それは数年前、オラリオのとある日常の一角。
「リヴィエール!いるか!?」
メインストリートからは少し離れた、しかしなかなかに立派な屋敷を、一人のエルフが訪れていた。彼女が訪れた場所はあるファミリアの本拠地である。走ってきたからか、薄っすらと汗をかき、頬を上気させている。滑らかな緑髪を腰近くまで伸ばした世界で最も美しいとさえ言われるハイエルフ。彼女の名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。此処に住む人間の魔導における師である。
「?リヴェリア?随分早い訪問ですね。リヴィに用ですか?」
出迎えたのは太陽の輝きの如きプラチナブロンドのストレートロングに澄み切った青空を思わせる碧空色の瞳が特徴的な女性。天覧の空が具現化したような、まさに女神の美貌を持つ神、ルグ。カゴの中に湿った服をいっぱいに詰めている。洗濯物の最中だったらしい。彼の遠征帰りの恒例行事だ。つまり尋ね人は此処にいるということだ。
「お久しぶりです、ルグ様。お元気そうで何よりです」
やんごとなき身分である彼女がこのような畏まった喋り方をするのは珍しい。しかしルグに対してはこのハイエルフも敬意を払って接する。自分にとって大切な人の忘れ形見を救ってくれた大恩神だからだ。その事を一度告げ、彼の出生について、自分が知っている事をすべて話し、礼と謝罪をしに行ったことがある。その時、この偉大な太陽神は…
『頭を上げてください、リヴェリア。そんな事しないで。リヴィのためじゃありません。私のためです』
頭を下げたリヴェリアの肩を優しく支え、微笑と共にこちらを真っ直ぐ見つめてきた。
『確かにリヴィにとっては不幸な事で、貴方があの子に対して負い目を感じることも無理ないのかもしれません。しかし、その一件があったからこそ、私はあの子に出会えたのです』
『ルグ……様…』
『あの子は幼少期の事をあまり覚えていません。記憶しているのは母親に唄と詩を教わった事と、父親に剣を習った事だけです。私と出会ってから……いえ、きっと出会う前からずっと、あの子は自分の事を気にかけていました。両親が自分を捨てたのは何か理由があったんじゃないのか。自分は産まれてきて良かったのか、生きていい存在なのか、ずっと……あの子が夜にうなされて目を覚まし、あの小さな胸を掻きむしっている姿を何度も…何度も見てきました』
その姿を一番近くで、ルグはずっと見てきた。そして見る度に……あの小さな体の内に秘めている、まだ二桁にもならない少年が背負う苦悩と葛藤を想像する度に、胸が張り裂けそうになった。
ずっとそんな事はないと言ってあげたかった。でも言えなかった。何の真実にも裏打ちされていないそんな字面だけの言葉に、聡明な彼が意味を見出す事はきっとしなかっただろうから。
でもこれで、やっとハッキリと言ってあげることか出来る。
『お礼を言いたいのは私の方です。お話を聞かせてくださって、ありがとうございました。おかげであの子が確かな愛の下に祝福されて産まれてきた事を知ることができました。本当に感謝しています。ありがとう』
その時から、リヴェリアにとって、ルグは尊敬を捧げ、愛しい彼を預けるに足る女神であると知った。愛と感謝で満たされたあの潤む碧空色の瞳をリヴェリアは一生忘れない。
「リヴィエールは上ですか?」
「ええ、まあそうなんですが……今はその…」
この偉大な女神にしては珍しく歯切れの悪い返事。その所作がリヴェリアの不安をさらに煽った。
「怪我でもしたのですか!?」
「い、いえ。そういう訳ではないのですが……」
「っ!!失礼します!」
一度頭を下げ、二階へと向かう。このファミリアのホームには何度も来ている。家の構造や間取りは知り尽くしている。迷いなく真っ直ぐに二階へと向かった。
「リヴィ!無事か!」
ノックもせず扉を開ける。無礼と分かっていたが、そんな事をする余裕はなかった。そして予期した通り、彼はその部屋にいた。誤算はたった一つ。
「なんだルグか?ノックくらいしろよ。遠征で溜まった洗濯物は全部渡した……ってリヴェリア?一体何の用「きゃあああっ!!」
艶やかな濡れ羽色を本当に湯で濡らし、鍛え抜かれた身体に水滴が纏わりついた、上半身真っ裸てあった事だった。風呂上がりだったらしく、体からは湯気が立ち昇っている。
「バッ、バカ!なんでそんな格好してるんだ!」
「俺の部屋だ。俺がどんな格好しようが勝手だろう。ノックもせずに入って来たアンタが悪い。で?今朝はどういう用向きで?俺遠征から帰ったとこで結構眠いんですけど」
「そんな事どうでもいいから早く服着ろぉおおおおおお!!!」
力任せに扉を閉める音と共にリヴェリアは部屋から出た。
▼
数分後、紺のインナーにローブを1枚羽織ったラフもラフな格好でリヴェリアを迎えたのだが。
「…………」
「いつまでスネてんだよ、男の上半身裸程度で。初めて見た訳でもなし」
「うるさい。あの時と今では違う」
「何が違うんだか……」
ふてくされたようにそっぽを向く師の姿に溜息が出る。まったく、エルフと言う奴は本当にこの手の事にめんどくさい。
「で?アンタはこんな早い時間に何の用だ?」
「何の用って……お前が予定日になっても帰らないというから心配してだな…」
「予定日過ぎることくらい今までだってあったろう。そんな事でわざわざウチのホームにまで来るなんて………何かあったか?」
急に真面目な表情になってリヴェリアを見つめる。基本的にこの人がウチを訪ねる時は厄介ごとか、アイズ絡みで何かがあったかの場合が多い。
「えっ!?えっと……」
「アイズ絡みか?それとも魔導教育組からの催促……は流石に早いか。こないだ講義やったとこだし。なら敵対ファミリアの情報か?」
「あ、いや、その……だな」
「やっぱりその辺りか……最近ウチをつけ狙う連中が増えている事を知ってはいるが……有名税を差っ引いても厄介だな……」
「…………………」
「?リヴェリア?」
返事をしない、反応さえせず、俯く彼女に疑問符が浮かび上がる。リヴェリアがこういう態度を取るのは初めて見たかもしれない。
「おい、リヴェリア」「なんでもない」
腰掛けていた椅子から立ち上がる。は?とリヴィが呆けたような声を出した時にはもう扉へと向かっていた。
「何でもないんだ、すまない。じゃあ」
「お、おい!!」
止める間も無く部屋から出て行く。しばらく呆気にとられ、茫然となる。
「一体何しに来たんだ、アイツ」
濡れた髪を拭きながら窓へと足を向ける。屋敷から出て行った彼女の後ろ姿が見えた。
───ん?
部屋に設えられたテーブルが視界に入る。その上にはロウで封がされた便箋が何通か置いてあった。
───手紙?俺の留守中に届いたものか?
遠征に出ている間、自分宛に届いた物は勝手に開けず二階に置いておくことがルグ・ファミリアにおける決まりごとの一つである。以前、ルグが大切な手紙を勝手に読んで勝手にどこかへやってしまったことがあって以来、郵便物は全て自分が検閲してから処置を決めていた。
───しかし蜜蝋とは随分と大仰な……
ロウを破り、手紙を取り出す。流麗な筆致で描かれた共通語だ。どこかで見たような気もする字体だった。
「………え?」
「あ、リヴィ。もう着替えてますね。さっきリヴェリアが悲しそうな顔して出て行きましたけど、彼女一体何を……って、リヴィ!?どこに行くんですか!ダンジョンはダメですよ、あと3日は大人しくって、聞いてますかリヴィーーー!!」
▼
小走りに歩きながら息が切れる。こんな少量の運動で息が弾むような鍛え方はしていないというのに。呼吸が辛い。
なら足を少し緩めればいいと思うのだが、そういう気にはならない。動かしていないとどうにかなりそうだという理由もあった。
拳を握る。彼が自分の訪問理由を何かの事件と結びつけたことを責めることはできない。今まで何度もそういう理由で彼を頼ってきたのど。今度もそうだと思うのはごく自然なことだろう。こんな事を思うのは筋違いだ。
それでも、理不尽と分かっていても、彼が悪くないと知っていても、怒りと悲しみは収まらない。
───ダメなのか、リヴィ……
胸を締め付ける。彼が想像した訪問理由の中に、それがなかったことが。
……リア…
───何か事件や、クエストや、アイズの事でもない限り、私はあいつに会いにきてはいけないのか?
……ヴェリア
「私は、ただ……」
「待てってリーア!」
声と共に肩が掴まれる。そこでようやく自分が追いかけられていたことに気づいた。しまった、と思った時にはもう遅い。無防備に晒していた肩はがっしりと捕まっていた。グイと腕を引かれ、人目のつかない路地へと引っ張られた。
「しっ……」
「!!リヴィ……」
引っ張った相手を見るために振り返ると自分とよく似た、緑柱石の瞳がこちらを見つめていた。走って追いかけてきたらしく、肩が弾んでいる。丁度背中から抱きかかえられるような格好で止まっていた。
「リヴェリア……」
こちらを見て、悲しそうな、申し訳なさそうな、そんな表情を浮かべる彼を見て、慌てて目尻を拭う。少し潤んでいるのは自覚していた。
「ゴメン、リヴェリア……」
背中から優しく、抱きしめられる。暖かく、力強い抱擁に驚きながらも、その心地よさに、背中の熱へと身体を預けた。
「どうした?お前にしては随分と強引…」
「手紙、みた」
その一言で、大体のことを察する。そして白磁のような白い肌がかぁっと紅くなった。
「あ、あれは……」
蜜蝋で閉じられた手紙の送り主は全てリヴェリアだった。
『最近、ダンジョンで何日も下層に潜る貴方の噂を聞いています。落ち着いたら連絡をください』
心配だ……君は強いけど、危なっかしいから
『もう予定日も過ぎたのにまだ戻っていないそうですね?ちゃんと食事はとってますか?無理な強行軍はしてませんか?」
会いたい……
『いつでも頼ってください。私は貴方の家族なんですから』
会いたいよ、リヴィ…
そんな思いが字間から滲み出ているような手紙が何通もあった。
「………お前はどうしていつも返事をよこさないんだ」
「苦手なんだよ、思いを文字にするのって」
知っている。元々心情を吐露したり、表現したりするのが苦手な子だから。
「だいたい、俺が会いたいとか書いたらキモいだろうが」
「ふふっ、確かに」
クスクスと笑ってしまう。そんな手紙が彼から届いたらきっと嬉しいだろうが、まず本物かどうかを疑うと思う。
「だがな、送った方の気持ちはどうなる?」
「だからこうして追いかけてきてるだろ?」
こちらを抱きしめる腕が強くなる。感謝と愛の両方が両腕に篭っている。
「何もない」
「ん?」
「アイズの事も、ファミリアの情報も、何もないんだ……」
「ん……知ってる」
でも……
整ったリヴェリアのおとがいに、そっと指を添え、こちらを向かせる。自分とよく似た、そして母親と瓜二つの緑柱石の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「俺も……何もない」
「ああ……知ってる」
でも……
二人の視界が暗くなる。それでも、今から二人が行う動作を仕損じる事はありえない。そう確信できるほど、二人の唇は至近距離にあった。薄闇の中で二人の唇が重なる。
「…リヴェリア」
「リーアと呼んで」
「……リーア。これでいいか?」
「ああ、満足だよ。リヴィ」
もう一度、闇の中で二人の影が重なった。
また、何もなくても来ていいか?
ああ、もちろん。待ってるよ
だれもいなくなり、廃墟と化した元ルグ・ファミリアの屋敷の前に立つリヴェリアの脳裏には、二人が交わした約束が蘇っていた。
待ってるって………言ったのに……
「リヴィの……嘘つきぃいいいいっ!!」
その慟哭は嘆きのようにも、叫びのようにも聞こえた。
▼
「そうか、やはりいないか…」
艶やかな緑髪を後ろに束ねた尋常ならざる美貌を持つハイエルフ、リヴェリアは酒場の入り口で一つ溜息をついていた。
「奴が帰ってくればここにあんたが訪ねてきたことは伝えるが、当分此処は使わないと言ってたからねぇ。いつ伝わるかはわからないよ」
「分かった。朝から済まなかったな。コレは先日の詫びだ。受け取ってくれ」
チャラリと金属音のなる巾着袋をミアに手渡す。ベートから回収した修理費及び迷惑料が入っている。
「毎度、今後ともご贔屓に!」
なんの遠慮もなく受け取る。この辺りがミアの良いところだ。落とし前を作ったことにより、後の禍根をなくす。コレで後に引きずるようなことはしなくなる。今後も問題なくこの酒場を使えるようになる事だろう。
一礼するとリヴェリアは店から離れ、黄昏の館へと向かう。現状、打てる手は全て打った。後は娘たちに任せるしかない。
───出来ればリヴィにも頼りたかったところだったんだが……
もしあの事件がなく、この店に彼が滞在していたとしても、自分の訪問は歓迎されなかっただろう。自分とリヴィの間に遠慮など存在しないが、こう矢継ぎ早に来られては、煩わしいくらいの事は自分でも思う。
それでも鬱陶しがられるのを覚悟で今日、彼を訪ねたのには理由がある。ここの所、元気がなく、ダンジョンにも全く行こうとしない少女のことで相談があったからだ。
その少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。レベル5の一級冒険者にして絶世の美貌を持つヒューマンだ。
ここ数日、アイズはホームで何かを考え込む様子でずっと過ごしていた。普通に考えるならば、本来当たり前のことではある。遠征から帰った所なのだし、休息を取るのは当然だ。この時期にダンジョンに突っ込む方がおかしい。
しかし事アイズ・ヴァレンシュタインという少女に限ってはこの常識は通用しなかった。遠征から帰った所だろうと何の関係もなくダンジョンに突っ込む。誰が止めようとまるで聞く耳を持たず、強くなることを第一に考えて動いていた。
そして人間とは慣れる生き物である。普段騒がしい人間が急に大人しくなれば何か事情があるのかと心配するように、いつもの無茶な突貫をしないアイズの事をロキやリヴェリアは心配していた。
ーーーー珍しいを通り越して不可思議なくらいだからな、アイズが無為に時間を過ごすなど…
たまにはそういう時間を過ごしても良いとリヴェリア自身は思う。
酒場のあの一件がなければの話だが……
悩んでいる内容も同じ思いを持った自分には想像はつく。リヴェリアはある程度彼の事を信頼している為、あそこまで深刻には思っていないが、根が真面目すぎるアイズは闇に消えたリヴィエールのあの背中が不安でたまらないのだろう。
しかし想像はあくまで想像でしかない。ロキに煽られた所為もあって……まあ、そんなものなくとも話を聞きには行っただろうが、そんないつもと違う彼女を何とかする為に話を聞きに行った。
そして金髪の少女から語られたのは自責と後悔の言葉。
ベートを叩きのめし、夜の闇へと消えて行く彼に、アイズは何もできなかった。本来であれば、彼だってそんな事したくはなかったはずだ。目立ちたくないとあれ程言っていたのに、否応なく目立つ真似をさせてしまい、嘲笑された彼に対してアイズは何もできなかった。ただ俯いて拳を握っていた。
必死で何かを言おうとしたが、内にある思いは言葉にならず、闇へと消えて行くあの背中を黙って見ている事しかできなかった。
その事を思い出すと羞恥で身が消え入りそうになる。もう2度と一人にはしないと誓ったにも関わらず、自分はまた彼を一人にしてしまった。
ダンジョンへ向かおうとは何度もした。それでも気がついたら歩みは止まり、街から出られない。ダンジョンよりも彼の元へと行きたかった。
───喜ぶべきなのかどうかは複雑だがな…
鍛錬とダンジョン以外に興味のなかった少女に芽生えた確かな変化。その感情の意味するところを感情の機微に疎いあの子にしては珍しくわかっている。しかし、その感情を持つ事の弊害について、彼女はわかっていない。まあつい最近までリヴェリアも分かっていなかったのだが。
本気の恋は力を与えてくれることも、自身を弱くする事もあるという事をまだ未熟な少女は知らなかったのだ。
これからどうしたいかと尋ねればアイズはわからないと答えた。ならば好きなだけ悩めば良い。言ってくれれば相談に乗ろうと言い置き、リヴェリアはその場を後にした。
リヴェリアが彼女に出来ることはそこまでだった。原因は聞けても、立場が違う自分ではアイズを元気づけることは出来ない。
それを最も効果的に出来るであろう人物を頼るためにリヴェリアはその足で豊穣の女主人へと向かっていた。
しかし尋ね人は留守。まあしばらく姿を消すと言っていたし、予想通りといえば予想通りなのだが……
「まったく、お前はいてもいなくても周りに影響を与える奴だなぁ」
はた迷惑な奴だと思いつつも、少し誇らしい。そういう事が出来るのはすごい事だという事をリヴェリアは知っていた。
待ってるよ、リーア
不意に脳裏にこの言葉が蘇る。あの事件が起こる少し前、二人が生まれたままの姿になって、ベッドの中で交わした、あの約束を。
───何が待ってるよ、だ。あのバカ。今度会ったらどんな手を使っても潜伏場所を聞いてやる。
「リヴィの、嘘つき」
その声音は不満のようにも、喜びのようにも聞こえた。
▼
「まったく、強引に連れ出して……」
リヴェリアが不満を漏らしている時に、ロキ・ファミリアの四人娘は街へと繰り出していた。豊満な肢体を持つアマゾネスは妹の強引な行動に若干の不平を漏らしている。
「いーじゃんたまには。服でも買ってパーっと気晴らししようよ!アタシとティオネがよく行く店があるんだ〜」
今回の外出を提案したもう一人のアマゾネス、ティオナ・ヒュリテ。女子のストレス発散方法としてはなかなか悪くない手段を用いて、アイズを街へと連れ出していた。
「ついたよ、此処!」
紫の色を基調とした看板店を仰ぎ、レフィーヤの動きが固まる。連れて来られたのは、大通りから離れた路地裏にある、とある一軒のブティック。
店の外からでも非常に際どい衣装が取り揃えられていると分かるそこは、アマゾネスの服飾店だった。
「久しぶりねー、私もちょっと羽目を外しちゃおうかしら」
「あ、ほら、新作出てるよ!見てみよアイズ」
「えっ!あのちょっと待ってくださ……アイズさーーん!」
「もう、レフィーヤ。あんまり騒がないでよ………ん?」
引っ張られるアイズを止めようとレフィーヤが追いかける。大声を出して此方を制止しようとするレフィーヤを窘めようとティオネが振り返った時、意識がとある一点へと向けられる。つられて他の三人もティオネの視線の先に意識を向けた。
そこにあったのは人だかりとざわついた騒がしい空気。比較的メインストリートからは離れているこの通りにしては珍しい喧騒にティオネは意識を持っていかれた。
「珍しいわね、誰か有名人でもいるのかしら」
「綺麗な人がいるっぽいね〜。ちょっと見てみよう!」
野次馬根性逞しいティオナが我先に喧騒の中へと突っ込んでいく。その行動に呆れつつも、放置するわけにはいかないため、三人もティオナに続いた。
ブティックの隣の店はどうやらカフェだったようだ。中々流行っている店らしいが、とある一角だけは人口密度がおかしかった。噂のマトとなっている人間を遠巻きに囲むような状態になっている。
輪の中心で腰掛けているのは艶やかな黒髪を腰まで伸ばした妖艶なアマゾネス。滑らかな褐色の肌に、豊かな胸を覆う扇情的な布。大きくスリットの入った大胆なパレオのお陰で優美な足の曲線が強調されている。
「うわぁ〜。すっごい綺麗な人。人だかりが出来るのもわかるなぁ」
「誰かと待ち合わせでもしてるのかしら?あの色気はちょっと真似出来ないわね」
若干の悔しさをにじませながら溜息をつく。スタイルの良さにはそれなりに自信のあるティオネなのだが、ああいった大人の女独特のフェロモンはまだ身につけていない事も分かっている。フィンに恋をするまで色気より食い気だったから仕方ない。ああいうのは一朝一夕で身につくものではないのだ。
「でもあの格好でアマゾネスって事は、多分娼婦ですよね?表に出てくるなんて珍しい…」
訝しげな表情と少し敬遠するような目で腰掛けるアマゾネスをレフィーヤは見る。美人や凛々しい女性に弱いレフィーヤだが、性に関して高潔なエルフの中でも、彼女は一際純情だ。こういう生業をしているものに対しては嫌悪感が沸き起こる。
まあアマゾネスなんて殆どが機能性全振りの露出おかしい服を普段から来ているため、彼女が絶対にそうとは言い切れないのだが、昼間っからああいう格好をしていれば娼婦だと思うのも然程こじつけとはいえない思考。娼婦という人種にレフィーヤは良いイメージをあまり持っていないし、苦手意識も多分にあった。
「別に珍しいって程でもないじゃん。外に友達いる人だっているだろうし、たまに出かけるくらいは………あ、ついに一人いった」
人だかりの中から一歩を踏み出し、女へと近づいていく。恐らく冒険者だ。歳は三十後半から四十と言った頃合い。見るからに品のなさそうなヒューマンだった。
「よう、幾らだ?ねえちゃん」
金属音の鳴る巾着袋をテーブルの上に落とす。下卑た笑みで近づいてくるその男に対し、褐色の肌の美女は憂いに満ちた溜息を吐いた。巾着袋を手に取る。
「へへ、まさかこんなところでアンタほどの上玉に会えるタァ、俺も「足りないよ、〇〇野郎」
先の肯定と取った冒険者の顔面めがけて女が巾着袋を投げつけた。眉間のあたりに見事にヒットし、地面に落ちる。袋からは銅貨が数枚こぼれた。
「私の時間は貴重なんだ。あんたの銅貨とモチモノなんかじゃ10分も買えない。ああ、それともアンタは10分あれば充分かい?早そうだもんね」
「…んだと」
男の眉間に筋が立つ。確かに銅貨ばかりが詰められた巾着袋だったが、それでも並みの娼婦なら間違いなく一晩程度は買える額だった。それを10分、しかも侮辱まで添えて罵倒された。怒りを感じるのも尤もだ。
「テメエ、お高く止まってんじゃねえぞ!」
肩に摑みかかる。しかしその手は彼女には当たらなかった。理由は二つ。一つは彼女が避けたから。そしてもう一つが、先ほど入店して来た男が振り上げた拳を止めたから。
「悪いな、その女の時間は今日は俺が買ってんだ」
「あ?なんだ優男が、後からいきなり出て来やがって。引っ込んでろ!」
鈍色が男の腰から閃く。腰に差していたメイスを振るったのだ。頭目掛けて振るわれたそれは直撃すれば命に関わる威力を持っている。
しかし、男にそれが命中する事はなかった。距離が近かったためか、フードを掠めはしたものの、上体を逸らし、回避にせいこうきていた。
野卑な男が続けて暴力を振るう事はなかった。気が付いた時には褐色の美脚が振り上がっており、そのつま先は見事に顔面にめり込んでいた。
「言い忘れてたけど、私はもうそういう商売してなくてね。私に触れていいのはアンタが殴ろうとしたその優男だけさ。そしてそいつを殴っていいのも私だけだよ」
「あーあ、穏便にすませるつもりだったのに」
フードの男がやれやれと肩をすくめる。同時にハラリとメイスが掠めた事でめくれ上がったフードが落ちた。
「待ったか?アイシャ」
「いや、今来たところさ」
壮年の冒険者が気絶してひっくり返る頃には、アイシャと呼ばれた褐色の美女は男の腕を取っていた。どうやら、彼女の待ち人は彼だったらしい。
「一緒に来ればこんな事にはならなかったってのに」
「分かってないね。待ち合わせはデートの醍醐味の一つなのさ」
彼女が飲んだ紅茶の代金をテーブルに置き、出口へと向かう。ちょうど影に隠れているせいで、男の顔は未だよく見えない。しかし、出口へと歩くにつれ、徐々に日の光の元に彼の姿が晒されていく。出口にたどり着き、ティオネ達の目の前に立った時には完全に、日光を反射する眩い白髪と緑柱石の瞳が露わになっていた。
『あ』
六人の世界が止まった。
うーむ、進まない。キャラが頭で勝手に動くからなぁ。次回は絶対原作進めます。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします