その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

2 / 60
千のキス 2

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。まだロキ・ファミリアが発足して間もない、しかし急速に成長している今注目の若手ファミリアであった頃のとある昼下がり。

 

「おーい!」

 

よく通る綺麗なボーイソプラノが館に響く。ファミリアにいた全員にその声は届いた。

 

「ここのファミリアの人ーー。いるかーー」

 

──誰だ?来客の予定はなかったはずだが…

 

入り口の一番近くにいた緑髪のハイエルフ、リヴェリア・リヨス・アールヴが階段を降りる。部下に任せても良かったのだが、聞き覚えのあるようなないような声色が気になったからだ。角を曲がる。朧げに小さな影が二つ重なって見えた。

 

「お、来たな。あんた、ここのファミリアの人?こいつの事引き取ってくれない?ファミリアの場所だけ教えて気絶しちゃって。ああ、怪我は大してしてないけど、泥だらけだから手当だけはちゃんとしてやって……」

 

子供の言葉はリヴェリアに全く届いていなかった。彼の背中で眠る金髪の少女への心配もあったが、それ以上に違うことが、彼女の頭の中を支配していた。

 

───その声、その顔、その瞳…

 

髪色だけは記憶と違ったが、それ以外は…

 

「オリヴィエ姉様……」

「?この子、オリヴィエっていうのか?」

 

 

 

 

 

 

ドサリ

 

オラリオのとある一角で稚拙な擬音が鳴る。一つの影が宙を待って地面に落ちた音だ。

倒れた少年を一瞥すると、緑髪のハイエルフはローブを翻し、背を向ける。もう戦いは終わった。

 

「ま、待て………この野郎」

 

この場から去ろうとする女に声をかける。倒れた少年が必死になって立ち上がり、絞り出していた。

 

「…………驚いたな、まだ立てるのか」

 

しかし手に持った錫杖を構えることはしない。魔法で彼の体は拘束している。立つ事はできても、もう戦う事は絶対に不可能だ。

 

「なんでテメエはいつも俺にトドメささないんだ」

 

ダンジョンで助けた少女をきっかけにこの女と知り合った。俺を見て母の名を呼んだ。俺に関わる何かを知っている人物な事は明らかだ。しかし直接聞いても何も教えてくれない。ならばあまり好きではないが、力尽くと仕掛けるも、レベル差のある今の彼女と俺では力の差は明らかだった。こんな風にやられたのはもう何度目か。

 

それなのにこの女は絶対に自分にトドメは刺さない。それどころか怪我をさせることすらしない。まるで稽古をつけてもらっているかのようだった。

 

「私はお前が知りたい事など何も知らない。だからお前もこれ以上私の周りをチョロチョロするな。お前に構う時間が惜しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ」

 

ダンジョン18階層。迷宮に唯一存在する安全区域。数多の冒険者が地に伏す傍らで折れた剣を突き立て、黒髪の少年は膝をついていた。

 

「…………」

 

この場で唯一、自分の足で立っていた魔導士が彼に癒しの光をあてる。満身創痍の未発達な肉体の傷がみるみるうちに塞がっていった。

 

「まったく、呆れるな、貴様には」

 

そう、この日、少年は冒険者の襲撃を受けていた。理由は嫉妬。たった半年でレベル2にたどりつき、八面六臂の活躍を見せる冒険者、リヴィエール・グローリア。レベル1、2で燻り続ける数多の冒険者達の恨みを買うのは当然だった。

 

リンチが始まり、暫くが立って頃、この女が加勢に入ってきていたのだ。

 

「偶然私がこの場にいたから良かったようなものの……お前はもうこの都市で最も注目を集め、妬みを受ける存在の一人なのだ。これに懲りたら単独行動は控える事だな」

 

傷口が塞がったことを確認し、癒しの光を止める。治療を終えると、リヴェリアはこの場から去ろうとした。

 

「っ、待て!リヴェリア!」

 

傷は塞がっても、倦怠感までは消えない。立つ事も、追う事も出来ないコンディションだった。だからせめて、叫んだ。

 

「なんなんだよアンタ!」

 

偶然などと宣ったが、そんな筈がない。タイミングが良すぎる。尾けていたのか、それとも俺の襲撃情報を掴んでいたのか、どちらにせよ、こいつは俺を守るためにここに来た。

だが、おかしい。腑に落ちない。

 

「俺の事遠ざけたと思ったら、今度は助けたり!一体あんた俺に何がしたいんだ!」

 

わからない。聡明な女であるはずの彼女を理解することが出来ない事が何故か嫌だった。

 

「私は………お前に何も求めてなんかいない」

 

伏せた瞳をこちらに向ける。その目には彼の姿が反射されていたが、見ている者は全く別の存在だった。

 

「その顔を……その目を……その声を……もう私に見せないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。今日はここまで。食事にしよう」

 

修行の終了の声。同時に大の字で寝そべる。もう限界だった。身体もさる事ながら、精神的にキツい。マインドダウン寸前だ。

発動された魔法は通常彼が使用している半分程度の威力しか持っていなかった。膝をつく。腕が痛い。

 

「ほら、汗を拭け。食事にしよう。もう用意してある」

「ああ、ありがとう」

 

左手でタオルを受け取り、汗を拭う。しばらくすると薬のような匂いの料理が所狭しと並べられた。緑髪の美女は珍しく随分と上機嫌の様子だった。鼻歌を歌いながら料理を並べている。

 

「…………食えるのか?コレ」

 

思わずそんな感想を漏らしていた。見た目がグロテスクとか、ポイズンのようだという意味ではない。見た目は美しいし、クオリティが高いのは見て取れる。

それでもリヴィエールにこの感想を言わしめたのは、二人分をはるかに上回る量とオラリオでは体験したことのない匂いだった。リヴェリアが自分に何か危害を及ぼすとは全く思っていないが、この薬くさい香りには身の危険を感じざるを得ない。

 

「失礼なヤツだな。コレはハイエルフに代々伝わる薬膳料理だ。魔導士ならヨダレを垂らしてレシピを欲しがる逸品で、滅多に食べられるものじゃないんだぞ?光栄に思え」

 

リヴェリアの手料理というのもその希少性に拍車をかけるだろう。然るべきところに持っていってオークションにでもかければ高値で売れそうだ。

料理が盛られた茶碗を渡される。

 

「ほら、召し上がれ」

 

そう言って茶碗を渡すリヴェリアは少しだけ照れるような笑いを見せた。

 

「…………いただきます」

 

左手で受け取り、右手にスプーンを取る。

 

ーーーーッツゥ…

 

カランと音が鳴る。ビキリと右腕に激痛が奔り、持ったスプーンを思わず取り落とした。

 

ーーーーまただ。

 

魔法が発現した時はそんな事はなかったのに、最近全力で魔法を使うと利き腕が痛み、意識が黒く染まる。

 

ーーーーくそッ……

 

魔力量で無理やり魔法を発動させているせいかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。魔法の発動は改善されてきている手ごたえはあるというのに、この痛みは酷くなる一方だ。

 

「子供みたいなヤツだな……いや、まだ子供か」

「子供じゃない。もう14だ」

「まだまだ子供さ。私から見ればな」

 

少年の肩を抱き寄せ、黒髪を撫でた。彼女とは長い付き合いだが、出会った頃からこのような態度で接してくる。ひきはがす。

 

「…………私が食べさせてやろうか?」

「結構!寄るな、近づくな」

「なんだ。連れないな。遠慮するな。お姉ちゃんとお前の仲だろう。あーん」

 

眼前にスプーンを突き出される。口を開けるまで決して引かないぞと、緑色の瞳が語っていた。仕方なく口を開ける。咀嚼すると中々滋味豊かな味わいが口に広がった。

 

「…………美味しい?」

「美味い」

 

少し不安そうな顔をしていたリヴェリアはホッと胸をなで下ろす。すると不安などなかったかのように得意げに胸を張った。

 

「…………そうだろう。ほら、もう一口、あーん」

「んあ……ムグ」

 

勧められるがままに料理を食べていく。利き手の痛みが無くなったころからは自分でスプーンを動かして、食べ進めていった。そんなこちらをリヴェリアは嬉しそうに眺めていて………約1時間後、全ての料理を完食していた。

 

「フゥ……」

 

口元をナプキンで拭きながら、リヴィエールは久々の満腹感を味わっていた。剣士としていつも食事は腹八分目を心がけている。こんなに満腹になるまで食べたのは本当に久しぶりだった。

 

「悪かったな、俺ばっかり食べちゃって」

「何を謝る。美味しそうに食べてもらえるところを眺められるというのは作った者の特権だ。言っておくが私はお前以上に満腹だよ」

 

使った食器を片付けながら、上機嫌に言われたのはそんな事だった。普段ルグに料理を作っているリヴィとしては共感できる所は少なからずある言葉だった。

 

「くぁ……」

 

食事をしたことで旅の疲れと修行の疲れが来たのか、睡魔がやってくる。あくびはすぐに噛み殺したが、リヴェリアにはバッチリ見られていた。

 

「眠いか?」

「まあ、それなりに」

「…………そういえば、なぜこの森に来たのか、教えてなかったな」

 

ーーーーなんで今更?

 

確かに都市外に出ると聞いた時、疑問に思った事ではあったが、今のタイミングで言われるとは思っていなかった。何か意味があるのだろうか、と言葉の続きを待ってみる。

 

「聞きたいか?」

「まあ、聞きたくないといえば嘘になるけど」

「そうか、なら」

 

揃えていた足を崩し、スリットを捲って太腿を晒す。きめ細やかな白い肌が目に眩しい。すぐに目を逸らした。

 

「子守唄代わりに教えてやる。ほら、おいでリヴィ。膝の上、久しぶりに」

 

ポンポンと腿を叩く。ここに来いということらしい。

 

「教えてやらないぞ?」

「………………」

 

別にいい、と喉元まで出掛けたが、心が従わない。お前はこの話を聞かなくてはならないと、心が訴えかけてくる。

こういう事はたまにある。主にリヴェリアかアイズといる時にこの声が聞こえてくる。そしてこの声には逆らう事が難しい。

 

「…………頭でいい?」

「認める」

 

抱きかかえられることには耐えられなかった。未だに時折ルグにはやられるけど。

コロリと横向きに寝そべり、頭を膝に乗せる。柔らかさが側頭部に伝わった。

 

───何やってんだ俺……

 

羞恥で若干赤くなる。こんな事が出来る女性はルグを除けば、リヴェリアが唯一と言っていい。髪を撫でられ、ピクリと耳が震えた。

 

「よしよし…」

「ヤメロ」

「断る」

「…………シネ」

「ふふ……」

 

本当にどうしてこうなった。昔はあんなに俺を遠ざけ、避けていたくせに。愛情の裏返しだったと今はもう知っているが、それでもビフォーアフターの差が酷すぎる。ああああ、そんな慈愛溢れる目で俺を見るな。お前はルグじゃねえし、俺はアイズじゃねえんだぞ…

 

「それにしてもこうして二人きりで話をするのも久しぶりだな」

「…………そうか?」

「そうだ。まったくいつの間にこんなに重たくなったんだ?最近じゃメキメキ音が鳴るほど成長して……成長に反比例するように私とは疎遠になって……寂しいだろう。もっと頻繁に顔を見せに来い」

「結構見せてるだろうがダンジョンで……」

「アレはロキ・ファミリア副団長の【九魔姫】であって、お前のリーアではない」

 

つまり今の自分とダンジョンでの……というかアイズ達の前での自分とは別人であると、そう言いたいらしい。

 

髪を梳く手は止めず、愉快そうに笑う。

 

「ふふ、これは良い。最近じゃこんな高さからお前を見下ろすことなんて滅多にないからな。懐かしくも、新鮮だ」

「…………もう歳だからな、あんたも」

「まったく可愛くない事を言う。お仕置きだ」

 

クニッと耳を摘まれる。その辺りは結構敏感なリヴィエールは「んっ」と艶めいた声が漏れた。

 

「…………そういえばまだ聞いていなかったな。私の料理、どうだった?」

「?」

 

前を向いたまま問われた質問の内容にクエスチョンマークが浮かぶ。味については既に述べた。おそらくそれ以外の事について尋ねているのだろうが、その意図が掴めない。

 

「難しく考えるな。思った事を答えてくれればいい」

「…………じゃあ失礼かもしれないけど」

 

思った事を答える事にする。

 

「あんたの料理、見た目も味も美味かったけど」

「…………お前の口には合わなかったか?」

 

少し降ってくる声のトーンが落ちる。

 

「早まるな。その逆だ。あんたの料理、初めて食べたハズなのに、何故か俺に馴染むような……妙に懐かしい感覚がしたんだ。俺、物心ついた頃には一人だったから、クズみたいな食べ物や本で知ったレシピで俺やルグが作った物しか食べてこなかったはずなのに…」

「……………………」

「リーア?」

 

照れくさくて地面の一点を見ていたが、急に無言になったリヴェリアに少し不安になる。怒らせてしまったかと目線を彼女に向ける。

 

───え……

 

息を呑んだ。彼女はリヴィエールにとって凛々しさ、強さ、美しさ、全てを兼ね備えたルグの次に尊敬する女だった。そんな彼女が今まで見たことのない顔をしていた。翡翠色の瞳を潤ませ、感極まったようにこちらを見下ろしている。いつもの弟分を慈しむ姉の目じゃない。もっと愛しい、何かを見つめる……

 

「私の料理は……」

 

視線を受けたからか、ゆっくりと話し始める。彼女にとって大事な事だと直感したリヴィエールは黙って聞くべきだと判断した。

 

「昔一緒に暮らしていた親戚の……私にとっては歳の離れた姉みたいな人に教わったんだ」

「親戚って事は王族(ハイエルフ)か」

「ああ、私はその人の全てが好きだった。凛として、強くて、美して、でも奔放で、掴み所がなくて自由人……そんな所も憎めなかった。あの人が私はずっと羨ましかった」

 

言葉の中に過去形が用いられていることから、その人が故人である事に気付く。

 

───これ以上は聞けないな…

 

彼女の深いところに関わる事だ。気にはなったが、踏み込む事はできなかった。

 

「リヴィ、起きて」

 

撫でる手を止める。いつになく頼りなさげな彼女の声に逆らう事は出来ず、膝から離れた。

 

「寝て」

「は?」

「寝てくれ、リヴィ。そこに」

 

用意した簡易的な寝所を指差す。寝袋も持ってきていたのだが、この森は湿気が強い。睡眠は屋外で取る事になっていた。

 

───寝る前に少し身体を動かしたかったんだが…

 

黙って言う通りにする。今日ここにくるまでに充分体は動かした。剣はまた明日振ればいい。

 

「っ…おい」

 

こちらに倒れこむように寝転がられ、肩に頭を預けられた。流石にコレには抵抗があったのか、黒髪の少年も声を上げる。しかし彼女は離れる様子は見せず、甘えるように胸元に顔を寄せた。

 

「少しの間でいい。こうさせてくれ」

「…………はぁ」

 

───俺も甘くなったな…

 

「あっ……」

 

リヴェリアは少し驚いたように声をあげた。もたれかかる彼女の肩を強引に抱き寄せたからだ。

 

「………嫌か?」

「まさか……これがいい」

 

感触を楽しむように、腕の中で身じろぎし、頬を寄せた。唇が軽く触れ合う。

 

「あぁ、この森の秘密だったな」

「いいよもう。だいたい察しはついてるし、それに今日は疲れた。俺は寝る。あんたも気が済んだら離れろよ」

 

そんなことを言いながらも抱き寄せた手は離さない。ゆっくりと息を吸う。

 

「〜〜〜〜♫」

 

旋律を紡ぐ。アイズに肩を貸す時、決まってせがまれる子守唄。誰に教わったのか、俺自身もう覚えていなかったが、耳に、身体に、魂に刻み込まれた旋律だ。

 

唄を聞いた姉の涙で肩が濡れている事に気づいたのは暫くが立ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝靄に包まれた森の中、水が跳ねる音が鳴る。森の中には泉があった。清い水が地からあふれ、絶えず満たされている。底まで見えるほど透き通ったその美しい泉のそばには畳まれた和服とローブ、そして鞘に収められた細身の剣がある。

 

再び水飛沫が跳ねる。泉の中から濡れたように美しい黒髪を本当に濡らした青年、リヴィエール・グローリアが現れた。朝稽古を終えた彼は此処に沐浴に来ていた。

 

再び水の中に体を沈める。派手な音とともに空気の泡が耳を撫でる。

 

───いいな、此処の水は…

 

身に染みる冷たさが心地いい。暖かい温泉も悪くないが、川や泉の冷たい水に身を浸す事がリヴィエールは何より好きだ。

 

───ん……?

 

淡い光が視界の端に映る。陽の光が登り始めたのかと思ったが、違う。ゆらゆらと揺蕩う光は森の奥に繋がっていた。

 

───なんだろ…

 

朝稽古の汗はもう充分に流せたし、水浴びはもう充分に楽しんだ。それより光の正体が何故か気になった。

 

泉から上がり、濡れた身体を拭く。最低限の衣服を着ると、刀を片手に光を追った。

「コレは……?」

 

光の先にあったのは色鮮やかな花が咲き誇る空き地。そこには木々はなく、岩ともつかない巨大な石を並べて環を形作ったものがあった。

 

巨石塚(ドルメン)?何でこんなものがここに」

 

リヴィエールはこれを何度か見かけた事がある。これがある場所はたいてい何かを祀っていたり、不思議な力があったり、神秘めいた所縁のある事が多い。こんな人が一人も住んでないような場所にコレがあることに少し違和感を感じた。

 

気になったからか、リヴィエールは巨石塚の中へと足を踏み入れる。環の中には何やら文字が刻まれた石碑が建てられていた。

 

───神聖文字……掘り跡が随分古い。これが作られたの、一年や二年のことじゃないな。

 

ルグやリヴェリアから教育を受けているリヴィエールは神聖文字が読める。石碑の文字が古すぎて一部掠れているが、一つの単語が刻まれている事は読めた。

 

「───ディゴール・ダジゴール…っ!?」

 

どういう意味だと考え、口にしたその刹那、巨石の隙間から白い霧が湧き出た。石の環の内側は霧で埋め尽くされ、あっという間に視界が遮られる。

 

刀を振り、霧を払う。環の中から出ようと飛び下がろうとしたが、その瞬間、猛烈に嫌な予感がした為、その場から動かず、地に膝をつけた。次の瞬間、光が弾け、霧が消えていく。

 

そうして視界に広がった光景にリヴィエールは目を見開いて絶句した。視界は群青色で染まり、全身を浮遊感が包む。水の中にいるのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

───なんだこれは!?テレポーテーション!?ドルメンにそんな仕掛けがあるなんて聞いた事……っ

 

疑問は瞬時に山ほど浮かんだが、全て後に回した。まずは空気を確保する必要がある。すぐに上を見上げたが、海上に出るのは不可能だと判断した。深すぎて陽の光も見えない。海面まではとても息が持たない。ならばドルメンがないかと周囲を見渡す。あれを使ってここまで来たのだ。ならばあれを使えば帰れるはず。

 

───っ!?

 

泳ごうと身体を動かし始めた瞬間、凄い勢いで水が身体を圧し包み、水が口から喉を通過していく。思いっきり咳き込み、空気が肺から出されてしまった。

 

───やばい!息が……

 

持たない、と思った瞬間、再び視界が変わる。と言っても今度は立ち位置ごと変わったというわけではない。相変わらず水の中にはいる。けれど暗かった水の底が急速に明るくなっていったのだ。混じり気のない水晶を溶かしたかのような、青色の世界が透明度を増していく。群れをなして泳ぐ魚、ゆらゆらと漂う海蛇、気がつけば無数の生物がそこかしこを泳いでいた。

 

───まるで空気が一変したかのような……

 

「あの、神巫様?」

 

話しかけられる。水の中で声が聞こえたことにも驚いたが、その声主に何より驚いた。16、7歳くらいの美しい娘。水に溶けるような青い髪は腰まで届き、澄んだ緑色の瞳は自分と少し似ている。腰から上は胸を隠す貝殻二枚のみを身につけている。腰から下は何もつけていない。これだけでも充分に異常事態だが、事実はもっと異常だった。蒼銀色に包まれた下半身は魚のそれだった。

 

───人魚!?実在したのか!?い、いや、それより……

 

息がもう限界だった。このままでは間違いなく溺死してしまう。

 

「ここは海の国、妖精の世界、アルモリカ。神巫様も普通に呼吸できるはずよ。ゆっくりと息を吸ってみて」

 

正気か?と本気で思ったが、このままでは死んでしまう。一か八かとリヴィエールは息を吸った。苦しさはなくなり、肺を空気が満たした。

 

「息ができる……なんで」

「神巫様は妖精の世界は初めて?ここはいわゆる一つの異世界。精霊にまつわる方ならどんな者も生きられる環境になっているの。人類は珍しいけど、それでも今までいなかったというわけじゃないから」

「…………なんでそんなペタペタ触ってくる?」

 

身体の感覚を確かめながら、こちらの身体に触れてくる人魚に問いかける。腕を動かすとまとわりつくみずの感覚が確かにあるが、温度は冷たくも熱くもない。呼吸にしても空気を感じる事はできないのに、こうして普通に活動ができた。

そしてそんな彼の肩や腕、腰や太腿を人魚は撫で回していた。

 

「ごめんなさい。此処じゃお客様って珍しくて。それも貴方みたいな可愛い、しかも男の神巫様なんて。私初めて見たから」

「さっきから神巫という単語がよく出るな?俺の事か?」

 

コテンと人魚が首をかしげる。何をいっているのだと言わんばかりの顔だった。

 

「ええ、もちろん。貴方、ウルス・アールヴの一族でしょう?」

「…………俺の姓はハルミツのはずだが」

 

グローリアは父の姓である栄光(ハルミツ)をこちらの言葉に変えた苗字らしい。冒険者となり、ステイタスを刻む際、この名が紙に刻まれていた。以来、直すのも面倒な為、この名を使い続けている。アールヴと言えば真っ先にあの緑髪のハイエルフが思い浮かぶ。しかし俺と彼女には何の繋がりもないはずだ。

 

「この子、違うの?でもドルメンに触れてこちらにこられたのだから………確かに混ざってはいるみたいだけど、どう見ても……」

 

何か思い悩む素振りを見せる。しかしそれもすぐに解けた。身体をくねらせ、リヴィエールの手を自然に取ると、着いて来て、とだけいって泳ぎ始めた。

 

「お、おい!アンタ一体何者なんだ?」

「メイヴって呼んで。私は海の妖精。貴方ととても近しい存在よ、神巫様」

 

 

 

 

 




後書きです。リヴェリア外伝第2話、いかがだったでしょうか?完全オリジナルって難しい。けどこの辺りは本編にも絡んでくるリヴィエールのルーツにまつわる話なので頑張ります。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。