンがなければ何着てもダメなんだ」
「「「?」」」
アイズ、レフィーヤ、ティオナの三人の頭に疑問符が浮かんでいる。ティオネだけは納得したらしく、頷いている。
「まあ、簡単に言えば服のテーマがいるって事」
今回のテーマは素材の良さを引き出す清楚なファッション。アイズの艶やかなブロンドに合わせて淡い色合いで纏め、スカートに寒色系の色を用いる事で全体を引き締めている。
まさにアイズを美しく魅せる事だけを考えてリヴィエールが纏めたコーデだった。
「アイズ、これにしよう!」
「う、うん……」
「ちゃんと素直になれたね、アイズ」
「………うん」
「じゃあもう出るぞ。もう昼時だ」
外を見てみると確かにもう太陽が燦々と頭上を照らしている。昼食をとるには丁度いい時間だ。
「アイズ、今日はそれ着て帰れ。また着替えるのも面倒だろう」
「…………え?でも」
「ほら、行くぞ」
手を引かれ、そのまま店を出る。お金払ってないのにいいのかと四人とも動揺する。女性店員を見たが、笑顔でこちらを見送り、頭を下げていた。
「ご安心ください。お代は既にお客様から頂いております。プレゼントだとか……おめでとうございます」
「余計なこと言うな」
店員に慈愛溢れる笑みで微笑まれ、照れくさそうに頬を掻くリヴィを見てアイズはこれ以上赤くなる事が出来ない程真っ赤になった。流れ弾でレフィーヤも頬を紅潮させている。いたたまれなくなったリヴィエールはアイズの手を取って店の外へと出た。
「リヴィ、お金払ってたの?いつ?」
「お前が試着してる時だよ。覚えとけよアイズ。こういう時は黙って出るのがスマートな作法だ」
まあこれに関しては俺も結構最近教わった。オフィシャルな場でのエスコートの仕方はリヴェリアに習ったが、こういう作法はシルに教わり、アイシャに実践して覚えた。
「で、でもその時私がまだあの服買うかどうか決めてなんて……」
「お前の答えなんて関係ねーよ」
えっ、と一瞬動揺し、青ざめる。なんだかんだでずっと大事にされてきたアイズにとってリヴィエールの心無い言葉と言うものは免疫がなかった。買い物などに付き合わせた事で怒りを買ってしまったのかと不安に駆られた。
しかし、その動揺は次の瞬間、彼方へと吹き飛ぶ事となる。
「必ず似合うと言わせてみせるから」
頬に手を添え、軽く撫でる。青ざめた表情はみるみる内に真っ赤に染まっていく。
「言うのを忘れてたな。とても綺麗だよ、アイズ。やっぱりお前には白がよく似合う」
爆発した。湯気が頭から立ち上り、フラフラと足元が定まらなくなる。リヴィエールの袖を掴んでなんとか倒れこむのだけは阻止した。
「…………タラシ」
「女ったらし」
「遊び人」
「暁の剣聖」
「素直に人を褒められんのか、貴様らは。あと、その名で呼ぶな。関係ないだろうが」
後ろからボソボソと罵倒が呟かれる。三人娘は謎の敗北感で打ちひしがれていた。
「リヴィ、それにみんなも」
「ん?」
「…………ありがとう」
無表情が常の彼女にしては珍しい、朗らかな笑顔が四人に向けられる。その無垢な笑顔に対して、四人ともぐっと庇護欲が煽られた。
「アイズー!」
「ティ、ティオナさん!抱きつく必要ないんじゃ…」
「あ、なにレフィーヤ、羨ましいの?でもダメー。アイズの隣は私の特等席だから!」
「ティオナさんっ」
三人が再び姦しく騒ぐ。その様子を苦笑しつつも微笑ましく見守る二人の兄と姉。
「まったく、一年経っても変わってないな。こいつら」
「まあそう言わないでよ。たまにはいいでしょ?こういうのも」
ケッと笑い、背を向ける。その笑みと態度には肯定の意味が込められていた。
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