その二つ名で呼ばないで!   作:フクブチョー

19 / 60
Myth16 トマト野郎と呼ばないで!

 

 

 

 

 

 

 

 

下品な声が辺りに響く。それ自体はなんら珍しくはない。冒険者の宴会など騒がしいのが当たり前。暴力的な人間も多い。喧嘩やイザコザも茶飯事。それでもリヴィエールの気が引かれた理由は上がった話題に覚えがあったからだ。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前と白髪が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

ピクリと耳が震える。驚いた時や動揺した時、白髪のハーフエルフはよくこの動作をする。エルフは耳を任意に動かせる者が多い。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れてたってのによ~」

 

話に覚えがあった一人、ティオネが酒杯を口に運びながら話題の確認をする。補足があったからか、同席しているロキ・ファミリアの人間数名が『ああ、アレか』と思い当たる所作を示した。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者(ガキ)が!」

 

ベートが何を言いたいか、だいたい察しがついたリヴィエールは眉をひそめる。彼はこの狼人の事が嫌いではないのだが、高貴な生まれゆえか、彼のこういう品性が欠けている所がどうしても好ましく思えない。

 

「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ! 可哀想なくらい震え上がっちまって、頬を引き攣らせてやんの!」

「ふむ、それで?その冒険者どうしたん?助かったん?」

「アイズが間一髪のところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「…………」

 

アイズに問いかけるが、何も答えない。答えたくないという方が正しいだろう。表情は見えないが、彼女が今、何を思うか、手に取るようにわかる。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛ぇ……!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ……!」

「……そんなこと、ないです」

 

嘲笑が酒場を支配する。同時に起こる失笑。他の客も釣られてか、大声のおかげで話の内容が聞こえたからか、笑みを必死に噛み殺している。そして一人、恥辱に体を震わせていた。その全ての様子が優れた感覚を持つ白髪の剣聖に届いている。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ!うちのお姫様とあのクソ白髪、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

「……くっ」

「アハハハハハッ! そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

どっと周囲が笑い声に包まれる。誰もが堪えきれずに笑声を上げた。明らかにバカにした笑い。人は何かを笑う時とは、誰かをバカにする場合が多い。道化師が笑われるのはあの奇怪な姿で派手に道化を演じるだ。今回もその例の一つだ。

 

「……」

「ほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?大丈夫!アイズが怖いなんてここにいる誰も思ってないから!」

 

俯くアイズの肩をティオナが叩く。怖い顔をする理由が、今の話がともすればアイズをも否定するような話だったから、と思ったらしい。

しかし、アイズが、そしてリヴィエールがこの話を不快に思う理由は違った。

 

ーーーーやめて……

 

あの小さな冒険者を……彼が私に似ていると言ってくれたあの子を。

俺のことを知っても恐れないでくれたあの少年を……

 

『汚さないで』

 

そんな想いを無視するようにベートはがなる。

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねえヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに、泣くわ泣くわ。ああ、情けねえと言えばあのクソ白髪もか」

 

クソ白髪とは誰のことを指すか、一部の人間は知っている。直接名前を出さなかったのは彼への配慮なのか、それとも彼のことが気に入らないだけか。おそらく両方だろう。

 

「え?なんかあったっけ?」

「あいつ今日変な格好でウチに来やがってよぉ。仮装行列にでもでてたのかって!バッカじゃねえの!」

 

嘲笑の矛先が変わる。しかし今度はベート以外は笑っていない。あまり大声で話題に出していい人間でない事はロキ・ファミリアの人間ならもう全員が知っている。変わった衣装など様々な種族が集うこの都市では珍しくない。変装した彼の姿を実際に見ていた者たちもいたが、笑うほど道化な格好ではなかった。

 

「えー?そんな事無いでしょ?メチャメチャ似合ってたじゃん」

 

格好をさせた張本人であるアマゾネスがベートの言葉を否定する。賛同者がいなかったからか、ベートは苛立ちを含んだ表情を見せた。

 

「似合う似合わねえじゃねえんだよ。実力あるくせにあんな軟弱な格好する事が気に入らねえっつってんだ。俺たちの品位まで下がっちまうぜ」

 

お前の品位などとっくに下の下だと思いつつ、ジョッキを傾ける。まあ彼に何を言われようがこちらは柳に風だ。話の方向が変わった事に安堵さえしている。

しかし、この方向が許せない者がロキ・ファミリアには二人ほどいた。

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート」

 

エメラルドの瞳が、絶対零度の冷ややかさを持ってベートに向けられる。その浮世離れした突き抜けた美貌もあってか、彼女の怒りの恐ろしさは尋常では無い。まさに神をも恐れると言っていい。リヴィエールをも怒らせたくない数少ない人間の一人だ。続いた。

 

「ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。アイツの事も同様だ。恥を知れ」

 

その一言で誰もが黙り込む。笑った人間全てが自身の行動を恥じていた。

 

ーーーー流石だな…

 

変わらない彼女の威厳に笑みが漏れる。決して大声で叱りつけたというわけでは無い。諭すような口調であったにもかかわらず、広い酒場を言葉のみで支配し、周りの酔客ごと沈黙させた。俺ではまだまだこうはいかない。冒険者とは所詮、力ではないなと再認識する。

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツ擁護して何になるってんだ?」

 

空気読めないとはこういう事を言うのだ。誰もが反省し、口を閉じていたというのに、ベートだけは止まらなかった。

 

「ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

ーーーーコレだ……

 

せっかくリヴェリアが引きどころを作ってくれたというのに。誇りある者なら止まっただろう。しかし自身へのコンプレックスが根底にある彼はそれができない。

 

「これ、やめえ。酒が不味くなるわ」

 

バカだが品格はあるロキもベートをたしなめる。だがそれも今は逆効果だ。周りに反発する。そうする事が力がある事の証であるかのように、彼は止まらない。

 

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を」

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

 

アイズの言っている事は正しい。一部の例外を除けば、ミノタウロスに立ち向かえる新人冒険者など存在しない。ましてあの白兎はベートが言ったように、駆け出しも駆け出し。敵わない敵など山ほどいて当たり前なのだ。屈する事も、逃げる事も仕方ない事だろう。冒険者であれば誰もが通ってきた道なのだ。

 

「……じゃあ、質問を変えるぜ?俺とあのガキ、ツガイにするならどっちがいい?」

「……ベート、君、酔ってるの?」

 

どうしてそうなったと言わんばかりにフィンが問う。酔っぱらいの絡みは時として微笑ましいが、これはどう見ても悪質だ。

 

「ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

「………少なくともそんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

敵意すらこもった冷ややかな金色の瞳がベートを貫く。

 

「無様だな」

「黙れババアッ……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

「…………それはできません」

 

言葉に詰まりながらも、答える。

予想通りといえば予想通り。アイズに誰かを省みる余裕などない事をリヴィエールは知っていた。

その答えに満足したのか、ベートは口角を歪めた。しかしその表情はすぐに怒りに染まる事となる。

 

「私には……好きな人がいますから」

 

頬を紅く染めつつ、はにかむように照れの混じった笑顔を浮かべる。呆気にとられて口を開くベートを見て何人かが軽く吹き出した。誰の事を言っているのか、ロキ・ファミリアの人間なら全員がわかった。

 

「ケっ!あのクソ白髪か?」

 

頬の朱色が強くなる。沈黙は肯定の証でもある。その可愛らしさと初々しさに周囲さえも紅くなった。

 

「…………あいつだってそうさ!あいつは負けたんだ。テメエの神を見殺しにして、逃げ出したのさ!ただの臆病な雑魚野郎だよ!あいつも!」

 

苛立ちの頂点に達したベートは今度はリヴィエールをこき下ろす。事の顛末を知らない彼はオラリオで出た噂を口にしていた。

ルグ・ファミリアの消滅。そしてリヴィエールの行方不明。しかし時折流れる彼の生存説から、剣聖の事を妬む連中は主神を見捨てて、自分だけ逃げたという勝手な幻想を垂れ流した。そして人間とは高みにいる人間ほど非難したがる。高い所にいた人間ほど地に堕ちて欲しいのだ。彼の人となりを知っている人物達はこの噂を妄言とまるで信じていなかったが、信じている者も少なからずいた。

ベートも本音ではこの噂が虚構だとわかってはいるだろう。しかし、そんな事は今彼にとって関係ない。

 

「だいたいあんなツキの女神じゃそうなっても不思議ねえさ。何にもしねえ、何言われてもヘラヘラしてる。自分は高えところから綺麗事ばっか抜かしてたあの女。恨み買って潰されても仕方ねえよ。アストレアと一緒さ。あんな愚かな女にいつまでも囚われて、ズルズルズルズル引きずられて。はっ、女々しいったらありゃしねえ!」

 

プツリと、頭の中で何かが切れた。俺のことは良い。ベートに何を言われたところで何も気にならない。興味ない。だが看過するには見過ごせない言葉が出た。これを自分の保身で見逃してしまっては、彼女の眷属でいられなくなる。

ミアにジョッキで一杯用意してくれと頼む。並々と満たされた酒を持って酒場へと向かった。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わーー」

 

バシャッ。

 

稚拙な表現ではあるが、こうとしか表せない音がなる。ジョッキに入った酒をベートの頭にぶちまけた。氷と冷え切った酒が頭からズボンへと落ちる。

 

「酒に酔う男は酔い方しだいで絵にもなるが……酒と女と自分に酔ってる男は観れたもんじゃねえなぁ、駄犬」

「リヴィ……」

 

驚きに金色の瞳が見開かれる。まさかこの場にいるとは思っていなかったのだろう。片目を瞑って答えた後、こちらを見上げてくるベートを見下ろした。

 

「ああ、冷てぇ。冷てぇなぁ」

 

立ち上がり、こちらを睨みつけてくる。身長はほぼ変わらないか、リヴィエールの方が少し上程度。目線はほぼ同じだった。

 

「人前に出たくなかったんじゃねえのかよ、暁の剣聖」

 

周りがざわめきを見せる。先ほどから凶狼に喧嘩を売ったこの白髪の男の正体を誰もが気にしていた。

 

「じゃあアイツ、1年前に姿を消した剣聖なのかよ」

「生きてたのか?」

「でも髪がちげえぞ。別人じゃねえのか?」

 

好奇の目や疑いの目が集まる。髪色のおかげで確証を持つところまでは、いってないらしいが、もう生存を隠す事は不可能だろう。

 

「それともまだ力無き者の代弁者なんて事やってんのか?無様に死にぞこなったテメエがよ!」

 

ガタリと椅子を蹴飛ばした音がなる。音源をリヴィが見たとき、もう白兎はこの場にいなかった。

 

「ベルさん!?」

 

白い少年が店から飛び出していく。その姿を見て一つ溜息をつく。目的地はだいたい予想がついた。

 

「リヴィエールさん、あのっ……」

「……ほっとけ、あいつの冒険だ」

「リヴィ、あの……」

 

何かを言おうとしているアイズ。しかしその先は中々言葉にならない。10数える間ほど、無言で待ったが結局何も言わなかった。目を逸らし、彼女の横を通り過ぎる。その動作がアイズの顔を俯かせた。

若干心にチクリと痛みが走った。冷たい態度だというのはわかっている。だが、今相手にするのは彼女ではない。

 

「丁度いい。久しぶりに会ったんだ。決着をつけようぜ、クソ白髪」

「店を片付ける時間がいる。こっちだ。ついて来い」

 

店から出るために背を向ける。その瞬間、ベートは背後からリヴィエールに襲いかかった。ゴングを鳴らしたのは彼なのだ。場所など関係ない。隙を見せたほうが悪い。

しかし、彼の足が白髪の剣士に触れる事はなかった。ほんのわずか、体を反らし、ベートの飛び蹴りをかわす。そのまま後頭部を鷲掴みにされたベートは地面に頭を叩きつけられた。店の床が割れ、木片が飛び散る。

 

「お前のために言ってやってんだバカ犬。俺にやられたってんならともかく、酒場の女にやられたとなりゃあ、お前終わりだぜ?」

 

そのまま後頭部を持ち上げ、店の外へと投げ出す。チラリとミアに視線を向けると、憤然とした表現で、一度頷いてみせた。悪いな、と手を振る。

 

「立て、クソ犬。久々に躾けてやる」

 

声に呼応するかのように、投げ出されたベートは打ち付けられた顔を押さえながらフラフラと立ち上がる。もうすでに大ダメージのようだ。

 

「ベート、俺も鬼じゃねえ。今すぐアイズとアストレア、そしてルグに手ェついて謝るなら先の一撃で許してやるぞ」

「殺す!」

 

瞬時にリヴィエールの背後に回り込み、繰り出される上段蹴り。その動きを捉えられたものは少ない。並の使い手なら間違いなく首を刈られる程の威力と速度。

だが目の前に立つ白髪の剣士は並の秤を軽く超えている。

 

「…………これが返答か」

 

手刀がベートの足に突き刺さっている。鮮血が舞い散った。

 

「ハンデだ。蹴り、グラップ、投げ、その他諸々は無しにしてやるよ。拳だけで相手してやる」

「ーーーーこのっ!!」

 

連続して繰り出されるベートの打撃。その全てをリヴィエールは片手で撃ち落とす。乱撃が止んだ時、ベートの手足からは血が滴り落ちていた。

 

「…………鉄かなんかで出来てんのかよ、あいつの手は」

 

野次馬の一人がベートの惨状を見て呟く。攻撃した方が負傷しているなど聞いた事もない。

 

ーーーー鉄、か。的を得ている。

 

猫手の形で構えるリヴィエールを見つつ、リヴェリアは見物人の感想に同意した。刀のようだと言っていたら満点を与えていただろう。

 

五体を一本の刀とするリヴィエールの体術。カラティ。まだカグツチを手に入れていなかった頃、素手でも戦える力を手に入れるため、身につけたもう一つの武術だ。根幹となる技術は父から。そして発展させた技は椿から習った。

レベル7となった彼の手刀はまさに手刀(てがたな)。人体程度なら容易に斬り裂く。

 

「実力は1年前とほぼ変わっていないか。犬っころ相手に本気を出すのも大人気ないな……これ1本で充分」

 

右手を自身の顔前に翳す。右腕一本のみで相手をしようという所作だ。

 

「舐めんなクソが!!」

 

再びベートが蹴りを繰り出す。今度はもう避けなかった。まともに喰らう。しかし剣聖の肉体が揺らぐ事はなかった。直立不動でベートの蹴りを受け止めている。

 

ーーーー硬え!マジで鉄で出来てんじゃねえのか!?こいつの身体は!

 

「軽いんだよ、お前の蹴りは」

 

手刀の連撃がベートに振り下ろされる。避けられる態勢ではない。すべてまともに喰らう。今度は切り裂かれてはいなかった。アザにはなっているが、ただの打撃としての攻撃。手加減されているのは誰の目にも明らかである。

それでもベートを行動不能にするには充分すぎた。

 

「ガ……ぁぁ」

 

喉元を手刀で突かれたベートは呼吸困難に陥っていた。いかなレベル5といえど人体の急所は変わらない。死にはしないだろうが相当苦しむだろう。そういう風になるように撃った。

 

「おいベート。答えられねえだろうから、そのまま聞け」

 

痛みと苦しみにのたうちまわる彼のそばにしゃがみ込む。

 

「強さってのはこんだけのもんだ。あって損はしねえがな。残るのは虚しさだけさ。これを使って喧嘩したところで勝っても負けても何の得にもならねえ。こんなものがいくらあっても何の自慢にもならねえよ」

 

ーーーー喧嘩しかけてきといて何言ってやがる

 

と言い返したいが、応酬しようにも呼吸が苦しくて声が出ない。

 

「人間の価値を決めるのは魂だ。冒険者って生き物の……いや、冒険者に限らねえな。人間の格を決める基準は強さじゃない。精神の境地さ」

 

他の事に構う余裕などなく、ただ強さだけを求めていたあの頃、それを教えてくれたのはかつての主神だった。

 

「負け犬で終わりたくねえなら、もっと魂の格を上げることだな。そうしねえとテメエの蹴りに重さは込もらねえぜ?」

 

立ち上がる。言いたい事は大体言った。ルグへの落とし前はこの苦痛で勘弁しておいてやろう。

 

「後でアイズには謝っておけよ。女にするには最低の行為だった」

 

ミアの元へと足を向けた。立ちふさがっていた野次馬たちがまるで海が割れたかのように彼の通り道を作る。

 

「すまなかったなミア。今日は帰るわ。勘定。修理費込みで」

 

床をベートの頭で叩き壊した事は忘れていなかった。しかしミアは料理の分のみを受け取り、修理費の方は受け取らなかった。

 

「そっちはそこで伸びてるガキから貰うよ。仕掛けたのはヤツだったんだ。当然だろう」

「ま、それぐらいのお灸はあっても良いか」

 

苦笑しつつ店の出口へと足を向ける。

主神を中心にロキ・ファミリアの幹部連中が彼の前に立ち塞がっていた。

 

「よおリヴィエール。さっきぶりやな」

「…………悪かったな、ロキ」

 

打ち上げの誘いを断った事とベートを傷つけた事、両方の意味で謝罪する。眷属を傷つけられるというのは神にとっては我が子を傷つけられた事と何ら変わらない。行った行為に後悔はないが、謝罪はするべきものだ。

 

「ベートの事ならええわ。かんっぜんにあいつが悪いしな。お前の目の前でルグの悪口と二つ名言うて五体満足なだけめっけもんやで」

 

人聞きの悪い事を、と思いながらも反論はしない。腕の一本はとってやろうかと本気で思っていた。

 

「許す代わりと言ったらなんやけど、イッコだけ教えてくれるか?」

「一つだけな」

「……あの子、お前の何や?」

 

答えに少し詰まる。何と言われても何と言えば良いのだろうか。

 

「ウチの団員だ」

 

迷った末にそう答える。友や仲間と呼ぶにはさすがに日が浅すぎる。

 

「…………そうか」

 

薄く閉じられた目が開かれる。その目には少しだけ、白髪の悪友を慈しむ光が見えた。

 

「ロキはどう思った?」

「どうって」

「あの白兎。どう思ったよ?」

 

どうって言われてもなー、と手を頭の後ろに組んで空を仰ぐ。ロクに顔も見ていないのにどうと聞かれても困るだろう。最近同じ質問をされ、同じリアクションを取ったからか、その姿に苦笑する。

 

「第一印象でいい。教えてくれ」

「…………ウチも下界に降りてきて長いからな。結構な冒険者を見てきた。いろんな奴がおったけどな……多分あの子はあかんで」

 

ロキから出たのはやはり否定の言葉。続いた。

 

「今や雨降った後のタケノコみたいによーさんおる冒険者やけど……やっぱりときっどきおるよな。ホンマもんが。そういう奴は基本的に人が自分の事を何と言おうが、思われようが気にせえへん。人の目を気にしてたらやっていかれへんからな。誰かに憧れるんではあかん」

 

そう、それこそがリヴィエールもベルを難しいと評した理由。

他者を尊敬するのは良い。たとえ自分より実力が下の者だろうと、凄いと思える人物は若きハーフエルフにも何人かいた。。

しかしその人になりたいと思ってはいけない。人に憧れる冒険者ではダメなのだ。それではいつか理想と現実のギャップに耐えきれなくなり、潰れる。

 

「自分が誰より優れてると思えて、自分の冒険に憧れられる奴。そういう奴が本物になれる。そうでない奴はいくらステータスやレベルが上がっても本物やない。まあそんな奴、ホンマ数えるほどしかおらんけどな」

 

ゆっくり人差し指をこちらに向ける。口角が怪しく上がった。

 

「お前もその一人や」

「…………人を指差すな」

 

パシリと手を叩きつつ、その洞察力に舌をまく。ほぼ同意見だ。自分が戦場で長い時をかけて得た力をこの女神はただ生きているだけで身につけていた。

 

「まあ駆け出しやし、どうなるかなんて、まだ何とも言えんけどなぁ。アイズたんかて昔はお前に憧れとってヤバかったし。まあお前が守ったれや。仲間なんやろ?」

「俺に仲間はいねえよ」

 

嘘を言ったつもりはない。自分は真の意味でヘスティア・ファミリアの眷属とは言い難い。彼の神はやはりあの太陽だ。

ヘスティアの事が大事じゃない訳ではない。ベルの事も別にどうでもいいとまでは思わない。けど、それでも……

 

「…………不器用なやっちゃな。安心したわ。やっぱりお前や」

「そのニヤニヤ笑いやめろムカつくから」

 

ポンっと葛藤する白髪の悪友の肩を叩く。心を見透かされた様な気がした。

 

「仕切り直しやー!!あ、ベートは反省の為に縛っといてなー!」

 

団員たちに呼びかける声を背中に聞きながら背を向ける。

 

「リヴィ」

 

肩を掴まれた。追いかけてきたのは緑髪のハイエルフ。彼の事をオラリオで最もよく知る、今となっては彼の唯一の家族。

 

「これからどうするんだ?」

 

拠点としている場所から出ていこうとしたからだろう。これからの身の振り方を尋ねてくる。

彼がここから去ろうとする事は無理ない事だとは思う。あそこまで派手に姿を見せてしまったのだ。もう豊穣の女主人を寝ぐらにする事はしばらく出来ないだろう。もう生きていた事を隠すのは不可能だ。

 

まあ本人は二週間前に半分諦めてはいたが。

 

だからそれほど心理的に追い詰められてはいない。あまり良くない方向ではあるが、一応想定内だ。

 

「変わらねえよ。元々しばらくは姿を消すつもりだった。寝ぐらの場所が変わるだけさ」

「アテはあるのか?」

「いくらでも」

 

半分嘘だ。ただ部屋を借りるというだけなら、アテは確かにそこそこある。ヘファイストスや椿を頼れば寝床の確保くらいは出来る。しかし、そのあたりを頼ろうとは思わないし、できない。それも当然だ。普通に部屋を借りるのではなく、隠れ家として使うのだから。家主には無理を言う事になるし、迷惑をかけかねない。何かと世話になった彼女たちに迷惑はかけたくない。

しかし虚勢を張る。ここで弱いところを見せてしまえばそれはもううっとおしい干渉を受ける事だろう。愛ゆえだというのもわかってはいるが、はっきり言ってありがた迷惑。

一つだけだがアテはあるのも、また事実だ。

 

「で?場所は?」

「教えるわけねえだろ」

 

コツンと拳で額を小突く。今回の騒動をリヴェリアのせいにするつもりなど毛頭ないが、それでも彼女に教えなければここまで悪目立ちするはなかった事も事実だ。

 

「………………」

 

背後の金眼の少女と合わせ、四つのジト目が彼を突き刺す。二、三度頭を掻いた後、諦めたかのように一つ息を吐いた。

 

「ほとぼりが冷めたらまた此処も使う。何か俺にしか出来ない用件があったらミアに言え。多少時間差はあるが確実に俺に伝わる。お前の頼みなら聞いてやる」

「嘘をつくな」

「オーライ、大抵のことならを追加」

 

しばらく睨まれたが、あちらも諦めたのだろう。肩を落とし、フウと息を吐いた。

 

「気をつけろよ」

「誰に向かって言っている」

 

コツンと拳を合わせる。リヴェリアの用件は終わった。背後に隠れていた少女を前に出すかのようにスッと身を引く。

 

「……」

「……」

 

視界に入ったのは金髪の少女。アイズ・ヴァレンシュタインが待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヴィ……」

 

名前を呼ぶが、それ以上の言葉が出ない。彼に会いたくて、話がしたくて、いずれ出てくるであろう彼を待っていた。けれど、言葉が出ない。何を言うべきか、答えは出なかった。何を言っても間違っているような気がして……

 

「…………ハッ」

 

待っていても何も言わない自分に呆れたのか、苦笑いしながら彼女の頭に手が添えられる。優しい撫で方は1年前と変わらない。

 

「ありがとう、アイズ。俺は大丈夫だよ、慣れてるから」

 

その一言で身体が羞恥で縮こまる。自分が恥ずかしくて、この場にいるのが申し訳なくなる。何に慣れているかは言わなかったけど、それが何かは大体わかる。

 

嘲笑、妬み、敵意、罵倒。たった一人で頂点にまで駆け上がった彼は多くの称賛も集めたが、それ以上に妬まれ、疎まれ、蔑まれてきた事を彼女は知っている。

彼が嘲笑されていたというのに、自分は何もできなかった。その事が恥ずかしかった。

 

「俺の事は気にするな…………お前は仲間の元へ帰ってやれ」

 

横を通り過ぎる。ハッとなったアイズは通り過ぎるその背中に手を伸ばす。その背中は1年前より逞しくなっているはずなのに、その背中はとても細かった。

 

彼には支えてくれる強さはないから。

その背中は、とても寂しそうで、せつなくて、辛そうで、悲しくて……

 

どうしようもなく愛しかった。

 

彼の背中に手を伸ばす。彼に寄り添いたかった。その背中を支えたかった。貴方は独りじゃないと伝えたかった。

 

ーーーーそれは何のため?

 

アイズの中で声が響く。自身を嘲るような、そんな嘲笑の声。

 

ーーーー彼よりずっと弱い貴方が彼に一体何ができるっていうの?

 

そうだ、私が何を言っても、きっと彼には届かない。

 

ーーーー私に英雄は現れてくれたけど…

 

彼に英雄は現れなかったのだから。

 

闇の中へと消えていく彼を止める事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。大勢の前に姿を見せてしまったリヴィエール。もう生存を隠すのは不可能な彼の最後の隠れ家とは一体?次回はリヴィエールの最後の隠れ家が明らかになります。最後までお読みいただきありがとうございました。励みになりますので、感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。