その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

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研究室のゼミのプレゼンがひと段落ついたので久しぶりに小説情報を見てみればお気に入り登録件数2000件突破ぁ!?他の3つの拙作の小説も1000件近く登録されており驚きしかありません。ありがとうございます。頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。


Myth19 貴方を心配させて欲しい!

 

 

 

 

 

 

 

武具の店がひしめくオラリオの中でも一際大きな武具店。真っ赤な塗装の建物の看板。この炎を思わせる派手な赤は1年前からずっと変わらない。

燃えるような紅い髪と左眼、そして右眼を覆い隠す黒い眼帯が特徴的な美女、主神ヘファイストスは戸惑っていた。目の前の白髪の青年がアポもなしに自分を訪ねてきた事にではない。彼の唐突な来訪などいつもの事だし、ファミリアの眷属ではない子供で、親友と呼べる唯一の存在。商売相手としても魅力的な相手だ。来訪事態は構わない。アポなどなくとも会えるのが友人という者だろう。

困惑の原因は机に並べられたドロップアイテムの数々だ。どれも深層でしか手に入れられない、鍛治職人ならヨダレを垂らして欲しがる逸品。

それを来て早々、何の挨拶もなしにドカリと並べられた。戸惑うのも当然。

 

「イヤ」

 

そして面倒ごとだと察知するのも当然だろう。見慣れた彼女の渋い顔を見て思わず笑ってしまう。

 

「やだなファイちゃん。まだ何も言ってないじゃない」

「貴方の頼みなら大抵の事は引き受けるけど、そうじゃないんでしょ?」

 

確信がある口調で告げる。事実その通りだ。もしリヴィ自身の頼み事であったならストレートに頼んで来る筈だ。報酬云々はそのあとの交渉となってくる。

今回のような事は前にもあった。あの時は確かアイズにデュランダルの剣を鍛えてくれと頼んできた。

今回も概ねそんなところだろう。十中八九、人の為に何かの面倒な依頼をしてくるに違いない。

 

「流石だな、大変よくわかってらっしゃる」

「何年の付き合いだと思ってる」

 

二人とも笑みを漏らす。お互い行動から相手の心理を理解出来る程度の絆はある。

 

「いくら貴方から何かを用意されても、それが貴方以外の誰かの為なら、私は引き受けないわ。貴方にも、その誰かの為にもならないわ」

 

意思のこもった隻眼の瞳がこちらを見つめてくる。睨んでいる訳ではないのに、強い威圧感を感じた。

 

ーーーー相変わらずいい目だ……厳しさの中に優しさがある。

 

この目をした人物は好きだ。強く、凛々しく、美しい。その事を知ってか知らずか、彼の周りには似たような目を持つ者が集まる。強く、厳しく、そして優しい。こういう人間は手強く、厄介だ。味方であればこれ程心強い者はおらず、敵に回せば最高に鬱陶しい。

 

ーーーさて、それはそれだ。頼み事ってのは断られてからが本番だぜ

 

友人が変わらずにいてくれた事は嬉しいが、今からこの厄介な相手を敵に回して交渉をしなければならないのだ。褌を締め直す。揺れぬ強い心が必要になる。

 

「そう言わずに頼む。話を聞いてやるだけでいいから」

「…………なるほど、ヘスティア絡みね」

 

一言で大体の事を察する。彼の知人で自分に頼み事をしてくる人物などヘスティア以外では思い当たらなかった。付け足すならば、自分で目的を叶える力や財力がない知り合いで、だ。彼の知人友人にはそれなりに力を持った者が多い。

確かにもうヘスティアには返しきれないほどの貸しを作った。現在返済してもらっている真っ最中だが、完済にはまだまだ足りない。今のあの子から何か頼まれても問答無用で断るだろう。

 

「入場料、てわけね。にしては高額すぎるけど」

「価値を決めるのはアンタだ。不足があってはいけないから多めに持ってきたのは認める」

 

一つため息を吐く。なんだかんだでヘファイストスは友人に甘かった。

 

「貴方に免じて聞く耳くらいは持ってあげるわ………言っとくけど聞くだけね。内容次第じゃ縁切るわよ」

「充分だ。私欲じゃない事だけは保証する。安心してくれ」

 

ドロップアイテムを突き返してくる。受け取ってしまえば心情的に断りにくくなる。コレを貰って、ヘスティアの頼みを断ったとしても彼は何も言わないだろう。しかし一方的に利益があるという交渉を彼とするのはイヤだった。

 

「…………返されても困るんだが」

「話聞くぐらいでこんなの貰えないわよ。それぐらい手土産なしに頼みに来なさい。私ちょっと怒ってるわよ」

「俺にはこの辺のアイテムの使い道はないんだ。あんたらが持ってる方がこいつらも生きるだろう」

「なら預かっておいてあげるわ。何か防具とか武器とか欲しくなったら言いなさい。手数料だけで引き受けてあげる」

「苦労をかけるな」

「水くさいのはルグ譲りね。貴方はもう少しヘスティアの図々しさを見習っても良いと思うわ」

 

握手する。商談成立だ。

 

「さて、ココからは個人的な依頼の続きだ。例の鉱物について、何かわかった事は?」

 

以前ヘファイに渡した例の断片について尋ねる。この件に関しては定期的に聴きに来ている。

 

「今の所空振りね。現存する鉱物でない事は確かだわ」

 

まあ、そんなところかと息を吐く。正直これに関しては進展があるとは思ってないし、一級ファミリアとして多忙を極める彼女だ。ゆるりと調べる暇などないだろう。

 

「悪いわね。あまりこっちに手が回らなくて」

「お前達は忙しいからな。俺にばかり拘ってもいられないだろう。こう見えて俺は気が長い。ゆるりと待つさ。焦ることでもない」

「───へぇ…」

 

少し目を見開く。彼の事を気が短いと思った事は一度もない。長い付き合いだ。ロキやルグと諍いを起こす程度の事は何度か見てきた。けれど、本気でキレた所は見たことが無かった。

しかし事ルグの件に関して、こんなに余裕のある彼を見たのは久しぶりだった。初対面のヘスティアに取った態度を見てしまったから尚更かもしれないが、それでも少し驚かされる。

 

ーーーー少しずつ、戻ってるのかもしれないわね。昔のあの子に…

 

「引き続き調査はするわ。わかったことがあれば些細な事でも伝えるから」

「悪いな、世話になりっぱなしで」

「いえいえ、多少手のかかる方が弟分は可愛いから」

 

先程までと態度が一変し、一気に不機嫌なソレに変わる。

それも仕方ない事だった。自分の周りにいる年上の女は友人であろうと、それ以上の関係であろうと、どいつもこいつもこんな態度を取ってくる。そんなのはリヴェリアだけで充分だというのに。鬱陶しい事この上ない。そしてこちらの不機嫌とは反比例してニヤニヤするこの女神が不機嫌を加速させた。

 

「そういえば最近調子はどうなの?ご飯とかちゃんと食べてる?あまり無理な強行軍とかしてない?ちゃんと楽しい?」

「お母さんか」

「失礼ね、お姉さんよ」

 

その年齢でよくお姉さんとかよく言えるな、なんて事は言わない。正確な歳は自分も知らないし、少なくとも見た目は確かにお姉さんで通るのだから。

昔からこの女神には年の離れた親戚のように扱われている。小さい頃から知っているこの小生意気な子供の事がヘファイストスも可愛いのだ。

 

「で?どうなの?」

「え?この問答続けんのかよ」

「当たり前じゃない。私はね、貴方が思ってるよりずっと貴方の事を気にかけてるのよ?」

 

それが真実な事は知っている。あの事件の後、負傷して彼女のファミリアを訪れた時、何もいわず、何があったかも聞かずに治療をしてくれた事をリヴィエールはしっかりと覚えていた。

ヘファイストスもリヴィエールの事は子供の頃から知っている。下界に降りてきて間もない頃、ルグはこの赤髪の女神を頼っていた。ヘスティアのように何から何まで頼りきっていた訳ではないが、10年間放置しっぱなしだったあのあばら家を紹介してくれたのは彼女だ。その付き合いからか、この青年がまだ艶やかな黒髪だった頃、ルグに連れられてここにきた事は何度もあった。

だからヘファイストスは本当のリヴィエールの事を知っている。

どれだけ聡明であったか、どれほどの才気を持った少年だったか、危なっかしい所はあるし、冷淡な部分もあるけれど、心優しい少年だった事もよく知っている。

だからこそ、今の彼を本気で心配してるし、気にかけている。どれだけ鬱陶しいと思われようが構うものか。下界で信頼できる友人など希少だ。もうこれ以上その数少ない友を失いたくはない。

 

「………ムカつく事ばっかだよ」

「バカね。どうムカついてるのかを聞いてるのよ」

「チッ、ダンジョンじゃ岸壁ロッキーの子供達に姿を晒す羽目になった。ファミリアじゃ白兎のお守りやらされて、酒場じゃ酔っ払い犬の躾やらされた。そして今お前にこういう事を言わされてる。これで満足か?」

 

舌打ちしながらここ最近の出来事をザッと話すと、ヘファイストスはニンマリと口角を上げた。

 

「……何がおかしい」

「いえ、思ったより楽しそうにしてるなーって」

「なんでそうなる今のは本音だぞ」

「だっていい顔してたもの、今のリヴィ」

 

二人で酒の席を共にした時、ルグの事をグチった事がある。その時も彼はこんな顔をしていた。不機嫌なのだけれど、どこか楽しそうな、そんな顔。

 

「貴方のそういうの、久しぶりに見たからね」

「…………その笑いやめろ」

 

目を細めて彼を見る。その慈愛に溢れた視線を感じ取ったのか、白髪の青年は少し頬を染めてそっぽを向いた。

 

────ふふ……

 

友人のそんな態度にまた笑みがこぼれる。弟がいればこんな感じなのだろうか、と胸が暖かくなった。

 

───つくづく女心をくすぐるのが上手い子ね。

 

思わず感心する。頼りになるからか、年下からはよく兄貴分として慕われている。かといって年上に受けが悪いかと言えば全くそんなことはない。時折可愛い部分や危なっかしい所を見せるからか、ほっとけない弟分と見られる事も多々ある。前者の代表がアイズで、後者の代表がリヴェリアだ。アイズは彼に全幅の信頼を置いているし、リヴェリアはこの青年が可愛くて仕方ない。リューはハイブリッドだろう。頼ってもいるが自分が守らなくてはとも思っている。

そして自分も、この子には甘いという自覚がある。恋愛感情のソレは全くないけど、愛しい存在ではある。

 

「貴方も大変ね」

 

貴方は一人でいたいと思っているのだろうけど、きっと周りが放っておいてくれないだろうから。

 

当の本人は頭にクエスチョンマークを浮かべ、首をかしげている。緑柱石の瞳は訝しげな色を示していた。

 

「覚えておきなさい、天邪鬼って貴方程度ならとても可愛いものなのよ」

「誰がだ」

 

眉に怒りがにじむ。怒気をはらんだ声を向けたが、隻眼の女神は微笑した。

 

「もう少しツンデレは抑える事ね。ああ、でも正直になったらなったでソレも可愛いか」

「…………どうすりゃいいんだよ。てか、ツンデレちゃうわ」

 

言い捨て、踵を返す。もう用は済んだ。さっさと帰ろう。

 

「椿のところには寄ってかないの?デュランダルって言っても磨耗はするのよ」

「まだ整備の必要はないよ。もう少しすり減ってきたらまた来るさ」

「そうはいかん。それを判断するのは手前の仕事だ。お前は一流の剣客ではあっても鍛治師ではあるまい」

 

首根っこをひっ掴まれる。背中に感じる尋常ならざる力。レベルでは上回っている筈のリヴィエールすら脅威と思わざるをえない膂力。こんな力と喋り方をする人物はオラリオでたった一人。

 

「随分と久しぶりではないかリヴィエール。専属スミスである手前の事など忘れてしまったのかと思ったぞ?お前は用事が無ければこんから困る」

「……………」

 

俺が来てる事を教えたのかと、ヘファイを見るが、首を振った。

 

恐る恐る振り返る。そしていたのはやはり予想通りの女。褐色の肌は天然モノか、それとも炉の炎によって焼けたものか。どちらかはわからないが、どちらだとしても美しい。

 

椿・コルブランド。黒刀カグツチを打った人物。冒険者としても一流であり、レベルは5。極東出身のヒューマンとドワーフの間に生まれたハーフドワーフ。

容姿にはヒューマンの特徴が色濃く出ており、黒髪赤眼、左目には眼帯を着けている。ハーフドワーフにしては珍しい高身長に、出るところは出て、締まるところは締まる魅惑的な身体つきをしている。しかし膂力はドワーフ譲りの剛力だ。見た目はヒューマンに近く、中身はドワーフに近い。ある意味リヴィエールと似たスペックである。

容貌は整っているし、魅力的な女性なのだが、この眼帯と本人の剛毅な正確もあって、女海賊のようにも見える。二つ名は【単眼の巨師(キュクロプス)】。ティオナと同じく、これで呼ぶと不機嫌になる。二つ名が気に入らない子供はリヴィエール以外にも意外といるのだ。まあ思いっきりモンスターっぽい名前だから仕方ない。

『不壊』シリーズの創設者であり、魔剣を打つ事も可能とする名実ともに世界最高のスミス。

 

「どうして俺が来てるとわかった?」

「カンよ。手前らの子の気配がしたものでな。しかしお前相変わらず細いな。この腕にどうしてあのような力があるのか不思議でならん。肌も白い。コレで手入れなどまるでしていないというのだから殺意すら覚えるな。罰として抱きしめて良いか?」

「やめろバカ」

 

抱きつこうとする椿の手からなんとか逃げた。がっぷり四つに摑み合い、踏ん張る二人の足元に軽くヒビが入る。

二人とも相変わらず凄まじい膂力だ。ドワーフの血を持つ彼女は言わずもがなだが、リヴィエールも負けていない。どちらかと言うと速度よりの戦士ではあるが、無駄にレベルが高いお陰か、じゃれ合いの延長とはいえ、ハーフドワーフたる彼女の腕力とも張り合えている。

 

───ふふ……まるで昔に戻ったみたいね

 

二人の姿を見てヘファイストスは笑ってしまう。この二人がとっつかみあいの諍いを起こしているところなどいつ以来だろう。

椿が彼を好くのもわかる。このファミリアは鍛冶師という職業上、ゴツく、火事場の炎で肌の焼けている者が多い。肌が白く線の細い人間の男性というのは、このファミリアにおいては………というか冒険者という職種において希少な人種なのだ。周囲にいかつい連中の多い環境で育った椿は、どちらかと言えば線の細い綺麗な男性の方が好みなのである。かといって軟弱な男は好みではない。自分並みの強さは流石に求めないが、軽薄な男はゴメンだ。

線が細く、強い男。そんな相反するモノが同居している人物がこの世に存在するかどうか怪しいものだが、もしいれば椿のどストライクと言えるだろう。

そして目の前の白髪の剣客は見事にその要素を兼ね備えている。問題はこの男が椿のような豪放磊落な女傑よりも、リヴェリアやルグ、アイズのような手のかかる面倒くさい女をタイプとしている事(本人は否定するだろうが)なのだが、まあそれはそれである。

 

「相変わらず大した力だ」

 

手を離す。これ以上本気になってはファミリアを壊しかねないし、恐らくお互い無事では済むまい。挨拶代わりの諍いでそこまでするつもりはなかった。

力を緩めたからか、リヴィエールも手を離した。手首をプラプラと振る。

 

「相変わらずで思い出したが、お前はいつも似たような服を着ておるな。リヴィのような伊達男はもっと着飾るものだが。ああ、ハカマは手前が贈ったのだったな。愛用してくれているようで嬉しいぞ」

「まあ戦いやすいからな。足捌きをこれ程隠せて、動きやすい服はこれ以外見た事……てゆーかお前に見た目云々言われたくない。そのほとんど裸みたいな格好いい加減なんとかしろ。せめて前は隠せ。お前に淑女みたいな振る舞いは求めてないしそもそも出来るとも思ってないが一人の女性として最低限の慎みは持て」

「そういうとこ、そなたは意外と堅いな。エルフのようだ」

「…………一緒にするな、あんなのと」

 

堅物の親族が脳裏によぎる。心外だが、時々あのやんごとなき(笑)と似ているとは言われてきた。時々ね、時々。

 

「まあそんなことより手前の仕事部屋に来い。カグツチを見てやる」

「お前普通そういうカッコで男を部屋に連れ込む?こういう事言うのもアレだが俺が襲いかかったらどうするんだ?」

「ほほう、手前は犯されるのか?」

「絶対無いと言いたいけどこの世に絶対は無いからな。お前いい女だし。言わせんな恥ずかしい」

「んー、まあそうなったらなったで手前は構わんぞ。手前の貞操にさしたる価値も感じぬしな。気心の知れたお前なら特に文句も言わん。経験は豊富らしいから酷い目に合うこともないだろう」

「……………」

「まあそんな事は万が一にもなかろう。手前はお前を信じておるよ。さ、行くぞ」

「うわ、凄え力……いや、ホントイイって!ちゃんと専門家に診てもらって大丈夫って言われたから!」

「ほう、手前以外の鍛冶にソレを見せたのか。ますます返せなくなったな。その事も含めてゆっくりと話をしよう」

 

聞きようによってはお前になら抱かれてもいい宣言なのに赤髪の女神は欠片も色気を感じない。感じた事はたった一つ。

 

「貴方たち仲良いわねぇ」

「へ、ヘファイのんきな事言ってないで助けろぉ!」

「私基本的に貴方の味方だけど、それでもやっぱり眷属の味方なのよ。頑張ってね〜」

 

ヒラヒラと手を振る。白髪の剣士は引きずられたまま、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、問題はないな」

「だから言ったろうが」

 

無理矢理刀を取り上げられて、刃を検分する椿に不服げな顔でぼやく。全く酷い目にあった。

 

「刀を見れば剣士の技量は大体わかる。流石はバー「その名で呼んだら俺も呼ぶぞ、キュクロ…「手前が悪かったからその名で呼ばんでくれ………オホン、剣聖。見事なものだ」

 

黒刀を見ながら、こちらを見る。

 

「我ながら惚れ惚れする出来だ。アマテラスの魔力に耐え、媒介として放つという能力を付与させた魔剣。合作だからこそ生まれた存在。やはりそなたたちは美しい」

「そうだな、俺もその刀は美しいと……って、俺を含めるなよ」

 

あまり美しいと言われてもイイ気はしない。散々されてきた形容ではあるが、男性に使うにはふさわしいとは言えないだろう。

 

「だが使い込まれているのも確かだ。磨いておいてやろう。やはりこの子はいつも綺麗でいてもらいたいからな」

 

砥石を持ち出す。デュランダルたるこの刀を研げるのは神を除けばこの女だけだろう。砥石の素材はリヴィエールが以前ランクアップの祝いでプレゼントしたものだ。使われているようで少し嬉しい。

 

「聞いたぞ、酒場で派手にやったらしいな」

 

作業をする手は止めず、話しかけてくる。どうやら昨夜の件は知っているらしい。まああのロキ・ファミリアの団員が公然であそこまで完膚なきまでに負けたのだ。噂にならないはずもない

 

「耳が早いな」

「狼をボコボコにしたのが剣聖だとはまだ思われておらん。安心していい」

 

1年前とは大きく変わった容貌のおかげで、人物の特定はされていないらしい。彼女はリヴィエールが白髪になった事を知っていたからこそわかったのだろう。一先ずは安心した。

 

「男なのだからヤンチャするのは仕方ないとは思うが、あまり無理はするなよ」

「なんだよ、お前まで俺の心配か?」

「まさか、心配はしておらんよ。この刀と同じく、お前は強く、美しい」

 

刀を翳しながら、そんな事を言う。刀身が妖しく輝く。

 

「しかしまこと不思議な刀よな。普通使い込まれた刀というのは輝きがくすむ物だが、こいつは磨けば磨くほど黒が透き通る。ないとわかってはいるがいつか刀の耐久力とは別に霞んで消えてしまうのではないかと思う」

「そんなのありえないだろ、デュランダルだぞ」

「だから手前も無いと言った。鍛冶師としての素朴な感想だ」

 

聞き慣れた刃を研ぐ音がなる。一定のリズムで刻まれるその音は何故か心地よく耳に響く。何もせずに眺めていると眠気がリヴィエールを襲った。大きく口を開く。

 

───やべ、眠い……

 

落ちそうになる瞼と必死に戦う。このファミリアに泊まり込んだ事は何度かある。しかしそれはヘファイの許可をもらい、安全を確保した状況下での話だ。他ファミリアで無防備に、しかもこんな作業部屋で眠るわけにはいかない。

必死で意識を留める。しかし一度自覚してしまった眠気は中々覚めてはくれない。腹も減った。そういえば昨日の夜から何も食べていなかった。空腹を忘れるために身体が眠気をさらに促進させた。目の前が少しずつ暗くなっていく。

 

この日、リヴィエールは数年ぶりに、疲労と空腹で眠ってしまう経験をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………リヴィエール?」

 

一刻ほどの時間が経ち、磨きにひと段落がついた頃、椿は異常をようやく察した。研ぎに集中していて気づかなかったが、先ほどから規則的な息遣いの声が聞こえていた。

 

「眠ってる……」

 

座ったまま俯いて規則的に体を上下させている姿を見て少し驚く。敵対行動を起こしているファミリアでもないし、こちらも何かをする気もない。危害を加えられない程度の信頼はお互いある。しかしこの一年、ずっと張り詰めていた彼はこのような無防備な姿をさらす事などありえなかった。無論こちらが何か悪意あるアクションを起こせば飛び起きるだろう。それでも、この行動を取ったことは彼女にとって意外だった。

 

ーーーー張り詰めていた心がようやく解け始めたのか……それとも誰かに溶かして貰ったのか

 

少し癪だ。自分はリヴィエールの生存を確認していた数少ない人間の一人だ。この1年間、密にというほどではないが、専属スミスと剣客として、定期的に付き合いはあった。けれど自分に彼の心を溶かす事は出来なかった。出来たことは彼の剣を誠意を込めて磨く事ぐらい。コレは自分にしかできない事だし、その事に関して誇りも持っている。けれどやはり、少し悔しい。

彼の元に近づく。この一年でグッと大人びたが、安らかな寝顔はまだあどけない。さらりと絹のような白髪が揺れた。

 

───綺麗……

 

新雪のような白い肌に、緑柱石の瞳を縁取る銀がかった白の長い睫毛。整った顔立ちは普段と変わらないが、研ぎ澄まされた凛々しさは少し失われている。

少し長めの白髪に鋭く光る鋭利な目元のおかげで、起きている時は強面な印象すらある。しかしこうして目を閉じていると、彼の線の細さが目立ち、少女的な印象すら抱く。

 

「んぅ…」

 

視線を感じ取ったからか、小さな声が漏れた。身をよじらせたかと思うと、バランスを崩し椿の膝に倒れこんでくる。暖かい熱が直に肌に触れたその瞬間、きゅっと胸が締め付けられるような感覚が椿の心を支配する。

彼の強さは良く知っている。色々な意味で、この男は誰より頼れる冒険者だ。

しかし、時折見せてくれる彼の無防備な姿を見るたびに、この不思議な感覚が湧き上がる。守らなくては、手前が支えてあげなくては、という想いが抑えられない。

 

頬に手を添える。柔らかく、暖かい。流石に起きるかと思ったが、少し身をよじらせただけで、まぶたが開かれる事はなかった。倒れこんできた時にも思ったが、コレでも起きないとは重症だ。ここ数日、よほど疲れる事があったのだろう。

 

「美しいな、お前の髪は」

 

さらさらと流れる白髪を梳く。その感触は相変わらず滑らかでまるで絹のような手触りだ。それでいて短い為、ちくちくと手を刺激する。その変わった感触に顔を綻ばせる。心なしか、彼の寝顔も安らかになった気がした。

 

「すまぬな、手前の膝は固かろう」

 

せめてと彼の髪を撫で続ける。ひどく使い込まれ、磨耗した剣を、砥石で研ぐのではなく、布で丁寧に磨くように。

 

ーーーーこのような扱いは、この男が最も気に入らんのだろうがな

 

それでも手は止めない。少しでも傷を癒して欲しかった。規則的な息遣いだけが部屋を支配する。

 

「すまぬな、リヴィエール」

 

眠る男に、男さえ見た事のないような表情を浮かべ、声を掛ける。

 

「手前は心配はしておらん。お前が名刀な事は分かっている。気高く、鋭く、強い」

 

彼を支える人物だっているのだ。この男は決して一人ではない。一人でいたいと思っているのだろうが、自分達がそれをさせない。寄りかかりたいと思える女になればいいだけの事。皆がそう思い、それぞれに研鑽を続けている。

 

「だがお前はデュランダルではないのだ。壊れる事も、折れる事もある。心配はしておらんが……やはり身を案じるくらいはしてしまうのだ」

 

眠る鉄の男の頬を撫でる。風呂好きなだけあり、きめ細やかな手触りだ。肌質だけで見れば、どちらが女かわからない。自嘲を孕んだ笑みが浮かぶ。

 

「お前はそれを……許してくれるか?誇り高き、剣聖よ」

 

そして、ゆっくりと。

 

眠る男に、長い髪の娘の影が……そっと重なった。




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